がっつり百合してます。ご注意ください。
ぐっだぐだ。
おや?上海の様子が…。
ご了承いただけましたらどうぞお進みください。
魔法の森の同業者と博麗神社の友人が熱愛しちゃってるらしい。
今朝天麩羅油の処理にブン屋の新聞を使おうとしたところ、そんな見出しが目に入った。
『発覚!?博麗の巫女と七色の人形遣いの蜜月!!』
先日、博麗神社の縁側にて博麗霊夢氏がアリス・マーガトロイド氏を押し倒している姿が確認された。二人はこの後神社の奥へ消えていってしまったため詳細は分からない。この二人は一月程前から密会を繰り返していたことが確認されており、今回の事件は両者の現在のステータスの深さを表す結果になったと言えるだろう。なお…
いつもお馴染み天狗のゴシップ記事と言ったところか。記事の一面には霊夢がアリスを押し倒している写真がデカデカと掲載されている。うわ、なんかえっちぃな。
しかし別段驚きはしなかった。こうい出来事にももう慣れたものである。こないだ八卦炉の改造の件で香霖と話していただけで熱愛報道を受けたばっかりだし。もちろん後でマスパぶち込んでおいたが。え?文の方が速いのに当てれたのかって?失礼な。私はこれでも魔法使い。キノコ食わせて麻痺させたところに一発だ。な?簡単だろ。…誰に言ってるんだ私は。
まぁこんなのどうせいつもの勘違いオチだろう。
文の新聞…いや、天狗の新聞はいつもそうだ。あやふやな情報を勝手な妄想で膨らませ、在らぬ方向に持っていくだけ持っていって尾の引くままに楽しむだけ。この写真だってアリスがスカートでも踏んづけてこけた所を霊夢が起こそうとしているのを盗撮しただけだったりして。
…何か二人の掌が指を絡める握り方になっているような気がしないことも無いが、きっと気のせい。
「まあ、どうせならからかってやるか」
今すんごい暇だし。
所変わって博麗神社。更に言うとその縁側。私は出がらしの薄い粗茶をご馳走になっていた。てか勝手に淹れた。あ、針投げないで人間にはシャレにならんから。
神社に着いたとき、そこには御誂え向きにアリスも来ていた。どうせからかうなら二人まとめての方が楽しいだろうと私は歓喜したのだが…。
「…」
「…」
「…」
「…」
無言だった。只ひたすらに無言だった。人形も無言だった。
現在、私たちは縁側に並んで座っている。私を挟んで霊夢とアリスが座っているという状態だ。先に断っておくが、私はあえて二人の間に割り込んだとかそういう訳じゃないからな。二人の間が丁度人一人分開いていたからだ。隙間があると気に入らない性質でね。今は後悔している。まさか無言になるなんて思わなかったんだもん。
霊夢はただ無言でお茶と煎餅を交互に口に運んでいるだけだし、アリスは上海の髪の毛をブラッシングしている以外は何のアクションも起こす気配がない。上海は上海で呆れたような表情を浮かべてアリスにされるがままだ。おまえそんな表情できたのか…。
とりあえずこれむっちゃ気まずいんですけどー。
「魔理沙」
「うお!?ど、どうした霊夢」
「こっちの台詞よ。いつもうるさいあんたらしくない。いや、態度がおかしいのはいつものことだったわね」
それはあんたらのせいなんですけどねー。
霊夢の棘を含んだ物言いに心の中で涙を流す。この人これどうにかなんないかな。いつでもどこでも二言目にはこれだ。昔はもっと丸かったと思うんだけどなぁ。このツンツン霊夢め。
とりあえず私は新聞のことでからかいに来たんだ。それなのに二人が無言で並んで茶を啜ってるだけだなんて拍子抜け、肩透かしもいいところだ。
「それで、何の用」
今度は反対側から冷めた声を掛けられる。こいつの冷たい声にももう慣れたものだ。クールで無関心な彼女らしい氷の声。隣を向くと予想通りの無表情。こいつの笑顔など見たことがない。でも綺麗なんだから不思議なもんだ。まさしくクールアンドビューティって奴?いや、ここはヒエヒエアリスと呼ぶべきだな。
丁度ブラッシングが終わったのか、嬉しそうな表情の上海が伸びをして体の凝りをほぐしていた。お前体凝るのか…。
「あ、ああ。ちょっとな」
危うく目的を忘れるところだった。
そういえば私はこいつらをからかいに来たんだったな。…何かとてつもなく言いづらい雰囲気だけど。
しかーし、そんなことを気にする私ではない。きっと私がユーモア溢れるからかいの言葉を発すると、途端に二人も笑顔満開早代わり。だ!
「で、アリスは何時までここにいるつもり?何時までもいられると迷惑なの!掃除も碌にできやしない」
「心配しなくてももうじき消えるわ。それにあなたはいつも理由をつけてはサボっているでしょう」
…おや?
「大体何よ。毎回毎回事ある毎に神社に来てお茶せがんじゃってさ!お茶だって安くないんだからね」
「あなたが勝手にしていることでしょう。私は一度もせがんだことはないわ」
なんと?
「うるさいわね!とにかく邪魔なのよあんた」
「心配しなくても、私はあなたに用がある訳じゃないから」
これは?
「な…何ですってぇ!」
「ま、待て待て待てって!」
あっるぇおっかしーなー。
霊夢はつっけんどんな態度でアリスに辛辣な棘を飛ばしているし、アリスも落ち着き払った冷たい氷の声で霊夢にツララを飛ばしている。
…これあれかな。喧嘩?痴話喧嘩か?
「ありえないわ!」
「ありえないわ」
しまった声に出ていたらしい。飛んできた針が帽子に刺さって穴開いた。ぐすん。
とりあえず、今は何とかしてなだめに入らなければ。からかい?そんなことは後回しだ。二人が険悪だと私まで気が滅入る。というかでないと私に飛び火する。
「まぁ待てって」
「遺言くらい聞いてあげるからいいなさい」
何でそうなる。
多分こいつら私が来る前から喧嘩してたんだろうな。とりあえず二人が喧嘩してる原因でも聞こうか。
「え、私がアリスと喧嘩?してないわよ」
「どこにその要素があったのかしら。疑問ね」
今普通にしてましたでしょう…。
二人の言い分を聞くには只単に縁側で茶飲んでくっちゃべってましたとのこと。それ以外何も怪しいことも疚しいこともいやらしいことも何一つなかったと。…って信じられるか!
本当にこいつら付き合ってんのか。
「…付き合ってる?」
「ちょっとそれどういうことかしら!?」
あ、やべまた声に出てた。
仕方がないので今朝見つけた新聞紙を取り出す。あちこちくしゃくしゃで文面などはよく分からなくなってしまっていたが、霊夢がアリスを押し倒している写真だけは酷く正確に確認できた。それを見せた瞬間勢いよく霊夢から新聞を奪われる。…何か肩震えてないか?
霊夢の肩越しに新聞を覗いていたアリスは何を思ったのかもう一度上海の髪をブラッシングし始めた。上海の表情からは何も読み取れない。ただあくびをこぼしているだけ。お前眠くなるのか…。
再び視線を霊夢に戻す。新聞に完全に顔を埋めて何やら呟いている。これはもしかしたら照れてるのか。文の新聞は真実だったのか。…だとしても今の私に二人をからかう勇気など残っていないが。
「ああ、これね」
新聞から顔を上げずに喋りだす霊夢。お、言い訳か?
