この作品は、作品集87にある『気付けないからキャプテンが悪い話』の続きになっています。
今までの流れを把握していると良いと思います。
惚れたから私の負け。
ずっと一生、私の負け。
知らなかった好きな人の一面。
初めて知る事が出来た彼女の根底。
船長であろうとして目を瞑り続けてきた彼女を知って、私が感じたのは、ひたすらの愛しさ。
どうあがこうと、どう抵抗しようと、どう意地を張ろうとも。
私はとっくに、村紗水蜜という存在に、馬鹿みたいに惚れていた。
だからもう、どうしようもない。
船長の帽子を外して、苛立たしそうにそっぽを向くムラサ。
優しい笑顔を出す余裕の無い。紳士的なエスコートもできない。どこか八つ当たりするみたいに私を睨むかんしゃくもちの子供みたいな彼女。
参ったな。好きだな。
私、封獣ぬえは。
今でも愛の告白をしたいぐらい、村紗水蜜が大好きなのだ。
きっと、ずっと。
馬鹿みたいに大好きなのだ。
「……好きな人って、どうすれば好きな人になるんだろ」
ぼそっと。多分つい口に出したんだろうそれに、ああ、そこからなのね。と私は頭の後ろで腕を組みながら全力で脱力しそうになっていた。
昨日、ムラサに好きな人ができるお手伝いをすると約束して、一日の猶予を与え、本日、ムラサの部屋で作戦会議でもしようとかなと部屋を訪ねると、ムラサは綺麗に片付けられた部屋(ムラサは何かあると部屋を片付けて現実逃避する癖がある)の真ん中に座り込み何か考え込んでいたので、私は黙ったままその後ろに立っていた。
「……あれ? そもそも好きな人って……どういうの?」
心の病気かあんたは!?
知ってたけど!
どんだけ人の心とかそういうのに無頓着だったのよ!
どうやら私の存在に気付いていないムラサに、声をかけるタイミングを逃しつつも、そのどうしようも無さ過ぎる残念さに頭痛を覚える。
「…………わかんない。…………パルスィ」
ってお前ッ! そこであの女の名を呼ぶわけ?!
そこは手伝いを申し出たこのぬえ様の名前呼べよ! いい加減にしないと抱きしめて愛を囁くぞ?! 寂しいじゃん!
って、いや、我慢。我慢ッ!
昨日だって、ついメーターが振りきれてほっぺにちゅうとかしちゃって、動揺させちゃったもの。
今、驚かすみたいに後ろから抱きつくなんて、したいけどしたら駄目だ。
もう少し余裕もたせないと、ムラサがパンクしちゃうし、何とか踏みとどまろう。
ムラサの背中、凄く油断していて、抱きついたらびくってして可愛いんだろうな……
むずむずする。
「……好き、好き、好き? お魚が好きとかとは違うんだよね。やっぱり」
当たり前だこの馬鹿。
全身で再度脱力して、抱きつきかねなかった体をがっくり前に倒す。
うっかりキュンってしちゃうから馬鹿ばっか言うな馬鹿ムラサ。
「……いっそ、皆にキスしてみたら分かるのかな?」
「分かるかぼけ」
「……そっか、そうだよね」
思わず突っ込んだ。
脳内でムラサがそこらの里人に唇を許している所を想像したらイラッとしてしまったのだ。
するなら私にしろってのよ!
そして、ここまでしているのに、だけどムラサは私の存在に気付いていない。
どんだけ素のムラサが駄目な子なのか分かるいっぱいいっぱい振りである。ちゅーしたい。
あ、今なら髪の後ろとかにキスしてもばれないかな? していいかな?
「……一輪にキスされた時。……妹なのに、やらしい目で見てしまった」
「普通でしょ」
「……でも!」
「別にいいじゃん。本当の姉妹って訳でもないんだし」
「……でも、ん?」
と。そこでようやく膝を抱えていたムラサがいぶかしげに顔をあげた。
残念、キスできない。
少し無念だが、急いで口笛でも吹きそうな体勢に戻る。それから私の方をゆっくりと振り向いて、ひぐぐっと顔がひきつるムラサの顔を見た。
柔らかそうな頬が固まり、瞳は怯えた子犬の様に震えていた。
……誘われてる?!
