私は何をしたいのか。
私は何をしなければならないのか。
それがどうにも分からない。何もしたくないっていうか、ただ単に怠けているだけなのか分からない。
全く都会派じゃないこの感覚。
「ねぇ。どう思う? 私は今何がしたいのかしら。どうすればいいんだろ」
「そうね。とっても難しい問題ね。えぇ。とっても」
意味もなく一人で会話。
人形を使う気にもなれない。今の私はただのアリス。
食器は散らかり、服は乱れ、髪はべたべた、ぼさぼさ。
片付けなきゃ。いつ誰が来るか分かんないし。
魔理沙しか来たことないけど。
「…あぁ、まずは何をすればいいんだっけ。何から手をつければいいの」
するべき事は決まっている。
食器を片づけ、服を正し、髪を梳かす。人形の整理も。
それをただ、淡々とこなせてこその都会派なのに。
環境が人を作る。こんな環境じゃ、今の私は非生産的な思考しかできっこない。
「そう、外に出ればいいのよ。そうよ、そうだった」
幸いにも、今は誰も起きていないような、早朝夜明け前。
こんな乱れた私を、誰かに見られるような心配はしなくていい。
早朝の空気って、どこか澄んだような雰囲気で大好き。
深い森の中、昨晩は雨だった。
雨上がり早朝の空気、私をやり直すにはぴったりの場所かもしれない。
「…あぁ、駄目、駄目なの。そうやってすぐ考える」
頭の中では、そうすることが一番だと分かっている。
でも、それを果たすにはベッドで横たわっている私が、起き上がらなくちゃいけないっていうことで。
それは、面倒。
もし偶然にも誰かに会ったら? 魔理沙なら徹夜で研究に励んでいるかもしれない。
ばったり外で会う可能性もゼロじゃない。こんな、廃人のような顔の私を見られたくない。
実質その可能性はゼロに近いのに、いろいろ行動を起こさない理由を無理やりつける私。
今日の私は、芯から都会派じゃない。
「………」
「あぁ、もう! もう…もうっ…!」
そんな私が全て嫌になって、布団をかぶる。
不貞寝は腐るほどした。布団には私の匂いしかしない。
夢の中へ逃げたい。現実で考え疲れるのはもう嫌だ。
空が薄明るくなっているのが分かる。さっきまではまだ真っ暗だったのに。
そんなに周りが見えていなかったのか。なんて無駄な時間を過ごしてしまったのか。
生きている時間は限られている。
どんどん。
「おーいっ、アリス! 起きろ! 一大事だ、一つの大事件だよ!」
あぁ、あぁもう。
ほら、良かったじゃない。外へ出かけなくて。
この鬱陶しい声は間違いなく魔理沙。万が一魔理沙じゃなくたって関係ない。どうせ居留守するし。
普通こんな朝早くに来ないでしょ。何考えてるの。もう。
どんどんどん。
「もう起きただろ、出てこいよ! 大事件なんだ! 出てこないと玄関修理しなきゃいけなくなるぜ!」
…魔理沙ならやりかねない。
魔理沙なら、強引に家に入り、この寝室まで入ってくるだろう。
あぁ、私の家へ入り込んだ魔理沙の顔が目に浮かぶ。
散らかった食器。無造作に転がっている人形。異臭もするかもしれない。
そして寝室には、恐らくやつれきっているだろう私の姿。
軽蔑するだろう。心底嫌そうな顔をしながら、外面上は心配するような声かけを行うだろう。
……嫌だ。私が都会派じゃないとこを見せられるのは、私だけなんだから。
どんどんどんどん。
「あと十秒待ってやる! じゅー、きゅー…さん!」
こんな森の奥にある家だから、近所迷惑を考えずに大声出せるのね。
繰り返されるノックの音と、魔理沙の大声に少しずつ焦りを感じる。
都会派じゃない、こんな状態の私を見られるわけにはいかない。
しかし、玄関前には魔理沙がいる。そろそろ本当に強行突破してくるだろう。
もう仕方ない。他人に見られるリスクを気にしてはいられない。
どんっ。
私は裏口から逃げ出した。
これは夢だ。
夢の中で、そう感じることってない? なくてもいいの、私はあるから。
とにかく。私は今、夢の中にいる。
「そう。じゃあ、昨晩の残り物でいいわ。用意して頂戴」
「畏まりました。すぐにご用意致します」
その証拠は、この独特の…何て言うんだろ、とにかく、言い表せない感覚。
常に霧がかったような、曖昧な世界。
視界もはっきりとしない。前方六十度ぐらいしか見えない。
そして何よりも。
「んっ…ふぅ」
目の前の人物が、ひたすら私を無視していることにある。
