お姉ちゃんは低血圧です。すごく、すごく低血圧です。
体温も平均よりかなり低めです。あと、とってもも寒がりです。
そんな低血圧で体温の低い寒がりなお姉ちゃんは、朝がとっても苦手です。一人では絶対に起きれません。
放っておくと、朝ごはんが昼ごはん、果ては晩ごはんになってしまうほどです。
そんな朝に弱い困ったお姉ちゃんを起こすのが、昔からの私の役目でした。
少し前までは私自身に色々あったせいで、その役目をお燐たちに任せていましたが……最近になってまた、私がその役目を担うようになっています。
これはそんな一日の始まり。日常の一ページ目のお話。
「ん、んぅ……ふわぁ……」
朝。目覚めたばかりの私は布団の中で軽く欠伸をすると、むくりと半身を起こした。
そこそこに心地好い目覚め。少しぼーっとする頭。
ぐっと伸びをし、ふぅ、と大きく息を吐くと、隣で死んだように眠るお姉ちゃんに声を掛ける。
「お姉ちゃん、朝だよ」
勿論反応はない。第一声で起き出すことはあり得ないって分かってるんだけどね。
ちなみに昨日の夜、お姉ちゃんと一緒に寝た覚えは無い。最早、私にとってこのくらいのことは日常の一部になっていた。
「お姉ちゃん。ほら、朝だよ朝。早く起きないと朝ごはんに間に合わないよ」
「んっ、んぅぅ……」
「おねーちゃーん」
「ん……。やぁっ……」
案の定の拒否。肩を叩いたり体を揺すったりと色々するけれど、やっぱり起きない。
まあ、いつものことだ。この辺りでお姉ちゃんを起こすための第二過程に入る。
「んっと……。お姉ちゃん、体起こすね」
「ふぁ……」
お姉ちゃんの体を抱きしめ背中に腕を回し、そのままゆっくりと半身を起こす。
低血圧のお姉ちゃんを目覚めさせるためには、まず頭に血を巡らせ、思考を少しでも回るようにする必要があるのだ。
「ん、しょっと」
「あうぅぅ……」
「はい、おはようお姉ちゃん。今日も眠たそうだね」
「んぅ……こいし……。なんでこいし……?」
「お姉ちゃんが布団に潜り込んで来たんでしょ。ここ私の部屋だよ?」
「あぁ……昨日、寒かったから……」
「そうかな? 涼しいくらいだったと思うけど」
「こいし、あったかい……」
「お姉ちゃんも温かいよ。……着替え持って来るから、離れていい?」
「やだ……行っちゃや……」
「このままだとまた寝ちゃうでしょ? お燐たち困らせちゃダメだよ」
「もう一回ねる……朝きらい……」
「ふふ、お姉ちゃんはいつもどおりだね」
私の肩に頭を預け、体にしなだれかかっている、まるで小さい子供みたいなお姉ちゃん。
普段の凛とした知的な様子からは到底想像出来なくて、皆が知るお姉ちゃんのイメージからはきっとかけ離れていると思う。
ここまで隙だらけな、いや隙しかないお姉ちゃんの姿は朝にしか見れなくて、朝が弱いにしても、お姉ちゃんがこんな姿を見せるのは私だけだったりする。
そんな姿を私に見せてくれるということが嬉しくて、私だけにしか見せないということが嬉しくて。だから私は、昔から朝が大好きだった。
……何より、いつもは握られっぱなしの主導権が、この時だけは私のものになるしね。
「……お姉ちゃん、このまま寝ようとしてるでしょ」
「……こうしてると、とってもきもちいいから……。やわらかくて、あったかくて、こいしのいい匂いがして……」
「は、恥ずかしいこと言うの禁止。着替え持って来るから、寝ちゃダメだよ?」
「どこか行くなら、起きない……。こいしもいっしょに寝よ……?」
「そんなことしたらお昼になっちゃうでしょ。すぐ戻ってくるから」
「あっ……」
寝起きのお姉ちゃんに私を抱き止める力なんてない。
