迷いの森近くにある古道具屋・香霖堂。
そこでは今日も今日とて暇そうに本を読んでいる店主の姿があった。
「失礼しますわ」
「いらっしゃい」
本から顔を上げる店主。するとそこには紅いお屋敷のメイドさんが1人立っていた。
「何の用かな?」
「実は紅魔館に蚊が発生しまして」
「退治する道具をご所望って訳かい?」
「はい。お願いできますか?」
店主は返事を返す事なく、ある棚へと一直線に向って行った。そして店主が元の位置に戻った時、その手には緑色をした螺旋状の物体があった。
「蚊取り線香、ですか?」
「うん」
メイドは蚊取り線香を手に取り、回しながら一通り観察すると、満足そうにそれを机へと置いた。そして袋から幾つかの品を取り出し、それもまた机へと置く。
「蜂蜜と西瓜、それに梨です。どれがいいですか?」
「食べ物ばかりだね」
「これは食料の奪い合いなのだから、対価もそれが相応しいだろうと言うのがお嬢様のお言葉です」
「食料の奪い合い?」
不思議そうにする店主に、メイドは少しだけ微笑みながら答えを返す。
「同じ血を糧とする者として捨て置けないのだそうです」
「あぁ、なるほどね」
そう言いながら店主は、彼女の主――幼い姿をした吸血鬼の事を思い出していた。同時に、その少女との出会いも。
それは店主――森近霖之助がまだ今より少しだけ若かった頃の話。とはいえ、彼の外見は今と同じではあったのだが。
「ふぅ。今日は碌な掘り出し物がなかったな」
珍しい物の発掘に没頭しすぎた彼は、夜道を1人急いでいた。身を守る能力のない彼にとって、夜道を歩くのは危険な事だった。何せ、夜は妖怪の時間なのだから。
「おにく~」
「おわっ」
突如目の前に降って来た黒い影に驚きながら、霖之助は反射的に数歩下がっていた。彼自身は身を守る能力を持たない。しかし、その代わりになる道具を持っている。そしてそれを使う為には幾許かの間合いが必要なのだ。
「いっただっきま~す」
「それ」
霖之助の手から放たれたのは、数個の卵。正確には卵の中身を抜き取り、胡椒や唐辛子などの香辛料をたっぷりと詰めた特性の煙玉である。逃亡する、と言う手段をとる場合、これは中々有効な道具なのだ。
「けほっ、けほっ。目がいたいよ~」
「む」
さっさと逃げ出していた霖之助を追って来る気配は、先程と同じ黒い影の女の子だった。正しくは女の子の外見をしている人食い妖怪、であるのだが。
「え~っと。猪の肉をあげるから見逃してくれないかな?」
飛ぶ相手を振り切るのは難しいと考えた霖之助は、一旦立ち止まり対話を試みた。そしてそれはあっさりと成功したのだった。
「おにく、おいしい?」
「え~っと、多分」
「そ~なのか~」
鞄から肉を取り出して女の子に渡すと、彼女は一心不乱に肉を貪り始めた。どうやら相当飢えていたらしい。
「では、僕はもう行くよ」
「はぐはぐ」
女の子と別れた霖之助は、再度急ぎ足で帰路に戻った。そして数分も歩いた頃、彼の目に2つの人影が飛び込んできた。
「あ~」
満月の光が霖之助の目にぼんやりと2人の姿が映し出させる。倒れた青年と、それに縋りつくように覆いかぶさっている少女。
「えっと、どうしたんだい?」
青年の周りは紅く染まっている。もしかすると先程の霖之助と同じ様に人食いの妖怪に襲われたのかもしれない。
その時霖之助が思った事は2つ。青年は生きているのか。少女をどうするべきか。
「えっと、大丈夫かい?」
「っく、っんく。っう、っくん」
霖之助がある程度の距離まで近づくと、少女から嗚咽らしきモノが聞こえ始めた。どうやら少女の方は意識がるようだ、と思った瞬間、彼は別の音の存在にも気がついた。
ぴちゃぴちゃ、ちゅっちゅっ、じゅ。
瞬間、背筋が凍った。本能的が霖之助に命令を下し、無意識に数歩下がる。外見で判断していけないと言う事はよく理解していた。理解していたはずなのに、彼はミスを犯してしまった。
「ふう」
背格好とはまるで不釣合いな艶やかな吐息を吐き出した少女が、ゆっくりと立ち上がり、振り返る。
口元から滴る血をその細い指で拭い、ルージュをひくように唇へと押し当てた。口内からちろちろと覗く舌が艶めかしく動き、その血を舐め取る。病的に白い肌と狂的に紅い血。その対比が少女の存在を際立たせ、いつしか彼はその光景に魅入られていた。
