ある月のない夜。紅魔館ではお茶会が開かれていた。
「うん。おいしいわ。さすが咲夜ね」
「ありがとうございます」
出席者は2。レミリア・スカーレットとパチュリー・ノーレッジ。
その場には十六夜咲夜もいるのだが、彼女はお茶会の参加者ではないので数には入らない。
「はぁ。それにしても新月は辛いわね」
「月に左右されるのは女のさだめよ。我慢なさい」
「私は人間じゃないけどね」
「私も違うわ。でも、いろいろと影響は受けてるわよ」
魔法の属性の相性とかね。
パチュリーのそんな言葉に納得がいかないのか、レミリアは少し不満げな表情だ。
「そういえば、私達が出会ったのもこんな夜だったわね」
「そういえばそうね」
話を逸らしたかったからか、単に思いついたからか。
パチュリーは、ぱたん、と本を閉じ、レミリアに正対して続きを口にした。
「咲夜が来たのもこんな夜だったわね」
「はい」
「そうね。あの時は楽しかったわぁ」
ふふ、と妖艶に微笑むレミリアは、幼い外見とは裏腹に背筋が凍るほど、魅惑的だった。
そんな友人を見つめながら、パチュリーは少しだけ微笑んだ。
「確か、私もこてんぱんにやられちゃったのよね」
「えっと、その。申し訳ありません」
珍しく焦ったような声を出した咲夜が、わたわたと頭を下げる。
その姿を見たパチュリーは、小悪魔の悪癖が移ったのかしら? などと事を考えながら、更に表情を緩ませた。
「喘息の発作で苦しんでるっていうのに、容赦なくナイフを投げ込んでくれたわよね」
「本当に申し訳ありませんでした」
更に深々と頭を下げる咲夜。
パチュリーはもっと苛めたいと思ったのだが、彼女の前に座っている彼女の主が怖い顔をしていた為、断念する事にした。
「私も散々ナイフを刺されたわねぇ。痛かったわぁ」
「大変申し訳ありませんでした。どうかお許しください」
一転、意地悪そうな笑みを浮かべるレミリア。
どうやら苛める事がダメなのではなく、自分以外が苛める事が気に食わなかったらしい。
「ふふ。咲夜は可愛いわね。ねぇ、パチェ?」
「そうね。小悪魔にもこのくらい可愛げが欲しいところだわ」
2人が言葉を交わす間にも、咲夜は頭を上げようとしない。それどころか、徐々に下がっている。
そしてそれは後ろから見れば、短いスカートの中身が見えているに違いない、と確信出来るほどに下がってもまだ下がり続けている。
「ちょっと苛めすぎたかしら?」
「そうかもしれないわね」
「咲夜、頭を上げなさい」
「はい」
瞬間、凛とした雰囲気に戻ったいつもの咲夜がそこに立っていた。
これは切り替えが早いのではなく、時間を止めて何度か深呼吸したおかげである。
「でも、懐かしいわね」
「ん? 何がよ、パチェ」
「私達の出会いよ」
その言葉に、ぴくっ、と反応したのは咲夜だった。その反応を見た2人は、目で合図を送りながら、また楽しそうに微笑んだ。
「咲夜、聞きたい?」
「い、いえ。主人の過去を詮索するなど、従者にあるまじき行為です」
「じゃあ、私に聞く分にはいいんじゃないかしら?」
「主人の過去を詮索する、という意味では同じかと存じます」
「そう。残念ね」
さして残念そうでもない声でそう呟くパチュリー。正面にいるレミリアは、右手を唇に当ててくすくすと笑っている。
「あれは100年くらい前だったかしら? ねぇ、レミィ」
「そうね。そのくらいだった気がするわ、パチェ」
にやりと笑い合いながら、2人は昔語りを開始した。
隣で困った顔をしているメイドを横目に見ながら、とても楽しそうに。
私、パチュリー・ノーレッジは知の探究者だ。
今も昔もそれは変わらず、違うところがあるとすればそれは探す知の種類だけである。
今はそこにある知を。昔はどこかにある知――ヴワル魔法図書館――を探して本を読み漁っていた。
「ここ、ね。間違いないわ」
知識の少女。
皆にそう呼ばれる私は、その英知を駆使してついに目的のモノを目の前にしていた。残る問題は1つ。図書館が存在するはずの空間に、何故か真っ赤な洋館が建っていた事だけだ。
「・・・最悪、乗っ取るしかないわね」
そんな物騒な事を呟きながら、私は館へと歩き始める。そして歩きながら、あの館に関する知識を呼び出した。
紅魔館。400歳近い吸血鬼の住む館。眷属こそ持たないものの、いくらかの僕を館に飼っている、それなりの実力者。
「準備は万端。さて、いくわよ」
いきなり実力行使に出るつもりはない。最初は書状を渡し、主人とのコンタクトを取り、可能ならば話し合いの席を設ける予定だ。
「――はっ」
突然、極彩色の弾幕がこちらに向って飛んでくる。方角は・・・館の方角!?