一瞬で、飛び掛りそうになった。
が、グッと自分を制した。
「ぬ、ぬえ?! な、何で」
「ノックはしてないけど、気配を隠したつもりもないよ」
「っ」
「それより、面白い独り言だったわね、ムラサってば一輪が好きなの?」
「ちがッ! そ、そりゃ好きだけど、そういうのじゃない? 筈? で? い、一輪は私の妹だもの!」
「……」
いや、それ自分でもいまいち自信ないよね? 疑問符が多すぎ。そんで可愛すぎ。
両手じたばたさせて顔真っ赤にさせて。……これが、素の、村紗水蜜なんだよなぁ。写真撮りたい。
船長としての村紗水蜜も、そりゃイライラしっぱなしだったし、何度ぶち殺そうと思ったか分からないけど、それでも大好きだった。
なのに。今のムラサは。
……なんか、見ているだけで凄い母性本能をくすぐられるっていうか。
恋が愛になりそうっていうか。
今すぐにでも押し倒して、恋愛の初心からじっくりたっぷり教えたくなるっていうか。
苛め心をくすぐられるというか。
どっちにしろ好きに変わりなくて悔しいっていうか。
「……な、何?」
「ん? どうかした」
「いや、顔が邪悪だった」
「……乙女に向かってなんて事を言うのよ」
「……おとめ?」
かなり疑わしげな表情された。
失礼である。
殴りそうになったので、自分の腕を羽でぐっと押さえた。
うむ。船長じゃないこいつは相当に無神経なようで……って、いやいや。船長の時でも無神経だったわ。
かなりのものだったわ。
やっぱり人並みの感情を知らないのが問題なのだろうとは思うけど。そこら辺はしっかりと調教、もとい矯正していくべきよね。
今後の為にも。
「……こほん。とりあえず、ムラサ」
「え? なに?」
「好みのタイプとかある?」
「え?! な、なにいきなり?!」
「いや、いきなりも何も、好きな人を見つけるにも、ムラサの好きなタイプが分からないとどうしようもないでしょうが」
「……う」
主旨がずれない内に、と本題に入る。
私としても興味あるから是非に知りたいし。何より今後の参考になる。
真剣な顔で見ると、ムラサは「ぅう」と弱々しく呻いた後に。視線をきょときょとさまよわせて、ぎょうっと拳を握って、上目遣いになる。
「…ッ」
誘ってる? 誘われてる?! 襲っていいの?! キスしたい!
思考がどうしようもなくあっち方向に逸れかけた時、ムラサがおもむろに唇を開いて、ハッと我に返った。
危なかった。今のは危なかった。内心猛省ものである。
「あ、あのさ」
「…う、うん」
「好きなタイプって、何?」
「……あ゛?」
声がドスっぽくなった。
びくっとムラサが動揺する。
「い、いやだって。好きなら好きになるものじゃないの? タイプとか、ほら、よく言われてるけど、よく分からなくて」
「…………」
あ。
あー。
あー、はいはい。
そういや、ムラサが酔った時にも似た様な事があったわねうん。
こいつ自分のそういうのすら分からないのね。
はー、と。
長い、長い溜息を吐く。
「……処置なし?」
「ぇう?!」
「……ムラサ、ってさ。好きな人が欲しいのに、好きになるべき指針すらないって、大海原で星も見えずコンパスも無く帆もぶっ壊れて食料ゼロ、ただ独り波に揺られて漂ってるレベルに残念仕様よ」
ガーン、と。
例えの効果か自分の駄目さ加減にか。ムラサはショックを受けた顔で、じわぁっと双眸に涙を浮かべた。
ぞくっとする。
「……わ、私、そんな絶望的なんだ」
「ようやく理解したんだ?」
「……」
唇がぷるぷる震えて、ぎゅって必死に引き結んでいる姿にぞくぞくしてきた。
その全身を熱する震えに、ムラサに協力とか、忘れそうになる。
今すぐあの唇にキスしたい。そんで驚いてぽろって零れちゃいそうな大粒の涙を、ざらりと舐めたい。きっと美味しいんだろな。そんで、驚くムラサを抱きしめて、好きって告白したら、そしたら、私のになってくれるかな?