「あら、今日は大猟ね。でも生憎、お腹がいっぱいなのよ」
「・・・」
「挨拶が遅れたわね。私は夜の王にして紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ」
「・・・」
「あら、ツレナイわね」
霖之助の眼が初めて少女の全身を捉える。闇に浮かび上がる白い肢体。全身に飛び散った紅い血。血を拭ったのか、袖口と手の平は特に真っ赤だ。先程は夜の闇に同化していた為に気づけなかった小さな羽が、その背中で静かに羽ばたいている。
くすくすと笑う少女は、そんな異様な姿も相まってとても歳相応とは言えない妖艶な雰囲気を醸し出していた。それは大人びていると言うモノを超越した、恐怖にも似た魅力。そんな少女の持つ独特の雰囲気と威圧感が霖之助を襲い、彼の全てを釘付けにしていた。
「あぁ、いいわ。おいしそう」
「――っっっ!?」
表情を引き攣らせながら、霖之助はようやく声を出す事に成功した。言葉とは言えない、ただの音ではあったが。
そんな彼の表情を見た少女は嬉しそうに微笑を浮かべ、一歩前に出る。びくりと反応した彼の姿を見て、更に表情を緩め、もう一歩近づく。
「ふふふふふふふ」
「霖之助。森近霖之助と言ぅ...」
「そう。ねぇ、少しだけ食べさせてくれない?」
霖之助は反射的に「はい」と答えようとしていた。声にこそ出せなかったモノの、それは彼の本心であり、この少女になら何をされてもいいとさえ感じていた。
恐怖と魅了による服従。それは吸血鬼にとって普通の食事風景であり、また少女にとっては食材に恐怖と言う名のスパイスを加える儀式でもあった。
「返事くらいしてくれないかしら? ねぇ?」
甘えるような声。小首をかしげるような仕草。見上げるような視線。全ての動作が魅惑的に感じられ、彼はただ少女を見つめ続ける事しか出来なかった。
見詰め合う2人。そして数分、もしくは数十分経った頃、少女の笑みは残念そうな表情へと移り変わっていた。彼にはその表情すら酷く蠱惑的に感じられた。
「やっぱりツレナイわね。女の子には優しくするモノよ?」
少女が再度舌を出して唇をなぞる。血のルージュが落ちた少女の容貌は、少しだけ、ほんの少しだけ歳相応のモノへと近づいていた。
「今日のところは諦める事にするわ。お腹もいっぱいだし」
体中に飛び散った鮮やかな紅が徐々に禍々しい黒へと近づき始めている。しかし、そんな事では少女の美しさは一片も損なわれる事はなかった。それどころか、更に魅力的になった様にさえ感じられる。
「また会いに来るから、それまで死んじゃダメよ?」
小さかった翼を大きく広げ、漆黒の空へと舞い上がる。そして優雅に微笑んだ後、音も無く飛び去った。
彼は呆然と地面に座り込み、少女の飛び去った方角を見つめていた。悪魔に魅入られた、何も映さない瞳で。
「で、お決まりになりましたか?」
メイドの声に、店主は思考の世界から舞い戻った。どれがいいのか悩んでいると勘違いしたらしいメイドは、品物を少し押し出しながら微笑んでいた。文句の付け所の無い、完璧な営業スマイルだった。
「ん、そうだね。じゃあ――」
一番保存が利くだろうと言う理由で蜂蜜を手に取る店主。次の瞬間には西瓜と梨は机の上から消え去っていた。
「あぁ、それとこれを」
「ん?」
「お嬢様からのお手紙です」
紅いお屋敷主人から手紙が来る事は、さして珍しい事ではない。何が足りないだの、何を仕入れろだの、店の品揃えにいちゃもんをつける内容が大半ではあったが。
「では、確かにお渡ししました」
「あぁ、ご苦労様」
蚊取り線香を手に店を出るメイドを見送ると、店主は手紙の封を切り、中身を開いた。そこには珍しく、店に関する文句以外の内容が書かれていた。
親愛なる、って事はない古い店の店主へ。
最近、食べ応えのなさそうな人間ばかりが集まってくるの。困ったものだわ。
人間はいつからあんなに反抗的になったのかしらね? しかも強いし。
そんな訳で、咲夜が狩って来る人間の血に最近飽きてきたわ。B型はまだましなんだけどね。
って、そんな事を書く為に手紙を書いてるんじゃないのよ。実はね、貴方に聞きたい事があるの。
質問は簡単よ。大昔、貴方にしたモノと同じ質問なんだから。考える時間はたくさんあったでしょ?
