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≪登場人妖≫
藤原妹紅 …… 蓬莱人。重度の健康マニアで、種々の茸を煎じて呑もうとしたところ、ぬえに涙目で止められた。
封獣ぬえ …… 鵺妖怪。将棋のイカサマにより妹紅から食事抜きを喰らってしまい、やっぱり涙目で土下座した。
水橋パルスィ …… 橋姫。未だに亡き頼光を妬んでおり、七晩に渡る丑の刻参りを行い、神官を不眠で過労死させた。
黒谷ヤマメ …… 土蜘蛛。奈良観光がてら、鹿に餌をやろうと東大寺の境内に踏み入ったところ、坊主に通報された。
キスメ …… 釣瓶落とし。酒に酔った頼光に頭上から襲い掛かり、逆にお持ち帰りされたのがトラウマになった。
源頼政 …… 源三位。ぬえを射止めた際に思わず漏れた独り言→「あなめでたや、射落せし鵺は女の子なりけり」
佐藤義清 …… 西行法師。友人の死や失恋が重なって憂き世を捨てたセンチメンタマンで、頼政とは歌詠み仲間。
≪今回のおはなし≫
■第三話 ~ フィッシング・ユア・インタレスト
■第四話 ~ ツチグモ・ハシヒメ・ツルベオトシ
■第五話 ~ コーリング・マイフレンド・ネーム
「……つまんない」
「最初はそんなもんさ。噛み続けていりゃ、そのうち味が出てくる」
藤原妹紅は、釣竿から片手を離して、ヤマメの燻製を口に放り込んだ。
「私も最初のころは、空腹で死にそうになりながら、糸を垂らしてたもんだ」
「人間って、こんなことしないと食事もできないの?」
「まぁね。適当にさらって喰っちまえば好い、お前らとは違う」
「ふんだ、あっかんぬぇー!」
この野郎。
やめやめ、と封獣ぬえが野良猫のように丸まった。夏の空は晴れており、蝉しぐれの合唱に混じって、木立からホトトギスの歌声まで聞こえてくる。
ヤマメを噛みながら、釣りに集中する。流れは急である。辺り一帯には、巨人の火打石かと見紛うくらいに大きな岩が散らばっていた。
「その魚、ちょうだい」
矢印状の羽がにゅるっと伸びてきた。
「だめ、働かざるものってやつだよ」
「なにさ、ケチっ!」
ぬえが飛び起きて、葦で編んだ壺を奪い取ろうとしてきやがった。二人は雌を取り合う虎のようにもみくちゃになった。
当然の帰結として、流れの急な渓流へと真っ逆さまに落っこちた。
「悪かったよぅ……」
「絶対に許さない」
ぬえは土下座していた。
妹紅は山のてっぺん近くから、ふもとにまで流されていた。ぬえはいち早く飛翔して助かったが、妹紅は出っ張った岩に頭を痛打し、あるいは川底に散々に打ちつけられ、あるいは単純に溺れて、百回くらいは死んでいた。追いかけて助けようとしたが、なんせ非力なもんだから、手を掴んだとたんに川面へダイブする羽目になった。
焚き火にすら近づけさせてもらえない。濡れた着物が気持ち悪い。
「ごめんってば、なんでもするからさ」
妹紅が目を細めた。紅い瞳が燃え上がっていた。
「――なんでも?」
あっ、と声が漏れたときには、草っ原に組み伏せられていた。両手を押さえつけられ、両足を絡め取られていた。それだけで、ぬえは射的屋に並んだアヒルの置物みたいに、ぴくりとも動けなくなってしまった。
血色の悪い唇から、濡れた舌が顔を出した。
「妖怪って、どんな味がするんだろうね」
「な、なにすんのよ!」
もがいて抵抗しようにも身体が動かせんもんだから、口をもがもがさせた。そしたら、開いた口に指三本を突っ込まれた。
「むぐぅっ!?」
「いい? 三分間――じゃない、日暮れまで待ってやる。その間に、小魚一匹でも好いから釣ってきな」
ぬえは、熱気球みたいに膨らんだような気持ちで、空へと逃げ去ったのだった。
「まったく、藤原のやつ」
釣り糸を放り投げて、退屈な時間を欠伸で誤魔化す。
「呆れるくらい、平和ね」
妹紅からの受け売りでしかないが、都では帝がついに亡くなったらしい。散々に怖がらせた人間だった。たった十七年、皇子のひとりも恵まれず、中継ぎとしてしか利用されなかった生涯だった。
仲間に置いてかれた渡り鳥みたいな、ぽかんと浮かんだちぎれ雲から、ぬえは目を離すことができなかった。
どれだけ怖がらせても、その記憶を抱いたまま、灰となって散っていってしまう。
どうしようもないほどに実感させられてしまう――人間の、脆さ。
「……っ」
ぬえは、釣竿を取り落とした。
左手首の矢傷が、また痛んだ。いや、強烈な痒みだった。千のやぶ蚊にたかられたみたいだった。掻いちゃいけないって、わかっていても、ぬえは包帯を引きちぎる手を止めることができなかった。
紺色の鋭い爪が傷を横切ったとたん、岩から染み出る水のように、血があふれ出てきた。やっ、と悲鳴が漏れた。止まんなかった。手首を押さえつけても、右手を押しのけるようにして、血はあふれた。
「ちょっと、やだ――妹紅」
鳥たちの歌声は止んでいた。渓流の水しぶきが、耳を釘のように打った。青空が落っこちてくるような錯覚を覚えた。
夏山の流れのなかで、ぬえは独りぼっちだった。
「ずいぶん遅かったじゃないか」
すでに真夜中である。あやかしの気配に、まどろみから目覚めた。
「釣れなかった……どころか、持ってかれたか」
やれやれ、と焚き火に手をかざす。夏虫のオーケストラが聞こえる。天にたゆたう星たちが、こちらへと手を振っているみたいな宵だった。こんなに星屑が美しい夜なら、妹紅は好きになれた。月だけが隠れていれば、云うことなしだったのに。
ぬえは、釣竿も釣壺も失くしてしまったようだ。茂みをかき分けて現れた妖怪少女は、今にも霞となって消えてしまいそうだったので、さっさと焚き火にあたるように勧めた。
「……ふじわら」
声まで持ってかれたのか、と表情をうかがう。焚き火の明かりで浮かび上がった顔は、幽鬼のそれであった。
「まぁ、こっちも云い過ぎたよ。いいさいいさ、ヤマメの燻製でも食べようか」
手を差し出してやると、一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、ぬえの顔が粉々に砕け散ったみたいに見えた。
「こわい」
「何がさ?」
「夜が」
そう云って、ぬえは焚き火の前にうずくまった。
「……冗談がきついね。お前は、鵺じゃないか」
燻製を勧めてみたが、ぬえは見向きもしない。
「妖怪が夜を怖がってどうすんの」
あるいは、一緒に過ごしすぎたのかもしれない、と妹紅は思った。
「私よりも、お前のほうが人間みたいだね」
答える声はなかった。
次の朝、隣にぬえはいなかった。
欠伸を漏らしながら、雑木林に埋もれた廃屋から這い出た。朝日は、木の葉に遮られて遠かった。
井戸はなかった。でも、民家があるのだから、近くに水源くらいあるだろう。歩き回っているうちに、クロウタドリの鳴き声みたいな水音が聞こえてきた。
白髪をかきながら木立を分け出ると、小さな泉が見えた。岩壁から湧き出る水が、心地よい音の正体だった。左の手首を泉に浸している、少女の背中も見つけた。
