とりっくおあとりーと。
よく晴れた、気持ちの良い日。
私は、特にすることも無く、里をのんびりと歩いていた。
いや、することは無い、というのは間違いかもしれない。
正確には、何か手伝いをされる前に逃げ出してきた、と言ったほうがいいか。
今日の朝、ドタバタとうるさい足音で起こされた朝。
起きてしばらくボーッとしていたら、いつもよりもうるさい足音だなぁと気付いて。
そして同時に、おいしそうなお菓子のような匂いもしてきて。
こっそりと様子を見てみたら、なんかのイベントでもあるのだろうか、みんながみんな、ドタバタと忙しそうにあっちこっちに動いていた。
話し声もするけれど、まだ覚醒しきっていない私の頭では、よく聞き取れない。
そこで、少し考えた結果が、よくわからないけど命蓮寺の一員として私も何か手伝わされるかもしれない。
そう思った私は、誰にも見つからないようにこっそりと抜け出してきた、というわけだ。
確かに私は命蓮寺住まいってことになってるんだけど、所詮居候だしいいよね、これぐらいは!
今までは適当にどっかに住んでたからかこういう集団生活は中々慣れないし!
いや、居候だからこそ手伝うんじゃないかって思うんだけど、そこはとりあえず気にしない方向で。
まぁとにかく、命蓮寺を抜け出したはいいものの、特にこれといってすることも無く。
とりあえず適当に里をぶらぶらするのも飽きてきたから、いつも通りあいつのところ、守矢神社にでも行こうかな、と思っているのが今の私、というわけだ。
そして、なんとなく里も里でいつも以上に賑わっているのに気付く。
その中でさっきから私の耳に入ってくる言葉が、冒頭の言葉。
とりっくおあとりーと。
年齢、性別問わず、色んな人が同じことを言っている。
おとなもこどもも、おねーさんも。
主に言っているのは、子供達か。
あと、やけにいちゃいちゃしてるカップル共。爆発しろお前ら。
早苗連れて来たら許す。
それにしても、一体なんなのだろうか。
よく見たら、変な飾り付けがところどころにしてある。
それに、子供達の中にもなんか不気味な被り物をしている子とかがいる。
一体なんだろうか。
その子達をよく観察していたら、なにやら大人達にあの言葉を言い、そして小包みたいなものを貰っている。
そしてまた別の大人のほうに行ってまた同じことを貰っている。
何を貰っているんだろう、と観察して、ふと前のほうを見ると子供達の人だかりがあった。
そして中心にいる人物を見れば、明るい緑色の髪と白青の巫女服、私が今から会いに行こうとしていたやつが見えた。
里では人気者なのだろうか、そこらへんにいた子供達が一斉に集まってくる。
そして、あいつもまた手に持ってる籠の中から一つ一つ小包を配っている。
すごく忙しそうに見えるけれど、でも楽しくやってるような雰囲気も見えて。
次々と配り、そして大分落ち着いて、ふぅ、なんて疲れたように息を吐いた辺りを見計らって後ろから肩を叩き、
「?どうしまし……!?」
指を立てて頬に突き刺した。
ぷにっ、っていう早苗らしい柔らかい感触に一瞬ドキッてしたけれど、なんとか平静心を保ってあはは、なんて笑う。
「もう、何をするのですか、ぬえ」
「ん、いやさ、早苗がなんか忙しそうにしてたからリラックスさせてあげようかなぁ、なんて」
「ただ単に悪戯をしようとしただけでしょう」
バレたか、なんてそこまで悔しくなさそうに頭を掻く。
「全く、お菓子が欲しいのならしっかりあげますのに」
「ん、お菓子?」
「ほら、これですよ」
そう言って早苗はポケットから小包を一つ渡してきた。
なるほど、これはお菓子だったのか、そういえば甘そうな匂いがするなぁ、なんて今更ながら思った。
開いてみればおいしそうなクッキーが何個か。
一つ摘んで口に運べば、サクッなんて気持ちの良い音とともに独特の甘みが広がる。
「ん、おいしい」
「ありがとうございます、ぬえにそう言っていただけたら嬉しいです」
「ほんと、早苗ってこういうのうまいよね」
「まぁ、趣味ってほどではありませんが、わりとよく作りますから」