私に食べられてみない?
もちろん貴方が人間じゃないのは知っている。それで一度は諦めたんだしね。
でも、あの日の貴方の顔が忘れられないの。恐怖と歓喜で歪んだ、あの表情がね。
それにね、最近は種族なんて些細な事だと思い始めたのよ。それが食料――人間の影響っていうのは頂けないけど。
それは兎も角として、食べられる気があってもなくても、一度は返事を頂戴。
じゃあ、この辺で失礼するわ。私を楽しませてくれる返事を期待しているわ。
手紙を読み終わった店主は、眼鏡を外してから机につっぷした。過去と、現在と、美しさと、恐怖と。さまざまなモノが彼の中で渦巻いていた。
「はぁ。とりあえず何か書こうかな」
紙とペンを取り出した店主は、それを机の上に置き、自分の肘も机に置いた。
――一体、何を書けばいいんだろう?
店主はその日の時間を全て費やして手紙を書き上げた。その表情はとても楽しそうだったとか。
そこでは今日も今日とて暇そうに本を読んでいる店主の姿があった。
「失礼しますわ」
「いらっしゃい」
本から顔を上げる店主。するとそこには紅いお屋敷のメイドさんが1人立っていた。
「何の用かな?」
「実は紅魔館に蚊が発生しまして」
「退治する道具をご所望って訳かい?」
「はい。お願いできますか?」
店主は返事を返す事なく、ある棚へと一直線に向って行った。そして店主が元の位置に戻った時、その手には緑色をした螺旋状の物体があった。
「蚊取り線香、ですか?」
「うん」
メイドは蚊取り線香を手に取り、回しながら一通り観察すると、満足そうにそれを机へと置いた。そして袋から幾つかの品を取り出し、それもまた机へと置く。
「蜂蜜と西瓜、それに梨です。どれがいいですか?」
「食べ物ばかりだね」
「これは食料の奪い合いなのだから、対価もそれが相応しいだろうと言うのがお嬢様のお言葉です」
「食料の奪い合い?」
不思議そうにする店主に、メイドは少しだけ微笑みながら答えを返す。
「同じ血を糧とする者として捨て置けないのだそうです」
「あぁ、なるほどね」
そう言いながら店主は、彼女の主――幼い姿をした吸血鬼の事を思い出していた。同時に、その少女との出会いも。
それは店主――森近霖之助がまだ今より少しだけ若かった頃の話。とはいえ、彼の外見は今と同じではあったのだが。
「ふぅ。今日は碌な掘り出し物がなかったな」
珍しい物の発掘に没頭しすぎた彼は、夜道を1人急いでいた。身を守る能力のない彼にとって、夜道を歩くのは危険な事だった。何せ、夜は妖怪の時間なのだから。
「おにく~」
「おわっ」
突如目の前に降って来た黒い影に驚きながら、霖之助は反射的に数歩下がっていた。彼自身は身を守る能力を持たない。しかし、その代わりになる道具を持っている。そしてそれを使う為には幾許かの間合いが必要なのだ。
「いっただっきま~す」
「それ」
霖之助の手から放たれたのは、数個の卵。正確には卵の中身を抜き取り、胡椒や唐辛子などの香辛料をたっぷりと詰めた特性の煙玉である。逃亡する、と言う手段をとる場合、これは中々有効な道具なのだ。
「けほっ、けほっ。目がいたいよ~」
「む」
さっさと逃げ出していた霖之助を追って来る気配は、先程と同じ黒い影の女の子だった。正しくは女の子の外見をしている人食い妖怪、であるのだが。
「え~っと。猪の肉をあげるから見逃してくれないかな?」
飛ぶ相手を振り切るのは難しいと考えた霖之助は、一旦立ち止まり対話を試みた。そしてそれはあっさりと成功したのだった。
