「ごきげんよう。茨華仙さま。それとも、茨木華扇さま、とお呼びした方がよろしいかしら?」
ふぅわりと、空気が歪む。
きれいに澄み渡った秋晴れの空の下、佇む女の周りだけ、気配が歪んでいる。
彼女――華扇は座した姿勢から一気に立ち上がると、女のほうへと振り返る。
「本日はお招き頂き、ありがとうございました。
まさか、本物の仙人さまに、わたくしのような邪仙がお目通りできるなど思ってもみない光栄。
深く感謝いたします」
「初めまして。霍青娥さん。まさか招聘に応じていただけるとは思ってもみませんでした」
「あら、それは当然。
何せ、わたくしは、まだ仙人となって日が浅い身の上。言うなれば、あなたはわたくしの先輩ですもの。
先輩の言うことに応じない後輩はいませんでしょう?」
くすくす笑うその姿に、華扇は表情を変えず、『そちらの椅子にどうぞ』と椅子を示した。しかし、青娥は『立ったままで構いません』と、その申し出を拒絶する。
「それでは、長い時間、立ったままでは足も疲れますから。
端的に話を終わらせましょう」
「左様でございますか」
「先日、巫女より、変わった廟へと足へ運び、そこの者達と一戦交えたことを聞きました」
「ああ、あの非常識な小娘でございますね。大変、迷惑でございました」
言葉遣いは丁寧ながら、その『小娘』に対して隠しきれない嫌悪の意思を向ける青娥。思わず、華扇の顔も歪む。
しかし、その表情と、何より気配を気取られては己にとって不利だと判断したのか、華扇は軽く、青娥から視線をそらす。
「そこでは、また変わった者達が、変わった理由で、変わった事をしでかそうとしていたと言うことを聞いております。
ところで、その際に巫女より聞いたことには、そこの者達は、一部、『人でありながら人ではない』者であった、と」
「はい。たとえばわたくしでございますね」
「まぁ、ここ幻想郷には、人間の姿をした妖怪も数多いですから。それはそれでいいのですけど」
ふぅ、と一つ息を吐いて。
華扇は青娥を振り向く。
「私は別に聖人君子というわけではありませんし、誰かの罪を咎める役割を背負っているわけでもありません」
「けれど、あの非常識な巫女にはそれなりに入れ込んでいるらしい……と。青春ですわねぇ~」
「ちょっ……! べっ、別に、それとこれとは今は関係ないでしょう! 黙って聞きなさい! これだから、仙人になって日が浅い人は……!」
ちょろいものね、と言わんばかりに肩をすくめる青娥と、対照的に、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす華扇。
この辺り、『人生経験』の差がものをいう光景であった。
――何とか平常心を取り戻した華扇は、それまでの流れを断ち切るために、何度か咳払いをしてから言葉を続ける。
「ともあれ!
真っ当な方法で仙人になろうが、外法を用いて仙人になろうが、それはその人の自由! 別段、それは構わないのです!
私が言いたいのは、青娥! あなたが、それを言葉巧みに他人に取り入ることにより、己以外の他者に用いたと言う、その事実!
