ああ、こんな陽気な日は、日向ぼっこに最適でしょう。
きっとだから彼女は日向ぼっこをしているのだろうと、少女は家をまわって西日の射す庭に向かいました。
彼女の家のテラスには、いつからか日当たりのいい位置に安楽椅子が置かれていましたから、彼女はそこにいるのでしょう。
出会った頃のままの自分とは違う、歳を重ねた老婆の姿で。
家をまわって着いた庭先には、予想の通りに彼女の姿がありました。
安楽椅子に腰をかけて、こちらに笑いかけていました。
「久しぶりね、魔理沙」
「久しぶりだな、アリス」
その言葉に偽りはなく、ここに来るのは随分と久しぶりでした。
ずっと彼女に会うことを避けていたからです。
年老いて、すっかり変わってしまった彼女。
かつては輝きのあった蜂蜜の髪は、今はたくさんの白髪が混じり、
宝石のように煌いていた瞳は、曇りを孕んで影を落としてしまいました。
足腰もずいぶん弱ったために、もう長くは歩けないのです。
自分は今でも幻想郷中を訪ねて歩いているけれど、彼女はここから離れることも出来なくなっていました。
あれほど見聞を広める行為を好んでいた彼女なのに。
そのことを彼女が嘆いたことはありませんでしたが、少女には耐えられそうもありませんでした。
気がつくと、少女の頬に涙が伝っていました。
老婆は皺の刻まれた頬を緩めて、泣き腫らす少女に微笑みかけました。柔らかく包み込むように。
「お前はもっと澄ましていて、ドライなやつだと思っていたのになぁ」
「そうかしら」
「馬鹿だなぁ、そんな風にして」
「お互い様だわ。貴方は頑固で、思慮が足りないと思っていたもの」
少女の皮肉が篭もった台詞にも、老婆は笑うばかりでした。
数え切れないほど喧嘩をしたはずなのに、彼女は短気だったはずなのに。
丸みを帯びていく性格を、時の流れから外れた場所で見守るのは、ずいぶんと悲しい出来事だったことを思い出しました。
捨虫の法を会得して欲しいと切り出したのは、一度や二度ではありませんでした。
少女はいっそう顔を歪めて、とうとう俯きました。
なんとなく気がついていたのです。
今日がきっと最期だと。
老婆の笑みには普段のような力がなく、そのときが近いことを告げていました。
俯いた目線の先の芝生がにじみ、ぽつぽつと水滴が少女の靴先に落ちていきます。
ついにしゃくりあげそうになった時、
唐突に、木を叩く音が少女の耳に届きました。
顔をあげると、穏やかな眼差しで老婆が彼女を見つめています。
安楽椅子の右半分にスペースを作って、その部分をぽんぽんと叩いていました。
座りなさいと、そう言っているのでしょう。
促されるままに、少女は右半分のスペースに納まりました。
一人用の安楽椅子はふたりで腰を掛けるには小さくて、ふたりは肩を寄せ合って、体重を半分相手に預ける形になりました。
窮屈な椅子のうえ。
不思議と会話はありません。
涙はすっとひいていきました。
言葉もなく椅子の正面にある風景を、魔法の森を眺めていました。
斜陽に陰るそれは、彼女と彼女の思い出がつまった森でした。
どれほどそうしていたでしょう。
老婆がわずかに苦しげに嘆息をします。こほんと、息が洩れました。
「……ねえ魔理沙。もう疲れたんじゃない?」
「ん? そうでもないさ」
「眠くない?」
「…………じゃあ、一緒に昼寝でもするか?」
「そうね。一緒に眠りましょう」
昼寝と称しはしましたが、もうすぐ夜の帳が落ちるでしょう。
それから彼女の刻も。
眠りから目が覚めるのは片方だけで、
もう片方の目蓋が開くことなど、無いのでしょう。
ふたりは目を閉じて、暗闇を招き入れました。
肩にお互いの体重を感じながら、温かい鼓動を感じながら。
かつて同年代だったふたりの、今は親子以上に隔たりがあるふたりの。
それが最後のふれあいでした。
私は人を愛していたの、とアリスがそう零したことがありました。
人を愛し、人と共に生きていたかったと。
いつの間にか、それが一番大きな願いになっていたのだと。
きっとだから彼女は日向ぼっこをしているのだろうと、少女は家をまわって西日の射す庭に向かいました。
彼女の家のテラスには、いつからか日当たりのいい位置に安楽椅子が置かれていましたから、彼女はそこにいるのでしょう。
