Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

かくれんぼ

2011/10/22 16:36:00
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 私はサニーミルク。
 かくれんぼなら右に出る者はいない妖精よ。

 私はルナチャイルド。
 かくれんぼの最終兵器妖精。

 私はスターサファイア。
 かくれんぼの鬼をやらせてもらえない妖精。





 ◆





 だから、私に“かくれんぼ”の鬼をやらせないでってば。





 ◆





 目が覚めて、ダイニングにあの子がいなかった。
 たいてい私が来る頃には一人でモーニングコーヒーを飲んでいるのに。

「昨日はそんなに面白いものが見つかったのかしら?」

 ぼんやり考えながら、冷たいポットでモーニングコーヒーを入れる。
 新聞がない……のは、あの子がまだ取りに行ってないだけね。





 ◆





 コーヒーもこれで三杯目。
 あの子はまだ起きてこない。

「もう。朝ご飯の当番、忘れてるのかしら?」

 さすがにお腹が空いてきたから、まず自分の分だけ作りましょ。
 パンはじっくりこんがりと。
 こげ茶色になるまで焼いたトーストが嫌いなあの子はまだかしら。
 ああ、ねぼすけさんはいつものことだからどうでもいいわ。





 ◆





 ……結局、朝ごはんも一人で食べ終えちゃった。
 あの子たちはまだ起きてこない。
 新聞も話し相手もいないから、食後のコーヒーを飲むくらいしかやることがない。

「静かな朝ね」

 なんだかコーヒーの湯気の音だって聞こえそう。
 ほもほも? それともふうふう?
 こんな朝はとても久しぶり。



 ――久しぶり?
 ――前にもこんなこと、あったかしら?



「うーん。何だったかなあ?」

 妖精はあまり昔のことを覚えていられない。
 毎日が面白かったり面白くなかったりするから、面白いことも面白くないことも平等に忘れていく。

 なんとか思い出そうとしてみたけれど、やっぱり無駄だった。
 私は昨日の晩ごはんだってさっぱりだ。







 ◆





 時計に目をやると、もう短針が二周りくらいしていた。
 あのねぼすけさんでも、そろそろお腹を空かせて起きて来るはずなのに。
 家の中を『眼』で見る。
 反応なし。

 ということは、今、家にはあの子たちがいない。

「あ、そうか」



 ――私を置いてどこかへ行ってしまった?
 ――まさか!
 ――これはもっともっと深刻だわ!



「コーヒー飲んでる場合じゃなかったのね」

 カップとポットを手早く洗って。
 新聞なんて後回し。
 バスケットも釣竿もいらないわ。
 秒針を逆に回せないなら、さっさとドアノブを回せばいいのよ。

「そういえば『行ってきます』って言ったことがないわ」

 だから――そう、だから!――今日は“かくれんぼ”の日。
 鬼は私、スターサファイア。

 日差しはぎらぎら。
 森はざわざわ。

 『もういいかい』なんて、誰が言ったのかしらね。





 ◆





 さあて、あの子たちはどこかしら?





 ◆





 森を歩いていると、魔理沙に出くわした。

「あ、魔理沙さん」
「よう。珍しいな」

 あいかわらず黒い。
 お日様の下にいるだけで汗をかきそうなものなのに。

「残りの二人はどうした? 一緒じゃないのか?」

 ええ。

「今日は“かくれんぼ”の日なんです」
「……あー? かくれんぼ?」

 魔理沙は豆鉄砲が鳩にあたったような顔をした。
 ときどきだけれど、魔理沙は妖精に似ていると思う。
 びっくりしやすいところとか。

「かくれんぼねえ。そういや、チルノとかも時々やってるみたいだが」
「妖精はかくれんぼが好きなんですよ。みんな、いろんなところに隠れますから」
「ふむ。確かに妖精は何処にでもいるのに、簡単には見つけられないからなあ」