一生。傍にいてくれるかな?
……。
…………。
…ん。
きっと、駄目なんだろなぁ……
苦笑して、目に毒なムラサからそっと目をそらす。
拳を、強く握る。
羽をくねらせて。
居住まいを正して。
今でも、告白したくてキスしたくて抱きしめたくて、色々したくてされたくて。
でも、きっと、無理なんだよねぇって。
思うだけで、終わっちゃうんだよねって、自嘲した。
……せめて。
ムラサの涙が零れたら、ぬぐうぐらいはしてもいいかなって。見つめる。
結局。
ムラサは泣かなかった。
◇
ムラサに必要な存在は、ムラサを浮上させられる奴は、どんな誰かがいいか。
私にはもう分かってる。
そして、それは、絶対に私じゃないって事も、知っている。
……。
私はむしろ、ムラサを引きずりこんでしまう奴だ。
分かってる。分かってるってば……!
気付いたから。
知ってしまったから。
あの日に。
ムラサが、橋姫とデートをした日に。
私はムラサの闇を見た。
橋姫に向ける、無邪気な笑顔。船長らしくない、求めたものから外れる行為。
知らなかった。
知りたかった。
だけれど、本当なら私には一生知れない事だったとも理解した。
寂しい奴だと。
悲しい存在だと。
空しい在り方だと。
心の中がぐちゃぐちゃした。
悲しくて、自分の足元を見直した。
私とムラサの距離は、遠かった。
私はムラサが好きだけれど、ムラサは私をそういう目で見ない。
いや、見れない。
なぜなら、私が正体不明だから。
私が、踏み込めないから。
知られたくないから。
だけど、好かれたいと、歪んでいるから。
……最初から。
そんな私では望みは無かったのだ。
ムラサに必要なのは、素直な心で、その闇を受け入れ、受け止められる懐の広さと、強さ。
私みたいに、ただ求めて、歪んだ方法で好意を伝えて、伝わらないからと逆切れして、我侭する。こんな奴では。無理なのだ。
ムラサが、私の気持ちに気付く事は、このやり方では最初から届くはずが無かった。
何も知らない赤子に、悪意の石を投げているとしか受け取られない、今までのやり方では。
「……ッ」
でも、でもね?
ムラサが好きな気持ちは本当なんだよ?
初めて出会った時から、特別を感じた。
私の『形』が、ムラサに近くなった。
鏡を見る度に、ムラサを思い出せて、嬉しくて。
ムラサと素直に話せないから、悪戯して、それで怒られるけど、きゅうきゅう胸が喜んで。
好きだと、何度も心で伝えた。
そして。
そんな私の失恋は。
きっと最初から決まってた。
馬鹿みたいだね?