「今日は、えらい早起きなんだね」
傷ついた黒猫みたいな肩が、派手にバンジージャンプした。腕を隠そうと身をよじる少女の手首を、ぎゅっと握った。
「見せてみな」
「やだよ、やめて! 大丈夫だから!」
少女が髪を振り乱して暴れたので、両腕を回して抱きとめてやった。
「心配ない――心配ないから」
鎌状の羽が、矢印の羽が、こちらの肉を削り取っていくのがわかった。それでも、離せなかった。私も、こいつと一緒に歩きすぎたんだと思った。どれだけ互いを傷つけ合っても、それでも――もう、自分の隣を歩いてくれるやつは、こいつしかいないんだから。
みんな、みんな遠い昔に死んでしまった。
「藤原ぁ……」
ぬえが、暴れるのを止めた。重ねられた手の冷たさが、降り積もった白雪のように胸を刺してきた。
妹紅の肩から流れた血が、ぬえの手首から流れた血が、泉の中へと波紋を打って、ひとつに溶け合っていった。
少女の震えが止まるまで、妹紅は小鳥みたいに脈打つ鼓動を分け合った。二人ぶんの命の音は、泉の水にも、蝉しぐれにもかき消されることはなく、いつまでも妹紅の耳に灯り続けた。
「美味しいね、これ」
「そりゃね、私の自信作のひとつだよ」
ヤマメの燻製を噛みながら、ぬえは妹紅の隣を歩いていた。山道は険しく、なんども休憩を取らなければならなかった。痒みも痛みも、今は潮騒のように引いていた。
二人の旅に、どこへ行こうか、なんて言葉はない。向かう先々で妹紅は人々の声を集め、妖怪を追い払い、報酬をもらっては、つむじ風みたいに消えていく。その繰り返しを、かれこれ四百年近くも続けているという。
「自分でもさ、馬鹿みたいだって思うよ」
妹紅は、空を追い越していく鳥を見ながら、そう云った。
「それでも、何もしなかったら、もっと馬鹿になっちゃいそうだから」
「どうして、馬鹿になっちゃいけないのさ?」
困ったような顔が返ってきた。
「さぁ、なんでだろうね。なんで、いっそのこと狂っちまわないんだろう」
妹紅が立ち止まった。ぬえは三歩だけ進んでから、振り返ってやった。
また一羽、さえずりを落っことしながら、小鳥が飛んでいった。そよ風が髪をくすぐっては、林の中へと吸い込まれていった。木々の囁きは、耳に心地いい。
「たぶん、たぶんだけど」
大海のど真ん中で、板きれにしがみつきながら青空を眺めているような。そんな表情を、妹紅は浮かべていた。
「それでも、諦めきれないんだろうね」
「なにが?」
「世界だよ」
せかい、と口の中で繰り返す。
「川魚がウマくて、星空がきれいで、鳥に憧れるような、そんな世界が、私はどうしても諦めきれないんだ」
いつかきっと――そこまで云って、妹紅はふっと笑って、うつむいた。
二人は歩いていく。しばらくして、急に視界が開ける。木々の合間から姿を現したのは、いつまでも変わらない優しい眺望だった。青々とした葉に覆われた山のふもとに、人家の群れが見えた。昼飯時なのか、炊事の煙が上がっている。
ちょっと顔を見合わせてから、二人は笑いあって、人ごみに馴染めるように姿を整える。妹紅は、なまくら刀を筒に隠した。ぬえは、赤青二色の羽を引っ込めた。
こうするだけで、二人はどちらが人間で、どちらが妖怪かなんて、もう、わからなくなるのだ。
「さて、降りるよ」
「りょーかい」
「先に下で待ってて」
ぬえは首を振った。
「歩いていくよ、いっしょにさ」
「ちょっと、黒谷――どういうことよ、これは」
「なんだ、顔面イズ直角鬼瓦。腹でも壊したか?」
「活きの好い魚が獲れたって云うから、こうして準備したってのに、それが、なんぞこれ。誰がこんなマーメイド出せって云った?」
水橋パルスィの言葉に、黒谷ヤマメとキスメは顔を見合わせた。
三人は畿内のとある山の中腹で、ぐつぐつと煮えている鍋を囲んでいた。立ち昇る臭いをかいだだけで、パルスィは身体中の生気が漏れてしまったような気分になった。
「水橋ってば、こちとら必死こいて麓まで降りたんだぞ。労いの言葉どころかクレームつけるなんて、どっかのおばはんみたいじゃないの、また小皺が増えるよ」
「パルパルは、元が人間だからね。こういう料理は嫌いかい?」
キスメが笑って腕を組んだ。トイレ用の吸引カップみたいに大きな袖口が、桶の外にはみ出た。
「……期待して損したわ」
土蜘蛛が、馴れ馴れしく肩を組んできやがる。
「まぁまぁ。ここはひとつ、サモア風の魚料理ってことで手を打とうじゃないか」
「サモアの人たちに謝れや」
改めて鍋のなかを見下ろす。そこに入っているのは、有り体に云ってしまえば、奇形の嬰児である。足は一本しかなく、耳と鼻と口の区別がつかなかった。
「せめて、原型がわからんように仕込んどいて欲しかったわね」
「で――水橋は食べないの? なんなら、そこらで笹でもかじってる?」
パルスィは鼻を鳴らした。
「食べるに決まってんでしょ」
「――捨てるくらいなら、産まなきゃ好いって思わないかい?」
ヤマメが目玉を舌で転がしながら云ったので、キスメは肩をすくめてみせた。
「まさか、かたわとは思わなかったんだろうね。あるいは、食い扶持を減らすためか」
「あっちじゃ老人が山に捨てられ、こっちじゃ赤ん坊が川に流され、か――末法が去っても、世は地獄ね」
パルスィが、骨を口の端でくわえながら、ごろりと寝ころんだ。
「それだよ!」
ヤマメが猛然と立ち上がる。
「いつから人間どもは、私たちじゃなくて、同じ人間を恐れるようになったんだ!」
「暴れんな節足女、埃が飛び散るでしょうが」
五寸釘を懐から取り出した橋姫の顔は、直角鬼瓦という言葉も、さもありなん。
「これが騒がずにいられるかい!」
「時代の流れ、なのかしらねぇ」
ヤマメの肩を叩いて落ち着かせて、桶に背を預けた。
「都じゃ今ごろ、敗けた連中の処罰でてんてこ舞いか。妖怪のつけいる隙間はなさそうだ」
「勝手にやらせとけば好いじゃないの」
パルスィが野良犬のように寝返りを打った。紅と藍の鮮やかな着物の裾が持ち上がり、陽に照らされた雪みたいに白い足が、顔をのぞかせた。
「なんだ、水橋。誘ってんのか、私は据え膳どころか台所に出向いてまで喰っちまう女なんだぞ」
「ちょっとでも変なことしたら、頭にもうひとつ鼻の穴を空けてやるからね」
ヤマメは耐えきれん、と云った風に頭を掻き回す。
「くそう、それでも宇治の橋姫か! ――かつて人間たちの肝をつぶし、貴族連中の鼻っ柱を折ってまわった私らが、ベンベン! こんな山奥に追いやられているんだぞ!?」
土蜘蛛が腕を振り乱して、廃寺の講堂をあっちこっちと指差した。床板は剥がれ、障子に和紙は残されておらず、安坐している仏像には首から上がなかった。
「神も仏もおらず、と掛けて」
キスメはつぶやく。
「妖怪が寝ている、と解く」
パルスィが後を受けてくれた。
「その心は――!」
ヤマメが吠えた。
…………。
「云えよ!」
