「ねえ、美鈴」
「はい、なんですか、咲夜さん」
「私っておいしそう?」
ある日の何気ない質問に美鈴は困った様に眉を下げた。
目の前の幼いメイド長は齢にして十を越えたばかり。
果たしてどう答えるべきかと美鈴は悩み、そして正直に感想を述べた。
「とてもおいしそうですね」
鮮やかな銀の髪。幼いながらも愛らしく美しい顔立ち。
すらりとした手足に細身の体。どれをとってもおいしそうだと美鈴は思う。
「そうなんだ」
その感想に何故か嬉しそうに咲夜が笑んだ。
「あのね、美鈴」
「はい」
「今日はね、人間を解体したの」
「ご苦労様です」
解体した。文字どおりの意味だ。
紅魔館の地下には住人達の食料として人間を飼っている。
当然、食べる時は調理せねばならない。
主人である吸血鬼達にはその鮮血を、美鈴にはその肉を。
ああ、そうだ、図書館の小悪魔や妖精メイド達も少し食べるのだったと美鈴はふと思い出す。
「私よりずっと年上の男の人が、泣きながら命乞いをしてくるの。
そして私はそれを殺して、刻んで、調理したのよ。とてもうまくできたわ」
「はい」
「それでね、私、思ったの」
「はい」
最初はそれを行っていたのは美鈴の役目だった。
そして門番に役職が変わるにあたり引き継ぎとして咲夜にその方法を教えたのも当然の様に美鈴だった。
咲夜は仕事に対して真面目でやる気も熱意もあったからすぐにうまくなった。
そして今ではもう、美鈴よりもうまく解体できる。
「私は罪深いのかしら?」
「うーん、どうでしょうね。ところで突然どうしたんですか?」
「うん、あのね……」
咲夜は物心付いたころから紅魔館で働いていた。
なんでも街頭で野たれ死にかけていたのを主人が見つけて、面白そうだからと拾ってきたのだ。
ともあれ、そんな訳で咲夜には同族を殺しているという意識は薄いのかもしれない。
幼い時分から吸血鬼達の傍にあり、妖怪に育てられて、魔女に可愛がられてきたから、おおよその人間の道徳を持ち合わせていない。
「命乞いをした男の人がね、もう助からないと分かったら私に言ったの。
この悪魔の子供め、魂を売り渡した売女め、同族殺しの犯罪者、呪われよって」
「そうですか、酷いですね」
「ううん、私はもっと酷い事をしているのだもの。
でも、それが美鈴やお嬢様の為になるのだから、私は楽しんでやっているのよ」
「そうですか、それは良かった」
「でも、私は同族を殺していて、罪深いんだと思う。
だから、救われようとなんて思っていないの、今が十分幸せだから」
「はい」
咲夜はそれから美鈴を見上げると言った。
「ねえ、もし、何かで……私が役に立たなくなって、必要がなくなったら美鈴が食べてくれる?」
「何故ですか?」
「うん、私は皆が好きだから、必要とされなくなるのが怖いの。
だったらそうなったらせめて、食料になって、皆の役に立ちたいの」
「偉いですね」
「うん、えへへ」
美鈴が頭を撫でると咲夜は幼い笑みで喜びを現した。
「美鈴は罪深い女は嫌い?」
「いいえ、大好きですよ。
だって、浅ましく、醜くも足掻いて、それでも前に進もうとする姿を見るのが大好きですから」
掌を伝わる咲夜の髪の感触を心地よく思いながら美鈴は言葉を続ける。
「生きる為に人を殺して調理して、罪深いと分かりながらもそれを肯定して。
同族よりも私達を選んでくれて、最後は食べて欲しいとまで言ってくれた咲夜さんが大好きです」
「うん!」
「ところで……」
首を傾げる咲夜に美鈴は不思議そうに問う。
「どうして私に食べて欲しいんですか?