そして。
ごめんね。
意地悪ばっかして。
本当に、ごめん。
せめて最後に。
少しでも役に立つから……
もうちょっとだけ、傍に、いさせて下さい。
ムラサ。
◇
決意は、改めて。
だけど、
触れたいな。と、ぼんやり思った。
けれど、体は動かなかった。
そうこうしている内に、ムラサはごしごしと目元を擦って。拗ねた顔をしながらも「じゃあ、まず帆を直す!」とか勇ましい事を言ってきた。
私は小馬鹿にする様に笑って、あぐらをかいて座り、肩を竦めた。
「できるの?」
「や、やってみる」
「ムラサの帆ってさ。つまり『心』だよね」
「ぅ」
「心がしっかりしているから、色々な風を受けて、色々な場所にいけるんだよ? それなら、舵だって直さなくちゃいけない。コンパスも手に入れて、食料だって何とかして、凄く、大変だよ? 自分の好み、進む場所、余裕も、色々なものを、今から手に入れなくちゃいけない」
「そ、それでも!」
ムラサは、決意の瞳を向ける。
やらなくちゃいけないのだと。諦めてたまるかと、強い瞳。
私の大好きな瞳。
諦めの悪い、ムラサだから出せる光。
エメラルドグリーン。宝石みたいな深くて、でも新緑みたいに初々しい。
全身が痺れちゃう眼差し。
心が、切なく鳴った。
聞こえない振りをする。
私の赤いだけの瞳と全然違う。
頬が否応無く熱くなって、緊張して、手の平に汗が滲んで、ドキドキして。
泉の様に、好きって気持ちが溢れる。
心の中が、ムラサへの想いではちきれそうになる。
「…っ」
「頑張らなくちゃ、いけないもの」
「む、ムラサ」
「だって。私は、知らなくちゃいけないから」
「……なんで?」
「……っ、ぱ、パルスィに言われたから、っていうのもあるけれど。でも。……私は、本当の船長になりたいし、本当の……『私』を、見つけなくちゃ」
「だから、何で?」
「……だ、だって」
俯いて。
泣きそうな瞳で、だけれど泣かないで、ムラサは悲しげな顔をする。
搾り出す様に、ムラサは喉を震わせる。
「……そうじゃないと、きっと。……『水死体』を好きって言ってくれる、『誰か』に会えない……」
「ッ」
なんて。
馬鹿。
そして、愛しい。
馬鹿。
ならば、私だって。
馬鹿だ。
ここにいるよ。って……言えないから。
そんな資格がないから。
私は、そんなムラサの、ようやく、吐いたのだろう。正直な気持ちに。顔を歪ませて、苦しまなくちゃいけないのだ。
いるよ。
いるんだよ。
ムラサを、好きって誰かは。ちゃんといるんだよって。
天井を見上げて、ぐっと奥歯を噛んで、ガクガク震える喉を全力で押し殺す。
言いたいのに。言えなくて。
だから、私は。
ギリッと、舌を噛み、口内に鉄の味を感じながら、笑うのだ。
喉を自身の血で潤して、平静な声を出して。
「はぁ? 水死体って、そんな気持ち悪いの好きって言ったら変態じゃない」
「……」
「どうしたのよムラサ? ……っ、なんか変なのでも食べた?」
「……」
「まあ、どっちにしろ、ムラサの好きな人探し、ちゃんと手伝ってあげる。私がついてるのよ? どーんと大船に乗ったつもりで構えてなさい。すぐにでもあんたが夢中でお尻をおっかけたくなる奴を見つけたげるわよ!」
吐き気がする。
どの口がいう。
なんて明るく、そっけなく、力強く、そんな事が言えるのだろう?
喉を、刃で抉りたくなる。
「…………うん」
そして、長い間の後に、ムラサは頷いた。
顔をあげたムラサの顔は、どこか『船長』を思わせる、笑顔をしていて。
だけど、眉根はさがって、弱々しくて、抱きしめてあげたくなる、そんな表情で。
ちゃんと私を見た。
そのまま、ムラサは私にお礼を言う。
「ありがとうぬえ、頑張るよ」
――――
あぁ、
こんなに嬉しくない。
ムラサからの『ありがとう』があるなんて。
「どういたしまして!」
私は知らなかった。
好きだよぉ、ムラサ。
小さく。
泣きそうな、情けない、馬鹿みたいに震えた、声でただ。
笑うムラサに、聞こえない声で、そう言った。
やっぱり、ムラサには伝わらなかった。
もどかしい、もどかしすぎます!!
本当に二人が結ばれるのかという不安とどういう最後に持っていくのか気になりすぎて変になりそうです
今回も夏星さんの物語にのめりこみました
次回も楽しみに待ってます
どんな結果になっても皆がハッピーになってほしいな。
ぬえかわいいなちくしょう!キャプテンはほんと悪霊だよ!
ふたりとも幸せになってくれ
ムラサ本人や周りがどうなっていくのか気になります。
船長←ぬえ←俺の一方通行ができてしまった。
でも……そういう展開もちょっと期待しちゃう罪深い一読者っす