ほんと、早苗はこういう女の子らしいところはとにかくうまいと思う。
お菓子作りに限らず、料理、裁縫などが人並み以上、いや、私から見れば今まで出会ったやつの中で一番うまいかもしれない。
ちょっとだけ特別補正がかかってるかもしれないけれど。
結婚相手としてはこれ以上に無いぐらいに合格だろうなぁ、なんてことも思う。
……ただちょっとだけ、
「たまに変なものを作ってきては私に食べさせようとするのはやめて欲しいけど」
「そ、それは!ちょっと新しいものを作ったのでぬえにもわけてあげようと!」
こう、たまにやる変なことを除けば。
例えば、辛いケーキって画期的ですよね!なんて言いながらなんか真っ赤なケーキを作って、それを私に食べさせようとしたり。
ぶっちゃけあそこまでひどい食べ物は初めて見た。ていうか食べ物っていう分類にしちゃいけないと思う、あれは。
確かあれを食べた瞬間、一週間ぐらい寝込んだっけ。
胃の中が魔界になった気分だったなぁ、なんて遠い目をしながら思い出す。
さすがに早苗も申し訳ないと思ったのか、ずっと付きっ切りで看病してきて。
風邪でもないのに―――いや、風邪よりもひどいかもだけど―――お粥なんかを作ってきて、さらにはふーふーからのあーんなんていうコンボを決められて。
魔界が徐々に浄化されていくのを通り過ぎて、一面花畑な天国に変化していく気分だった。
それはそれでまた別の意味で倒れかけたけれど。
まぁそれは置いといて、普通にやれば職人並にはうまいのに、ちょっとアレンジを加えた瞬間この世に存在しちゃいけないようなものを作り出すその手はまさに奇跡、なんて。
気付いたら私のスリーサイズとか調べられて、私にピッタリな服とか作られてたし。
とにかくつまり、確かに結婚相手としては最適だと思う、こういうところを抜けば。
表向きはいいだけに、余計に質が悪い。
だから私は、そんなこいつに誰も引っ掛からないように早苗に近寄る者を全力で排除していたりする。
別に早苗が取られないためとかそういうわけじゃない。断じて。
ただ誰もこいつの被害に遭わないようにしているだけだ。
たまに早苗に怒られて、『私がそんな簡単にぬえの傍から離れると思いますか?』とか『私の結婚相手はぬえだけに決まってるじゃないですか』なんてことを抱きしめられながら言われて、その言葉が嬉しくて、その言葉を聞きたくてやってる、とか、そういうわけじゃない。断じて。
……と、話が大分逸れてきてしまったから、そろそろ本題に戻して。
とにかく、私が今日の朝から思っている疑問。
「そういえばなんでみんなこれを配ってるの?」
朝からずっと気になっていたこと。
最初は命蓮寺のイベントかと思って、そしたら里全体でなんかやってて、さらには早苗までやっていて。
「あら、知らないのですか?今日はハロウィンって言う日でして。まぁ簡単に言うとお菓子を配り合う日ですね」
「ふーん……んで、『とりっくおあとりーと』っていうのは?」
「外の世界の違う国の言葉で、『お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞ』っていう意味です」
「つまり、一種のお祭りってこと?」
「まぁ、そういうことですね。外の世界だけのものだったのですが、こっちでもやりたいので里の寺子屋で前にやったら気付いたら広まっていました」
まぁ、子供達は好きそうだし、このお祭り。
無条件にお菓子が貰えるのだから。
外の世界のものは珍しくてみんな好きそうだし。
早苗にとっては外の世界を懐かしめるいい機会だったのだろう。
「それに、信仰を得るのにこういうお祭りはピッタリですからね!」
って、やっぱりそれもあるのか。
そう言いながら拳をぐっと握り締めて興奮気味に言う早苗に少し呆て。
信仰、私にとってはわりとどうでもいいことだけど。
ただお菓子が貰えればそれでいいや、なんて思ったりして。
それに、確かに個人的には早苗のほうの手伝いをしたいけれど、かといって聖達を裏切る、なんてことはしたくないし。
