蜜のような、とろみのある眠りを味わっていた。
落とし穴のようにすとんと嵌る訳でもなく、滑り台のようにすぐ終わりもしない。ゆっくり沈んでいき、ふわふわと漂う感覚。
拡散しているのか、収束しているのか、何もかもがはっきりとしない、靄にも似た掴みどころのなさが、心地良い。
溶けて、流れ、昇り、降りて、染みる。
ふと、寝苦しさに目を覚ます。
……蒸し暑い。もぞもぞと頭を動かして見ると、薄掛け布団一枚だけだった筈が、寝る前よりも布団が二枚、毛布が一枚増えている。
白蓮あたりだろうか。あのおせっかい焼きめ。
大妖怪たる私が、冬の寒さくらいで風邪をひくわけがないでしょうに。
――くしゅん!
違う違う。今のは寝汗をかいたところに、温度差がやってきて出ちゃっただけよ。違うからね。
誰にするでもない言い訳をしながら、私はすん、と鼻を鳴らす。
もしかすると、ちょっとだけ、臭うかもしれない。
大浴場は宝船異変の後、寺に新設された施設らしい。施工の後、村紗の力で呪いの海を召喚。寅丸が宝塔の力で浄化し、それを白蓮の魔法で適温に保ち、3工程を常時自動化した術式で行うことによって、いつでもお湯が使用可能な風呂が完成したんだとか。
命蓮寺一味全員が使うのは勿論のこと、人妖を問わず信徒に一般開放もしていて、家の無い野良妖怪なんかがよく入りに来たりする。化け傘の小娘あたりがいるかもしれないと思ったものの、未だ深夜帯ということもあってか、風呂には誰も居ないようだった。人間は寝てるし、妖怪ははしゃいでる。
服を脱ぎ、シャワーで流すのもそこそこに、湯船へ浸かる。
……ふぅ。人心地。
さっぱりとしてからも一度布団に戻れば、きっと気持ち良く寝直せることだろう。
のたのたと体を拭いていた私は、脱衣場に置いていた着替えのぱんつを取ろうとして、違和感に気付いた。
替えのぱんつが、無くなってる。パジャマとかまで。
えっと。正しくは、入れ替えられてた。
ドロワーズに。
ドロワーズになってる。
整理しよう。
私は確かに、替えのぱんつと、パジャマを持ってきて、脱衣場の籠へ入れた筈だ。
仮に、本当は着替えを忘れてきてしまったんだとしても、ドロワーズが置いてあるのはおかしい。だって私、ドロワなんて持ってないもん。
それに、いくら私がぼんやりしてたからって、ガラス一枚隔てた隣に不審者がやってきていたとしたら、流石に気付くと思う。
お風呂に入っている間じゅう、誰もここには来なかったのだ。たぶん。
考えるのも段々めんどくさくなってきたから、やめる。
裸でつっ立ってて風邪ひくのも馬鹿らしいし、ドロワだけ穿いて、タオルを羽織り、あとは正体不明の種をつけておく。
服の認識を貼り付けるつもりが、ただのモザイクになった。余計卑猥だ。まぁいいや。
そろそろ早起きな誰かが起きだしてくるかもしれないし、さっさと部屋に戻って、二度寝を決め込むとしよう。
廊下に満ちる朝の張り詰めた空気が、私を覚醒へと誘う。さむい。
自室へ辿り着いた私は、箪笥からパジャマを取り出そうと思い、引き出しを開けたところで固まる。
ドロワだ。全部、ドロワーズだ。
普通の服からパジャマから下着からなんでもかんでも一切合切、ドロワになっている。
なんだそれ。阿呆らしい。ひょっとしてまだ夢を見ていたのか。
ずっと蕩けていた私の思考が、ようやく一つの解を引っ張ってくる。
命蓮寺連中にこんなことする動機はない。仮にも大妖怪たる私に察知されず、意味不明なことをやってのける変質者に知り合いは居ない。
ドロワーズに足が生えて勝手にやってくる?まさか。
そしたらもう、偶然とか、運命の悪戯とか、あるいは奇跡とか、そういう馬鹿馬鹿しい代物のせいにするしかないだろう。
「……あいつ、そんなに私の着てるもん欲しかったのかしら。それとも、ドロワフェチ?」
ビタミン豊富そうな髪の色が、脳裏をよぎる。
私はドロワーズ一丁のまま、薄掛け布団一枚を被り、目を閉じた。
そしてやっちまった早苗さん可愛いです。
覚醒したドロワ一枚のぬえがどんな反応をするか楽しみですね!
早苗さんはぬえちゃんの服を返すときに一式だけこっそり取っておいてなにかイロイロ使ったりすればいいと思います
奇跡ならば仕方のないことですね。
まっことただしきドロワーズとは股の部分を縫い合わせないと聞き及んでいますので、そのまま上もドロワーズを着たのだろうと思っておくと大変健全ですね。