出会った頃のままの自分とは違う、歳を重ねた老婆の姿で。
家をまわって着いた庭先には、予想の通りに彼女の姿がありました。
安楽椅子に腰をかけて、こちらに笑いかけていました。
「久しぶりね、魔理沙」
「久しぶりだな、アリス」
その言葉に偽りはなく、ここに来るのは随分と久しぶりでした。
ずっと彼女に会うことを避けていたからです。
年老いて、すっかり変わってしまった彼女。
かつては輝きのあった蜂蜜の髪は、今はたくさんの白髪が混じり、
宝石のように煌いていた瞳は、曇りを孕んで影を落としてしまいました。
足腰もずいぶん弱ったために、もう長くは歩けないのです。
自分は今でも幻想郷中を訪ねて歩いているけれど、彼女はここから離れることも出来なくなっていました。
あれほど見聞を広める行為を好んでいた彼女なのに。
そのことを彼女が嘆いたことはありませんでしたが、少女には耐えられそうもありませんでした。
気がつくと、少女の頬に涙が伝っていました。
老婆は皺の刻まれた頬を緩めて、泣き腫らす少女に微笑みかけました。柔らかく包み込むように。
「お前はもっと澄ましていて、ドライなやつだと思っていたのになぁ」
「そうかしら」
「馬鹿だなぁ、そんな風にして」
「お互い様だわ。貴方は頑固で、思慮が足りないと思っていたもの」
少女の皮肉が篭もった台詞にも、老婆は笑うばかりでした。
数え切れないほど喧嘩をしたはずなのに、彼女は短気だったはずなのに。
丸みを帯びていく性格を、時の流れから外れた場所で見守るのは、ずいぶんと悲しい出来事だったことを思い出しました。
捨虫の法を会得して欲しいと切り出したのは、一度や二度ではありませんでした。
少女はいっそう顔を歪めて、とうとう俯きました。
なんとなく気がついていたのです。
今日がきっと最期だと。
老婆の笑みには普段のような力がなく、そのときが近いことを告げていました。
俯いた目線の先の芝生がにじみ、ぽつぽつと水滴が少女の靴先に落ちていきます。
ついにしゃくりあげそうになった時、
唐突に、木を叩く音が少女の耳に届きました。
顔をあげると、穏やかな眼差しで老婆が彼女を見つめています。
安楽椅子の右半分にスペースを作って、その部分をぽんぽんと叩いていました。
座りなさいと、そう言っているのでしょう。
促されるままに、少女は右半分のスペースに納まりました。
一人用の安楽椅子はふたりで腰を掛けるには小さくて、ふたりは肩を寄せ合って、体重を半分相手に預ける形になりました。
窮屈な椅子のうえ。
不思議と会話はありません。
涙はすっとひいていきました。
言葉もなく椅子の正面にある風景を、魔法の森を眺めていました。
斜陽に陰るそれは、彼女と彼女の思い出がつまった森でした。
どれほどそうしていたでしょう。
老婆がわずかに苦しげに嘆息をします。こほんと、息が洩れました。
「……ねえ魔理沙。もう疲れたんじゃない?」
「ん? そうでもないさ」
「眠くない?」
「…………じゃあ、一緒に昼寝でもするか?」
「そうね。一緒に眠りましょう」
昼寝と称しはしましたが、もうすぐ夜の帳が落ちるでしょう。
それから彼女の刻も。
眠りから目が覚めるのは片方だけで、
もう片方の目蓋が開くことなど、無いのでしょう。
ふたりは目を閉じて、暗闇を招き入れました。
肩にお互いの体重を感じながら、温かい鼓動を感じながら。
かつて同年代だったふたりの、今は親子以上に隔たりがあるふたりの。
それが最後のふれあいでした。
私は人を愛していたの、とアリスがそう零したことがありました。
人を愛し、人と共に生きていたかったと。
いつの間にか、それが一番大きな願いになっていたのだと。
読んでいて感情移入が直ぐに出来ました。
とても良かったです。
頂きましたが……まあ、申し訳ないですが予想通りでした。
互いの描写が少なすぎて、逆にトリックが透けてしまったのかな?
最後でドンデン返すだけじゃなくて、その少し手前くらいで何となく分かる程度のワンフレームが欲しかった気がします。
いや、でもそうするとこの短く纏まった文章が台無しになる可能性も……難しいんですね。