※はたらく少女達の物語(えー?)
プロローグ
無限に広がる大図書館――そこは静寂と薄暗がりに満ちた世界。読まれている本もあれば、奪われ
る本もある。そうだ、図書館は狙われているのだ!
或る夏の一件以来、大図書館は常に掠奪者『黒いの』の脅威に曝されていた。図書館という名称上、
半ば公共機関であることを認めた館長パチュリーであるが、だからといって正常な図書館業務の運営
を妨げる輩に容赦するつもりはなく、「利用したい旨を私なり司書なりに伝えればいいのよ。むきゃ
~ッ!!」と憤慨したものだ。
しかし、紛いなりにも恐怖と畏怖の象徴たる紅魔館に「すんませーん、図書館使わせて下さーい」
などと訪ねてくる物好きが居るはずもなく、また紅魔館本館でもそう言った申し出を認めていなかっ
たので、図書館を利用する為には押し込むか潜入するかの2択が現状である。
もちろん、図書館側の許可さえ得られれば正式な客として紅魔館に出入りできるのだが、現状の手
段でやってくる連中が真っ当に利用申請するはずもなく、館長(と本館守衛)の苦悩はしばらく続く
のだった。
これはそんな大図書館が遭遇する事件や困難に挑む『努力・策略・勝利への渇望』の物語である。
東方はたらきもの
【図書館大作戦】
CASE2:時を駆ける少女達 -時空からの影-
『某月21日 図書館日誌 館長記録』
今回のように理解困難な事件の解決には、同様に理解し難い人員があたるのが適当だ。
そこで我等が紅魔館の誇る局地的戦術兵器『銀の猫イラズ』投入要請、即日受理された。
彼女の見解によると、賊が現れたと思われる時間帯に空間の歪みを感知したとの事だ。
ビンゴ! 空間操作疑惑が証明された! ヤホーイ!!
……コホン。
よくよく考えてみると、相当厄介な輩に目を付けられたのかも知れないわね。
ぐんにょり。
朧気に知覚した時空間の異常を言葉で説明するのは難しいが、敢えて簡潔に表現するのならこうな
るらしい。この場合重要なのは『句点』であり、『ぐんにょり』や『ぐんにょり、』等では論外なの
だそうだ。ちなみに図書館の住民はおろか、紅魔館の全員がこの表現に理解を示すことは無かったと
の事である。
「まったく、やってらんないわね」
パチュリーから図書館の侵入者捜索と排除を命じられた咲夜は、前述したような異常が発生した現
場へと向かっていた。いくら管理されているとはいえ、やはり慣れない者にとっては迷路に等しい巨
大書架群。只でさえ忙しいのに、このうえ厄介な仕事を押しつけられれば愚痴のひとつも溢れて当然
だろう。決して、せっかくの説明を無下にされたからでは無いはずだ。
――カサカカサ、パラパラ。
そしてその現場に着けば着いたで、まるで狙ったかのように本を捲るような物音が聞こえてくる。
咲夜はナイフを抜いて書架の影から通路の様子を窺った。其処にはやはり侵入者らしき人物が、書架
から本を取り出してはパラパラっと捲って何やらメモを取り、再び元の場所に戻すという行為を繰り
返している。
本来であれば、発見と同時にナイフが突き刺さって任務完了……となるのだが、今回そうならなか
ったのは、相手が『侵入者らしき人物』だったからに他ならない。目の前にいるのは『金髪の青白』
であり、図書館側から与えられた『赤毛の紅白』という情報と凡そ180°食い違っていたからだ。
どういうことか?……と咲夜は訝しがる。その金髪青白はセーラー服と思しきを着用しており、一
見にして紅魔館付きのメイドでない事は明らかだ。しかし、即侵入者と決めつけるのも早計だ。何故
なら、その手慣れた様は蔵書リストの編纂作業以外の何ものにも見えず、図書館が臨時で雇った(或
いは召喚した)可能性を捨てきれないからである。何よりあのパチュリーなのだから『ああ。言い忘
れてたけど』なんて事が充分にありまくる。
こういう時にこそ『判らなかったら人に聞く』である。あれこれ無駄に悩むくらいなら、直接本人
に問い合わせた方が手っとり早い上に確実だ(そうでない場合もままあるが)。対処方法を選択する
のは相手の正体が判ってからでも遅くはない。それこそ咲夜にはタップリと時間があるのだから。
「そこの貴方? ちょっとよろしいかし……ぁら?」
咲夜が声をかけると、一心不乱に作業を続けていた金髪青白はその手を休めてふり返った。それと
同時にギョッとした様な表情を浮かべ、踵を返すと一目散に走り去る。
「……あ、待ちなさいっ!」
あまりにお約束的な展開に裏の裏をかかれた形となった咲夜も急いで後を追いかける。しかし、金
髪の青白はこういった場所になれているのか、未整理の書物が乱雑に積み上げられた書架回廊をそれ
ら障害物などものとしないスピードで駆け抜けてゆく。2人の距離は開くばかりである。
「このォ! 待ちなさいと言ってるの――よっ!!」
このままでは埒があかないと悟った咲夜はその能力を使って時を止める。
「まったく、魔理沙並の逃げ足だわ。……でもね、止まった時間の中ではそれも無意味」
そして、金髪の青白を悠々と追い越すと、その進路を塞ぐようにして時間の流れを元に戻した。
「待てと言われて待つ奴がいるかって……うわッ? い、いつの間に追い抜かれたんダぁっ!!?」
ドンガラガッシャ~ン!