「いや、あんたが云いなさいよ」
「こりゃ駄目だ」
洗い物もする気が起きず、三人は日暮れまで雑魚寝したのだった。
「パルパル、明日の天気はどうだい?」
「ん……このままいくと、まぁ晴れるでしょうね」
「そりゃ残念」
パルスィは膝を抱えて座っていた。その隣へ、キスメの桶がどすんっと腰を落とす。夏だと云うのに、涼しい夜だった。山裾を流れゆく川には、源氏蛍が乱れ舞い、いつかと同じような星屑の明滅を繰り返していた。
「黒谷のやつは?」
「ふて寝してるよ、お酒がないのが残念だってさ」
「そ」
膝頭にあごを乗っけた。カエルの合唱が、和太鼓みたいに鼓膜を揺すぶった。夏草たちは、風のリズムに乗って、パルスィの深緑の目線を誘った。
「……痛むのかい?」
はえ、とキスメの方を向く。
「やつだよ、朝家の守護さんさ」
「あぁ、妬ましいったらないわね」
過ぎ去ってしまえば陣風だ。あの男の言葉を、パルスィはほとんど覚えていない。
それなのに、満天の星を数えてしまえそうなくらいに長い年月が経ったのに、切り落とされた左腕の傷は、癒えてはくれない。なんとか奪い返して、左腕は元通りになったけれど、傷痕は残り続けた。ヤマメだって、首元に刀傷が生々しく残っているし、キスメも両足に斬りつけられた傷の痛みが原因で、桶から出て歩くことのできない身体になってしまったのだ。
それは、まるで傷というよりは、何かのしるしみたいに残り続けていた。
「ほんとに、妬ましい……」
親指の爪を噛んで、白刃のように鋭利な三日月を見やる。
「そういやさ」
キスメは、桶から干物にした人肉の欠片を取り出して、スルメみたいに噛みはじめた。
「昼間、ヤマメちゃんと帰ってきたときにさ、河童の川流れを見たよ」
「かっぱぁ?」
「妖怪みたいな人間ってことさ。長い白髪で、でっかい刀をぶら下げて、麓まで一直線に流されてったよ」
「あの急流じゃ、まず助からないでしょ」
「わからんよ。近頃の人間なら、そのうち空だって飛びかねない」
そうなったら、冗談じゃなく妖怪はお仕舞だ、とパルスィは思った。空の幻想まで打ち破られたら、私たちは何処にも行き場がなくなってしまう。
「……星まで手が届くのなら」
パルスィは、底の抜けた満天を見上げる。
「ついていきたい気持ちも、あるけどね」
「私は、桶のなかで充分だよ」
キスメが笑って、干物を呑み込んだ。
何を見るにも疲れたので、膝の間に顔を埋める。星屑も源氏蛍も、三日月さえも、これからの道筋は照らしてくれそうにない。そして、太陽の光は、決して妖怪の手には入らない。
「――なんだ二人とも、ここにいたのか」
いきなりの呼びかけに、パルスィは背筋を鉄棒みたいに伸ばしてしまった。黒谷、と云おうとして、舌がしびれた。
「今後の計画を話し合うよ。ささっ、戻ってちょうだい」
そう云って、ヤマメは返事も聞かずに背を向けた。こげ茶色の半纏が月明かりに照らされて、いつもよりも背中が大きく見えた。
二人はため息やら苦笑いやらを交換してから、土蜘蛛の後を追った。
「まぁ、私はあいつで好いや」
キスメが呟いた。カエルが葉先を蹴る音よりも、ずっと小さな声だった。
翡翠みたいに光り輝く、釣瓶落としの髪を見つめながら、パルスィは心のなかで同意してやった。
翌朝は、パルスィの云ったとおりの快晴だった。
三人は嬰児スープの残り物で腹を慰めたあと、ヤマメを先頭にして山を下っていた。蝉の鳴き声もなく、蛇の一匹も出ない、なんとも静かな朝であった。
「ねぇ、本気なの? 今さら都にいくって」
「くどいぞ、鬼瓦。妖怪の復権を目指すのだ」
「でもさ、ヤマメちゃん。この姿じゃ、宵も待たずに刀の錆だよ」
キスメはやられた、とポーズをしてみせた。ヤマメのポニーテールが三日月のように弧を描く。
「そこは、ほれ。髪を染めて、何食わぬ顔をして紛れ込むんだよ」
「そう上手くいくとも思えないんだけど」
橋姫の言葉に、土蜘蛛が拳を振り上げる。その拍子に瘴気があふれ出てしまい、一帯から命の気配が完全に消えた。
「水橋ったら、そんな風にネガティヴだから、いつまで経っても目じりの皺が消えんのだ!」
「ねぇよ、そんなもん。おばさん扱いすんじゃねぇ」
にらみ合う二人に割って入りながら、師に質問するように手を挙げる。
「うまく潜り込めたとして、昔みたいに暴れまわるわけにもいかないし。なにか考えでもあるのかい?」
「好い質問だ。水橋よりも、よっぽど建設的で頼りになる」
「大きなお世話だ」
「戦で重要なのは、相手を知ること、これっきゃないね。まずは、人間がどこまで妖怪の先をいってるか、確かめなくちゃいけない」
「お寺よりかは、マシな場所に住める」
「その通り」
「捨て子よりかは、マシなもんだって喰える」
「まったくまったく」
そう云って、ヤマメは目玉を噛み潰した。今まで口に含んでいたらしい。それを見たパルスィが、ヤマメから距離をとるように歩き方を変えたので、土蜘蛛が立ち止まって振り返る。菓子を取り上げられた幼子みたいな顔をして、橋姫を睨みあげている。
「なんだよ、水橋――私のことが嫌だったら、ついてこなくてもいいよ」
緑色の瞳が、かっと燃え上がったのが見えた。キスメはやれやれ、と桶にもたれかかった。
けれど。
「誰も、嫌なんて云ってない」
「へ?」
ヤマメがたじろいた。
「もうね――どこまでも、ついていってやるわよ」
「水橋さん?」
「あんたに、どこまでも付き合ってやるって云ってんの」
金髪が揺れた。キスメたちを追い越して、パルスィはずんずんと先へ進んでいく。
「……た、例えばさっ!」
ヤマメの大声に驚いた小鳥たちが、空へと飛び立っていった。木々のざわめきも、その時だけは止まっているみたいだった。蝉だって、カエルだって、武士の勝ち鬨だって、この声量には敵わないんじゃないかと、キスメは思ってしまった。パルスィが足を止めて、肩ごしに振り返る。
「例えば――私が地獄に落っこちたって、水橋はついてきてくれるかい?」
「ふん、望むところよ」
パルスィは、もう振り返らなかった。ヤマメも、それ以上は何も云わなかった。いつもの真面目なのか、ふざけているのか分からない表情に戻って、こちらを見つめてくるだけだった。
キスメは、だから、両手を振ってやった。
「私でよけりゃ、地獄にだってお供すんよ」
あんたらを見てると、飽きないしね――その言葉だけは、流石に云うのも野暮だったので、云えなかったけれど。
「えへへ、それじゃ行こっか」
「あいあいさぁ」
頬をかいて走り出したヤマメのあとを、キスメはふよふよと追いかけた。
「源従五位、つながりましてございます」
「うん、ご苦労」
平治二年の冬、源頼政は久々にとれたオフを自宅で満喫していた。庭園の桜木には雪の名残がうかがえ、流れの遣り水には氷の膜が張っていた。今にもしんしんと雪の降りそうな曇り空は、けれど夏夜の涼風のような静けさを、座敷まで届けてくれた。その似つかわしさは、心を休ませるに満ち足りたものであった。