「いい度胸じゃない」
今日は喘息の調子もいい。というか、数時間限定で発作が起こらないように呪を施してある。後々、皺寄せで激しい発作に見舞われる可能性が高いが、喘息のまま吸血鬼と対決する事に比べれば安い代償だ。
「誰?」
「私はパチュリー・ノーレッジ。紅魔館の主人に用があるの」
「やっぱり侵入者でしたか」
その言葉と共に、再度極彩色の弾幕が放射状に放たれる。
こんなところで無駄な時間を食うのは得策ではないわね。新手が来たらやっかいだわ。
「月符『サイレントセレナ』」
結論。門ごとふっとばしてさっさと中に入りましょう。
中に入ると、そこは思ったよりも普通の館だった。外観は完全に真っ赤だというのに、内部はそうでもなかったのだ。
「さて、とりあえず図書館が先ね」
私は調査してあった座標へと移動し、術式を唱えた。
数秒後、そこには結界の張られた異空間が、陽炎のように揺らめいていた。
「ここが、ヴワル魔法図書館・・・」
私は一時感動を抑えつつ、結界の排除を開始する。追手がくる可能性も考慮して、自分を保護する結果を張る事も忘れない。
「――ヴワル」
次の瞬間、結界にひびが入り、裂け目から空間があふれ出した。
しかしここで誤算が1つ。空間が割り込めば、元あった空間が削られてしまう。その事をすっかり失念していた私は、飛び出した空間に吹き飛ばされ、部屋の外へと放り出されてしまった。
「あいたた。結界がなかったら危なかったわね」
気を取り直し、立ち上がって再度扉の中へと進む。服が埃だらけなのだが、気にする余裕はなかった。というか、気づいていなかった。
「待ちなさい」
突然響いた声。しかも場にそぐわない、幼子のような声音。
しかしその気配は決して幼子のモノではない。私は気づいた。この館の主が、直々に現れたのだ、と。
「よくも人の屋敷を勝手に壊してくれたわね」
「そうね。その件に関しては謝るわ。壊すつもりはなかったの」
「嘘ね。スペルカードまで使って壊した癖に、そんなはずないでしょ?」
一瞬何の事だか理解出来なかったのだが、私はすぐに合点がいった。どうやら彼女は門での事を言っているらしい。
「それも謝るわ。いきなり攻撃されたから、つい、ね」
「うちは来客は歓迎してないの。近づく者は全て排除が基本よ」
「・・・はぁ」
どうやら話し合いによる平和的解決は望み薄らしい。
そう思った私だが、知識の少女としての誇りが、野蛮な闘争の引き金を引く邪魔をする。あちらから仕掛けてくれば、気にならないのだけれど。
「私はパチュリー・ノーレッジ。実は貴方にお願いがあってきたの」
「却下。侵入者のお願いを聞くほど、私はお人よしじゃないわ。人じゃないけど」
「そうね。お人よしな吸血鬼なんて聞いた事ないもの。人じゃないけど」
「ふふ。貴方、面白いわね」
「どうも」
会話を続けながらも、私は頭をフル回転させてさまざまな事態に備えていた。
説得するにはどうすればいいか。いきなり攻撃されたらどうやって防ぐか。最悪、こちらから仕掛けるべきか。
「ん、貴方見た事ある顔ね?」
「知識の少女、と言えばわかるかしら?」
「あぁ、知ってるわ。それなりに名の知れた魔女ね」
「えぇ、そうよ、貴方ほどではないけれど。ねぇ? スカーレットデビルさん」
「あら、よく知ってるわね。偉い偉い」
「私以上に有名だった癖に、よく言うわ」
「昔の話よ。今は静かに暮らしてるわ。大人しく」
「似合わないわよ? 永遠に紅い幼き月の癖に」
「貴方の方が似合わないわよ。大人しく本でも読んでたら? 知識の少女さん」
すでにやる気は十分らしい吸血鬼を観察しながら、私は既に1つの事だけを考えていた。
私の後ろにある図書館。その蔵書に傷1つつけさせてたまるもんですか。
「私は優しいから、一応お願いとやらを聞いてあげる」
「どうも。私の要求は1つ。この部屋とその周辺を譲って欲しいの」
「却下。この館は私の物。何者の侵食も許しはしない」
「ただとは言わないわよ? 少しくらいなら血を吸ってもかまわない」
「それも却下ね。私は私を恐れる者の血しか飲まない。そんな事も知らないの? 知識の少女の癖に」
「吸血鬼の性癖にそんな事は書いてなかったわ」
「じゃあ、書き足しておきな、さいっ」
一瞬。そう、ほんの一瞬で彼女と私の距離は0になっていた。ぎりぎり間に合わせた結界で爪による攻撃を防御した私は、数少ない接近用の符を取り出した。
「金土符『エレメンタルハーベスター』」
「甘い!」
中空に出現した円盤は、彼女の爪によって瞬時で切り裂かれてしまう。半端な攻撃は無意味って訳ね。
「ノンディクショナルレーザー」
「あたるかっ」
さすがにレーザーを切り裂く事は出来ないのか、彼女は凄まじいスピードで距離を取ってくれた。
私はこれを好機と、手持ち最強の符であり、彼女への対策として最も有効である符へと手をかけた。
「ふふふ。ひさしぶりに歯ごたえのある相手で嬉しい限りよ」
「笑っていられるのも今のうちよ」
懐から符を引き出し、自分の手前の空間へと投げる。中空に静止したまま回転する符。その名も
「日符『ロイヤルフレア』」
「っな!」
初めて焦りの表情を浮かべる吸血鬼。吸血鬼は陽光に弱い。故に、これは彼女にとって相性が最悪の符に違いないのだ。
私は半ば勝利を確信しつつ、符にありったけの魔力を込めた。
「紅魔『スカーレットデビル』」
しかし私のそんな予想はあっさりと覆されてしまう。
彼女の全身からは紅い光が放たれ、ロイヤルフレアの光を相殺していく。属性相性など関係なく、だ。
「は、はは」
「さっきのはちょっと痛かったな。で、次はなんだ?」
不適に笑う吸血鬼に、私は初めて恐怖を覚えた。相手の服はぼろぼろで、あちこち傷だらけの姿であるにも関わらず、だ。
でも、私は屈する訳にはいかない。すぐそこに長年恋焦がれたヴワルが存在するのだ。その蔵書を読まずして、死ぬなどありえない!