両肩に手を置き、押すようにして離れると、うっすらと涙を浮かべた瞳が私を見つめている。
寝起きだからそうなっていると分かっていても、そんな目で見つめられると決心が揺らぎそうになる。
だからふいっと顔を背け、ベッドからそそくさと降りてしまう。
「こいしぃ……」
「そ、そんな顔してもダメ。昨日は結局朝ごはん食べれなかったんだから、今日はちゃんと起きるの。お仕事もあるでしょ?」
「朝ごはんいらない……。しごとは昼からいっぱいする……。だから、寝よ……?」
「だ、だめだってば」
「うぅぅ……こいしのばか……。もういい、ひとりで寝る……」
布団をかぶり直し、二度寝を始めるお姉ちゃん。
このまま構っているとキリがないので、とりあえず少しだけ放っておくことにした。
足早に自室から出た私はすぐ隣にあるお姉ちゃんの部屋に入ると、クローゼットからお姉ちゃんの普段着を取り出す。
最近寒くなってきているので、中に着るための服も一着取り出しておく。
着替えを抱えた私が次に向かう場所は洗面所。私が顔を洗うためではなく、お姉ちゃんの顔を拭くための冷たい濡れタオルを作るのが目的だ。
寝起きのお姉ちゃんを洗面所に連れて顔を洗わせるのは、至難の技だから。
洗面所に入り、手早く濡れタオルを作った私は鏡の近くに置いてある櫛もついでに持っていき、いよいよお姉ちゃんの朝支度のための準備を終える。
一巡の作業は随分と手馴れたもので、五分もあれば済ませられる。
だから実質、お姉ちゃんが二度寝出来る時間は五分ほどだけなのだ。……私がお姉ちゃんに流されない限りは。
部屋に戻ると、お姉ちゃんの姿が見当たらない……ように見えるだけで、布団の中に隠れているのは明白だった。
ベッドの近くのサイドテーブルに用意した物を置くと、私は布団に話し掛けた。
「ただいま、お姉ちゃん」
「……」
「寝てるのか無視してるのかは知らないけど、今日は容赦しないからね?」
返事がないのを確認した私は、ふう、と息を吐き一拍間を置くと、お姉ちゃんが被っている布団を勢いよく剥いだ。
「そりゃ!」
ふわりと宙に舞う掛け布団。
やっぱりそこにいたお姉ちゃんはすやすやと規則正しい寝息を立てていて、どうやら本格的に二度寝してしまっているらしい。
一人だけで盛り上がっていた自分がなんだか少し恥ずかしくなる。
いつもは私が戻ってくるのをぽけーっとしながら待ってるのに……。
布団に入れたのが不味かったのかな。まあいいや。もう一回起こそう。
「お姉ちゃん、戻ってきたよ。起きて」
「……」
「おねーちゃん」
「……」
「お姉ちゃんってば!」
「……」
なんとなく、無視されてるような気がした。
いや、見た感じでは寝ているようにしか見えないんだけど、お姉ちゃんは寒いの苦手だから、この状態で寝れるはずがないのだ……。
でも、まあ、寝たふりしてるなら、何か悪戯したくなっちゃうよね。
私はすやすやと寝息を立てているお姉ちゃんの耳元に顔を寄せると、吐息混じりに呟いた。
「服、脱がせるね……」
ぴく、っとお姉ちゃんの体が動いたような気がした。
私はそのままの姿勢で、お姉ちゃんのパジャマのボタンに手をかけると、ぽつりぽつり、ゆっくりと一つずつボタンを外していく。
お姉ちゃんの動揺は手に取るように分かった。さっきよりも体が硬くなり、呼吸のリズムが速くなっている。
それでも起き出す気配はなかったから、私はそのまま手を動かし、ボタンを全て外し終えると、パジャマを肌蹴させた。
露になる白いキャミソール。胸の形がよく分かり、呼吸と共に上下するそれに釘付けになる。
扇情的な姿を晒すお姉ちゃんは眠り姫のように綺麗で、同時に淫靡だった。
