この愛しすぎるお嬢さんをどう可愛がってあげようか。気を抜いたら鼻血が噴出して空でも飛べてしまいそうな程の想いをどう伝えようか。
今すぐにでも食べたくなってしまうこの衝動を如何に抑えようか。
赤い悪魔、レミリア・スカーレットは思い悩んで悶絶していた。
それを読めてしまう可憐な恋人はさらに悶絶していた。
夜に互いの家を行き来してこっそり逢瀬を重ねるデートは飽きた。そろそろ雑踏あふれる場所にデートに行きたい。しかも昼間に。人里に甘味処ができたって言うじゃない。行って羊羹でも食べたいわ。あ、さとりはカフェでケーキの方がいいかしら?
レミリアが言い出したのはつい昨日のことだった。
彼女は言い出したら聞かない。そして自分の願いは全て聞き入れられると思っているし、事実、今までは全てのことが思い通りになっていた。もしかしたら彼女は能力を使って運命を操り、自分に都合良く変えてきたのかもしれない。それとも、優秀すぎる従者がどんな難題でもそつなくこなしてしまうからかもしれない。いや、根本的にそれだけのカリスマ性や、実力を持っているということもあるだろう。
今まで全てがレミリアのリードだった。いつもいつもそうだ。面白くない。たまには、いや、生まれて初めての思い通りに行かないことを自分がやってやる。たまには、私だってレミリアさんをリードしたい……。
そんな可愛らしい願いを持つ可憐な恋人は意を決して拳を固めた。
間欠泉から怨霊が湧き出る異変の後、地上と地底のお屋敷の主は出会った。いつものように招かれてもいないのに博麗神社にお茶をしに行ったレミリアが、同じく勝手に上り込んでいた魔理沙にけしかけられらのがきっかけだった。
「なぁレミリア。お前に怖いものってあるか?」
「そりゃ吸血鬼だからね。太陽や銀、ニンニクなんかは普通に怖いよ」
「じゃあそれ以外に怖いものはあるか? 吸血鬼としてじゃなく、『お前』が怖いものだ」
「そんなの、あるわけがないだろう。私は夜の王だぞ」
レミリアはどっしり構えて豪奢なレースの日傘に包まれながら湯呑で日本茶をすする。
魔理沙はニカっと眩しい笑顔を向けてレミリアに向き直って耳打ちした。
地底にな、誰からも恐れ嫌われる大妖怪がいるんだぜ。こんどお屋敷に忍び込んでみないか。レミリア共々にやりと笑い、いいねぇ、最近退屈していたとこなんだとトントン拍子に話は進む。霊夢とお供に連れてこられた咲夜は半ばあきれ顔で傍観を決め込む。いつものような、何てことはない日常だった。
地底に潜り一直線に地霊殿を目指す。不穏な空気を読み取り駆けつけた主と玄関先でばたりと会って、レミリアには運命が見えた。自分よりも幼いような顔立ちにパジャマとスリッパのような出で立ちの少女。
――――この少女と恋に落ちる。
「お前、名は何というの」
「……さとりです。古明地さとり」
レミリアは覚り妖怪を知らなかった。知らぬが仏という言葉がある。その言葉通り、レミリアは何の先入観もなくさとりに話しかけること、ぶっとんだ提案もできた。
「私と付き合わないか?」
あんぐり口を開ける魔理沙だけが蚊帳の外だった。
いくつかの手段を踏んで二人は距離を縮めていった。
まずはお話しませんか。私はあなたのことを何も知りません。ただし敵意は微塵も感じられないのでお客としては招きましょう、と。何度も行き来をしてはお茶会を重ねた。
二人とも紅茶が好きで、好きな銘柄も同じだった。それをきっかけに話は弾んでいく。
癖っ毛に悩んでおり、雨の日は憂鬱なのだとか。羽と第3の瞳という異形のパーツ。そこから明らかになる吸血鬼と覚りという、希少となってしまった種族の妖怪。
愛しているのに思いが伝わり切らず、歯がゆい思いをしている妹の存在。
真の理解者がおらずいつもどこか虚無感を抱いていたこと。
運命以前に、二人が惹かれあうのは必然だったのかもしれない。
「レミリア、さん」
「なにかしら?」