「ん? まだ諦めていないのね? 感心感心。もっと私を楽しませなさい」
「悪いけど、ご要望には添えないわ。私はさっさと終わらせて本が読みたいのよ」
本? と不思議そうに返す彼女を無視し、私は準備してきた品物を手にとった。
「食らえ!」
「ん? って、いやぁぁぁ」
先ほどの威厳はどこへ行ったのか、突然悲鳴をあげ逃げ出す吸血鬼に私は面食らう。ここまで効果があるとは・・・。
「えい」
「きゃぁぁ」
私はそれ――にんにくを彼女に向って投合する。すると面白いように騒いで、図書館の方へと逃げてしまった。
って、図書館が危ない!
「待ちなさい!」
「はい、ご苦労様」
慌てて図書館に飛び込んだ次の瞬間、ドンッ、とお腹に鋭い衝撃が走った。
その時私に理解出来たのは、吸血鬼の全力で殴られたら私は跡形も残らないだろうから、きっと手加減されているのだろうなと言う事だけだった。
「くっ、かはっ」
「うん。楽しかったけどそれの相手をするのは嫌なの。だからお終いね」
「うぅ・・・ま、だ」
まだ切り札が残っている。
私は自分にそう言い聞かせ、体を無理やり動かす。発作を抑える魔法の影響で痛みに鈍感なのが、せめてもの救いだ。
「あら、貴方の血、思ったよりもおいしそうねぇ?」
「う、るさい。血を、食ら・・・う。ぁくま、ぐぁ」
「チを食らう。はは。奇しくも貴方とおんなじね」
「な、にを。わた、しは。はぁ。血など・・・」
「ふふ。気に入ったわ。まだ何か切り札があるんでしょ?」
どうやら読まれていたらしい。隠す余裕もない私は、懐に手を入れたままなので、当たり前といえば当たり前なのだが。
「それが私を楽しませる程であれば、貴方の願いを聞き入れてあげてもいいわよ?」
「それ、はぁ、どうも。悪いけど、成功したら貴方の命はないはずよ」
「へぇ。それは楽しみだわ」
彼女が責めてこないのは、きっと私の回復を待つ為だろう。私が回復魔法をかけつつ、会話で時間を稼いでいたのはきっとばればれだっただろうから。
「さぁ、最後ね。どうする?」
「簡単よ。これを喰らいなさい。木符『シルフィホルン』」
木の葉を模した弾幕が、彼女の周りに展開される。そして私は、同時にもう1枚の符を取り出した。
「火符『アグニシャイン』」
「はぁ、期待はずれだわ」
木の葉の隙間から飛び交う火炎。その一部はシルフィホルンに引火し、大きな炎を上げている。
「折角2つのスペルを合成しても、これじゃあ台無しね」
「合成なんてしてないわ」
そして更に、私は炎の中へ飛び込んでいた。
そう、この2つは囮。たんなる目くらましの為に使ったにすぎない。
「私に接近戦を挑もうなんて、400年早いのよっ」
「いけっ」
私が投げつけたのは、先ほどと同じにんにく。飛びながら焼けているので焼きにんにくと言うべきかもしれない。
「甘いわっ」
腕を一閃し、それに伴う真空刃のみでにんにくを吹き飛ばす吸血鬼。
・・・ちょっとくらい怯みなさいよね。
「残念でした。死になさい!」
「お断りよ!」
先ほど払ったのとは逆の腕が、こちらに向って差し出される。いや、私を貫こうと突き出される。私はそれに、迷わず左腕を捧げた。
「ほぅ」
「喰らえっ」
右手に握り締めていた十字架で、彼女の顔面を思いっきり殴りつける。
吸血鬼最大の弱点での直接攻撃。にんにくにさえ触れようとしなかった彼女だ。きっと効果はてきめ――
「ふふ。残念だったわね」
「え!?」
目の前には、平気そうな顔をした吸血鬼の姿があった。
十字架が、効かない?