「アリスがスカートの裾踏んじゃって倒れたのを私が起こしているところよ」
ベタな言い訳だなおい。というかこいつの頭私と同レベルか。そうか。喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないけどまぁいいや。
…とりあえずその言い訳はないだろう。都会派を自称するアリスがまさか自分のスカート踏んでこけるなんて想像もつかないし。試しにアリス自身に問いかけてみる。
「こけたのは真実よ」
マジか。都会派がそんなドジっ娘の代名詞みたいな行動を起こすのか。そうなのかー。
「それを見かねた私が直々に助けてやったときに撮ったのね。タイミングが悪かったわ」
へぇ、にしても霊夢が倒れた人に手を差し伸べることってあるんだな。あの冷徹非道言語道断弾道ミサイルの如き人間があろうことか妖怪に手を差し伸べるなんて。あ、だから針飛ばすなって危ないだろ。
なんだよ霊夢、この間里に行ったとき隣で私がこけたのに見向きもせず歩いていったくせに。アリスは助けるのか。
「勘違いしないでよね。私は目の前でこけられるのが迷惑だから手を差し伸べただけよ」
起こしたっていうけどこの手、俗に言う恋人繋ぎになってないか?うわっ。思いっきり睨まれた。どうしようすんごい怖い。
でもこれはどう見てもあれだよな。何かこう、写真から見てもこうお互い恥ずかしがってるように見えるよな。心なしかアリスの頬赤くなってるような気がするし。写真白黒だから分からないけど。
「魔理沙」
うぅっ。今のアリスの声今までで一番冷たいよ。目線もどこか覚束無い様子で、それがまたまるで私なんか見てないって言ってるみたい。もう凍えそうだよ。本気で泣くぞおい。
お?ふよふよと飛んできた上海が頭を撫でてくれた。お前は私の味方してくれるのか。優しい奴だな。
「これは魔界では普通な手の繋ぎ方よ。あそこは凶暴で粗暴な妖怪も多く存在しているし、環境も劣悪で町でも常に砂嵐が立ち込めている程。だから皆はぐれないようにってこうやって指を絡めて握るという訳。魔理沙も知っているでしょう?」
なにそれ初耳だよ。魔界ってそんなに怖いところだったっけな。昔皆で殴りこんだときは非常に平和な都市だったと思うんだけど…。
ま、まぁここ数年で全てが風変わりしたのかもしれない。…あれ?でもアリス自身はこっちに来てから結構たってる筈なんだけどな。…うん、まぁ気にしない。きっとそこは考えちゃ駄目なんだ。
これ以上考えると何か思い出してはいけないものすら思い出してしまいそうだったし。うふ…あはは。うん。
「ただ、捏造はやめなさい霊夢。こけた原因はあなたが私のかかとを踏んでしまったからでしょう」
あ、ドジっ娘じゃなかったんですか。なんか残念。
「ふん。アリスがトロいから足を躓かせたのよ」
「…それは私が悪いのかしら」
「だってそうでしょう?あんたが全部悪いのよ!」
「意味が分からない。付き合ってられないわね」
「あーだから待てって!」
気付いたらまた喧嘩しようとしてたよこの人たち。
もう嫌だよこんなんじゃからかったってタコ殴りにされるよ絶対。
上海に目を向けると彼女も同じく困った顔をしていた。お前そんな表情もできたのか…。
「どうしたらいいと思う?」
「シャンハーイ!」
ニコっと笑顔になる上海。でも言葉のニュアンスからはどこか馬鹿にした響きが含まれていたように思うのは私が捻くれているからなんだろうか。というかお前もう自律してるよな。気付けよアリス。
てかさ。今更思ったんだけどこの二人が付き合う要素なんかどこにもないよね。ツンツン霊夢とヒエヒエアリスだもん。やっぱりあれは文の勘違いで確定だな。うん。
私はもう諦めて帰ることにした。
あ、新聞置いたままだ。天麩羅油どうしよう…。
・・・
「準備はいいかしら」
「シャンハーイ!」
涼しげな音色が私の聴覚機能に響いてきて、私は元気に返事を返します。するとアリスはいい子ねと頭を撫でてくれました。私の自慢でもあるアリスお手製サラサラヘアーが彼女の掌に靡きます。えへへー今日は朝からツイてますっ。
え、私は誰かって?私は私、マイマスターことアリス・マーガトロイドのお付人形の上海と申します。…って誰に言ってるんでしょうか。まぁいいです。
今日はアリスとお出かけです。行く先は聞いていません。どうせまた霊夢お姉ちゃんのいる神社に行くんでしょうけど。
「いい感じに焼きあがったわね」
「シャンハーイ!」
今日のお菓子はベターにクッキー。シナモンの香りが香ばしいアリスの自信作です。人形なのに匂いが分かるのか、なんて野暮な突っ込みはなしですよ?
ちなみに私、心だけは自律しています。でもそのことをアリスに確りとアピールできないのが目下の悩み。ずっと空回りばかりなんです。いい加減気付いてくれてもいいと思うんですけど…ほら、アリスは結構な鈍感ですから。
おや?何やら外が騒がしいようですが何かあったのでしょうか。あ、アリス!自分から行かなくても命令さえしてくれれば私が行ったのに…。
「…」
「ご、ごめんなさ~い!」
…数分後、何やらぶすっとした表情のアリスが戻ってきました。どうやらまたあの癖が出てしまったのでしょうか。
「…はぁ」
私の予想は当たったようですね。遭難者のことです。この魔法の森は方位磁針も効かないような要塞森林。踏み入ったが最後、自分が何所にいるのか何所に行こうとしているのかすら分からなくなる悪魔の森。当然踏み入ったものの脱出の仕方が分からないという民間人は沢山います。アリスは元来優しい性格をしていますのでそういう不幸な人間を保護し、外に案内してあげようとするのですがいつも玄関先で逃げられてしまいます。
「上手くいかないものね」
アリスは心は優しいのに、口調は冷たいです。それも困ったもので私たち人形や家族、親密な者には優しく接することが出来るのにそれ以外の人となると途端に冷たい口調になってしまうというもの。違うんですよ?アリスは本当はとても、とっても優しくて『可愛い』人なんです。私が保証します。元気付けるため、私はいつもアリスの周りを飛び回ります。これでも自律に気が付かないなんて、アリスらしいといえばそうですけどね。
「ありがと上海。それにしても…霊夢、喜んでくれるかなぁ」
「シャンハーイ!」
あ、でました。アリスの『可愛い』ところ。
私は自我が生まれた当初、アリスは冷たいけど本当は優しい人、という印象でした。しかし、日々を過ごす内にそれだけではないことに気が付きました。そう、アリスは本当は優しくて可愛い人だということを理解したのです。それは何故か。アリスが霊夢お姉ちゃんに恋をしたからです。
最初は私が戸惑うくらいにアリスは戸惑っていました。ベッドに埋まって顔を真っ赤にしていた様なんてもう私の視覚機能に焼きついて離れません。いや離しません!
それからは色々と苦労していました。恋をしたからといって急に態度を変えることなどできはしない。ついつい冷たい態度を取ってしまってはお姉ちゃんから辛辣なコメントを頂いて、帰って涙で枕を濡らす日々の連続でした。
それでも、アリスは諦めませんでした。そのうち、お姉ちゃんの態度にも変化が現れ始めたのです。相変わらずつっけんどんな態度と棘のある物言いは変わらないものの、少しづつ確実に柔らかくなっていきました。
そして、ついに一月前!二人は目出度く結ばれたのです!…いやぁもうそのときの二人は可愛すぎて絶対に忘れられません。永久保存ものです。
「さて…行きましょう。上海」
「シャンハーイ!」
でも、それは二人っきりでいるときだけでした。
それ以外他の人が一人でもいると二人はいちゃいちゃしません。結ばれる前の関係のように振舞っています。それに何の意味があるのか…どうにも譲れないプライドでもあるのでしょうかね。私には全然わかりません。もっとくっつけばいいのに。そうすれば私も幸せになるんですから。視覚的にも聴覚的にも。
「こ、こんにちは霊夢っ」
「あ、アリス。いらっしゃい。今お茶用意するわね」
口調はあまり変化していない霊夢お姉ちゃんですが、掃除途中にも関わらず箒をほっぽりだしてお茶を淹れに駆けて行く姿はあまりにも可愛いものがあります。ものの数分で目の前には湯気を立てるお茶が二つ。これは咲夜お姉さんもびっくりな速さです。
「あ、あのっ霊夢。これ…」
いつもハキハキ喋るアリスもお姉ちゃんの前では小さな女の子のように小声になってしまいます。可愛いからいいんですけどね。日本茶と洋菓子が並ぶというアンバランスな光景も二人には気にならないようで、てきぱきと用意を進めて行きます。お茶の葉とシナモンの香りが混ざってよく分からない匂いを放っていてもお構いなし。二人だけのお茶会なんですから。
「じゃあ、頂きます」
そんなに恐る恐るという風に食べなくともそれがおいしいであろうことなんて分かりきってます。当然、その後に続くお姉ちゃんの台詞は『おいしい』です。たった一言、しかも当たり障りのないありふれた言葉ですが、アリスには少々刺激が強いようですね。耳まで真っ赤にして、
「…ありがと」
と言うのが精一杯のご様子。これが魔理沙ちゃんだったならアリスは澄ました顔して『当然ね』とでも返していたことでしょう。
ああ、何なんでしょうかね。この可愛い人たちは。私に表情を作る技能があればとっくに頬が爛れ落ちているところです。あれ、何か顔のパーツの位置がずれてるような気が…。気のせいですよね。後でメンテナンスでも頼みましょうか。
…おや。霊夢お姉ちゃんの様子が…。俯いて何かに震えています。ああ、あれですね。戦っているんでしょうね。心の内に住まうモケーレムベンベと。
でもそんなこといっぱいいっぱいな状態のアリスには分かる筈もなく、容赦ない追撃を続けてしまいます。
「え、へへ…うれしい…」
「…っ」
これはえげつないですね。アリスはきっと凄まじいジゴレットになれると思うんですよ。天然の。その気になれば魔理沙ちゃんでも咲夜お姉さんでも堕とせることでしょう。まぁないでしょうけどね。
しかし…知りませんよアリス。そんな不用意なこと言っちゃって。
「あっアリスッ」
「ふぁっ!?」
…これはまた、随分と大胆なことをしますね。何と霊夢お姉ちゃんがアリスを押し倒していました。二人とも顔が赤いです。お姉ちゃんの長い黒髪がアリスの金髪と混ざり合って綺麗なコントラストを生み出しています。二人だからこそ綺麗になるんです。
あー、お姉ちゃん今頃になって正気に戻ってますね。慌ててます慌ててます。見てる分には面白いです。へたれ、ですね。
「あ、あああの、ごめんなさっ…っ!?」
「…言わないで」
おお、これはこれは。アリスも大胆です。逃げようとしたお姉ちゃんの首に素早く腕を回して唇を奪うなんて。…でも耐え切れなかったのかアリスは顔を横に逸らしてしまいました。あ、耳まで紅い。それは自殺行為だと私思うんですよ私。あれですね。誘い受けって奴ですね。アリスも大概へたれ、です。
でも二人とも確りと指を絡められているんですからちゃっかりしてますよね。
…しかし心配です。ここで文さんにでも出くわしたらまずいことになりそうです。見張りを任されていたことをすっかり忘れてました。取り越し苦労でしょうけど。
「…じゃあ、奥に…」
「うん…れいむ」
その後のこと?知りませんよ。勿論知ってても教えませんが。
・・・
私は今日も神社を訪れた。勿論霊夢に逢うため。それ以外に何かあるとでも?ないに決まってるよ。お賽銭?私自身がお賽銭。なんちゃって。…あ、ちょっと自分が痛かった今の。まぁそんなことはどうでもいいや。誰に言ってるのか知らないけど。
今日のお菓子はチョコレート菓子。ここ幻想郷では滅多に手に入らない高級甘味。何でそんなもの持ってるかって?魔界のメイドはとってもすごいの。覚えておいて損はないから。今度お礼しないとね。とにかく、今の私は早く霊夢に逢いたいのだ。
「こんにちわ霊夢っ」
「いらっしゃいアリス」
上機嫌に挨拶をかわす。最近は要らぬ緊張も適度に抜けてきてお互いに普通に対応できるようになってきた方だと思う。
「あっ」
「危ないアリス!」
機嫌がよすぎたのか石畳にブーツの底を取られてしまった。都会派としてこれは恥ずかしい。そのまま顔面から落下して額には大きな擦り傷が…という訳でもなく間一髪で霊夢が支えてくれた。おかげで顔に絆創膏を張る事態にはならなさそう。こういうときの霊夢の反応速度は文すら凌駕しているとは私の言葉。意味なんてないわ。悪い?
