あなたが好き×３

　
　
　
　アリスに髪をとかれている私はまるで急に幼くなったようで、こんな姿を誰かに見られたくない、と思う。アリスは私が迷惑そうにしても遠慮する素振りなんか一切見せず、好き勝手にしている。そんな気安さが鬱陶しく思える時もあれば、時々急に愛おしくなる時もある。
　私は魔理沙が好きだ。アリスは、それを知っている。
『あら、霊夢……それ、何？』　
『チョコレート？　そっか、バレンタインだものね。魔理沙に渡すの？　じゃ、身だしなみしないと。一番いい場所で、一番いい格好で渡さないとね』
　でなければ、そんな風に言ってくれることはない。そう思う。
　私は不思議に思う。アリスは私が好きだ。前々から、アリスはそれを明らかにしている。私を好いていて、別の人……魔理沙が好きな私を許容してくれている。
『魔理沙のこと、好きなんでしょう？　いいわよ、私は気にしないわ。魔理沙に振られてから言って、まるで弱みにつけ込むようなこと、したくないから、先に言うだけ。もし振り向いてくれる気になったら、私、待っているわ』
　だけど、そんなところ。アリスの気質は嫌いではないし、普段は殊更にそれを感じさせることもないから、ただの友人として付き合っている。それどころか、魔理沙のことを応援してくれるようなところさえある。でも……でも、それで良いのだろうか？　私は不安になる。アリスが、どんなに良い人でも、どこか疑ってしまう。もし、私が魔理沙とうまくいったら。私が願わずにいられない未来。アリスは、私が手に入らないことを嘆きはしないだろうか。私を思ってくれる、アリスの意志はどこへ行くのだろうか。どちらにしろ、アリスとは友人ではいられない、そんな風に思う。
　それならいっそ、アリスと仲良くなんてしたくない。時折そんな考えが頭を過ぎるたび、自分が嫌な子だって嫌になる。私はきっと幼いのだ。恋愛であるとか、友達であるとか、時別なことでは、きっとないのだろう。
　でも、私はどこかに夢を見ている。恋愛はきっと素敵なもので、一緒に過ごすだけですごくドキドキすることができる。
　魔理沙と一緒にいると、どこまでも飛べそうな気分になる。受け身なのは良くないけど、魔理沙がもし私を好きになってくれたら、私を引っ張ってどこへでも行ってくれるだろう。そんな予感を、私は抱いている。
　今でも同じなのかもしれない。でも、魔理沙は私のことを友人だと思っていて、それは違うのだ。好き合う、思い合う、そんなことできっと互いにどこまでも行ける、そんな気分になる。
　恋愛ってそんなものだと、私は信じている。やっぱり私は幼い。でも、私はそんな幼い、私の恋を信じていたい。