このことに関してはとりあえずどっちつかずな立場で傍観していたり。
博麗神社は、うん、あっちはあっちで全力で応援したい。わりと本気で。
「それにしてもなるほどね、道理で命蓮寺のみんなも忙しそうにあっちこっち走り回ってたのね」
「忙しそうにって……ぬえはどうしたのですか?」
「ん、何か押し付けられる前に事前に逃げてきた」
「全く……。まぁ、私は関係無いからいいですけれど」
少し呆れ気味に言う早苗に、まあまあ、なんて適当に抑える。
とりあえず、早苗のほうも持ってきていたお菓子は全て配り終わったようで、近くにあるベンチで二人でのんびりと過ごすことに。
特にこれといって何かするわけでも無く、二人並んで里の様子を適当に見ている。
こう、早苗と過ごすゆったりとした時間は、わりと好きなほうで。
たまに守矢神社に遊びに行っても、何か作業していることが多く、二人でゆっくり過ごす、というのはあまり無いし。
お茶でも飲みながら適当に一緒にボーっとしあい、話し合ったりするのは楽しい。
たまに起きる早苗の暴走も、その言葉や挙動も横で見ていて面白いし、退屈しない。
ふと前を見ると、さっきまでよりかは少なくなったけれど、まだまだあの言葉を言っている子達もいて。
同じく通り過ぎるカップルは早苗と一緒にある種の呪いでもかけるかのようにじっと睨む。
向こうは完全に自分達の世界に入っているのか、全く気付かなかったけれど。爆発しろ。
「とりっくおあとりーと!」なんて元気のいい声が聞こえたのと同時に、サクッと、早苗から貰ったクッキーを一枚食べたときに、
「ねぇ早苗」
なんとなく、
「とりっくおあとりーと」
そういえばまだ言ってなかったなぁ、と思い出して、大して期待もせずに言ってみる。
「さっき悪戯したうえにお菓子まで貰ったじゃないですか。まだ残ってますし」
「だってこれおいしいし」
「もうありませんよ、それは」
予想通りの言葉に、ちぇー、なんて言いながらもう一枚口に入れる。
うん、やっぱりおいしい。
ついつい頬が緩んでしまって。
早苗のほうを見ると、それが微笑ましいのかニコニコしながら撫でられて。
ちょっと、なんて払いのけても、また同じように撫られて。
なんだか恥ずかしくなった私は、とにかくこの状況から脱出しようと、
「早苗も、食べる?」
なんて、ただ早苗も一緒に食べてほしい、なんて気持ちもあったから一枚渡そうとしたけれど、私はいいです、なんて言われて返される。
「……ダイエット中?」
なんてふざけてみたら、案の定手刀でおでこをべしって叩かれて。
乙女に向かってそんなこと言ってはいけません、なんて怒られて。
叩かれてちょっとヒリヒリしているところをさすりながらごめんごめん、なんて謝ると、わかればよろしいです、という言葉と一緒に、
「それに、それはぬえだけに作ったものですし」
と、微笑みながら言われて。
「『だけ』って……さっき子供達にも配ってたじゃん」
「いいえ、子供達に配っていたものは飴玉です。そのクッキーは、ぬえのために作ったのですよ」
なんて、私の目をじっと見ながら言われて。
「……え?」
そういえば確かに、この小包は、早苗の持ってる籠の中じゃなくて、ポケットの中から取り出したような。
つまり、本当に私のために作った、というわけで。
「……なん、で?」
「ぬえと一緒にこうしているのも楽しいですから、一種の感謝の気持ちです」
だから、それはぬえが食べてください。
そう、おでこに指でツン、と軽く突っつきながら、言われて。
早苗のほうも、私と一緒にいて本当に楽しい、なんて思っている。
そう理解すると、嬉しいような、どこかむず痒い恥ずかしさのような、そんな感情が入り乱れ始めて。
「……ねぇ、早苗」
「はい、どうしま……んぐっ」
とにかく、早苗に返事を返そう。
そう思った私は、クッキーを一枚、無理矢理早苗の口の中に入れて。
指が唇に触れて、それが柔らかくてドキッてしたのはなんとか抑えて、
「……私もさ、えと、早苗といて、楽しくて。いつも振り回されてるけどさ、でも、早苗に振り回されるのも面白いし、退屈しないし。だから、その、……お礼」
