今日の門番はとても暇そうだった。
それもそのはず、数時間前に「パチュリー様のお使いです」と言って小悪魔が出て行って以降、この門には誰も近づいていないのだ。
「交代まで後・・・3時間くらいかな」
「お疲れさまでーす」
声の主は先程出て行った小悪魔。美鈴はその接近を”気”によって察知していた為、何事もなかったかのように笑顔を返した。
「お帰りなさい。そちらこそご苦労様」
「えへへ、ただいまです」
同じく笑顔の小悪魔。彼女の後ろで尻尾が軽快に揺れている事から、かなり上機嫌だと言う事が伺える。
出先で何かいい事でもあったのかな、と美鈴は思ったのだが、美鈴がそれを尋ねるよりも早く小悪魔が口を開いた。
「美鈴さん、聞いてくださいよ」
「ん、どうしたの?」
「実は、とてもとても希少な本が手に入ったんですよ」
「そうなの? よかったわね」
「はい!」
本になどほとんど興味のない美鈴だが、嬉しそうに笑う小悪魔は好きだった。いや、紅魔館の住人全ての笑顔が大好きだった。
「私、写本しなきゃいけないんでこれで失礼しますね」
「うん。またね」
「はい、またです」
スキップでもしてしまいそうな軽快なステップで去る小悪魔。その後を見た美鈴は、ぱたぱた揺れる羽と足取りと同じ様に軽快に動く尻尾を見て更に頬を緩ませた。
「・・・っ!?」
緩んだ表情とは裏腹に、欠片も緩めていなかった”気”の警戒網に何かが触れた。表情と共に緩んでいた緊張が、その反動で大きく針を振る。相手は・・・。
「・・・誰?」
一度感じた事があるような、ないような。そんな気を感じた美鈴は、とりあえず警戒しながらそちらに向って飛び出した。少しずつ近づくにつれ、視界では相手が大きく見え始める。
「は~い」
「って、貴方は・・・」
「いつもぷりちーなてゐちゃん、だよ」
「・・・やってて恥ずかしくない?」
「・・・少し」
じゃあやらなきゃいいのに、と思った美鈴だが、今はそれよりも門番としての務めが優先と考え、身構える。相手が何であれ、紅魔館に害なす者は排除するのが彼女の仕事なのだ。訂正。害がなくとも侵入者は問答無用で撃退している。
「侵入者なら相手になりますけど?」
「いえいえ、今日は貴方に用事があって来たんですよ」
「私に?」
「えぇ。お賽銭、入れません?」
そういうてゐの肩には、確かに小さめのお賽銭箱が吊された紐が下げられていた。中身は空っぽらしく、てゐの動作に合わせて動くそれから硬貨の音はしない。
「入れないわよ?」
「入れてくださいよ」
「入れないってば」
「そう言わずに」
「嫌」
「まぁまぁ。ほら、入れてくれればもれなく幸運が舞い込みますよ?」
「・・・」
最初は断固拒否していた美鈴だが、次第にてゐの甘言に絡み取られていく。じわじわと追い詰めているてゐは、甘い甘い子供の笑みを浮かべており、それはとても生き生きとした表情でもあった。
「私の能力は幸運を授ける事。お賽銭をいれればばっちり幸運が訪れる事間違いなし♪」
「あ~。うん。でもなぁ」
「何か叶えたい事とかあるでしょ? 叶うかもしれませんよ?」
「ど、どうしようかな・・・」
「そうだ、美鈴さん」
「えぇ、っと。何?」
「今、お賽銭を入れてくれたら、これを差し上げますよ」
「・・・紙?」
「暗号みたいなものです。しかも美鈴さんの事が書いてあるっぽいですよ?」
「えぇ!?」
「宝物のありかを示した暗号なんですよ、これ。どうです? 入れません?」
「す、少しでいい?」
「もちろん」
美鈴、陥落。
そして美鈴のなけなしが、お賽銭箱の中へと投下された。どこかで巫女が意義を申し立てている気がするが、気がするだけなので問題ないだろう。
「はい、ありがとうございます。貴方に幸運が訪れますように」
「ありがと」
「はい、これ。では、私はこれで」
「こちらこそ。じゃあ、またね」
「はい」
てゐが去り、美鈴は持ち場へと戻った。そして戻るや否や、急いで受取った紙を開いた。
「・・・何これ?」
紙に書いてあったのは1つの文章。『悪魔の僕。それは門に飾られた龍』と書かれたそれは、確かに暗号に見えなくも無い。字が汚いせいか、子供の暗号遊びと言う雰囲気ではあったが。
