そうだ、取材に行こう。たまには念写じゃなくて、密着取材とかしてみちゃおう。
そう思ったのが、いけなかった。そんな気紛れ、起こすべきじゃなかった。そのせいで今、私は幼女に追われているはめになっているのだから。
「ちょっとこら! 何逃げてるのよ! 立ち向かって来なさいな!」
「いやいやいやいや無理無理無理無理!?」
幼女に追われている。そこだけ聞くと、全然怖くないけども、私を追って来ている幼女はとても恐ろしい。
なんせ――
「あーもうっ、じゃあいいわよ! ちょっとグングニルに刺さってくれるだけでいいから! 先っちょだけで良いから! ね、それで終わりにしましょう!」
「絶対先っちょで済まない勢い帯びてるから! それ色々と終わるから! 多分私の生命も大打撃受けるから!」
右手にグングニルとかいう、凄まじい魔力を帯びた槍を持って襲って来ているのだから。怖くないわけがない。
文に以前、紅魔館ならノリの良い人が居たりネタも豊富だから取材には良い場所、と聞いていたのだけど、騙された気がしてならない。
レミリアさんですよね、取材してもいいですか→あら文じゃないのね、とりあえず私を楽しませたら良いわよ→え?
そんな唐突な流れで、何故命の危機を感じなければならないのか。なんだろう、私何か癪に触ることをしたのか。謝れば良いのか、謝れば良いのだろうか。よし、とりあえず謝っておこう!
「ごめんなさい! あなたのこと初めて見たとき、うわちっさーとか幼女が館の主ってハチャメチャ過ぎでしょとか抱き締めてみたい可愛さだとか思っちゃって、本当すみませんでした!」
「よし、くたばれ!」
「ひぃっ!?」
風を切るような音と共に、私の頬をグングニルが掠めた。かと思ったら、さらにグングニルが飛んでくる。すぐさま回避するも、また飛んでくる。なんだこれ、グングニルのタイムサービスか!
文ほどではないが、私だってスピードには自信がある。しっかりとレミリアさんの投げるフォームを見れば、避けるのはそう難しくは無い。槍の飛んでくる速度は確かに速いけど、回避出来ないレベルでは無いし。ただ、回避に集中しなくちゃいけないから、この場から逃げ出すっていう行動が出来ないけど。
さて、どうするべきか。
というか、レミリアさんの攻撃がそこら中に当たってるから、館がダメージを受けているけども良いのだろうか。
「ほぅ、逃げずにいるということは、やっと私と遊ぶ気になったか」
「いやーただ単に逃げられないだけっていう」
楽しそうに笑うレミリアさんに、とりあえず苦笑いを返しておく。
うーん、本当どうしよう。このままだと終わらない。あとちょくちょく、そこらに居る妖精メイドさんの悲鳴が聞こえてくる。巻き込まれてしまっているのだろう。終わらせるには、私がアレに被弾するかレミリアさんを倒すかしないとダメ、かな。
被弾は一回休み程度じゃ済みそうにならないから、却下としよう。けど、レミリアさんを倒せるかと言われると、厳しい気がしてならない。今日の手持ちスペルカードは、二枚程度。天狗としての力はあるし、素早さには自信があるけど、それでもレミリアさんに確実に勝てるなんて気はしない。
「はぁ……どうしてこんな目に」
珍しいことをすると槍が降るとは言うけれど、まさかこんな形で槍に降られるとは。まだ普通の槍の方が、安全な気がしてならない。
ちょこまかと避ける私に対し、次第にイラついてきたのか、攻撃速度が上がって来ている。そろそろ不味い。
「そこまでですわ」
「え」
いつの間にか、私とレミリアさんの間に一人のメイド服を纏った人。
えーと……誰だろう? あれほどあらぶっていたレミリアさんが、グングニルを投げる手を止めた。
「何よ咲夜、私の楽しみを邪魔する気?」
「お嬢様のお楽しみは、館を壊すことですか? それとも戦意の無い者を追うという、弱い者苛めですか?」
「うぐっ……」
「なんかさらっと弱いやつ認定された気がするんだけど」
いや、別に良いけどさぁ。そこまで強さに拘り持ってるわけでもないし。
ん? ちらっとメイドさんがこっちを見て……あっ、ちょ、こいつ鼻で笑いやがった! なんだろう、凄く見下されてる!