礼を言おうと顔を上げると霊夢の顔が間近にあった。凄く近い。ちょっと前に出たら唇が触れてしまいそうな程。だから心拍数が格段に上昇してしまうのは無理のないことなの!
「あ…あぅ…ありがと…」
「き、気をつけなさいよね」
訂正。早く普通に対応できるようにならなければ。
「お待たせー」
「ありがと」
二人で縁側に座ってお茶を飲む。霊夢は私が来るときに限ってワンランク上の茶葉を淹れてくれる。申し訳ない気持ちにもなるけど、それよりも嬉しい気持ちになるほうが強い。
今日は何を話そう。何をしよう。今日は手を繋げるかな。…その、キ、キスとかも、できるかな。…なんて考えられずにはいられない。ああ、贅沢極まりない思考状態。
そんなとき、上海が何かを感じたのか鳴き声を上げた。遠くを見ると何か黒いものが近づいてくる。ああ…憂鬱になりそう。
「…」
「…」
「…」
「…」
無言。只ひたすらに無言。上海も無言。私たちは何故か先程の黒いもの…つまり魔理沙を挟んで座っていた。無意識に霊夢と間を取ってしまったようだ。そんな自分が少しだけ嫌になることもあるけど、うん。まぁ私だもん。仕方ないよね。
今口を開くと意味不明なことを口走ってしまいそうだったので上海を手繰り寄せてその髪の毛をブラッシングしてあげることにした。自慢のお手製サラサラヘアー。この子が自律したときにはぜひともこれを自慢に思って欲しいなぁ。
…そういえば何で魔理沙が来たときこの子声を上げたんだろう。…きっと誤作動よね。
霊夢をちらと見るとただお茶と煎餅を交互に口にしているだけ。ああ、本来なら今頃その煎餅が私のチョコになっているはずだったのに!
「魔理沙」
むぅ。仕方のないことだけど、霊夢が他の誰かの名前を呼ぶといい気分がしない。わがままなことだって分かってる。けどやっぱりほら、仕方ないわよ。
「うお!?どうした霊夢」
「こっちの台詞よ。いつもうるさいあんたらしくない。いや、態度がおかしいのはいつものことだったわね」
魔理沙の様子がどことなくおかしい。何かあるのかな。よく見ると後ろに何か隠してる。…また何か悪巧みでも考え付いたのかしら。今はそれに付き合ってる暇なんてないのに。そろそろ我慢できなくなってきたし自分からも声をかけてみよう。
「それで、何の用」
ああ、やっぱり意識してなくても霊夢以外だとこんな冷めた声が出てしまう。大丈夫かなぁ。霊夢に何か思われないといいけど。うん。やっぱり後で魔理沙に大江戸投げつけてから謝ろう。
「あ、ああ。ちょっとな」
ごそごそと後ろから何かを取り出す魔理沙。それをボーっと眺めていると隣から視線が注がれていることに気が付いた。思わず反射でそちらを向くと勿論霊夢とばったり視線が合うわけで。…あ、だめまた心拍数が。
「で、アリスは何時までここにいるつもり?何時までもいられると迷惑なの!掃除も碌にできやしない」
え…?
ああ、そうか。魔理沙が居るから霊夢も普段通りに喋ることができないんだ。それは分かってる。私だってそう。魔理沙に限らず第三者がいる限り、いつものように喋ることはできそうにはない。だって恥ずかしいじゃない。だからこそ、冷たい言葉を放ってしまわないようにと思って上海の髪の毛を梳いていたのに。わかってるけどあんまりだよ霊夢。
何かちょっと目が熱い。これは私も何か言わないと…。
「心配しなくてももうじき消えるわ。それにあなたはいつも理由をつけてはサボっているでしょう」
やっちゃいましたーと言わんばかりに冷たい物言い。霊夢も分かってくれるとは信じたいけどこれは少し言い過ぎてしまったかな。ああ、不安で霊夢の瞳を見ることができない。あ、自分で言っておきながらさっきよりも目の熱さが強まっているような気がする。うう、泣くもんか。
「大体何よ。毎回毎回事ある毎に神社に来てお茶せがんじゃってさ!お茶だって安くないんだからね」
「あなたが勝手にしていることでしょう。私は一度もせがんだことはないわ」
私はあなたに逢いに来ているんであってお茶が目当てなんかじゃない。言っても意味のないことと分かってはいるけども、やっぱり悲しくなってしまう。霊夢も同じようなこと思ってるんじゃないかと思うと…。上海が顔を覆ってくれたので、気付かれないうちに見えないよう目尻を拭った。ありがと上海。…でも今命令なんか飛ばしたかな。誤作動ね。うん。
「うるさいわね!とにかく邪魔なのよあんた」
「心配しなくても、私はあなたに用がある訳じゃないから」
「な…何ですってぇ!」
「ま、待て待て待てって!…これはあれかな。喧嘩?痴話喧嘩か?」
魔理沙から何か聞いてはいけないような言葉が飛び出してきたような気がしたので、とりあえず否定しておこう。
「ありえないわ!」
「ありえないわ」
霊夢と同時に同じ声が出た。シンクロ?喜びたいけど状況的には泣きたいです。はい。
それでも尚冷静に言葉を発せるあたり大したものだと自分でも思う。
「まぁ待てって」
「遺言くらい聞いてあげるから言いなさい」
「何で喧嘩してるんだ?」
「え、私がアリスと喧嘩?してないわよ」
「どこにその要素があったのかしら。疑問ね」
「…本当にこいつら付き合ってんのか」
ん?今魔理沙なんて言ったの?何か私たちが付き合ってるって。
…って!何故それをこの子が知ってるの!?恥ずかしがり屋な私たちはいつでもどこでも秘密の逢瀬。私たちの関係は誰にも露呈していなかったはず…。神社に行くときは結界を張っていたし、いつでも誰かが来てもいいように上海には臨戦態勢を指示しておいたというのに…。
にも関わらず、私たちの秘密の恋がどうしてばれた?まさかこの子エスパー?…あ、今もう一つ嫌な予感がした。
次に魔理沙が提示してきたものは私の嫌なほうの予測に見事的中してしまっていたのでした。わーい…笑えない。
『発覚!?博麗の巫女と七色の人形遣いの蜜月!!』
うんやっぱりあいつの新聞ですよね。何かしら誰かのプライバシーが流出するときって大抵こいつの新聞が原因だったりしますよねー全く。一面に丸々と写真が掲載されていて嫌が応にも見せ付けられてしまう。うわー無茶苦茶思いっきりあの時のじゃないの。結界張ってたのに全くもうどうして…。まぁあの時は色々と混乱していたところがあったし、もしかしたら結界が破られたことに気が付かなかったのかもしれない。しかしどうでるか。私たちの関係は秘密にしておかなければならないはず。何故かというと…いや特に意味はないんだけど、まぁあれ、気持ちの問題ってやつ。うんつまり恥ずかしいの。当たり前でしょう?
