「ほっともっと」
なぜだ……
なぜだ――。なぜだ!! なぜだっ!!!
確かに退治されたいからとは言った。
だが負けるつもりなど微塵もなかった……!!
なのにっ……
なのに何故勝てない。
何故ここまで力の差があるのだ!?
わざわざ呼んだんだ。
私が見事なまでに勝ち、またリベンジしてくるよう仕向けるため。
なのに、このままでは。
このままではまた一人に……
天界で一人ぼっち。
腫れ物でも扱われるかのように暮らす……?
「まだよ。まだ終わってないわ」
「もう諦めなさい、無理よ」
膝が笑う。腕に力が入らない。
手を握ると擦りむいた甲が痛む。
「それに、やられたら1回休みって事を知らないのかしら?」
「痛っ! ま、待て」
私の制止を聞かず、彼女は全てを終えたといわんばかりに去って行ってしまう。
「待って、お願いっ……!!」
目の前が滲む。
足から力が抜け、歩き出そうとしたのに無様にもその場に膝を付いてしまった。
「もう一人は……」
「馬鹿ね。一人がいやならもっと別にすること、あるでしょ?」
☆★☆
「はっ!? ゆ、夢?」
飛び起きると目の前には見慣れた雲一つない青空が広がっていた。
気持ちのいいすがすがしい風が頬をなで、熱でぼやけた頭を急速にクールダウンさせていく。
だがその少し冷たいぐらいの風を受けても赤く熱を持った体は冷めそうにもない。
「それにしても何で今更あの時の夢を……」
霊夢に破れ、弱みを見せ。
挙句に果て同情され抱きしめられるなんて。
思い出すだけで恥ずかしさで顔の赤みが増して行くのがわかる。
「うわああ!」
慌てて体を起こすと近くにおいてある帽子を深々とかぶった。
なんて事を考えているんだ。
だが、あれから霊夢には1度もあっていない。
何度か博麗神社の近くまで行ったのだが帰ってきてしまうのだ。
もしかして私はおかしくなってしまったのだろうか?
そう思い衣玖に相談した所、母親が成長する子供を見るかのような優しい微笑を浮かべながら「大丈夫です、怖くないですよ」と言われた。
どう反応していいかわからないので、とりあえず頷くだけうなずいて帰ってきてしまったのだが。
「はぁ、どうしちゃったのかしら」
寂しいのは嫌だ、暇なのも嫌だ。
とにかく誰かと騒いでいたい、そう思っていたというのに。
それが叶うところで私は踏みとどまってしまっている。
本当にどうしたのだろうか?
そんな事を思いながら再び横になると、その先に人影が立っていた。
仰向けに倒れた私の頭の先に立ち、こちらを見下ろしている。
「あ、衣玖」
「まだこんな所にいらしたのですか? 総領娘様。私はてっきり博麗の巫女の所でくらしているものだと思っていたのですが」
「は、はあ!?」
どういうことよそれは!?
おもわず飛び起き、衣玖と同じ高さに立つ。
呆れたような眼差しに、軽くため息まで吐かれる。
からかわれた挙句ため息か、何だって言うんだ?
そう思い文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけると、衣玖が私の後ろを唐突に指差し口を開いた。
「あ、博麗の巫女」
「――っ!?」
思わず吐き出しかけていた言葉をすべえて飲み込み、慌てて後ろを振り返る。
するとそこには何も無い空間がだだっ広く広がっているだけで、霊夢どころか鳥すら飛んでいなかった。
「はっ!! い、衣玖あんただましたわね!?」
騙されたという事に気づき再び衣玖の方を向くと、真剣な顔をした衣玖と目があう。
「な、何よ」
「総領娘様、霊夢さんに会いたいのではないのですか?」
まっすぐな瞳が私を見つめ、その質問から逃さないという意思の強さを表している。
こういうとき、どんな冗談も逃げ文句も衣玖には通用しない。
「わ、わからないわ……」
「本当ですか?」
「わからないのよ。会いに行っても姿を見るとなんか、わからないけど、胸が苦しくなって、すごく寂しくてそれが嫌で……」
徐々に俯き声が小さくなっていってしまう。
まるで昔衣玖に悪戯がばれて、しかられている時のようだ。
すると、そっと俯き気味で衣玖のほうに向いていた頭が優しく撫でられる。
優しい手つきで、髪の毛をすくように。
気づけば心が落ち着き、上目遣いに衣玖を見上げていた。
いつかのようなやさしい微笑を浮かべた衣玖が見える。
「大丈夫ですよ、天子様。1度霊夢さんに会ってきてみてはどうですか? きっとうまくいきます」
「そう…ね……」
そう言いつつも、しばらく私はその優しい手に甘え、身を委ねるのであった。
☆★☆
雲を抜け、加速する。
目的地がすごい勢いで迫ってくる錯覚を感じる。
だがまだ早い、もっとぎりぎりまで引き寄せて――
空中でくるりと一回転し、空気を捕まえクッションのようにすると地面に綺麗に着地した。
場所は博麗神社の前。
大きな鳥居を見上げ、深く息を吸う。
覚悟を決め、呼吸を整えると私はそれをくぐり境内へと踏み込んだ。
それにしても、1度ぶち壊した神社に自分から訪れるなど正直な話ぶん殴ってくれといっているようなものだと思う。
別に悪いことをしにきているわけでもないのにコソコソと、それこそ物音一つ立てないように歩いてしまうのは気持ちの表れだろうか。
我ながら滑稽だ。もっと堂々と歩けばいい、天人なんだし私。
そう、天人と下々の人間。
確かに負けたし、弱みを見せたけどそれは変わっていない。
まだ立場的には私が上だ……!