普通なら、お嬢様の方に食べて欲しいと言うべきだと思うのですが」
「ん、それはね」
咲夜は照れたように頬を染める。
「最初に、人間を解体してくれて見せた時、美鈴がとても綺麗だって思ったの」
「そうですか、嬉しいですね」
「その時に私は美鈴を好きになってしまったの。
だから……美鈴が好きだから美鈴に食べて欲しいってそう思ったのよ」
その時を思い出した様にやや興奮した様子で咲夜は語り続けた。
「そうだったんですか」
「うん、あのね、パチュリー様が言っていたけれど」
咲夜はどこか希望に満ちた眼差しで美鈴を見つめた。
「美鈴を好きなったら、二つの意味で食べられてしまうって教えてくれたの」
「ああ、昔付き合っていましたからね」
美鈴の呟きに咲夜はそうなの、と目をぱちくりさせた。
「じゃあ、パチュリー様を食べたの?五体満足に見えるけど」
「ええ、食べました。ですがパチュリー様は魔女ですから次の日に何事も無かったかのように食べた腕が再生していましたよ」
「そうなんだ、便利だね」
「はい、とても」
受け答えの後、改めて咲夜が問う。
「美鈴は私の事おいしそうだって言ってくれたよね」
「はい、とてもおいしそうです」
「うん、それでね、人を解体する時に実は美鈴の事を思い出すの」
「そうですか」
「そうするとね、ドキドキして息が苦しくなるの。
体が熱くなってね、なんだか痺れてきて、苦しいけど幸せなの」
どこか陶然とした様子で咲夜は熱っぽく吐息。
「だから人を解体するのは好き。
あの肌にナイフを差しこんで、臓腑を抉りだして、綺麗に切り分けるのが好き。
そして思うの、これが自分だったらどうなるのかなって、美鈴は何処から食べてくれるのかなって」
それから堪らなくなったように身を震わせると咲夜は自然に美鈴の手を取った。
「でもその後が辛いの。切なくて、苦しくて、美鈴の事ばかり考えてしまってもうどうしようもないの」
「それは大変ですね」
その手を自分の胸元から服の中へと導いて行く。
どこか恍惚にも似た表情を浮かべて咲夜は美鈴へと身を寄せた。
美鈴の手には柔らかな膨らみかけの胸が収まっている。
「どきどきしてるのが分かる?」
「はい、鼓動が凄く速いですね」
「冷たいお風呂に入ったのにまだ収まらないの」
「それは辛いですね」
どくりどくりどくりと美鈴の手を伝って鼓動が響く。
ついでに熱と、子供ながらに感じられる甘い女の匂いと、僅かな負の感情。
「うん。だから助けてほしいの。
あ、でも今の時点で体が動かなくなると困るから体は食べないでほしいの。
でも私は美鈴に食べて欲しい……あのね、だからもう一つの意味でお願いしたいの」
「どういう事かわかっていますか?」
「うん、パチュリー様に教えてもらったの、だから大丈夫」
「そうですか」
そんな咲夜の様子に美鈴は相変わらず笑みを浮かべたままだ。
こんな状況でもいつもと変わらない優しい笑顔の美鈴のままだ。
「美鈴は私を好きなんだよね?」
「はい」
「おいしそうって思ってくれているんだよね」
「はい」
「私を食べてくれる?」
「もちろん」
肯定に待ちきれないと言った風に咲夜は美鈴の手を引き歩き出す。
「私の部屋のベッドを綺麗にしてあるから早く行こう?」
「はい、ああそうだ」
「なに?」
「お嬢様には内緒にしてくださいね、私が殺されちゃいますから」
「うん、分かった。
でももしばれちゃって美鈴が殺されちゃったら、私が食べてあげるから安心してね」
少しだけ、美鈴の顔が驚きを映した。
でもすぐにいつもの笑顔に変わる。
「分かりました、その時はお願いしますね」
「うん」
ぐいぐいと美鈴を引っ張って咲夜が歩く。
「思い切って打ち明けて良かった、これからは解体するたびに我慢しなくて済むんだ」
玄関を越えて、階段を上り自分の部屋へ。
呟く声には喜色と、欲望と、期待が混じっている。
「これからは解体したらすぐに美鈴の所に行くからよろしくね」
「分かりました」
がちゃり、と乱暴に扉を開いて二人は部屋に入る。
質素な部屋だ、だけど皆から送られたであろういくつものぬいぐるみが二人を見ていた。
くま、きりん、うさぎ、ねこ、いぬ、少女人形。
沢山の目が二人に視線を注いでいた。
「さて、咲夜さん」
「なぁに?」
「いただきます、ね」
「きゃぁん……」
そう言って美鈴はベッドへと咲夜を抑え込む。
幼いメイド長は素直に悦びを受け入れて、食べられる至福を味わっていた。
美鈴は思うのだ。
愛しいなと、罪深いけど何より無垢なこの子が愛しい。
そして先ほどとは比べ物にならないほどにおいしそうだと。
「ふぁ……あ」
少しくらいなら食べちゃってもいいかな?
でも、再生できないからすぐにばれてしまいそう。
「ああ…そんな……とこぉ……」
ばれたらあの魔女の時の様にお仕置きとして主人に美鈴が食べられてしまう。
あれは痛かった。美鈴は食べるのは好きだけど食べられるのは嫌いだ。
主人は獲物をいたぶるのが得意で、柄にも無く泣き叫んで許しを請うてしまった。
そして、今度同じ事をしたら主人だけではなくその妹に美鈴を食べさせると言っていたから。
その場合、十中八九、二度と目を覚ませなくなるからそれは勘弁だ。
「くぅ……ぁぁ……大好き……めーり……」
いずれ、この子が年老いて動けなくなるその時まで我慢、我慢。
その頃にはそれまでに作られる想い出も相まって、涙が出るほどにおいしくなっているはずだから。
だからその時まで楽しみは取っておこう、と美鈴はただ思うのだ。
-終-
なんというか、素晴らしいとしか言いようがないですねぇ。
パッチェさんとの話が読みたいんですが、書いてくれませんかね。
ちょっとそこのとこを詳しくお願いします美鈴さん
近頃みたらしいお団子さんは新たな方面を試行錯誤しているらしく、とても胸がワクワクしています。
新着にみたらしいお団子さんの名前を見つけるとドキドキが止まりません。
責任とってパチュリーさんと美鈴の話を詳しく書いてください。
めーりんも咲夜も雰囲気違うから何事かと思ったけどこういうのもありだね
ということでパッチェさんとめーりんの馴れ初めも書くんですよね?(ドキドキ