魔理沙から新聞を奪い取った霊夢はそれを食い入るように見ていた。ああ、肩が震えている。それは見られてしまったことへの羞恥か、あのブン屋に対する怒りか。多分両方ね。心の中で文には合唱を送っておこう。吹っ飛ばすときはぜひとも私も参加しますけどね。
それからも私たちの苦々しい言い訳は続いた。
「勘違いしないでよね。私は目の前でこけられるのが迷惑だから手を差し伸べたのよ」
「にしてはこれ、俗に言う恋人繋ぎになってないか?」
仕方のないことと割り切ってはいても
「ふん。アリスがトロいから足を躓かせたのよ」
「…それは私が悪いのかしら」
そんな反応をされることが、
「だってそうでしょう?あんたが全部悪いのよ!」
「意味が分からない。付き合ってられないわね」
そしてそんな反応しかできないことが
「どうしたらいいと思う?」
「シャンハーイ!」
どうしようもなく情けなかった。
心の中ではもう大号泣しながら瞳には限界まで涙を溜め込んで。よく零れないねこれ。こんなとき自分の大きな瞳が憎たらしい。ああ、ありがと上海。不甲斐無い私の涙を皆から庇ってくれて。こんなに献身的な彼女はもう自律も秒読みかもしれない。…ん?まぁいいや。
やはり、人前でも変わらずに接することを早急に覚えなければならないと痛感した。
・・・
魔理沙が去った後、私は気が気でなくなる勢いでアリスにホーミング土下座した。勿論魔理沙が居る間、あんなに辛辣な言葉を浴びせてしまったことに対しての謝罪。こんな土下座くらいでチャラになんかできるなんてことは思ってないけれども、それでもやらずにはいられなかった。プライド?そんなものアリスに比べたら、いや比べるのもおこがましいわ。は?ホーミング土下座が何かって?何でも人に聞くんじゃないわよ自分の見たものを信じなさい。…私は何に反論しているのかしらね。
ああ、やっぱり駄目。アリスは好きよ。大好きですよ。愛しているわ。それこそ二人っきりで居るときは肌身離さず連れ添っていたい程に。
しかし、駄目なのだ。そこに第三者が居ると、どうしても恥ずかしくて心にもないような棘のある言葉を発してしまう。
どうしても、素直になれない。
「アリス!!ほんっとうにごめん!」
しかもアリスも同じだというのだから驚きだが。
私たちは細かなところこそ違うものの、色んな意味で似たもの同士とも言える存在だった。ああ、それだけに分かる。私がそういうことを言われると傷つくのと同じくらいアリスも傷つくのだと。似すぎているのも問題ね。
だけど、もう一度頭を下げようとしたとき、私の額は冷たく硬い床なんかと違う、温かくそして柔らかいものに包まれていた。
遅れてアリスに抱きしめられたのだと気が付いた。ああ、こんなときだけど、すごく落ち着く。すんごく幸せ。
「そんなのいいよ!お互いなんだから…それに、謝るくらいなら…その、ね?」
…言われて見ればそれもそうかも知れない。確かに謝罪は必要だ。でも何回も似たような謝罪の言葉を口にする時間があるくらいなら、その時間を使って可愛がってあげた方がいいに決まってる。私だってアリスに何回も謝られるくらいならキスをせがむ。勿論二人きりのときだけにね。
気を取り直すようにアリスの胸元に預けっぱなしだった面を上げ、彼女の鼻先に軽くキスをした。分かるわけないけども、感覚的に甘みを感じる。病的ね。治らなくても良いけど。すると今度はおでこにキスされた。自然と笑みが零れる。調子に乗って今度は頬っぺたにキスするとむすっとした顔されて唇にキスされた。もうほんとこの子大胆なのか小胆なのかはっきりしないわね。これじゃあ私の心臓が保たないわ。
確かに私たちは二人きりにでもならないと甘い言葉もろくに紡げない。私は棘のある言葉を、アリスは冷たい態度を、どうしても露呈させてしまう。けれども、気にすることなんて特にないわよね。その分二人きりになったときに存分に甘い言葉を囁いて可愛がって、可愛がられればいいんだから。寒暖の差が激しい所で育った果実が甘くなるようにね。
「それじゃ、先に魔理沙のせいで台無しになったお茶会でもしましょうか」
「その言い方、まるで魔理沙が最初から邪魔しにきたみたいにしか聞こえないよ」
そういえば魔理沙にもちょっと酷いことしたから。今度煎餅でも炙って振舞ってあげよう。…ちょっと泣きそうになってたみたいだし、ね。
それから私はせっせとお茶の準備をした。アリスが居るときは普段飲むものよりもツーランク上の茶葉を使っている。と言っても普段飲んでいるもの自体そんなにランク高くないけどね。普段のものより高級なため当然あまり潤いのない私の財布には夢想天生ぐらいのダメージが来る。けれども二人でちびちび飲んでいるため減りは遅い。それに、減った分だけ幸せが増えていると思えばそれだけでおつりが来るというもの。軽く振ってみるとカサカサと子気味いい音が漏れ出してくる。大体半分といったところ?…うーん。いい香り。
戻ってきたら丁度アリスもお菓子を小皿に展開し終わったところだった。あれは確か…。
「へぇ。チョコレートとは珍しい…って魔界では普通だっけ」
「でも手に入り辛いことは確か。霊夢以外には振舞わないんだから」
こいつめ。嬉しいことを言ってくれる。おかげで急須の熱さが気にならなくなってしまったじゃない。
立ち込めるお茶の香りとカカオの香りが上空で混ざり、なんともいえない奇妙な匂いになってしまったが気にはしない。どれだけおかしな匂いになろうが、二人だけの空間に流れているのであればそれはもう香水のように感じてしまえる私はきっとおかしくない。はず。
熱を持ってしまった頬を掻きながら、ごまかすかのように台形型のチョコレートを手に取り口に運ぼうとした。が、恥ずかしいことに手を滑らせてしまった。コロコロと私の残念な胸元を通り抜けチョコレートが転げ落ちていく。ああ、アリスの作ってくれたお菓子が奈落へ落ちてしまう!それだけは避けなければと何とか手を伸ばして掴んだはいいが…。
「…霊夢それ」
「三秒ルール」
うん。床とは言え下に落としてしまいました。
しかし、これはアリスがせっかく私の、いや私たちのために作ってきてくれたお菓子なのだ。無碍にはできない。
「アリスが作ってくれたんだから。一つ一つ味あわないと」
「もう、駄目だってば。ばい菌ついてたらどうするの?霊夢は人間なんだから、ちょっとした菌でも注意しないとっ」
むっ。そこでそれを口にするとは汚い。私はそんなことで体を壊すほど柔な人間ではない。それくらいでお腹を壊すようでは腋など出していられないのよ。関係ないけど。
しかし、そのことに反論しようと喉元まで出掛かった言葉は、次にアリスが口走った言葉のおかげですんでのところで飲み込まれることとなった。
「だから私が確認する!それで、大丈夫なようなら…えっと、その…れ、れぃむも…食…べればぃ……」
「そんなの…手が汚れるじゃない」
「だか、ら…手…使わ…に………」
最後の方は何を言っているのかほとんど聞こえなかった。だがそれを、その言葉の真意を理解出来ないほど私の頭は柔ではないのよ。
アリスはよっぽど恥ずかしかったのか、ケープを首元まで引き上げて顔を半分隠してしまっている…それ反則よ。
何というか何時だってスタートの汽笛を鳴らすのはアリスのような気がする。まぁそれが嫌な訳ないんだけど。可愛い過ぎるし。
「ごめん上海。ちょっと見張ってて」
「シャンハーイ!」
最後に覗くなよ?と釘をさして襖を閉めた。あいつ最近変に生き生きしてるからもしかしたら自律しているのかもしれない。まぁ気のせいだろうけど。
まぁ今はそんなことどうでもいいのよ。
魔理沙の乱入によって私の中に住まうモケーレムベンベの我慢は少々限界を超えているのだ。勿論、似たもの同士でもあるアリスもそのようで、さっきから熱の篭った瞳で私も見つめてくる。今はこの甘美なるお茶会を楽しもうじゃないの。ねぇ?