いるのは、紅魔館の館主。レミリア・スカーレット。
従者である咲夜に恐らく朝食であろう指示を与えると、おもむろに服を脱ぎだした。
私を認識しているのなら、出来ることじゃない。今の私は所謂、透明人間。
それにしても、可愛い寝巻をしてるじゃないの。
「ふぁあ…」
やっぱりまだ眠そう。朝を有意義に過ごせないなんて、見た目相応ってところかしら。
お嬢様って身分なだけあって、きっと毎日を好き勝手に生きているんだろう。
今の私のような、どうとも言えない気持ちになることはないのかも。
…そう言えば、現実の私って今、どうなってるんだろ。
裏口から出てからの記憶が無い。
魔理沙の強行突破の魔法による爆発で気を失ったか。それとも石にでも躓いてこけて頭を打ったか。
都会派的には、前者であってほしい。躓いて気絶とか恰好がつかないもの。
「ちょっと、咲夜」
「はい」
「朝食はやっぱりいらないわ。霊夢のとこへたかりに行ってくる」
「畏まりました。では、そのように」
ほら来た。さすが、お嬢様。
好きに、勝手気ままに生きている。他人の気持ちなんか省みていない。
こんな事言ったら、咲夜はどう思うだろう。勝手な主人だと、嫌ったりしないかな。
私なら、まずそう考える。それで結局、黙って用意してくれた朝食を頂くだろう。
…どうだろ。普段の私って、そんな他人の気持ちを考えていただろうか。他人の気持ちで自分の行動が縛られるなんて、都会派じゃない。
今はたまたま考え過ぎているだけかもしれない。さっきまで現実でそうだったし。
内心彼女を軽蔑していた自分を、反省。
「お嬢様、日傘を」
「ありがと。じゃ、行ってくるわ。気が向いた時に戻って来るから」
「お気をつけて」
気が向いた時、だって。
メイドとしては、いつ帰ってくるか分かってた方が色々支度もしやすいでしょうに。
お嬢様というのは、いい身分よね。
好き勝手にしたいことをして、したくないことはしなければいいんだもの。
私は…違う。と言いたいけど、半分同じ。
したくないことはしてないけど、したいことが見当たらない。生きがいが無いっていうのかも。
そんな私は多分、彼女よりも生を楽しんではいないだろう。
自己嫌悪。
所変わって、白玉楼。
夢の中だもの。私が好きな時に、好きな場所へ移動できるのも当たり前。今だけ気分はお嬢様ね。
色んな生を見てみたくて。ここの住人のは生と言えるのか少し疑問だけど。
生き方、っていうのかしら。どんな暮らしをしているのか、とか。そんな感じ。
「でねー、藍はあれなのよ、細かいことに気が向き過ぎっていうか…」
「分かる、分かるわぁ…。うちのもそうよ。まぁそのおかげで助かってるんだけど」
「お茶が入りましたっ」
どうやら紫も来ていたみたい。
ここの主人、幽々子と談笑中。もう二人とも年よね。話し方がそれっぽい。
そこにお茶と菓子を持って入ってきたのが、ここの従者である苦労人、魂魄妖夢。
彼女は咲夜みたいに完璧じゃない。咲夜が才能型なら、彼女は努力型と言えばいいのかしら。
そんな彼女の毎日は、しなければならない事、義務感に追われた毎日なのだろう。
辛くはないのかしら。半分死んでるから感じ方が私達とはちょっと違うのかも。
「あら、ありがと」
「いいえっ。では、失礼します!」
「いいわよねぇ、妖夢は。熱心な様子がまた可愛げがあって」
藍だって、貴方みたいなぐうたら妖怪によく仕えてると思うけど。
実際に口に出して言ってみた。反応無し。やっぱりこれは夢で間違いないようね。
「どう?妖夢。一緒に」
「いえっ、私はこれから修行がありますので…」
「あら、そう? ま、頑張ってね」
折角のお茶の誘いも断る彼女。まぁ、私も遠慮するけど。一緒にいると若さを吸い取られそうだし。
ところで、修行ってやっぱり剣術かしら。
努力してる彼女に言うのは酷だけど、彼女より幽々子の方が実力は数段上。
別に彼女が守らなくたって、幽々子は自分の力で自分を守ることぐらい容易だろう。そもそも幽々子の存在を脅かす妖怪なんてそういないでしょうし。
身の回りの世話だけしてればいいんじゃないかしら。あと庭師の仕事だっけ。それだけしてれば。
「そ、そう言われればそうなんですけど…」
でしょ? 無理に修行なんかすることないわよ。する必要がないんだから。
したくないことは、しなければいいの。違う?