今の今まで遙か彼方を追いかけていた相手が、唐突に目の前で通せんぼしていれば誰だって驚く。
慌てて方向転換を試みるが、慣性の法則をそう簡単に無視できるはずもなく、結局は床におかれた障
害物に足を滑らせて派手にスッ転んでしまった。
「痛つつつつ……。まったく、人も車も急には止まれないんだぜ?」
金髪の青白は床に突っ伏したまま、頭をもたげて咲夜を睨め付ける。昨夜は当然の成り行きだとば
かりに、意地の悪い笑みを浮かべて見下ろしている。
「あら、突然逃げ出す貴方が悪いんですのよ?」
「んなこと言われてもなぁ。呼ばれて振り向いたらナイフ持ったメイドが薄暗がりに佇んでるんだぜ?
普通、誰だって逃げ出すと思うがな」
「いや、まあ、その……」
世間一般的にはそうかもしれない。しかし、ここ紅魔館では例えナイフを突き立てても『好きじゃ
ぁぁあぁぁっ!』とか『ぅわ~い、弾幕ぅ~♪』とか言いながら飛び付いてくるメイドや吸血鬼など、
お世辞にも普通と言えない面々が揃っているのだ。
「と、兎に角、貴方は一体何者で、どういった目的で当館にいらしたのかしら?」
事情を説明したところで身内の恥を晒すだけになりそうなので、誤魔化すように本題を切り出す。
「私は北白河ちゆりって言う一介の研究員でな、ちょいと調べものがあったんで勝手に探させてもら
ってる」
いけしゃあしゃあと曰うちゆりという少女に、咲夜は傍迷惑な顔見知りを思い浮かべ思わず苦笑い
を浮かべた。門番長からは来客及び敵襲の報告を受けていないから彼女も侵入者という事だ。すると
件の赤毛の紅白と併せて、最低でも2名は正体及び手段不明の侵入者がいるということになる。
「つーわけで、用が済んだら適当に退散するから、この場は見逃して貰えると実に助かるんだが?」
「生憎ですが、貴方の様な侵入者を排除するのが役目ですので。――とっととお還りくださいませ!」
至近距離で『ぐんにょり。』現象を感知した咲夜は再び時を止めてナイフを投擲する。放つ瞬間を
知覚できないソレは正に必中の一撃と言えた。
「え?」
しかし、目の前で起こった光景に咲夜は己が目を疑うことになる。確かにナイフは狙い違わず突き
刺さった。ただし、目の前で突っ伏したちゆりを通り抜けて図書館の床にである。
「――なるほどな。どうも時空間に妙なズレが生じてると思ったら……」
ちゆりは立ち上がりながら床に刺さったナイフと左腕のリストウォッチ、そして最後に咲夜を見る
とニヤリと笑う。
「あんた、時間を止めてたんじゃないか? だとすればいきなり回り込まれたり、突然ナイフが現れ
たこの現象にも説明がつく」
「……なんの事でしょうか?」
いかな瀟洒とはいえ、初見の相手に必中のナイフを避けられたり、いきなり自分の能力を看破され
たとなれば流石に内心の驚きは隠しきれない。文字通りの時間稼ぎでどうにか平静を取り繕ったもの
の、そんな咲夜を見透かしたようにちゆりが言葉を続ける。
「ほーら、またズレた。誤魔化そうたって無駄だぜ? 判るんだよ、あんたが能力を使う度に『ぐん
にょり。』ってな……」
「――!?」
今度こそ素直に認めざるを得なかった。言葉で説明するのが難しいそれを一字一句違わずに句点に
至るまで、ズバリと言い当てられたのだから。
「図星か。じゃあ私らが能力なんかを使うとあんたも『ぐんにょり。』って感じるんだな?」