「きっと貴方の考えているとおりよ。なんで私がそんなものを恐れなくちゃいけないの?」
「え、あ、だって本に・・・」
「所詮は本に頼った知識、と言ったところかしらね?」
楽しそうに笑う彼女。知識を貶されている事はとても悔しいのだが、今考えるべきはそんな事ではない。
「まさか、にんにくから逃げたのも作戦・・・?」
「いいえ。にんにくとか鰯の頭とかは、だいっ嫌いよ」
「じゃ、じゃあ十字架だけ・・・?」
「そうよ。わざわざそれを切り札に選ぶだなんて、運がなかったわね」
運がなかったと言われればその通りだろう。あれがにんにくであったならば、多少なりともダメージを与える事が出来たのだろうから。
知識を盲目的に信じ、確実性よりもそちらを信じてしまった自分のミスである事は明からだ。
「で、知識の少女」
「私の名前はパチュリー・ノーレッジよ」
「じゃあ、パチェ。私、貴方の事を気にいったわ」
「・・・は?」
「中々楽しかったもの。迷わず片腕を犠牲にする度胸も悪くないし。それに、貴方には聞たい事があるの」
「何よ?」
とりあえず今すぐ殺される事はないだろう。
そう判断した私は、こっそりと治癒魔法をかけつつ、彼女の問いに答える事にした。
「これ、どうしたの?」
「これ、って?」
「本だらけじゃない。この部屋は空き部屋だったはずよ」
「あぁ、それね」
私は出来るだけ回りくどく、そして長々とこの図書館について話、ついでに私がここに来るまでの経緯、そしてこの図書館がいかに素晴らしいかを語った。
「ふぅん。じゃあ、ここは既に私の館じゃないのかしら?」
「空間的には貴方の館よ。ただ、そこにヴワル魔法図書館が割り込んだだけ」
部屋を押しつぶしてね、とは口にしなかった。彼女は自分の空間を他の存在に侵される事を酷く嫌っていたので、最悪この図書館ごと破壊され兼ねないと思ったからだ。
そろそろ体力も回復し、傷もふさがった。左腕は今すぐにどうにか出来るものではないと判断した私は臨戦態勢をとってから、彼女の真意を問うてみる事にした。
「で、貴方はなんで私を生かしたのかしら?」
「言葉通り、気に入ったからよ。それに似たもの同士だしね」
「似たもの同士・・・?」
「あら、知識の少女を名乗る癖に、判らないの?」
「悪かったわね」
「私の事は好きに呼んでいいわよ。これからよろしくね、パチェ」
「・・・とりあえず歓迎してもらって嬉しいわ」
「でしょ? 私達、いい友人になれるよわ。きっと」
「友人?」
「えぇ。友人」
「図書館司書にでも任命されるのかと思ってたわ」
「それは別に部下を回すわ。そうね。本好きの小悪魔がいたから、その子をあげる。好きになさい」
「それはありがたいわ。この規模の図書館を1人で維持するのは骨が折れそうだし。何より本を読む時間が減るから」
「ふふ。せいぜいこきつかってあげて。じゃあ、他の者に紹介するからこっちへ来て」
「はいはい。仰せのままに、お嬢様」
こうして私は、レミィの友人と言う特殊な地位で紅魔館の住人の仲間入りを果したのだった。
2人が――主にパチュリーが――全て話し終えた時、咲夜はいつもより2歩以上前、すなわちレミリアの隣で話を聞いていた。
「レミィはあの時から強かったわね」
「パチェは未熟だったわね」
「そうね。ここに来て、いろいろ学んだけど、まだ未熟だもの」
「成長するうちは未熟な証よ。それに比べて、私は永遠にこのままだもの」
「既に完成した、完璧な存在って言いたいんでしょ?」
「その通りよ」
2人が会話をする横で、咲夜が己の立ち位置の異常に気づき、慌ててティーポットを手に取る。
どうやらお茶を淹れるつもりだった、とごまかしているつもりらしい。
「どう、咲夜。面白かった?」
「あ、はい。とても興味深いお話でした」
「パチェは意地悪ね」
「レミィほどではないわ」
意地悪く笑う2人の視線に晒され、咲夜は少しだけ頬を染める。
しかし次の瞬間には凛とした、いつもの姿に戻っていた。その手には、いつの間にか淹れ立ての紅茶。
「失礼ね。私は意地悪なんかじゃないわよ。その証拠に、咲夜」
「はい。なんでしょうかお嬢様」
「1つだけ、質問を許可するわ」
レミリアの言葉に、咲夜だけでなく、パチュリーまでもが面食らった。その表情を見たレミリアは、悪戯っぽい笑顔を更に綻ばせ、くっく、と笑う。
「はぁ。やっぱりレミィは意地が悪いわ」
「心外ねぇ」
くすくすと笑い続けるレミリアに、パチュリーは溜息を1つ吐いた。きっとあの悪戯小悪魔を私にあてがったのも、意地悪の一端なのだろうな、などと今更な事を思いながら。
「で、咲夜。質問は決まった?」
「え? あ、はい。それでは僭越ながら、1つだけ質問させて頂きます」
長い前口上の後、咲夜は大きく息を吸い、数秒間呼吸を止める。つられてパチュリーも息を呑んだ。
「何故、お二人は似たもの同士なのですか?」
「・・・そういえばそんな事も言ってたわね。レミィ、何故なの?」
「パチェ、まだ気づいてなかったの?」
「えぇ。悪い?」
「はぁ。そんなんじゃ知識の少女の名が泣くわよ」
「ご心配なく。もう少女なんて年齢じゃないわ」
「外見は少女のままだけどね」
質問をした咲夜を置き去りにして会話が進む。しかし咲夜は気にした風でもなく、いつも通り2人のやり取りを見つめていた。
「ヒントは私が吸血鬼だって事よ」
「それは知ってるわ」
「そう。で、咲夜はわかった?」
「すいません。私には判りかねます」
「もう。手間のかかる従者と友人ね」
「ほっといて」
