楽しかった宴は終わって。
各々我が家に帰ったり、寝転がっていびきかいたり。
また、勝手に霊夢の布団を引っ張り出してその中に潜り込んだり。
そんな中、私は縁側に腰掛けて空を見上げていた。
ただ、空を見上げていた。
人間は弱く愚か。でも強く賢く成長する。
あの小さかった少女…魔理沙も今は人間の英雄だ。
最も今は得体のしれない何かに脅える小動物と化しているけど。
拝殿の陰には黒色帽子の縁がずぅっと見えている。
ゆらゆら揺れては時たま不安そうな瞳が私を捉える。
でも、私が視線をそちらにやろうとするやサッ!と、引っ込む。
私としては何時もの悪戯っ子そのままな表情で出て来て欲しいのだが…。
…この調子だと今日はこのままお開きかもしれない。
少し、寂しい。
また、空を見る。
少ない雲がゆるゆると流れていた。
コトリ。と、音がした。見ると傍らに二人前の酒肴があった。
咲夜も粋な事をする。少し甘えさせてもう。
手近な座布団を隣に置き、ポンポンと叩く。
その音に誘われてか魔理沙は恐る恐る近寄ってきてくれた。
本当に良かった。ほっとした…んだけど…何で座布団に座らず正座してるかな。
手招きしてもイヤイヤして俯いちゃうし、どうしたんだろう…。
何時もみたいに気楽な友人として接して欲しいんだけど…。
今日はそれが無理かもしれない。
溜息を吐いた時、大袈裟なほど身を竦ませた彼女を見てそう思った。
立ち上がる。
魔理沙は見ない。悲しくなるだけだから。
でも…と、思い直して、聞く。
「…貴女の家…今から行っても…いい?」
返事は無い。そう思っていた。
嬉しい誤算で今、私は久しぶりにこの場所に立っている。
「ち、散らかってるけど…よ、ようこそ…」
魔理沙が霧雨魔法店の扉を開く。
促されて入った室内は確かに散らかっていた。
はて、この子は片付けができない子じゃなく、むしろする方なのだが。
チラと魔理沙を見ると相変わらずおどおどしている。
改めて部屋を見回し、ある事に思い当たる。
「寂しいのはわかるけど片付けはしなさいな」
魔理沙はハッ!とした顔をして、それから目を伏せて。
ごめんなさいと小さな声で謝った。
埃一つ付いてないソファーに腰掛けて手招き。
…したけど脅えているので説明開始。
「片付いてると空間が広い。だから寂しさ倍増。
でも、散らかっていると空間が狭いから寂しさも紛れる。
そんな理由で片付けしなくなった子を叱るものではないわ」
「…わ、わか…るのか?」
苦笑しながら頷く。
「埃一つ付いてないこのソファー。
きちんと手入れされている魔理沙の服を見たらね。
厨房まで見ていないから外れてるかもしれないけど」
厨房が生ゴミ山盛りになってるなら匂いがするはずだけど、匂いは無かった。
むしろ室内は花妖怪産と思われるハーブの優しい香りがほんのり漂っている。
「…と、言う訳だからこっちきなさい、こっち」
改めて、手招き。
ととっ…と、二歩近寄る魔理沙。
現在の距離、二メートル。二人の溝も、二メートル。
「もっともっと」
笑顔でまた手招き。
泣きそうな顔でもう一歩近づく魔理沙。
「もっともっと」
もっと二人の距離を…月日が作った溝を埋めたかった。
「もっとよ」
膝に魔理沙のスカートの裾が触れる。
ポロポロ涙をこぼしている瞳が見える。
魔理沙の肩に手を触れ、手前に引く。
彼女は崩れるようにして私にしがみ付き、堰を切ったように泣き出した。
「はい、よくできました。今までよく一人で頑張れたね」
頷きながら泣いている魔理沙の頭を撫でる。
