私はサニーミルク。
かくれんぼなら右に出る者はいない妖精よ。
私はルナチャイルド。
かくれんぼの最終兵器妖精。
私はスターサファイア。
かくれんぼの鬼をやらせてもらえない妖精。
◆
だから、私に“かくれんぼ”の鬼をやらせないでってば。
◆
目が覚めて、ダイニングにあの子がいなかった。
たいてい私が来る頃には一人でモーニングコーヒーを飲んでいるのに。
「昨日はそんなに面白いものが見つかったのかしら?」
ぼんやり考えながら、冷たいポットでモーニングコーヒーを入れる。
新聞がない……のは、あの子がまだ取りに行ってないだけね。
◆
コーヒーもこれで三杯目。
あの子はまだ起きてこない。
「もう。朝ご飯の当番、忘れてるのかしら?」
さすがにお腹が空いてきたから、まず自分の分だけ作りましょ。
パンはじっくりこんがりと。
こげ茶色になるまで焼いたトーストが嫌いなあの子はまだかしら。
ああ、ねぼすけさんはいつものことだからどうでもいいわ。
◆
……結局、朝ごはんも一人で食べ終えちゃった。
あの子たちはまだ起きてこない。
新聞も話し相手もいないから、食後のコーヒーを飲むくらいしかやることがない。
「静かな朝ね」
なんだかコーヒーの湯気の音だって聞こえそう。
ほもほも? それともふうふう?
こんな朝はとても久しぶり。
――久しぶり?
――前にもこんなこと、あったかしら?
「うーん。何だったかなあ?」
妖精はあまり昔のことを覚えていられない。
毎日が面白かったり面白くなかったりするから、面白いことも面白くないことも平等に忘れていく。
なんとか思い出そうとしてみたけれど、やっぱり無駄だった。
私は昨日の晩ごはんだってさっぱりだ。
◆
時計に目をやると、もう短針が二周りくらいしていた。
あのねぼすけさんでも、そろそろお腹を空かせて起きて来るはずなのに。
家の中を『眼』で見る。
反応なし。
ということは、今、家にはあの子たちがいない。
「あ、そうか」
――私を置いてどこかへ行ってしまった?
――まさか!
――これはもっともっと深刻だわ!
「コーヒー飲んでる場合じゃなかったのね」
カップとポットを手早く洗って。
新聞なんて後回し。
バスケットも釣竿もいらないわ。
秒針を逆に回せないなら、さっさとドアノブを回せばいいのよ。
「そういえば『行ってきます』って言ったことがないわ」
だから――そう、だから!――今日は“かくれんぼ”の日。
鬼は私、スターサファイア。
日差しはぎらぎら。
森はざわざわ。
『もういいかい』なんて、誰が言ったのかしらね。
◆
さあて、あの子たちはどこかしら?
◆
森を歩いていると、魔理沙に出くわした。
「あ、魔理沙さん」
「よう。珍しいな」
あいかわらず黒い。
お日様の下にいるだけで汗をかきそうなものなのに。
「残りの二人はどうした? 一緒じゃないのか?」
ええ。
「今日は“かくれんぼ”の日なんです」
「……あー? かくれんぼ?」
魔理沙は豆鉄砲が鳩にあたったような顔をした。
ときどきだけれど、魔理沙は妖精に似ていると思う。
びっくりしやすいところとか。
「かくれんぼねえ。そういや、チルノとかも時々やってるみたいだが」
「妖精はかくれんぼが好きなんですよ。みんな、いろんなところに隠れますから」
「ふむ。確かに妖精は何処にでもいるのに、簡単には見つけられないからなあ」
ほんとお前らって何処に住んでるんだ? と魔理沙。
さあ? と私。
妖精が自分の住処を人間に教えるわけが無い。
「はあ。しかし、お前らのかくれんぼって……難易度高そうだな」
「そうですか?」
「だって、姿が見えないヤツと音もしないヤツを探すんだろ。とてもじゃないが妖精級じゃすまないぜ」
「Extraよりは簡単ですよ?」
「いやいやいや。Lunaシューターの私が言うのもなんだが……」
「“ルナ”シューター? ひどいです魔理沙さん、いくらあの子が鈍くさいからって」
「みくびるない。月も撃ち抜く魔理沙さんが鈍くさい妖精なんぞを……って違う違う」
ふう、と一息つく魔理沙。
帽子を脱いでパタパタ仰ぎながら――やっぱり暑かったみたい――言った。
「だいたい、どうやって見つけるんだ? お前の『眼』は動いているものしか感知できないんだろ? あいつらが岩みたいにじっとしてたら、どうしようもないじゃないか」
「はい。そうですね」
「いや、そうですねじゃなくて……あーもうこれだから妖精は」
魔理沙がわしゃわしゃと髪をかいて。
「魔理沙さんも一緒にやりますか? かくれんぼ」
「遠慮しておくぜ。私は暇つぶしを探すのに忙しいんでな」
「そうですか」
じゃあ。
「さようなら」
「ああ。さよなら」
魔理沙は行ってしまった。
何をしに行くのかは知らない。
◆
さて、あの子達はどこかしら?