「お嬢様、この程度の実力者では、お嬢様の遊び相手にもなりませんよ」
「そいつは鴉天狗だぞ?」
「ですが私の眼には、到底お嬢様のお気に召すような何かを持っているとは思えません。断言します、こいつ弱いです」
あれ? 私なんで初対面の人に、ここまで貶されてるんだろう。ちょっぴり視界が霞んできたよ。うー、泣いてなんかないやい。
メイドさんの言葉に、レミリアさんは少し俯いて考えるような仕草をした後、ため息を零した。いや、ため息吐きたいの私の方だけどね。
「もういいわ。咲夜、後の処理お願い。私は寝るとするよ」
「はい、かしこまりました。この者はどうしますか?」
「んあー? お前に任せる。煮るなり焼くなり揉み殺すなり好きにしておけ」
「かしこまりました」
くぁ~と欠伸を一つして、レミリアさんはこっちを見向きもせず、去って行ってしまった。えー……なんて気紛れなお嬢様なんだ。というか、揉み殺すってなんだろう。超怖い。
あーあと取材どうしよう。疲れたから、もう帰ってしまおうか。
そんなことを思っていると、メイドさんにがしっと腕を掴まれた。
「えっと……揉み殺すんです?」
「貴女は何を言っているの? 馬鹿なの?」
何この人酷い。
この流れ的に、煮るか焼かれるか揉み殺されるかの三択かなって思っただけなのに。いや、どれも嫌だけど。
「正直、もう帰りたいんだけど」
「その前に、私の部屋に来てもらいますわ」
「え?」
「大丈夫、あなたが考えているような卑猥な展開は無いから安心なさい」
そんなこと考えてないやい。
全く、どこまでも失礼なやつだ。無視して帰ってしまうのもありだと思ったけど、掴まれた腕に力が込められていて、どうやら逃げ出せそうにない。
仕方ない、大人しくついて行くとしよう。
◇◇◇
「――というわけで、あなたにはこれ、全額支払ってもらうわね」
「ちょ、ちょっと待ってよ! おかしいでしょ!」
「何が?」
目の前に差し出されたのは、数字が書きこまれた一枚の紙。それは請求書だ。
さっき当主に追いかけ回された際、グングニルで壊された壁やインテリアなどを弁償しろ、とのことらしい。
いや、明らかにおかしいよね、これ。
目の前のメイドさんは、何がおかしいのかと首を傾げているけども。いやいやいや、だって明らかに被害者私、加害者幼女だし!
「そっちが勝手に追って来て、勝手に壊したんじゃない!」
「あなたがお嬢様の相手をすれば、ここまで被害は広がらなかった。ちょっと弾幕ごっこをして遊んでくれれば、それで済んだのに。そもそも誰にでも勝てる可能性があるのが、弾幕ごっこでしょう? 逃げるなんて、ナンセンスですわ」
「あぐっ……だ、だって紅魔館の主レミリアと言えば、異変を起こしたこともあるくらいの実力者だし、噂じゃ弾幕ごっこの腕も相当だって」
「あなたは記者のくせに、自分の眼や足で確認することよりも、噂の方を頼りにするわけ? 実際にやってみて、感じてみて、初めて分かることだってあるでしょうに」
「ぐっ、それは……」
「まぁやってみても、あなたじゃお嬢様に勝てやしないでしょうけど」
鼻で笑われつつ、いかにも見下してますといった眼で言われた。
なんだろう、この人は初対面の人を見下す趣味でもあるのだろうか。さすがの私も、軽くぷっちんきちゃうレベルだ。
「あんたねぇ、初対面相手にそういう態度は――」
「あぁん?」
「なんでもないですごめんなさい」
何この人本当怖い。メンチ切られた。
さすがは悪魔の館と言われるだけはある。きっとここの住民は、悪魔のように恐ろしい人物ばかりなのだろう。門番さんはにっこにこしてたけど、きっとあれも心の中では「ひゃっはーカモがネギしょって全裸で来たぜー!」とか思っていたのかもしれない。文は本当に、ここに何度も出入りしているのだろうか。だとしたら、悔しいけど凄いと言わざるをえない。
「で、あなたの用件は取材だったかしら? 弁償さえしてくれれば、それくらいさせてあげるけど」
「取材とかもういいんで、帰らせて下さい」
「そういえば、あなたの名前は?」
「わー軽く無視されたー」
もう今は腕を掴まれているわけでもないし、正直逃げられるんじゃないだろうか。見たところ、このメイドさんからは人外の気配はしないし、人間だろう。人間が私のスピードに、ついてこれる筈がない。
となれば、重要なのはタイミング。一瞬の隙を作り、その隙に窓から逃げよう。そしてそのまま全速力で空を駆ければ、こんな恐ろしい館からはおさらば出来る。
よし――
「人に名前を尋ねる時は、まず自分からが礼儀だと思うのだけど」
「まぁ、そうね。失礼したわ。私は紅魔館のメイド長、十六夜さく――」
メイドさんが喋り終わる前に、私のカメラでカシャリと一枚。フラッシュ機能をつけて、至近距離からの撮影だ。
私の行動はやはり予想外だったらしく、メイドさんは目を丸くして固まった。よし、成功した!
