たったったっ、という軽快な足音と、ぱたぱたぱた、という可愛らしい羽音が一緒に響く場所がある。
人、それを紅の悪魔の館といい、大抵、そんな音を立てるものといえば――、
「めーりんめーりんあーそーぼー!」
「へぶぅっ!?」
容赦なく、大好きな相手を見つけたら突撃してみる、ここ、紅魔館の館主の妹様である。
その痛絶強烈体当たりをどてっぱらにくらった館の門番は、そのまま妹様を抱えてずざーっと紅魔館の長い長い廊下を滑り、どごん、とその先の壁に激突してようやく止まる。すかさず、ささっとメイドが走り寄ってきて、「ついに三百メートルの大台達成ですわ、美鈴さま!」と叫んで華麗にランナウェイ。
「あ、あいたたた……」
「めーりんふかふかー。やわらかくていいにおいー」
ここ、幻想郷で十指に入ると言われる大いなる峡谷に顔を埋め、ふかふかもふもふしている少女へと、突撃食らった本人――紅美鈴は視線をやる。
「フ、フランドール様……。お願いですから、タックルはやめて欲しいと……」
「ふえ?」
「……いいです」
にぱっという笑顔を向けられれば、その時点で言葉は意味をなくす。世の中には絶対の真理として、『幼女は正義なり』という言葉があるのである(ハクタク書房刊)。
「ねーねー、あそぼーあそぼー」
「すいません、フランドール様。私はこれからお仕事が……」
「えー!? あそぼーよー!」
ほっぺたをぱんぱんに膨らませて、ぶーぶーと不平を垂れ流すフランドール。わがままなお子様にとっては他人の都合はお構いなしなのだ。
「そういうわけにも」
「魔理沙も最近遊びに来ないし、つまんないんだもん!」
「申し訳ありません」
「うー……」
峡谷の間から、ぢーっと見上げてくるフランドールの視線は破壊力満点。そんな彼女を見て、「くはぁっ!」と鼻血吹いて倒れるメイドが数名。
「どなたか、別の人に頼んで下さいね」
「……うぅ~」
「……ああ、そうだ」
「う?」
膨れたまま、くりっと小首をかしげる。
「毎日、退屈なのですか?」
「ううん、毎日じゃないけど」
「でしたら、どうでしょう。日記をつけてみては」
「にっき? にっき、ってなぁに?」
「その日一日に起きたことをノートに書き記すんです」
「えー? めんどくさそー。それに、全然面白くなさそー」
「そうでもありませんよ。今日は楽しいことがあった、だから明日もこんな一日になりますように、って願掛けをしてみたりすると、結構、それがかなったりするんです」
「え? それほんと!?」
「はい。日記というのは、一日の自分の行動を、後から顧みるものですから」
つまるところ、日記に書いてある、自分にとって『よかった日』を思い出すことが出来れば、そのように行動したら自分にとって何か面白いことが起きる――そんな確率が上がるということを、美鈴は言いたいらしい。
しかし、フランドールにとっては、そんな美鈴の言葉など無意味だった。彼女の頭の中では、日記というものは、自分にとって楽しいことを呼び込んでくれる『奇跡』に近いものに思えているのだ。
「やる! フラン、にっき書く!」
「そうですか。では」
と、『日記帳』と表紙に書かれたA4ノートを偉大なる峡谷から取り出す美鈴。曰く、『美鈴さまのおっぱいは四次元なのよ』とメイド達の間で立っている噂が真実であると確認できる瞬間だった。
「何書こうかな~」
すでに、彼女の頭の中は色々と桜色のようだった。日記帳を抱きしめて小躍りするフランドールを見て、美鈴が、ふぅ、と息をつく。ようやく、これで彼女から解放されると思っているのだろう。
――と、
「フランドール様、ここにいらっしゃいましたか」
「あ、さくやー!」
「表にチルノが来てますよ。遊びに来たよ、って」
「チルノ!? うん、遊ぶ遊ぶー!