美鈴は思う。悪魔の僕、それはいい。でも、飾られたと言うのは酷いんじゃないかなと。これでも一応、侵入者の9割以上を撃退しているのだから。いや、残りの1割が問題なのだと言われれば、何も言えないのだけれど。
「・・・龍、ねぇ」
ぼそりと呟き、龍の文字が入った帽子に手あてる。するとそこには、普段とは違う感触が存在していた。恐る恐る帽子を取ると、そこには1枚の紙が挟まれていた。
「・・・何時の間に」
何時からそれが存在していたのかは解らないが、予想は出来る。先程の来訪者で、この紙をくれた張本人であるてゐ。彼女は「宝物のありかを~」などと言っていた。だからこれはきっと、宝探しゲームか何かなのだろう。でなければ、永遠亭からの婉曲なメッセージ。
「あのお賽銭は参加費ってとこ?」
そう呟きながら2枚目の紙を開く美鈴には、単に騙されたと言う発想はないらしい。それはさておき、開かれた紙には『戯曲の操者。彼女は寂しきヒロイン』と書かれていた。
暗号を見た美鈴は、警戒網を緩める事なく思考に没頭し始める。戯曲、と言えば脚本の事。文章を書くと言えばあの新聞記者くらいしか思いつかない。そして次に操者。奏者でなく操者である事にきっと意味があるのだろう。操ると言えばたまに魔理沙とやってくる人形遣いか、時を操る咲夜さんくらいしかい思いつかない。
「彼女は寂しきヒロイン。咲夜さんはヒロイン、って言う感じじゃないかな」
従者は影に徹する者であり、表舞台に出ず、出たとしても主人の影にあるべき存在。完全で瀟洒な従者である彼女が、主人であるお嬢様を差し置いてヒロインになると言う事はありえないだろう。
となれば、残る候補は新聞記者と人形遣い。総合的に判断すると、人形遣いの方かな?
結論を出した美鈴は、ポケットに紙をしまい、今までどおりのほほんと門番の業務を再開したのだった。
あれから少し後、美鈴は魔法の森を飛んでいた。それがどんなに愚かな事かも知らず。彼女は既にかなり長い時間飛び回っていた。平たく言えば、迷子だった。
「うぅ。なんで私は何してるんだろ」
長く離れるつもりは無かったとは言え、同僚、と言うか部下に声をかけてきたので門の方に問題はない。問題はないが、門番としての責務を放棄して迷子になっている姿を咲夜に見られたら確実にお仕置き確定だろう。
一応弁明しておくと、あの後彼女は真面目に門番をしていた。しかしどうしてもあの紙の事が気になり、何度も開いて確認しているうちに、何故か今に至ると言う訳だ。・・・やっぱり彼女が悪いのかもしれない。そんな訳で、彼女は「永遠亭からのメッセージかもしれないから」と自分に言い聞かせて門を離れて来た事を、激しく後悔していた。
「貴方、何してるの?」
「あ、アリスさん。やっと見つけました」
「私が見つけてあげたんだけどね」
慣れない者が魔法の森で飛べば、迷う結果にしかならない。そんな事を知らない美鈴は、既にアリスの家の付近を10回以上通過していたりする。そのせいか、さすがのアリスも気になったらしい。
「出口は教えてあげるから、さっさと出て行ってくれる?」
「えっと、その前にこんな紙、知りません?」
美鈴が差し出した2枚の紙。それを見たアリスは眉をひそめ、1つ溜息をついてからポケットを漁った。
「これ、貴方の仕業だったのね」
「いえ、私じゃないですよ?」
多分聞き入れて貰えないであろういい訳をしながら、美鈴はぽりぽりと頭をかく。そんな美鈴の前に差し出されたのは、3枚目の紙だった。
「お使いに出した人形が持ってきたから、何事かと思ったわよ」
「すいません。でも、犯人は私じゃないんで」
「そう。まぁ、いいわ。出口だけどね――」
やっぱり信じてなさそうなアリスの説明をなんとか覚えた美鈴は、彼女にお礼を言ってからなんとか森を抜け出した。そして森が開けた場所まで来て、ようやく3枚目紙を開いた。どうやら道順を忘れない事に必死で、そんな余裕はなかったらしい。
「んー『ここにはいない者。されどここに在る者』って、何これ?」
美鈴は一生懸命考えて見るが、まったく思いつかなかった。話に聞く隙間妖怪や、時間を止める咲夜さんならここにいなくてもすぐ現れる事が出来るが、ちょっとニュアンスが違う気がする。じゃあ一体誰なのか?
