雪はまだ降らない。風が吹き、静寂の中に冷たい音が生まれる。
精彩の失われた、灰色のぼやけた世界に、私自身が内包されている。乾いた土、熱を持たない木々、傷む空気……何もかもが、私を痛めつけるためだけのように存在しているようだ。それが下らない自虐、自傷癖だってことは分かってる。一人頭の中で囁くことでさえ、他人を傷付けることがないだけで、心を殺すことは分かってる。自虐は嫌いだ、誰も救わない。それでも、繰り返してしまうのは、最早風物詩のようなもので、冬には気分の移り変わりばかりを追いかけている。
現実にいる紫の代わりに。
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俯き、細い自分の足を見る。紫が好きだと言ってくれた部分を、私は何より好きになれる。足も、腰も、お腹も、二の腕も、手も、指も、首元も、耳元も、髪も、おでこも、頬も、唇も、舌も、目も、瞼も。自分では何がいいのか分からない。自分よりもっと美しいそれぞれを持っている女の子はいっぱいいると思うし、何より言ってくれた紫自身が誰よりも美しいのに、それを無視しているのだから、私には何も言えない。紫を褒めることが、紫が褒めてくれた私を無視しているようで、悪い気になる。
紫の言っていることは嬉しいけれど、間違っている。私がもし紫ならば、自分のことばかり褒める。『ちんちくりんで』『面倒臭がり』、『愛情を与えられてもちゃんと答えられない』、『一人で生きていけるような顔をして』、『紫がいないと生きていけないくせに』、『素直にならない』、私のような存在など放っておくのに。放っておいて、相応しい相手を探すだろう。
紫はそうするべきなのだ。だから、そうしたのだろう。紫がいなくなる冬にはいつもそう思う。実際はもっと単純なことだと分かっている。でも、紫はもっと良い相手がいる。それは間違いない。けれど、正しいことと紫の言うことは、違う。
『あなた以上の人なんていないわ』
嘘だ、と思う。でも紫にとっての本当と私にとっての本当は違うらしい。実に不可解なことに。
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紫が私を愛してくれるということが、嘘みたいで、でも何よりも嬉しく、幸せで、私にとっては正しいこと。でも、本当のこととはどこかで信じ切れない。
紫が私を愛してくれることが、私を本当にしてくれる。紫がいないなら、私は嘘みたいなものなのだ。価値もなく、意味もなく、存在していることのない。
博麗霊夢という存在の主体は、紫にあるようなものだ。どうして本当に、そうでないのだろう。そうであったならどんなに良かったことか。
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過ぎ去ったことのように、自分の姿を見つめている。
心はまだ傷ついてる。でも、自分への愛情が生まれている。紫が褒めてくれた身体を、悪くする訳にはいかないから。急に寒気を感じて両腕で自分を抱くようにすると、また風が吹いて震えた。顔をあげると、世界は灰色のままで、でも、紫の視線があるように思えば、自分には色がある気がする。私の見える世界ならば、季節は関係ない。紫だけが色を持っていて、そうでなければ、私は灰色の世界で色を失って一人だ。
哀しい、けど、哀しいのはいつまでも続く訳じゃないから、私は立ち上がって中に入る。身体を温めて、ご飯も食べて、紫にいつ見られたって良いようにしておかないと。
水音は、夜の中響くだろうか。冷たい空気を超えて紫と共有できるだろうか。紫に艶めかしく触れている空気が私に届かないことからすれば、思考も感覚も、遠い距離を隔てて触れることは不可能だろう。
お風呂場でそんなことを思う。空気が熱に煙り、暖かな湯は私を穏やかにさせてくれる。不自由のない温度。
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私は思う。愛情の在処を、私は知らない。紫が愛していると言う時、明らかなはずのそれを見失う。覚えているのは、言葉とともに指先が触れた肌、言葉と共に感じていた温度だけが、紫の存在を、愛情の存在を知っている。あったはずの愛情は、皮膚の上に幽かに残り、あとは不安と綯い交ぜになって私の中で失われている。元より、いつだって在るとは信じていない。
思考は一つしかいらない。まるで私の身体はいつも紫の思考に寄り添っているかのように、紫のいない私はまるで全てを失ったかのように空疎だ。愛しい。愛しい。
愛しいと思うことさえ罪悪に思う。どうして愛しているのだろう、愛情ばかり紫に押しつけて、必要のない重苦しさを紫に与えてるのじゃないだろうか。
だから、いつも何も感じていないふりをする。愛している愛してない、そんなのどうだっていいじゃない。そうやって紫の愛情を受け流している。元より何もないから依存するのだ。依存していれば楽だから。でも、そんなのよくないから一人で生きる。一人で、紫が来てくれるのを待っている。
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いつだって、私は、紫に私を支配させていたい。紫の意志? そんなの知らない。
紫は私のことだけ見てればいいの。
……でも、そんなことは言わない。
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私はいつだって紫に所有されたいと思っている。意識さえ、意志さえ紫に奪われてしまいたい。
思考も何もない、紫の手指になってしまいたい。紫の無意識のうちに愛でられる、紫の動作になりたい。
紫の秘所を撫でる、紫自身の指になりたい。
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もう紫は眠ってしまっただろうか。雪もまだ降らない。独り寝の寒さなんてお構いなしに、紫は力を休めているだろうか。
春になれば、と思う。同じような思考を繰り返しながら、私は春が来るのを待っている。
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夜の中、暖まった身体を炬燵に入れる。風呂上がりの浴衣が汗で湿り気を帯びるのを感じながら、夜が過ぎていくのを待っている。
今日はこのまま眠ってしまおう。
夜が過ぎれば。時間が回り、幾度もの夜を終えれば、またあなたに会える。
夜が過ぎるように、目覚めれば冬が終わっていて。
遠い時間の向こう、あなたは待っていてくれる。
……本当にそうだろうか。冬はいつもこんなことばかり考える。寂しい、なんて言いたくない、紫を怯えさせるだけだから。紫に待っていてほしい。ううん、そんなことも考えない。
ただ、紫がいつ会いに来てもいいように、私はずっとここにいる。
まるで狂っているみたい。他に何もいらないの。
ツンデレともヤンデレとも違うこの霊夢は良いね
相手にその素振りすら生涯見せそうにもないとこに萌える同意
この霊夢、紫が心移りでもしようものなら異変と銘打ってその相手を滅ぼしそう。
そそわの方はまだチェックしていないので、読んできますね。
向こうで2回コメントするのはRate下がるしよろしくないと思ったのでこちらにリクエスト書いてもいいですか?
輝夜×幽々子のお話を読んでみたいです。お互い和なお姫様でご趣味も合いそうだしいい組み合わせなんじゃないかと。原作だと幽々子は蓬莱人苦手らしいけどその辺の調理加減はお任せします。×が無理なら+でもいいので出来そうでしたらお願いします。
面白かったです。ありがとうございました。