雨が降っていた。
ざあざあと、雨が降っていた。
「魔理沙」
そう呼んだ声は、ひどく耳障りな雨音にしずかに殺されて伝わらなかったかもしれない。
あの子は、雨に濡れていた。
私が座る縁側からは少し離れて、屋根のない所にぼうっと立っていた。
「魔理沙、」
もう一度呼ぶと、何だ、と少し低い声で返事をした。
そんな所にいないでこっちへ来なさいよ、と私が言うと、
苦しいような、泣きたいような、曖昧な顔をしたようだった。
「いいよ」
雨筋をくぐり抜けて耳を打ったのは、あの子の、知らない声だった。
大切にしている帽子から、ぽたぽたと雫が垂れている。
金の髪はすっかりぺしゃんこになって、箒もびしょびしょだ。捨てられた猫みたいに見えた。
誰も手を差し伸べてあげないのなら、そのまま死んでしまう、猫みたいだった。
「私は、いいよ」
聞いた事ない、あの子の声。
よく聞こえないのに、すごく鮮明に、私の中に飛び込んだ心地だった。
ねえ、あなた、今何を思っているの?
もしかして、泣いているのかもしれないと思った。
もしかして、消えてしまいたいのかもしれないと思った。
そうだったなら、どうしよう。
そういう時のあの子を救うのは、いつも、決して私じゃなかった。
雲はさらに空を覆って、雨はざあざあと止むことなく降り続けてあの子を濡らした。
ふいに水溜まりから泥が跳ねて、いくつかの粒が私の靴を汚す。でも、たいしたことはなかった。
雨の向こうに見える黒い服から滴る水とは比べ物にならない。
びちゃ、と泥を踏む音がする。視界には頭のてっぺんからつま先まで濡れたまま、箒にまたがる魔法使いが映った。
「魔理沙、帰るの?」
返事は聞こえなかった。それは発されなかったのではなくて、私の元へ届く前に死んでしまったかもしれなかった。
それでも少し経てば、雨の中のあの子はだんだんと昏い夜に消えていって、ついには見えなくなった。
目を凝らしても、輝かぬ星のひかり。
しばらく縁側に座ったままでいると、雨は弱まってきて、そのままゆうらりと霧のように漂う。
髪を触って、自分の黒髪が少し濡れている事に気が付く。
私は鉛色の空を見上げながら、屋根の内に隠れたままで、傘を差しださなかった左手を握った。
ざあざあと、雨が降っていた。
「魔理沙」
そう呼んだ声は、ひどく耳障りな雨音にしずかに殺されて伝わらなかったかもしれない。
あの子は、雨に濡れていた。
私が座る縁側からは少し離れて、屋根のない所にぼうっと立っていた。
「魔理沙、」
もう一度呼ぶと、何だ、と少し低い声で返事をした。
そんな所にいないでこっちへ来なさいよ、と私が言うと、
苦しいような、泣きたいような、曖昧な顔をしたようだった。
「いいよ」
雨筋をくぐり抜けて耳を打ったのは、あの子の、知らない声だった。
大切にしている帽子から、ぽたぽたと雫が垂れている。
金の髪はすっかりぺしゃんこになって、箒もびしょびしょだ。捨てられた猫みたいに見えた。
誰も手を差し伸べてあげないのなら、そのまま死んでしまう、猫みたいだった。
「私は、いいよ」
聞いた事ない、あの子の声。
よく聞こえないのに、すごく鮮明に、私の中に飛び込んだ心地だった。
ねえ、あなた、今何を思っているの?
もしかして、泣いているのかもしれないと思った。
もしかして、消えてしまいたいのかもしれないと思った。
そうだったなら、どうしよう。
そういう時のあの子を救うのは、いつも、決して私じゃなかった。
雲はさらに空を覆って、雨はざあざあと止むことなく降り続けてあの子を濡らした。
ふいに水溜まりから泥が跳ねて、いくつかの粒が私の靴を汚す。でも、たいしたことはなかった。
雨の向こうに見える黒い服から滴る水とは比べ物にならない。
びちゃ、と泥を踏む音がする。視界には頭のてっぺんからつま先まで濡れたまま、箒にまたがる魔法使いが映った。
「魔理沙、帰るの?」
返事は聞こえなかった。それは発されなかったのではなくて、私の元へ届く前に死んでしまったかもしれなかった。
それでも少し経てば、雨の中のあの子はだんだんと昏い夜に消えていって、ついには見えなくなった。
目を凝らしても、輝かぬ星のひかり。
しばらく縁側に座ったままでいると、雨は弱まってきて、そのままゆうらりと霧のように漂う。
髪を触って、自分の黒髪が少し濡れている事に気が付く。
私は鉛色の空を見上げながら、屋根の内に隠れたままで、傘を差しださなかった左手を握った。
短いからって馬鹿にしちゃいけない作品は実際に多い。