――釈明できますか?」
「ふぅ……。仙人さまと言えども、わたくしに対して問いただすことは、そこらの人と、なんら変わりないのですね」
青娥の瞳は『失望しました』と語っていた。
しかし、それでしり込みする華扇ではない。『だからどうした』と言う気配を漂わせ、青娥を真っ向から見据える。
その視線が気に入ったのか、それとも華扇の気配を気に入ったのか。
いいでしょう、と青娥は語った。
「人と言うものは、いくつもの欲望を持って生きるもの。それは仙人であろうと、妖怪であろうと、この世から解脱した亡霊、果ては神々であろうとも変わらない。
欲望を捨てると言うことは、生きるための力を捨てることにも等しい。そうでしょう?」
「詭弁ですが、間違ってはいません」
「そう。たとえ、どんなものでも『欲』を持つ。それが生前、聖人と讃えられたものであっても、ね?」
「……」
「わたくしは、仙人とは、迷える人を教え導くものだと思っております。
華扇さま、あなたが説法で人を導こうとするのと同じく、わたくしは己が身に着けた法を用いて人を導こうと思っているだけです。たとえ、それが忌み嫌われた外法であろうとも、ね」
瞬間、周囲の気温が降下する。
それはたぶんに気のせいであったのだろう。しかし、現実に、辺りの空気が冷えあがったのは事実だ。慌てて、その周囲に潜んでいた生き物が彼女たちの周りから逃げ出していくのが、それを明確に表している。
「今の神子さま達を御覧なさい。
かつて、己が眠りにつく前よりも、ずっと生き生きとしてすごしているではありませんか。
まぁ、神社の宴会に参加して、丸ごと酔い潰されたりもしたようですが」
「あの宴会に新参が参加するから悪いんです」
「ガロン単位で飲まされれば、さすがに誰もが潰されるかと」
「え? そうなの?」
「……………………」
素面で聞いてくる華扇に、今度は青娥が沈黙する番だった。心なしか、顔が引きつって、汗が一筋流れている。
……こほん、と彼女は咳払いをした。
「まぁ、ともかくとして。
わたくしは、とてもよいことをしたと思っておりますよ。これからも、この法を用いて、幻想郷の方々に、かけてしまった迷惑を清算して回るのが、わたくしの仕事となりそうです」
「そのようなこと、私がさせるとでも?」
「……あら」
青娥の口許がつりあがる。
半月の形に刻まれる彼女の唇が、「なぜ?」と言葉を紡ぎだす。
相手から吹き付けてくるのは邪悪な気配。華扇はわずかに息を呑む。
「ひどいですわ、華扇さま。わたくしは、ただ、幻想郷の人々に幸せになっていただきたいだけ。
他に何の気もありませんのに。なのに、あなたはそれを邪魔しようとする。
……ひどいお話ですわね」
「あなたの言葉に、一点の曇りもなければ、私ももろ手を挙げてそれを歓迎したでしょう。
しかし、霍青娥。あなたは私に隠し事をしている――もっと言えば、私に嘘をついている。そうでしょう?」
「そんなことは……」
「ない、と。きっぱりと胸を張って言えますか?
私がこれから『閻魔さまの元に向かいましょう』と言っても、『わかりました』とついてこられますか?」
しん……、と周囲が静まり返る。
音のない世界。二人の仙人のにらみ合いは続いた。
――やがて、先に折れたのは。
「うふふふ……なるほど。さすがは茨華仙さま。少々、わたくしがお相手するには役不足だったようです」
「……その言葉、そっくりそのまま返してあげましょう」
「いいでしょう。
そこまでにらまれては、わたくしも、腹を割ってお話をするしかないようですし」
青娥は、決して『嘘をついていた』とは言わなかった。
食えない相手、そして、最大限油断の出来ない相手――それを華扇に認識させるのに充分なほど、尊大な振る舞いをする青娥は、最初に勧められた椅子に腰掛けると、『足が疲れました』と言ってのける。
「華扇さま。
わたくしがあの廟の者達に用いた外法は、いわば一種の不老不死を得る法です。
多くの人間が得ることを夢見て、しかし志半ばにその夢を折られていった――」
「……それが何か?」
「不老不死とは、その時、その場所のその姿を固定することが出来ます。まぁ、それは副次的な要素ですが。
――わたくしが、あの廟の者達に外法を教えたのは、まさにそれが理由」
どうせ、『彼女たちを輪廻の環から解脱させてやった』とでも言うのだろう。
華扇は、相手の瞳を見ながら、視線でそう看破した。
それまで得られなかった力を得ることが出来る――加えて、その力は、今後決して、人の身では得られない力だ。
そう甘言を述べる青娥の姿が容易に想像できた。
あの廟の者達は、そう簡単に彼女の言葉に乗せられるような者たちではないと華扇は思っているが、しかし、やはり人であることには変わらない。
魔が差した、あるいは何らかの事情で、青娥の言葉に乗ることを決意してしまった、などなど。
考えるだけでも、青娥の誘惑に負けてしまう理由は多々ある。
やはり、この女は油断ならない邪仙なのだ、と華扇は思った。ともすれば、この幻想郷にとって害になるものなのだ、と。
事と次第によっては、この場で始末しておくべきなのかもしれない。華扇の瞳は鋭さを増し、青娥をまっすぐに見据える。
「あなたに、その理由が想像つきますか? 華扇さま」
「……ええ、大体は」
「それはよかった。あなたも、わたくしの思い――そう」
彼女はたっぷりともったいぶった後、静かに、一言を続けた。
「ちっちゃくてかわいい子をそのままの姿で残しておきたい、という夢に共感してくれたのですから」
………………。
………………………………。
………………………………………………………………。
「……………………えっ?」
長い――長すぎる沈黙の後、やっとこさ、華扇が絞り出した声がそれだった。
「そう! 小さくてかわいい子! 男の子でも女の子でも! でもどっちかっていうならやっぱり女の子!
