魔理沙がアリスの家の扉を開いた。
「よーアリス、遊びに来てやったのもやぶさかではないぜ!」
アリスは首を吊っていた。
アリス=マーガトロイドを一言であらわすのならば変な妖怪である。
金髪の人妖で魔界出身。今は魔の森の一角に住居をかまえる。
妖力は不明。今まで全力を出したことがないからである。
交流関係は極めて狭し、基本的には他の妖怪と付き合わない。
人間好きで、宴会ではいつも人間の周りをうろついている。
そんな女の子である。
小奇麗な魔の森のアリス邸宅。
テーブルに腰かけて紅茶をのみながら魔理沙は訊いた。
「それで、どうして首を吊ってたんだ? 寂しかったのか?」
「事故よ。ハンモックをつくったら蒸し暑いこの季節でも気持ちよく寝っ転がりながら本でも読めるかな~。
そう思いながらロープを壁に結わいていたらいきなりずっこけて、首にロープが引っかかって。
息が出来なくて気を失って……」
「助けない方が良かったか?」
「別に助けられなくてもよかったわよ」
「ロープで首吊って死にかける妖怪なんてはじめて見たぜ」
「ナイフを頭に刺して死なない妖怪だっている時世よ。珍しくないわ」
「珍しいぜ」
「珍しくないの! まったく、魔理沙ったら最低よ!」
アリスは魔理沙を睨みつけた。
「それで、今日は何の用?」
「ああ。ヴワル図書館に本貰いに行くんだが一緒に行くか?」
「別に行かないわよ」
「あ、そう。じゃあ、独りで行くぜ」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「行かないんじゃないのか?」
「行かないとは言ってないじゃないの!」
「言ったじゃないか」
「言ってないの!」
「じゃあ、行くのか?」
「別に行ってあげても良いわよ」
「行かないのか」
「行ってあげるわよ! 行くわよ! 行けば良いんでしょ!」
「だから、来なくて良いぜ」
「行かせて! お願い!」
「だから、来なくて良いぜ」
「行かせて! 行かせて! 行かせてぇぇぇ!」
小悪魔は、ヴワル図書館の主であるパチュリーに仕える魔物である。
魔理沙とアリスを迎えに、アリス邸宅の前に訪れた。
そして、邸宅の扉をノックすると。
『イカせて! イカせて! イカせてぇぇぇ!』
『まだイクには早いぜ』
『ごめんなさい! イカせてぇぇぇ!』
小悪魔は顔面真っ青になった。
これは大事件だ、パチュリー様に報告しないと。
小悪魔はヴワル図書館に帰るため、魔の森の空を全力で飛翔した。
紅魔館の門。
「マスタースパーク!」
「ギャア!」
「よし、今日も正面突破だ!」
門が破られた。
ヴワル図書館。
幻想郷で随一の巨大な図書館である。
何千、何万、何億の本がこの図書館におかれている。
その図書館の主がパチュリーである。
パチュリーは椅子に座り、不機嫌そうに小悪魔の報告を訊いていた。
「魔理沙がアリスとヨロシクやっていたってホント?」
「本当です。アリス邸宅から魔理沙さんとアリスさんの喘ぎ声が!」
「そうなの。あの根暗引きこもり魔法使いが私の魔理沙を……」
「パチュリー様、だから急がないと魔理沙さんを奪われるって言ったのに」
「あの根暗女、魔理沙を私から奪うなんて……うふふ……」
「あ、来ましたよ。魔理沙さんとアリスさん」
広大なヴワル図書館の入り口から現れたのは二人の少女。
魔理沙とアリスであった。
「よっ。パチュ。お邪魔するぜ。用件は本をもらいにきたってことだぜ」