「寂しくて、怖くて、不安で、痛くて。それでもよく頑張ったね」
たった一人で魔法の森に棲んで寂しくないと言えば嘘になるだろう。
自分より強い妖怪…幽香や紫に挑む時、怖くないと言えば嘘になるだろう。
見知らぬ土地…魔界や法界や霊廟に乗り込む時、不安がないと言えば嘘になるだろう。
ましてや撃墜され、地面に叩き付けられた時。痛くないと言えば嘘になるだろう。
知っている限りの事を認め、その努力を誉めた。
紅霧、春雪、永夜。
宴会、花、神、天候。
怨霊、宝船、霊廟。
それから妖精達の小競り合い。
華々しく颯爽と解決できた騒動。
無残に破れ、泥と涙と苦渋に塗れた異変。
それら一つ一つをゆっくり時間をかけて労った。
魔理沙から一つ一つをゆっくり説明してもらった。
本当に、よく頑張れたね。
長かった話が終わる頃にはようやく魔理沙も落ち着いた。
だから落ち着いてないと聞けなかった事を聞いた。
「そう言えば私にキスしてくれた後、何で逃げちゃったの?」
魔理沙の反応はピクッと身を竦ませるだけ。
「もしかして…叱られる…って思ったの?」
まさかと思いながら聞いた。
まさかその通りだとは思わなかった。
苦笑が漏れる。漏れたまま魔理沙の頭を撫でる。
「キスしてくれた時、とっても嬉しかったのよ?
やっと友人として認めてくれた…って思えたから」
「そんな事ない!もっと前からレミリアは私の大事な人だ!!」
少し驚いた。いや、むしろ慌てた。
大きな声で言う元気があった事と、その瞳の真剣さに。
魔理沙は真剣さをエスカレートさせ、言い切った。
「ほんとに…本当に大事な人なんだ!ずっと大好きなんだからな!!」
…何この魂からの一大告白。
自分を落ち着けるための代償行為として魔理沙の頭をこつんと叩く。
そして、思いっきり…痛くないよう思いっきりぎゅっと抱きしめる。
その後、深呼吸。すーはーすーはーして無理やり心を落ち着ける。
「怒らない怒らない。…ほら、異変の後の宴会と一緒よ。宴会と。
だから、キスまではしてくれないのか~…って思っちゃうの」
「そうだったのか…」
納得したようなしてないような魔理沙。
「だからキスしてくれた時嬉しかった。
だから貴方が逃げた時、とっても寂しかった。
ありがとね、魔理沙。私を好きでいてくれて」
魔理沙は頷いた後、しばし考え茹蛸みたいに顔を真っ赤にして。
照れ臭そうにえへへと笑った。
積もる話の中、魔理沙が眠そうに眼をこすった。
今日はもう遅いし眠そうだけど、どうするの?と、聞く。
茹蛸魔理沙から帰っちゃヤだとお願いされ、一緒に寝る事に。
布団の中。以前の様に私の胸に頭を埋めている魔理沙を撫でてやる。
「…わ、私からキスするのはやっぱり恥ずかしいの…ぜ…」
「それでも私はして欲しいわ」
「…レミリアの意地悪…」
耳まで真っ赤な魔理沙の頬を突く。
「じゃあ、明日の朝までずっと起きていてあげる。
明日の朝までずっと寄り添って撫で続けてあげるわ。
それで」
上目遣いに私を見る魔理沙に微笑んで。
「朝はおはようのキスして起こしてあげる」
言って額にキスをした。
魔理沙は顔を夕焼けよりも真っ赤にして布団の中に引っ込んだ。
布団の中からは恨めしそうに「…レミリアの意地悪…」と、聞こえてくる。
ぽんぽんと上から軽く、撫でるように叩く。
「お休み、魔理沙」
言って布団を撫でていると。
魔理沙がそ~っと顔を出して、自分の唇を私の唇に一瞬だけ触れさせて。
すぐにまた布団の中に引っ込んで。中から小さな声でお休みなさいって聞こえた。
おやすみなさい、魔理沙。
ありがとね。