あのほのかに香る甘い香り! ぷくぷくのほっぺた! くりくりのおめめ! 育ってないつるぺたんな肢体! ああ、もう、何もかもがわたくしの理想! 夢! TOU-GEN-KYOU!!
わかる!? わかりますよね、華扇さま!」
「えっ? あ……いや……えっ?」
「はぁ~……! もう、もう、もうっ!
あの廟の子達ってば! かわいいったらないわ! そりゃ、思わず不老不死にして、ずっとその姿を愛でていたいと思うわよ!
布都ちゃんは一生懸命で素直でかわいい、でもちょっぴり抜けてるアホの子だし! 神子ちゃんはちょっと背伸びして頑張ってるお子様だし! 屠自古? ああ、あんなのどうでもいいわよ。あと、僥倖だったのは芳香を手に入れられたことね! あんな元気でかわいらしいキョンシーを作れるだなんて思ってもみなかった!
これぞわたくしの思い描く楽園! そして、この楽園をさらにパラダイスにしていくために、わたくしはあらゆる手段を問わないわっ!」
……なるほど。
確かに、この青娥、邪仙であった。
しかし、その邪仙とは、一般的に言葉面から判断できる邪仙ではない。
『よこしまな仙人』という言葉を縮めて簡潔明解に表現した『邪仙』であったのだ。
「そういうわけで、茨華仙さま。わたくしと志を同じくするものとして、わたくしのことを見守っていてくださいませ。
ああ、それから、ぜひとも今後、お気軽に廟にお越しくださいませ。あそこの住人には、わたくしから言っておきますゆえ」
「ちょ、ちょっと待って! あの、あなた、盛大に勘違いしてるけど……!」
「それではごきげんよう~。そろそろ少女分が枯渇しそうですので、補給しに帰りますわ~」
「待てっ! ちょっと待てこら! 私を仲間にしないでよちょっとおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
空の向こうに飛んでいく青娥。それに追いつけないと判断した華扇は、『どうしろってのよこらぁぁぁぁぁぁぁ!』と幻想郷の空に向かって絶叫し、ついでに靴を右手側後方へと向かって投げつける。
茂みの中から『あやっ!?』という悲鳴がしたのは、その時だった。
「たっだいま~」
「おー! お帰りだぞ、青娥!」
「あら、芳香。言うこと聞いて、いい子にしてた?」
「うん、してた!」
「そう、いい子ね~」
帰ってきた我が家。早速出迎えてくれる、愛すべき(色んな意味で)芳香の頭をなでなでして、少女分を補給する青娥。
そこへ、他の面子もやってくる。
「どこへ出かけていたのですか?」
「ん? ちょっとね」
「青娥殿は、たまにどこぞへとふらりと出かけられるな。ちゃんと行き先を告げていってくれぬと困るぞ」
「まあ、布都ちゃんったら。心配してくれるの?」
「あ、いや、別にそういうわけでは……」
「青娥さま。お疲れでしたら、お風呂のご用意を……」
「あーはいはい。わかったわかった。しっしっ」
「……あの、神子さま。わたしは青娥さまに嫌われているのでしょうか……?」
「気にしすぎですよ、屠自古」
「……ぜってぇ違うと思うんですが」
右を見ても小さくてかわいい女の子。左を見ても小さくてかわいい女の子。そんな彼女たちに囲まれる、ここは青娥にとっての楽園であった(なお、元々、屠自古は眼中に入っていない)。
彼女たちに囲まれる青娥の笑顔は、ものすげぇいい笑顔であったと、後のワーハクタクは語る。
そう。
神霊廟。そこはまさに、『少女たちの楽園(ロリコンパラダイス)』であった――。
次回予告
「お帰りなさい、芳香。それで、紅魔館とやらはどうだったかしら?」
「えーっと、一杯、人がいたぞ。あと、何かすごく楽しそうだった!」