………え?
「そうかもしれませんけど…私にとっては、したくないことじゃないんです」
え、嘘…え?
えっと、えっ、私が分かるの? 見えるの? これは夢の筈なのに。
いや、夢だからこんな予想外な事が起こるのかな。
「さぁ、細かいことは分かりませんが。アリスさんが他の人に見えてないってことは、死んだんじゃないですか?」
あぁ、なるほど…ばか。
証拠は無いけど、死んでないのは確実。根拠の無い自信ってこういうことを言うのね。
少し時間が経てば、ちゃんと目を覚ましそうな気がするもの。
まぁ、見えてるのは彼女一人だけみたいだし、そこまで問題はないかな。
「そうですか。それより、用が無いならお帰り願えませんか。今から忙しいので」
冷たいのね。そう言えば、今から修行って言ってたかしら。
したくないことじゃないって、どういうこと? 貴方が幽々子を守る必要はないのよ。
修行なんて、ただ疲れるだけじゃない。したとこで何かあるわけでもない。
ただでさえ忙しいんでしょ? 幽々子もまた我侭そうだし。
ちょっとした自分の時間ぐらい、好きに過ごしたらいいんじゃないかしら。
「これが私の好きな過ごし方なんですよ。分かります?」
分からないわ。なんで自分を苦しめたがるのよ。
意味が分からない。そういう性癖なの? なんなの…もう。
………自分の中で、思考が混乱しているのが分かる。
今まで、意味の無い事、効率が悪いと感じることを避けてきた私にとって、彼女の生き方は理解できない。
そんなの人それぞれじゃん、と言ってしまえばそれまで。
理解できないもやもやした感情が、気持ち悪くてどうしようもないの。
「剣術に励むことで、私が存在しているような気がするんです。少し違うかな…。達成感?」
「心身共に、成長している実感があるんです」
それが貴方のしたい事なの?
従者という立場上、自分の時間は私なんかより大分少ない筈なのに。
いまいち理解できない。それをすることで何かいい事があるの?
成長してる実感だなんて、曖昧じゃない。それも限界があるだろうし。
みんなそれぞれ、自分の時間を自分の快楽の為に使っている筈。それは読書だったり、酒だったり、はたまた悪戯だったり。
自分の時間をこう、意味のないことに使う人の考えが理解できない。
一刻も早く立ち去ろう。考えたくない。
……少し、落ち着いた気がする。
気付いたらここは、私の家。自分の家のベッドで横たわっていた。
普通に考えたら、ここで夢から目覚めたと考えるだろう。でも、違う。
ここはまだ夢の中。だって、それは
「だからね、魔理沙。分からないのかしら。左目のちょっとくりっとしたところ」
「あぁ。それが不気味なんだよ。可愛いなんて口が裂けても言えないぜ」
「あ、今言った。口裂けてないじゃない」
目の前で会話してるのは、紛れもない私。と、魔理沙。
この場面は見覚えがある。数週間前に手に入れた、目がくりくりっとした可愛い人形を魔理沙に自慢してるところだ。
ひたすらに可愛いとこを説明しても、全然納得してくれなかったんだっけ。
今見ても…どうだろ。
改めて見ると、そこまで可愛くないかもしれない。
やけに大きめな目が、少し気持ち悪いぐらい。
「こんな可愛い人形を手に入れた私を羨ましく思う気持ちは分かるわよ? でもね」
「羨ましくないよ。何にも分かってないじゃないか…」
「でもね、嫉妬は醜い顔をつくってしまうの。ほら、ちょっとだけなら触ってもいいから」
「うわっ、やめろよ…近くで見ると余計不気味だな…」
なんて図々しいんだろう。
どこからどう見たって可愛くないし、魔理沙だって嫌がってる。
こんな事を繰り返してたら、絶対魔理沙に嫌われるじゃない。数少ない友達なのに。もう。
…嘘。そんな事思っていない。
魔理沙の表情に、心底嫌がっている様子は見て取れない。
半ば呆れてるような、慣れたような、そして、どこか笑っているような感じさえとれる。
「うわぁ、なんて可愛いんだ。惚れたぜ、一目惚れ。こんな可愛い人形は、可愛いアリスにお似合いだな!」