「おーい、誰かー」
2分も考えた結果、美鈴は解らないと結論を出した。そして元より頭より体を動かす性質の美鈴が取った行動が、これである。それはここに在る=呼べば返事をするだろう、と言うなんとも単純すぎる思考がはじき出した結論であった。
「返事なさい! 聞いてるんでしょ!」
「呼んだ?」
「うわっ」
呼んでいた相手らしき者が現れたと言うのに、美鈴は派手に驚きながら身構え、一歩後ずさった。普段であれば”気”で気づくはずの距離に突然現れた相手への驚愕が、無意識がそうさせたようだ。単に本当に誰かが来るとは自分でも思っていなかっただけとも言えるのだが、それだと妙に情けなく感じるのは何故だろう?
「な、何?」
「もう。私を呼んだ癖に、そんなに驚かなくてもいいじゃない」
文句を言う鬼。そう、その正体博麗神社に住み着いている鬼だった。
「いや、あはは。まさか出てくるとは思わなくて」
「あ、そう。はい、これ」
「あ、どうも」
「じゃあね」
鬼は、ぽいっ、と4枚目の紙を投げ、そのまま消えてしまった。常に全てを見ている、と言う本人の言葉は伊達ではなく、何も言わずとも状況を理解しているらしい。そんな事を知らない美鈴はとても不思議そうにしているのだが。
「・・・気にしちゃ負けかな」
なんとか4枚目をキャッチした美鈴は、細かい事は無視して兎も角紙を開いてみる事にした。今もどこかで見ているであろう、鬼の視線を気にしながら。さすがの美鈴も、拡散した鬼の気配は捉え切れないらしい。
「『ある店主。彼は古きを愛する者』か」
そう読み上げた美鈴は、少しも考える事なく近くにあるであろう場所へと一直線に飛んだ。彼女の知り合いに彼、即ち男性はとても少ないのだ。
「すいませーん」
目的地である古道具屋につくと、美鈴はすぐさま中へと入り、挨拶をした。ちなみにノックはせず、蹴破るように扉を開けて入って来たのだが、極たまに本当に壊して入ってくる者がいるせいか、返って来たのが非難の声ではなかった。
「はい、何かな?」
「あ、どうも」
チョコンと頭を下げる美鈴。頭を上げ、元の姿勢に戻った直後、手に持っていた紙を彼に差し出した。店主は少しだけ困惑した後、それに目を向けた。
「これと同じ物、知りませんか?」
「ん? あぁ、ちょっと待ってくれ。どれどれ」
手にとって眺める店主。彼はすぐに何かに思い当たったらしく、美鈴に向き直った。
「商品に紛れ込んでいた紙に似てるかな?」
「あの、それ見せてもらって構いませんか?」
「いいよ。と言うか、別に持っていって貰っても構わない」
「あ、ありがとうございます」
立ち上がった店主が店の奥へと消え、すぐに戻ってくる。そしてその手には1枚の紙。
「『参向。最高位へ、最高位の礼儀を』。これはどういう意味なんだい?」
「解りません。その謎を解いて、次へ行かなきゃいけないので」
「ふむ、なるほど」
店主は紙をテーブルに置き、先程と同じく椅子に腰掛けた。そして紙へと指を向け、楽しそうに説明を始める
「参向。これは高位の相手のところへ出向くという意味だ。最高位はそのままの意味だろうね」
「と、言うと?」
真剣に問い返す美鈴に、店主は嬉しそうな笑みを浮かべながら先を続ける。どうやら素直に話しを聞いてくれる事が嬉しいらしい。
「いや、これはあくまで予想だけどね。君は確か、紅魔館で門番をやってるんだよね?」
「はい。それで?」
「だったら最高位、吸血鬼の彼女に挨拶しに行け、って意味じゃないかな?」
「な、なるほど。確かに」
店主の説明を聞きながら何度も頷いていた美鈴は、説明が終わった瞬間、店主の手をぎゅっ握り、満面の笑顔で彼を見つめた。
「ありがとうございますっ」
「あ、いや。別にそれほどの事は・・・」
「いえ、助かりました! では」
「って、あ」
紙を鷲づかみにし、颯爽と店から立ち去る美鈴。当然、残された店主の呟きは、彼女には届く事はない。
「あの紙の用途、聞かなくてよかったのかな?」
紅魔館に戻ってきた美鈴は、門番隊への挨拶をスルーして館内にいた。向うは最上階、レミリア・スカーレットの私室。
コンコン
「はい」
「失礼します」
扉を開けると、そこではレミリアがお茶を飲んでいた。美鈴は辺りを見回すが、他の気配は見つけられなかった。どうやらメイド達はいないらしい。
一瞬迷ってから扉を潜り、美鈴は5枚の紙をテーブルに乗せた。そしてテーブルを挟んでレミリアに正対する。
「すいませんがお嬢様、これに見覚えはありませんか?」
「あるわ」
そう言うレミリアの手には、美鈴が置いた紙と同じ物が握られている。古道具屋からの帰り道に美鈴が辿り着いた結論。どうやらそれは正解だったらしい。
「それは何方から頂いたものでしょう?」