「そう。どんな人たちがいるの?」
「んっと……何かおっきなお姉さんと、よく怒るお姉さんと……」
「(ちっ、外れかしら?)」
「ちっさくてかわいい女の子が二人いたぞ!」
「……芳香。もう一度、確認するわ」
「ん?」
「その二人の女の子は『ちっちゃくて』『かわいい』のね?」
「うん!」
「よし! 神子さま達を誘って、紅魔館にご挨拶に行くわ! 準備しましょう、芳香!」
「おう!」
――新たに幻想郷に現れた神霊廟。そこに住まうもの達は、改めて、幻想郷の人々にあいさつ回りをすることになった。
しかし、そこに漂う邪悪な気配。それを察知することは、さしもの巫女でも不可能であった。
最初の目的地となった紅魔館に迫る謎の影。そして、迫り来る邪悪な気配。
今、紅魔館に邪仙が舞い降りる――。
次回、『青娥にゃんにゃんの幻想郷ぶらり旅~紅の姉妹を追え~』をこうご期待!
ふぅわりと、空気が歪む。
きれいに澄み渡った秋晴れの空の下、佇む女の周りだけ、気配が歪んでいる。
彼女――華扇は座した姿勢から一気に立ち上がると、女のほうへと振り返る。
「本日はお招き頂き、ありがとうございました。
まさか、本物の仙人さまに、わたくしのような邪仙がお目通りできるなど思ってもみない光栄。
深く感謝いたします」
「初めまして。霍青娥さん。まさか招聘に応じていただけるとは思ってもみませんでした」
「あら、それは当然。
何せ、わたくしは、まだ仙人となって日が浅い身の上。言うなれば、あなたはわたくしの先輩ですもの。
先輩の言うことに応じない後輩はいませんでしょう?」
くすくす笑うその姿に、華扇は表情を変えず、『そちらの椅子にどうぞ』と椅子を示した。しかし、青娥は『立ったままで構いません』と、その申し出を拒絶する。
「それでは、長い時間、立ったままでは足も疲れますから。
端的に話を終わらせましょう」
「左様でございますか」
「先日、巫女より、変わった廟へと足へ運び、そこの者達と一戦交えたことを聞きました」
「ああ、あの非常識な小娘でございますね。大変、迷惑でございました」
言葉遣いは丁寧ながら、その『小娘』に対して隠しきれない嫌悪の意思を向ける青娥。思わず、華扇の顔も歪む。
しかし、その表情と、何より気配を気取られては己にとって不利だと判断したのか、華扇は軽く、青娥から視線をそらす。
「そこでは、また変わった者達が、変わった理由で、変わった事をしでかそうとしていたと言うことを聞いております。
ところで、その際に巫女より聞いたことには、そこの者達は、一部、『人でありながら人ではない』者であった、と」
「はい。たとえばわたくしでございますね」
「まぁ、ここ幻想郷には、人間の姿をした妖怪も数多いですから。それはそれでいいのですけど」
ふぅ、と一つ息を吐いて。
華扇は青娥を振り向く。
「私は別に聖人君子というわけではありませんし、誰かの罪を咎める役割を背負っているわけでもありません」
「けれど、あの非常識な巫女にはそれなりに入れ込んでいるらしい……と。青春ですわねぇ~」
「ちょっ……! べっ、別に、それとこれとは今は関係ないでしょう! 黙って聞きなさい! これだから、仙人になって日が浅い人は……!」
ちょろいものね、と言わんばかりに肩をすくめる青娥と、対照的に、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす華扇。
この辺り、『人生経験』の差がものをいう光景であった。
――何とか平常心を取り戻した華扇は、それまでの流れを断ち切るために、何度か咳払いをしてから言葉を続ける。
「ともあれ!