「……お、起きないと、いたずらしちゃうよ」
「……」
「ほ、ホントだよ? ホントにしちゃうんだから。
お姉ちゃんは、私はそんなこと出来ないって思ってるんだろうけど、そんなことないんだからね。私だって、その、するときはするんだから」
「……」
「もうっ、お姉ちゃんのばか……どうなっても知らない……」
そんなことを言って、お姉ちゃんに近づいたものの、すぐに行動に移せないのが私なわけで。
どうしよう、本当にしてもいいのかな、お姉ちゃん私のこと嫌いになったりしないかな、そんなことを今さら考えてばかりで、なかなか一歩を踏み出せない。
終いにはあれこれ考えるあまり軽い混乱状態に陥り、あたふたし出す始末だった。
静かに眠るお姉ちゃんの顔をすぐ側で見ていると、顔がどうしようもなく熱くなって、本格的に頭がぐちゃぐちゃになって。
このままではいけないと思った私は、一端落ち着くために部屋を出ようと……したその時、腕をぐっと掴まれる。振り向くと同時にベッドに引き込まれ――
気付いた時には、お姉ちゃんの腕の中にいた。
「どこに行くの? こいし」
「お、おねえちゃ……」
「いたずら、するんでしょ? それなのに、こいしはどうして私をひとりにするの? 私を置いてどこに行くの?」
「え、っと、その……」
「ねえ、ちゃんといたずらして? もう一度、私をドキドキさせて?」
私を見つめるその瞳に、吸い込まれていくような錯覚を覚えた。
柔らかい感触が薄い布越し、私の胸元に押し付けられ、髪の良い匂いが鼻腔をくすぐり。
鼻先同士が触れ合いそうになるほど、互いの息遣いが鮮明に分かるほど、私とお姉ちゃんとの距離は近かった。
胸が痛いくらいにドキドキしていた。
けれど、この高鳴りに身を任せられるような甲斐は私には無くて―――あるならとっくに襲ってる――
つまり、キスかそれ以上のことを望んでいるお姉ちゃんを満足させることなど出来ないのだった。
お姉ちゃんにとっての最低ラインであるキスが出来ない私に、どうしてそれ以上が出来ようか。
けれど、お姉ちゃんを満足させなければこのまま二度寝コース確定。
さらに、今後の私たちの力関係も決定的なものになる気がする。
それだけは避けたい。そのためにも何か、私の出来る範囲のことを……。
「ふふ、こいし、さっきから可愛い顔してる」
「なっ……!」
「何かしたいけど何も出来なくて、でも何かしなくちゃいけなくて……。別にいいのよ? 無理しなくて。このまま一緒に」
「お、お姉ちゃん!」
「へ?」
「め、目、つむって」
「?」
「は、早く」
咄嗟に思い付いたある一つの冴えた行動。
急かす私に何も問い掛けることなく、お姉ちゃんはふっと柔らかい笑みをこぼすと、目をつむった。
これ以上甲斐の無さを見せるわけにはいかない。このままじゃ私は一生お姉ちゃんのネコだ。
いつまでもからかわれて、いじめられて……。そんなの、絶対……。
沸騰しそうな頭の中。覚悟を決めた私はお姉ちゃんの首元に口付けを落とすと、強く吸い付いた。
「!」
いわゆる、キスマーク。
唇にキスをすることは無理ても、それ以外の場所なら流石の私でも出来る。
加えて見えやすい場所に跡を残せば、お姉ちゃんは満足するはず。もしかしたら慌てふためく姿が見れるかも。
そう考えてのキスマーク作戦だった。
うっかり唇を離してしまわないように気を付けながら、長く、強くそこを吸い続け数十秒。
ちゅぱ、といういやらしい音と共に唇を離すと、そこにははっきりと赤い痕がついていた。
呆気に取られた様子でこちらを見つめるお姉ちゃん。思わず顔を背けた私は、伏し目がちに言葉を発した。