「すいません」
レミリアはすぅっと息を吸い込んだ。
そして意地悪い笑みを浮かべながら、こう言い放った。
「だって私達、チシキの少女でしょ?」
知識の少女と呼ばれた私。何でも知る事が出来るはずだと思い込んでいた。
識者を自負していた私。この世に理解出来ない事はないと思い込んでいた。
とんでもない勘違いをしていた私に、それを気づかせてくれた。
血を食らう少女が、初めて出来た友がそれに気づかせてくれた。
食指の赴くままに行動するだけでは得られない知識があると言う事を。
のんびりと本を読みあさるだけでは得られない知識があると言う事を。
出会ってからずっと、私は彼女から様々な事を学び続けている。
会話は知識の宝庫と知り、そこから様々な事を学び続けている。
いかなる知識も、レミリア・スカーレットには及ばない。
完全で瀟洒な従者と知識の少女が、血食の少女の言葉を理解するのは、もう少し後の事だった。
「うん。おいしいわ。さすが咲夜ね」
「ありがとうございます」
出席者は2。レミリア・スカーレットとパチュリー・ノーレッジ。
その場には十六夜咲夜もいるのだが、彼女はお茶会の参加者ではないので数には入らない。
「はぁ。それにしても新月は辛いわね」
「月に左右されるのは女のさだめよ。我慢なさい」
「私は人間じゃないけどね」
「私も違うわ。でも、いろいろと影響は受けてるわよ」
魔法の属性の相性とかね。
パチュリーのそんな言葉に納得がいかないのか、レミリアは少し不満げな表情だ。
「そういえば、私達が出会ったのもこんな夜だったわね」
「そういえばそうね」
話を逸らしたかったからか、単に思いついたからか。
パチュリーは、ぱたん、と本を閉じ、レミリアに正対して続きを口にした。
「咲夜が来たのもこんな夜だったわね」
「はい」
「そうね。あの時は楽しかったわぁ」
ふふ、と妖艶に微笑むレミリアは、幼い外見とは裏腹に背筋が凍るほど、魅惑的だった。
そんな友人を見つめながら、パチュリーは少しだけ微笑んだ。
「確か、私もこてんぱんにやられちゃったのよね」
「えっと、その。申し訳ありません」
珍しく焦ったような声を出した咲夜が、わたわたと頭を下げる。
その姿を見たパチュリーは、小悪魔の悪癖が移ったのかしら? などと事を考えながら、更に表情を緩ませた。
「喘息の発作で苦しんでるっていうのに、容赦なくナイフを投げ込んでくれたわよね」
「本当に申し訳ありませんでした」
更に深々と頭を下げる咲夜。
パチュリーはもっと苛めたいと思ったのだが、彼女の前に座っている彼女の主が怖い顔をしていた為、断念する事にした。
「私も散々ナイフを刺されたわねぇ。痛かったわぁ」
「大変申し訳ありませんでした。どうかお許しください」
一転、意地悪そうな笑みを浮かべるレミリア。
どうやら苛める事がダメなのではなく、自分以外が苛める事が気に食わなかったらしい。
「ふふ。咲夜は可愛いわね。ねぇ、パチェ?」
「そうね。小悪魔にもこのくらい可愛げが欲しいところだわ」
2人が言葉を交わす間にも、咲夜は頭を上げようとしない。それどころか、徐々に下がっている。
そしてそれは後ろから見れば、短いスカートの中身が見えているに違いない、と確信出来るほどに下がってもまだ下がり続けている。
「ちょっと苛めすぎたかしら?」
「そうかもしれないわね」
「咲夜、頭を上げなさい」
「はい」
瞬間、凛とした雰囲気に戻ったいつもの咲夜がそこに立っていた。
これは切り替えが早いのではなく、時間を止めて何度か深呼吸したおかげである。
「でも、懐かしいわね」
「ん? 何がよ、パチェ」
「私達の出会いよ」
その言葉に、ぴくっ、と反応したのは咲夜だった。その反応を見た2人は、目で合図を送りながら、また楽しそうに微笑んだ。
「咲夜、聞きたい?」
「い、いえ。主人の過去を詮索するなど、従者にあるまじき行為です」
「じゃあ、私に聞く分にはいいんじゃないかしら?」
「主人の過去を詮索する、という意味では同じかと存じます」
「そう。残念ね」
さして残念そうでもない声でそう呟くパチュリー。正面にいるレミリアは、右手を唇に当ててくすくすと笑っている。
「あれは100年くらい前だったかしら? ねぇ、レミィ」
「そうね。そのくらいだった気がするわ、パチェ」
にやりと笑い合いながら、2人は昔語りを開始した。
隣で困った顔をしているメイドを横目に見ながら、とても楽しそうに。
私、パチュリー・ノーレッジは知の探究者だ。
今も昔もそれは変わらず、違うところがあるとすればそれは探す知の種類だけである。
今はそこにある知を。昔はどこかにある知――ヴワル魔法図書館――を探して本を読み漁っていた。
「ここ、ね。間違いないわ」
知識の少女。
皆にそう呼ばれる私は、その英知を駆使してついに目的のモノを目の前にしていた。残る問題は1つ。図書館が存在するはずの空間に、何故か真っ赤な洋館が建っていた事だけだ。
「・・・最悪、乗っ取るしかないわね」
そんな物騒な事を呟きながら、私は館へと歩き始める。そして歩きながら、あの館に関する知識を呼び出した。
紅魔館。400歳近い吸血鬼の住む館。眷属こそ持たないものの、いくらかの僕を館に飼っている、それなりの実力者。
「準備は万端。さて、いくわよ」
いきなり実力行使に出るつもりはない。最初は書状を渡し、主人とのコンタクトを取り、可能ならば話し合いの席を設ける予定だ。
「――はっ」
突然、極彩色の弾幕がこちらに向って飛んでくる。方角は・・・館の方角!?