私は躊躇なくアリスに覆いかぶさっていった。
「バカジャネーノ?」
ぐっだぐだ。
おや?上海の様子が…。
ご了承いただけましたらどうぞお進みください。
魔法の森の同業者と博麗神社の友人が熱愛しちゃってるらしい。
今朝天麩羅油の処理にブン屋の新聞を使おうとしたところ、そんな見出しが目に入った。
『発覚!?博麗の巫女と七色の人形遣いの蜜月!!』
先日、博麗神社の縁側にて博麗霊夢氏がアリス・マーガトロイド氏を押し倒している姿が確認された。二人はこの後神社の奥へ消えていってしまったため詳細は分からない。この二人は一月程前から密会を繰り返していたことが確認されており、今回の事件は両者の現在のステータスの深さを表す結果になったと言えるだろう。なお…
いつもお馴染み天狗のゴシップ記事と言ったところか。記事の一面には霊夢がアリスを押し倒している写真がデカデカと掲載されている。うわ、なんかえっちぃな。
しかし別段驚きはしなかった。こうい出来事にももう慣れたものである。こないだ八卦炉の改造の件で香霖と話していただけで熱愛報道を受けたばっかりだし。もちろん後でマスパぶち込んでおいたが。え?文の方が速いのに当てれたのかって?失礼な。私はこれでも魔法使い。キノコ食わせて麻痺させたところに一発だ。な?簡単だろ。…誰に言ってるんだ私は。
まぁこんなのどうせいつもの勘違いオチだろう。
文の新聞…いや、天狗の新聞はいつもそうだ。あやふやな情報を勝手な妄想で膨らませ、在らぬ方向に持っていくだけ持っていって尾の引くままに楽しむだけ。この写真だってアリスがスカートでも踏んづけてこけた所を霊夢が起こそうとしているのを盗撮しただけだったりして。
…何か二人の掌が指を絡める握り方になっているような気がしないことも無いが、きっと気のせい。
「まあ、どうせならからかってやるか」
今すんごい暇だし。
所変わって博麗神社。更に言うとその縁側。私は出がらしの薄い粗茶をご馳走になっていた。てか勝手に淹れた。あ、針投げないで人間にはシャレにならんから。
神社に着いたとき、そこには御誂え向きにアリスも来ていた。どうせからかうなら二人まとめての方が楽しいだろうと私は歓喜したのだが…。
「…」
「…」
「…」
「…」
無言だった。只ひたすらに無言だった。人形も無言だった。
現在、私たちは縁側に並んで座っている。私を挟んで霊夢とアリスが座っているという状態だ。先に断っておくが、私はあえて二人の間に割り込んだとかそういう訳じゃないからな。二人の間が丁度人一人分開いていたからだ。隙間があると気に入らない性質でね。今は後悔している。まさか無言になるなんて思わなかったんだもん。
霊夢はただ無言でお茶と煎餅を交互に口に運んでいるだけだし、アリスは上海の髪の毛をブラッシングしている以外は何のアクションも起こす気配がない。上海は上海で呆れたような表情を浮かべてアリスにされるがままだ。おまえそんな表情できたのか…。
とりあえずこれむっちゃ気まずいんですけどー。
「魔理沙」
「うお!?ど、どうした霊夢」
「こっちの台詞よ。いつもうるさいあんたらしくない。いや、態度がおかしいのはいつものことだったわね」
それはあんたらのせいなんですけどねー。
霊夢の棘を含んだ物言いに心の中で涙を流す。この人これどうにかなんないかな。いつでもどこでも二言目にはこれだ。昔はもっと丸かったと思うんだけどなぁ。このツンツン霊夢め。
とりあえず私は新聞のことでからかいに来たんだ。それなのに二人が無言で並んで茶を啜ってるだけだなんて拍子抜け、肩透かしもいいところだ。
「それで、何の用」
今度は反対側から冷めた声を掛けられる。こいつの冷たい声にももう慣れたものだ。クールで無関心な彼女らしい氷の声。隣を向くと予想通りの無表情。こいつの笑顔など見たことがない。でも綺麗なんだから不思議なもんだ。まさしくクールアンドビューティって奴?いや、ここはヒエヒエアリスと呼ぶべきだな。
丁度ブラッシングが終わったのか、嬉しそうな表情の上海が伸びをして体の凝りをほぐしていた。お前体凝るのか…。
「あ、ああ。ちょっとな」
危うく目的を忘れるところだった。
そういえば私はこいつらをからかいに来たんだったな。…何かとてつもなく言いづらい雰囲気だけど。
しかーし、そんなことを気にする私ではない。きっと私がユーモア溢れるからかいの言葉を発すると、途端に二人も笑顔満開早代わり。だ!
「で、アリスは何時までここにいるつもり?何時までもいられると迷惑なの!掃除も碌にできやしない」
「心配しなくてももうじき消えるわ。それにあなたはいつも理由をつけてはサボっているでしょう」
…おや?
「大体何よ。毎回毎回事ある毎に神社に来てお茶せがんじゃってさ!お茶だって安くないんだからね」
「あなたが勝手にしていることでしょう。私は一度もせがんだことはないわ」
なんと?
「うるさいわね!とにかく邪魔なのよあんた」
「心配しなくても、私はあなたに用がある訳じゃないから」
これは?
「な…何ですってぇ!」
「ま、待て待て待てって!」
あっるぇおっかしーなー。
霊夢はつっけんどんな態度でアリスに辛辣な棘を飛ばしているし、アリスも落ち着き払った冷たい氷の声で霊夢にツララを飛ばしている。
…これあれかな。喧嘩?痴話喧嘩か?
「ありえないわ!」
「ありえないわ」
しまった声に出ていたらしい。飛んできた針が帽子に刺さって穴開いた。ぐすん。
とりあえず、今は何とかしてなだめに入らなければ。からかい?そんなことは後回しだ。二人が険悪だと私まで気が滅入る。というかでないと私に飛び火する。
「まぁ待てって」
「遺言くらい聞いてあげるからいいなさい」
何でそうなる。
多分こいつら私が来る前から喧嘩してたんだろうな。とりあえず二人が喧嘩してる原因でも聞こうか。
「え、私がアリスと喧嘩?してないわよ」
「どこにその要素があったのかしら。疑問ね」
今普通にしてましたでしょう…。
二人の言い分を聞くには只単に縁側で茶飲んでくっちゃべってましたとのこと。それ以外何も怪しいことも疚しいこともいやらしいことも何一つなかったと。…って信じられるか!
本当にこいつら付き合ってんのか。
「…付き合ってる?」
「ちょっとそれどういうことかしら!?」
あ、やべまた声に出てた。
仕方がないので今朝見つけた新聞紙を取り出す。あちこちくしゃくしゃで文面などはよく分からなくなってしまっていたが、霊夢がアリスを押し倒している写真だけは酷く正確に確認できた。それを見せた瞬間勢いよく霊夢から新聞を奪われる。…何か肩震えてないか?
霊夢の肩越しに新聞を覗いていたアリスは何を思ったのかもう一度上海の髪をブラッシングし始めた。上海の表情からは何も読み取れない。ただあくびをこぼしているだけ。お前眠くなるのか…。
再び視線を霊夢に戻す。新聞に完全に顔を埋めて何やら呟いている。これはもしかしたら照れてるのか。文の新聞は真実だったのか。…だとしても今の私に二人をからかう勇気など残っていないが。
「ああ、これね」
新聞から顔を上げずに喋りだす霊夢。お、言い訳か?
