Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

稲田姫様も騒ぎたいから。

2011/11/05 20:13:06
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 冷たい秋風が素肌を撫でた。上白沢慧音は少し身体を震わせる。
「そろそろ衣替えをしなくてはな」
 呟くが真夜中の人里に彼女以外の姿は無く、誰の耳に届くことも無く、夜風と共に消えていく。
神霊異変以来、人里は実に平和である。しかし、何も異変でなくともいつ賊や妖怪が現れるかもしれない。人間の里で世話になっている身としては、里の見回りは欠かすことができないのだ。
 月光に伸びる自分の影に気付く。夜空を仰ぐと、立待月が慧音を見下ろしていた。もうすぐ丑三つ時だろうか。
「これ以上は明日に響くな。墓地まで行ったら帰るとするか」
 明日も寺子屋で子供達の世話をしなければならない。寺子屋と見回り、両立するのは骨が折れるが、両方ともやると決めたのは自分だ。どちらかのせいでもう一方を疎かにすることなど、堅物で通っている慧音にはできなかった。
 それに明日は収穫祭。準備を手伝うのも自分の役目だ。
 墓地まで来ると寒気は一層強くなった気がした。
 人間の里はあまり豊かではなく、土は荒れ、ぼろぼろになった卒塔婆が目立つ。
「ここの不気味さにはあまりなれないな」
 誰かが言った。幻想郷は全てを受け入れる、と。それは幽霊・亡霊とて例外ではない。現にこの墓地で何度か幽霊を見かけたことがある。別件だが亡霊には二度痛い目を見せられている。と言ってもトラウマになったというわけでもない。
「……早く終わらせて帰ろう」
 二人相手で、片方は白玉楼の主だったが、敗北の歴史はやはり苦い。いやなことを思い出して、歩みが自然と速くなる。

「音にのみ
鳴かぬ夜はなし
鈴蟲の
ありし昔の
秋を思ひて」

 松虫の声に混じり、歌が聞こえた。
「人か……?」
慧音は警戒心を高め声のした方へ向かう。
 奥の方まで行くと、紅葉の生い茂る雑木林に向かい佇む、赤いワンピース少女の姿があった。
 人間か、はたまた亡霊か。
 亡霊なら明日にでも命蓮寺に赴き除霊を頼めばいい。だが人里の子なら、里を守るものとして注意し連れ帰ってやらねばならない。
 慧音は少女に近づくために一歩踏み込むと、少女はワンピースを翻し、くるりと回った。同時に、真っ赤な落ち葉が舞い上がる。
「む、あれは……」
 少女の顔に慧音は見覚えがあった。たしか、あれは――

