ダウザーの小さな大将ナズーリン。常であれば命蓮寺にある筈のその姿は、今地底にあった。
「全く、なんで私がこんなこと……」
ぶつくさとぼやきながら、ダウジングロッドを手に探し物を見つけようと感覚を研ぎ澄ませる。
彼女が何故地底をうろついているかといえば、例によって寅丸星の無くし物――という訳ではなく、今回はぬえのやらかした尻拭いだった。
聞いた話によれば、先日の深夜。命蓮寺大浴場で、小傘と共に入浴していたぬえが、何故か居たキョンシーとその主人に喧嘩を売り一悶着を起こし、弾幕の余波で浴場を破壊。大分頑丈に作ってあった施設自体はそれほどの被害にならなかったのだが、備品の手桶が尽く使い物にならなくなってしまった。
それなら普通、店で買ってくればいいじゃないかとナズーリンは思う。しかし白蓮の意見は違った。
「普通の桶では今回のようなことがもしまたあった時に、同じように壊れてしまいます。どうせなら、とびきり頑丈な特注品に替えましょう」
だから調達をお願いできないでしょうか、と超人「聖白蓮」でぬえを折檻した後すぐの笑顔で言われてしまっては、ナズーリンとしては面倒だから嫌ですなんて言えない。
妖怪がハシャいでも簡単には壊れない桶なんて、そんなにすぐ見つかるものかと一応の反論を試みたものの、なんと村紗や一輪からそのアテがあるとの話が出てしまう。
なんでも地底封印時代の知り合いで、釣瓶落としの妖怪が居るらしい。
彼女はとても狭いところが好きで、いつでも桶に入っているのだが、その成長によって、あるいは気分で桶の住まいを替えることがあるのだという。ヤドカリみたいだ。
その脱ぎ捨てられた桶は、釣瓶落としの妖力が染みこんでとても頑丈になっており、耐久性は通常の十倍以上。数少ない地底特産品のひとつだが、供給が極端に少ない為調達するには金の力で解決するか、直接釣瓶落としと交渉するかの二択。
いくら特別な品とはいえたかが桶に大金を用意する訳にもいかず、ナズーリンは釣瓶落としを探しだして譲ってもらう交渉のため地底を訪れたのだった。
「ん、この反応は?」
なかなかお目当ての相手が見つからず、また湧いてきた愚痴りたい衝動を堪えた時。ふと、ダウジングが何かを捉えた感覚。
もしやと思い頭上を見、慌てて飛び退いた。
「よけられた」
鬼火と共に落下してきた大きな桶。ちょこんと覗く、緑髪少女の上半身。
おそらく、彼女が探していた釣瓶落としの――
「――キスメ、でいいのかな?」
「なんでしってるの」
「雲居一輪や、村紗水蜜を覚えているかな。私は彼女たちの仲間でね、紹介を受けて君を頼りにやってきたんだ」
「いっちーとみっちーのなかま……」
「そうそう、その二人だ。それで今日は、君にちょっと相談があるんだ。良ければ聞いて貰えないかな?」
「……きくだけね」
出会い頭に襲われる程度のことは織り込み済み。とりあえず話だけは聞いてもらえそうだ。
人見知りなのか、ぼそぼそと喋る声がなんとも聞き取りづらいが、そこはまぁ自慢の耳がある。
「わたしの桶?」
「そう、桶」
幻想風穴を入ってすぐ。彼女の縄張り的な場所に案内される。
こんなに地上から近いのであれば、無理して深くまで潜入しなくてもよかったな、とため息をひとつ。
「桶はわたしのおうちだからあげられないよ。おk?」
「桶……いやOKか。なにも君の家を寄越せという訳ではなくてだね。前の家で、もう使っていないようなものがあったらそれが欲しいんだ」
「むくなしょうじょの使用済みじゃないとこうふんできないなんて……へんたい」
「どうしてそうなるんだ!……で、どうかな」
「ちょっと前まではいっぱいあったけど、このあいだたくさん買ってったお客さんがいたからひとつしかないよ」
一つだけ。
言うまでもなく少ないが、キスメがある程度使っていた桶でないと駄目な以上、求めても無いものは無いのだからここは一つでも良しとするべきだろう。彼女がまた桶を替えるまで待つのも現実的ではない。
「では、その一つを譲って貰うことは出来るだろうか」
「だめだめ」
にべもなく断られる。しかし、交渉の余地はきっとある筈だ。
「どうしても駄目かな。お金ならそれなりに用意しているよ」
「おかねのもんだいじゃないのよ。今うなちゃんのおうちになってるの」
うなちゃん……連れ添いが居るのか。
同じように小さな男の子が桶に入ってるような感じなのだろうか。
「うなちゃんだよ」
「へぇ、なかなか美人な……ウナギ!?」
差し出された桶に入っていたのは、一匹の鰻だった。
桶の水をちゃぷちゃぷさせながら元気に泳いでいる。
「電気ウナギのうなちゃん」
「それはまた……いくらなんでも種族の壁というものが」
「ヤマメちゃんが珍しいものてにはいったってくれたの。うなちゃんはわたしのぐちもきいてくれるし、いつでもそばにいてくれるし、だいじなお友達なの」
寂しすぎる!
