今日は忙しい。
私は今日も今日とて紅魔館の中を駆けずり回る。
メイド長の仕事も忙しいが、私の本来の仕事である掃除とて疎かにはできない。
それでも仕事は嫌いではない。
衣食住がキチンとしていて、この十六夜咲夜という名前も貰えたし、お嬢様に必要とされるというのは悪い気分ではない。だからこそ仕事はキッチリとこなさなくては。
お嬢様は夕方から夜にかけて起きてくるが、私はいつも昼に起きる。
それからモップとバケツを持って館内を走り回るのはすでに日課となって何年経っただろうか。
時間を止めてから掃除をすれば埃は舞わないので私の能力の使いどころだろう。
有り体に言ってしまえば、一番私の能力が役に立っている瞬間かもしれないと本気で思えるぐらいだ。
そんなわけで私は一人でモノクロの世界を走ってモップを掛けていく。
毎日掃除している為か、そんなに汚れては居ないのだが、いかんせんこの紅魔館の住人が使う廊下なのだ、こまめに掃除をしないとすぐに汚れてしまう。
とはいえ、私が色々と空間を弄くってしまったおかげで館内は見た目より遥かに広い。
一応私が掃除する部分だけは元の縮尺に戻しているのだが、そうでない場所の掃除担当のメイドから苦情が来た事だってある。……実力で黙らせたけど。
とはいえパタパタと廊下を走り回りながら私の瞼は熱い。
手足は熱ぼったく、全身を倦怠感が覆っている。
油断すれば瞼が垂れ下がりそうなほど、重い。
……素直に認めよう。私は今、もの凄く眠い。
理由としては簡単、寝てないのだ、昨夜から。
お嬢様と一緒に博麗神社に出かけて、やってきていた魔理沙と紫、トドメに萃香となれば自然とお酒が出てくるのだ。まったくあの紅白はお酒ばっかり呑んでないで少しは修行とかしなさいよ。
あとはもう恒例の宴会騒ぎである。いつの間にかちゃっかり紛れ込んでいた七色や亡霊嬢とその庭師。
あげくに出張屋台の焼き八つ目鰻屋と騒霊チンドン屋が居れば勝手に後はみんなやってくる。
瓢箪にならない蓬莱人と自称宇宙人たちは真っ先に弾幕ごっこを始める上に勝手に死んで生き返るから神社の外でやれと霊夢に怒られていたかしら。
まぁ結局みんな酔い潰れてしまったのだけど。
私は始めの内に少々嗜んだだけで、あとはひたすらおつまみを八雲藍と作っていた。
あの天狐もおさんどん姿が似合うようじゃいい加減元天狐って呼んだ方がいいのかもしれない。
まぁそんなこんなで藍と一晩中神社の厨房を占拠していたのだ。
もう一人、料理のできる庭師、妖夢は幽々子にお酒を無理矢理呑まされて一瞬でノックダウン。銘柄は「銘酒 鬼殺し」貴重な戦力を失った私と藍はある程度をミスティアの屋台に依頼しながら戦場と成り果てた厨房を一晩中切り盛りしていたのだ。正直、凄く疲れた。
日も昇ろうかという頃合に私は酔い潰れて御休みになられたお嬢様を連れて神社を辞させてもらった。
神社の片付けなんぞしてやるものか、そういうのは霊夢にやらせるので丁度いい。あの怠け巫女は少し動いた方がいいと思う。
まぁ、そんなこんなで紅魔館には日の出直前に帰ってこられた。
お嬢様をそのまま自室の豪奢なベッドの中へご案内して遮光カーテンを何重にも掛けた上でそっと退室。
ようやく一息ついた頃には朝番のメイド達はすでに働いてるという有り様。
そのまま私が眠りこけるワケにもいかずにこうしてモップを持って走り回っているのだが、いかんせん体力の限界という奴は10分そこらの休憩で解消されるはずもなく。
なんて考え事している間にようやくモップ掛けが終わる。
次はお嬢様の部屋だ。
寝ている間に時間を止めて、瞬きの間に終わらせなければならない。
起してしまわないようにしないと。
時間を止め、モノクロの世界となった状態で扉に手を掛ける。
中は昼でも暗く、日光は入らない。
そのあまりの暗さに忘れかけた睡魔を思い出し、足から崩れそうになる。
しまった、このままでは体力の限界も近い。
とりあえずこの部屋の掃除が終わったらやはり仮眠を取ろう。
寝不足は大敵だ、主に美容の。
部屋が暗いので持参した明りで照らしながらささっと掃除をする。
埃を舞わすなんてはしたない真似はしない。
30分もあれば掃除は終わった。手を抜いた箇所もあるがそれはもうメイド長の誇りにかけて手抜きの箇所が解らないようにする事なぞ容易い事であるのだから。
完全で瀟洒な従者は手抜きも完全で瀟洒なのよね。
くすり、と笑みが零れる。
明りの先にはすやすやと安らかな顔で御眠りなられるお嬢様。
その顔を見ていたら心になんとも言えない暖かい物が湧いてきて……。
閉じようとする瞼を強引にこじ開ける。
いけない、ここで寝ちゃダメだ。
そう言えばまだ私がこの館に来たばかりの頃、風邪を引いた私に添い寝してくれたのもお嬢様だったっけ。確か吸血鬼は体温も低いし、風邪を引かないのよ、と言ってたんだ。
そんな懐かしい光景が頭の隅をよぎり、この暑い夏の日にお嬢様と一緒に寝られたら涼しくていいんだろうなぁ、なんて思ってしまったのが運の尽きか。
すでに私の頭の中はお嬢様が起きる前に起きれば大丈夫、仮眠だからすぐに起きられるわよ。なんて言葉で占められて行く。
……そう、仮眠だからすぐに起きられる。
気がつくと私はモソモソとお嬢様の布団の端っこに包まっていた。
もちろん、直接くっつくような事はしない。そんな事をしたら起きられてしまうし、お嬢様のベッドはゆうに大人が5~6人は寝れるぐらい大きいのだ。私のような小柄な女が入ったところでなんの影響があるものか。
懐かしい布団の感触にすぐに瞼は閉じられていく。
これは仮眠。
仮眠だからすぐに……起きられるわよ……
「んー? 咲夜も寝るの?」
お嬢様の寝声に瞼は急速展開。
その声で寝かけていた意識が跳ね起きる。
「も、申し訳ありません、これは、その……」
焦る私にお嬢様はゆっくりと両手を差し出し。
「ひゃっ!?」
私はお嬢様の胸に抱きしめられた。
「咲夜も寝なさい」
その言葉はハッキリと聞こえたが気のせいだろうと思う事にする。
「はい……お嬢様」
「おやすみぃ?」
またすぐに元の寝声になった声を聞きながら私は口にした。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
天狐様と一緒に厨房に立つ姿がなんとも。