「あんた何してんの?」
「ひょわあっ!!」
一人そんな事を考えながらガッツポーズを決めていると、真後ろから急に声をかけられ、思わず変な悲鳴を声を上げてしまう。
威厳とはなんだったのか。
後ろを振り返ると、そこには紙袋を抱えた霊夢が立っており、訝しげな目線でこちらを見ていた。
「あんた、いつだかの天人。ええと……天子だったかしら?」
「そ、そうよ」
名前なんて覚えてないんじゃないかという、そんな不安が実はあったのだが、霊夢が名前を呼んでくれたことによりそれは甘い何かへと変換されてしまった。
「なに? 遊びに来たの?」
「え!?」
物思いにふけっていたため、反応に遅れ中途半端な返事になってしまう。
ますます怪しいものを見るかのような視線を霊夢に向けられ、何だか心の底が冷え込んでゆくのがわかる。
「なによ煮え切らないわね。というか事前に言ってくれないと流石に困るわ」
紙袋を持ち直すと、私の横をすり抜けるように通り過ぎて行ってしまう。
追いかけようとして、でも体が動かず。
黙って背後で霊夢が離れていくのを感じる。
「でも、今日は暇だから良いわよ。晩御飯ご馳走してあげる」
「……え?」
てっきり追い返されるのだとばかり思っていた私はその言葉に思わず霊夢のほうを向いていた。
彼女は背中越しにこちらを見ていて、その顔は楽しげに笑っている。
「ほら、早く来なさいよ。最近寒いから風引くわよ」
ぶっきらぼうに言うと、霊夢は一人先に歩き出してしまう。
私は慌ててその背中を追って駆け出すと、神社の中へ上がり込んだ。
☆★☆
居間で霊夢が戻ってくるのを待つ。
少し先で霊夢が料理している気配が伝わってくるため、先ほどから変に緊張してしまいそわそわと落ち着かない。
何度も時計を確認したり、外を眺めてみたり、何か手伝えないかと霊夢の元へ行こうとしては何も出来ないことを思い出し席に戻る。
そんな事を1時間ほどしていると、大きな鍋を抱えた霊夢が居間に戻って来た。
「できたわよ」
「……これはなに?」
「え? 何っておでんだけど」
テーブルに置かれた鍋の中には見たことも無いような物が沢山詰まっている。
どれもつゆの色に染まり綺麗な狐色一色だ。
「おでん?」
「知らない?」
「知らないわ、天界には食べ物という食べ物は無いから」
首を傾げる私に霊夢は信じられないと目で語っている。
そんなに地上ではよく知れた食べ物なのだろうか?
「まぁいいわ。美味しいわよ」
「流石に香りでわかるわよ。それじゃあいただきます」
作ってくれた霊夢に感謝を述べて箸を伸ばす。
よく煮込まれた野菜はどれも柔らかく、強くつかむと煮崩れしてしまう。
「あ~……ちょっと貸して見なさい」
見かねたのか、私から取り皿を奪うとそれに鍋からすべての物を一つずつ取ってくれた。
「あ、ありがとう」
「いいのよ。初めて食べるなら、形も綺麗で食べてもらいたいもの」
自分の分も取りながら霊夢はにこやかにそう言う。
そのセリフに思わずにやけてしまい、慌てて顔を俯かせる。
こちらを見ていないため霊夢が気づくことは無いだろうが、それでも俯かずにはいられない。
改めてお皿に目線をやると、ざっと十種類程度の物が並べられている。
どれも湯気を立て美味しそうだが、一口では食べえられそうも無いサイズだ。
ここは箸で小さく割ってから食べるのが得策だろう。
そうすれば熱いものを口いっぱいに含んで火傷する事も無いだろうし、一石二鳥だ。
そう考え、とりあえず一番手前にある物を小さく割ってから口にいれる。
「あつっっ!!」
「そんなの見ればわかるでしょ……」
呆れたように霊夢に言われてしまい恥ずかしいことこの上ない。
かなり小さめに切ったというのにここまで熱いのか。おでん恐るべし。
しかし、そんな困難にぶち当たりながらも箸はよく動き、あっという間に鍋の中は空っぽになってしまった。
「ご馳走様、美味しかったわ」
「お粗末さまでした。気に入ってくれたようで何よりよ」
食事を終えた私達は縁側に座り込みお茶を楽しんでいた。
すっかり涼しくなってしまった地上の風は肌寒くすらあったが、おでんで温まった体には気になるようなものでもない。
二人並び座りながら、夜空を眺めているとなんとも不思議な気分になる。
今朝までは、こんな事有り得ないと思っていたのに。
負かされた相手と会って、食事をして。
実を言えば、会っても楽しめないのではないかと思っていた。
簡単な話だ、私にだってプライドがある。
負けた相手に泣きつき、相手をしてもらう。
それに抵抗があるのではないかと思ったのだ。
何より相手が私を見下し、馬鹿にしてくれば間違いなく私はその喧嘩を買ったであろう。
借金しても買う。なぜなら私だからだ。
そんな理由もあり、優しく私を抱きしめてくれた霊夢を遠ざけていたのかもしれない。
「どうかしたの? 私の方をじっと見て」
「え? あ、な、なんでもない!」
知らず知らずに霊夢のほうを見つめてしまっていたようだ。
怖かったのだろか?