狩衣の略服に身を包んだ郎党が、うやうやしく呪符を差し出す。
「時間は?」
「蝋燭一本が燃え尽きるまで、と伺っております」
「分かった、下がってよい」
はっ、と声を落っことして、狩衣の男は足音を立てないようにして去っていった。
受け取った呪符を眺めながら、今にも雪の積もる音が聞こえてはこないか、と耳を澄ませる。鳥の一羽も見当たらず、歌を詠むには少し殺風景かもしれぬ。いや、これも冬の一興、と思い直して咳払い。
やがて、頼政は松脂の蝋燭に火を灯すと、呪符に刻まれた文言を朗々と読み上げた。呪符の朱文字が一瞬だけ光り輝いたかと思うと、それは陽の照らしのようにほのかな熱を帯び始める。地の底より群衆のざわめきが座敷を転げまわり、ふっと収まった次の瞬間、しわがれながらも芯の通った男の声が、呪符から木霊した。
「はい、こちら西行でございますが」
「あ――義清? おれおれ」
「……詐欺師に知り合い作った覚えはねぇぞ、頼政」
「最近どうよ?」
「どうもこうもないさ、毎日が新しい発見。歌もいくつか出来たね」
「そいつぁ羨ましいな、あやかりたいもんだ」
「出家と称して京を出たらどうだ? この世の中、武士ほど空しい職はないぜ」
「そうもいかん。去年の変事の後始末に追われて、休む暇もないんだ」
「そうそう――それで思い出した」
声が急に改まる。
「おい、頼政。聞いたぞ、義朝のおやっさんが討たれたそうじゃないか。でかい噂が尾ひれ付きで届いてるよ」
頼政は、白髪の増え始めた頭をかいて、呼吸を整えた。
「これも時流だよ、今じゃ清盛公に逆らえるやつはいない」
「それで、昔の友人が恋しくなったってか?」
からかうような言葉に、頼政はかえって救われた気分になった。
「……愚痴になるけどな――朝廷じゃ、俺が義朝公を裏切って、平氏に尻尾を振ったなんて囁かれてんだよ」
「ふぅん、そりゃ難儀なこった」
虎の子を崖から突き落とすような物言いだが、その肌触りは優しかった。
「俺は、そもそもが摂津源氏の出身なんだ。坂東から出てきた田舎武者の義朝公らとは、田んぼも畑も違う」
「世間じゃ、そこら辺の事情を汲んでくれないわけだ」
そうだ、と頼政は云おうとして、声が詰まった。庭の冬景色が、急に余所余所しく感じられた。
「で――なんだ、なにか相談事があるんじゃないのか?」
「……そうだったな、このままじゃ『東方でやる意味あんの?』なんて読者に突っ込まれてしまう」
「メタ発言はやめろ」
「すまんかった」
頼政は深呼吸する。旧友は、こちらが口火を切るまで待ってくれていた。
「実は……俺、恋をしているんだ」
友人が、富士山の火口みたいに口をあんぐりと開けている様子が、目に浮かぶようであった。
「マジかよ、相手は?」
「その、鵺なんだ」
「ぬえってなんだ、お前、まさか」
「――ようかい」
頼政の声は、穴を空けられた紙ふうせんみたいに落っこちた。
「……引くわぁ、これは引くわぁ」
「ほ、本気なんだよ、これでも」
友人の声は、重病人を慰めるみたいな色に変わっていた。先ほどまでのつっけんどんな態度のほうがマシであった。
「そりゃあ、お前の幼子好きは薄々感づいてたけどよ」
「えっ、うそ?」
「嘘じゃねぇ――だから、たとえ十にも満たない童って云われてもよ、俺は流してやるつもりだったんだぜ?」
瀬戸内海よりも深いため息が挟まれる。
「でも、人外はねぇわ。マジねぇわ。齢五十にもなって、ロリコンから更にランク・アップとかパネェっす」
「そこまで云わんでも」
「だいたい、鵺はお前がバラバラに切り刻んで、笹の小舟に乗せて鴨川に流したって話じゃないか」
「偽の報告をでっちあげたんだよ」
「帝に嘘をついたのか!?」
頼政は、その場に立ち上がって吠えた。
「だって仕方ないだろ!? あんな可愛い幼子を粉々に切り刻めだって、んな勿体ないこと出来るわけねぇよ!」
「このロリコン!」
「このセンチメンタ野郎!」
しばらくの間、二人の激しい云い争いが座敷を飛び交った。互いが互いの弱みを金玉よろしく握り合っているぶんだけ、罵り言葉ひとつにも工夫と迫力が窺えた。
「……本気なんだな?」
汗だくになって座敷に大の字になった頼政に、疲れ切った声が降り注いだ。
「本気だよ」
「わかった、それなら何も云わん」
「狐に化かされたんじゃないぞ、本当に一目惚れなんだ」
「そういうのを化かされたって云うんだよ――ま、蛇に嫁入りするやつだっているんだ。応援してやろうじゃないか」
「その言葉を待ってた」
「これから、どうすんだ?」
頼政は姿勢を正す。
「とにかく、精一杯やってみるつもりだよ。出世すれば一門の名誉、それだけ鵺も、俺の名を耳にする機会が増える」
「健気だねぇ」
友人の声は、大事な話を耳打ちするみたいに低くなった。
「もし失恋したら、一緒に来ないか? お前となら、好い歌を詠めそうだ」
「そんなつもりはない、これだけは諦められない」
そうか、まぁ頑張れよ、と友人は結んで、伝話を切った。
この歳になって頑張れ、という言葉をかけられるとは思わなかった。頼政は物云わぬ呪符をしばらく見つめたあと、目をつむって静寂に身を委ねた。雪の積もる音が聞こえる。いつの間にか、降り出していたらしい。
「失礼、終わりましたか?」
郎党が畏まって板敷に控えていた。
「なぁ、早太」
「はっ」
「笹の船は今ごろ、どこまで流れてしまったのだろうな」
「……従五位、自分は歌人ではありません。そのような問いかけをされましても」
「いや、いい」
覚えてないか、と頼政は笑った。
「雪は、好きか?」
「馬の鍛錬が出来やしません」
郎党も、困ったように笑った。
庭園の雪景色は、ふたたび暖かな静けさを湛えて、頼政を待ってくれていた。はるか同じ空のしたで、妖怪の少女も、この雪を眺めているのだろうか、と思った。
春は、まだ遠い。
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―― なまくらフェニックスとへっぽこトラツグミ ~ Vol.2 ――
≪登場人妖≫
藤原妹紅 …… 蓬莱人。重度の健康マニアで、種々の茸を煎じて呑もうとしたところ、ぬえに涙目で止められた。
封獣ぬえ …… 鵺妖怪。将棋のイカサマにより妹紅から食事抜きを喰らってしまい、やっぱり涙目で土下座した。
水橋パルスィ …… 橋姫。未だに亡き頼光を妬んでおり、七晩に渡る丑の刻参りを行い、神官を不眠で過労死させた。
黒谷ヤマメ …… 土蜘蛛。奈良観光がてら、鹿に餌をやろうと東大寺の境内に踏み入ったところ、坊主に通報された。
キスメ …… 釣瓶落とし。酒に酔った頼光に頭上から襲い掛かり、逆にお持ち帰りされたのがトラウマになった。
源頼政 …… 源三位。ぬえを射止めた際に思わず漏れた独り言→「あなめでたや、射落せし鵺は女の子なりけり」