「お邪魔します」
「どうぞ。存分にくつろいでいってくださいね」
と、小悪魔が魔法使い二人に一礼した。
そして、小悪魔はパチュリーの傍らで耳打ちした。
「どうします。パチュリー様。魔理沙さんと二人っきりになります?」
「いいえ。魔理沙にヴワル図書館を案内して」
「え、どうしてですか?」
「あの邪魔な魔法使いを葬る」
「……わかりました」
小悪魔はパチュリーの言葉に頷き、魔理沙に言った。
「魔理沙さん。ヴワル図書館を案内します」
「おっ。センキュー」
「それでは、こちらに」
「おう」
小悪魔と魔理沙はヴワル図書館の奥に引きこもっていった。
そして、残されたのはアリスとパチュリーの二人っきりだった。
パチュリーはアリスに微笑んだ。
「たまには二人っきりで話さない?」
「ええ、いいわよ」
「それじゃあ、こっちに来て。美味しい紅茶があるのよ」
「わかったわ」
二人はヴワル図書館の来賓用テーブル席に移動した。
パチュリーとアリスは向かい合ってテーブルに座った。
パチュリーはカップを二つ用意して、紅茶を注いだ。
「はい。飲んで」
「ありがたく、頂くわ」
アリスは紅茶を一口、飲んでから微笑んだ。
「美味しい紅茶ね」
「そう。嬉しいわ」
「こんな紅茶があるなら、毎日気分良く読書できるでしょうね」
「ええ。ところで、なんともない?」
「なにが?」
「いいえ。なんでもないわ。毒なんて仕込んでいないから」
「毒?」
「いえいえ。聞き流して」
「うん」
パチュリーは紅茶のカップを掴んで首をかしげた。
(毒、効かなかったのかな?)
そう思いながら、パチュリーは紅茶を一口飲んだ。
こっちが毒入り紅茶だった。
「ヴファア!」
吐血した。
異様なほど吐血した。
まるで赤い蝶が空に舞ったかのような美しさだった。
パチュリーはテーブルに倒れた。
「ちょっと! 大丈夫?」
アリスは蒼白になってうつ伏せに倒れるパチュリーの肩を叩いたが。
「大丈夫よ。持病の発作なの」
「あ、そうなの」
「そうなの。そうなのよ。毒の性じゃないのよ」
パチュリーは服の袖で血を拭いながら答えた。
「ところで、最近はどう? 魔法の研究すすんでる?」
「ええ。新しい魔法に挑戦しているところ」
「新しい魔法って?」
「これよ」
アリスは人の形をした紙を取り出した。
「それって、陰陽術で良く使われている式のヤツ?」
「うん」
「へえ。どうやってつかうのかしら?」
アリスは指を鳴らした。
すると、そこに魔理沙の姿が現れた。
パチュリーは口元を抑えた。
「魔理沙?」
「違う。ただの幻影よ。喋らないし動かないし触れられない人形」
「でも、面白いわ。どうやって使うの?」
「話しかけるの」
パチュリーは、しばらく沈黙してから。
「……は?」
と、聞き返した。
「話かけるって、それだけ?」
「ええ」
「どうやって話しかけるの?」
「普通に話しかけるの」
アリスは魔理沙人形の前に立ち、声をかけた。
「ねえ、魔理沙。私の事好き?」
しかし、人形の魔理沙は答えなかった。