「なんでそんな事を聞くの?」
紙を重ねるようにテーブルに置きながら、意地の悪い笑みで問い返すレミリア。それに対し、真剣な表情の美鈴は少し戸惑いながら、こう答えた。
「私に同じ物を渡した者は、部外者です。彼女が侵入していたとすれば、それは私の沽券に関わります」
「今更よね、それ」
「う、うぅ」
霊夢の侵入を許し、魔理沙の侵入を許した。しかも魔理沙に至っては、侵入の常習犯と化しているのだ。どう言い繕ったところで、その事実は変わらない。
「意地悪しすぎたわね。想像の通り、こんな感じのを頭から生やした子に貰ったのよ」
「・・・そうでしたか」
両腕を頭の横、耳の辺りにくっつけたレミリアは、手をひょこひょこと動かして見せた。それを見た美鈴は、ある兔の顔を思い浮かべて歯噛みし、自分の迂闊さを呪って拳を固めた。
「すいませんでした、お嬢様」
勢いよく頭を下げる美鈴。あの手紙が私をおびき出す為の罠で、そしてこの紙を渡した相手が刺客であったとすれば、断じてこれは謝って済む問題などではない。彼女はそれを理解していたが、それでも謝る事しか出来なかった。
「何のことかしら?」
「その、侵入者を許した事です」
「そうね。でも、何時もの事よね」
その言葉に、美鈴は反論する事が出来なかった。美鈴は悔しかった。彼女に信頼され、門を任された昔の自分。それが今となってこの様だ。申し訳が立たないという思いと同時に、情けなさが込み上げてくる。
「返す言葉もありません」
「そう思うなら、訓練でもなんでもして強くなりなさい。私の従者として恥ずかしくないくらい」
「はい、これからも、より一層精進させて頂きます。お嬢様の名を汚すような事は、今後一切致しません」
レミリアは責めなかった。だからと言って、美鈴は自分を許す事は出来なかった。許してしまったら門番である自分の存在意義を見失ってしまいそうで。この偉大な吸血鬼に仕える従者だと、胸を張って言えなくなりそうで。彼女に仕える事こそが美鈴の誇りであり、彼女の信頼こそ最高の宝物だと言うのに。
「・・・本当にすいませんでした」
「それで済んだらお仕置きはいらないのよ」
再度大きく頭を下げる美鈴。その後ろから聞えたのは、とても聞きなれた声。慌ててに振り向くと、そこにはメイド長・十六夜咲夜の姿があった。しかもナイフを握って。
「咲夜、この部屋を血で染めないでよ?」
「もちろんです。美鈴、お仕置きよ。こっちへきなさい」
「は、はいぃぃぃたたた」
咲夜に耳を摘まれ、引きずられていく美鈴を見て、残されたレミリアはくすりと笑った。そしてテーブルにおかれた6枚の紙を手に取り、もう一度くすりと笑う。
「『上手く切り抜けられるといいですね』、か。先に見せてあげるべきだったかしらね?」
中々楽しませてくれた犯人の顔を思い浮かべながら、レミリアは再度その紙をテーブルに置いた。そして新しく準備された紅茶に口をつけ、優雅なティータイムを続行するのだった。
紅魔館、お仕置き部屋。
「ほらほら、愚図愚図してると当たるわよ!」
「んなさいごめんなさいごめんなさい、許してくださいぃ。うわぁぁん」
「めそめそするな! 毎度毎度それで済む訳がないで、しょっ!!」
「いやぁぁっ。ひ、ひぃ。また増えたぁぁ」
「す・く・な・い・くらいよ! 門にいない門番にはねっ! 魔理沙が素通りじゃない!」
「ずるいですよ、咲夜さんだっ、いたっ。口答えしてごめんなさいぃ、だからもうやめてぇぇぇ」
今日も今日とて、美鈴はお仕置き兼特訓と言う名のストレス発散に付き合わされるのでした。
それもそのはず、数時間前に「パチュリー様のお使いです」と言って小悪魔が出て行って以降、この門には誰も近づいていないのだ。
「交代まで後・・・3時間くらいかな」
「お疲れさまでーす」
声の主は先程出て行った小悪魔。美鈴はその接近を”気”によって察知していた為、何事もなかったかのように笑顔を返した。
「お帰りなさい。そちらこそご苦労様」
「えへへ、ただいまです」
同じく笑顔の小悪魔。彼女の後ろで尻尾が軽快に揺れている事から、かなり上機嫌だと言う事が伺える。
出先で何かいい事でもあったのかな、と美鈴は思ったのだが、美鈴がそれを尋ねるよりも早く小悪魔が口を開いた。
「美鈴さん、聞いてくださいよ」
「ん、どうしたの?」
「実は、とてもとても希少な本が手に入ったんですよ」
「そうなの? よかったわね」
「はい!」
本になどほとんど興味のない美鈴だが、嬉しそうに笑う小悪魔は好きだった。いや、紅魔館の住人全ての笑顔が大好きだった。
「私、写本しなきゃいけないんでこれで失礼しますね」
「うん。またね」
「はい、またです」