窓を開けてるのも面倒なので、窓を蹴破って外に出る。青空と心地良い風が、私を待っているんだぁ!
そして青空が見えた――
「人のお話の途中で飛び出すなんて、失礼極まりない鴉ね。文よりも躾がなっていない動物なのかしら?」
「……え?」
と思ったら、何故か私はベッドに座らせられていた。もちろん、青空なんて何処にもない。
背後には、メイドさん。私の後ろから腕を回し、首筋にきらりと光るナイフをあてている。完全拘束な上に、命の危険性がある状況に早変わりしていた。
え、ちょ、何が起きたの!?
私の動揺を感じ取ったのか、メイドさんはくすくすと嫌な笑いを零した。
「自己紹介が途中でしたわ。改めて、させていただきます。私の名前は十六夜咲夜。紅魔館のメイド長を務めさせていただいていますわ。そして私の力は、時を操る力」
「時を、操る……?」
そう言えば、文に聞いたことがある。というか、普通に噂でも知っている。悪魔の館には、時間を自由に操る人間が居るって。正直、ただの噂かと思っていた。
まずい、これならまだグングニル避けてた方が、生存確率があったかもしれない。
「さぁ、私は名乗りましたわ。次はあなたの名前を教えて下さる?」
「ひ、姫海棠はたて。鴉天狗。新聞記者よ」
「そう、はたてね。さて、今壊した窓、もちろん弁償してくれるのよね?」
「……正直泣きたいです」
「んなこたぁ聞いてないのよ。私があなたに求める返事は、はいかイエス。ノーと答えても良いけれど、その場合はそれ相応のことをしてもらうわ」
「そ、それ相応のことって?」
「メイドとなって、働いてもらうことになりますわ。あぁ安心して、通いも住み込みもどちらでも可。しかも、ちゃんと弁償分働いてくれれば、すぐにでも開放します。どう? 悪い話でもないでしょう?」
「……ちなみにお給金は?」
「悪魔の館でお給金が出るとでも思っているの? みんなお嬢様が好きだから、働いているのよ。見返りなんて、求めてませんわ」
「それつまりタダ働きでしょ! お給金無いのに弁償分働けって、それ一生働けってことじゃない!?」
「一生働け」
「普通に言われた!?」
冗談じゃない。何が楽しくて、こんな悪魔の館に通わなくちゃいけないんだ。
それだったら、ちゃちゃっと弁償してしまった方が早い。そう、早いのだけど……ぶっちゃけ、足りない。いや、厳密には足りるには足りるのだけど、払ってしまったら私の生活に支障が出るレベルなわけで。
「ぶ、分割払いは?」
「分割している間、メイドとして働くのならば」
「……週休どれくらい?」
「正直、必要なときだけ働いてもらえればそれで全然構わないから、休みは不定期。けどまぁ、そこまで拘束される時間はないから、安心なさい」
命の保証はしないけどね、と小さな声で言われた。耳元で、そっと囁くように言われた。くすっと笑いながら、言われた。怖っ! 最後の一言が無ければ、別に良いかなって思ったのに。
「さあ、どうする?」
「どうするって言ったって……」
首筋にナイフあてられてる状況じゃ、選択肢も何も無い気がしてならない。ナイフだけじゃなくて、背中に柔らかい何かがふにゅっとあたっているけど、それは今全く関係無いし。
あーもう、いいや。
「分割払いでお願いします」
「それじゃ、来週から研修期間ね」
私の返事に、メイド長さんは拘束を解いた。ふと振り向いてみると、とても良い笑顔がそこにはあった。
