Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

願はくは、花の下にて……~四・盗っ人と微笑み

2011/11/09 00:24:59
最終更新
サイズ
8.83KB
ページ数
1

分類タグ

 紫が団子を食べるのを止めようかと考えていたころ。
 ほんの少し開かれた襖から漏れる光が射すだけの薄暗い衣裳部屋。そこで一人の盗っ人が乱暴に行李を漁っていた。
 盗っ人はまだ幼い子供であった。痩せた体にみずぼらしい着物を纏い、古ぼけた太刀を背負う、年齢に不釣り合いな恰好をしていた。
 彼は二つ目の行李を開けると、目を見開いて手を止めた。出てきたのは爽やかな色合いの浅黄色の着物だった。どんな布を使っているのか、彼の汚れた手にも気持ちの良い触り心地だ。
 彼はそれをいままで放り投げてきた布きれの山とは分けて、なるべく丁寧に脇に置いた。この箱には他にも金目になる物が入っているに違いない。もう何枚か見繕ったら、風呂敷に包んでさっさと逃げ出そう。
 そう決めて、もう一度行李の蓋に手をかけた時だった。静まっていた襖が勢いよく開け放たれ、室内が明るさで満たされる。
 彼が眩しさから目を庇いつつ振り返ると、そこには小さな女の子――由々子が立っていた。誰もいないはずの部屋に見慣れない人間がいるからだろう、きょとんとして幼い瞳を丸くしている。
「だぁれ?」
 由々子が無邪気に尋ねる。彼は何も答えずに背の太刀を勢いよく抜き放った。そして、大きく振り被ると、彼女の細い首目掛けて鋭く斬り掛かった。
 由々子の瞳には鈍い刃金の輝きと、狂ったように目を血走らせた白髪の少年の姿が映っていた。


 その時、彼と彼女の間の空間が歪んだ。


 少年は何が起こったか分からなかった。いきなり柔らかいとも硬いとも判らない何かにぶつかったかと思うと、次の瞬間には畳の上にうつ伏せになっていた。重たい頭を無理に持ち上げると“それ”はいた。
 風も無いのになびく金色の髪、見たことも無い奇妙な衣服。
 彼は一見して“それ”が人ではないことを悟った。異彩を放つ身なりは元より、身に纏う雰囲気があまりにもおぞましすぎた。
 不意に“それ”と視線がかち合う。冷え切り、人間らしい色合いを一切感じられない瞳で少年を残酷に見下ろしてくる。
 彼は唐突に理解した。自分はこの“紫色の異形からは逃れられない”と。
 
 