めーりんすごーい! ほんとになったー!」
「は?」
「めーりん、ばいばーい!」
日記帳を抱えて、ぱたぱたと、フランドールが喜色満面の笑みで飛んでいく。その後ろで、咲夜が「どういうこと?」と美鈴に問いかけていたのだが、すでに少女の耳にはそれは聞こえていなかったのだった。
○月×日
今日から、にっきをつけてみることにした。めーりんが、「にっきに書いたことは本当になるんですよ」っていってたから、やってみる。
このごろ、たいくつだったけど、そしたら、今日、チルノがあそびにきた。めーりん、すごい。
あしたも、またたのしいことがありますように。あと、めーりんに、おれいにふかふかしにいくー。
×月○日
めーりんにふかふかしにいったら、「どうして、いつもとつげきしてくるんですか……」ってにがわらいしてた。気持ちよくてやわらかいから、って答えたら、あたまなでなでしてくれた。
うれしかったから、パチュリーにもやってみた。
そしたら、パチュリーが、「げふぅっ!?」ってとんでいって「ああ……魔理沙……刻が見える……」っていい顔して血を吐いてさんずのかわのしにがみっていうおねえさんにおこられた、っていってた。よくわかんない。
しかたないので、小悪魔にふかふかしてみた。めーりんよりちょっぴりかたいけど、やわらかくてやさしくて、あったかくていいにおい。ふかふかだーいすき。
あと、またチルノが遊びにきた。おそとにでようっていってくれたけど、さくやにおこられた。ちょっとざんねん。
□月△日
今日は、あさからあめ。あめはきらい。ただでさえおそとにでられないのに、もっとおそとにいけなくなるから。
おへやにいてもやることがないし、あめのおとが大きくてこわいから、ぱたぱたしてたらさくやがいたからふかふかしてみた。さくやは、めーりん>小悪魔>>>さくや、くらい。でも、やっぱりやわらかくてやさしいにおいがした。
甘えんぼですね、ってわらわれたから、そんなことないもん、っていってみた。そしたら、さくやが「じゃあ、退屈でしょうから、今日のおやつは奮発しますね」っていってくれた。うれしかった。でてきたのは、おっきな生クリームプリン。すごく甘くておいしかった。
おやつをたべてたら、メイドのおねえさんが、「そうしていると、咲夜さまにお子様が出来た時の予行演習を見ているようですわ」っていってた。さくやが、おかおをまっかにして「ば、バカなこと言わないでちょうだい! べ、別に美鈴とはそう言う関係ではないわ!」っておこってた。なんでめーりんなのかな? よくわかんない。
「ふぅん……フランが日記を……」
咲夜からその旨を聞いて、面白そうなことをしているのね、と言わんばかりの館主のレミリア。片手に持った、空っぽのティーカップをソーサーに戻し、「どんなことを書いているのかしら」と立ち上がる。
「お嬢様、いくらお嬢様とはいえ、他人の日記をのぞき見するのはよくないですよ」
「大丈夫。ちゃんと了解をもらってから読むもの」
咲夜の忠言も何のその。わがまま度100%のお嬢様は、にこっと笑って部屋を後にする。咲夜が、ふぅ、と小さなため息をつくような音が聞こえたが、それは気のせいだろうと聞き流す。
彼女がやってくるのを待って、一路、フランドールの元へ。今日は、あの元気娘はどこにいるのか。適当に館内を歩いていると、
「あら」
その視線の先に、元気娘を発見する。彼女は、今日も遊びに来た氷精ときゃっきゃとはしゃいでいるらしかった。そう言えば、あの氷精がうちに来る頻度も上がったわね、と何とはなしにうなずいたりしてから、「フラン」と声をかけてみる。
――と、
「……何、今の悲鳴」
絹を裂くような女の悲鳴。続けて、けらけらと笑う子供達の声。
何事かと歩み寄ってみれば、そこには、廊下の上にぺたんとへたりこんだメイドの姿。なぜか下着姿だった。
「……何してるの、あなた」