佐藤義清 …… 西行法師。友人の死や失恋が重なって憂き世を捨てたセンチメンタマンで、頼政とは歌詠み仲間。
≪今回のおはなし≫
■第三話 ~ フィッシング・ユア・インタレスト
■第四話 ~ ツチグモ・ハシヒメ・ツルベオトシ
■第五話 ~ コーリング・マイフレンド・ネーム
【第三話 ~ フィッシング・ユア・インタレスト】
「……つまんない」
「最初はそんなもんさ。噛み続けていりゃ、そのうち味が出てくる」
藤原妹紅は、釣竿から片手を離して、ヤマメの燻製を口に放り込んだ。
「私も最初のころは、空腹で死にそうになりながら、糸を垂らしてたもんだ」
「人間って、こんなことしないと食事もできないの?」
「まぁね。適当にさらって喰っちまえば好い、お前らとは違う」
「ふんだ、あっかんぬぇー!」
この野郎。
やめやめ、と封獣ぬえが野良猫のように丸まった。夏の空は晴れており、蝉しぐれの合唱に混じって、木立からホトトギスの歌声まで聞こえてくる。
ヤマメを噛みながら、釣りに集中する。流れは急である。辺り一帯には、巨人の火打石かと見紛うくらいに大きな岩が散らばっていた。
「その魚、ちょうだい」
矢印状の羽がにゅるっと伸びてきた。
「だめ、働かざるものってやつだよ」
「なにさ、ケチっ!」
ぬえが飛び起きて、葦で編んだ壺を奪い取ろうとしてきやがった。二人は雌を取り合う虎のようにもみくちゃになった。
当然の帰結として、流れの急な渓流へと真っ逆さまに落っこちた。
□ □ □
「悪かったよぅ……」
「絶対に許さない」
ぬえは土下座していた。
妹紅は山のてっぺん近くから、ふもとにまで流されていた。ぬえはいち早く飛翔して助かったが、妹紅は出っ張った岩に頭を痛打し、あるいは川底に散々に打ちつけられ、あるいは単純に溺れて、百回くらいは死んでいた。追いかけて助けようとしたが、なんせ非力なもんだから、手を掴んだとたんに川面へダイブする羽目になった。
焚き火にすら近づけさせてもらえない。濡れた着物が気持ち悪い。
「ごめんってば、なんでもするからさ」
妹紅が目を細めた。紅い瞳が燃え上がっていた。
「――なんでも?」
あっ、と声が漏れたときには、草っ原に組み伏せられていた。両手を押さえつけられ、両足を絡め取られていた。それだけで、ぬえは射的屋に並んだアヒルの置物みたいに、ぴくりとも動けなくなってしまった。
血色の悪い唇から、濡れた舌が顔を出した。
「妖怪って、どんな味がするんだろうね」
「な、なにすんのよ!」
もがいて抵抗しようにも身体が動かせんもんだから、口をもがもがさせた。そしたら、開いた口に指三本を突っ込まれた。
「むぐぅっ!?」
「いい? 三分間――じゃない、日暮れまで待ってやる。その間に、小魚一匹でも好いから釣ってきな」
ぬえは、熱気球みたいに膨らんだような気持ちで、空へと逃げ去ったのだった。
「まったく、藤原のやつ」
釣り糸を放り投げて、退屈な時間を欠伸で誤魔化す。
「呆れるくらい、平和ね」
妹紅からの受け売りでしかないが、都では帝がついに亡くなったらしい。散々に怖がらせた人間だった。たった十七年、皇子のひとりも恵まれず、中継ぎとしてしか利用されなかった生涯だった。
仲間に置いてかれた渡り鳥みたいな、ぽかんと浮かんだちぎれ雲から、ぬえは目を離すことができなかった。
どれだけ怖がらせても、その記憶を抱いたまま、灰となって散っていってしまう。
どうしようもないほどに実感させられてしまう――人間の、脆さ。
「……っ」
ぬえは、釣竿を取り落とした。
左手首の矢傷が、また痛んだ。いや、強烈な痒みだった。千のやぶ蚊にたかられたみたいだった。掻いちゃいけないって、わかっていても、ぬえは包帯を引きちぎる手を止めることができなかった。
紺色の鋭い爪が傷を横切ったとたん、岩から染み出る水のように、血があふれ出てきた。やっ、と悲鳴が漏れた。止まんなかった。手首を押さえつけても、右手を押しのけるようにして、血はあふれた。
「ちょっと、やだ――妹紅」
鳥たちの歌声は止んでいた。渓流の水しぶきが、耳を釘のように打った。青空が落っこちてくるような錯覚を覚えた。
夏山の流れのなかで、ぬえは独りぼっちだった。
□ □ □
「ずいぶん遅かったじゃないか」
すでに真夜中である。あやかしの気配に、まどろみから目覚めた。
「釣れなかった……どころか、持ってかれたか」
やれやれ、と焚き火に手をかざす。夏虫のオーケストラが聞こえる。天にたゆたう星たちが、こちらへと手を振っているみたいな宵だった。こんなに星屑が美しい夜なら、妹紅は好きになれた。月だけが隠れていれば、云うことなしだったのに。
ぬえは、釣竿も釣壺も失くしてしまったようだ。茂みをかき分けて現れた妖怪少女は、今にも霞となって消えてしまいそうだったので、さっさと焚き火にあたるように勧めた。
「……ふじわら」
声まで持ってかれたのか、と表情をうかがう。焚き火の明かりで浮かび上がった顔は、幽鬼のそれであった。
「まぁ、こっちも云い過ぎたよ。いいさいいさ、ヤマメの燻製でも食べようか」
手を差し出してやると、一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、ぬえの顔が粉々に砕け散ったみたいに見えた。
「こわい」
「何がさ?」
「夜が」
そう云って、ぬえは焚き火の前にうずくまった。
「……冗談がきついね。お前は、鵺じゃないか」
燻製を勧めてみたが、ぬえは見向きもしない。
「妖怪が夜を怖がってどうすんの」
あるいは、一緒に過ごしすぎたのかもしれない、と妹紅は思った。
「私よりも、お前のほうが人間みたいだね」
答える声はなかった。
次の朝、隣にぬえはいなかった。
欠伸を漏らしながら、雑木林に埋もれた廃屋から這い出た。朝日は、木の葉に遮られて遠かった。
井戸はなかった。でも、民家があるのだから、近くに水源くらいあるだろう。歩き回っているうちに、クロウタドリの鳴き声みたいな水音が聞こえてきた。
白髪をかきながら木立を分け出ると、小さな泉が見えた。岩壁から湧き出る水が、心地よい音の正体だった。左の手首を泉に浸している、少女の背中も見つけた。
「今日は、えらい早起きなんだね」
傷ついた黒猫みたいな肩が、派手にバンジージャンプした。腕を隠そうと身をよじる少女の手首を、ぎゅっと握った。
「見せてみな」
「やだよ、やめて! 大丈夫だから!」
少女が髪を振り乱して暴れたので、両腕を回して抱きとめてやった。
「心配ない――心配ないから」
鎌状の羽が、矢印の羽が、こちらの肉を削り取っていくのがわかった。それでも、離せなかった。私も、こいつと一緒に歩きすぎたんだと思った。どれだけ互いを傷つけ合っても、それでも――もう、自分の隣を歩いてくれるやつは、こいつしかいないんだから。
みんな、みんな遠い昔に死んでしまった。
「藤原ぁ……」
ぬえが、暴れるのを止めた。重ねられた手の冷たさが、降り積もった白雪のように胸を刺してきた。