 ほんとお前らって何処に住んでるんだ? と魔理沙。
 さあ? と私。
 妖精が自分の住処を人間に教えるわけが無い。

「はあ。しかし、お前らのかくれんぼって……難易度高そうだな」
「そうですか?」
「だって、姿が見えないヤツと音もしないヤツを探すんだろ。とてもじゃないが妖精級じゃすまないぜ」
「Extraよりは簡単ですよ?」
「いやいやいや。Lunaシューターの私が言うのもなんだが……」
「“ルナ”シューター? ひどいです魔理沙さん、いくらあの子が鈍くさいからって」
「みくびるない。月も撃ち抜く魔理沙さんが鈍くさい妖精なんぞを……って違う違う」

 ふう、と一息つく魔理沙。
 帽子を脱いでパタパタ仰ぎながら――やっぱり暑かったみたい――言った。

「だいたい、どうやって見つけるんだ? お前の『眼』は動いているものしか感知できないんだろ? あいつらが岩みたいにじっとしてたら、どうしようもないじゃないか」
「はい。そうですね」
「いや、そうですねじゃなくて……あーもうこれだから妖精は」

 魔理沙がわしゃわしゃと髪をかいて。

「魔理沙さんも一緒にやりますか? かくれんぼ」
「遠慮しておくぜ。私は暇つぶしを探すのに忙しいんでな」
「そうですか」

 じゃあ。

「さようなら」
「ああ。さよなら」

 魔理沙は行ってしまった。
 何をしに行くのかは知らない。





 ◆





 さて、あの子達はどこかしら?





 ◆





 森を歩いていると、アリスさんに出くわした。

「あ、アリスさん」
「あら。あなた、三妖精の」

 あいかわらずお人形みたい。人形遣いらしいけれど、本当は人形遣い遣いがどこかにいるのかも。

「あなた一人だけ?」

 まさか。

「今日は“かくれんぼ”の日なんです」
「そう」

 アリスさんは興味のなさそうな顔で私を見下ろした。
 目つきはつんとしていて、少し怖い。怖いけど、あの巫女みたいな怖さじゃないから安心。

「まあ、そうして遊んでくれてるほうが被害も少ないし」
「え? 被害?」
「昨日迷い人が家に来たのよ」

 どうせまたあなたたちが迷わせたんでしょ? とアリスさん。
 私昨日は何やってましたっけ? と私。
 妖精が今までした悪戯の数を覚えているわけが無い。

「……はあ。まあいいけど。あと、かくれんぼだからって人の家に勝手に隠れちゃダメよ。私の家とか」
「魔理沙さんの家とか?」
「あそこなら構わないわよ。でも崩落には注意することね」
「怖いですね」
「どうせ無駄だろうけれど覚えておきなさい。魔女の家は怖いものなの」
「アリスさんのお家は可愛いですね」
「……そうかしら」

 傍らの人形がふわりと近づいてきて、ぺこりとお辞儀をした。

「かくれんぼ、いつまでやるつもり?」
「二人を見つけるまで、ですね」
「早目に降参することね。最近この辺りに狼の妖怪が出るらしいから。あなただけじゃすぐに見つかるわよ」

 ひらひらと手を振って、アリスさんは背を向けた。

「ありがとうございます。でも」
「なに?」
「見つけないと、いけないから」

 だから。

「大丈夫です」
「……そう。がんばってね」

 アリスさんは行ってしまった。
 何をしに行くのかはわからない。





 ◆





 ……あの子達はどこかしら?





 ◆





 森を歩いていると、霊夢に出くわした。

「あ」
「ん?」

 霊夢の姿が一瞬消えたと思ったら、逃げようとした私の首根っこを捕まえていた。

「んー? あんた、いつものぐるぐるじゃないほうね。合体でもしたの?」

 ……えええ。

「今日は“かくれんぼ”の日、なんです」
「あっそ。どうでもいいけど」

 霊夢は眠そうな顔でぽかりと私の頭を叩いた。
 どうして叩かれたのか、心当たりが忘れるほどあってわからない。

「妖精のくせに私のお茶菓子に手をつけるとはいい度胸ね」
「そういえば、昨日は神社の日だったっけ……」
「残りの二匹にも言っておきなさい」

 次の神社の日とやらは容赦しないから、と霊夢。
 ごめんなさーい、と私。
 妖精のごめんなさいは妖精だって信じない。

「……って、なんで妖精なんかと話してるんだろう。はやく帰って寝たいのに」
「お昼寝ですか?」
「昨日は妖怪退治だったのよ。狼の癖に逃げ足が速かったから。寝不足でね」
「あ、アリスさんが言ってた」
「アリスが?」
「はい」
「魔理沙だけじゃなくアリスも妖精を手懐けようとしてるのかしら……」