あぁ、何も知らない人が見たら、この笑顔とっても美しいとか思うのだろう。私からすれば、悪魔の笑顔にしか見えないけど。
「メイド服とかは来週までに用意しておくわ。今日は帰ってよろしい」
「……はい。あ、そーだ、一つお願いが」
「ん?」
「働いてる間、写真とか撮っても良い? せっかくだし、取材も兼ねたいなぁって」
「うーん……」
てっきり、バッサリと即断られるかなと思ってたけど、考えてくれているみたいだ。ダメ元で頼んでみるものね。
タダ働きってだけじゃ、やっぱりアレだしねぇ。取材の一つくらい許可してくれれば、やる気が出るってものだ。
少しして、メイド長さんは口を開いた。
「館の住人の各プライバシーに関わること、及び嫌がるようなことさえしなければ、良しとしますわ。あと取材対象の人物には、ちゃんと許可を取ること。新聞にした際には、発行する前にまず紅魔館に届けること。これらを守るのならば、私が正式に許可を与えるわ。お嬢様も別に反対はしないでしょう」
色々と禁止事項を与えられたけど、元から勝手に新聞にする気も無いし、取材対象にだってちゃんと許可を取るつもりだった。だから別に、それくらい何ともない。
やった、これで取材が出来るっ。
「うわーん、ありがとうっ!」
「抱き付くな鬱陶しい鴉臭い」
嬉しくて思わず抱き付こうとしたら、良い膝蹴りを一発お腹に喰らった。ぬぉぉぉぉぉ、地味に痛い!
「まぁとにかく、来週からよろしくお願いするわね」
「はぁいー」
「はいは一回!」
「一回しか言ってないですけど!?」
来週が不安でいっぱいだ。
そう思ったのが、いけなかった。そんな気紛れ、起こすべきじゃなかった。そのせいで今、私は幼女に追われているはめになっているのだから。
「ちょっとこら! 何逃げてるのよ! 立ち向かって来なさいな!」
「いやいやいやいや無理無理無理無理!?」
幼女に追われている。そこだけ聞くと、全然怖くないけども、私を追って来ている幼女はとても恐ろしい。
なんせ――
「あーもうっ、じゃあいいわよ! ちょっとグングニルに刺さってくれるだけでいいから! 先っちょだけで良いから! ね、それで終わりにしましょう!」
「絶対先っちょで済まない勢い帯びてるから! それ色々と終わるから! 多分私の生命も大打撃受けるから!」
右手にグングニルとかいう、凄まじい魔力を帯びた槍を持って襲って来ているのだから。怖くないわけがない。
文に以前、紅魔館ならノリの良い人が居たりネタも豊富だから取材には良い場所、と聞いていたのだけど、騙された気がしてならない。
レミリアさんですよね、取材してもいいですか→あら文じゃないのね、とりあえず私を楽しませたら良いわよ→え?
そんな唐突な流れで、何故命の危機を感じなければならないのか。なんだろう、私何か癪に触ることをしたのか。謝れば良いのか、謝れば良いのだろうか。よし、とりあえず謝っておこう!
「ごめんなさい! あなたのこと初めて見たとき、うわちっさーとか幼女が館の主ってハチャメチャ過ぎでしょとか抱き締めてみたい可愛さだとか思っちゃって、本当すみませんでした!」
「よし、くたばれ!」
「ひぃっ!?」
風を切るような音と共に、私の頬をグングニルが掠めた。かと思ったら、さらにグングニルが飛んでくる。すぐさま回避するも、また飛んでくる。なんだこれ、グングニルのタイムサービスか!