「私は魔理沙の事が好きなの。だからいつも家には来て欲しいしかまって欲しいしいっしょに遊んで欲しいのに、魔理沙ったらいつも独りっきりでどこか行っちゃってさ。アリスはとっても寂しいの。ヴワル図書館に行ってあのパチュリーとかいう魔女とかと一緒にいたり、吸血姫の妹と遊んだり、博麗神社で霊夢と話してたり。魔理沙は私だけの友達なのに、私ひとりだけの友達のなのに魔理沙はいつも私のところから去っていって私はひとりっきりで私だけの魔理沙なのに魔理沙は私だけのものなのに魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙。ああ魔理沙ごめんなさい。こんなに愚痴ってごめんなさい。でも、私は魔理沙の事がとっても大好きなの。あの空に輝く太陽より宇宙を煌く星より兎のたむろする月より、世界中で一番魔理沙が好きなの。(そこでアリスは魔理沙の人形を懐から取り出す)そう大好きなのよ。(ナイフを取りだす)魔理沙がこんなに大好きで私の人生には魔理沙しか必要ないのに魔理沙の周りには多くの女の子が集まってそんなジゴロみたいなことをしているから私は魔理沙を遠くに感じてしまうのだから、魔理沙を縛り付けておくにはこうするしかないのかしら。(ナイフで人形を刺す)ああ、魔理沙大好き。愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる。永久に私の傍にいて。(人形を投げ捨てる)魔理沙が死ねというならば死んでもいいわ。私は魔理沙の為ならこの命だって捧げられる。この間だってヴワル図書館でパチュリーの手を握ってたじゃない。私にはそういう事してくれないのに。そういうことしてくれないのに。そういうことしてくれないのに。私いつも見ているんだから。魔理沙のこと。昨日の夜、散らかった自宅で魔理沙、爪切ってたよね。爪、いつも伸びているから早く切った方がいいっていってるのに魔理沙ったら人の話を訊かないんだから。人の話を訊かないといつか酷い目にあうんだから。あの爪の一欠片貰ったから。お守り代わりにいつも持ち歩いているの。あと、靴下は毎日洗った方が良いわよ。服も洗ったら乾かした方がいいわ。この前、夜こっそり魔理沙の家の窓から覗きこんだら夕食、おにぎり三つだけじゃない。栄養つかないから%$#&#(劇薬)と&#$#&(毒薬)を含んだ栄養剤をあげたのに飲まないで中国にあげたんじゃない。残念よ。魔理沙の為につくったのに。魔理沙はそうやって私以外の女を見るんだからだから私は魔理沙の人形に釘を入れて毎日***をするのよ。だから%##$&#$(放送禁止用語)なあのヴワル図書館の%#$&%$が%&$%&$#フハハハハハハハハ。フハハハハハハハ。ねえ魔理沙。私たちってどうして上手くいかないのかな。私はこんなに魔理沙のことを愛しているのに。魔理沙のことを考えると夜も眠れなくてもう体中が火照って、だからそんな夜はこっそり魔理沙のことを覗きに行くの。魔理沙がかわいい笑顔で眠っていると私はとっても嬉しくて(中略)ああ魔理沙。大好き。あなたが望むなら魔界と幻想郷をあなたの為に差し出してもいい。アイラヴ魔理沙フォーエヴァー! ヴィヴァヴィヴァラヴラヴアイラヴ魔理沙フォーエヴァー。あなたの恋のマスタースパークで私のハートを打ち抜いて。魔理沙。いつでも私のところに来て!」
アリスはそこで一息吐いてパチュリーに笑いかけた。
「こうやって使うのよ」
「あ、そう」
「この式。あげる」
「いらない」
「あげる」
「いらないわよ! 怖いから!」
「えー。残念」
アリスは指を鳴らした。
すると、魔理沙の人形は紙へと戻った。
アリスは懐に紙をしまった。
パチュリーは気付いた。
紙に『霧雨アリス』と書かれていたことに。
(なんじゃそりゃ!)