真っ当な方法で仙人になろうが、外法を用いて仙人になろうが、それはその人の自由! 別段、それは構わないのです!
私が言いたいのは、青娥! あなたが、それを言葉巧みに他人に取り入ることにより、己以外の他者に用いたと言う、その事実!
――釈明できますか?」
「ふぅ……。仙人さまと言えども、わたくしに対して問いただすことは、そこらの人と、なんら変わりないのですね」
青娥の瞳は『失望しました』と語っていた。
しかし、それでしり込みする華扇ではない。『だからどうした』と言う気配を漂わせ、青娥を真っ向から見据える。
その視線が気に入ったのか、それとも華扇の気配を気に入ったのか。
いいでしょう、と青娥は語った。
「人と言うものは、いくつもの欲望を持って生きるもの。それは仙人であろうと、妖怪であろうと、この世から解脱した亡霊、果ては神々であろうとも変わらない。
欲望を捨てると言うことは、生きるための力を捨てることにも等しい。そうでしょう?」
「詭弁ですが、間違ってはいません」
「そう。たとえ、どんなものでも『欲』を持つ。それが生前、聖人と讃えられたものであっても、ね?」
「……」
「わたくしは、仙人とは、迷える人を教え導くものだと思っております。
華扇さま、あなたが説法で人を導こうとするのと同じく、わたくしは己が身に着けた法を用いて人を導こうと思っているだけです。たとえ、それが忌み嫌われた外法であろうとも、ね」
瞬間、周囲の気温が降下する。
それはたぶんに気のせいであったのだろう。しかし、現実に、辺りの空気が冷えあがったのは事実だ。慌てて、その周囲に潜んでいた生き物が彼女たちの周りから逃げ出していくのが、それを明確に表している。
「今の神子さま達を御覧なさい。
かつて、己が眠りにつく前よりも、ずっと生き生きとしてすごしているではありませんか。
まぁ、神社の宴会に参加して、丸ごと酔い潰されたりもしたようですが」
「あの宴会に新参が参加するから悪いんです」
「ガロン単位で飲まされれば、さすがに誰もが潰されるかと」
「え? そうなの?」
「……………………」
素面で聞いてくる華扇に、今度は青娥が沈黙する番だった。心なしか、顔が引きつって、汗が一筋流れている。
……こほん、と彼女は咳払いをした。
「まぁ、ともかくとして。
わたくしは、とてもよいことをしたと思っておりますよ。これからも、この法を用いて、幻想郷の方々に、かけてしまった迷惑を清算して回るのが、わたくしの仕事となりそうです」
「そのようなこと、私がさせるとでも?」
「……あら」
青娥の口許がつりあがる。
半月の形に刻まれる彼女の唇が、「なぜ?」と言葉を紡ぎだす。
相手から吹き付けてくるのは邪悪な気配。華扇はわずかに息を呑む。
「ひどいですわ、華扇さま。わたくしは、ただ、幻想郷の人々に幸せになっていただきたいだけ。
他に何の気もありませんのに。なのに、あなたはそれを邪魔しようとする。
……ひどいお話ですわね」
「あなたの言葉に、一点の曇りもなければ、私ももろ手を挙げてそれを歓迎したでしょう。
しかし、霍青娥。あなたは私に隠し事をしている――もっと言えば、私に嘘をついている。そうでしょう?」
「そんなことは……」
「ない、と。きっぱりと胸を張って言えますか?
