「うどんげにもね、確かに自信は持てない部分はあると思う。誰だってそうだものね。貴女は大して理解力が高いわけでもないし運動もできない。耳はクシャクシャで兎っぽくないし何故か耳が良いわけでもないし取り外しスイッチだのと謎の設定をつけてる。狂気の眼は肝心な部分で通用しないしバックにある紅い眼も威厳はないしね。それに髪の色は悪いし血色も良くないし、いつまでも痩せたままだし、その服もずーっと変えないままだしスカートを無駄に短く切り詰めるし。後、仲間にすら騙されるし素直すぎて困るわね。何をやってもおっちょこちょいでどうしようもないし弟子として何ともいいにくい娘ね」
でもね、と八意永琳は付け加える。
彼女はありのままの穏やかさを含んだ笑顔で、直々の弟子の肩に優しく手を置いてやる。
「やっぱり弾幕は薄いわ弾丸のセンスは悪いわ愚痴は多いわ度胸は足りないわ敵前逃亡するわで」
「まだ続くんですかー!!?」
「あら、駄目かしら」
一点の曇りのない眼差し。
「えー……」
鈴仙は諦めた。
閑話休題。
「そんな瑣末なことを気にしてるようでは、うどんげもまだまだね」
「いえ……ここまで言われて何もフォローが無いとは思いませんでしたよ。地の文でさえ」
耳を極端に項垂れさせつつ、鈴仙は健気な笑顔を取り戻した。
そこは誇っても良い。
「地の文ってなによ?」
口を三角形にしつつ永琳は問い返すも、ふいに思い出したように。
「それで何の用なの」
「酷いですよね。こう見えても結構真剣なのに」
永遠亭の一角にて、二人の師弟のうち一人は何も表情を崩さない師匠へ溜息を吐いた。
折角、珍しく暇そうな永琳を捕まえたのだから本懐は伝えておきたい。鈴仙は、出会い頭の言葉を繰り返した。
「あの、最初に言いましたけど、実は私……好きな人が出来てしまいまして」
「でも想いを伝えるような自信はない、だったわね」
「あ、それですです」
歯痒くも不安を残した顔で鈴仙は言い切った。
たとえ自身に誇りは持てない生でも、このぐらいははっきりしていた方が、気分は良い。
筈。
「ところでその相手は――名前の最初に『え』が」
「違います ね」
「……」
閑話休題。
「なんで!? いえ、最近よく竹林で見かけるミスティアっていう子が気になるのです」
耳を抑えながら暴露する鈴仙。
彼女の師匠は先から不満が炸裂した貌をしていたが……俄然その表情は綻ぶ。
永琳は弟子へと手を差し伸べた。
「彼女は無理よ」
「高いし」
「高いってなんです。な、なんで無理とか言うんですかさっきから無理げな事を臭わせる発言ばかりで!! へこみますよ!!」
「うどんげ」
「はい」
空気が凍る笑顔に戦慄を覚え、鈴仙は一気に泣きそうな顔になってしまう。
さっきからつくづく失礼な人だとは思うが。
「今日の夕飯は鳥鍋……」
「う、裏切ったな師匠ぅー!!」
彼女は永琳の内情に背き、致死量の涙を放射しながら逃走した。
もう何も信用できなかった。
それでも何かしらは心のよりどころに出来る場所はあるのだ。
見透かすようで考えの無いようなミスティアの歌声のように安らげる場所を探して、奔走していたのだから。
気付けば、鈴仙は永遠亭の外へと駆け出していた。
熱くなって気付かなかったが、空は既に夕暮れ。妖怪の時間。
「はぁ……どうして私の周りの人たちは……」
あえて周りへ責任を持たせつつ、鈴仙は夜の帳の落ちる空を仰ぎ見る――
そこで鈴仙は空に浮かぶ黒い影を発見した。
都合のいいことに! よく聞こえないが売り文句を飛ばすあの屋台は――!
「あー! タイミングが良」
鈴仙の求めた歌声は雲がかかるほどのはるか上空で、しかも何故か屋台を背負って恐ろしいバランスで空中浮遊していた。
「うわぁ本当に高いなぁ……」
かといって、あまりに上空すぎて飛ぶのも億劫になった鈴仙は、密かに師匠から奪っておいた(逃げたら撃たれそうだし)永琳の薬の矢を手に取り、
「紅い空のばかぁやろぉぉおぉ!!」
全力で夕日へ向かって投げ放った。
かすかに爽やかな笑顔を浮かべていて、鈴仙はある種幸せだった。
予想外に恐るべき速度で空を飛んだ永琳の矢は、
竹林を突破し、
幻想郷ごと超越し、
やがて罪の桜の咲き誇る無縁塚へと突入し、
「うぐっ!」
何故か揉めてる小町の額にヒットした。
実にファンタスティック。