「アリスがスカートの裾踏んじゃって倒れたのを私が起こしているところよ」
ベタな言い訳だなおい。というかこいつの頭私と同レベルか。そうか。喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないけどまぁいいや。
…とりあえずその言い訳はないだろう。都会派を自称するアリスがまさか自分のスカート踏んでこけるなんて想像もつかないし。試しにアリス自身に問いかけてみる。
「こけたのは真実よ」
マジか。都会派がそんなドジっ娘の代名詞みたいな行動を起こすのか。そうなのかー。
「それを見かねた私が直々に助けてやったときに撮ったのね。タイミングが悪かったわ」
へぇ、にしても霊夢が倒れた人に手を差し伸べることってあるんだな。あの冷徹非道言語道断弾道ミサイルの如き人間があろうことか妖怪に手を差し伸べるなんて。あ、だから針飛ばすなって危ないだろ。
なんだよ霊夢、この間里に行ったとき隣で私がこけたのに見向きもせず歩いていったくせに。アリスは助けるのか。
「勘違いしないでよね。私は目の前でこけられるのが迷惑だから手を差し伸べただけよ」
起こしたっていうけどこの手、俗に言う恋人繋ぎになってないか?うわっ。思いっきり睨まれた。どうしようすんごい怖い。
でもこれはどう見てもあれだよな。何かこう、写真から見てもこうお互い恥ずかしがってるように見えるよな。心なしかアリスの頬赤くなってるような気がするし。写真白黒だから分からないけど。
「魔理沙」
うぅっ。今のアリスの声今までで一番冷たいよ。目線もどこか覚束無い様子で、それがまたまるで私なんか見てないって言ってるみたい。もう凍えそうだよ。本気で泣くぞおい。
お?ふよふよと飛んできた上海が頭を撫でてくれた。お前は私の味方してくれるのか。優しい奴だな。
「これは魔界では普通な手の繋ぎ方よ。あそこは凶暴で粗暴な妖怪も多く存在しているし、環境も劣悪で町でも常に砂嵐が立ち込めている程。だから皆はぐれないようにってこうやって指を絡めて握るという訳。魔理沙も知っているでしょう?」
なにそれ初耳だよ。魔界ってそんなに怖いところだったっけな。昔皆で殴りこんだときは非常に平和な都市だったと思うんだけど…。
ま、まぁここ数年で全てが風変わりしたのかもしれない。…あれ?でもアリス自身はこっちに来てから結構たってる筈なんだけどな。…うん、まぁ気にしない。きっとそこは考えちゃ駄目なんだ。
これ以上考えると何か思い出してはいけないものすら思い出してしまいそうだったし。うふ…あはは。うん。
「ただ、捏造はやめなさい霊夢。こけた原因はあなたが私のかかとを踏んでしまったからでしょう」
あ、ドジっ娘じゃなかったんですか。なんか残念。
「ふん。アリスがトロいから足を躓かせたのよ」
「…それは私が悪いのかしら」
「だってそうでしょう?あんたが全部悪いのよ!」
「意味が分からない。付き合ってられないわね」
「あーだから待てって!」
気付いたらまた喧嘩しようとしてたよこの人たち。
もう嫌だよこんなんじゃからかったってタコ殴りにされるよ絶対。
上海に目を向けると彼女も同じく困った顔をしていた。お前そんな表情もできたのか…。
「どうしたらいいと思う?」
「シャンハーイ!」
ニコっと笑顔になる上海。でも言葉のニュアンスからはどこか馬鹿にした響きが含まれていたように思うのは私が捻くれているからなんだろうか。というかお前もう自律してるよな。気付けよアリス。
てかさ。今更思ったんだけどこの二人が付き合う要素なんかどこにもないよね。ツンツン霊夢とヒエヒエアリスだもん。やっぱりあれは文の勘違いで確定だな。うん。
私はもう諦めて帰ることにした。
あ、新聞置いたままだ。天麩羅油どうしよう…。
・・・
「準備はいいかしら」
「シャンハーイ!」
涼しげな音色が私の聴覚機能に響いてきて、私は元気に返事を返します。するとアリスはいい子ねと頭を撫でてくれました。私の自慢でもあるアリスお手製サラサラヘアーが彼女の掌に靡きます。えへへー今日は朝からツイてますっ。
え、私は誰かって?私は私、マイマスターことアリス・マーガトロイドのお付人形の上海と申します。…って誰に言ってるんでしょうか。まぁいいです。
今日はアリスとお出かけです。行く先は聞いていません。どうせまた霊夢お姉ちゃんのいる神社に行くんでしょうけど。
「いい感じに焼きあがったわね」
「シャンハーイ!」
今日のお菓子はベターにクッキー。シナモンの香りが香ばしいアリスの自信作です。人形なのに匂いが分かるのか、なんて野暮な突っ込みはなしですよ?
ちなみに私、心だけは自律しています。でもそのことをアリスに確りとアピールできないのが目下の悩み。ずっと空回りばかりなんです。いい加減気付いてくれてもいいと思うんですけど…ほら、アリスは結構な鈍感ですから。
おや?何やら外が騒がしいようですが何かあったのでしょうか。あ、アリス!自分から行かなくても命令さえしてくれれば私が行ったのに…。
「…」
「ご、ごめんなさ~い!」
…数分後、何やらぶすっとした表情のアリスが戻ってきました。どうやらまたあの癖が出てしまったのでしょうか。
「…はぁ」
私の予想は当たったようですね。遭難者のことです。この魔法の森は方位磁針も効かないような要塞森林。踏み入ったが最後、自分が何所にいるのか何所に行こうとしているのかすら分からなくなる悪魔の森。当然踏み入ったものの脱出の仕方が分からないという民間人は沢山います。アリスは元来優しい性格をしていますのでそういう不幸な人間を保護し、外に案内してあげようとするのですがいつも玄関先で逃げられてしまいます。
「上手くいかないものね」
アリスは心は優しいのに、口調は冷たいです。それも困ったもので私たち人形や家族、親密な者には優しく接することが出来るのにそれ以外の人となると途端に冷たい口調になってしまうというもの。違うんですよ?アリスは本当はとても、とっても優しくて『可愛い』人なんです。私が保証します。元気付けるため、私はいつもアリスの周りを飛び回ります。これでも自律に気が付かないなんて、アリスらしいといえばそうですけどね。
「ありがと上海。それにしても…霊夢、喜んでくれるかなぁ」
「シャンハーイ!」
あ、でました。アリスの『可愛い』ところ。
私は自我が生まれた当初、アリスは冷たいけど本当は優しい人、という印象でした。しかし、日々を過ごす内にそれだけではないことに気が付きました。そう、アリスは本当は優しくて可愛い人だということを理解したのです。それは何故か。アリスが霊夢お姉ちゃんに恋をしたからです。
最初は私が戸惑うくらいにアリスは戸惑っていました。ベッドに埋まって顔を真っ赤にしていた様なんてもう私の視覚機能に焼きついて離れません。いや離しません!
それからは色々と苦労していました。恋をしたからといって急に態度を変えることなどできはしない。ついつい冷たい態度を取ってしまってはお姉ちゃんから辛辣なコメントを頂いて、帰って涙で枕を濡らす日々の連続でした。
それでも、アリスは諦めませんでした。そのうち、お姉ちゃんの態度にも変化が現れ始めたのです。相変わらずつっけんどんな態度と棘のある物言いは変わらないものの、少しづつ確実に柔らかくなっていきました。
そして、ついに一月前!二人は目出度く結ばれたのです!…いやぁもうそのときの二人は可愛すぎて絶対に忘れられません。永久保存ものです。
「さて…行きましょう。上海」
「シャンハーイ!」
でも、それは二人っきりでいるときだけでした。
それ以外他の人が一人でもいると二人はいちゃいちゃしません。結ばれる前の関係のように振舞っています。それに何の意味があるのか…どうにも譲れないプライドでもあるのでしょうかね。私には全然わかりません。もっとくっつけばいいのに。そうすれば私も幸せになるんですから。視覚的にも聴覚的にも。
「こ、こんにちは霊夢っ」
「あ、アリス。いらっしゃい。今お茶用意するわね」
口調はあまり変化していない霊夢お姉ちゃんですが、掃除途中にも関わらず箒をほっぽりだしてお茶を淹れに駆けて行く姿はあまりにも可愛いものがあります。ものの数分で目の前には湯気を立てるお茶が二つ。これは咲夜お姉さんもびっくりな速さです。
「あ、あのっ霊夢。これ…」
いつもハキハキ喋るアリスもお姉ちゃんの前では小さな女の子のように小声になってしまいます。可愛いからいいんですけどね。日本茶と洋菓子が並ぶというアンバランスな光景も二人には気にならないようで、てきぱきと用意を進めて行きます。お茶の葉とシナモンの香りが混ざってよく分からない匂いを放っていてもお構いなし。二人だけのお茶会なんですから。
「じゃあ、頂きます」
そんなに恐る恐るという風に食べなくともそれがおいしいであろうことなんて分かりきってます。当然、その後に続くお姉ちゃんの台詞は『おいしい』です。たった一言、しかも当たり障りのないありふれた言葉ですが、アリスには少々刺激が強いようですね。耳まで真っ赤にして、
「…ありがと」
と言うのが精一杯のご様子。これが魔理沙ちゃんだったならアリスは澄ました顔して『当然ね』とでも返していたことでしょう。
ああ、何なんでしょうかね。この可愛い人たちは。私に表情を作る技能があればとっくに頬が爛れ落ちているところです。あれ、何か顔のパーツの位置がずれてるような気が…。気のせいですよね。後でメンテナンスでも頼みましょうか。
…おや。霊夢お姉ちゃんの様子が…。俯いて何かに震えています。ああ、あれですね。戦っているんでしょうね。心の内に住まうモケーレムベンベと。
でもそんなこといっぱいいっぱいな状態のアリスには分かる筈もなく、容赦ない追撃を続けてしまいます。
「え、へへ…うれしい…」
「…っ」
これはえげつないですね。アリスはきっと凄まじいジゴレットになれると思うんですよ。天然の。その気になれば魔理沙ちゃんでも咲夜お姉さんでも堕とせることでしょう。まぁないでしょうけどね。
しかし…知りませんよアリス。そんな不用意なこと言っちゃって。
「あっアリスッ」
「ふぁっ!?」
…これはまた、随分と大胆なことをしますね。何と霊夢お姉ちゃんがアリスを押し倒していました。二人とも顔が赤いです。お姉ちゃんの長い黒髪がアリスの金髪と混ざり合って綺麗なコントラストを生み出しています。二人だからこそ綺麗になるんです。
あー、お姉ちゃん今頃になって正気に戻ってますね。慌ててます慌ててます。見てる分には面白いです。へたれ、ですね。
「あ、あああの、ごめんなさっ…っ!?」
「…言わないで」
おお、これはこれは。アリスも大胆です。逃げようとしたお姉ちゃんの首に素早く腕を回して唇を奪うなんて。…でも耐え切れなかったのかアリスは顔を横に逸らしてしまいました。あ、耳まで紅い。それは自殺行為だと私思うんですよ私。あれですね。誘い受けって奴ですね。アリスも大概へたれ、です。
でも二人とも確りと指を絡められているんですからちゃっかりしてますよね。
…しかし心配です。ここで文さんにでも出くわしたらまずいことになりそうです。見張りを任されていたことをすっかり忘れてました。取り越し苦労でしょうけど。
「…じゃあ、奥に…」
「うん…れいむ」
その後のこと?知りませんよ。勿論知ってても教えませんが。
・・・
私は今日も神社を訪れた。勿論霊夢に逢うため。それ以外に何かあるとでも?ないに決まってるよ。お賽銭?私自身がお賽銭。なんちゃって。…あ、ちょっと自分が痛かった今の。まぁそんなことはどうでもいいや。誰に言ってるのか知らないけど。
今日のお菓子はチョコレート菓子。ここ幻想郷では滅多に手に入らない高級甘味。何でそんなもの持ってるかって?魔界のメイドはとってもすごいの。覚えておいて損はないから。今度お礼しないとね。とにかく、今の私は早く霊夢に逢いたいのだ。
「こんにちわ霊夢っ」
「いらっしゃいアリス」
上機嫌に挨拶をかわす。最近は要らぬ緊張も適度に抜けてきてお互いに普通に対応できるようになってきた方だと思う。
「あっ」
「危ないアリス!」
機嫌がよすぎたのか石畳にブーツの底を取られてしまった。都会派としてこれは恥ずかしい。そのまま顔面から落下して額には大きな擦り傷が…という訳でもなく間一髪で霊夢が支えてくれた。おかげで顔に絆創膏を張る事態にはならなさそう。こういうときの霊夢の反応速度は文すら凌駕しているとは私の言葉。意味なんてないわ。悪い?