私がこれから『閻魔さまの元に向かいましょう』と言っても、『わかりました』とついてこられますか?」
しん……、と周囲が静まり返る。
音のない世界。二人の仙人のにらみ合いは続いた。
――やがて、先に折れたのは。
「うふふふ……なるほど。さすがは茨華仙さま。少々、わたくしがお相手するには役不足だったようです」
「……その言葉、そっくりそのまま返してあげましょう」
「いいでしょう。
そこまでにらまれては、わたくしも、腹を割ってお話をするしかないようですし」
青娥は、決して『嘘をついていた』とは言わなかった。
食えない相手、そして、最大限油断の出来ない相手――それを華扇に認識させるのに充分なほど、尊大な振る舞いをする青娥は、最初に勧められた椅子に腰掛けると、『足が疲れました』と言ってのける。
「華扇さま。
わたくしがあの廟の者達に用いた外法は、いわば一種の不老不死を得る法です。
多くの人間が得ることを夢見て、しかし志半ばにその夢を折られていった――」
「……それが何か?」
「不老不死とは、その時、その場所のその姿を固定することが出来ます。まぁ、それは副次的な要素ですが。
――わたくしが、あの廟の者達に外法を教えたのは、まさにそれが理由」
どうせ、『彼女たちを輪廻の環から解脱させてやった』とでも言うのだろう。
華扇は、相手の瞳を見ながら、視線でそう看破した。
それまで得られなかった力を得ることが出来る――加えて、その力は、今後決して、人の身では得られない力だ。
そう甘言を述べる青娥の姿が容易に想像できた。
あの廟の者達は、そう簡単に彼女の言葉に乗せられるような者たちではないと華扇は思っているが、しかし、やはり人であることには変わらない。
魔が差した、あるいは何らかの事情で、青娥の言葉に乗ることを決意してしまった、などなど。
考えるだけでも、青娥の誘惑に負けてしまう理由は多々ある。
やはり、この女は油断ならない邪仙なのだ、と華扇は思った。ともすれば、この幻想郷にとって害になるものなのだ、と。
事と次第によっては、この場で始末しておくべきなのかもしれない。華扇の瞳は鋭さを増し、青娥をまっすぐに見据える。
「あなたに、その理由が想像つきますか? 華扇さま」
「……ええ、大体は」
「それはよかった。あなたも、わたくしの思い――そう」
彼女はたっぷりともったいぶった後、静かに、一言を続けた。
「ちっちゃくてかわいい子をそのままの姿で残しておきたい、という夢に共感してくれたのですから」
………………。
………………………………。
………………………………………………………………。
「……………………えっ?」
長い――長すぎる沈黙の後、やっとこさ、華扇が絞り出した声がそれだった。
「そう! 小さくてかわいい子! 男の子でも女の子でも! でもどっちかっていうならやっぱり女の子!
あのほのかに香る甘い香り! ぷくぷくのほっぺた! くりくりのおめめ! 育ってないつるぺたんな肢体! ああ、もう、何もかもがわたくしの理想! 夢! TOU-GEN-KYOU!!
わかる!? わかりますよね、華扇さま!」
「えっ? あ……いや……えっ?」
「はぁ~……! もう、もう、もうっ!
あの廟の子達ってば! かわいいったらないわ! そりゃ、思わず不老不死にして、ずっとその姿を愛でていたいと思うわよ!
布都ちゃんは一生懸命で素直でかわいい、でもちょっぴり抜けてるアホの子だし! 神子ちゃんはちょっと背伸びして頑張ってるお子様だし! 屠自古? ああ、あんなのどうでもいいわよ。あと、僥倖だったのは芳香を手に入れられたことね! あんな元気でかわいらしいキョンシーを作れるだなんて思ってもみなかった!