「おにく、おいしい?」
「え~っと、多分」
「そ~なのか~」
鞄から肉を取り出して女の子に渡すと、彼女は一心不乱に肉を貪り始めた。どうやら相当飢えていたらしい。
「では、僕はもう行くよ」
「はぐはぐ」
女の子と別れた霖之助は、再度急ぎ足で帰路に戻った。そして数分も歩いた頃、彼の目に2つの人影が飛び込んできた。
「あ~」
満月の光が霖之助の目にぼんやりと2人の姿が映し出させる。倒れた青年と、それに縋りつくように覆いかぶさっている少女。
「えっと、どうしたんだい?」
青年の周りは紅く染まっている。もしかすると先程の霖之助と同じ様に人食いの妖怪に襲われたのかもしれない。
その時霖之助が思った事は2つ。青年は生きているのか。少女をどうするべきか。
「えっと、大丈夫かい?」
「っく、っんく。っう、っくん」
霖之助がある程度の距離まで近づくと、少女から嗚咽らしきモノが聞こえ始めた。どうやら少女の方は意識がるようだ、と思った瞬間、彼は別の音の存在にも気がついた。
ぴちゃぴちゃ、ちゅっちゅっ、じゅ。
瞬間、背筋が凍った。本能的が霖之助に命令を下し、無意識に数歩下がる。外見で判断していけないと言う事はよく理解していた。理解していたはずなのに、彼はミスを犯してしまった。
「ふう」
背格好とはまるで不釣合いな艶やかな吐息を吐き出した少女が、ゆっくりと立ち上がり、振り返る。
口元から滴る血をその細い指で拭い、ルージュをひくように唇へと押し当てた。口内からちろちろと覗く舌が艶めかしく動き、その血を舐め取る。病的に白い肌と狂的に紅い血。その対比が少女の存在を際立たせ、いつしか彼はその光景に魅入られていた。
「あら、今日は大猟ね。でも生憎、お腹がいっぱいなのよ」
「・・・」
「挨拶が遅れたわね。私は夜の王にして紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ」
「・・・」
「あら、ツレナイわね」
霖之助の眼が初めて少女の全身を捉える。闇に浮かび上がる白い肢体。全身に飛び散った紅い血。血を拭ったのか、袖口と手の平は特に真っ赤だ。先程は夜の闇に同化していた為に気づけなかった小さな羽が、その背中で静かに羽ばたいている。
くすくすと笑う少女は、そんな異様な姿も相まってとても歳相応とは言えない妖艶な雰囲気を醸し出していた。それは大人びていると言うモノを超越した、恐怖にも似た魅力。そんな少女の持つ独特の雰囲気と威圧感が霖之助を襲い、彼の全てを釘付けにしていた。
「あぁ、いいわ。おいしそう」
「――っっっ!?」
表情を引き攣らせながら、霖之助はようやく声を出す事に成功した。言葉とは言えない、ただの音ではあったが。
そんな彼の表情を見た少女は嬉しそうに微笑を浮かべ、一歩前に出る。びくりと反応した彼の姿を見て、更に表情を緩め、もう一歩近づく。
「ふふふふふふふ」
「霖之助。森近霖之助と言ぅ...」
「そう。ねぇ、少しだけ食べさせてくれない?」
霖之助は反射的に「はい」と答えようとしていた。声にこそ出せなかったモノの、それは彼の本心であり、この少女になら何をされてもいいとさえ感じていた。
恐怖と魅了による服従。それは吸血鬼にとって普通の食事風景であり、また少女にとっては食材に恐怖と言う名のスパイスを加える儀式でもあった。
「返事くらいしてくれないかしら? ねぇ?」