「ええ、その通りですわ。ですから貴方達が何か悪さをする度に、私に余計な仕事が廻って来て迷惑
してるんですの。侵入者であることが判っていれば、それこそ気が付かない内にお還えりして頂けた
のですが……」
「あー、それは困るな。そうすると対応できそうなのが私だけって事になるから、私の仕事量が増え
るって事になる。どうだ、お互いの為にもこの場は何も見なかった事にしないか?」
「それは侵入者が口にする台詞じゃありま――せんっ!!」
咲夜は四度時を止めると持ち合わせたナイフ総てを投げ放つ。前後左右上下、死角無く放たれたナ
イフだが、やはり今度もちゆりの身体を擦り抜けて図書館の床や書架に突き刺さる。もはや回避や命
中率だとか当たり判定が小さいとかいう次元の問題ではなかった。判定そのものが存在しないのだ。
「――クッ」
「残念だったな。あんたが世界の時間を操ったなら、私は世界の位置を操らせてもらったんだ。今、
あんたと私の位置は攻撃が届かない程度にズレてるんだぜ。――さて……」
そう言いながらちゆりは腰のポシェットから涙滴形の奇妙な器械を取り出すと、その先端を咲夜に
向けた。「おっと、妙な真似はしないでくれよ? これは小さくても使いようによっちゃあ必殺の武
器なんだ。まぁ、使い方次第で、しばらくの間『の~てんぱぁ』にすることも出来るんだけどな。悪
いがここであった事は思い出せないようにさせてもらうぜ?」
勝ち誇るちゆり。それでも瀟洒で完璧なメイド長は気丈に振る舞ってみせる。
「あら? 私の攻撃が届かないなら貴方の攻撃だって届く道理がありませんわ」
「そうでもないぜ? エネルギー不均衡の揺り返しが凄いんであんまり使いたくないんだが、最近は
だいぶコツを掴んででな。こ~やって、半分(当たり判定)をこっちに置いたまま、半分(攻撃判定)
をそっちへずらして――いくぜ? 常套『紅毛の冒険家 ~半キャラずらしアタック~』!!」
しかし、想像を絶した非常識極まるスペカ宣言に、とうとう咲夜の瀟洒な仮面が剥がれ落ちる。
「嘘ォ!? ちょっと、何よそれ、卑怯だって! ……っていうか、ネタ古過ぎ!!」
「それなりにリニューアルリリースされてるぜ? やってないけど。そもそも時間を操るようなヤツ
に卑怯とか古いとか言われたかぁないっ!! そぉら、当たれ当たれ当たれ当たれ当たれぇぇぇ!」
「いやぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!」
ぴちゅーん。
『某月21日 図書館日誌―追記 館長記録』
鼠を駆逐するはずの咲夜は、逆に散々追い回されたあげくに取り逃がしたらしい。
『らしい』と言うのは、咲夜が肝心な部分の記憶を失っていたからだ。
もちろん、私の手にかかればこの程度の記憶喪失は問題にならない。
コツは斜め45°で抉るように打つの。1°でもズレたらOUTよ。
しかし、『窮鼠猫イラズを噛む』とはこういうのを言うのね。
あれ? でも鼠は猫イラズを囓ってるわけだから……えーっと???
まぁいいわ。次の手だてを考えましょう――。
・次回予告?
窮地に立たされた図書館は最後の作戦に望みを託す。
決戦兵器『蒼くない悪魔』の配備が急がれる中、
遂に3人目、更には4人目の侵入者が現れ、事態は思いも寄らぬ方向へと傾き始める。
図書館の沽券を賭けた激闘の末に、人々は何か得るものがあったのか?