礼を言おうと顔を上げると霊夢の顔が間近にあった。凄く近い。ちょっと前に出たら唇が触れてしまいそうな程。だから心拍数が格段に上昇してしまうのは無理のないことなの!
「あ…あぅ…ありがと…」
「き、気をつけなさいよね」
訂正。早く普通に対応できるようにならなければ。
「お待たせー」
「ありがと」
二人で縁側に座ってお茶を飲む。霊夢は私が来るときに限ってワンランク上の茶葉を淹れてくれる。申し訳ない気持ちにもなるけど、それよりも嬉しい気持ちになるほうが強い。
今日は何を話そう。何をしよう。今日は手を繋げるかな。…その、キ、キスとかも、できるかな。…なんて考えられずにはいられない。ああ、贅沢極まりない思考状態。
そんなとき、上海が何かを感じたのか鳴き声を上げた。遠くを見ると何か黒いものが近づいてくる。ああ…憂鬱になりそう。
「…」
「…」
「…」
「…」
無言。只ひたすらに無言。上海も無言。私たちは何故か先程の黒いもの…つまり魔理沙を挟んで座っていた。無意識に霊夢と間を取ってしまったようだ。そんな自分が少しだけ嫌になることもあるけど、うん。まぁ私だもん。仕方ないよね。
今口を開くと意味不明なことを口走ってしまいそうだったので上海を手繰り寄せてその髪の毛をブラッシングしてあげることにした。自慢のお手製サラサラヘアー。この子が自律したときにはぜひともこれを自慢に思って欲しいなぁ。
…そういえば何で魔理沙が来たときこの子声を上げたんだろう。…きっと誤作動よね。
霊夢をちらと見るとただお茶と煎餅を交互に口にしているだけ。ああ、本来なら今頃その煎餅が私のチョコになっているはずだったのに!
「魔理沙」
むぅ。仕方のないことだけど、霊夢が他の誰かの名前を呼ぶといい気分がしない。わがままなことだって分かってる。けどやっぱりほら、仕方ないわよ。
「うお!?どうした霊夢」
「こっちの台詞よ。いつもうるさいあんたらしくない。いや、態度がおかしいのはいつものことだったわね」
魔理沙の様子がどことなくおかしい。何かあるのかな。よく見ると後ろに何か隠してる。…また何か悪巧みでも考え付いたのかしら。今はそれに付き合ってる暇なんてないのに。そろそろ我慢できなくなってきたし自分からも声をかけてみよう。
「それで、何の用」
ああ、やっぱり意識してなくても霊夢以外だとこんな冷めた声が出てしまう。大丈夫かなぁ。霊夢に何か思われないといいけど。うん。やっぱり後で魔理沙に大江戸投げつけてから謝ろう。
「あ、ああ。ちょっとな」
ごそごそと後ろから何かを取り出す魔理沙。それをボーっと眺めていると隣から視線が注がれていることに気が付いた。思わず反射でそちらを向くと勿論霊夢とばったり視線が合うわけで。…あ、だめまた心拍数が。
「で、アリスは何時までここにいるつもり?何時までもいられると迷惑なの!掃除も碌にできやしない」
え…?
ああ、そうか。魔理沙が居るから霊夢も普段通りに喋ることができないんだ。それは分かってる。私だってそう。魔理沙に限らず第三者がいる限り、いつものように喋ることはできそうにはない。だって恥ずかしいじゃない。だからこそ、冷たい言葉を放ってしまわないようにと思って上海の髪の毛を梳いていたのに。わかってるけどあんまりだよ霊夢。
何かちょっと目が熱い。これは私も何か言わないと…。
「心配しなくてももうじき消えるわ。それにあなたはいつも理由をつけてはサボっているでしょう」
やっちゃいましたーと言わんばかりに冷たい物言い。霊夢も分かってくれるとは信じたいけどこれは少し言い過ぎてしまったかな。ああ、不安で霊夢の瞳を見ることができない。あ、自分で言っておきながらさっきよりも目の熱さが強まっているような気がする。うう、泣くもんか。
「大体何よ。毎回毎回事ある毎に神社に来てお茶せがんじゃってさ!お茶だって安くないんだからね」
「あなたが勝手にしていることでしょう。私は一度もせがんだことはないわ」
私はあなたに逢いに来ているんであってお茶が目当てなんかじゃない。言っても意味のないことと分かってはいるけども、やっぱり悲しくなってしまう。霊夢も同じようなこと思ってるんじゃないかと思うと…。上海が顔を覆ってくれたので、気付かれないうちに見えないよう目尻を拭った。ありがと上海。…でも今命令なんか飛ばしたかな。誤作動ね。うん。
「うるさいわね!とにかく邪魔なのよあんた」
「心配しなくても、私はあなたに用がある訳じゃないから」
「な…何ですってぇ!」
「ま、待て待て待てって!…これはあれかな。喧嘩?痴話喧嘩か?」
魔理沙から何か聞いてはいけないような言葉が飛び出してきたような気がしたので、とりあえず否定しておこう。
「ありえないわ!」
「ありえないわ」
霊夢と同時に同じ声が出た。シンクロ?喜びたいけど状況的には泣きたいです。はい。
それでも尚冷静に言葉を発せるあたり大したものだと自分でも思う。
「まぁ待てって」
「遺言くらい聞いてあげるから言いなさい」
「何で喧嘩してるんだ?」
「え、私がアリスと喧嘩?してないわよ」
「どこにその要素があったのかしら。疑問ね」
「…本当にこいつら付き合ってんのか」
ん?今魔理沙なんて言ったの?何か私たちが付き合ってるって。
…って!何故それをこの子が知ってるの!?恥ずかしがり屋な私たちはいつでもどこでも秘密の逢瀬。私たちの関係は誰にも露呈していなかったはず…。神社に行くときは結界を張っていたし、いつでも誰かが来てもいいように上海には臨戦態勢を指示しておいたというのに…。
にも関わらず、私たちの秘密の恋がどうしてばれた?まさかこの子エスパー?…あ、今もう一つ嫌な予感がした。
次に魔理沙が提示してきたものは私の嫌なほうの予測に見事的中してしまっていたのでした。わーい…笑えない。
『発覚!?博麗の巫女と七色の人形遣いの蜜月!!』
うんやっぱりあいつの新聞ですよね。何かしら誰かのプライバシーが流出するときって大抵こいつの新聞が原因だったりしますよねー全く。一面に丸々と写真が掲載されていて嫌が応にも見せ付けられてしまう。うわー無茶苦茶思いっきりあの時のじゃないの。結界張ってたのに全くもうどうして…。まぁあの時は色々と混乱していたところがあったし、もしかしたら結界が破られたことに気が付かなかったのかもしれない。しかしどうでるか。私たちの関係は秘密にしておかなければならないはず。何故かというと…いや特に意味はないんだけど、まぁあれ、気持ちの問題ってやつ。うんつまり恥ずかしいの。当たり前でしょう?
