※大変申し訳ございませんがタイトルと内容に一切関係はございません。
二月十四日、バレンタインデー。
それは全世界の恋する乙女にとって、一年を通しても最大級のイベントデー。
ある者は一方通行だった思いを伝え、またある者はお互いの思いを確かめ合う。
それはここ、命蓮寺でも例外ではなかった。
「ご主人、受け取ってくれ」
「……はい?」
聞き返したのは寅丸星。縁側で熱いお茶を淹れて、昼食後のひとときを謳歌していた所である。
そして細長く、赤いリボンで飾られた箱を両手で突き出しているのはナズーリン。心なしか顔は赤い。
しばらくの静寂の後、星がゆっくりと口を開く。
「えー……と。すいません、どういうことですか?」
「はぁ!?」
想定外の答えに思わずつんのめるナズーリン。
慌てて体勢を直し、星に向き直る。
「な、何をとぼけたことを。いくらご主人といえ、この行為の意味が分からない訳はないだろう! 冗談は程々にしてくれ!」
「いえ、真面目に分からないんです。一体どうしてこんなことを?」
星に悪戯心や困らせてやろう、といった類の様子は一切見られない。どうやら本気でナズーリンの行為の意味が理解出来ていないようだ。
ナズーリンが呆れ半分、落胆半分といった様子で説明を始める。
「……いいかいご主人、今日の日付は?」
「二月十四日ですね」
「そう、バレンタインデーだね。そして私が君に渡さんと手に持っているものは?」
「話の流れからしてチョコ、ですかね?」
「そう!分かってるじゃないか! そこまで分かっていてどういうことだもないだろう。さあ!」
「いえ、しかしあなたは……」
なおも言い淀む星に痺れを切らし、覆い被せるように
「ああ、もう! とにかく、受け取ってくれれば良いの! はい!」
と、恥ずかしさからか顔を真っ赤にして叫ぶナズーリン。はあ、まあそこまでいうなら、と星が釈然としない表情で受け取ろうとしたその時、
『ちょおーっと待ったあー!!』
と、大声と共にふすまがピシャリと開かれた。
そこに現れたのはなんと、たった今星にチョコレートを渡そうとしていたナズーリンその人。
「わ、私がもう一人だと!?」
「何をとぼけたことを。ご主人、そいつはぬえだ! 何を企んでいるかは知らんが、どうせろくな事ではあるまい。そのチョコを受け取っちゃ駄目だ!」
「えーっと……? これは一体全体、どうしたものでしょうか……」
互いに牽制しあい、睨み合いながらジリジリと距離を詰めていく二人のナズーリン。持っているチョコまでそっくりだ。
なにがなんだか、といった様子の星を差し置いて、二人の口論はヒートアップしていく。
「私がぬえだって? よくもまぁそんなデタラメが言えたものだな!」
「デタラメはどっちだ! 知っているぞぬえ、昨日の深夜、台所で妙なものを作っていたな。大方この悪戯の仕込みでもしてたんだろう?」
「ほほう、わざわざご自分で自供とは芸が細かいことだ。昨日の夜、私はご主人と一緒の布団でぐっすり眠っていたんだ。そんなことを知っているはずがない!ね、ご主人?」
「おっと、ご主人は黙っててくれ! そんな事は本物のナズーリンである私がよーく分かってるさ。部下の小ネズミ達に監視させていたんだよ。君のイタズラにはほとほと悩まされているからな」
「はっ、適当なことを。私の部下は昨日から休暇をとってるよ。とうとうボロが出たな!」
「それは君の方だ! いついかなる時でも私の尻尾には側近の部下が居ることを忘れていたようだな。この子がその証拠だ!」
「どこまで嘘を重ねれば気がすむのか。そんなものは君のお得意の正体不明の種を使えばいくらでも捏造できる。いい加減、自分が偽物だと認めたらどうだい?」
「そっちこそ、どこまでも往生際が悪いやつだ。いいだろう、そこまで言うならご主人に決めてもらおうじゃないか」
「ほほう、ぬえにしてはいいアイデアだな。まあご主人が私を間違えるはずはないし、その案には大いに賛成だ。さ、ご主人」
「えぇ!?」
急に矛先を向けられ戸惑う星。
しかし二人のナズーリンは止まらない。
「さあ、はやく私を選んでぬえを懲らしめようじゃないか」「こんなやつの言うことを聞く必要はないぞご主人。ゆっくり決めてくれていいんだ」「ご主人なら一目でわかるだろうから時間なんて必要ないだろうけどね」「さあご主人」「私か」「私か」
「「どっちを選ぶんだい?」」
「選びます! 選びますから少し待ってください!」
このままだと収拾がつかない。
そう判断し、交互に喋る二人の勢いに押され気味だった星がひとまず場を落ち着かせる。
2、3回ゆっくりと深呼吸して、正座して二人のナズーリンに向き直る。
「とにかく、あなた達二人のうち、本物のナズーリンからチョコを受け取って欲しい、と。そういうわけですね?」
「「うん」」
同時に首を縦に振る二人のナズーリン。並んでみると全く違いが分からない。
因みに向かって右が最初にいたナズーリン、向かって左が後から出てきたナズーリンだ。
星はもう一度大きく深呼吸し、二人に向かってゆっくりと答えを告げた。
「私が選ぶのは……
どちらでも、ありません」
ポカンと口を開ける二人のナズーリン。ややあって、向かって左のナズーリンが慌てて問いただす。