スキップでもしてしまいそうな軽快なステップで去る小悪魔。その後を見た美鈴は、ぱたぱた揺れる羽と足取りと同じ様に軽快に動く尻尾を見て更に頬を緩ませた。
「・・・っ!?」
緩んだ表情とは裏腹に、欠片も緩めていなかった”気”の警戒網に何かが触れた。表情と共に緩んでいた緊張が、その反動で大きく針を振る。相手は・・・。
「・・・誰?」
一度感じた事があるような、ないような。そんな気を感じた美鈴は、とりあえず警戒しながらそちらに向って飛び出した。少しずつ近づくにつれ、視界では相手が大きく見え始める。
「は~い」
「って、貴方は・・・」
「いつもぷりちーなてゐちゃん、だよ」
「・・・やってて恥ずかしくない?」
「・・・少し」
じゃあやらなきゃいいのに、と思った美鈴だが、今はそれよりも門番としての務めが優先と考え、身構える。相手が何であれ、紅魔館に害なす者は排除するのが彼女の仕事なのだ。訂正。害がなくとも侵入者は問答無用で撃退している。
「侵入者なら相手になりますけど?」
「いえいえ、今日は貴方に用事があって来たんですよ」
「私に?」
「えぇ。お賽銭、入れません?」
そういうてゐの肩には、確かに小さめのお賽銭箱が吊された紐が下げられていた。中身は空っぽらしく、てゐの動作に合わせて動くそれから硬貨の音はしない。
「入れないわよ?」
「入れてくださいよ」
「入れないってば」
「そう言わずに」
「嫌」
「まぁまぁ。ほら、入れてくれればもれなく幸運が舞い込みますよ?」
「・・・」
最初は断固拒否していた美鈴だが、次第にてゐの甘言に絡み取られていく。じわじわと追い詰めているてゐは、甘い甘い子供の笑みを浮かべており、それはとても生き生きとした表情でもあった。
「私の能力は幸運を授ける事。お賽銭をいれればばっちり幸運が訪れる事間違いなし♪」
「あ~。うん。でもなぁ」
「何か叶えたい事とかあるでしょ? 叶うかもしれませんよ?」
「ど、どうしようかな・・・」
「そうだ、美鈴さん」
「えぇ、っと。何?」
「今、お賽銭を入れてくれたら、これを差し上げますよ」
「・・・紙?」
「暗号みたいなものです。しかも美鈴さんの事が書いてあるっぽいですよ?」
「えぇ!?」
「宝物のありかを示した暗号なんですよ、これ。どうです? 入れません?」
「す、少しでいい?」
「もちろん」
美鈴、陥落。
そして美鈴のなけなしが、お賽銭箱の中へと投下された。どこかで巫女が意義を申し立てている気がするが、気がするだけなので問題ないだろう。
「はい、ありがとうございます。貴方に幸運が訪れますように」
「ありがと」
「はい、これ。では、私はこれで」
「こちらこそ。じゃあ、またね」
「はい」
てゐが去り、美鈴は持ち場へと戻った。そして戻るや否や、急いで受取った紙を開いた。
「・・・何これ?」
紙に書いてあったのは1つの文章。『悪魔の僕。それは門に飾られた龍』と書かれたそれは、確かに暗号に見えなくも無い。字が汚いせいか、子供の暗号遊びと言う雰囲気ではあったが。
美鈴は思う。悪魔の僕、それはいい。でも、飾られたと言うのは酷いんじゃないかなと。これでも一応、侵入者の9割以上を撃退しているのだから。いや、残りの1割が問題なのだと言われれば、何も言えないのだけれど。
「・・・龍、ねぇ」
ぼそりと呟き、龍の文字が入った帽子に手あてる。するとそこには、普段とは違う感触が存在していた。恐る恐る帽子を取ると、そこには1枚の紙が挟まれていた。
「・・・何時の間に」
何時からそれが存在していたのかは解らないが、予想は出来る。先程の来訪者で、この紙をくれた張本人であるてゐ。彼女は「宝物のありかを~」などと言っていた。だからこれはきっと、宝探しゲームか何かなのだろう。でなければ、永遠亭からの婉曲なメッセージ。
「あのお賽銭は参加費ってとこ?」
そう呟きながら2枚目の紙を開く美鈴には、単に騙されたと言う発想はないらしい。それはさておき、開かれた紙には『戯曲の操者。彼女は寂しきヒロイン』と書かれていた。
暗号を見た美鈴は、警戒網を緩める事なく思考に没頭し始める。戯曲、と言えば脚本の事。文章を書くと言えばあの新聞記者くらいしか思いつかない。そして次に操者。奏者でなく操者である事にきっと意味があるのだろう。操ると言えばたまに魔理沙とやってくる人形遣いか、時を操る咲夜さんくらいしかい思いつかない。
「彼女は寂しきヒロイン。咲夜さんはヒロイン、って言う感じじゃないかな」
従者は影に徹する者であり、表舞台に出ず、出たとしても主人の影にあるべき存在。完全で瀟洒な従者である彼女が、主人であるお嬢様を差し置いてヒロインになると言う事はありえないだろう。
となれば、残る候補は新聞記者と人形遣い。総合的に判断すると、人形遣いの方かな?