妹紅の肩から流れた血が、ぬえの手首から流れた血が、泉の中へと波紋を打って、ひとつに溶け合っていった。
少女の震えが止まるまで、妹紅は小鳥みたいに脈打つ鼓動を分け合った。二人ぶんの命の音は、泉の水にも、蝉しぐれにもかき消されることはなく、いつまでも妹紅の耳に灯り続けた。
□ □ □
「美味しいね、これ」
「そりゃね、私の自信作のひとつだよ」
ヤマメの燻製を噛みながら、ぬえは妹紅の隣を歩いていた。山道は険しく、なんども休憩を取らなければならなかった。痒みも痛みも、今は潮騒のように引いていた。
二人の旅に、どこへ行こうか、なんて言葉はない。向かう先々で妹紅は人々の声を集め、妖怪を追い払い、報酬をもらっては、つむじ風みたいに消えていく。その繰り返しを、かれこれ四百年近くも続けているという。
「自分でもさ、馬鹿みたいだって思うよ」
妹紅は、空を追い越していく鳥を見ながら、そう云った。
「それでも、何もしなかったら、もっと馬鹿になっちゃいそうだから」
「どうして、馬鹿になっちゃいけないのさ?」
困ったような顔が返ってきた。
「さぁ、なんでだろうね。なんで、いっそのこと狂っちまわないんだろう」
妹紅が立ち止まった。ぬえは三歩だけ進んでから、振り返ってやった。
また一羽、さえずりを落っことしながら、小鳥が飛んでいった。そよ風が髪をくすぐっては、林の中へと吸い込まれていった。木々の囁きは、耳に心地いい。
「たぶん、たぶんだけど」
大海のど真ん中で、板きれにしがみつきながら青空を眺めているような。そんな表情を、妹紅は浮かべていた。
「それでも、諦めきれないんだろうね」
「なにが?」
「世界だよ」
せかい、と口の中で繰り返す。
「川魚がウマくて、星空がきれいで、鳥に憧れるような、そんな世界が、私はどうしても諦めきれないんだ」
いつかきっと――そこまで云って、妹紅はふっと笑って、うつむいた。
二人は歩いていく。しばらくして、急に視界が開ける。木々の合間から姿を現したのは、いつまでも変わらない優しい眺望だった。青々とした葉に覆われた山のふもとに、人家の群れが見えた。昼飯時なのか、炊事の煙が上がっている。
ちょっと顔を見合わせてから、二人は笑いあって、人ごみに馴染めるように姿を整える。妹紅は、なまくら刀を筒に隠した。ぬえは、赤青二色の羽を引っ込めた。
こうするだけで、二人はどちらが人間で、どちらが妖怪かなんて、もう、わからなくなるのだ。
「さて、降りるよ」
「りょーかい」
「先に下で待ってて」
ぬえは首を振った。
「歩いていくよ、いっしょにさ」
【第四話 ~ ツチグモ・ハシヒメ・ツルベオトシ】
「ちょっと、黒谷――どういうことよ、これは」
「なんだ、顔面イズ直角鬼瓦。腹でも壊したか?」
「活きの好い魚が獲れたって云うから、こうして準備したってのに、それが、なんぞこれ。誰がこんなマーメイド出せって云った?」
水橋パルスィの言葉に、黒谷ヤマメとキスメは顔を見合わせた。
三人は畿内のとある山の中腹で、ぐつぐつと煮えている鍋を囲んでいた。立ち昇る臭いをかいだだけで、パルスィは身体中の生気が漏れてしまったような気分になった。
「水橋ってば、こちとら必死こいて麓まで降りたんだぞ。労いの言葉どころかクレームつけるなんて、どっかのおばはんみたいじゃないの、また小皺が増えるよ」
「パルパルは、元が人間だからね。こういう料理は嫌いかい?」
キスメが笑って腕を組んだ。トイレ用の吸引カップみたいに大きな袖口が、桶の外にはみ出た。
「……期待して損したわ」
土蜘蛛が、馴れ馴れしく肩を組んできやがる。
「まぁまぁ。ここはひとつ、サモア風の魚料理ってことで手を打とうじゃないか」
「サモアの人たちに謝れや」
改めて鍋のなかを見下ろす。そこに入っているのは、有り体に云ってしまえば、奇形の嬰児である。足は一本しかなく、耳と鼻と口の区別がつかなかった。
「せめて、原型がわからんように仕込んどいて欲しかったわね」
「で――水橋は食べないの? なんなら、そこらで笹でもかじってる?」
パルスィは鼻を鳴らした。
「食べるに決まってんでしょ」
□ □ □
「――捨てるくらいなら、産まなきゃ好いって思わないかい?」
ヤマメが目玉を舌で転がしながら云ったので、キスメは肩をすくめてみせた。
「まさか、かたわとは思わなかったんだろうね。あるいは、食い扶持を減らすためか」
「あっちじゃ老人が山に捨てられ、こっちじゃ赤ん坊が川に流され、か――末法が去っても、世は地獄ね」
パルスィが、骨を口の端でくわえながら、ごろりと寝ころんだ。
「それだよ!」
ヤマメが猛然と立ち上がる。
「いつから人間どもは、私たちじゃなくて、同じ人間を恐れるようになったんだ!」
「暴れんな節足女、埃が飛び散るでしょうが」
五寸釘を懐から取り出した橋姫の顔は、直角鬼瓦という言葉も、さもありなん。
「これが騒がずにいられるかい!」
「時代の流れ、なのかしらねぇ」
ヤマメの肩を叩いて落ち着かせて、桶に背を預けた。
「都じゃ今ごろ、敗けた連中の処罰でてんてこ舞いか。妖怪のつけいる隙間はなさそうだ」
「勝手にやらせとけば好いじゃないの」
パルスィが野良犬のように寝返りを打った。紅と藍の鮮やかな着物の裾が持ち上がり、陽に照らされた雪みたいに白い足が、顔をのぞかせた。
「なんだ、水橋。誘ってんのか、私は据え膳どころか台所に出向いてまで喰っちまう女なんだぞ」
「ちょっとでも変なことしたら、頭にもうひとつ鼻の穴を空けてやるからね」
ヤマメは耐えきれん、と云った風に頭を掻き回す。
「くそう、それでも宇治の橋姫か! ――かつて人間たちの肝をつぶし、貴族連中の鼻っ柱を折ってまわった私らが、ベンベン! こんな山奥に追いやられているんだぞ!?」
土蜘蛛が腕を振り乱して、廃寺の講堂をあっちこっちと指差した。床板は剥がれ、障子に和紙は残されておらず、安坐している仏像には首から上がなかった。
「神も仏もおらず、と掛けて」
キスメはつぶやく。
「妖怪が寝ている、と解く」
パルスィが後を受けてくれた。
「その心は――!」
ヤマメが吠えた。
…………。
「云えよ!」
「いや、あんたが云いなさいよ」
「こりゃ駄目だ」
洗い物もする気が起きず、三人は日暮れまで雑魚寝したのだった。
□ □ □
「パルパル、明日の天気はどうだい?」
「ん……このままいくと、まぁ晴れるでしょうね」
「そりゃ残念」
パルスィは膝を抱えて座っていた。その隣へ、キスメの桶がどすんっと腰を落とす。夏だと云うのに、涼しい夜だった。山裾を流れゆく川には、源氏蛍が乱れ舞い、いつかと同じような星屑の明滅を繰り返していた。
「黒谷のやつは?」
「ふて寝してるよ、お酒がないのが残念だってさ」
「そ」
膝頭にあごを乗っけた。カエルの合唱が、和太鼓みたいに鼓膜を揺すぶった。夏草たちは、風のリズムに乗って、パルスィの深緑の目線を誘った。
「……痛むのかい?」