「な、何を言っているんだご主人。ちゃんと選んでくれ!」「そうだよ、この期に及んで逃げを選ぶなんて。ちゃんと本物を……」
「ですから、あなた方のどちらも本物ではない、と申し上げたんです。もう一度お聞きしますが、どうしてこんなことを?」
二人のナズーリンは驚いた顔を見合わせる。
しばらく見つめ合った後、揃って大きなため息をつき、
「あーあ、バレちゃったかー。今までで最高の出来だと思ったんだけどなー」
「ふぅむ、一分の隙もなく化けたと思ったんじゃが」
と言ったが早いか、ドロンと煙が巻き起こり、ナズーリン「だった」二人はその正体を現した。
向かって右のナズーリンは封獣ぬえに、左のナズーリンは二ッ岩マミゾウに。
髪の上に乗った葉っぱを捨てると、マミゾウが星に向かって話しかける。
「いやぁ、すまんすまん。こっちに来てから人を化かす機会がなくての。ぬえが面白そうなことを企んどったから、尻馬に乗って久しぶりに儂の変化の腕を試してみたかったんじゃが……こうもあっさり見破られるとは。腕が鈍ったかのう」
余り反省している風ではないが、悪気があったわけでもないようだ。原因を作ったらしきぬえはいつの間にか姿を眩ましていたが。
マミゾウの弁明を聞いて、しばし考え込む星。
「……それ、本当ですか?」
「本当じゃよ?」
「……そう、ですか。分かりました。ともかく、こういった悪戯は程々にして下さいね」
「うむ、ぬえにもそう伝えておくよ。見つかれば、じゃが。……ところで、参考までに一つ聞かせてもらってよいかの?」
今一つ納得がいっていない様子の星に、今度はマミゾウが問い掛ける。
「どの時点で、儂達が偽者だと気付いた?そこだけが気になってな」
しかしそれに対する星の返答は――
「どこから、と聞かれましても。強いて言うなら最初から、ですかね」
「はぇえ!?」
再び口がおっ開くマミゾウ。今度はおまけに妙な声まで出してしまう有様。
信じられない、といった様子で聞き返す。
「さ、最初から?」
「はい。一人目のナズーリンは少し会話を交わした辺りで。流石に二人目のナズーリン、あ、マミゾウさんですよね? が出てきたときは驚きましたが、そちらもまあ、すぐに」
それを聞いたマミゾウはしばし呆然とした後、下を向いて黙りこんでしまった。
……気まずい沈黙が流れる。
今でこそ隠居しているとはいえ、マミゾウは名の知れた大妖怪。
もっと言葉を選ぶべきだったか……。
と星が危惧し始めたところで、
「っくくく、くはっ、あははははは!」
マミゾウが突如笑い出した。
星を置いてけぼりにしてひとしきり笑いきる。息が乱れて呼吸が苦しくなるまで笑って、ようやく静かになった。
「はぁーあ、いやいや、そうか、最初からか。くふふふ」
「落ち着かれましたか?」
「ああ、それはもう。そうかそうか、なるほどのう」
なるほどなるほど、と一人ごちるマミゾウ。その顔はとても楽しそうだ。
「一応、どうして分かったのか、理由を聞いといていいかえ?」
「理由と言われましても……何となく、としか言い様がありませんね。違和感があったんですよ、どことなく」
「なんとなく、か。いやさ恐れ入った。こいつは完敗じゃな」
そう言って立ち上がり、大きく伸びをする。
星の傍らに置かれたお茶はすっかり温くなってしまった。
「おや、冷ましてしまったかや。今日は色々とすまんかったのう」
「いえ、構いませんよ。私も彼女も、あんまり熱いのは苦手ですし、ね」
星の言葉に、三度固まるマミゾウ。
「……おぬし、本当はどこまで分かっておるんじゃ?」
「さて。なんのことでしょうか」
「とぼけおって。素直じゃないのはあやつの方じゃと思っとったが……おぬしも相当のものじゃな」
「そうですかね?私としては、素直に生きてるつもりですよ」
「余計質が悪いわ。……ま、儂にゃあ関係のないことか」
星に背を向け、のらりくらりと歩き出す。
「老婆心から言わせてもらうと」
「お主がどういう付き合い方をするのも勝手じゃが、あんまりおいたが過ぎるようじゃと、そのうち鼠に噛みつかれるぞえ」
そう言ってマミゾウは廊下の角を曲がり、立ち去った。
茶碗片手に、笑顔で独りごちる星があとに残された。
「分かってませんねえ」
人肌程度に温くなったお茶を一口すする。
「それが、可愛いんじゃないですか」
手に持つ茶碗の中には、茶柱がぷかぷか漂っていた。
>奇声を発する程度の能力さん
ありがとうございます。
ナズを本編で出せなかったのが心残り。もし次の機会があれば活躍させてあげたいです。
>2さん
自分の作品で楽しんでいただけたなら、それ以上に嬉しいことはありません。ありがとうございます。
>名前が正体不明である程度の能力さん
>4さん
最終的にマミさんが全部持っていってしまいましたね。ぬえの台詞が一箇所しかなかったのが申し訳なく思います。
>名前が薄皮程度の能力さん
あなたのお言葉のおかげでこの作品を書こうと決心出来ました。本当にありがとうございました。
>7さん
ナズ(偽)には出来るだけマミさんのことを意識させないように喋らせてみました。
不自然にならなかったようで安心しました。
星ちゃんはああ見えてやり手だと思うのですよ!
>8さん
ありがとうございます。
うっかりの皮をかぶったハイスペック星ちゃん、いいですよね!