◆
森を歩いていると、アリスさんに出くわした。
「あ、アリスさん」
「あら。あなた、三妖精の」
あいかわらずお人形みたい。人形遣いらしいけれど、本当は人形遣い遣いがどこかにいるのかも。
「あなた一人だけ?」
まさか。
「今日は“かくれんぼ”の日なんです」
「そう」
アリスさんは興味のなさそうな顔で私を見下ろした。
目つきはつんとしていて、少し怖い。怖いけど、あの巫女みたいな怖さじゃないから安心。
「まあ、そうして遊んでくれてるほうが被害も少ないし」
「え? 被害?」
「昨日迷い人が家に来たのよ」
どうせまたあなたたちが迷わせたんでしょ? とアリスさん。
私昨日は何やってましたっけ? と私。
妖精が今までした悪戯の数を覚えているわけが無い。
「……はあ。まあいいけど。あと、かくれんぼだからって人の家に勝手に隠れちゃダメよ。私の家とか」
「魔理沙さんの家とか?」
「あそこなら構わないわよ。でも崩落には注意することね」
「怖いですね」
「どうせ無駄だろうけれど覚えておきなさい。魔女の家は怖いものなの」
「アリスさんのお家は可愛いですね」
「……そうかしら」
傍らの人形がふわりと近づいてきて、ぺこりとお辞儀をした。
「かくれんぼ、いつまでやるつもり?」
「二人を見つけるまで、ですね」
「早目に降参することね。最近この辺りに狼の妖怪が出るらしいから。あなただけじゃすぐに見つかるわよ」
ひらひらと手を振って、アリスさんは背を向けた。
「ありがとうございます。でも」
「なに?」
「見つけないと、いけないから」
だから。
「大丈夫です」
「……そう。がんばってね」
アリスさんは行ってしまった。
何をしに行くのかはわからない。
◆
……あの子達はどこかしら?
◆
森を歩いていると、霊夢に出くわした。
「あ」
「ん?」
霊夢の姿が一瞬消えたと思ったら、逃げようとした私の首根っこを捕まえていた。
「んー? あんた、いつものぐるぐるじゃないほうね。合体でもしたの?」
……えええ。
「今日は“かくれんぼ”の日、なんです」
「あっそ。どうでもいいけど」
霊夢は眠そうな顔でぽかりと私の頭を叩いた。
どうして叩かれたのか、心当たりが忘れるほどあってわからない。
「妖精のくせに私のお茶菓子に手をつけるとはいい度胸ね」
「そういえば、昨日は神社の日だったっけ……」
「残りの二匹にも言っておきなさい」
次の神社の日とやらは容赦しないから、と霊夢。
ごめんなさーい、と私。
妖精のごめんなさいは妖精だって信じない。
「……って、なんで妖精なんかと話してるんだろう。はやく帰って寝たいのに」
「お昼寝ですか?」
「昨日は妖怪退治だったのよ。狼の癖に逃げ足が速かったから。寝不足でね」
「あ、アリスさんが言ってた」
「アリスが?」
「はい」
「魔理沙だけじゃなくアリスも妖精を手懐けようとしてるのかしら……」
なんでだろう。
霊夢の目が怖い。
「なに?」
「いえ、その……狼さんは凶暴でしたか?」
「人間も妖精も見境なしって感じだったわね」
そうですか。
「ありがとうございました。おやすみなさい」
「おやすみ。あんま心配しなくても良いと思うわ。勘だけど」
霊夢は行ってしまった。
神社に帰って寝るのだろう。
◆
あの子たちはどこ? どこにいるの?
◆
誰も見つけられないまま、お日様がてっぺんまで登ってしまった。
みんみん。蝉の声だけ。
じーじー。蝉の声だけ。
『眼』に映るのはたくさんの動物だけ。
「サニー。ルナー。どーこー」
もう降参、私の負け。
鬼の負け。
今日の夜ご飯の当番は私でいいから。
「サニー。ルナー。でーてーきーてー」
むし暑い。
だらだら汗が流れてきもちわるい。
水筒を用意してなかったから喉も渇いていた。
ああ、家に帰って麦茶が飲みたい。
でもまだ帰れない。
“かくれんぼ”を、終わらせなくちゃ。
「サニー……ルナ……でてきてよ……」
なんだか声を出すのも辛くなってきた。
そういえば近くに小川があったはず。
そこでいったん休憩しましょう。
「……サニー」
とぼとぼ歩いても見つからない。
明るい貴方。
どこにいるの?
「……ルナ」
しくしく歩いても見つからない。
可愛い貴方。
どこにいるの?
「……どこにいるの?」
「……どこにいるの?」
ん?