なんて。
面と向かって言うのは恥ずかしいけれど、でも早苗の目をじっと見ながら。
自分が、さっき―――ずっと思っていることを。自分の本心を。
正体不明のとしてどうなの、と言われればそうかもしれないけれど。
でも、それよりも、もっと重要なことのような気もして。
真っ直ぐ、ストレート直球ど真ん中。言う。
多分、今の私達の顔はお互いに真っ赤だろうなぁ、なんて思いながら。
早苗のほうも、頭の整理が付いていけてないのか、ポカンとしていて。
「………」
ちゅっ
なんて、ちょっとだけ、触れる程度にキスしてみる。
さっき指で触ったときよりも、より柔らかいような、気がする、唇に。
触れたのはちょっとだけだけど。
それでも、クッキーの甘みとはまた違う、早苗の甘さ、早苗らしい甘さが口の中に広がっていく。
私が、そんな甘さを感じていたら、急にふわっと。暖かい空気が身を纏ってくるような感じがして。
「……全く、卑怯ですよ、ぬえ。いろいろと」
そんな早苗の恨み言のような、照れ隠しのような声が横から聞こえて、ようやく抱きしめられていることに気付く。
「ちょ、早苗……!?」
「でも、嬉しいです。正直、ぬえを振り回してばっかりで、迷惑をかけているんじゃないかなぁ、なんて思っていましたから」
少し離れて、両肩に両手を置いて、顔と顔を向き合わせて。
本当に嬉しそうな笑顔を向けながら。
「……自覚はあったのね」
「うるさいですよ、ぬえ」
コンっ、と、おでこに頭を軽く乗せるようにして、早苗が笑って。
私もつられて、一緒に笑い合った。
しばらくして、二人共に、調子は戻ってきたのか、いつものように軽く話して。
そして、ひとくぎりした頃に、一区切り、早苗が立ち上がって。
「ん、もう帰るの?」
「はい、まぁ。元々、そんなに長居するつもりはありませんでしたし」
「あ……ごめん」
「別にいいですよ、さっき言ったじゃないですか。ぬえと一緒にいるのは楽しい、と」
「……ならいいけどさ」
私も一緒に立ち上がって。
「ぬえ」
「ん?」
「また、いっぱい振り回すかもしれませんが、覚悟してくださいね」
なんて言われて。
「こっちこそ、また悪戯とかしてやるんだから、覚悟してよね」
「ぬえの悪戯なら、いくらでも受けますよ」
「んじゃ、これからもずっと私が早苗に悪戯する代わりに早苗は私を振り回すってことで」
「受けて立ちます。またお菓子だって作ってあげますから」
「変なのだけは勘弁ね」
それじゃ、またね。
はい、また、です。
なんて、二人で約束して、とりあえずそろそろ大丈夫だろう、ってことで命蓮寺に戻ることにする。
ふと、クッキーの最後の一枚が残っていることに気付いて、サクッなんて口に入れて。
今までで、一番甘い味がした。
早苗の唇には劣るけど、なんて。
横を見ると子供同士で悪戯している様子が見えて。
次のハロウィンまでに、早苗のためのとっておきの悪戯でも考えてやろうかなぁ、なんて、最期のクッキーをゆっくりと味わいながら思った。
よく晴れた、気持ちの良い日。
私は、特にすることも無く、里をのんびりと歩いていた。
いや、することは無い、というのは間違いかもしれない。
正確には、何か手伝いをされる前に逃げ出してきた、と言ったほうがいいか。
今日の朝、ドタバタとうるさい足音で起こされた朝。
起きてしばらくボーッとしていたら、いつもよりもうるさい足音だなぁと気付いて。
そして同時に、おいしそうなお菓子のような匂いもしてきて。
こっそりと様子を見てみたら、なんかのイベントでもあるのだろうか、みんながみんな、ドタバタと忙しそうにあっちこっちに動いていた。
話し声もするけれど、まだ覚醒しきっていない私の頭では、よく聞き取れない。
そこで、少し考えた結果が、よくわからないけど命蓮寺の一員として私も何か手伝わされるかもしれない。
そう思った私は、誰にも見つからないようにこっそりと抜け出してきた、というわけだ。
確かに私は命蓮寺住まいってことになってるんだけど、所詮居候だしいいよね、これぐらいは!