「当たり前じゃない。貰えるとでも思ったの?」
「まさか、そんなそんな。じゃ、私はこれで失礼するぜ」
「待ちなさいよ。まだあるんだから。もっと見たいでしょ、ねぇ」
何より、今の私と比べてどうだろう。昔の私の顔は。
自分勝手ながらも、生き生きとしている。生を楽しんでいる。
今の私は違う。全てに意味があるべきだと、非効率的なものは駄目だと、考え過ぎて何もできなくなっている。
いつからこうなってしまったんだろう。
意味がないことがあったって、効率が悪かったって、多少人の迷惑になったっていいじゃない。
人形を愛でることに、どんな意味があるというの。
生は、楽しまないとやっていけないのよ。
「もういいぜ、十分、十分だ。じゃあな!」
この夢ももう十分。
私は何を悩んでいたんだろう。都会派な私の復活よ。
「………おい、おーい」
「……! ………」
「おい、今起きただろ。寝たふりすんな」
くそう。目覚めの時ぐらい私に選ばせてくれたっていいじゃない。
ゆっくりと起き上がり、周囲を確認する。どうやらここは私の家で間違いないみたい。
私が寝かされていた隣には魔理沙。やっぱり勝手に入ってきたのか。
そういや、どうして私は気を失ったんだっけ。
「いやぁ、驚いたぜ。今にも玄関を吹っ飛ばそうと…」
「吹っ飛ばそうと?」
「ゴホン。扉をやさしくノックしようとしたらな、裏口の方からバタンって音がして…」
どうやら、原因は後者だったみたいで。
都会派ともあろう私が、何かに躓いて気絶とか、田舎者もいいとこ。
まぁ、その現場を魔理沙に見られたわけじゃないし。研究の疲労のあまり倒れたことにしとこう。
窓からは陽の光が差し込んでいる。もう昼ごはん時だ。
けっこう長い間、夢を見ていたみたい。
「それで…なんだっけ?」
「知るかよ。何がだ?」
「何だっけ…そう、一大事よ。一つの大きな事件」
それのせいで、私の田舎者な思考が中断されたんだから。
まぁ、それのおかげで解決したんだけど。
意味のないことがあってもいいのよ。この世界を楽しむことができさえすれば。
「あぁ、それか。今思うと大事件でもないんだけどな」
「言いなさいよ。気になるじゃない。このままだと気になって昼寝も出来ないわ」
「また寝る気なのか。あのな、この前私が聞いたじゃないか?」
「何を」
「何で人形なんか愛でてるのかって。気味悪いし、集めたところで意味もないし」
原因が分かった気がする。
「でもな、私は考えたんだよ。そもそも私が魔法を研究する意味について」
「……」
「そしたらさ、無いんだよな。ただ楽しいんだよ。楽しいから魔法してるだけなんだ」
「………」
「アリス、お前もそうだろ? 悪かったな、答えの出ない質問を吹っかけちゃって」
なに。なんなの。
私はすっごい悩んだのに。これでもかというぐらい悩んだのに。
魔理沙は簡単に答えへたどり着いたんじゃない。
しかも、そもそもの発端は魔理沙というんだから納得いかない。
私の明晰夢研修はなんだったのよ。
「…ねぇ、魔理沙。あの人形、あなたにあげる」
「お? どれか分からないが、くれる物は貰っとくぜ」
「左目がくりっとしてるやつ。あと、これもあげるわ。腹がえぐれてるやつ」
「うわ…なんだこれ…」
「遠慮しなくていいわ。枕元にでも飾っておきなさい」
まぁ、これも一つ私が都会派へ進む為の試練だったと思えば。
二歩戻って三歩進んだのよ。また一歩賢くなっちゃった。
さて、今日はまだあと半日残っている。
今この時から、楽しんでいこう。
私は何をしなければならないのか。
それがどうにも分からない。何もしたくないっていうか、ただ単に怠けているだけなのか分からない。
全く都会派じゃないこの感覚。
「ねぇ。どう思う? 私は今何がしたいのかしら。どうすればいいんだろ」
「そうね。とっても難しい問題ね。えぇ。とっても」
意味もなく一人で会話。
人形を使う気にもなれない。今の私はただのアリス。
食器は散らかり、服は乱れ、髪はべたべた、ぼさぼさ。
片付けなきゃ。いつ誰が来るか分かんないし。
魔理沙しか来たことないけど。