結論を出した美鈴は、ポケットに紙をしまい、今までどおりのほほんと門番の業務を再開したのだった。
あれから少し後、美鈴は魔法の森を飛んでいた。それがどんなに愚かな事かも知らず。彼女は既にかなり長い時間飛び回っていた。平たく言えば、迷子だった。
「うぅ。なんで私は何してるんだろ」
長く離れるつもりは無かったとは言え、同僚、と言うか部下に声をかけてきたので門の方に問題はない。問題はないが、門番としての責務を放棄して迷子になっている姿を咲夜に見られたら確実にお仕置き確定だろう。
一応弁明しておくと、あの後彼女は真面目に門番をしていた。しかしどうしてもあの紙の事が気になり、何度も開いて確認しているうちに、何故か今に至ると言う訳だ。・・・やっぱり彼女が悪いのかもしれない。そんな訳で、彼女は「永遠亭からのメッセージかもしれないから」と自分に言い聞かせて門を離れて来た事を、激しく後悔していた。
「貴方、何してるの?」
「あ、アリスさん。やっと見つけました」
「私が見つけてあげたんだけどね」
慣れない者が魔法の森で飛べば、迷う結果にしかならない。そんな事を知らない美鈴は、既にアリスの家の付近を10回以上通過していたりする。そのせいか、さすがのアリスも気になったらしい。
「出口は教えてあげるから、さっさと出て行ってくれる?」
「えっと、その前にこんな紙、知りません?」
美鈴が差し出した2枚の紙。それを見たアリスは眉をひそめ、1つ溜息をついてからポケットを漁った。
「これ、貴方の仕業だったのね」
「いえ、私じゃないですよ?」
多分聞き入れて貰えないであろういい訳をしながら、美鈴はぽりぽりと頭をかく。そんな美鈴の前に差し出されたのは、3枚目の紙だった。
「お使いに出した人形が持ってきたから、何事かと思ったわよ」
「すいません。でも、犯人は私じゃないんで」
「そう。まぁ、いいわ。出口だけどね――」
やっぱり信じてなさそうなアリスの説明をなんとか覚えた美鈴は、彼女にお礼を言ってからなんとか森を抜け出した。そして森が開けた場所まで来て、ようやく3枚目紙を開いた。どうやら道順を忘れない事に必死で、そんな余裕はなかったらしい。
「んー『ここにはいない者。されどここに在る者』って、何これ?」
美鈴は一生懸命考えて見るが、まったく思いつかなかった。話に聞く隙間妖怪や、時間を止める咲夜さんならここにいなくてもすぐ現れる事が出来るが、ちょっとニュアンスが違う気がする。じゃあ一体誰なのか?
「おーい、誰かー」
2分も考えた結果、美鈴は解らないと結論を出した。そして元より頭より体を動かす性質の美鈴が取った行動が、これである。それはここに在る=呼べば返事をするだろう、と言うなんとも単純すぎる思考がはじき出した結論であった。
「返事なさい! 聞いてるんでしょ!」
「呼んだ?」
「うわっ」
呼んでいた相手らしき者が現れたと言うのに、美鈴は派手に驚きながら身構え、一歩後ずさった。普段であれば”気”で気づくはずの距離に突然現れた相手への驚愕が、無意識がそうさせたようだ。単に本当に誰かが来るとは自分でも思っていなかっただけとも言えるのだが、それだと妙に情けなく感じるのは何故だろう?