魔理沙から新聞を奪い取った霊夢はそれを食い入るように見ていた。ああ、肩が震えている。それは見られてしまったことへの羞恥か、あのブン屋に対する怒りか。多分両方ね。心の中で文には合唱を送っておこう。吹っ飛ばすときはぜひとも私も参加しますけどね。
それからも私たちの苦々しい言い訳は続いた。
「勘違いしないでよね。私は目の前でこけられるのが迷惑だから手を差し伸べたのよ」
「にしてはこれ、俗に言う恋人繋ぎになってないか?」
仕方のないことと割り切ってはいても
「ふん。アリスがトロいから足を躓かせたのよ」
「…それは私が悪いのかしら」
そんな反応をされることが、
「だってそうでしょう?あんたが全部悪いのよ!」
「意味が分からない。付き合ってられないわね」
そしてそんな反応しかできないことが
「どうしたらいいと思う?」
「シャンハーイ!」
どうしようもなく情けなかった。
心の中ではもう大号泣しながら瞳には限界まで涙を溜め込んで。よく零れないねこれ。こんなとき自分の大きな瞳が憎たらしい。ああ、ありがと上海。不甲斐無い私の涙を皆から庇ってくれて。こんなに献身的な彼女はもう自律も秒読みかもしれない。…ん?まぁいいや。
やはり、人前でも変わらずに接することを早急に覚えなければならないと痛感した。
・・・
魔理沙が去った後、私は気が気でなくなる勢いでアリスにホーミング土下座した。勿論魔理沙が居る間、あんなに辛辣な言葉を浴びせてしまったことに対しての謝罪。こんな土下座くらいでチャラになんかできるなんてことは思ってないけれども、それでもやらずにはいられなかった。プライド?そんなものアリスに比べたら、いや比べるのもおこがましいわ。は?ホーミング土下座が何かって?何でも人に聞くんじゃないわよ自分の見たものを信じなさい。…私は何に反論しているのかしらね。
ああ、やっぱり駄目。アリスは好きよ。大好きですよ。愛しているわ。それこそ二人っきりで居るときは肌身離さず連れ添っていたい程に。
しかし、駄目なのだ。そこに第三者が居ると、どうしても恥ずかしくて心にもないような棘のある言葉を発してしまう。
どうしても、素直になれない。
「アリス!!ほんっとうにごめん!」
しかもアリスも同じだというのだから驚きだが。
私たちは細かなところこそ違うものの、色んな意味で似たもの同士とも言える存在だった。ああ、それだけに分かる。私がそういうことを言われると傷つくのと同じくらいアリスも傷つくのだと。似すぎているのも問題ね。
だけど、もう一度頭を下げようとしたとき、私の額は冷たく硬い床なんかと違う、温かくそして柔らかいものに包まれていた。
遅れてアリスに抱きしめられたのだと気が付いた。ああ、こんなときだけど、すごく落ち着く。すんごく幸せ。
「そんなのいいよ!お互いなんだから…それに、謝るくらいなら…その、ね?」
…言われて見ればそれもそうかも知れない。確かに謝罪は必要だ。でも何回も似たような謝罪の言葉を口にする時間があるくらいなら、その時間を使って可愛がってあげた方がいいに決まってる。私だってアリスに何回も謝られるくらいならキスをせがむ。勿論二人きりのときだけにね。
気を取り直すようにアリスの胸元に預けっぱなしだった面を上げ、彼女の鼻先に軽くキスをした。分かるわけないけども、感覚的に甘みを感じる。病的ね。治らなくても良いけど。すると今度はおでこにキスされた。自然と笑みが零れる。調子に乗って今度は頬っぺたにキスするとむすっとした顔されて唇にキスされた。もうほんとこの子大胆なのか小胆なのかはっきりしないわね。これじゃあ私の心臓が保たないわ。
確かに私たちは二人きりにでもならないと甘い言葉もろくに紡げない。私は棘のある言葉を、アリスは冷たい態度を、どうしても露呈させてしまう。けれども、気にすることなんて特にないわよね。その分二人きりになったときに存分に甘い言葉を囁いて可愛がって、可愛がられればいいんだから。寒暖の差が激しい所で育った果実が甘くなるようにね。
「それじゃ、先に魔理沙のせいで台無しになったお茶会でもしましょうか」
「その言い方、まるで魔理沙が最初から邪魔しにきたみたいにしか聞こえないよ」
そういえば魔理沙にもちょっと酷いことしたから。今度煎餅でも炙って振舞ってあげよう。…ちょっと泣きそうになってたみたいだし、ね。
それから私はせっせとお茶の準備をした。アリスが居るときは普段飲むものよりもツーランク上の茶葉を使っている。と言っても普段飲んでいるもの自体そんなにランク高くないけどね。普段のものより高級なため当然あまり潤いのない私の財布には夢想天生ぐらいのダメージが来る。けれども二人でちびちび飲んでいるため減りは遅い。それに、減った分だけ幸せが増えていると思えばそれだけでおつりが来るというもの。軽く振ってみるとカサカサと子気味いい音が漏れ出してくる。大体半分といったところ?…うーん。いい香り。
戻ってきたら丁度アリスもお菓子を小皿に展開し終わったところだった。あれは確か…。
「へぇ。チョコレートとは珍しい…って魔界では普通だっけ」
「でも手に入り辛いことは確か。霊夢以外には振舞わないんだから」
こいつめ。嬉しいことを言ってくれる。おかげで急須の熱さが気にならなくなってしまったじゃない。
立ち込めるお茶の香りとカカオの香りが上空で混ざり、なんともいえない奇妙な匂いになってしまったが気にはしない。どれだけおかしな匂いになろうが、二人だけの空間に流れているのであればそれはもう香水のように感じてしまえる私はきっとおかしくない。はず。
熱を持ってしまった頬を掻きながら、ごまかすかのように台形型のチョコレートを手に取り口に運ぼうとした。が、恥ずかしいことに手を滑らせてしまった。コロコロと私の残念な胸元を通り抜けチョコレートが転げ落ちていく。ああ、アリスの作ってくれたお菓子が奈落へ落ちてしまう!それだけは避けなければと何とか手を伸ばして掴んだはいいが…。
「…霊夢それ」
「三秒ルール」
うん。床とは言え下に落としてしまいました。
しかし、これはアリスがせっかく私の、いや私たちのために作ってきてくれたお菓子なのだ。無碍にはできない。
「アリスが作ってくれたんだから。一つ一つ味あわないと」
「もう、駄目だってば。ばい菌ついてたらどうするの?霊夢は人間なんだから、ちょっとした菌でも注意しないとっ」
むっ。そこでそれを口にするとは汚い。私はそんなことで体を壊すほど柔な人間ではない。それくらいでお腹を壊すようでは腋など出していられないのよ。関係ないけど。
しかし、そのことに反論しようと喉元まで出掛かった言葉は、次にアリスが口走った言葉のおかげですんでのところで飲み込まれることとなった。
「だから私が確認する!それで、大丈夫なようなら…えっと、その…れ、れぃむも…食…べればぃ……」
「そんなの…手が汚れるじゃない」
「だか、ら…手…使わ…に………」
最後の方は何を言っているのかほとんど聞こえなかった。だがそれを、その言葉の真意を理解出来ないほど私の頭は柔ではないのよ。
アリスはよっぽど恥ずかしかったのか、ケープを首元まで引き上げて顔を半分隠してしまっている…それ反則よ。
何というか何時だってスタートの汽笛を鳴らすのはアリスのような気がする。まぁそれが嫌な訳ないんだけど。可愛い過ぎるし。
「ごめん上海。ちょっと見張ってて」
「シャンハーイ!」
最後に覗くなよ?と釘をさして襖を閉めた。あいつ最近変に生き生きしてるからもしかしたら自律しているのかもしれない。まぁ気のせいだろうけど。
まぁ今はそんなことどうでもいいのよ。
魔理沙の乱入によって私の中に住まうモケーレムベンベの我慢は少々限界を超えているのだ。勿論、似たもの同士でもあるアリスもそのようで、さっきから熱の篭った瞳で私も見つめてくる。今はこの甘美なるお茶会を楽しもうじゃないの。ねぇ?
私は躊躇なくアリスに覆いかぶさっていった。
「バカジャネーノ?」
甘すぎるうううううう!!!!!!
凄い幸せになれました
間違いない
魔理沙…お前は泣いていい、泣いていいんだ…!
これは凄く甘かった
カカオ99%のビターチョコがミルクチョコになった
>>奇声を発する(ry in レイアリLOVE!さま
甘さもヤケを起こしたようです。
幸せになっていただけてこの作品も光栄であります!
>>2さま
なんとにもがんとな!?
ありがとうございます。(でも本人に怒られそうだ。
>>3さま
最近の私の書く魔理沙はこんなんばっかりです(おい
>>4さま
楽しめていただけたでしょうか。
もしそうでしたなら光栄でございます。
>>5さま
今度は蜂蜜もかけてみたいところです(えー
>>6さま
上海が自律したらこうなればいいなと書きました。
…なるわけないでしょうけど…
砂糖吐いた