今までは適当にどっかに住んでたからかこういう集団生活は中々慣れないし!
いや、居候だからこそ手伝うんじゃないかって思うんだけど、そこはとりあえず気にしない方向で。
まぁとにかく、命蓮寺を抜け出したはいいものの、特にこれといってすることも無く。
とりあえず適当に里をぶらぶらするのも飽きてきたから、いつも通りあいつのところ、守矢神社にでも行こうかな、と思っているのが今の私、というわけだ。
そして、なんとなく里も里でいつも以上に賑わっているのに気付く。
その中でさっきから私の耳に入ってくる言葉が、冒頭の言葉。
とりっくおあとりーと。
年齢、性別問わず、色んな人が同じことを言っている。
おとなもこどもも、おねーさんも。
主に言っているのは、子供達か。
あと、やけにいちゃいちゃしてるカップル共。爆発しろお前ら。
早苗連れて来たら許す。
それにしても、一体なんなのだろうか。
よく見たら、変な飾り付けがところどころにしてある。
それに、子供達の中にもなんか不気味な被り物をしている子とかがいる。
一体なんだろうか。
その子達をよく観察していたら、なにやら大人達にあの言葉を言い、そして小包みたいなものを貰っている。
そしてまた別の大人のほうに行ってまた同じことを貰っている。
何を貰っているんだろう、と観察して、ふと前のほうを見ると子供達の人だかりがあった。
そして中心にいる人物を見れば、明るい緑色の髪と白青の巫女服、私が今から会いに行こうとしていたやつが見えた。
里では人気者なのだろうか、そこらへんにいた子供達が一斉に集まってくる。
そして、あいつもまた手に持ってる籠の中から一つ一つ小包を配っている。
すごく忙しそうに見えるけれど、でも楽しくやってるような雰囲気も見えて。
次々と配り、そして大分落ち着いて、ふぅ、なんて疲れたように息を吐いた辺りを見計らって後ろから肩を叩き、
「?どうしまし……!?」
指を立てて頬に突き刺した。
ぷにっ、っていう早苗らしい柔らかい感触に一瞬ドキッてしたけれど、なんとか平静心を保ってあはは、なんて笑う。
「もう、何をするのですか、ぬえ」
「ん、いやさ、早苗がなんか忙しそうにしてたからリラックスさせてあげようかなぁ、なんて」
「ただ単に悪戯をしようとしただけでしょう」
バレたか、なんてそこまで悔しくなさそうに頭を掻く。
「全く、お菓子が欲しいのならしっかりあげますのに」
「ん、お菓子?」
「ほら、これですよ」
そう言って早苗はポケットから小包を一つ渡してきた。
なるほど、これはお菓子だったのか、そういえば甘そうな匂いがするなぁ、なんて今更ながら思った。
開いてみればおいしそうなクッキーが何個か。
一つ摘んで口に運べば、サクッなんて気持ちの良い音とともに独特の甘みが広がる。
「ん、おいしい」
「ありがとうございます、ぬえにそう言っていただけたら嬉しいです」
「ほんと、早苗ってこういうのうまいよね」
「まぁ、趣味ってほどではありませんが、わりとよく作りますから」
ほんと、早苗はこういう女の子らしいところはとにかくうまいと思う。
お菓子作りに限らず、料理、裁縫などが人並み以上、いや、私から見れば今まで出会ったやつの中で一番うまいかもしれない。
ちょっとだけ特別補正がかかってるかもしれないけれど。
結婚相手としてはこれ以上に無いぐらいに合格だろうなぁ、なんてことも思う。
……ただちょっとだけ、
「たまに変なものを作ってきては私に食べさせようとするのはやめて欲しいけど」