「わたし、は……貴女が考えていることが読めてしまいます。みんな怖がり、恐れます」
「らしいわね」
向き合ってのお茶会はいつしか隣に椅子を置くようになり、さらに回数を重ねるごとにその距離は近付いていった。肘がぶつかるのはご愛嬌。手を伸ばせば握れる距離。
「貴女は――――怖くないのですか」
「はじめね、魔理沙と度胸試しのために来たのよ」
「?」
「『お前に怖いものってあるか? 地底のお屋敷に忍び込んでみないか』って」
「うっ、魔理沙さんらしいです、ね」
「私は怖くなんてないわ。嘘をついて本心を隠して何になるというのかしら」
レミリアは恵まれた環境で育ってきた。加えて概して吸血鬼というものはわがままな気質を持ち合わせている。心はいつでもまっすぐで、読まれて困るなんて考えは持ち合わせていなかったのだ。
「あ、怖いことあったわ!」
「何ですか……?」
「まだあの返事を聞いてないわ。断られるのがとっても怖いの」
「あの、その……。ちっとも怖いなんて思ってないじゃないですか」
「あら、怖いわよ? ねぇさとり。答えを聞かせてくれないかしら?」
レミリアは手を差し出した。他人を見つめるはずのサードアイが心配そうにさとりを見つめる。はぁと大仰なため息をついたさとりの答えはとうの昔に決まっていた。
「わ、私なんかでよければ……」
「あなただからいいのよ」
「「よろしくお願いします」」
さとりはレミリアの手を握り返した。
かくして二人はめでたくお付き合いをするようになったのだった。
「さとり、行きましょう。お店もしっかりチェックしてあるわよ!」
目をきらきら輝かせて地霊殿まで呼びに来たレミリアは今やお供の咲夜は連れず、日傘だって自分で持つようになった。羽が小刻みにぱたぱた動いている。
しかしここで頷いてしまっては意味がない。
「丁重にお断りさせていただきます」
「何故!?」
「羊羹が食べたいのでしたら家でどうぞ。取り寄せてありますので」
「え、さとり……?」
「わざわざ高い金を払ってまで店で食べる必要はありません」
さとりはレミリアの腕を強引に掴み引き摺り込む。レミリアからしたら簡単に振り払えてしまう力なのだが、こんなことは初めてで戸惑ってしまう。
「別にその甘味処じゃなくて洋菓子屋でもいいのよ?」
「私は外で食べるのが嫌なんです。家で事足りるでしょう」
「たまには外に行きたいわ!」
「私は……私は、外なんて嫌いです!!」
レミリアの肩を掴み、距離をつめる。
「さと、」
がちっと歯がぶつかる痛いキスだった。
ぎゅうと目をつぶるさとりは懸命に舌を滑り込ませようとするがなかなかうまくいかない。いつもレミリアがうまくやるため、やり方が分からないのだ。ただ力任せに押し付けるような粗雑な触れ合い。レミリアは意味が分からなかった。
「っぷは、…!!」
「つ、さとり、どうしたのよ!?」
「レミリアさん。好きです、愛しています」
「え、えっと……ありがとう? あなたらしくないわ、急にそんな、」
「私からアクションを起こしたらおかしいですか? 大人しく、されるがままの私の方が可愛いですか?」
「いえ、けしてそんなことは―――」
「私は閉鎖された、限られた空間で二人っきりでいるのが好きなんです。他の人なんていらない……」
口元を袖で拭うさとりは泣いていた。
「わ、私と一緒のところ見られてレミリアさん悪く思われたらどうするんですか! レミリアさんの馬鹿! どうして分かってくれないんです!!」
「さとり!!」
「やっぱり今日は帰ってください。ものすごく気分が悪くなってきました」
「じゃあまた日を改めて……さようなら」
重厚な扉が閉まった。さとりは脱力して床にぺたんと座り込んでしまう。
心配したペットたちが擦り寄ってくるが空いた心を埋めてはくれない。逆にもどかしさが募っていく。こんなとき、こいしならばどうするだろう。何と言うだろう?