　アリスにチョコレートを渡そうと思ったら、家にはいなかった。夜になれば帰るだろうと、神社で時間を潰そうとしたら、そこにアリスがいた。それは当然のことなのかもしれない。アリスは、霊夢が好きなんだから。舌打ちでもしそうな気分になったけど、私は飲み込んだ。霊夢が悪い訳では、絶対にないのだから。
　参ったな、と思う。霊夢がいるところではチョコレートなんて渡せやしない。当然だ。バレンタインというシチュエーション、アリスに渡すことしか考えていなくて、霊夢には後で作ってる途中でできた余りでも、義理にくれてやろうと思っていたのだ。当然、今ここに持ってきてある訳がない。アリスにしか渡さないこともそうだし、渡すならちょっとくらい甘い言葉に添えて渡したい。霊夢がいたら、それもできない。そもそも、霊夢には知られたくない。大切な友人なのに、変にこじれたりしても、嫌だ。
　でも、私がこんな気持ちをずっと持っているなら、いつかはこんな関係じゃいられなくなるんだろうか。嫌になる。
　私は待つことにして、上がり込んだ。今日の霊夢はどこか違っていて、良く見ると髪がちゃんと整えられているのだった。いつもはもっと起き抜けのままぼさぼさで、時間が経ったからハネが収まったのだろう、くらいの。見れば、髪留めも見たことのないものだった。普段は気怠い感じが出ていて嫌いじゃなかったのだけど、ちゃんと整えた霊夢の髪はツヤがあって、どこか印象が違って見えた。いつもと変わらない、少し拗ねた猫のような態度は変わらないのに。
　ほらほら、と言わんばかりにアリスが霊夢をちらちらと気にしている。やっぱりこの二人、互いに好き合っているのかな。仲の良さげな様子を見るたびに、私は後ろ暗い気持ちになる。好きだってことが悪いことであるかのような、違和感。
　恋が悪いこと？　人が好きなことが、悪いこと？　そんなことは絶対にない。そんなはず、ない。あってたまるもんか。
　私はアリスを尊敬してる。魔法使いとして先輩だし、教えてもらったことも沢山ある。だけど、それだけじゃない。私は、アリスが好きだ。ふんわりと優しげな髪が好き。大人びて、日差しみたいにきらきら光る、横顔が好き。親しげでふざけあったりもするのに、きちんと一線を引いていて、時に見せる大人っぽさが、好き。いつかあんな風になって、アリスと一緒にいても見劣りしないようになりたいと、そう思う。
　アリスと霊夢が一緒にいても、少し恨めしい気分になったりしない、きちんと気持ちの整理のつけられる大人に。



　私は、何だか微笑ましい気分で、その場を見つめている。魔理沙は入って座ったきり何も言わないし、霊夢もまた同じ。何も、言えないのだろう。
　霊夢が好き。でも、霊夢は魔理沙が好き。なんて微笑ましいんだろう、と思う。そんな風に、与えられるものだけでなくて、自分で求めることのできる霊夢をより好きになれる。
魔理沙はどう考えているのだろう？　こんな、可愛い霊夢に好かれる魔理沙は幸せ者だ。そういう気持ちはなくても、良い友達なのだろうし、そんな風に一緒にいられるのは良いことだろう。
　それにしても、今日の魔理沙は歯切れが悪い。いつもならもっと気楽に話しているのに。何か、あるのかな。どこか違和感を感じているのか、霊夢も用意しているチョコレートを渡そうとはしない。もしかしたら、互いに好き合っているのじゃないのかしら、なんて馬鹿みたいなことを考えてみる。
　この二人はいつ見ても、理想のパートナー、お似合いの二人に見える。いつも切磋琢磨に成長し合い、その気持ちが恋に変わってもおかしくないように思える。それならそれで、二人の関係を眺めているだけ。代わりであるとか、曖昧な気持ちで付き合って欲しくはないから、霊夢のことはじっくりと眺めているだけ。そう、まるで今みたいに。
　私が魔理沙のことを恨むなら、それは真実の気持ちじゃない。霊夢に私一人を見ていて欲しいという、エゴイスティックな気持ちだ。それで霊夢が好きなんて、とてもじゃないけど言えない。私の気持ちが本物なら、それは到達するものだし、霊夢が私を好きになってくれる時期が来れば、その気持ちを留めおけるようにしておくだけ。
　霊夢は、可愛い。いつも自分の意のままに、ふらふらと生きている。そんな風なのにどこか自由で、優雅にさえ見える。好き勝手しているようで案外他人のことを気にしているところも良いし、何より、可愛がったらその分返そうとしてくれる、そのいじらしさが好きなのだ。いつか霊夢に、ありのままに私を振り向かせたい。そう思う。
　実は、こっそりとチョコレートは用意してる。霊夢が魔理沙に渡し終わって、二人になったら、渡すことにしようと思っている。
　でも、二人とも何も話さず、いつこの空気が変わるだろう、と思うと私は少しやきもきした。

藍「紫様、あの三人黙ったまま二時間も動きませんけど」
紫（私も渡したいのに）



　微妙にバレンタインでなくても良いような気がするネタ。渡したくても渡せない、コントみたいな関係性。
　霊夢→魔理沙→アリス→霊夢（以下ループ）

　
　読んで下さってありがとうございました。