「そ、それは!ちょっと新しいものを作ったのでぬえにもわけてあげようと!」
こう、たまにやる変なことを除けば。
例えば、辛いケーキって画期的ですよね!なんて言いながらなんか真っ赤なケーキを作って、それを私に食べさせようとしたり。
ぶっちゃけあそこまでひどい食べ物は初めて見た。ていうか食べ物っていう分類にしちゃいけないと思う、あれは。
確かあれを食べた瞬間、一週間ぐらい寝込んだっけ。
胃の中が魔界になった気分だったなぁ、なんて遠い目をしながら思い出す。
さすがに早苗も申し訳ないと思ったのか、ずっと付きっ切りで看病してきて。
風邪でもないのに―――いや、風邪よりもひどいかもだけど―――お粥なんかを作ってきて、さらにはふーふーからのあーんなんていうコンボを決められて。
魔界が徐々に浄化されていくのを通り過ぎて、一面花畑な天国に変化していく気分だった。
それはそれでまた別の意味で倒れかけたけれど。
まぁそれは置いといて、普通にやれば職人並にはうまいのに、ちょっとアレンジを加えた瞬間この世に存在しちゃいけないようなものを作り出すその手はまさに奇跡、なんて。
気付いたら私のスリーサイズとか調べられて、私にピッタリな服とか作られてたし。
とにかくつまり、確かに結婚相手としては最適だと思う、こういうところを抜けば。
表向きはいいだけに、余計に質が悪い。
だから私は、そんなこいつに誰も引っ掛からないように早苗に近寄る者を全力で排除していたりする。
別に早苗が取られないためとかそういうわけじゃない。断じて。
ただ誰もこいつの被害に遭わないようにしているだけだ。
たまに早苗に怒られて、『私がそんな簡単にぬえの傍から離れると思いますか?』とか『私の結婚相手はぬえだけに決まってるじゃないですか』なんてことを抱きしめられながら言われて、その言葉が嬉しくて、その言葉を聞きたくてやってる、とか、そういうわけじゃない。断じて。
……と、話が大分逸れてきてしまったから、そろそろ本題に戻して。
とにかく、私が今日の朝から思っている疑問。
「そういえばなんでみんなこれを配ってるの?」
朝からずっと気になっていたこと。
最初は命蓮寺のイベントかと思って、そしたら里全体でなんかやってて、さらには早苗までやっていて。
「あら、知らないのですか?今日はハロウィンって言う日でして。まぁ簡単に言うとお菓子を配り合う日ですね」
「ふーん……んで、『とりっくおあとりーと』っていうのは?」
「外の世界の違う国の言葉で、『お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞ』っていう意味です」
「つまり、一種のお祭りってこと?」
「まぁ、そういうことですね。外の世界だけのものだったのですが、こっちでもやりたいので里の寺子屋で前にやったら気付いたら広まっていました」
まぁ、子供達は好きそうだし、このお祭り。
無条件にお菓子が貰えるのだから。
外の世界のものは珍しくてみんな好きそうだし。
早苗にとっては外の世界を懐かしめるいい機会だったのだろう。
「それに、信仰を得るのにこういうお祭りはピッタリですからね!」
って、やっぱりそれもあるのか。
そう言いながら拳をぐっと握り締めて興奮気味に言う早苗に少し呆て。
信仰、私にとってはわりとどうでもいいことだけど。
ただお菓子が貰えればそれでいいや、なんて思ったりして。
それに、確かに個人的には早苗のほうの手伝いをしたいけれど、かといって聖達を裏切る、なんてことはしたくないし。