「…あぁ、まずは何をすればいいんだっけ。何から手をつければいいの」
するべき事は決まっている。
食器を片づけ、服を正し、髪を梳かす。人形の整理も。
それをただ、淡々とこなせてこその都会派なのに。
環境が人を作る。こんな環境じゃ、今の私は非生産的な思考しかできっこない。
「そう、外に出ればいいのよ。そうよ、そうだった」
幸いにも、今は誰も起きていないような、早朝夜明け前。
こんな乱れた私を、誰かに見られるような心配はしなくていい。
早朝の空気って、どこか澄んだような雰囲気で大好き。
深い森の中、昨晩は雨だった。
雨上がり早朝の空気、私をやり直すにはぴったりの場所かもしれない。
「…あぁ、駄目、駄目なの。そうやってすぐ考える」
頭の中では、そうすることが一番だと分かっている。
でも、それを果たすにはベッドで横たわっている私が、起き上がらなくちゃいけないっていうことで。
それは、面倒。
もし偶然にも誰かに会ったら? 魔理沙なら徹夜で研究に励んでいるかもしれない。
ばったり外で会う可能性もゼロじゃない。こんな、廃人のような顔の私を見られたくない。
実質その可能性はゼロに近いのに、いろいろ行動を起こさない理由を無理やりつける私。
今日の私は、芯から都会派じゃない。
「………」
「あぁ、もう! もう…もうっ…!」
そんな私が全て嫌になって、布団をかぶる。
不貞寝は腐るほどした。布団には私の匂いしかしない。
夢の中へ逃げたい。現実で考え疲れるのはもう嫌だ。
空が薄明るくなっているのが分かる。さっきまではまだ真っ暗だったのに。
そんなに周りが見えていなかったのか。なんて無駄な時間を過ごしてしまったのか。
生きている時間は限られている。
どんどん。
「おーいっ、アリス! 起きろ! 一大事だ、一つの大事件だよ!」
あぁ、あぁもう。
ほら、良かったじゃない。外へ出かけなくて。
この鬱陶しい声は間違いなく魔理沙。万が一魔理沙じゃなくたって関係ない。どうせ居留守するし。
普通こんな朝早くに来ないでしょ。何考えてるの。もう。
どんどんどん。
「もう起きただろ、出てこいよ! 大事件なんだ! 出てこないと玄関修理しなきゃいけなくなるぜ!」
…魔理沙ならやりかねない。
魔理沙なら、強引に家に入り、この寝室まで入ってくるだろう。
あぁ、私の家へ入り込んだ魔理沙の顔が目に浮かぶ。
散らかった食器。無造作に転がっている人形。異臭もするかもしれない。
そして寝室には、恐らくやつれきっているだろう私の姿。
軽蔑するだろう。心底嫌そうな顔をしながら、外面上は心配するような声かけを行うだろう。
……嫌だ。私が都会派じゃないとこを見せられるのは、私だけなんだから。
どんどんどんどん。
「あと十秒待ってやる! じゅー、きゅー…さん!」
こんな森の奥にある家だから、近所迷惑を考えずに大声出せるのね。
繰り返されるノックの音と、魔理沙の大声に少しずつ焦りを感じる。
都会派じゃない、こんな状態の私を見られるわけにはいかない。
しかし、玄関前には魔理沙がいる。そろそろ本当に強行突破してくるだろう。
もう仕方ない。他人に見られるリスクを気にしてはいられない。
どんっ。
私は裏口から逃げ出した。
これは夢だ。
夢の中で、そう感じることってない? なくてもいいの、私はあるから。
とにかく。私は今、夢の中にいる。
「そう。じゃあ、昨晩の残り物でいいわ。用意して頂戴」
「畏まりました。すぐにご用意致します」
その証拠は、この独特の…何て言うんだろ、とにかく、言い表せない感覚。
常に霧がかったような、曖昧な世界。
視界もはっきりとしない。前方六十度ぐらいしか見えない。
そして何よりも。
「んっ…ふぅ」
目の前の人物が、ひたすら私を無視していることにある。
いるのは、紅魔館の館主。レミリア・スカーレット。
従者である咲夜に恐らく朝食であろう指示を与えると、おもむろに服を脱ぎだした。
私を認識しているのなら、出来ることじゃない。今の私は所謂、透明人間。
それにしても、可愛い寝巻をしてるじゃないの。