さすがにパチュリーは空いた口が塞がらなかった。
(この妖怪。普段は普通にしているし、別に取りたててぶっとんだ所もないし。
紅白とか幽霊とか兎とかスキマ妖怪の方がよっぽど変な性格していると思っていたんだけど、油断した。
この女が幻想郷で一番やばい。この女に友達がいない理由が良くわかったわ)
パチュリーはスペルカードを握り締めて決意した。
(この女は確実に仕留めないといけない)
弾幕ごっこではなく、ガチンコの殺しあいで。
(でも、この女は本気出したことないし、戦力がわからない状況で戦うのは無謀ね。
噂ではエクストラボスとか訊いた事があるし。かつてはあの紅白すら圧倒されたとか。
正攻法はやめた方がいいわ。そうね……)
パチュリーは口元に笑みを浮かべた。
(あの手でいきましょう)
決めるやいなや、パチュリーは立ち上がった。
「面白い魔法を見せてくれたお礼に、いいものを見せてあげるわ」
「え? いいの?」
「いいのよ。魔法は相互自助が原則だもの」
「そう。ありがたく好意を受け取るわ」
アリスも立ち上がった。
パチュリーとアリスはそのまま、ヴワル図書館の片隅に向かった。
「ここよ」
と、パチュリーは片隅の扉を指差した。
「この奥の部屋に秘蔵の魔道書があるのよ。見てみる?」
「うん。見てみる」
「そう。ならどうぞ」
パチュリーは扉を開いた。
アリスは何の危機意識も持たないで、部屋に入っていった。
次の瞬間、パチュリーは扉を閉じた。
「ふふふ」
パチュリーは哄笑した。
「この扉の向こうは妹様の部屋! フランドールの部屋なのよ!」
そして、握りこぶしを掲げた。
「フランドールを相手に命がけの弾幕ごっこを楽しむがよいわ! アリス!」
そして、再び笑った。
「アッハッハッハッハ! アッハッハッハッハ!」
そして、三時間後。
紅茶を飲みながら二冊程、本を読み終えたばかりのパチュリーは椅子から立ち上がった。
「そろそろ、死んでる頃かしら?」
そう思いながらヴワル図書館の片隅に向かった。
そして、フランドールの部屋に繋がる扉を開いて中に入った。
「なっ!」
パチュリーは驚いた。
部屋の中には三人の少女がいた。
アリス=マーガトロイド。
フランドール=スカーレット。
そして、霧雨魔理沙。
三人の少女はお菓子と紅茶で談笑していた。
「それでね、魔理沙ったら毒きのこを食べちゃってさ」
「あはは。魔理沙。おもしろーい」
「アリス。それは禁句だぜ」
パチュリーは驚愕して、あわあわとうろたえた。
フランドールはパチュリーの姿を確認すると微笑んだ。
「パチュリー。おはよー」
「あ。おはよう。どうしたの? どうして、弾幕ごっこしていないの?」
「お人形貰ったから」
「お人形?」
「これだよ。これ」
それは、アリスが先ほど見せた紙人形であった。
ちょっと魔力を込めると、魔理沙の幻影になる紙人形だった。
フランドールは天真爛漫に笑って言った。
「この人形を貰うかわりに、弾幕ごっこは止めにしたの」
「フランドールは偉いね」
「フランドールは偉いな」
「えへへ。二人に誉められちゃった」
紙人形を抱きしめながら、フランドールは赤面した。
紙人形にはフランドール=霧雨と書かれていた。
パチュリーは、地面に膝をついた。
(くそっ。四九五歳でも、しょせんお子様か……)
魔理沙とアリスは立ち上がると、パチュリーに言った。
「それじゃあ、そろそろ帰るぜ」
「私も帰るわ。今日はいろいろとありがとう」
「いいえ。どういたしまして」
パチュリーが立ち上がると、二人は部屋から出ていった。
パチュリーは嘆息した。
そして、肩を落として自嘲した。
(作戦は失敗か。次の手を考えないといけないわね)
そう考えながら部屋を出ようとした。
(さて。魔法使いの弱点は……あれ?)
部屋の扉が消えていた。
部屋から出られなくなっていた。
「あれ?」
「出られないよ。扉は壊しちゃった」
無邪気なフランドールの声が部屋に木霊した。
パチュリーはおそるおそる振り返った。
そこには。
「アリスが、今日はパチュリーが遊んでくれるって言ってた」
「……え?」
「パチュリー。遊ぼう。弾幕ごっこで。命をかけて」
絶叫の木霊するヴワル図書館。
魔理沙とアリスは大量の本を巨大なバックに詰めていた。
アリスが首をかしげて聞いた。
「ねえ。魔理沙。本当に持って帰っていいの?」
「大丈夫だぜ。ここはわたし専用の図書館だから」
「なら。これ貰っていくわね」
「いいぜ」
魔理沙はにっこりと微笑んだ。
あと、実は作者が熱烈なアリスファンです。だめなアリスが大好き
感想、ありがとうございます
アリスの台詞で、(動作の説明文が入ってるとこ)が、ちょっと読みづらかったかも。
間違ってる部分も含めて一つの味だと思いました