 紫は汚らしい小さな盗っ人を一瞥し、僅かに瞳を細めた。そしてつい持ってきてしまった団子の山盛り皿から、一つ摘まんで口に入れた。由々子の帰りが遅いと思ったら、こんな面倒なのに絡まれていただなんて。
 下手人は意外に幼く、由々子と同じか、少し年かさに見えた。かなり痩せてはいるが、見た目は普通の男子に見える。ただ、髪の毛が異常に白い。まるで老人の物みたいにすっかり色が落ちてしまっていて、何とも薄気味悪かった。
 そのうえ、紫にとって不可解な点がもう一つあった。存在が曖昧すぎるのだ。何と表現すべきか、生きているのか、死んでいるのか、どうにも判別しづらい。ここまで侵入されて、気付けなかったのもそのせいだ。
 真っ白な髪に、曖昧な死生の境界。喉の奥まで言葉が出かけているのだが、それがなんであったか思い出せなかった。
 不意に紫の服の裾が引っ張られる。いつの間にか座り込んでしまっている由々子の手だ。
 すっかり腰を抜かしてしまっていて、表情を強張らせている。紫は彼女を安心させようと優しく微笑んでみせた。
 ――もう大丈夫、すぐに終わらせるから。
 そして、それが隙になった。
 紫が由々子に顔を向けた瞬間、それまで静かだった少年が動いた。奇声を発しながら、手に持ったままの刀を真っ直ぐに突きだす。切っ先はよそ見をしている紫の腹部を狙い澄まし、実際に突き刺したように見えた。
 しかし、刃が半分ほど刺さったところで違和感に気付く。肉を貫く手ごたえが全くない。まるで寒天か何かみたいに柔らかくて、気持ちが悪かった。
 それもそのはず、刀身は紫の身体ではなく、彼女が開いた隙間に飲み込まれていたのだ。
 少年は異常に気付くも、時すでに遅し。無防備だったこめかみを扇に打ち付けられた。視界が歪み、足腰に力が入らなくなる。ただの扇に殴られただけなのに、かなり遠くへ吹き飛ばされ、畳の上に転がされた。そして、起き上る暇も無く背中を強く踏みつけられてしまう。
「卑しい賊の分際で私を斬ろうなんて、随分と思いあがったものね」
 紫は愉悦の笑みを浮かべながら、無様に転がっている少年の白い頭に嘲りの言葉を投げつけた。
「うるさい! 離せ、離せ!!」
 こんな状況でも吠えることを止めないなんて、まるで愚かな獣のようだ。意味のないから元気は、余計に紫の気分を良くさせた。
 そんなとき、不意に少年の視線が揺れる。紫から目を離し、明後日の方向の暗闇を見ていた。ほんの一瞬の動作ではあったが、彼女を動かすには十分な不審行動だった。
 紫は光の弾をその視線の先に放つ。光弾は潜んでいた何かに命中し、潜んでいたものの姿をさらけ出した。最近目にかける機会の増えた青白い人魂、幽霊だ。
 幽霊は突然の攻撃に驚いて、あたふたと体の向きを変えていた。この寺にいる他の個体と同じように見えるが、どうだか分からない。念のために隙間で端っこの細い部分を挟んで逃げられないように捕まえておいた。
「あっ……」
 すると少年が小さく苦悶の声を漏らす。まるで幽霊の尻尾の痛みを自分も感じているみたいだ。紫はそれを見てようやく合点がいった。
「分かった! あなた半人半霊の子ね。珍しいわ、まさかこんなところでお目にかかれるなんて。なるほど、死生の境界が曖昧だったのも納得ね。半分死んでいるようなものだから、いてもいなくても分からなかったのだわ」
 半人半霊。世にも珍しい、人間と幽霊の混血種だ。
 見た目こそ普通の人間とそう変わらないが、成長が著しく遅く、寿命が遥かに長いと聞く。いつも一体の幽霊がそばに浮いており、これが彼らの半身なのだそうだ。さっきの反応を見ると、感覚も共有しているのだろう。
「こんな辺鄙な場所に現れるなんて。強い妖力に惹かれる性質でもあるのかしら」
 ぐりぐりと足をねじ込みながら、なんとなしに呟くと、紫を見上げる少年の目に一層の憎悪が灯った。それはいままでとは違い、明確な敵意に満ち溢れていた。
「誰がお前みたいな妖怪に……!」
 紫は形の良い眉をわずかに細めた。彼女としては西行妖のことを言ったつもりなのに、少年は紫のことと勘違いしているらしい。紫も大妖怪なのだからその認識は間違っていないが、謂れのない誹りを受けているようで癪に触る。
「あら、元気だこと。子供はそうでなくてはいけませんね」
 言葉とは裏腹に踏みつける足へ更に力を入れた。まともに息が出来ないほどの苦しみを感じているはずなのに、歯を食いしばる彼の視線は揺らぐことはなかった。
 