文ほどではないが、私だってスピードには自信がある。しっかりとレミリアさんの投げるフォームを見れば、避けるのはそう難しくは無い。槍の飛んでくる速度は確かに速いけど、回避出来ないレベルでは無いし。ただ、回避に集中しなくちゃいけないから、この場から逃げ出すっていう行動が出来ないけど。
さて、どうするべきか。
というか、レミリアさんの攻撃がそこら中に当たってるから、館がダメージを受けているけども良いのだろうか。
「ほぅ、逃げずにいるということは、やっと私と遊ぶ気になったか」
「いやーただ単に逃げられないだけっていう」
楽しそうに笑うレミリアさんに、とりあえず苦笑いを返しておく。
うーん、本当どうしよう。このままだと終わらない。あとちょくちょく、そこらに居る妖精メイドさんの悲鳴が聞こえてくる。巻き込まれてしまっているのだろう。終わらせるには、私がアレに被弾するかレミリアさんを倒すかしないとダメ、かな。
被弾は一回休み程度じゃ済みそうにならないから、却下としよう。けど、レミリアさんを倒せるかと言われると、厳しい気がしてならない。今日の手持ちスペルカードは、二枚程度。天狗としての力はあるし、素早さには自信があるけど、それでもレミリアさんに確実に勝てるなんて気はしない。
「はぁ……どうしてこんな目に」
珍しいことをすると槍が降るとは言うけれど、まさかこんな形で槍に降られるとは。まだ普通の槍の方が、安全な気がしてならない。
ちょこまかと避ける私に対し、次第にイラついてきたのか、攻撃速度が上がって来ている。そろそろ不味い。
「そこまでですわ」
「え」
いつの間にか、私とレミリアさんの間に一人のメイド服を纏った人。
えーと……誰だろう? あれほどあらぶっていたレミリアさんが、グングニルを投げる手を止めた。
「何よ咲夜、私の楽しみを邪魔する気?」
「お嬢様のお楽しみは、館を壊すことですか? それとも戦意の無い者を追うという、弱い者苛めですか?」
「うぐっ……」
「なんかさらっと弱いやつ認定された気がするんだけど」
いや、別に良いけどさぁ。そこまで強さに拘り持ってるわけでもないし。
ん? ちらっとメイドさんがこっちを見て……あっ、ちょ、こいつ鼻で笑いやがった! なんだろう、凄く見下されてる!
「お嬢様、この程度の実力者では、お嬢様の遊び相手にもなりませんよ」
「そいつは鴉天狗だぞ?」
「ですが私の眼には、到底お嬢様のお気に召すような何かを持っているとは思えません。断言します、こいつ弱いです」
あれ? 私なんで初対面の人に、ここまで貶されてるんだろう。ちょっぴり視界が霞んできたよ。うー、泣いてなんかないやい。
メイドさんの言葉に、レミリアさんは少し俯いて考えるような仕草をした後、ため息を零した。いや、ため息吐きたいの私の方だけどね。
「もういいわ。咲夜、後の処理お願い。私は寝るとするよ」
「はい、かしこまりました。この者はどうしますか?」
「んあー? お前に任せる。煮るなり焼くなり揉み殺すなり好きにしておけ」
「かしこまりました」
くぁ~と欠伸を一つして、レミリアさんはこっちを見向きもせず、去って行ってしまった。えー……なんて気紛れなお嬢様なんだ。というか、揉み殺すってなんだろう。超怖い。
あーあと取材どうしよう。疲れたから、もう帰ってしまおうか。
そんなことを思っていると、メイドさんにがしっと腕を掴まれた。
「えっと……揉み殺すんです?」
「貴女は何を言っているの? 馬鹿なの?」
何この人酷い。
この流れ的に、煮るか焼かれるか揉み殺されるかの三択かなって思っただけなのに。いや、どれも嫌だけど。
「正直、もう帰りたいんだけど」
「その前に、私の部屋に来てもらいますわ」
「え?」
「大丈夫、あなたが考えているような卑猥な展開は無いから安心なさい」
そんなこと考えてないやい。
全く、どこまでも失礼なやつだ。無視して帰ってしまうのもありだと思ったけど、掴まれた腕に力が込められていて、どうやら逃げ出せそうにない。
仕方ない、大人しくついて行くとしよう。
◇◇◇
「――というわけで、あなたにはこれ、全額支払ってもらうわね」
「ちょ、ちょっと待ってよ! おかしいでしょ!」
「何が?」
目の前に差し出されたのは、数字が書きこまれた一枚の紙。それは請求書だ。
さっき当主に追いかけ回された際、グングニルで壊された壁やインテリアなどを弁償しろ、とのことらしい。
いや、明らかにおかしいよね、これ。
目の前のメイドさんは、何がおかしいのかと首を傾げているけども。いやいやいや、だって明らかに被害者私、加害者幼女だし!