「フランドール様がよからぬ……っていうか、いたずらを……」
彼女の周りには、かちんこちんに凍ったメイド服が破片となって落ちている。
――恐らく、こんな所だろう。
あのチルノ――氷の精はたいそうないたずら好きと聞く。そのいたずらの一環として、『メイドの服を凍らせてみる』ということを考えたのではないだろうか。その後に、顔を真っ赤にして恥ずかしがる彼女たちを眺めるというのは、確かに、いたずら好きの妖精にとってはこの上ない楽しみとなるだろう。
それならば別にいい。妖精というものはそういうものだからだ。だが、問題が一つ。
「全く……フランがよからぬ遊びを覚えてしまったようね」
「あの氷精は、フランドール様にとって、いい友人であると同時に悪友でもありますから」
「仕方ない。びしっとしかりつけてあげましょう。姉として」
「左様ですわね。
あなたも、替えの服をもらってきなさい」
「こ、この格好で紅魔館を歩けと!?」
「いいじゃない。誰に見られても気心の知れた相手ばかりでしょう?」
「そ、それはそうですけど……あぁん、何か新しい世界に目覚めそうっ♪」
なぜか、メイドは楽しそうだった。
ともあれ、二人はメイドの悲鳴が響く方向へと向かって足を進める。やがて、程なくして、ちびっこ二人がいたずらしまくっている風景を目撃し、肩をすくめた。
「こら、フラン!」
「あ、お姉さまー!」
「何してるの……って……ちょっとフランっ!?」
「わーい!」
いきなり突撃してきたフランドールの一撃をもろにくらい、「こ、これが新手の愛情表現なのかしらぁぁぁぁぁ!?」とお嬢様が吹っ飛んでいく。どうやら、レミリアでもフランドールの突撃をまともに受けるとやばいらしい。
「お、お嬢様ー!?」
「またフランドールの悪い癖出てるー……」
チルノにすらあきれられるほどのものであるらしい。
ともあれ、咲夜は吹っ飛んだちびっこ吸血鬼を追いかけて飛翔した。程なくして二人を発見するのだが、そのそばに佇むメイドが「飛距離五百メートル!? 美鈴さまを上回りましたわ!」と訳のわからないことをのたまっていたので、とりあえずナイフ投げつけて黙らせておく。
「あ、あいたた……」
「お姉さまー」
「……全く。過激な愛情表現は……」
「んー……」
「……何?」
むぎゅーっと姉に抱きついていたフランドールが、ぱっと顔を上げる。何だか、少し不満そうだった。
「な、何かしら?」
「お姉さまにぎゅーってやると何だか安心するけど……柔らかくないね」
ぴしっ。
音すら立ててレミリアが固まった。
「……ふ、フランドール様……」
咲夜すら顔を引きつらせる、フランドールの爆弾発言。しかし、当の本人は、レミリアに致命傷を与えたことにも気づかず、「でもお姉さま、大好きー」と姉に抱きついて羽をぱたぱたさせていたのだった。
……ちなみにその間、レミリアは真っ白になって固まっていたと付け加えておこう。
△月□日
今日、またチルノが遊びにきた。チルノの遊びは、いっつもたのしいからだいすき。でも、今日、それをやっていたらさくやたちにおこられた。「メイド服も安くないのですから」って。しかたないから、こんどから、それはきんしー、ってチルノがいってたから、フランもやらないようにする。
それから、お姉さまに、今日、ふかふかしてみた。
あんまりふかふかじゃなかったけど、お姉さまにぎゅーってしてると、すっごくあんしんするし、すっごくうれしい。だから、お姉さま、だいすき。でも、なんだかよくわからないけど、その後、お姉さまの部屋から「バストアップ、バストアップよ、レミリア! わたしのかわいい妹のために!」ってこえがして、のぞいてみたら、お姉さまがうでたてふせやったり牛乳一気飲みしたりしてた。
なんだかよくわからなかったけど、フランも牛乳飲みたくなったから、さくやにフルーツ牛乳作ってもらった。おいしかった。