 殺してしまおうかしら。
 
 最初は適当に痛めつけてからどこかに捨てるつもりだったが、こうまで憎しみを持たれると後々面倒だ。この位置からなら楽に首を落とせる。それとも半分は死んでいるのだから、幽霊側は念仏でも唱えないと始末できないだろうか。
「……紫」
 自分を呼ぶ小さな声でふと気付く。由々子のことをすっかり忘れていた。西行妖が殺した死体を見慣れているらしいとはいえ、いざ目の前で血が吹き出る様など見せられるのは、教育上よろしくないだろう。
 由々子はまだ少し怯えているようであったけど、紫の目を真っ直ぐと見据えていた。
「足をどけて」
 一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「その子を離してと言っているの」
「え、本気? これはあなたを斬ろうとしていたのよ」
「いいから」
 何を言っても聞きそうにない。この子ってこんなに頑固だったのね、と半ば呆れながら足をどけ、二人が良く見える位置へと移動する。念のために半霊の尻尾は隙間に挟んだままにしておいた。
 由々子は戸惑う彼に目線を合わせ、にっこりと微笑んだ。
 半人半霊の子はこの急展開にすっかり置いてかれてしまっているようだ。盗みに入った家でそこの娘に斬りかかり、妖怪に襲われ、今度はその娘に助けられたのだから、混乱してもしょうがない。紫だって理解できてないのだから。
「あなた、名前は?」
「よ、ようき……」
「そう。ねぇ、ようき、あなたお腹空いてない?」
「は?」
 思わず声が漏れた。この場面で腹の減り具合など尋ねるか、普通。
 由々子は紫の驚愕した表情に構うことなく、その手から団子の乗った皿を奪い取った。
「ほら、食べなさい」
 急に食べ物の乗った皿を前に差し出され、少年は何度も皿と由々子の顔を見比べた。
「え……あっ、うぅ……」
「大丈夫」
 不安がる少年に由々子はまた優しく微笑んでみせた。
「大丈夫」
 それで吹っ切れたのであろう、少年は糸を切ったみたいに団子を食べ始めた。その勢いの凄まじいこと、一つ口に放りこんだかと思えばすぐさま新しいのを掴んでいた。
「あらあら、食いしん坊さんね」
 由々子はさもおかしそうにくすくす笑ったまま紫を見た。彼女のまっすぐな視線を受け止めると、まるで胸の奥を撫で上げられるような心地がして、一瞬気後れした。
「おかわり貰ってくるから、紫はこの子のこと見てて」
「えっ、ちょ」
 それだけ言うと、由々子は足早に部屋を出て行ってしまった。紫が声をかける暇もない。
 自分もこいつのこと殺そうとしてたんだけどなー。一心不乱に食べ続ける少年を眺めながら、いかんともし難いやるせなさに包まれる。
 何もせずにしばらく観察していると、少年の顔色が青白くなり、苦しそうに胸を叩き始めた。あんまり急ぐものだから喉でも詰まらせたのだろう。
「全く、何やってるんだか」
 紫が隙間から取り出した水の入った椀を差し出してやると、少年は乱暴にひったくって一気に飲み干した。落ち着いて小さく息をつくと、はっとして紫の顔を見た。
「何よ、毒なんて入れてないわよ」
 けれども、少年は疑念のこもった視線を紫に送るのは止めてはくれなかった。
 おもしろくない。
 せっかく、冷たい死が色めき立つ空気を愉しんでいたというのに。まるで滑稽な歌物語の登場人物にでもされてしまった気分だ。
 なぜ、こんなことになったのか。理由を考えてみると、すぐに由々子のあの笑顔が浮かんだ。
 彼女のあんな顔は今まで見たことが無い。自分といるときは絶えず甘えてきて、たまにからかうと口を尖らせる、そんなかわいらしい面ばかりが思い出される。
 それがあの少年に対してはどうだろう。優しく、慈愛に満ちた眼差しは年に似合わず大人びて、でも、とても由々子らしい笑みだとも思えた。けど、そんな彼女の新しい一面を引き出したのが、あの汚らしい盗っ人だというのは気に入らない。かといって、面倒を見とけと言われたのだから、そうむげに扱うことも出来ない。結局、紫には少年に気付かれないようにため息をつくぐらいしかすることがなかった。
 なんとなしに外を見ると、相変わらず雄大に花を咲かせている桜の木々が視界に広がっていた。薄紅色の花々は風に体を揺らして、紫のことをおもしろそうに笑っていた。
3か月ぶりです……本当に遅くてすいません。

メインの人三人目登場です。
そう、ゆゆ様の過去を語る上では欠かせない、幼忌……じゃなくて妖忌さんです。
彼を子供として登場させたのは色々理由がありますが、まぁほとんど


          趣 味 で す
レイカス
http://twitter.com/kusakuuraykasu
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
目新しさや斬新な設定は見受けられないのですが、
その分キャラ設定に外れがなく、安心して読める感じがいいですね。
でももうちょっと冒険してみてもいいかも?
面白かったです。続き楽しみにしています。