ある日の授業の終わりに、先生がこう言いました。
「夏だし、折角だから夏休みの宿題をやりましょう。夏休みはないけど」
それは酷いんじゃないかなぁ、っと、夏休みを知らない私も思いました。
先生――お姉さまのお友達のパチュリー――が出した課題は、自由研究か工作。私はそのどちらにするかを決めかねていた。
「よう、フラン。久しぶりだな」
「あ、魔理沙だー」
部屋に入って来た魔理沙に、私は勢いよく抱きついた。魔理沙はそれを避ける事なく、ばふっ、と受け止めてくれる。
どーでもいいけど魔理沙。お部屋に入る時にノックしないのはお行儀悪いよ?
「むぎゅ~」
「何時もながら熱烈な歓迎だな」
ほんわかと香る甘い香りと、汗の匂い。夏はたくさん汗をかくから仕方ないぜ、って魔理沙が言ってた通り、汗の匂いが少しきつかった。
「魔理沙、汗くさーい」
「しょうがないだろ。この日差しの中を飛んできたんだから」
やれやれ、と呆れる魔理沙を、私はもう一度ぎゅ~っと抱きしめる。う~ん、気持ちいい。それにおいしそ、じゃなくて、いい匂い。
「ん? 何かしてたのか?」
「うん。夏休みの宿題!」
「ほぅ」
ちょっと名残惜しかったけど、私は魔理沙から離れてテーブルの方へ移動した。そしてそこにある紙を手に取り、魔理沙へと差し出す。
「お、見ていいのか?」
「うん!」
「何々。夏休みの宿題として、自由研究か工作をやっておきなさい?」
抱きつくのを我慢してまでこの紙を見せたのには、実は理由がある。ふっふっふ。実は、この宿題を魔理沙と一緒にやろうと思ったの!
「ねね、どっちがいいかな?」
「そーだな。私は研究の方が好きだぜ」
「へー、そうなの?」
予想と違う答えに、私は少しだけ驚いた。魔理沙はパチュリーと同じ魔女なのに何でだろ? 魔女はお鍋でぐるぐる何かを作ってるモノだって絵本には描いてあったのにな。
あ、そういえば魔理沙は魔法使いだっけ?
「で、私は魔法少女」
「知ってるぜ」
「あ・・・」
どうやら思考が独り言として口に出てしまっていたみたいだ。恥ずかしい。
普段は一人だから、独り言が多いみいたいなんだよねー。暗い子って思われるのも嫌だし、気をつけないと。
「で、フランはどうするんだ?」
「えーっと。魔理沙と一緒にしよっかな?」
「何? それはダメだぜ」
むっ、と表情を硬くする魔理沙。何でダメなんだろう? 誰かと一緒は、何であっても楽しいと思うんだけどな。
「研究ってのは、したいからするもんだ。誰かに言われてとか、誰かと同じがいいからってするものじゃないぜ」
「へー、そうなんだ」
よく解らないけど、魔理沙が言うんだからきっとその通りなんだと思う。パチュリーや咲夜と同じで、魔理沙は私にいろいろな事を教えてくれる先生でもあるのだ。たまにお姉さまも教えてくれるけど、お姉さまはお姉さまだしね。
「じゃあ、どうしよう?」
「好きにすればいいんじゃないか? フランの」
「う~ん」
結局、夏休みの宿題は振り出しに戻ってしまった。魔理沙と一緒ならすぐに、しかも楽しく片付くと思ったんだけどなぁ。
「ねぇねぇ、研究ってどんなのがあるの?」
「ん~。そうだな」
例えばだな、と言った魔理沙は、本当に色々な事を教えてくれた。魔法の開発から、アレンジ。果てはあさがおの観察日誌まで。
「うーん。どれもめんどくさそうだね」
「そうだな。研究ってのは静かにやるもんで、子供には向かないかもな」
「むっ」
子供、と言われて少しむっとしたけれど「子供と言われて気にするのは子供の証拠よ」とパチュリーが言っていた事を思い出し、ぐっと我慢した。
私は大人、私は淑女。
「じゃあ、工作って言うのはどんなの?」
「工作ってのはな――」
私はお鍋でぐるぐるとかき混ぜる光景を想像していたのだけれど、魔理沙の説明を聞く限り、ちょっと違ったみたい。あるモノの形を変えて別のモノに作りかえる事が工作なんだって。
「例えば・・・紙を折って箱を作ったり、木を切って家を作ったり、だな」
「家? 私のおうちは作らなくてもあるよ?」
「いやいや。例えば鳥の家とかだよ」
「鳥さんはお家がないの?」
「あーいや。そうじゃない。いや、そうなのか? 家がないのもいるから作るのか?」
突然胸の前で腕を組み、一人でぶつぶつと何かを呟き続ける魔理沙。これは魔理沙が何かを考える時の癖みたいだ。ぶぅ~、ツマンナイ。
「魔理沙~」
「お、すまんすまん。で、何だっけ?」
「結局工作って言うのは、何かを作ればいいの?」
「そうだな。平たく言えばそう言う事になるな」
「じゃあ私、工作にするー」
「そうか。じゃあ、何を作る?」
う~、と唸りながら胸の前で腕を組んで一生懸命考える。私が一生懸命考えている横では、何故か魔理沙が苦笑していた。むむ、なんでだろう?