めーりんのいってたとおりに、にっきをかくようになってからたのしいまいにちになった。めーりんはすごい! あしたは、だれにふかふかしにいこうかな。
人、それを紅の悪魔の館といい、大抵、そんな音を立てるものといえば――、
「めーりんめーりんあーそーぼー!」
「へぶぅっ!?」
容赦なく、大好きな相手を見つけたら突撃してみる、ここ、紅魔館の館主の妹様である。
その痛絶強烈体当たりをどてっぱらにくらった館の門番は、そのまま妹様を抱えてずざーっと紅魔館の長い長い廊下を滑り、どごん、とその先の壁に激突してようやく止まる。すかさず、ささっとメイドが走り寄ってきて、「ついに三百メートルの大台達成ですわ、美鈴さま!」と叫んで華麗にランナウェイ。
「あ、あいたたた……」
「めーりんふかふかー。やわらかくていいにおいー」
ここ、幻想郷で十指に入ると言われる大いなる峡谷に顔を埋め、ふかふかもふもふしている少女へと、突撃食らった本人――紅美鈴は視線をやる。
「フ、フランドール様……。お願いですから、タックルはやめて欲しいと……」
「ふえ?」
「……いいです」
にぱっという笑顔を向けられれば、その時点で言葉は意味をなくす。世の中には絶対の真理として、『幼女は正義なり』という言葉があるのである(ハクタク書房刊)。
「ねーねー、あそぼーあそぼー」
「すいません、フランドール様。私はこれからお仕事が……」
「えー!? あそぼーよー!」
ほっぺたをぱんぱんに膨らませて、ぶーぶーと不平を垂れ流すフランドール。わがままなお子様にとっては他人の都合はお構いなしなのだ。
「そういうわけにも」
「魔理沙も最近遊びに来ないし、つまんないんだもん!」
「申し訳ありません」
「うー……」
峡谷の間から、ぢーっと見上げてくるフランドールの視線は破壊力満点。そんな彼女を見て、「くはぁっ!」と鼻血吹いて倒れるメイドが数名。
「どなたか、別の人に頼んで下さいね」
「……うぅ~」
「……ああ、そうだ」
「う?」
膨れたまま、くりっと小首をかしげる。
「毎日、退屈なのですか?」
「ううん、毎日じゃないけど」
「でしたら、どうでしょう。日記をつけてみては」
「にっき? にっき、ってなぁに?」
「その日一日に起きたことをノートに書き記すんです」
「えー? めんどくさそー。それに、全然面白くなさそー」
「そうでもありませんよ。今日は楽しいことがあった、だから明日もこんな一日になりますように、って願掛けをしてみたりすると、結構、それがかなったりするんです」
「え? それほんと!?」
「はい。日記というのは、一日の自分の行動を、後から顧みるものですから」
つまるところ、日記に書いてある、自分にとって『よかった日』を思い出すことが出来れば、そのように行動したら自分にとって何か面白いことが起きる――そんな確率が上がるということを、美鈴は言いたいらしい。
しかし、フランドールにとっては、そんな美鈴の言葉など無意味だった。彼女の頭の中では、日記というものは、自分にとって楽しいことを呼び込んでくれる『奇跡』に近いものに思えているのだ。
「やる! フラン、にっき書く!」
「そうですか。では」
と、『日記帳』と表紙に書かれたA4ノートを偉大なる峡谷から取り出す美鈴。曰く、『美鈴さまのおっぱいは四次元なのよ』とメイド達の間で立っている噂が真実であると確認できる瞬間だった。
「何書こうかな~」
すでに、彼女の頭の中は色々と桜色のようだった。日記帳を抱きしめて小躍りするフランドールを見て、美鈴が、ふぅ、と息をつく。ようやく、これで彼女から解放されると思っているのだろう。
――と、
「フランドール様、ここにいらっしゃいましたか」
「あ、さくやー!」
「表にチルノが来てますよ。遊びに来たよ、って」
「チルノ!? うん、遊ぶ遊ぶー!