「ふぁあ…」
やっぱりまだ眠そう。朝を有意義に過ごせないなんて、見た目相応ってところかしら。
お嬢様って身分なだけあって、きっと毎日を好き勝手に生きているんだろう。
今の私のような、どうとも言えない気持ちになることはないのかも。
…そう言えば、現実の私って今、どうなってるんだろ。
裏口から出てからの記憶が無い。
魔理沙の強行突破の魔法による爆発で気を失ったか。それとも石にでも躓いてこけて頭を打ったか。
都会派的には、前者であってほしい。躓いて気絶とか恰好がつかないもの。
「ちょっと、咲夜」
「はい」
「朝食はやっぱりいらないわ。霊夢のとこへたかりに行ってくる」
「畏まりました。では、そのように」
ほら来た。さすが、お嬢様。
好きに、勝手気ままに生きている。他人の気持ちなんか省みていない。
こんな事言ったら、咲夜はどう思うだろう。勝手な主人だと、嫌ったりしないかな。
私なら、まずそう考える。それで結局、黙って用意してくれた朝食を頂くだろう。
…どうだろ。普段の私って、そんな他人の気持ちを考えていただろうか。他人の気持ちで自分の行動が縛られるなんて、都会派じゃない。
今はたまたま考え過ぎているだけかもしれない。さっきまで現実でそうだったし。
内心彼女を軽蔑していた自分を、反省。
「お嬢様、日傘を」
「ありがと。じゃ、行ってくるわ。気が向いた時に戻って来るから」
「お気をつけて」
気が向いた時、だって。
メイドとしては、いつ帰ってくるか分かってた方が色々支度もしやすいでしょうに。
お嬢様というのは、いい身分よね。
好き勝手にしたいことをして、したくないことはしなければいいんだもの。
私は…違う。と言いたいけど、半分同じ。
したくないことはしてないけど、したいことが見当たらない。生きがいが無いっていうのかも。
そんな私は多分、彼女よりも生を楽しんではいないだろう。
自己嫌悪。
所変わって、白玉楼。
夢の中だもの。私が好きな時に、好きな場所へ移動できるのも当たり前。今だけ気分はお嬢様ね。
色んな生を見てみたくて。ここの住人のは生と言えるのか少し疑問だけど。
生き方、っていうのかしら。どんな暮らしをしているのか、とか。そんな感じ。
「でねー、藍はあれなのよ、細かいことに気が向き過ぎっていうか…」
「分かる、分かるわぁ…。うちのもそうよ。まぁそのおかげで助かってるんだけど」
「お茶が入りましたっ」
どうやら紫も来ていたみたい。
ここの主人、幽々子と談笑中。もう二人とも年よね。話し方がそれっぽい。
そこにお茶と菓子を持って入ってきたのが、ここの従者である苦労人、魂魄妖夢。
彼女は咲夜みたいに完璧じゃない。咲夜が才能型なら、彼女は努力型と言えばいいのかしら。
そんな彼女の毎日は、しなければならない事、義務感に追われた毎日なのだろう。
辛くはないのかしら。半分死んでるから感じ方が私達とはちょっと違うのかも。
「あら、ありがと」
「いいえっ。では、失礼します!」
「いいわよねぇ、妖夢は。熱心な様子がまた可愛げがあって」
藍だって、貴方みたいなぐうたら妖怪によく仕えてると思うけど。
実際に口に出して言ってみた。反応無し。やっぱりこれは夢で間違いないようね。
「どう?妖夢。一緒に」
「いえっ、私はこれから修行がありますので…」
「あら、そう? ま、頑張ってね」
折角のお茶の誘いも断る彼女。まぁ、私も遠慮するけど。一緒にいると若さを吸い取られそうだし。
ところで、修行ってやっぱり剣術かしら。
努力してる彼女に言うのは酷だけど、彼女より幽々子の方が実力は数段上。
別に彼女が守らなくたって、幽々子は自分の力で自分を守ることぐらい容易だろう。そもそも幽々子の存在を脅かす妖怪なんてそういないでしょうし。
身の回りの世話だけしてればいいんじゃないかしら。あと庭師の仕事だっけ。それだけしてれば。
「そ、そう言われればそうなんですけど…」
でしょ? 無理に修行なんかすることないわよ。する必要がないんだから。
したくないことは、しなければいいの。違う?