「な、何?」
「もう。私を呼んだ癖に、そんなに驚かなくてもいいじゃない」
文句を言う鬼。そう、その正体博麗神社に住み着いている鬼だった。
「いや、あはは。まさか出てくるとは思わなくて」
「あ、そう。はい、これ」
「あ、どうも」
「じゃあね」
鬼は、ぽいっ、と4枚目の紙を投げ、そのまま消えてしまった。常に全てを見ている、と言う本人の言葉は伊達ではなく、何も言わずとも状況を理解しているらしい。そんな事を知らない美鈴はとても不思議そうにしているのだが。
「・・・気にしちゃ負けかな」
なんとか4枚目をキャッチした美鈴は、細かい事は無視して兎も角紙を開いてみる事にした。今もどこかで見ているであろう、鬼の視線を気にしながら。さすがの美鈴も、拡散した鬼の気配は捉え切れないらしい。
「『ある店主。彼は古きを愛する者』か」
そう読み上げた美鈴は、少しも考える事なく近くにあるであろう場所へと一直線に飛んだ。彼女の知り合いに彼、即ち男性はとても少ないのだ。
「すいませーん」
目的地である古道具屋につくと、美鈴はすぐさま中へと入り、挨拶をした。ちなみにノックはせず、蹴破るように扉を開けて入って来たのだが、極たまに本当に壊して入ってくる者がいるせいか、返って来たのが非難の声ではなかった。
「はい、何かな?」
「あ、どうも」
チョコンと頭を下げる美鈴。頭を上げ、元の姿勢に戻った直後、手に持っていた紙を彼に差し出した。店主は少しだけ困惑した後、それに目を向けた。
「これと同じ物、知りませんか?」
「ん? あぁ、ちょっと待ってくれ。どれどれ」
手にとって眺める店主。彼はすぐに何かに思い当たったらしく、美鈴に向き直った。
「商品に紛れ込んでいた紙に似てるかな?」
「あの、それ見せてもらって構いませんか?」
「いいよ。と言うか、別に持っていって貰っても構わない」
「あ、ありがとうございます」
立ち上がった店主が店の奥へと消え、すぐに戻ってくる。そしてその手には1枚の紙。
「『参向。最高位へ、最高位の礼儀を』。これはどういう意味なんだい?」
「解りません。その謎を解いて、次へ行かなきゃいけないので」
「ふむ、なるほど」
店主は紙をテーブルに置き、先程と同じく椅子に腰掛けた。そして紙へと指を向け、楽しそうに説明を始める
「参向。これは高位の相手のところへ出向くという意味だ。最高位はそのままの意味だろうね」
「と、言うと?」
真剣に問い返す美鈴に、店主は嬉しそうな笑みを浮かべながら先を続ける。どうやら素直に話しを聞いてくれる事が嬉しいらしい。
「いや、これはあくまで予想だけどね。君は確か、紅魔館で門番をやってるんだよね?」
「はい。それで?」
「だったら最高位、吸血鬼の彼女に挨拶しに行け、って意味じゃないかな?」
「な、なるほど。確かに」
店主の説明を聞きながら何度も頷いていた美鈴は、説明が終わった瞬間、店主の手をぎゅっ握り、満面の笑顔で彼を見つめた。
「ありがとうございますっ」
「あ、いや。別にそれほどの事は・・・」
「いえ、助かりました! では」
「って、あ」
紙を鷲づかみにし、颯爽と店から立ち去る美鈴。当然、残された店主の呟きは、彼女には届く事はない。
「あの紙の用途、聞かなくてよかったのかな?」
紅魔館に戻ってきた美鈴は、門番隊への挨拶をスルーして館内にいた。向うは最上階、レミリア・スカーレットの私室。
コンコン
「はい」
「失礼します」
扉を開けると、そこではレミリアがお茶を飲んでいた。美鈴は辺りを見回すが、他の気配は見つけられなかった。どうやらメイド達はいないらしい。
一瞬迷ってから扉を潜り、美鈴は5枚の紙をテーブルに乗せた。そしてテーブルを挟んでレミリアに正対する。
「すいませんがお嬢様、これに見覚えはありませんか?」
「あるわ」
そう言うレミリアの手には、美鈴が置いた紙と同じ物が握られている。古道具屋からの帰り道に美鈴が辿り着いた結論。どうやらそれは正解だったらしい。
「それは何方から頂いたものでしょう?」
「なんでそんな事を聞くの?」
紙を重ねるようにテーブルに置きながら、意地の悪い笑みで問い返すレミリア。それに対し、真剣な表情の美鈴は少し戸惑いながら、こう答えた。
「私に同じ物を渡した者は、部外者です。彼女が侵入していたとすれば、それは私の沽券に関わります」
「今更よね、それ」