次回、図書館大作戦 CASE3 『何奴のカガクが世界一?』
――君は幻想郷の涙を見る(マテ
プロローグ
無限に広がる大図書館――そこは静寂と薄暗がりに満ちた世界。読まれている本もあれば、奪われ
る本もある。そうだ、図書館は狙われているのだ!
或る夏の一件以来、大図書館は常に掠奪者『黒いの』の脅威に曝されていた。図書館という名称上、
半ば公共機関であることを認めた館長パチュリーであるが、だからといって正常な図書館業務の運営
を妨げる輩に容赦するつもりはなく、「利用したい旨を私なり司書なりに伝えればいいのよ。むきゃ
~ッ!!」と憤慨したものだ。
しかし、紛いなりにも恐怖と畏怖の象徴たる紅魔館に「すんませーん、図書館使わせて下さーい」
などと訪ねてくる物好きが居るはずもなく、また紅魔館本館でもそう言った申し出を認めていなかっ
たので、図書館を利用する為には押し込むか潜入するかの2択が現状である。
もちろん、図書館側の許可さえ得られれば正式な客として紅魔館に出入りできるのだが、現状の手
段でやってくる連中が真っ当に利用申請するはずもなく、館長(と本館守衛)の苦悩はしばらく続く
のだった。
これはそんな大図書館が遭遇する事件や困難に挑む『努力・策略・勝利への渇望』の物語である。
東方はたらきもの
【図書館大作戦】
CASE2:時を駆ける少女達 -時空からの影-
『某月21日 図書館日誌 館長記録』
今回のように理解困難な事件の解決には、同様に理解し難い人員があたるのが適当だ。
そこで我等が紅魔館の誇る局地的戦術兵器『銀の猫イラズ』投入要請、即日受理された。
彼女の見解によると、賊が現れたと思われる時間帯に空間の歪みを感知したとの事だ。
ビンゴ! 空間操作疑惑が証明された! ヤホーイ!!
……コホン。
よくよく考えてみると、相当厄介な輩に目を付けられたのかも知れないわね。
ぐんにょり。
朧気に知覚した時空間の異常を言葉で説明するのは難しいが、敢えて簡潔に表現するのならこうな
るらしい。この場合重要なのは『句点』であり、『ぐんにょり』や『ぐんにょり、』等では論外なの
だそうだ。ちなみに図書館の住民はおろか、紅魔館の全員がこの表現に理解を示すことは無かったと
の事である。
「まったく、やってらんないわね」
パチュリーから図書館の侵入者捜索と排除を命じられた咲夜は、前述したような異常が発生した現
場へと向かっていた。いくら管理されているとはいえ、やはり慣れない者にとっては迷路に等しい巨
大書架群。只でさえ忙しいのに、このうえ厄介な仕事を押しつけられれば愚痴のひとつも溢れて当然
だろう。決して、せっかくの説明を無下にされたからでは無いはずだ。
――カサカカサ、パラパラ。
そしてその現場に着けば着いたで、まるで狙ったかのように本を捲るような物音が聞こえてくる。
咲夜はナイフを抜いて書架の影から通路の様子を窺った。其処にはやはり侵入者らしき人物が、書架
から本を取り出してはパラパラっと捲って何やらメモを取り、再び元の場所に戻すという行為を繰り
返している。
本来であれば、発見と同時にナイフが突き刺さって任務完了……となるのだが、今回そうならなか
ったのは、相手が『侵入者らしき人物』だったからに他ならない。目の前にいるのは『金髪の青白』
であり、図書館側から与えられた『赤毛の紅白』という情報と凡そ180°食い違っていたからだ。
どういうことか?……と咲夜は訝しがる。その金髪青白はセーラー服と思しきを着用しており、一
見にして紅魔館付きのメイドでない事は明らかだ。しかし、即侵入者と決めつけるのも早計だ。何故
なら、その手慣れた様は蔵書リストの編纂作業以外の何ものにも見えず、図書館が臨時で雇った(或
いは召喚した)可能性を捨てきれないからである。何よりあのパチュリーなのだから『ああ。言い忘
れてたけど』なんて事が充分にありまくる。
こういう時にこそ『判らなかったら人に聞く』である。あれこれ無駄に悩むくらいなら、直接本人
に問い合わせた方が手っとり早い上に確実だ(そうでない場合もままあるが)。対処方法を選択する
のは相手の正体が判ってからでも遅くはない。それこそ咲夜にはタップリと時間があるのだから。
「そこの貴方? ちょっとよろしいかし……ぁら?」
咲夜が声をかけると、一心不乱に作業を続けていた金髪青白はその手を休めてふり返った。それと
同時にギョッとした様な表情を浮かべ、踵を返すと一目散に走り去る。
「……あ、待ちなさいっ!」
あまりにお約束的な展開に裏の裏をかかれた形となった咲夜も急いで後を追いかける。しかし、金
髪の青白はこういった場所になれているのか、未整理の書物が乱雑に積み上げられた書架回廊をそれ
ら障害物などものとしないスピードで駆け抜けてゆく。2人の距離は開くばかりである。
「このォ! 待ちなさいと言ってるの――よっ!!」
このままでは埒があかないと悟った咲夜はその能力を使って時を止める。
「まったく、魔理沙並の逃げ足だわ。……でもね、止まった時間の中ではそれも無意味」
そして、金髪の青白を悠々と追い越すと、その進路を塞ぐようにして時間の流れを元に戻した。
「待てと言われて待つ奴がいるかって……うわッ? い、いつの間に追い抜かれたんダぁっ!!?」
ドンガラガッシャ~ン!