めーりんすごーい! ほんとになったー!」
「は?」
「めーりん、ばいばーい!」
日記帳を抱えて、ぱたぱたと、フランドールが喜色満面の笑みで飛んでいく。その後ろで、咲夜が「どういうこと?」と美鈴に問いかけていたのだが、すでに少女の耳にはそれは聞こえていなかったのだった。
○月×日
今日から、にっきをつけてみることにした。めーりんが、「にっきに書いたことは本当になるんですよ」っていってたから、やってみる。
このごろ、たいくつだったけど、そしたら、今日、チルノがあそびにきた。めーりん、すごい。
あしたも、またたのしいことがありますように。あと、めーりんに、おれいにふかふかしにいくー。
×月○日
めーりんにふかふかしにいったら、「どうして、いつもとつげきしてくるんですか……」ってにがわらいしてた。気持ちよくてやわらかいから、って答えたら、あたまなでなでしてくれた。
うれしかったから、パチュリーにもやってみた。
そしたら、パチュリーが、「げふぅっ!?」ってとんでいって「ああ……魔理沙……刻が見える……」っていい顔して血を吐いてさんずのかわのしにがみっていうおねえさんにおこられた、っていってた。よくわかんない。
しかたないので、小悪魔にふかふかしてみた。めーりんよりちょっぴりかたいけど、やわらかくてやさしくて、あったかくていいにおい。ふかふかだーいすき。
あと、またチルノが遊びにきた。おそとにでようっていってくれたけど、さくやにおこられた。ちょっとざんねん。
□月△日
今日は、あさからあめ。あめはきらい。ただでさえおそとにでられないのに、もっとおそとにいけなくなるから。
おへやにいてもやることがないし、あめのおとが大きくてこわいから、ぱたぱたしてたらさくやがいたからふかふかしてみた。さくやは、めーりん>小悪魔>>>さくや、くらい。でも、やっぱりやわらかくてやさしいにおいがした。
甘えんぼですね、ってわらわれたから、そんなことないもん、っていってみた。そしたら、さくやが「じゃあ、退屈でしょうから、今日のおやつは奮発しますね」っていってくれた。うれしかった。でてきたのは、おっきな生クリームプリン。すごく甘くておいしかった。
おやつをたべてたら、メイドのおねえさんが、「そうしていると、咲夜さまにお子様が出来た時の予行演習を見ているようですわ」っていってた。さくやが、おかおをまっかにして「ば、バカなこと言わないでちょうだい! べ、別に美鈴とはそう言う関係ではないわ!」っておこってた。なんでめーりんなのかな? よくわかんない。
「ふぅん……フランが日記を……」
咲夜からその旨を聞いて、面白そうなことをしているのね、と言わんばかりの館主のレミリア。片手に持った、空っぽのティーカップをソーサーに戻し、「どんなことを書いているのかしら」と立ち上がる。
「お嬢様、いくらお嬢様とはいえ、他人の日記をのぞき見するのはよくないですよ」
「大丈夫。ちゃんと了解をもらってから読むもの」
咲夜の忠言も何のその。わがまま度100%のお嬢様は、にこっと笑って部屋を後にする。咲夜が、ふぅ、と小さなため息をつくような音が聞こえたが、それは気のせいだろうと聞き流す。
彼女がやってくるのを待って、一路、フランドールの元へ。今日は、あの元気娘はどこにいるのか。適当に館内を歩いていると、
「あら」
その視線の先に、元気娘を発見する。彼女は、今日も遊びに来た氷精ときゃっきゃとはしゃいでいるらしかった。そう言えば、あの氷精がうちに来る頻度も上がったわね、と何とはなしにうなずいたりしてから、「フラン」と声をかけてみる。
――と、
「……何、今の悲鳴」
絹を裂くような女の悲鳴。続けて、けらけらと笑う子供達の声。
何事かと歩み寄ってみれば、そこには、廊下の上にぺたんとへたりこんだメイドの姿。なぜか下着姿だった。
「……何してるの、あなた」
「フランドール様がよからぬ……っていうか、いたずらを……」