このことに関してはとりあえずどっちつかずな立場で傍観していたり。
博麗神社は、うん、あっちはあっちで全力で応援したい。わりと本気で。
「それにしてもなるほどね、道理で命蓮寺のみんなも忙しそうにあっちこっち走り回ってたのね」
「忙しそうにって……ぬえはどうしたのですか?」
「ん、何か押し付けられる前に事前に逃げてきた」
「全く……。まぁ、私は関係無いからいいですけれど」
少し呆れ気味に言う早苗に、まあまあ、なんて適当に抑える。
とりあえず、早苗のほうも持ってきていたお菓子は全て配り終わったようで、近くにあるベンチで二人でのんびりと過ごすことに。
特にこれといって何かするわけでも無く、二人並んで里の様子を適当に見ている。
こう、早苗と過ごすゆったりとした時間は、わりと好きなほうで。
たまに守矢神社に遊びに行っても、何か作業していることが多く、二人でゆっくり過ごす、というのはあまり無いし。
お茶でも飲みながら適当に一緒にボーっとしあい、話し合ったりするのは楽しい。
たまに起きる早苗の暴走も、その言葉や挙動も横で見ていて面白いし、退屈しない。
ふと前を見ると、さっきまでよりかは少なくなったけれど、まだまだあの言葉を言っている子達もいて。
同じく通り過ぎるカップルは早苗と一緒にある種の呪いでもかけるかのようにじっと睨む。
向こうは完全に自分達の世界に入っているのか、全く気付かなかったけれど。爆発しろ。
「とりっくおあとりーと!」なんて元気のいい声が聞こえたのと同時に、サクッと、早苗から貰ったクッキーを一枚食べたときに、
「ねぇ早苗」
なんとなく、
「とりっくおあとりーと」
そういえばまだ言ってなかったなぁ、と思い出して、大して期待もせずに言ってみる。
「さっき悪戯したうえにお菓子まで貰ったじゃないですか。まだ残ってますし」
「だってこれおいしいし」
「もうありませんよ、それは」
予想通りの言葉に、ちぇー、なんて言いながらもう一枚口に入れる。
うん、やっぱりおいしい。
ついつい頬が緩んでしまって。
早苗のほうを見ると、それが微笑ましいのかニコニコしながら撫でられて。
ちょっと、なんて払いのけても、また同じように撫られて。
なんだか恥ずかしくなった私は、とにかくこの状況から脱出しようと、
「早苗も、食べる?」
なんて、ただ早苗も一緒に食べてほしい、なんて気持ちもあったから一枚渡そうとしたけれど、私はいいです、なんて言われて返される。
「……ダイエット中?」
なんてふざけてみたら、案の定手刀でおでこをべしって叩かれて。
乙女に向かってそんなこと言ってはいけません、なんて怒られて。
叩かれてちょっとヒリヒリしているところをさすりながらごめんごめん、なんて謝ると、わかればよろしいです、という言葉と一緒に、
「それに、それはぬえだけに作ったものですし」
と、微笑みながら言われて。
「『だけ』って……さっき子供達にも配ってたじゃん」
「いいえ、子供達に配っていたものは飴玉です。そのクッキーは、ぬえのために作ったのですよ」
なんて、私の目をじっと見ながら言われて。
「……え?」
そういえば確かに、この小包は、早苗の持ってる籠の中じゃなくて、ポケットの中から取り出したような。
つまり、本当に私のために作った、というわけで。
「……なん、で?」
「ぬえと一緒にこうしているのも楽しいですから、一種の感謝の気持ちです」
だから、それはぬえが食べてください。
そう、おでこに指でツン、と軽く突っつきながら、言われて。
早苗のほうも、私と一緒にいて本当に楽しい、なんて思っている。