 なんでだろう。
 霊夢の目が怖い。

「なに?」
「いえ、その……狼さんは凶暴でしたか?」
「人間も妖精も見境なしって感じだったわね」

 そうですか。

「ありがとうございました。おやすみなさい」
「おやすみ。あんま心配しなくても良いと思うわ。勘だけど」

 霊夢は行ってしまった。
 神社に帰って寝るのだろう。





 ◆





 あの子たちはどこ? どこにいるの?





 ◆





 誰も見つけられないまま、お日様がてっぺんまで登ってしまった。

 みんみん。蝉の声だけ。
 じーじー。蝉の声だけ。
 『眼』に映るのはたくさんの動物だけ。

「サニー。ルナー。どーこー」

 もう降参、私の負け。
 鬼の負け。
 今日の夜ご飯の当番は私でいいから。

「サニー。ルナー。でーてーきーてー」

 むし暑い。
 だらだら汗が流れてきもちわるい。
 水筒を用意してなかったから喉も渇いていた。

 ああ、家に帰って麦茶が飲みたい。
 でもまだ帰れない。
“かくれんぼ”を、終わらせなくちゃ。

「サニー……ルナ……でてきてよ……」

 なんだか声を出すのも辛くなってきた。
 そういえば近くに小川があったはず。
 そこでいったん休憩しましょう。

「……サニー」

 とぼとぼ歩いても見つからない。
 明るい貴方。
 どこにいるの?

「……ルナ」

 しくしく歩いても見つからない。
 可愛い貴方。
 どこにいるの?

「……どこにいるの?」
「……どこにいるの?」





 ん?





「あれ?」
「え?」

 俯いた顔を上げると。

「サニー!」
「え、あ、スター!?」

 小川の横に座り込んでいるサニーが居た。

「スター。その、その……」

 服も汗まみれに土埃。
 慌てて立ち上がって、赤く腫らした眼をごしごしこすって。
 
「わたし、ルナと……」

 そんな顔しないでサニー。サニーミルク。
 笑ってくれなくちゃ困るのよ。
 太陽はちゃんと月を照らしてあげなきゃいけないんだから。

「サニー、みーつけた!」

 涙も拭わず笑って。
 だから貴方も笑って。





 ◆





 あと一人。
 あの子は何処かしら。
 鈍くさいから、心配だわ。





 ◆





 サニーは昨日の夜のことを話してくれた。

 サニーが珍しく夜更かししていて。
 ルナが珍しく早く帰ってきて。
 ルナの戦利品を――ぐにゃりと曲がった“けいこうとう”らしい――サニーが落として割ってしまったのだそうな。

「それで、ルナが出て行っちゃったの?」
「うん……」

 ルナって、怒るのがあんまり上手くないのよね。
 根が穏やかでかつ鈍くさいから、冷静になってどうすればいいのかわからなくなっちゃう。
 今頃膝を抱えて「どうしようどうしよう」って言ってるに違いないわ。
 能力を使っていなければいいのだけれど。

「もう。サニーはがさつね」
「ごめんなさい……」
「それはルナに言わないと」
「言ったわよぅ。言ったけど、すごい怒って……追いかけたけど、見失っちゃって」

 すぐに私を起こせば二人で探せたのに。
 サニーもサニーで、こういうとき自分だけでどうにかしようとするのは悪い癖。
 まったく、ほんとうに困った子たちだわ。

「……ルナ、大丈夫かな」
「きっと大丈夫よ」
「狼の声がしたのよ。わおーんって。あれ、きっと妖怪だわ」
「狼さんは巫女が退治したわ」
「でも、退治される前に襲われてたら……」
「……大丈夫よ」

 魔理沙が言っていたもの、「霊夢の勘は百発百中だ」って。
 嘘じゃない、わよね。

「きっと大丈夫。だから、早くルナを見つけて帰りましょう」
「……うん」

 ぎゅっとサニーの手を握る。

 鬼は、見つけた子を離さない。
 これもかくれんぼの鉄則ね。





 ◆





 見つからない。
 見つからないわ。
 あの子を見つけられないの!