甘えるような声。小首をかしげるような仕草。見上げるような視線。全ての動作が魅惑的に感じられ、彼はただ少女を見つめ続ける事しか出来なかった。
見詰め合う2人。そして数分、もしくは数十分経った頃、少女の笑みは残念そうな表情へと移り変わっていた。彼にはその表情すら酷く蠱惑的に感じられた。
「やっぱりツレナイわね。女の子には優しくするモノよ?」
少女が再度舌を出して唇をなぞる。血のルージュが落ちた少女の容貌は、少しだけ、ほんの少しだけ歳相応のモノへと近づいていた。
「今日のところは諦める事にするわ。お腹もいっぱいだし」
体中に飛び散った鮮やかな紅が徐々に禍々しい黒へと近づき始めている。しかし、そんな事では少女の美しさは一片も損なわれる事はなかった。それどころか、更に魅力的になった様にさえ感じられる。
「また会いに来るから、それまで死んじゃダメよ?」
小さかった翼を大きく広げ、漆黒の空へと舞い上がる。そして優雅に微笑んだ後、音も無く飛び去った。
彼は呆然と地面に座り込み、少女の飛び去った方角を見つめていた。悪魔に魅入られた、何も映さない瞳で。
「で、お決まりになりましたか?」
メイドの声に、店主は思考の世界から舞い戻った。どれがいいのか悩んでいると勘違いしたらしいメイドは、品物を少し押し出しながら微笑んでいた。文句の付け所の無い、完璧な営業スマイルだった。
「ん、そうだね。じゃあ――」
一番保存が利くだろうと言う理由で蜂蜜を手に取る店主。次の瞬間には西瓜と梨は机の上から消え去っていた。
「あぁ、それとこれを」
「ん?」
「お嬢様からのお手紙です」
紅いお屋敷主人から手紙が来る事は、さして珍しい事ではない。何が足りないだの、何を仕入れろだの、店の品揃えにいちゃもんをつける内容が大半ではあったが。
「では、確かにお渡ししました」
「あぁ、ご苦労様」
蚊取り線香を手に店を出るメイドを見送ると、店主は手紙の封を切り、中身を開いた。そこには珍しく、店に関する文句以外の内容が書かれていた。
親愛なる、って事はない古い店の店主へ。
最近、食べ応えのなさそうな人間ばかりが集まってくるの。困ったものだわ。
人間はいつからあんなに反抗的になったのかしらね? しかも強いし。
そんな訳で、咲夜が狩って来る人間の血に最近飽きてきたわ。B型はまだましなんだけどね。
って、そんな事を書く為に手紙を書いてるんじゃないのよ。実はね、貴方に聞きたい事があるの。
質問は簡単よ。大昔、貴方にしたモノと同じ質問なんだから。考える時間はたくさんあったでしょ?
私に食べられてみない?
もちろん貴方が人間じゃないのは知っている。それで一度は諦めたんだしね。
でも、あの日の貴方の顔が忘れられないの。恐怖と歓喜で歪んだ、あの表情がね。
それにね、最近は種族なんて些細な事だと思い始めたのよ。それが食料――人間の影響っていうのは頂けないけど。
それは兎も角として、食べられる気があってもなくても、一度は返事を頂戴。
じゃあ、この辺で失礼するわ。私を楽しませてくれる返事を期待しているわ。
手紙を読み終わった店主は、眼鏡を外してから机につっぷした。過去と、現在と、美しさと、恐怖と。さまざまなモノが彼の中で渦巻いていた。
「はぁ。とりあえず何か書こうかな」
紙とペンを取り出した店主は、それを机の上に置き、自分の肘も机に置いた。
――一体、何を書けばいいんだろう?
店主はその日の時間を全て費やして手紙を書き上げた。その表情はとても楽しそうだったとか。