「今日のところは、その、これで我慢してほしい」
「これって……」
「キスマークって、あ、愛の証なんだって。つまり、その、そういうこと」
「……」
「わ、私もちゃんとお姉ちゃんのこと好きだからっ! ……上手く行動では示せないけど、それだけは分かってて欲しい。だから、その」
「こいし可愛い」
「なっ」
「顔を真っ赤にして、泣きそうになりながら当たり前のことを言うこいし可愛い」
「も、もう! お姉ちゃんのばかっ! そうやってからかうからこういうこと言いたくないの!」
「からかってなんかないわ。本当にそう思ってる。こいしはすごく可愛くて、優しくて、純粋で。そんなこいしが私は大好きで……」
「愛してる」
「……なんで、そんな恥ずかしいこと言えるの……」
「キスマークは愛の証うんぬんは恥ずかしいことじゃないの?」
「っ!?」
「ふふ。ねえ、こいし。私、もっと恥ずかしいことして欲しい」
「な、なに言ってるのおねえ……~~~っ!?」
「ほら、こんなにもドキドキしてるでしょ? こいしのせいなんだから責任取って?」
「そそそ、そんなこと言われてもっ……!」
「簡単よ。こいしが私にしたいことをすればいいの。されてばっかりは嫌なんでしょ? いつも私がしてるみたいに、こいしも私にして?」
「お、お姉ちゃっ」
「気持ちよくして欲しい。ねえ、お願い……。こいし……」
蕩けたその瞳に吸い込まれそうだった。
首に腕を絡められ、ゆっくりと引き寄せられ、私とお姉ちゃんの鼓動が重なって。
あと数センチ顔を落とせば、唇同士が触れ合うというところで―――
「ご、ごめんなさいっ!!」
私はお姉ちゃんから離れてしまう。
「……」
「あ、あの、そのっ、まだ朝だし、こういうことは他のみんなに見られたらまずいと言うか、
えと、別にお姉ちゃんのことが嫌いとかじゃなくて、むしろ好きなんだけど、好きだからそ恥ずかしいっていうか、そのっ……!」
「こいしのへたれ」
「!?」
「流石に今回ばかりはいけたと思ったのに……。こいしのへたれ 」
「い、いけたと思ったって……。あと二回も言わないでっ!?」
「もうお酒でも飲ませるしかないのかしらね、悩ましいわ……。こいしがへたれだから」
「あ、うぅっ……」
「ふふ、ちょっといじめすぎちゃった? 本当のことを言ってるだけなんだけど」
「だから、ごめんなさいって言ったでしょ……お姉ちゃんのばか……」
「ごめんなさいよりキスの方が嬉しいわ。押し倒して色々してくれるならもっと嬉しいけど」
「~~~っ!?」
「なーんてね。さて、そろそろ起きましょうか。ふたりが待ってるわ」
そう言ってお姉ちゃんは私の頭を優しく撫でると、一人ベッドから抜け出す。
ぐっと伸びをすると、気持ちよさそうに息を吐いて……こんなにも寝起きの良いお姉ちゃんは始めて見た。
これから毎朝今日みたいなことをすれば、お姉ちゃんを円滑に起こせるのかも……うん、無理だね。
「こいし、今日は私が髪梳いてあげる。こっち来て?」
「……いつも私がしてあげてるの覚えてるんだね」
「ふふ、当たり前でしょ? そういうのが目的で昔から寝たふりしてるんだから」
「……へっ?」
「キスマーク、とっても嬉しかったわ。ありがとうね、こいし」
花が咲いたような笑顔を見せたお姉ちゃんは、本当の本当に幸せそうでした。
きっと私は、一生お姉ちゃんのネコだと思います。
さとり様、流石やでぇ……
へたれなこいしちゃんかわいい
だがそれがいい
よろしい、続けたまえ
ありがとうございます。ファンです。
さとり目線な作品も強欲ながら待ってます。
こいしがだんだんと、さとりに絡めとられている…ありですね