少し考えた後、私は私にしか出来ない『工作』を思いついた。これも魔理沙ポーズのおかげかな?
「決まった!」
「お、何作るんだ?」
「えっとね、えっとね。秘密」
「ちぇっ、なんだよ。ケチだな」
「魔理沙が協力してくれるなら教えてあげてもいいよ?」
「お、本当か? お安い御用だぜ」
「わーい」
魔理沙の嬉しい返事に、私は再度魔理沙に抱きついた。ばふっ、と。
「はは。フランは甘えん坊だな」
そんな魔理沙の言葉も気にならないくらい、私は嬉しかった。だって、今から魔理沙が
「じゃあ魔理沙。服、肌蹴て」
「・・・は?」
「えっとね。お姉さまがね『眷属を作るときは相手の首筋から全身の血液を吸い尽くすのよ』」って言ってたから」
私の眷属になるのだから。
「って、待て! 早まるな! 私はまだ人間でいたい!」
「え~、魔理沙の嘘つき。協力してくれるって言ったのに」
「あぁ、言ったさ! 言ったけど吸血鬼化は勘弁してくれ」
「ぶぅ。折角ずっと一緒に居られると思ったのに」
私は少し不満げにしながらも、あっさりと引き下がる事にした。何故ならお姉さまが『本当に好きな相手を眷属にする時はよく考えなさい。そして、必ず相手の同意を取りなさい』って教えてくれたからだ。なんでだろうね?
「あ、いや。すまんな、フラン。でもな」
「ん~?」
私はわざと少しだけ不機嫌そうな声を出した。ちょっとだけ意地悪してみたかったの。それもまた楽しいのよってお姉さまが言ってたし。
「眷属を作るのは、多分工作じゃないぞ」
「そうなの?」
「あぁ。だから別のにしような」
なんだか言いくるめられている気が少しだけしたけれど、私はそれに同意した。そしてまた、う~んう~んと考え始める。ん?
「魔理沙~」
「なんだ?」
「協力してくれるって言ったんだから、魔理沙も考えてよ」
「む、そうだな。どうするかな」
私は考える事を止め、腕を組んで、う~ん、と唸り声を上げ始めた魔理沙を見つめていた。さっきのように放っておかれるのは嫌いだけど、自分の事を考えてくれている相手を見ているのは、結構好きなのだ。
「そうだ、万華鏡とかどうだ?」
「まんげきょう?」
それは私の知らない言葉だった。それがどんな物かはさっぱり解らないけど、魔理沙が言うのだから、それはきっと、すごく楽しいモノなのだろう。
「スペルカードや弾幕作るみたいで楽しいぞ」
「弾幕ごっこ!?」
「ごっこじゃないがな。まぁ、似たようなモノだ」
弾幕ごっこは大好きだけど、相手をしてくれる人があんまりいない。それを違う形で楽しめるなら、それは絶対に楽しいに違いない。
「作る! その、まんげきょう? を作りたい!」
「おう、じゃあ一緒に作ろうぜ」
「うん!」
こうして私と魔理沙の万華鏡作りが始まった。
万華鏡作りは材料集めから始まるんだぜ。って、魔理沙が言ってた。
私と魔理沙が材料の1つである鏡を探して館を歩き回っていると、廊下を歩く咲夜の姿を見つけた。
「あら、珍しいですねフランドールお嬢様。それに魔理沙も」
「お、メイド長。丁度いいところに」
「何よ。私はこれでも忙しいのよ」
「えっとね、咲夜」
「はい、なんでしょうか?」
横で魔理沙が「けっ、私との扱いが違いすぎだろ」と文句を言っているのが聞えたけど無視。今は材料を探すのが先決だもんね。
「あのね、鏡が欲しいの」
「鏡、ですか?」
「うん」
「畏まりました。後でお部屋にお持ちいたしましょうか?」
「あ、いやな咲夜」
「何よ?」
魔理沙が声をかけると、咲夜の表情が変わった。私と話す時は何時も静かな感じなのに、今はなんだか賑やかな感じがするのは何でだろう?