「う、うぅ」
霊夢の侵入を許し、魔理沙の侵入を許した。しかも魔理沙に至っては、侵入の常習犯と化しているのだ。どう言い繕ったところで、その事実は変わらない。
「意地悪しすぎたわね。想像の通り、こんな感じのを頭から生やした子に貰ったのよ」
「・・・そうでしたか」
両腕を頭の横、耳の辺りにくっつけたレミリアは、手をひょこひょこと動かして見せた。それを見た美鈴は、ある兔の顔を思い浮かべて歯噛みし、自分の迂闊さを呪って拳を固めた。
「すいませんでした、お嬢様」
勢いよく頭を下げる美鈴。あの手紙が私をおびき出す為の罠で、そしてこの紙を渡した相手が刺客であったとすれば、断じてこれは謝って済む問題などではない。彼女はそれを理解していたが、それでも謝る事しか出来なかった。
「何のことかしら?」
「その、侵入者を許した事です」
「そうね。でも、何時もの事よね」
その言葉に、美鈴は反論する事が出来なかった。美鈴は悔しかった。彼女に信頼され、門を任された昔の自分。それが今となってこの様だ。申し訳が立たないという思いと同時に、情けなさが込み上げてくる。
「返す言葉もありません」
「そう思うなら、訓練でもなんでもして強くなりなさい。私の従者として恥ずかしくないくらい」
「はい、これからも、より一層精進させて頂きます。お嬢様の名を汚すような事は、今後一切致しません」
レミリアは責めなかった。だからと言って、美鈴は自分を許す事は出来なかった。許してしまったら門番である自分の存在意義を見失ってしまいそうで。この偉大な吸血鬼に仕える従者だと、胸を張って言えなくなりそうで。彼女に仕える事こそが美鈴の誇りであり、彼女の信頼こそ最高の宝物だと言うのに。
「・・・本当にすいませんでした」
「それで済んだらお仕置きはいらないのよ」
再度大きく頭を下げる美鈴。その後ろから聞えたのは、とても聞きなれた声。慌ててに振り向くと、そこにはメイド長・十六夜咲夜の姿があった。しかもナイフを握って。
「咲夜、この部屋を血で染めないでよ?」
「もちろんです。美鈴、お仕置きよ。こっちへきなさい」
「は、はいぃぃぃたたた」
咲夜に耳を摘まれ、引きずられていく美鈴を見て、残されたレミリアはくすりと笑った。そしてテーブルにおかれた6枚の紙を手に取り、もう一度くすりと笑う。
「『上手く切り抜けられるといいですね』、か。先に見せてあげるべきだったかしらね?」
中々楽しませてくれた犯人の顔を思い浮かべながら、レミリアは再度その紙をテーブルに置いた。そして新しく準備された紅茶に口をつけ、優雅なティータイムを続行するのだった。
紅魔館、お仕置き部屋。
「ほらほら、愚図愚図してると当たるわよ!」
「んなさいごめんなさいごめんなさい、許してくださいぃ。うわぁぁん」
「めそめそするな! 毎度毎度それで済む訳がないで、しょっ!!」
「いやぁぁっ。ひ、ひぃ。また増えたぁぁ」
「す・く・な・い・くらいよ! 門にいない門番にはねっ! 魔理沙が素通りじゃない!」
「ずるいですよ、咲夜さんだっ、いたっ。口答えしてごめんなさいぃ、だからもうやめてぇぇぇ」
今日も今日とて、美鈴はお仕置き兼特訓と言う名のストレス発散に付き合わされるのでした。
レミリアは違うと思う。手紙の内容に面白がっている感じだったし。
手紙の配達人はてゐで決まりかも。それにしても、門番カワイソ。
ただ、動機はなんなんでしょうか?ただの悪戯とか。
それにしてもやっぱりオチはそうなるのか・・・美鈴ガンバレ。
悪魔の僕。それは門に飾られた龍
戯曲の操者。彼女は寂しきヒロイン
ここにはいない者。されどここに在る者
ある店主。彼は古きを愛する者
参向。最高位へ、最高位の礼儀を
上手く切り抜けられるといいですね
戯
こ
あ
参
上
「んなさいごめんなさいごめんなさい、許してくださいぃ。うわぁぁん」
「めそめそするな! 毎度毎度それで済む訳がないで、しょっ!!」
「いやぁぁっ。ひ、ひぃ。また増えたぁぁ」
「す・く・な・い・くらいよ! 門にいない門番にはねっ! 魔理沙が素通りじゃない!」
「ずるいですよ、咲夜さんだっ、いたっ。口答えしてごめんなさいぃ、だからもうやめてぇぇぇ」
ほんめいすず…紅美鈴!?
解決編が全てを解き明かします。さぁ、急げ!
・・・ま、そんな大そうな作品ではありませんけどね。