はえ、とキスメの方を向く。
「やつだよ、朝家の守護さんさ」
「あぁ、妬ましいったらないわね」
過ぎ去ってしまえば陣風だ。あの男の言葉を、パルスィはほとんど覚えていない。
それなのに、満天の星を数えてしまえそうなくらいに長い年月が経ったのに、切り落とされた左腕の傷は、癒えてはくれない。なんとか奪い返して、左腕は元通りになったけれど、傷痕は残り続けた。ヤマメだって、首元に刀傷が生々しく残っているし、キスメも両足に斬りつけられた傷の痛みが原因で、桶から出て歩くことのできない身体になってしまったのだ。
それは、まるで傷というよりは、何かのしるしみたいに残り続けていた。
「ほんとに、妬ましい……」
親指の爪を噛んで、白刃のように鋭利な三日月を見やる。
「そういやさ」
キスメは、桶から干物にした人肉の欠片を取り出して、スルメみたいに噛みはじめた。
「昼間、ヤマメちゃんと帰ってきたときにさ、河童の川流れを見たよ」
「かっぱぁ?」
「妖怪みたいな人間ってことさ。長い白髪で、でっかい刀をぶら下げて、麓まで一直線に流されてったよ」
「あの急流じゃ、まず助からないでしょ」
「わからんよ。近頃の人間なら、そのうち空だって飛びかねない」
そうなったら、冗談じゃなく妖怪はお仕舞だ、とパルスィは思った。空の幻想まで打ち破られたら、私たちは何処にも行き場がなくなってしまう。
「……星まで手が届くのなら」
パルスィは、底の抜けた満天を見上げる。
「ついていきたい気持ちも、あるけどね」
「私は、桶のなかで充分だよ」
キスメが笑って、干物を呑み込んだ。
何を見るにも疲れたので、膝の間に顔を埋める。星屑も源氏蛍も、三日月さえも、これからの道筋は照らしてくれそうにない。そして、太陽の光は、決して妖怪の手には入らない。
「――なんだ二人とも、ここにいたのか」
いきなりの呼びかけに、パルスィは背筋を鉄棒みたいに伸ばしてしまった。黒谷、と云おうとして、舌がしびれた。
「今後の計画を話し合うよ。ささっ、戻ってちょうだい」
そう云って、ヤマメは返事も聞かずに背を向けた。こげ茶色の半纏が月明かりに照らされて、いつもよりも背中が大きく見えた。
二人はため息やら苦笑いやらを交換してから、土蜘蛛の後を追った。
「まぁ、私はあいつで好いや」
キスメが呟いた。カエルが葉先を蹴る音よりも、ずっと小さな声だった。
翡翠みたいに光り輝く、釣瓶落としの髪を見つめながら、パルスィは心のなかで同意してやった。
□ □ □
翌朝は、パルスィの云ったとおりの快晴だった。
三人は嬰児スープの残り物で腹を慰めたあと、ヤマメを先頭にして山を下っていた。蝉の鳴き声もなく、蛇の一匹も出ない、なんとも静かな朝であった。
「ねぇ、本気なの? 今さら都にいくって」
「くどいぞ、鬼瓦。妖怪の復権を目指すのだ」
「でもさ、ヤマメちゃん。この姿じゃ、宵も待たずに刀の錆だよ」
キスメはやられた、とポーズをしてみせた。ヤマメのポニーテールが三日月のように弧を描く。
「そこは、ほれ。髪を染めて、何食わぬ顔をして紛れ込むんだよ」
「そう上手くいくとも思えないんだけど」
橋姫の言葉に、土蜘蛛が拳を振り上げる。その拍子に瘴気があふれ出てしまい、一帯から命の気配が完全に消えた。
「水橋ったら、そんな風にネガティヴだから、いつまで経っても目じりの皺が消えんのだ!」
「ねぇよ、そんなもん。おばさん扱いすんじゃねぇ」
にらみ合う二人に割って入りながら、師に質問するように手を挙げる。
「うまく潜り込めたとして、昔みたいに暴れまわるわけにもいかないし。なにか考えでもあるのかい?」
「好い質問だ。水橋よりも、よっぽど建設的で頼りになる」
「大きなお世話だ」
「戦で重要なのは、相手を知ること、これっきゃないね。まずは、人間がどこまで妖怪の先をいってるか、確かめなくちゃいけない」
「お寺よりかは、マシな場所に住める」
「その通り」
「捨て子よりかは、マシなもんだって喰える」
「まったくまったく」
そう云って、ヤマメは目玉を噛み潰した。今まで口に含んでいたらしい。それを見たパルスィが、ヤマメから距離をとるように歩き方を変えたので、土蜘蛛が立ち止まって振り返る。菓子を取り上げられた幼子みたいな顔をして、橋姫を睨みあげている。
「なんだよ、水橋――私のことが嫌だったら、ついてこなくてもいいよ」
緑色の瞳が、かっと燃え上がったのが見えた。キスメはやれやれ、と桶にもたれかかった。
けれど。
「誰も、嫌なんて云ってない」
「へ?」
ヤマメがたじろいた。
「もうね――どこまでも、ついていってやるわよ」
「水橋さん?」
「あんたに、どこまでも付き合ってやるって云ってんの」
金髪が揺れた。キスメたちを追い越して、パルスィはずんずんと先へ進んでいく。
「……た、例えばさっ!」
ヤマメの大声に驚いた小鳥たちが、空へと飛び立っていった。木々のざわめきも、その時だけは止まっているみたいだった。蝉だって、カエルだって、武士の勝ち鬨だって、この声量には敵わないんじゃないかと、キスメは思ってしまった。パルスィが足を止めて、肩ごしに振り返る。
「例えば――私が地獄に落っこちたって、水橋はついてきてくれるかい?」
「ふん、望むところよ」
パルスィは、もう振り返らなかった。ヤマメも、それ以上は何も云わなかった。いつもの真面目なのか、ふざけているのか分からない表情に戻って、こちらを見つめてくるだけだった。
キスメは、だから、両手を振ってやった。
「私でよけりゃ、地獄にだってお供すんよ」
あんたらを見てると、飽きないしね――その言葉だけは、流石に云うのも野暮だったので、云えなかったけれど。
「えへへ、それじゃ行こっか」
「あいあいさぁ」
頬をかいて走り出したヤマメのあとを、キスメはふよふよと追いかけた。
【第五話 ~ コーリング・マイフレンド・ネーム】
「源従五位、つながりましてございます」
「うん、ご苦労」
平治二年の冬、源頼政は久々にとれたオフを自宅で満喫していた。庭園の桜木には雪の名残がうかがえ、流れの遣り水には氷の膜が張っていた。今にもしんしんと雪の降りそうな曇り空は、けれど夏夜の涼風のような静けさを、座敷まで届けてくれた。その似つかわしさは、心を休ませるに満ち足りたものであった。
狩衣の略服に身を包んだ郎党が、うやうやしく呪符を差し出す。
「時間は?」
「蝋燭一本が燃え尽きるまで、と伺っております」
「分かった、下がってよい」
はっ、と声を落っことして、狩衣の男は足音を立てないようにして去っていった。
受け取った呪符を眺めながら、今にも雪の積もる音が聞こえてはこないか、と耳を澄ませる。鳥の一羽も見当たらず、歌を詠むには少し殺風景かもしれぬ。いや、これも冬の一興、と思い直して咳払い。
やがて、頼政は松脂の蝋燭に火を灯すと、呪符に刻まれた文言を朗々と読み上げた。呪符の朱文字が一瞬だけ光り輝いたかと思うと、それは陽の照らしのようにほのかな熱を帯び始める。地の底より群衆のざわめきが座敷を転げまわり、ふっと収まった次の瞬間、しわがれながらも芯の通った男の声が、呪符から木霊した。