「そっちが勝手に追って来て、勝手に壊したんじゃない!」
「あなたがお嬢様の相手をすれば、ここまで被害は広がらなかった。ちょっと弾幕ごっこをして遊んでくれれば、それで済んだのに。そもそも誰にでも勝てる可能性があるのが、弾幕ごっこでしょう? 逃げるなんて、ナンセンスですわ」
「あぐっ……だ、だって紅魔館の主レミリアと言えば、異変を起こしたこともあるくらいの実力者だし、噂じゃ弾幕ごっこの腕も相当だって」
「あなたは記者のくせに、自分の眼や足で確認することよりも、噂の方を頼りにするわけ? 実際にやってみて、感じてみて、初めて分かることだってあるでしょうに」
「ぐっ、それは……」
「まぁやってみても、あなたじゃお嬢様に勝てやしないでしょうけど」
鼻で笑われつつ、いかにも見下してますといった眼で言われた。
なんだろう、この人は初対面の人を見下す趣味でもあるのだろうか。さすがの私も、軽くぷっちんきちゃうレベルだ。
「あんたねぇ、初対面相手にそういう態度は――」
「あぁん?」
「なんでもないですごめんなさい」
何この人本当怖い。メンチ切られた。
さすがは悪魔の館と言われるだけはある。きっとここの住民は、悪魔のように恐ろしい人物ばかりなのだろう。門番さんはにっこにこしてたけど、きっとあれも心の中では「ひゃっはーカモがネギしょって全裸で来たぜー!」とか思っていたのかもしれない。文は本当に、ここに何度も出入りしているのだろうか。だとしたら、悔しいけど凄いと言わざるをえない。
「で、あなたの用件は取材だったかしら? 弁償さえしてくれれば、それくらいさせてあげるけど」
「取材とかもういいんで、帰らせて下さい」
「そういえば、あなたの名前は?」
「わー軽く無視されたー」
もう今は腕を掴まれているわけでもないし、正直逃げられるんじゃないだろうか。見たところ、このメイドさんからは人外の気配はしないし、人間だろう。人間が私のスピードに、ついてこれる筈がない。
となれば、重要なのはタイミング。一瞬の隙を作り、その隙に窓から逃げよう。そしてそのまま全速力で空を駆ければ、こんな恐ろしい館からはおさらば出来る。
よし――
「人に名前を尋ねる時は、まず自分からが礼儀だと思うのだけど」
「まぁ、そうね。失礼したわ。私は紅魔館のメイド長、十六夜さく――」
メイドさんが喋り終わる前に、私のカメラでカシャリと一枚。フラッシュ機能をつけて、至近距離からの撮影だ。
私の行動はやはり予想外だったらしく、メイドさんは目を丸くして固まった。よし、成功した!
窓を開けてるのも面倒なので、窓を蹴破って外に出る。青空と心地良い風が、私を待っているんだぁ!
そして青空が見えた――
「人のお話の途中で飛び出すなんて、失礼極まりない鴉ね。文よりも躾がなっていない動物なのかしら?」
「……え?」
と思ったら、何故か私はベッドに座らせられていた。もちろん、青空なんて何処にもない。
背後には、メイドさん。私の後ろから腕を回し、首筋にきらりと光るナイフをあてている。完全拘束な上に、命の危険性がある状況に早変わりしていた。
え、ちょ、何が起きたの!?