………え?
「そうかもしれませんけど…私にとっては、したくないことじゃないんです」
え、嘘…え?
えっと、えっ、私が分かるの? 見えるの? これは夢の筈なのに。
いや、夢だからこんな予想外な事が起こるのかな。
「さぁ、細かいことは分かりませんが。アリスさんが他の人に見えてないってことは、死んだんじゃないですか?」
あぁ、なるほど…ばか。
証拠は無いけど、死んでないのは確実。根拠の無い自信ってこういうことを言うのね。
少し時間が経てば、ちゃんと目を覚ましそうな気がするもの。
まぁ、見えてるのは彼女一人だけみたいだし、そこまで問題はないかな。
「そうですか。それより、用が無いならお帰り願えませんか。今から忙しいので」
冷たいのね。そう言えば、今から修行って言ってたかしら。
したくないことじゃないって、どういうこと? 貴方が幽々子を守る必要はないのよ。
修行なんて、ただ疲れるだけじゃない。したとこで何かあるわけでもない。
ただでさえ忙しいんでしょ? 幽々子もまた我侭そうだし。
ちょっとした自分の時間ぐらい、好きに過ごしたらいいんじゃないかしら。
「これが私の好きな過ごし方なんですよ。分かります?」
分からないわ。なんで自分を苦しめたがるのよ。
意味が分からない。そういう性癖なの? なんなの…もう。
………自分の中で、思考が混乱しているのが分かる。
今まで、意味の無い事、効率が悪いと感じることを避けてきた私にとって、彼女の生き方は理解できない。
そんなの人それぞれじゃん、と言ってしまえばそれまで。
理解できないもやもやした感情が、気持ち悪くてどうしようもないの。
「剣術に励むことで、私が存在しているような気がするんです。少し違うかな…。達成感?」
「心身共に、成長している実感があるんです」
それが貴方のしたい事なの?
従者という立場上、自分の時間は私なんかより大分少ない筈なのに。
いまいち理解できない。それをすることで何かいい事があるの?
成長してる実感だなんて、曖昧じゃない。それも限界があるだろうし。
みんなそれぞれ、自分の時間を自分の快楽の為に使っている筈。それは読書だったり、酒だったり、はたまた悪戯だったり。
自分の時間をこう、意味のないことに使う人の考えが理解できない。
一刻も早く立ち去ろう。考えたくない。
……少し、落ち着いた気がする。
気付いたらここは、私の家。自分の家のベッドで横たわっていた。
普通に考えたら、ここで夢から目覚めたと考えるだろう。でも、違う。
ここはまだ夢の中。だって、それは
「だからね、魔理沙。分からないのかしら。左目のちょっとくりっとしたところ」
「あぁ。それが不気味なんだよ。可愛いなんて口が裂けても言えないぜ」
「あ、今言った。口裂けてないじゃない」
目の前で会話してるのは、紛れもない私。と、魔理沙。
この場面は見覚えがある。数週間前に手に入れた、目がくりくりっとした可愛い人形を魔理沙に自慢してるところだ。
ひたすらに可愛いとこを説明しても、全然納得してくれなかったんだっけ。
今見ても…どうだろ。
改めて見ると、そこまで可愛くないかもしれない。
やけに大きめな目が、少し気持ち悪いぐらい。
「こんな可愛い人形を手に入れた私を羨ましく思う気持ちは分かるわよ? でもね」
「羨ましくないよ。何にも分かってないじゃないか…」
「でもね、嫉妬は醜い顔をつくってしまうの。ほら、ちょっとだけなら触ってもいいから」
「うわっ、やめろよ…近くで見ると余計不気味だな…」
なんて図々しいんだろう。
どこからどう見たって可愛くないし、魔理沙だって嫌がってる。
こんな事を繰り返してたら、絶対魔理沙に嫌われるじゃない。数少ない友達なのに。もう。
…嘘。そんな事思っていない。
魔理沙の表情に、心底嫌がっている様子は見て取れない。
半ば呆れてるような、慣れたような、そして、どこか笑っているような感じさえとれる。
