ゆかりんのひ・み・つ（はぁと）

※ゆかりんだって女の子。怖い物や苦手な物の１つや２つはあるんですョ。
※ちょ、おまっｗ。いくらなんでも『女の子』って歳じゃｎ（簀巻隙間流し










昼なお暗い森の外れの一軒家。その名はズバリ『香霖堂』。
この一帯は人間と妖との生活圏の境目にあたり、人間も妖怪も滅多に訪れることがない。
とどのつまり、店主の霖之助は今日も暇をもてあましているのであった。














　　　　　　　　　　　　　　　　　東方幻想狂
　　　　　　　　　　　【ゆかりんのひ・み・つ（はぁと）】

















――いや、あのな。
暇だからって、どこかの誰さんみたく一日中お茶を飲んで過ごすわけにも行くまいよ？
接客以外にも仕入れや在庫の整理など、経営者としてやるべき事は多いんだから。


そんなわけで今日は在庫の整理をしようと思う。
勿論、仕入れの方が楽しいが、そればっかりだと収納や陳列のスペースが無くなってしまうだろ？
行き届いた物品管理があるからこそ、仕入れ作業も捗るってものだ。


と言うことなので早速裏の土蔵へと向かう。
少しばかり立て付けが悪くなったのか、なかなか閂が動かない。
エイヤッと気合いを入れて引き抜いてみてビックリだ。
「おおぅっ！？」
通りで巧くいかないと思ったら、なんて事はない。内側から圧されていただけなんだ。
溢れ出る物、物、物。迂闊にも物雪崩れに飲み込まれるが、幸い大事に至らなかった。


だがしかし。


「うむ？　メガネ、メガネ、メガネは何処だ？」
あろう事か大事なメガネが壊れてしまったじゃないか。
こいつは困ったね。眼鏡が無ければ片づけはもちろん、普段の生活もままならない。
ああそうだ！　確か倉庫の中に……。
ふむ、あったぞあった。
少しばかり視界が揺らぐが、全く無いより遙かにマシだ。
な～に、修理が終わるまでの辛抱さ。
「よし、それでは仕事に励むとするか」




　――野郎作業中――




「む。もうこんな時間か」
作業に没頭する余り、とっくに陽が沈んでいたことに今更ながらに気づく。
とりあえず店を閉めようと思ったその矢先、何やら妖しげな気配を感じてふり返る。
自慢じゃないがこう見えても僕は人並み以上に勘が冴える方だ。
でなければこんな辺鄙な場所に店を構えて無事なハズがない。


妖しげな気配の正体は隙間だ。勿論ただの隙間なんかじゃない。
隙間が何の変哲もない空中に漂うように現れたからだ。
そう、この隙間は境界を操る大妖怪――八雲紫――のスキマだ。
『飛びっきり厄介な奴』とは魔理沙の談だが、
僕にとっては勝手に商品を持ち出す厄介者の誰かさんと違って、
色々と珍しい品を持ち込んでくれる上客の一人なのだ。


「こ　ん　ば　ん――わぁっ！？」
「？」
スキマから姿を現した彼女は、僕の顔を見るなり反対側の壁まで飛び退いた。
店を閉めようとしていた僕は入り口の側に居たので、
必然的に普段なら僕が居るカウンター方面へ飛び退いた事になる。
案の定、彼女はカウンターの縁に足を引っかけて派手にひっくり返った。


　どんがらがっしゃ～ん！


カウンターの向こうは未整理の商品が山積みになっており、彼女はそこに沈むように消えてゆく。
「あー、大丈夫かい？」
「やめて来ないで近づけないでー！！」
今やガラクタと化した元商品の海で藻掻く彼女を助けようと駆け寄ると、
ヒステリックに叫びながら辺りに転がる物を手当たり次第に投げつけてくる。
脅える瞳に涙を湛えた普段からは想像もつかない姿に嗜虐心を擽られた僕は、
思わず『萌エ～』と叫んでル○ンダイブを決行……マテ、これではまるで僕が暴漢みたいじゃないか。


僕はこれ以上近づく意志のない事を示すと、宥めるように問いかける。
「いったいどうしたんですか？　貴方らしくもないですよ」
「だ、ダメなのよ、苦手なのよ、そういうのが……」
幾分落ち着きを取り戻した彼女は、震える声でそう言いながら僕の目元を指差す。
「これ……ですか？」
彼女が指し示したは例の眼鏡だった。
特にどうって事ない眼鏡のはずだが、僕に判るのはその名称と用途ぐらいなもの。
だから此処に至った経緯だとか、前の持ち主がどんなだったかまでは判らない。
実は凄い謂われのある品だとか、もしかしたらとんでも無い秘密が隠されているのかもしれない。


「これに何か問題でも？」
僕は眼鏡を外すと、好奇心の赴くまま差し出すようにして尋ねる。
「――ひぃっ！！」
すると彼女はまるでこの世の終わりと言わんばかりの表情を浮かべ、
眼鏡を払い除けようとスキマの能力（ちから）を叩き付ける。


　ポヒュんっ


だが、スキマは眼鏡に届くかどうかという所で雲散霧消してしまう。
焦った彼女は何度も何度も試みるが結果はすべて同じ。
「う、うわ～ん、森近さんなんて大っ嫌いよぉーっ！」
やがて日傘で眼鏡を払い飛ばすと、涙ぐんだ目で僕を一瞥し、
まるで子供の様に泣きながらスキマの向こう側に退散していった。
もっとも、眼鏡の無い僕はその様子をはっきり見ることはできなかったが……。


しかし、いったいぜんたいどうしたというのだろうか？
僕は眼鏡を拾い上げると、改めてその名称などを確かめる。



名称：境目の無い遠近両用眼鏡　用途：近視遠視の矯正
添付の説明書きに拠れば『境界の無い凹凸レンズがスムーズでより自然な視界を確保する』との事だ。



ふむ。やはりどうって事ない普通の眼鏡じゃないか。
勿論、商品として仕舞ってある分、普段使ってる物よりも高性能で高価なものなんだがね。
しかし、こんな物が苦手だなんて、どうにも理解できないな。
あれかな、いつもと違うから別人に見えたとか？　いやいや、子供や猫じゃあるまいしなぁ。



























――まてよ。『境界の無い』凹凸レンズだって？
もしかして、境界が無い　→　境界を操る力が通じない　→　だから苦手・怖い……とでも？
いやまさか、いくら何でもそんな事があり得えないだろう？



























「やれやれ、気づいてしまった様だな？」
突然の声にふり返ると、そこには金毛の九尾狐が微笑んではいるが目は笑っていな……い。



どうやら僕はどうでもいいが致命的な秘密を知ってしまったらしい。

なんだあれは！？　窓に！　スキマが！　スキマが！！