「わたしの、ばか……ぁああああああ!!」
さとりは一人泣き崩れた。
―――お姉ちゃんって本当に馬鹿でさ。深く考えずに好意はそのまま受け取ればいいのに
―――まぁ長女は自分の気持ちをちゃんと伝えるのが苦手な子に育つって言うし
―――そっちのお姉ちゃんはそうでもないみたいだけど
―――お姉さまは……お姉さまだから、さ
―――ふーーん。でもどうしよっかー?
―――あ、あれがあればいんじゃないかな!!
たっぷりと月日は流れた。
そう、暦の上ではたったの3日しか経っていなかったが、レミリアとさとりが3日も会わなかった日はなかったので当の本人たちからしてみれば大層な月日だった。
「だいたいどうして貴女はそんなに我が強いのですか」
「それは私がレミリアだからよ」
「私は貴女のためを思って言っているのです!!」
「私のためになるかどうかは私が決めることよ」
人里の入口で二人はそれぞれの日傘の下で言い争っていた。
あのあと、久しぶりに帰宅したこいしはさとりに手紙を渡した。それはレミリアの直筆の手紙だった。日時と場所が指定してあり、そこで会おう、と。
「私の恋人はこの人ですって見せびらかしたいの。ダメかしら?」
さとりはレミリアの心を読む。
この子は私のものだって見せびらかして威嚇して牽制するの。取られてたまるもんですか。私のものは私のもの。そして、あなたのものも私のもの。
「たとえ世界中の誰もがあなたを嫌っても私は愛し続けるわ。世界を敵にしても守ってあげる。だから安心しなさい」
嘘、偽りのない、愚直なほどにまっすぐな言葉。分かりにくい言葉遊びで真意を隠して惑わせて楽しむことはあれど、レミリアは基本的に嘘をつかない。戯言だと投げ捨てられるような言葉さえ、レミリアが言えば真実に聞こえる。それが、愛している人の言葉ならば尚更だろう。
「ばっ、……馬鹿なこと言わないで下さいよ!!」
「私は私の言いたいことを言ってるだけよ」
「そんなこと言って、恥ずかしいとかないんですか!?」
まっすぐに、羞恥で燃やす気ですか? と尋ねたくなるような思いをその心に携えながらも、レミリアは敢えて言葉にして思いを伝える。耳が拾い上げる愛、サードアイへと流れ込む愛。その二重の愛にぐるんぐるんに包まれて、さとりはいつも息苦しくなる。どうしてこの吸血鬼は。
「まさか! それに前に会ったときのあなたの情熱的なキスに比べれば何てことはないわ。さとり、こちらへいらっしゃい。二人並んで一緒に歩きましょう。肩を並べて同じ歩幅で。私たちのペースで一歩一歩ね?」
「で、でも……」
「可愛い妹たちからのプレゼントがあるのよ。ほらっ」
レミリアはレースとリボンがふんだんにあしらわれた少し大きめの日傘を広げる。その中に二人すっぽり包まる。背丈があまり大きくないため往来の人々の目線からは外れる。ある意味小さな二人だけの閉鎖空間ができあがっていた。レミリアは手を差し出す。
「さとり? これじゃあお気に召さない?」
「……可愛い妹たちのプレゼントが気に入らないわけがありませんよ?」
「ふふっ。それもそうだねぇ……さとり。キスしていいかしら?」
やはり、さとりは大仰なため息をついてうんざりだという“ポーズ”をした。けれども足はレミリア足の間に入れて距離を詰める。
「はい、――…レミリアさん」
「「よろしくお願いします」」
ちゅっと小気味よい音を立て、唇が重なった。
さとりはもぞもぞとレミリアに体を押し付ける。握り合った手により力をこめて、こう言った。も、もっと、して下さ……い、と。
「さとり、かわいい。さとりさとり、ねぇ、このままいいってこと、かし、ら……?」
「ちっ、違います!!」
「じゃあ―――続きは、帰ってから。で。いいわね?」
「う、あ、はい……」
赤い悪魔、レミリア・スカーレットは思い悩んで悶絶していた。
それを読めてしまう可憐な恋人はさらに悶絶していた。
その上空をムラサがふわふわ、茶色の包みを携えて命蓮寺へと向かっていたのは別のお話。
甘くて良かったです
悶絶するさとりがかわいすぎる