「あれ?」
「え?」
俯いた顔を上げると。
「サニー!」
「え、あ、スター!?」
小川の横に座り込んでいるサニーが居た。
「スター。その、その……」
服も汗まみれに土埃。
慌てて立ち上がって、赤く腫らした眼をごしごしこすって。
「わたし、ルナと……」
そんな顔しないでサニー。サニーミルク。
笑ってくれなくちゃ困るのよ。
太陽はちゃんと月を照らしてあげなきゃいけないんだから。
「サニー、みーつけた!」
涙も拭わず笑って。
だから貴方も笑って。
◆
あと一人。
あの子は何処かしら。
鈍くさいから、心配だわ。
◆
サニーは昨日の夜のことを話してくれた。
サニーが珍しく夜更かししていて。
ルナが珍しく早く帰ってきて。
ルナの戦利品を――ぐにゃりと曲がった“けいこうとう”らしい――サニーが落として割ってしまったのだそうな。
「それで、ルナが出て行っちゃったの?」
「うん……」
ルナって、怒るのがあんまり上手くないのよね。
根が穏やかでかつ鈍くさいから、冷静になってどうすればいいのかわからなくなっちゃう。
今頃膝を抱えて「どうしようどうしよう」って言ってるに違いないわ。
能力を使っていなければいいのだけれど。
「もう。サニーはがさつね」
「ごめんなさい……」
「それはルナに言わないと」
「言ったわよぅ。言ったけど、すごい怒って……追いかけたけど、見失っちゃって」
すぐに私を起こせば二人で探せたのに。
サニーもサニーで、こういうとき自分だけでどうにかしようとするのは悪い癖。
まったく、ほんとうに困った子たちだわ。
「……ルナ、大丈夫かな」
「きっと大丈夫よ」
「狼の声がしたのよ。わおーんって。あれ、きっと妖怪だわ」
「狼さんは巫女が退治したわ」
「でも、退治される前に襲われてたら……」
「……大丈夫よ」
魔理沙が言っていたもの、「霊夢の勘は百発百中だ」って。
嘘じゃない、わよね。
「きっと大丈夫。だから、早くルナを見つけて帰りましょう」
「……うん」
ぎゅっとサニーの手を握る。
鬼は、見つけた子を離さない。
これもかくれんぼの鉄則ね。
◆
見つからない。
見つからないわ。
あの子を見つけられないの!
◆
もうすぐ日が暮れる。
つくつく。蝉の声だけ。
かなかな。蝉の声だけ。
ルナの声は聞こえない。
サニーは何も言わない。
「サニー。いったん家に帰って休んだほうが……」
「いや。ルナ見つけるまで帰らない」
「でも」
「帰れないよ……」
私は何も言えない。
つくつく。蝉の声だけ。
かなかな。蝉の声だけ。
森はこんなにうるさいのに、私たちはこんなに寂しい。
◆
ねえ、どこにいるの?
これじゃあ“かくれんぼ”が終わらないわ。
◆
「ようやく見つけた」
声の方に振り返ると、アリスさんがいた。
すごい汗だった。インドア派な人のはずだけれど、今日は外で何かしていたのかしら。
アリスさんはサニーに眼を遣って言った。
「もう一人は見つかったのね」
「ア、アリスさん。ルナを」
見ませんでしたかとサニーが縋るようにアリスさんに尋ねる前に。
アリスさんは笑って、
「見つけたわ。だから探してたの」
その背中に隠れていたルナを引っ張り出した。
「ルナ!」
「ルナ!」
びくっとルナが肩を震わせて、アリスさんのスカートに顔をうずめてしまった。
アリスさんが引き剥がそうとしても離れない。
いやいや。
ぎゅう。
だんまり。
「もう。意地をはらな」
糸が切れたようにアリスさんの声が途切れた。口も舌も喉も動いているのに、声だけ抜け落ちていることにアリスさんは少しだけ驚いていた。
……ねえ、ルナ。ルナチャイルド。
貴方の能力は、こういうときに使うものじゃあないわ。
「――!」
サニーがルナの背中に飛びついた。
きっと「よかったあ。よかったよぅ」とか「ごめんなさい。ごめんなさい」とか言っているのだろう。
いつものサニーからはとても聞けないような言葉が聞けないのは、勿体無いと思う。
二人に抱きつかれる形になったアリスさんが、困ったような、可笑しいような、そんな顔で私を見た。
声は届かないだろうから、私も同じように笑って応えた。
まあ。
何はともあれ。
ルナとサニーの背中にぽんと手を当てた。
聞こえなくても、これならわかるでしょう?
「ルナとサニー、みーつけた!」
“かくれんぼ”はこれでおしまい。
◆
それから。
私たちはぺこぺこになったお腹を抱えて、なんとか家に帰った。
今日の夜ご飯の当番はサニーとルナ。
とびっきりのごちそうだったのに、サニーとルナはお互いに謝ってばっかりで。
私はそんな二人を見つめながら、二人の分まで美味しく頂いた。
“かくれんぼ”の勝利の味は、前もきっとこんな風だったのね。
……お腹が一杯で、明日はねぼすけさんになっちゃいそうだわ。
ポンポンとテンポよく読めてとても面白かったです
スイスイと読めてとてもいい感じの気分でした
ルナチャ派だけどスターも可愛いと思ってたら、
最後にやっぱりルナチャが一番可愛かった。ごめんねスター。
短針が二周りしたら24時間になる気がする