「実はな、万華鏡を作る事になったんだ」
「万華鏡。なんで?」
「夏休みの工作なの!」
咲夜が笑顔になり、今度はふんわりとした感じなる。こういう時の咲夜は、いつも優しいんだよね。
「だからね、鏡!」
「あぁ、新品じゃなくていいぞ。壊れたヤツで十分だ」
「う~ん。そんな物あったかしら」
次の瞬間、空気がザラついた。そしていつの間にか、咲夜は1枚の鏡を持っていた。咲夜が時間を止めたみたいだね。
「これでよろしかったでしょうか?」
「・・・魔理沙?」
「十分だぜ。後、出来れば色をつける物が欲しいんだが」
「インクか絵の具で構わないならすぐに準備できるけど?」
「なんでもいいぜ。あとな、出来ればたくさんの色が欲しいんだ。後で届けてくれないか?」
「咲夜~、お願い」
咲夜の服に手を伸ばし、裾を摘む。そして上のほうにある咲夜の目をしっかりと見つめながら、私は一生懸命お願いした。それはいつだったかパチュリーが教えてくれた「相手の目をしっかり見据えて話すのは、大事な事よ」を完璧に守った、私にとってこれ以上ない、最上級のお願いの仕方だった。
「はい、判りました。後で届けさせて頂きます」
「ありがとう咲夜!」
「悪いな」
「気にしないで。これも仕事の内よ」
あっさり承諾してくれた咲夜に抱きつき、私はいっぱいいっぱいありがとうを言った。撫でてくれた咲夜の手は、すごく気持ちよかった。
そして咲夜と別れた私達は、鏡を持って部屋へと戻ってきた。
「さぁ、作るか」
「おー」
魔理沙に教えて貰いながら、私はパチュリーから借りたペンで鏡の外側に線を引いていった。魔理沙の説明によると、まずは同じ高さの三角を3つ切り取るらしい。でも、なんで同じ高さなんだろ? 形は違ってもいいみたいなのに。
「んっしょ。このくらい?」
「ん、いいだろ。じゃ、線に沿って鏡を切るぞ」
「はーい」
魔理沙が何かを準備している。きっと次の準備をしているのだろうと思った私は、今の内にと急いで爪を立てて鏡を切り裂いた。あ、ちょっとはみ出たかも?
「じゃあこの道具を使って、って、そうか。そうだな。お前ならそのくらい、訳ないよな・・・」
何故か少し落ち込んでいる魔理沙は、何故か今取り出した物を片付け始める。一体どうしたんだろう? それに、あの道具はなんで使わずに仕舞っちゃうんだろ?
「で、次だ」
「へ? あ、うん」
よく解らないけど、工作はどんどん進んでいく。
「鏡を削るんだ」
「削る?」
「そう。彫る感じで、鏡に線を引くんだ」
「は~い」
言われたとおり、爪で鏡をひっかいて鏡を削っていく。その間、魔理沙は何故か耳をふさいで部屋の隅にいたけど、なんでだろ?
「お、届いたみたいだぜ」
「へ?」
魔理沙から手渡されのは、絵筆だった。そして魔理沙の手にはたくさんの絵の具。次はこれで絵を描くのかな?
「これで外側から溝に色をつけるんだ。で、その後鏡を磨いて、三角錐を作れば完成だ」
「えぇっと、好きな色でいいの?」
「あぁ」
そして私達は手分けして3枚の鏡につけた溝に色をつける。それが終わると乾くまで休憩をする事になり、その間に咲夜が準備してくれたらしいお茶を飲む事にした。
「さすが、美味いな」
「うん。咲夜のお茶はいつでもおいしーよ」
お茶が終わると、今度は手分けして鏡を磨いた。そしてぴっかぴかになったところで、3枚の鏡を張り合わせる事になった。
「ねぇ、どうやってくっつけるの?」
「ふっふっふ。今度こそ私の道具の出番だぜ」
そう言って魔理沙が嬉しそうに、そして少し不適に微笑む。そして鞄から2つの丸くて小さな容器を取り出した。
「物と物をくっつける薬だ。これをこことここに塗ってだな」
魔理沙は筆を使ってぺたぺたと鏡の端に薬を塗り、そこにくっつける部分にはもう片方の容器に入った薬を塗った。そして塗り終わった部分どうしをくっつけると、不思議な事に2つはくっついて離れなくなってしまった。
「すごいすごい」
「だろ?」
「ホントにとれな、って、あ」
バキッ、と言う音がして、くっついていた部分が壊れる。調子に乗って力を込め過ぎたから壊してしまったのだ。私が。
「ぁ、ま、魔理沙・・・」
「あ~、大丈夫だ。くっつけなおせば平気だから。な?」
魔理沙は私の頭を撫でた後、もう一度鏡をくっつけてくれた。魔理沙は優しい。やっぱり大好きだ。だから魔理沙は絶対に壊さないように気をつけよう、と何度目かの決心を固め直した。
「っし、完成だな。ほら、見てみろよ」
「う、うん」
今度は壊さないようにと思いながら、私は万華鏡を持つ魔理沙に両手を伸ばした。でも、魔理沙はそれを渡してくれなかった。それどころか私から一歩離れてしまう。やっぱり怒ってるのかな? 所詮、私は壊す事しか出来ない子だと思われたのかな?