私の動揺を感じ取ったのか、メイドさんはくすくすと嫌な笑いを零した。
「自己紹介が途中でしたわ。改めて、させていただきます。私の名前は十六夜咲夜。紅魔館のメイド長を務めさせていただいていますわ。そして私の力は、時を操る力」
「時を、操る……?」
そう言えば、文に聞いたことがある。というか、普通に噂でも知っている。悪魔の館には、時間を自由に操る人間が居るって。正直、ただの噂かと思っていた。
まずい、これならまだグングニル避けてた方が、生存確率があったかもしれない。
「さぁ、私は名乗りましたわ。次はあなたの名前を教えて下さる?」
「ひ、姫海棠はたて。鴉天狗。新聞記者よ」
「そう、はたてね。さて、今壊した窓、もちろん弁償してくれるのよね?」
「……正直泣きたいです」
「んなこたぁ聞いてないのよ。私があなたに求める返事は、はいかイエス。ノーと答えても良いけれど、その場合はそれ相応のことをしてもらうわ」
「そ、それ相応のことって?」
「メイドとなって、働いてもらうことになりますわ。あぁ安心して、通いも住み込みもどちらでも可。しかも、ちゃんと弁償分働いてくれれば、すぐにでも開放します。どう? 悪い話でもないでしょう?」
「……ちなみにお給金は?」
「悪魔の館でお給金が出るとでも思っているの? みんなお嬢様が好きだから、働いているのよ。見返りなんて、求めてませんわ」
「それつまりタダ働きでしょ! お給金無いのに弁償分働けって、それ一生働けってことじゃない!?」
「一生働け」
「普通に言われた!?」
冗談じゃない。何が楽しくて、こんな悪魔の館に通わなくちゃいけないんだ。
それだったら、ちゃちゃっと弁償してしまった方が早い。そう、早いのだけど……ぶっちゃけ、足りない。いや、厳密には足りるには足りるのだけど、払ってしまったら私の生活に支障が出るレベルなわけで。
「ぶ、分割払いは?」
「分割している間、メイドとして働くのならば」
「……週休どれくらい?」
「正直、必要なときだけ働いてもらえればそれで全然構わないから、休みは不定期。けどまぁ、そこまで拘束される時間はないから、安心なさい」
命の保証はしないけどね、と小さな声で言われた。耳元で、そっと囁くように言われた。くすっと笑いながら、言われた。怖っ! 最後の一言が無ければ、別に良いかなって思ったのに。
「さあ、どうする?」
「どうするって言ったって……」
首筋にナイフあてられてる状況じゃ、選択肢も何も無い気がしてならない。ナイフだけじゃなくて、背中に柔らかい何かがふにゅっとあたっているけど、それは今全く関係無いし。
あーもう、いいや。
「分割払いでお願いします」
「それじゃ、来週から研修期間ね」
私の返事に、メイド長さんは拘束を解いた。ふと振り向いてみると、とても良い笑顔がそこにはあった。
あぁ、何も知らない人が見たら、この笑顔とっても美しいとか思うのだろう。私からすれば、悪魔の笑顔にしか見えないけど。
「メイド服とかは来週までに用意しておくわ。今日は帰ってよろしい」
「……はい。あ、そーだ、一つお願いが」
「ん?」
「働いてる間、写真とか撮っても良い? せっかくだし、取材も兼ねたいなぁって」
「うーん……」
てっきり、バッサリと即断られるかなと思ってたけど、考えてくれているみたいだ。ダメ元で頼んでみるものね。
タダ働きってだけじゃ、やっぱりアレだしねぇ。取材の一つくらい許可してくれれば、やる気が出るってものだ。
少しして、メイド長さんは口を開いた。
「館の住人の各プライバシーに関わること、及び嫌がるようなことさえしなければ、良しとしますわ。あと取材対象の人物には、ちゃんと許可を取ること。新聞にした際には、発行する前にまず紅魔館に届けること。これらを守るのならば、私が正式に許可を与えるわ。お嬢様も別に反対はしないでしょう」
色々と禁止事項を与えられたけど、元から勝手に新聞にする気も無いし、取材対象にだってちゃんと許可を取るつもりだった。だから別に、それくらい何ともない。
やった、これで取材が出来るっ。
「うわーん、ありがとうっ!」
「抱き付くな鬱陶しい鴉臭い」
嬉しくて思わず抱き付こうとしたら、良い膝蹴りを一発お腹に喰らった。ぬぉぉぉぉぉ、地味に痛い!
「まぁとにかく、来週からよろしくお願いするわね」
「はぁいー」
「はいは一回!」
「一回しか言ってないですけど!?」
来週が不安でいっぱいだ。
反対から読むとヤク(ry
ナンデモナイデスメイド長はカワイイナー
文が途中で乱入するの期待してます
狩猟は貴族の遊戯でもあるから別に弱い者いじめじゃないのよ咲夜さーん
とかいってみる
何を揉むかは……ワタシニハワカラナイナァ
読まなきゃ良かった。
メイド服姿のはたてが文に撮られるフラグですね分かります。
テンポ良い会話が読んでて心地よかったです。
続きが気になって仕方ない。
おもしろかったー