彼女の周りには、かちんこちんに凍ったメイド服が破片となって落ちている。
――恐らく、こんな所だろう。
あのチルノ――氷の精はたいそうないたずら好きと聞く。そのいたずらの一環として、『メイドの服を凍らせてみる』ということを考えたのではないだろうか。その後に、顔を真っ赤にして恥ずかしがる彼女たちを眺めるというのは、確かに、いたずら好きの妖精にとってはこの上ない楽しみとなるだろう。
それならば別にいい。妖精というものはそういうものだからだ。だが、問題が一つ。
「全く……フランがよからぬ遊びを覚えてしまったようね」
「あの氷精は、フランドール様にとって、いい友人であると同時に悪友でもありますから」
「仕方ない。びしっとしかりつけてあげましょう。姉として」
「左様ですわね。
あなたも、替えの服をもらってきなさい」
「こ、この格好で紅魔館を歩けと!?」
「いいじゃない。誰に見られても気心の知れた相手ばかりでしょう?」
「そ、それはそうですけど……あぁん、何か新しい世界に目覚めそうっ♪」
なぜか、メイドは楽しそうだった。
ともあれ、二人はメイドの悲鳴が響く方向へと向かって足を進める。やがて、程なくして、ちびっこ二人がいたずらしまくっている風景を目撃し、肩をすくめた。
「こら、フラン!」
「あ、お姉さまー!」
「何してるの……って……ちょっとフランっ!?」
「わーい!」
いきなり突撃してきたフランドールの一撃をもろにくらい、「こ、これが新手の愛情表現なのかしらぁぁぁぁぁ!?」とお嬢様が吹っ飛んでいく。どうやら、レミリアでもフランドールの突撃をまともに受けるとやばいらしい。
「お、お嬢様ー!?」
「またフランドールの悪い癖出てるー……」
チルノにすらあきれられるほどのものであるらしい。
ともあれ、咲夜は吹っ飛んだちびっこ吸血鬼を追いかけて飛翔した。程なくして二人を発見するのだが、そのそばに佇むメイドが「飛距離五百メートル!? 美鈴さまを上回りましたわ!」と訳のわからないことをのたまっていたので、とりあえずナイフ投げつけて黙らせておく。
「あ、あいたた……」
「お姉さまー」
「……全く。過激な愛情表現は……」
「んー……」
「……何?」
むぎゅーっと姉に抱きついていたフランドールが、ぱっと顔を上げる。何だか、少し不満そうだった。
「な、何かしら?」
「お姉さまにぎゅーってやると何だか安心するけど……柔らかくないね」
ぴしっ。
音すら立ててレミリアが固まった。
「……ふ、フランドール様……」
咲夜すら顔を引きつらせる、フランドールの爆弾発言。しかし、当の本人は、レミリアに致命傷を与えたことにも気づかず、「でもお姉さま、大好きー」と姉に抱きついて羽をぱたぱたさせていたのだった。
……ちなみにその間、レミリアは真っ白になって固まっていたと付け加えておこう。
△月□日
今日、またチルノが遊びにきた。チルノの遊びは、いっつもたのしいからだいすき。でも、今日、それをやっていたらさくやたちにおこられた。「メイド服も安くないのですから」って。しかたないから、こんどから、それはきんしー、ってチルノがいってたから、フランもやらないようにする。
それから、お姉さまに、今日、ふかふかしてみた。
あんまりふかふかじゃなかったけど、お姉さまにぎゅーってしてると、すっごくあんしんするし、すっごくうれしい。だから、お姉さま、だいすき。でも、なんだかよくわからないけど、その後、お姉さまの部屋から「バストアップ、バストアップよ、レミリア! わたしのかわいい妹のために!」ってこえがして、のぞいてみたら、お姉さまがうでたてふせやったり牛乳一気飲みしたりしてた。
なんだかよくわからなかったけど、フランも牛乳飲みたくなったから、さくやにフルーツ牛乳作ってもらった。おいしかった。
めーりんのいってたとおりに、にっきをかくようになってからたのしいまいにちになった。めーりんはすごい! あしたは、だれにふかふかしにいこうかな。
固いけど