「いい度胸じゃない」
今日は喘息の調子もいい。というか、数時間限定で発作が起こらないように呪を施してある。後々、皺寄せで激しい発作に見舞われる可能性が高いが、喘息のまま吸血鬼と対決する事に比べれば安い代償だ。
「誰?」
「私はパチュリー・ノーレッジ。紅魔館の主人に用があるの」
「やっぱり侵入者でしたか」
その言葉と共に、再度極彩色の弾幕が放射状に放たれる。
こんなところで無駄な時間を食うのは得策ではないわね。新手が来たらやっかいだわ。
「月符『サイレントセレナ』」
結論。門ごとふっとばしてさっさと中に入りましょう。
中に入ると、そこは思ったよりも普通の館だった。外観は完全に真っ赤だというのに、内部はそうでもなかったのだ。
「さて、とりあえず図書館が先ね」
私は調査してあった座標へと移動し、術式を唱えた。
数秒後、そこには結界の張られた異空間が、陽炎のように揺らめいていた。
「ここが、ヴワル魔法図書館・・・」
私は一時感動を抑えつつ、結界の排除を開始する。追手がくる可能性も考慮して、自分を保護する結果を張る事も忘れない。
「――ヴワル」
次の瞬間、結界にひびが入り、裂け目から空間があふれ出した。
しかしここで誤算が1つ。空間が割り込めば、元あった空間が削られてしまう。その事をすっかり失念していた私は、飛び出した空間に吹き飛ばされ、部屋の外へと放り出されてしまった。
「あいたた。結界がなかったら危なかったわね」
気を取り直し、立ち上がって再度扉の中へと進む。服が埃だらけなのだが、気にする余裕はなかった。というか、気づいていなかった。
「待ちなさい」
突然響いた声。しかも場にそぐわない、幼子のような声音。
しかしその気配は決して幼子のモノではない。私は気づいた。この館の主が、直々に現れたのだ、と。
「よくも人の屋敷を勝手に壊してくれたわね」
「そうね。その件に関しては謝るわ。壊すつもりはなかったの」
「嘘ね。スペルカードまで使って壊した癖に、そんなはずないでしょ?」
一瞬何の事だか理解出来なかったのだが、私はすぐに合点がいった。どうやら彼女は門での事を言っているらしい。
「それも謝るわ。いきなり攻撃されたから、つい、ね」
「うちは来客は歓迎してないの。近づく者は全て排除が基本よ」
「・・・はぁ」
どうやら話し合いによる平和的解決は望み薄らしい。
そう思った私だが、知識の少女としての誇りが、野蛮な闘争の引き金を引く邪魔をする。あちらから仕掛けてくれば、気にならないのだけれど。
「私はパチュリー・ノーレッジ。実は貴方にお願いがあってきたの」
「却下。侵入者のお願いを聞くほど、私はお人よしじゃないわ。人じゃないけど」
「そうね。お人よしな吸血鬼なんて聞いた事ないもの。人じゃないけど」
「ふふ。貴方、面白いわね」
「どうも」
会話を続けながらも、私は頭をフル回転させてさまざまな事態に備えていた。
説得するにはどうすればいいか。いきなり攻撃されたらどうやって防ぐか。最悪、こちらから仕掛けるべきか。
「ん、貴方見た事ある顔ね?」
「知識の少女、と言えばわかるかしら?」
「あぁ、知ってるわ。それなりに名の知れた魔女ね」
「えぇ、そうよ、貴方ほどではないけれど。ねぇ? スカーレットデビルさん」
「あら、よく知ってるわね。偉い偉い」
「私以上に有名だった癖に、よく言うわ」
「昔の話よ。今は静かに暮らしてるわ。大人しく」
「似合わないわよ? 永遠に紅い幼き月の癖に」
「貴方の方が似合わないわよ。大人しく本でも読んでたら? 知識の少女さん」
すでにやる気は十分らしい吸血鬼を観察しながら、私は既に1つの事だけを考えていた。
私の後ろにある図書館。その蔵書に傷1つつけさせてたまるもんですか。
「私は優しいから、一応お願いとやらを聞いてあげる」
「どうも。私の要求は1つ。この部屋とその周辺を譲って欲しいの」
「却下。この館は私の物。何者の侵食も許しはしない」
「ただとは言わないわよ? 少しくらいなら血を吸ってもかまわない」
「それも却下ね。私は私を恐れる者の血しか飲まない。そんな事も知らないの? 知識の少女の癖に」
「吸血鬼の性癖にそんな事は書いてなかったわ」
「じゃあ、書き足しておきな、さいっ」
一瞬。そう、ほんの一瞬で彼女と私の距離は0になっていた。ぎりぎり間に合わせた結界で爪による攻撃を防御した私は、数少ない接近用の符を取り出した。
「金土符『エレメンタルハーベスター』」
「甘い!」
中空に出現した円盤は、彼女の爪によって瞬時で切り裂かれてしまう。半端な攻撃は無意味って訳ね。
「ノンディクショナルレーザー」
「あたるかっ」
さすがにレーザーを切り裂く事は出来ないのか、彼女は凄まじいスピードで距離を取ってくれた。
私はこれを好機と、手持ち最強の符であり、彼女への対策として最も有効である符へと手をかけた。
「ふふふ。ひさしぶりに歯ごたえのある相手で嬉しい限りよ」
「笑っていられるのも今のうちよ」
懐から符を引き出し、自分の手前の空間へと投げる。中空に静止したまま回転する符。その名も
「日符『ロイヤルフレア』」
「っな!」
初めて焦りの表情を浮かべる吸血鬼。吸血鬼は陽光に弱い。故に、これは彼女にとって相性が最悪の符に違いないのだ。
私は半ば勝利を確信しつつ、符にありったけの魔力を込めた。
「紅魔『スカーレットデビル』」
しかし私のそんな予想はあっさりと覆されてしまう。
彼女の全身からは紅い光が放たれ、ロイヤルフレアの光を相殺していく。属性相性など関係なく、だ。
「は、はは」
「さっきのはちょっと痛かったな。で、次はなんだ?」
不適に笑う吸血鬼に、私は初めて恐怖を覚えた。相手の服はぼろぼろで、あちこち傷だらけの姿であるにも関わらず、だ。
でも、私は屈する訳にはいかない。すぐそこに長年恋焦がれたヴワルが存在するのだ。その蔵書を読まずして、死ぬなどありえない!