「佐保山の
ははその紅葉
ちりぬべみ
夜さへ見よと
照らす月影」

 少女はまた一句詠い上げると、慧音の存在に気付いたようだ。
「この紅葉は散ってしまいそうだから、月が夜でも見えるように照らしている。そういう歌だったな。秋の神よ」
 少女の正体は人間でもなく、亡霊でもなく、秋静葉という、酔狂な秋の神だった。慧音と静葉は、昨年の里の収穫祭の時に顔を合わせたくらいで、深い知り合いと言うわけでもない。
「ええ、なかなか良い歌だわ」
「秋の神にそう言ってもらえたなら、詠み人も本望だろう。それで、ここにはどう言った用向きだ?」
「ただの戯れですわ。秋の神が秋の夜長を楽しんではいけないかしら?」
 静葉は柔らかく微笑む。あどけなさの残るその顔は、とても神には見えない。
「いや、問題ないな。見回りをする身から言えば、少々人騒がせだがな」
「あら、それはごめんなさい。ここの紅葉が綺麗でつい、ね」
 そう言うと静葉はまたくるりと回り、雑木林の方へ向く。慧音も釣られてそちらを見る。
「ほう、これは見事な――」
 雑木林を赤く染めた紅葉が、銀杏が、月光に照らされ輝いている。
 夜風に吹かれて揺らめく様は、まるで炎のようだ。
「見事だが、これくらいなら妖怪の山の方が絶景なのではないか?」
「人によってはそうなのでしょう。でも私はこの景色も好きよ。派手に飾るよりもこじんまりしていた方が素敵なものもあるじゃない」
「満開の桜よりも八分咲きの方が良い。それと似た感覚か」
「ええ、そんなとこね。それにね――」
「なんだ?」
「明日の収穫祭が楽しみで眠れなくて」
 静葉は顔をそれこそ紅葉のように赤くした。慧音は何故だかそれがおかしくて、
「あははは――」
 夜中だと言うのに大声を出して笑ってしまっていた。
「そんなに笑わなくてもいいじゃない」
 顔を赤くしたまま、静葉は頬を膨らませる。
「いや、失礼。神でもそんなことがあるのだな、と思ってな。それにしても収穫祭は毎年行っている。それでも楽しみなのか」
「ええ。私は直接関係してないけれど、ありがたがられるのは嬉しいわ。それに、」
 静葉は顔を上げる。燃える紅葉の向こうにある月を見つめている。
「私は寂しさの象徴ですもの。そんな私でもみんなと騒ぎたい時があるの」
「――そういえば、そうだったな」
 慧音も静葉に習い、月を見上げる。
 寂しさと終焉の象徴。
 そう呼ばれた神に、自分は何をできるだろうか。この見事な紅葉の代わりに、なにを送ることができるだろうか。
「よし」
 慧音は一息つくと、ある決心をした。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないさ。静葉とやら、明日は楽しみなのだろう? だから今日はもう休め。主役が寝不足では格好が付かないぞ」
「主役? 明日は収穫祭でしょう? 主役は穣子ちゃんよ」
「今年から、収穫と紅葉を祝おうということになった。お前も主役なんだ」
 もちろん、決まったのはたった今で、賛同者は今のところいない。だが、里の者ならわかってくれるだろう。
「――そう。ならもう眠らなくちゃね」
 そう言うと静葉は雑木林の方へ歩いていく。数歩歩いたところで静葉は振り返り、
「今日はありがとう。お話できて楽しかったわ、先生」
「ああ、私も楽しかったよ」
 静葉は笑顔を見せ、落ち葉を踏み、山へと帰っていく。
「私も帰ろうか」
 慧音も踵を返し、足を踏み出す。そんな時、後ろから歌が聞こえてきた。

いつはとは
時はわかねど
秋の夜ぞ
物思ふことの
限りなりける

「――私が色々考えているのも見透かされていたか。やはり神なのだな」
 自嘲気味に慧音は笑った。

 さあ、明日は酔狂な神のためにも、収穫祭と紅葉祭――もう秋祭りでいいか――盛り上げなくては。
 こうして人間の里にまた一つ、歴史が創られた。
 豊かな実りと、静かな哀愁。二つの顔を持つ季節を祝う祭という歴史が――
はじめまして。
習作として一日一SSを書いてるのですが、たまには二次創作ということで東方と言う題材を選んでみました。
そして折角なので人目に晒してみます。

なぜ慧音&静葉という接点の無い二人がメインかと言うと、
・ぺいるは『秋 静葉と上白沢 慧音が大笑いする話』を書きます。 shindanmaker.com/164797

・ぺいるさんは、「丑三つ時」に「墓地」で「詩を捧げる」話を作ってみてはいかがでしょう。 shindanmaker.com/156985

というお題診断二つを組みあせて書いたものだからです。
詩じゃなくて短歌なのは気にしない。
あと使い方とか間違ってても気にしない。

では、また機会があればお会いいたしましょう。
ぺいる
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
秋の静けさが伝わってきて良かったです
2.名前が無い程度の能力削除
よし、次は穣子様だな

秋はまだ始まったばかりだぜ!!