「はい、こちら西行でございますが」
「あ――義清? おれおれ」
「……詐欺師に知り合い作った覚えはねぇぞ、頼政」
「最近どうよ?」
「どうもこうもないさ、毎日が新しい発見。歌もいくつか出来たね」
「そいつぁ羨ましいな、あやかりたいもんだ」
「出家と称して京を出たらどうだ? この世の中、武士ほど空しい職はないぜ」
「そうもいかん。去年の変事の後始末に追われて、休む暇もないんだ」
「そうそう――それで思い出した」
声が急に改まる。
「おい、頼政。聞いたぞ、義朝のおやっさんが討たれたそうじゃないか。でかい噂が尾ひれ付きで届いてるよ」
頼政は、白髪の増え始めた頭をかいて、呼吸を整えた。
「これも時流だよ、今じゃ清盛公に逆らえるやつはいない」
「それで、昔の友人が恋しくなったってか?」
からかうような言葉に、頼政はかえって救われた気分になった。
「……愚痴になるけどな――朝廷じゃ、俺が義朝公を裏切って、平氏に尻尾を振ったなんて囁かれてんだよ」
「ふぅん、そりゃ難儀なこった」
虎の子を崖から突き落とすような物言いだが、その肌触りは優しかった。
「俺は、そもそもが摂津源氏の出身なんだ。坂東から出てきた田舎武者の義朝公らとは、田んぼも畑も違う」
「世間じゃ、そこら辺の事情を汲んでくれないわけだ」
そうだ、と頼政は云おうとして、声が詰まった。庭の冬景色が、急に余所余所しく感じられた。
「で――なんだ、なにか相談事があるんじゃないのか?」
「……そうだったな、このままじゃ『東方でやる意味あんの?』なんて読者に突っ込まれてしまう」
「メタ発言はやめろ」
「すまんかった」
頼政は深呼吸する。旧友は、こちらが口火を切るまで待ってくれていた。
「実は……俺、恋をしているんだ」
友人が、富士山の火口みたいに口をあんぐりと開けている様子が、目に浮かぶようであった。
「マジかよ、相手は?」
「その、鵺なんだ」
「ぬえってなんだ、お前、まさか」
「――ようかい」
頼政の声は、穴を空けられた紙ふうせんみたいに落っこちた。
「……引くわぁ、これは引くわぁ」
「ほ、本気なんだよ、これでも」
友人の声は、重病人を慰めるみたいな色に変わっていた。先ほどまでのつっけんどんな態度のほうがマシであった。
「そりゃあ、お前の幼子好きは薄々感づいてたけどよ」
「えっ、うそ?」
「嘘じゃねぇ――だから、たとえ十にも満たない童って云われてもよ、俺は流してやるつもりだったんだぜ?」
瀬戸内海よりも深いため息が挟まれる。
「でも、人外はねぇわ。マジねぇわ。齢五十にもなって、ロリコンから更にランク・アップとかパネェっす」
「そこまで云わんでも」
「だいたい、鵺はお前がバラバラに切り刻んで、笹の小舟に乗せて鴨川に流したって話じゃないか」
「偽の報告をでっちあげたんだよ」
「帝に嘘をついたのか!?」
頼政は、その場に立ち上がって吠えた。
「だって仕方ないだろ!? あんな可愛い幼子を粉々に切り刻めだって、んな勿体ないこと出来るわけねぇよ!」
「このロリコン!」
「このセンチメンタ野郎!」
しばらくの間、二人の激しい云い争いが座敷を飛び交った。互いが互いの弱みを金玉よろしく握り合っているぶんだけ、罵り言葉ひとつにも工夫と迫力が窺えた。
「……本気なんだな?」
汗だくになって座敷に大の字になった頼政に、疲れ切った声が降り注いだ。
「本気だよ」
「わかった、それなら何も云わん」
「狐に化かされたんじゃないぞ、本当に一目惚れなんだ」
「そういうのを化かされたって云うんだよ――ま、蛇に嫁入りするやつだっているんだ。応援してやろうじゃないか」
「その言葉を待ってた」
「これから、どうすんだ?」
頼政は姿勢を正す。
「とにかく、精一杯やってみるつもりだよ。出世すれば一門の名誉、それだけ鵺も、俺の名を耳にする機会が増える」
「健気だねぇ」
友人の声は、大事な話を耳打ちするみたいに低くなった。
「もし失恋したら、一緒に来ないか? お前となら、好い歌を詠めそうだ」
「そんなつもりはない、これだけは諦められない」
そうか、まぁ頑張れよ、と友人は結んで、伝話を切った。
この歳になって頑張れ、という言葉をかけられるとは思わなかった。頼政は物云わぬ呪符をしばらく見つめたあと、目をつむって静寂に身を委ねた。雪の積もる音が聞こえる。いつの間にか、降り出していたらしい。
「失礼、終わりましたか?」
郎党が畏まって板敷に控えていた。
「なぁ、早太」
「はっ」
「笹の船は今ごろ、どこまで流れてしまったのだろうな」
「……従五位、自分は歌人ではありません。そのような問いかけをされましても」
「いや、いい」
覚えてないか、と頼政は笑った。
「雪は、好きか?」
「馬の鍛錬が出来やしません」
郎党も、困ったように笑った。
庭園の雪景色は、ふたたび暖かな静けさを湛えて、頼政を待ってくれていた。はるか同じ空のしたで、妖怪の少女も、この雪を眺めているのだろうか、と思った。
春は、まだ遠い。
~ To Be Continued ? ~
.
>「藤原ぁ……」
ふじわらの
『東方でやる意味あんの?』
段々横に居るのが当たり前になって情が沸いて来てしまう無頼なもこたんもいいですね
打って変って地霊三人組は呑気だなぁ 喰ってるものは人間基準で全然呑気じゃないけどw
頼政と西行のやり取りは爆笑しました「このロリコン!」「このセンチメンタ野郎!」
仲いいなあんたらw てか頼政ほんまにニーソ萌えだったんかい! 一目惚れかいな!
しかしちょっぴり応援したくなるから困る だってこの頼政すげぇいいキャラしてるもん
でもぬえちゃんは渡さないよ! ないよ! 素敵な作品をありがとうございます
東方二次はこういう鬼子がちょくちょく現れるので目が離せない
こんなどこか緩い感じが面白いw
GJ!
で、頼政のヘンタイぶりと掛け合う西行さんがすごすぎる
人に恐れられることを忘れてしまったかのようなヘッポコトラツグミ、ぬえの不安定さや、どこか妖怪としてはぐらぐらしている部分を堪能させていただきました。
輝夜と出会う前の、妖怪退治期絶賛生きる意味を見失い中のもこたんのぶっきらぼうさも良いですね。妖怪と人間の立場が逆転したような二人が絡む場面は艶があってドキドキしました。
ヤマパルキスメ組は、ヤマパルがリア充過ぎて妬ましい
そして西行さんと頼政さん。この話で真人間なのはこの二人だけなのに、なんぞこれww
各人の生きる背後の世界が、ささやかな描写から鮮やかに立ち上がっていて、それがぬえの恐れにより深く感じ入り、妹紅の呟きにより共感でき、ヤマメらの妖怪らしい享楽さを引き立てていると感じます。時代設定が現代でなくても、匂いを感じるようなリアリティさですね!
続きが読めるのがとても楽しみです。