これぞわたくしの思い描く楽園! そして、この楽園をさらにパラダイスにしていくために、わたくしはあらゆる手段を問わないわっ!」
……なるほど。
確かに、この青娥、邪仙であった。
しかし、その邪仙とは、一般的に言葉面から判断できる邪仙ではない。
『よこしまな仙人』という言葉を縮めて簡潔明解に表現した『邪仙』であったのだ。
「そういうわけで、茨華仙さま。わたくしと志を同じくするものとして、わたくしのことを見守っていてくださいませ。
ああ、それから、ぜひとも今後、お気軽に廟にお越しくださいませ。あそこの住人には、わたくしから言っておきますゆえ」
「ちょ、ちょっと待って! あの、あなた、盛大に勘違いしてるけど……!」
「それではごきげんよう~。そろそろ少女分が枯渇しそうですので、補給しに帰りますわ~」
「待てっ! ちょっと待てこら! 私を仲間にしないでよちょっとおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
空の向こうに飛んでいく青娥。それに追いつけないと判断した華扇は、『どうしろってのよこらぁぁぁぁぁぁぁ!』と幻想郷の空に向かって絶叫し、ついでに靴を右手側後方へと向かって投げつける。
茂みの中から『あやっ!?』という悲鳴がしたのは、その時だった。
「たっだいま~」
「おー! お帰りだぞ、青娥!」
「あら、芳香。言うこと聞いて、いい子にしてた?」
「うん、してた!」
「そう、いい子ね~」
帰ってきた我が家。早速出迎えてくれる、愛すべき(色んな意味で)芳香の頭をなでなでして、少女分を補給する青娥。
そこへ、他の面子もやってくる。
「どこへ出かけていたのですか?」
「ん? ちょっとね」
「青娥殿は、たまにどこぞへとふらりと出かけられるな。ちゃんと行き先を告げていってくれぬと困るぞ」
「まあ、布都ちゃんったら。心配してくれるの?」
「あ、いや、別にそういうわけでは……」
「青娥さま。お疲れでしたら、お風呂のご用意を……」
「あーはいはい。わかったわかった。しっしっ」
「……あの、神子さま。わたしは青娥さまに嫌われているのでしょうか……?」
「気にしすぎですよ、屠自古」
「……ぜってぇ違うと思うんですが」
右を見ても小さくてかわいい女の子。左を見ても小さくてかわいい女の子。そんな彼女たちに囲まれる、ここは青娥にとっての楽園であった(なお、元々、屠自古は眼中に入っていない)。
彼女たちに囲まれる青娥の笑顔は、ものすげぇいい笑顔であったと、後のワーハクタクは語る。
そう。
神霊廟。そこはまさに、『少女たちの楽園(ロリコンパラダイス)』であった――。
次回予告
「お帰りなさい、芳香。それで、紅魔館とやらはどうだったかしら?」
「えーっと、一杯、人がいたぞ。あと、何かすごく楽しそうだった!」
「そう。どんな人たちがいるの?」
「んっと……何かおっきなお姉さんと、よく怒るお姉さんと……」
「(ちっ、外れかしら?)」
「ちっさくてかわいい女の子が二人いたぞ!」
「……芳香。もう一度、確認するわ」
「ん?」
「その二人の女の子は『ちっちゃくて』『かわいい』のね?」
「うん!」
「よし! 神子さま達を誘って、紅魔館にご挨拶に行くわ! 準備しましょう、芳香!」
「おう!」
――新たに幻想郷に現れた神霊廟。そこに住まうもの達は、改めて、幻想郷の人々にあいさつ回りをすることになった。
しかし、そこに漂う邪悪な気配。それを察知することは、さしもの巫女でも不可能であった。
最初の目的地となった紅魔館に迫る謎の影。そして、迫り来る邪悪な気配。
今、紅魔館に邪仙が舞い降りる――。
次回、『青娥にゃんにゃんの幻想郷ぶらり旅~紅の姉妹を追え~』をこうご期待!
紅魔館篇は期待していいのでしょうか?(チラッチラッ
しかし屠自古ちゃんを除け者にした罪は重い。華扇にお仕置きされてしまえっ
そういう解釈で構わないのかな?
GJ! にゃんにゃん!!
だが屠自古をディスった青娥はあとで屋根裏まで来るように
スピンアウトで華霊ですよね
芳香の元ネタ的にその頃の華仙はまだ仙人になってないはず
ちょっと気になったのでもし違っていたらすいません。紅魔館編に期待しています
仙人になってるという説もありますからねー。
後彼女は強い人間に純粋に惹かれる癖があるらしくてそれで霊夢の事をとても気に入っていますよ。
強者にへつらうとかじゃなくて純粋に入れ込むみたいです。あの後弟子入り志願しに神社に来ましたから
これは酷いと言わざるを得ない展開でしたw
まぁね、確かに神子さま・布都ちゃん・屠自古ちゃん・芳香ちゃんの4人だと、屠自古ちゃん以外はつるぺたなイメージがあるけど……しかし屠自古ちゃんを除け者にするなんて、にゃんにゃん許すまじ!
ロリコンパラダイスて