忌み嫌われた地底妖怪の業に思わず涙しそうになったナズーリンだったが、問題がキスメのあまりにも淋しい交友関係にあるのなら、私が名乗りを上げればいいのではないか、と思い至る。
「よく見ると君……とても可愛いね」
「えっ、え、ふぇ!?」
いきなりカッ飛んだアプローチから始めるナズーリン。まずは相手の精神を揺さぶるのから入る。基本だ。
アクロバティックな交渉をする勇気は、聖救出前に宝塔を香霖堂から買い戻した時から既に覚悟完了しているのだ。
「い、いきなりなんなのよう。へんなこと言わないで!」
「変じゃないさ。誰だって、可愛い女の子とはお近づきになりたいものさ」
直結厨である。いや本当は違うのだが。
いきなりスイッチが切り替わったかのようなナズーリンに、キスメは戸惑いを隠せない。
「わ、わたしなんてべつに……友達いないし、ネクラだし、うまく話せないし……」
「そんなものは全て上っ面だよ。私は、君の内面を知りたいんだ」
諦めないナズーリンは、矢継ぎ早に歯の浮くような台詞を投げかけていった。
――そうして、情熱的な詩を送ったりラブレター紛いのものを書いたりと、一晩二晩キスメのもとで厄介になりながらナズーリンが奮闘した結果、キスメはあっさり陥落した。
電気ウナギのうなちゃんはその日のお昼ご飯となり、口八丁で空の桶を手に入れたナズーリンはさっさと地上へ逃げ帰った。
「ただいまー、帰ったよ」
あ、ナズじゃんおかえりー。なんて村紗水蜜が出迎える。
要望通り桶は手に入れてきたよ、と疲れ混じりながら自らの仕事ぶりを少し自慢したい気持ちも入った報告をすると、村紗は驚いたように言った。
「えっ、桶なら一昨日だかにぬえっちょが買ってきてたけど……」
「なんだと」
事の次第はこうだ。
聖の折檻で気絶していたぬえは、目覚めるなり自発的に壊した桶を弁償しようと命蓮寺を飛び出した。よっぽど怒った聖が怖かったのだろう。
村紗や一輪のように、キスメの存在をすぐに思い出していたぬえは、まっすぐにキスメの元へ訪れ、ナズーリンがキスメに会う少し前、大量に桶を買い込んで命蓮寺に帰ったのだ。
つまり。桶いっこを後生大事に持って帰ってきたナズーリンは骨折り損のくたびれ儲けということで。
「そりゃあ……いくらなんでも、酷いんじゃないかい……」
気の抜けた声で呟き、へにゃりと座り込んでしまうナズーリン。
命蓮寺の浴場に設置されたキスメイド桶から、ヤンデレ釣瓶落としがやってくるまであと――
面白かったです
ヤンデレ釣瓶落としの話も是非
キスメが可愛い。
まあいっか