今の今まで遙か彼方を追いかけていた相手が、唐突に目の前で通せんぼしていれば誰だって驚く。
慌てて方向転換を試みるが、慣性の法則をそう簡単に無視できるはずもなく、結局は床におかれた障
害物に足を滑らせて派手にスッ転んでしまった。
「痛つつつつ……。まったく、人も車も急には止まれないんだぜ?」
金髪の青白は床に突っ伏したまま、頭をもたげて咲夜を睨め付ける。昨夜は当然の成り行きだとば
かりに、意地の悪い笑みを浮かべて見下ろしている。
「あら、突然逃げ出す貴方が悪いんですのよ?」
「んなこと言われてもなぁ。呼ばれて振り向いたらナイフ持ったメイドが薄暗がりに佇んでるんだぜ?
普通、誰だって逃げ出すと思うがな」
「いや、まあ、その……」
世間一般的にはそうかもしれない。しかし、ここ紅魔館では例えナイフを突き立てても『好きじゃ
ぁぁあぁぁっ!』とか『ぅわ~い、弾幕ぅ~♪』とか言いながら飛び付いてくるメイドや吸血鬼など、
お世辞にも普通と言えない面々が揃っているのだ。
「と、兎に角、貴方は一体何者で、どういった目的で当館にいらしたのかしら?」
事情を説明したところで身内の恥を晒すだけになりそうなので、誤魔化すように本題を切り出す。
「私は北白河ちゆりって言う一介の研究員でな、ちょいと調べものがあったんで勝手に探させてもら
ってる」
いけしゃあしゃあと曰うちゆりという少女に、咲夜は傍迷惑な顔見知りを思い浮かべ思わず苦笑い
を浮かべた。門番長からは来客及び敵襲の報告を受けていないから彼女も侵入者という事だ。すると
件の赤毛の紅白と併せて、最低でも2名は正体及び手段不明の侵入者がいるということになる。
「つーわけで、用が済んだら適当に退散するから、この場は見逃して貰えると実に助かるんだが?」
「生憎ですが、貴方の様な侵入者を排除するのが役目ですので。――とっととお還りくださいませ!」
至近距離で『ぐんにょり。』現象を感知した咲夜は再び時を止めてナイフを投擲する。放つ瞬間を
知覚できないソレは正に必中の一撃と言えた。
「え?」
しかし、目の前で起こった光景に咲夜は己が目を疑うことになる。確かにナイフは狙い違わず突き
刺さった。ただし、目の前で突っ伏したちゆりを通り抜けて図書館の床にである。
「――なるほどな。どうも時空間に妙なズレが生じてると思ったら……」
ちゆりは立ち上がりながら床に刺さったナイフと左腕のリストウォッチ、そして最後に咲夜を見る
とニヤリと笑う。
「あんた、時間を止めてたんじゃないか? だとすればいきなり回り込まれたり、突然ナイフが現れ
たこの現象にも説明がつく」
「……なんの事でしょうか?」
いかな瀟洒とはいえ、初見の相手に必中のナイフを避けられたり、いきなり自分の能力を看破され
たとなれば流石に内心の驚きは隠しきれない。文字通りの時間稼ぎでどうにか平静を取り繕ったもの
の、そんな咲夜を見透かしたようにちゆりが言葉を続ける。
「ほーら、またズレた。誤魔化そうたって無駄だぜ? 判るんだよ、あんたが能力を使う度に『ぐん
にょり。』ってな……」
「――!?」
今度こそ素直に認めざるを得なかった。言葉で説明するのが難しいそれを一字一句違わずに句点に
至るまで、ズバリと言い当てられたのだから。
「図星か。じゃあ私らが能力なんかを使うとあんたも『ぐんにょり。』って感じるんだな?」
「ええ、その通りですわ。ですから貴方達が何か悪さをする度に、私に余計な仕事が廻って来て迷惑