「ん? まだ諦めていないのね? 感心感心。もっと私を楽しませなさい」
「悪いけど、ご要望には添えないわ。私はさっさと終わらせて本が読みたいのよ」
本? と不思議そうに返す彼女を無視し、私は準備してきた品物を手にとった。
「食らえ!」
「ん? って、いやぁぁぁ」
先ほどの威厳はどこへ行ったのか、突然悲鳴をあげ逃げ出す吸血鬼に私は面食らう。ここまで効果があるとは・・・。
「えい」
「きゃぁぁ」
私はそれ――にんにくを彼女に向って投合する。すると面白いように騒いで、図書館の方へと逃げてしまった。
って、図書館が危ない!
「待ちなさい!」
「はい、ご苦労様」
慌てて図書館に飛び込んだ次の瞬間、ドンッ、とお腹に鋭い衝撃が走った。
その時私に理解出来たのは、吸血鬼の全力で殴られたら私は跡形も残らないだろうから、きっと手加減されているのだろうなと言う事だけだった。
「くっ、かはっ」
「うん。楽しかったけどそれの相手をするのは嫌なの。だからお終いね」
「うぅ・・・ま、だ」
まだ切り札が残っている。
私は自分にそう言い聞かせ、体を無理やり動かす。発作を抑える魔法の影響で痛みに鈍感なのが、せめてもの救いだ。
「あら、貴方の血、思ったよりもおいしそうねぇ?」
「う、るさい。血を、食ら・・・う。ぁくま、ぐぁ」
「チを食らう。はは。奇しくも貴方とおんなじね」
「な、にを。わた、しは。はぁ。血など・・・」
「ふふ。気に入ったわ。まだ何か切り札があるんでしょ?」
どうやら読まれていたらしい。隠す余裕もない私は、懐に手を入れたままなので、当たり前といえば当たり前なのだが。
「それが私を楽しませる程であれば、貴方の願いを聞き入れてあげてもいいわよ?」
「それ、はぁ、どうも。悪いけど、成功したら貴方の命はないはずよ」
「へぇ。それは楽しみだわ」
彼女が責めてこないのは、きっと私の回復を待つ為だろう。私が回復魔法をかけつつ、会話で時間を稼いでいたのはきっとばればれだっただろうから。
「さぁ、最後ね。どうする?」
「簡単よ。これを喰らいなさい。木符『シルフィホルン』」
木の葉を模した弾幕が、彼女の周りに展開される。そして私は、同時にもう1枚の符を取り出した。
「火符『アグニシャイン』」
「はぁ、期待はずれだわ」
木の葉の隙間から飛び交う火炎。その一部はシルフィホルンに引火し、大きな炎を上げている。
「折角2つのスペルを合成しても、これじゃあ台無しね」
「合成なんてしてないわ」
そして更に、私は炎の中へ飛び込んでいた。
そう、この2つは囮。たんなる目くらましの為に使ったにすぎない。
「私に接近戦を挑もうなんて、400年早いのよっ」
「いけっ」
私が投げつけたのは、先ほどと同じにんにく。飛びながら焼けているので焼きにんにくと言うべきかもしれない。
「甘いわっ」
腕を一閃し、それに伴う真空刃のみでにんにくを吹き飛ばす吸血鬼。
・・・ちょっとくらい怯みなさいよね。
「残念でした。死になさい!」
「お断りよ!」
先ほど払ったのとは逆の腕が、こちらに向って差し出される。いや、私を貫こうと突き出される。私はそれに、迷わず左腕を捧げた。
「ほぅ」
「喰らえっ」
右手に握り締めていた十字架で、彼女の顔面を思いっきり殴りつける。
吸血鬼最大の弱点での直接攻撃。にんにくにさえ触れようとしなかった彼女だ。きっと効果はてきめ――
「ふふ。残念だったわね」
「え!?」
目の前には、平気そうな顔をした吸血鬼の姿があった。
十字架が、効かない?
「きっと貴方の考えているとおりよ。なんで私がそんなものを恐れなくちゃいけないの?」
「え、あ、だって本に・・・」
「所詮は本に頼った知識、と言ったところかしらね?」
楽しそうに笑う彼女。知識を貶されている事はとても悔しいのだが、今考えるべきはそんな事ではない。
「まさか、にんにくから逃げたのも作戦・・・?」
「いいえ。にんにくとか鰯の頭とかは、だいっ嫌いよ」
「じゃ、じゃあ十字架だけ・・・?」
「そうよ。わざわざそれを切り札に選ぶだなんて、運がなかったわね」
運がなかったと言われればその通りだろう。あれがにんにくであったならば、多少なりともダメージを与える事が出来たのだろうから。
知識を盲目的に信じ、確実性よりもそちらを信じてしまった自分のミスである事は明からだ。
「で、知識の少女」
「私の名前はパチュリー・ノーレッジよ」
「じゃあ、パチェ。私、貴方の事を気にいったわ」
「・・・は?」
「中々楽しかったもの。迷わず片腕を犠牲にする度胸も悪くないし。それに、貴方には聞たい事があるの」
「何よ?」
とりあえず今すぐ殺される事はないだろう。
そう判断した私は、こっそりと治癒魔法をかけつつ、彼女の問いに答える事にした。
「これ、どうしたの?」
「これ、って?」
「本だらけじゃない。この部屋は空き部屋だったはずよ」
「あぁ、それね」
私は出来るだけ回りくどく、そして長々とこの図書館について話、ついでに私がここに来るまでの経緯、そしてこの図書館がいかに素晴らしいかを語った。
「ふぅん。じゃあ、ここは既に私の館じゃないのかしら?」
「空間的には貴方の館よ。ただ、そこにヴワル魔法図書館が割り込んだだけ」
部屋を押しつぶしてね、とは口にしなかった。彼女は自分の空間を他の存在に侵される事を酷く嫌っていたので、最悪この図書館ごと破壊され兼ねないと思ったからだ。