「うわぁ、なんて可愛いんだ。惚れたぜ、一目惚れ。こんな可愛い人形は、可愛いアリスにお似合いだな!」
「当たり前じゃない。貰えるとでも思ったの?」
「まさか、そんなそんな。じゃ、私はこれで失礼するぜ」
「待ちなさいよ。まだあるんだから。もっと見たいでしょ、ねぇ」
何より、今の私と比べてどうだろう。昔の私の顔は。
自分勝手ながらも、生き生きとしている。生を楽しんでいる。
今の私は違う。全てに意味があるべきだと、非効率的なものは駄目だと、考え過ぎて何もできなくなっている。
いつからこうなってしまったんだろう。
意味がないことがあったって、効率が悪かったって、多少人の迷惑になったっていいじゃない。
人形を愛でることに、どんな意味があるというの。
生は、楽しまないとやっていけないのよ。
「もういいぜ、十分、十分だ。じゃあな!」
この夢ももう十分。
私は何を悩んでいたんだろう。都会派な私の復活よ。
「………おい、おーい」
「……! ………」
「おい、今起きただろ。寝たふりすんな」
くそう。目覚めの時ぐらい私に選ばせてくれたっていいじゃない。
ゆっくりと起き上がり、周囲を確認する。どうやらここは私の家で間違いないみたい。
私が寝かされていた隣には魔理沙。やっぱり勝手に入ってきたのか。
そういや、どうして私は気を失ったんだっけ。
「いやぁ、驚いたぜ。今にも玄関を吹っ飛ばそうと…」
「吹っ飛ばそうと?」
「ゴホン。扉をやさしくノックしようとしたらな、裏口の方からバタンって音がして…」
どうやら、原因は後者だったみたいで。
都会派ともあろう私が、何かに躓いて気絶とか、田舎者もいいとこ。
まぁ、その現場を魔理沙に見られたわけじゃないし。研究の疲労のあまり倒れたことにしとこう。
窓からは陽の光が差し込んでいる。もう昼ごはん時だ。
けっこう長い間、夢を見ていたみたい。
「それで…なんだっけ?」
「知るかよ。何がだ?」
「何だっけ…そう、一大事よ。一つの大きな事件」
それのせいで、私の田舎者な思考が中断されたんだから。
まぁ、それのおかげで解決したんだけど。
意味のないことがあってもいいのよ。この世界を楽しむことができさえすれば。
「あぁ、それか。今思うと大事件でもないんだけどな」
「言いなさいよ。気になるじゃない。このままだと気になって昼寝も出来ないわ」
「また寝る気なのか。あのな、この前私が聞いたじゃないか?」
「何を」
「何で人形なんか愛でてるのかって。気味悪いし、集めたところで意味もないし」
原因が分かった気がする。
「でもな、私は考えたんだよ。そもそも私が魔法を研究する意味について」
「……」
「そしたらさ、無いんだよな。ただ楽しいんだよ。楽しいから魔法してるだけなんだ」
「………」
「アリス、お前もそうだろ? 悪かったな、答えの出ない質問を吹っかけちゃって」
なに。なんなの。
私はすっごい悩んだのに。これでもかというぐらい悩んだのに。
魔理沙は簡単に答えへたどり着いたんじゃない。
しかも、そもそもの発端は魔理沙というんだから納得いかない。
私の明晰夢研修はなんだったのよ。
「…ねぇ、魔理沙。あの人形、あなたにあげる」
「お? どれか分からないが、くれる物は貰っとくぜ」
「左目がくりっとしてるやつ。あと、これもあげるわ。腹がえぐれてるやつ」
「うわ…なんだこれ…」
「遠慮しなくていいわ。枕元にでも飾っておきなさい」
まぁ、これも一つ私が都会派へ進む為の試練だったと思えば。
二歩戻って三歩進んだのよ。また一歩賢くなっちゃった。
さて、今日はまだあと半日残っている。
今この時から、楽しんでいこう。
そして、色々悩むアリス可愛いよ
いい雰囲気でした
自分が最近悩みまくってる事とシンクロしまくってて笑いました。
自分のやりたい事って思うと結局嬉しく楽しく生きたいってなるんですよね。
そこでじゃあ楽しいって一体何々だろうって思うとウワァアアアアア