 ◆





 もうすぐ日が暮れる。

 つくつく。蝉の声だけ。
 かなかな。蝉の声だけ。

 ルナの声は聞こえない。
 サニーは何も言わない。

「サニー。いったん家に帰って休んだほうが……」
「いや。ルナ見つけるまで帰らない」
「でも」
「帰れないよ……」

 私は何も言えない。

 つくつく。蝉の声だけ。
 かなかな。蝉の声だけ。

 森はこんなにうるさいのに、私たちはこんなに寂しい。





 ◆





 ねえ、どこにいるの?
 これじゃあ“かくれんぼ”が終わらないわ。





 ◆





「ようやく見つけた」

 声の方に振り返ると、アリスさんがいた。
 すごい汗だった。インドア派な人のはずだけれど、今日は外で何かしていたのかしら。
 アリスさんはサニーに眼を遣って言った。

「もう一人は見つかったのね」
「ア、アリスさん。ルナを」

 見ませんでしたかとサニーが縋るようにアリスさんに尋ねる前に。
 アリスさんは笑って、

「見つけたわ。だから探してたの」

 その背中に隠れていたルナを引っ張り出した。

「ルナ!」
「ルナ!」

 びくっとルナが肩を震わせて、アリスさんのスカートに顔をうずめてしまった。
 アリスさんが引き剥がそうとしても離れない。
 いやいや。
 ぎゅう。
 だんまり。

「もう。意地をはらな」

 糸が切れたようにアリスさんの声が途切れた。口も舌も喉も動いているのに、声だけ抜け落ちていることにアリスさんは少しだけ驚いていた。
 ……ねえ、ルナ。ルナチャイルド。
 貴方の能力は、こういうときに使うものじゃあないわ。

「――!」

 サニーがルナの背中に飛びついた。
 きっと「よかったあ。よかったよぅ」とか「ごめんなさい。ごめんなさい」とか言っているのだろう。
 いつものサニーからはとても聞けないような言葉が聞けないのは、勿体無いと思う。

 二人に抱きつかれる形になったアリスさんが、困ったような、可笑しいような、そんな顔で私を見た。
 声は届かないだろうから、私も同じように笑って応えた。



 まあ。
 何はともあれ。



 ルナとサニーの背中にぽんと手を当てた。
 聞こえなくても、これならわかるでしょう?



「ルナとサニー、みーつけた!」



 “かくれんぼ”はこれでおしまい。





 ◆





 それから。



 私たちはぺこぺこになったお腹を抱えて、なんとか家に帰った。
 今日の夜ご飯の当番はサニーとルナ。
 とびっきりのごちそうだったのに、サニーとルナはお互いに謝ってばっかりで。

 私はそんな二人を見つめながら、二人の分まで美味しく頂いた。
 “かくれんぼ”の勝利の味は、前もきっとこんな風だったのね。



 ……お腹が一杯で、明日はねぼすけさんになっちゃいそうだわ。
望遠鏡なんて無くてもわかるだろう?
星が瞬くように、あの子が君たちを心配してるってこと。
Ministery
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
このお話の雰囲気が物凄く好き!
ポンポンとテンポよく読めてとても面白かったです
2.名前が無い程度の能力削除
三人居てこその三月精ですね
スイスイと読めてとてもいい感じの気分でした
3.名前が無い程度の能力削除
イタズラされにいってきます
4.名前が無い程度の能力削除
絵本のようなテンポが素敵でした。
ルナチャ派だけどスターも可愛いと思ってたら、
最後にやっぱりルナチャが一番可愛かった。ごめんねスター。
5.名前が無い程度の能力削除
雰囲気が凄い良かったです。
6.名前が無い程度の能力削除
三月精はいいね
短針が二周りしたら24時間になる気がする