そろそろ体力も回復し、傷もふさがった。左腕は今すぐにどうにか出来るものではないと判断した私は臨戦態勢をとってから、彼女の真意を問うてみる事にした。
「で、貴方はなんで私を生かしたのかしら?」
「言葉通り、気に入ったからよ。それに似たもの同士だしね」
「似たもの同士・・・?」
「あら、知識の少女を名乗る癖に、判らないの?」
「悪かったわね」
「私の事は好きに呼んでいいわよ。これからよろしくね、パチェ」
「・・・とりあえず歓迎してもらって嬉しいわ」
「でしょ? 私達、いい友人になれるよわ。きっと」
「友人?」
「えぇ。友人」
「図書館司書にでも任命されるのかと思ってたわ」
「それは別に部下を回すわ。そうね。本好きの小悪魔がいたから、その子をあげる。好きになさい」
「それはありがたいわ。この規模の図書館を1人で維持するのは骨が折れそうだし。何より本を読む時間が減るから」
「ふふ。せいぜいこきつかってあげて。じゃあ、他の者に紹介するからこっちへ来て」
「はいはい。仰せのままに、お嬢様」
こうして私は、レミィの友人と言う特殊な地位で紅魔館の住人の仲間入りを果したのだった。
2人が――主にパチュリーが――全て話し終えた時、咲夜はいつもより2歩以上前、すなわちレミリアの隣で話を聞いていた。
「レミィはあの時から強かったわね」
「パチェは未熟だったわね」
「そうね。ここに来て、いろいろ学んだけど、まだ未熟だもの」
「成長するうちは未熟な証よ。それに比べて、私は永遠にこのままだもの」
「既に完成した、完璧な存在って言いたいんでしょ?」
「その通りよ」
2人が会話をする横で、咲夜が己の立ち位置の異常に気づき、慌ててティーポットを手に取る。
どうやらお茶を淹れるつもりだった、とごまかしているつもりらしい。
「どう、咲夜。面白かった?」
「あ、はい。とても興味深いお話でした」
「パチェは意地悪ね」
「レミィほどではないわ」
意地悪く笑う2人の視線に晒され、咲夜は少しだけ頬を染める。
しかし次の瞬間には凛とした、いつもの姿に戻っていた。その手には、いつの間にか淹れ立ての紅茶。
「失礼ね。私は意地悪なんかじゃないわよ。その証拠に、咲夜」
「はい。なんでしょうかお嬢様」
「1つだけ、質問を許可するわ」
レミリアの言葉に、咲夜だけでなく、パチュリーまでもが面食らった。その表情を見たレミリアは、悪戯っぽい笑顔を更に綻ばせ、くっく、と笑う。
「はぁ。やっぱりレミィは意地が悪いわ」
「心外ねぇ」
くすくすと笑い続けるレミリアに、パチュリーは溜息を1つ吐いた。きっとあの悪戯小悪魔を私にあてがったのも、意地悪の一端なのだろうな、などと今更な事を思いながら。
「で、咲夜。質問は決まった?」
「え? あ、はい。それでは僭越ながら、1つだけ質問させて頂きます」
長い前口上の後、咲夜は大きく息を吸い、数秒間呼吸を止める。つられてパチュリーも息を呑んだ。
「何故、お二人は似たもの同士なのですか?」
「・・・そういえばそんな事も言ってたわね。レミィ、何故なの?」
「パチェ、まだ気づいてなかったの?」
「えぇ。悪い?」
「はぁ。そんなんじゃ知識の少女の名が泣くわよ」
「ご心配なく。もう少女なんて年齢じゃないわ」
「外見は少女のままだけどね」
質問をした咲夜を置き去りにして会話が進む。しかし咲夜は気にした風でもなく、いつも通り2人のやり取りを見つめていた。
「ヒントは私が吸血鬼だって事よ」
「それは知ってるわ」
「そう。で、咲夜はわかった?」
「すいません。私には判りかねます」
「もう。手間のかかる従者と友人ね」
「ほっといて」
「すいません」
レミリアはすぅっと息を吸い込んだ。
そして意地悪い笑みを浮かべながら、こう言い放った。
「だって私達、チシキの少女でしょ?」
知識の少女と呼ばれた私。何でも知る事が出来るはずだと思い込んでいた。
識者を自負していた私。この世に理解出来ない事はないと思い込んでいた。
とんでもない勘違いをしていた私に、それを気づかせてくれた。
血を食らう少女が、初めて出来た友がそれに気づかせてくれた。
食指の赴くままに行動するだけでは得られない知識があると言う事を。
のんびりと本を読みあさるだけでは得られない知識があると言う事を。
出会ってからずっと、私は彼女から様々な事を学び続けている。
会話は知識の宝庫と知り、そこから様々な事を学び続けている。
いかなる知識も、レミリア・スカーレットには及ばない。
完全で瀟洒な従者と知識の少女が、血食の少女の言葉を理解するのは、もう少し後の事だった。
小悪魔がパチェの先に居たのにはちょっと首を捻った程度。
この量ならあっちでもいいのでは?
全文に仕込めてしまうくらいだから、これくらいは訳ないでしょうな。
ともあれ、GJです。
>通りすがり程度の能力様
小悪魔に関しては公式設定がないので好きに書かせて頂きました。
それと、量に関しては気づきませんでした。ご指摘、ありがとうございます。
>結構名お手前で
ありがとうございます。また別の茶席で会えると嬉しいです。
>知識と血食の出会い、か…
完全、の『完』まで読んでも他の意味が出てくる。かもしれませんね。
>血色
なるほど、確かにそれもチシキ。
血の紅色を持つお嬢様にはぴったりかもしれません。