してるんですの。侵入者であることが判っていれば、それこそ気が付かない内にお還えりして頂けた
のですが……」
「あー、それは困るな。そうすると対応できそうなのが私だけって事になるから、私の仕事量が増え
るって事になる。どうだ、お互いの為にもこの場は何も見なかった事にしないか?」
「それは侵入者が口にする台詞じゃありま――せんっ!!」
咲夜は四度時を止めると持ち合わせたナイフ総てを投げ放つ。前後左右上下、死角無く放たれたナ
イフだが、やはり今度もちゆりの身体を擦り抜けて図書館の床や書架に突き刺さる。もはや回避や命
中率だとか当たり判定が小さいとかいう次元の問題ではなかった。判定そのものが存在しないのだ。
「――クッ」
「残念だったな。あんたが世界の時間を操ったなら、私は世界の位置を操らせてもらったんだ。今、
あんたと私の位置は攻撃が届かない程度にズレてるんだぜ。――さて……」
そう言いながらちゆりは腰のポシェットから涙滴形の奇妙な器械を取り出すと、その先端を咲夜に
向けた。「おっと、妙な真似はしないでくれよ? これは小さくても使いようによっちゃあ必殺の武
器なんだ。まぁ、使い方次第で、しばらくの間『の~てんぱぁ』にすることも出来るんだけどな。悪
いがここであった事は思い出せないようにさせてもらうぜ?」
勝ち誇るちゆり。それでも瀟洒で完璧なメイド長は気丈に振る舞ってみせる。
「あら? 私の攻撃が届かないなら貴方の攻撃だって届く道理がありませんわ」
「そうでもないぜ? エネルギー不均衡の揺り返しが凄いんであんまり使いたくないんだが、最近は
だいぶコツを掴んででな。こ~やって、半分(当たり判定)をこっちに置いたまま、半分(攻撃判定)
をそっちへずらして――いくぜ? 常套『紅毛の冒険家 ~半キャラずらしアタック~』!!」
しかし、想像を絶した非常識極まるスペカ宣言に、とうとう咲夜の瀟洒な仮面が剥がれ落ちる。
「嘘ォ!? ちょっと、何よそれ、卑怯だって! ……っていうか、ネタ古過ぎ!!」
「それなりにリニューアルリリースされてるぜ? やってないけど。そもそも時間を操るようなヤツ
に卑怯とか古いとか言われたかぁないっ!! そぉら、当たれ当たれ当たれ当たれ当たれぇぇぇ!」
「いやぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!」
ぴちゅーん。
『某月21日 図書館日誌―追記 館長記録』
鼠を駆逐するはずの咲夜は、逆に散々追い回されたあげくに取り逃がしたらしい。
『らしい』と言うのは、咲夜が肝心な部分の記憶を失っていたからだ。
もちろん、私の手にかかればこの程度の記憶喪失は問題にならない。
コツは斜め45°で抉るように打つの。1°でもズレたらOUTよ。
しかし、『窮鼠猫イラズを噛む』とはこういうのを言うのね。
あれ? でも鼠は猫イラズを囓ってるわけだから……えーっと???
まぁいいわ。次の手だてを考えましょう――。
・次回予告?
窮地に立たされた図書館は最後の作戦に望みを託す。
決戦兵器『蒼くない悪魔』の配備が急がれる中、
遂に3人目、更には4人目の侵入者が現れ、事態は思いも寄らぬ方向へと傾き始める。
図書館の沽券を賭けた激闘の末に、人々は何か得るものがあったのか?
次回、図書館大作戦 CASE3 『何奴のカガクが世界一?』
――君は幻想郷の涙を見る(マテ
しかもⅣかよw
×上白河
○北白河
ちゆりすとである自分からすれば……なくらいですね。