「ほら、フラン。見てみろよ」
「え? わぁ」
先程から見ていた鏡の外側。それとはまるで違う世界が、その内側には写し出されていた。そうか、魔理沙は怒って渡さなかったんじゃなくて、私が見やすいように持ってくれてたんだ。
「綺麗だろ?」
「うん・・・」
私が書いた線と、魔理沙が塗った線が鏡に写って交差し合っている。更にその線が違う線にも複雑に絡み合い、よく解らない模様を写し出していた。
綺麗な万華鏡に感動したのか、それとも魔理沙の優しさに感動したのか。私少し泣きそうだった。
「鏡に書いた線が違う鏡に写り、それがまた別の鏡に写る。合わせ鏡の応用だな。ちなみにこれ、正確には三角錐万華鏡っていうんだぜ」
魔理沙のよく解らない説明を聞きながら、私は魔理沙が最初にしてくれた方の説明を思い出していた。弾幕みたいだぞ、と言う説明を。そしてこれは確かに、弾幕ごっこみたいだ。
「私の書いた線が、魔理沙の線に重なって綺麗だね」
「あぁ、そうだな」
線は弾幕。それを見ていると、まるで魔理沙と弾幕を打ち合っているようで、その光景が思い出される。
この前やった弾幕ごっこ。私の弾と魔理沙の弾。混ざり合った軌跡は変な形で、でもそれはなんだか綺麗で、嬉しくって。
「綺麗に出来てよかったな」
「うん」
壊す事しか出来ない私。その私が唯一作れるものが、弾幕だった。紅白の巫女に言わせれば、パターン作りごっこ。
そして今日、その中に1つの項目が追加された。それは弾幕に似ているけど、弾幕じゃないもの。壊れやすくて、綺麗な物。
「魔理沙」
「ん、何だ?」
「ありがとっ!」
「おわっ」
私は今日最高の勢いで魔理沙に抱きつき、床に倒れた魔理沙にいっぱい頬ずりをし続けた。魔理沙が帰るまで、ずっと。
エピローグ
紅魔館。そこは空間が操作され、広がり、迷宮の如くなっている場所。
訂正。迷宮の如くなっている事は空間操作とは別件であり、これは普段からある物ではない。では、誰が犯人なのか?
「あー、もう。咲夜~、どこよ?」
「こちらです、っとこっちじゃない。じゃあこっち?」
「自分が広げた空間くらい、把握しときなさい」
「無茶言わないでくださいよ~」
犯人の名はフランドール・スカーレット。あの一件以来、とても万華鏡が気に入った彼女は、館中を万華鏡のようにしようと考えた。
「・・・落ち着いて本が読めないわ」
「というか、パチュリー様。読んでないでどうにかしてくださいよ」
「嫌よ。面倒だもの」
「うぅー。これじゃあスカートの中まで丸見えですよ~」
そして完成したのが万華鏡の館。いや、正確に言えば色とりどりの線が描かれた鏡による、ミラーラビリンス。
フランドールの魔法により、紅魔館の全ての壁、床は鏡となり、更に無数の鏡がさまざまな場所に設置されている。
「う~ん。綺麗だね」
1人ご満悦のお嬢さん。
これは少し万華鏡とは違うかな、と彼女が気づくのは、数日後の事だった。もちろんその間ずっと、紅魔館は鏡魔館のままだった。
>うぅー。これじゃあスカートの中まで丸見えですよ~
なるほど、素晴らしいな。
万華鏡かぁー懐かしいt
それにしてもフランの夏休みの工作で万華鏡をチョイスする魔理沙はかなりいぃセンスしてると思いました。
フランと万華鏡は似ていると思ったんですよ。どうでしたでしょうか。
短くて恐縮ですが、今回はこの辺りで。では、また別の作品で
万華鏡作りたくなった。