そう理解すると、嬉しいような、どこかむず痒い恥ずかしさのような、そんな感情が入り乱れ始めて。
「……ねぇ、早苗」
「はい、どうしま……んぐっ」
とにかく、早苗に返事を返そう。
そう思った私は、クッキーを一枚、無理矢理早苗の口の中に入れて。
指が唇に触れて、それが柔らかくてドキッてしたのはなんとか抑えて、
「……私もさ、えと、早苗といて、楽しくて。いつも振り回されてるけどさ、でも、早苗に振り回されるのも面白いし、退屈しないし。だから、その、……お礼」
なんて。
面と向かって言うのは恥ずかしいけれど、でも早苗の目をじっと見ながら。
自分が、さっき―――ずっと思っていることを。自分の本心を。
正体不明のとしてどうなの、と言われればそうかもしれないけれど。
でも、それよりも、もっと重要なことのような気もして。
真っ直ぐ、ストレート直球ど真ん中。言う。
多分、今の私達の顔はお互いに真っ赤だろうなぁ、なんて思いながら。
早苗のほうも、頭の整理が付いていけてないのか、ポカンとしていて。
「………」
ちゅっ
なんて、ちょっとだけ、触れる程度にキスしてみる。
さっき指で触ったときよりも、より柔らかいような、気がする、唇に。
触れたのはちょっとだけだけど。
それでも、クッキーの甘みとはまた違う、早苗の甘さ、早苗らしい甘さが口の中に広がっていく。
私が、そんな甘さを感じていたら、急にふわっと。暖かい空気が身を纏ってくるような感じがして。
「……全く、卑怯ですよ、ぬえ。いろいろと」
そんな早苗の恨み言のような、照れ隠しのような声が横から聞こえて、ようやく抱きしめられていることに気付く。
「ちょ、早苗……!?」
「でも、嬉しいです。正直、ぬえを振り回してばっかりで、迷惑をかけているんじゃないかなぁ、なんて思っていましたから」
少し離れて、両肩に両手を置いて、顔と顔を向き合わせて。
本当に嬉しそうな笑顔を向けながら。
「……自覚はあったのね」
「うるさいですよ、ぬえ」
コンっ、と、おでこに頭を軽く乗せるようにして、早苗が笑って。
私もつられて、一緒に笑い合った。
しばらくして、二人共に、調子は戻ってきたのか、いつものように軽く話して。
そして、ひとくぎりした頃に、一区切り、早苗が立ち上がって。
「ん、もう帰るの?」
「はい、まぁ。元々、そんなに長居するつもりはありませんでしたし」
「あ……ごめん」
「別にいいですよ、さっき言ったじゃないですか。ぬえと一緒にいるのは楽しい、と」
「……ならいいけどさ」
私も一緒に立ち上がって。
「ぬえ」
「ん?」
「また、いっぱい振り回すかもしれませんが、覚悟してくださいね」
なんて言われて。
「こっちこそ、また悪戯とかしてやるんだから、覚悟してよね」
「ぬえの悪戯なら、いくらでも受けますよ」
「んじゃ、これからもずっと私が早苗に悪戯する代わりに早苗は私を振り回すってことで」
「受けて立ちます。またお菓子だって作ってあげますから」
「変なのだけは勘弁ね」
それじゃ、またね。
はい、また、です。
なんて、二人で約束して、とりあえずそろそろ大丈夫だろう、ってことで命蓮寺に戻ることにする。
ふと、クッキーの最後の一枚が残っていることに気付いて、サクッなんて口に入れて。
今までで、一番甘い味がした。
早苗の唇には劣るけど、なんて。
横を見ると子供同士で悪戯している様子が見えて。
次のハロウィンまでに、早苗のためのとっておきの悪戯でも考えてやろうかなぁ、なんて、最期のクッキーをゆっくりと味わいながら思った。