私に優しくしてくれた彼女が、実はただ単に同情だけで一時優しくしてくれたのではないかということが。
いや、それだけじゃない。
それだけでは納得のいかないこのどきどきとした気持ち。
霊夢の隣に居るだけなのに落ち着かないこの感じ。
どうしてだろう、気づけば彼女の顔を見ている。
彼女の声を聞くとキュッとする。
彼女の顔を見るとホッとする。
彼女に声をかけられるとドキッとする。
そして笑いかけられると――
ああ、そうか。
そうなのか、衣玖め、なんだ、あいつ気づいてるなら教えてくれても良いじゃないか。
「うっ。流石に寒いわね」
寒そうに霊夢が身震いする。
私はそんな霊夢の後ろに回りこむと、そっと彼女を抱きしめた。
「え? な、なに……?」
首筋に顔をうずめると、さらさらの彼女の髪が頬に触れる。
優しい香りを漂わせるそれの匂いを胸いっぱいに吸い込むと頭がしびれたようにジンとした。
「あったかい、でしょ?」
覚悟を決めて言葉を発したつもりだが、それはここまででしかなかった。
でも、まぁいいだろう。
まだまだ時間は、沢山残されているのだから。
そう――
私はあの時恋に落ちていたのだ。
なぜだ……
なぜだ――。なぜだ!! なぜだっ!!!
確かに退治されたいからとは言った。
だが負けるつもりなど微塵もなかった……!!
なのにっ……
なのに何故勝てない。
何故ここまで力の差があるのだ!?
わざわざ呼んだんだ。
私が見事なまでに勝ち、またリベンジしてくるよう仕向けるため。
なのに、このままでは。
このままではまた一人に……
天界で一人ぼっち。
腫れ物でも扱われるかのように暮らす……?
「まだよ。まだ終わってないわ」
「もう諦めなさい、無理よ」
膝が笑う。腕に力が入らない。
手を握ると擦りむいた甲が痛む。
「それに、やられたら1回休みって事を知らないのかしら?」
「痛っ! ま、待て」
私の制止を聞かず、彼女は全てを終えたといわんばかりに去って行ってしまう。
「待って、お願いっ……!!」
目の前が滲む。
足から力が抜け、歩き出そうとしたのに無様にもその場に膝を付いてしまった。
「もう一人は……」
「馬鹿ね。一人がいやならもっと別にすること、あるでしょ?」
☆★☆
「はっ!? ゆ、夢?」
飛び起きると目の前には見慣れた雲一つない青空が広がっていた。
気持ちのいいすがすがしい風が頬をなで、熱でぼやけた頭を急速にクールダウンさせていく。
だがその少し冷たいぐらいの風を受けても赤く熱を持った体は冷めそうにもない。
「それにしても何で今更あの時の夢を……」
霊夢に破れ、弱みを見せ。
挙句に果て同情され抱きしめられるなんて。
思い出すだけで恥ずかしさで顔の赤みが増して行くのがわかる。
「うわああ!」
慌てて体を起こすと近くにおいてある帽子を深々とかぶった。
なんて事を考えているんだ。
だが、あれから霊夢には1度もあっていない。
何度か博麗神社の近くまで行ったのだが帰ってきてしまうのだ。
もしかして私はおかしくなってしまったのだろうか?
そう思い衣玖に相談した所、母親が成長する子供を見るかのような優しい微笑を浮かべながら「大丈夫です、怖くないですよ」と言われた。
どう反応していいかわからないので、とりあえず頷くだけうなずいて帰ってきてしまったのだが。
「はぁ、どうしちゃったのかしら」
寂しいのは嫌だ、暇なのも嫌だ。
とにかく誰かと騒いでいたい、そう思っていたというのに。
それが叶うところで私は踏みとどまってしまっている。
本当にどうしたのだろうか?
そんな事を思いながら再び横になると、その先に人影が立っていた。
仰向けに倒れた私の頭の先に立ち、こちらを見下ろしている。
「あ、衣玖」
「まだこんな所にいらしたのですか? 総領娘様。私はてっきり博麗の巫女の所でくらしているものだと思っていたのですが」
「は、はあ!?」
どういうことよそれは!?
おもわず飛び起き、衣玖と同じ高さに立つ。
呆れたような眼差しに、軽くため息まで吐かれる。
からかわれた挙句ため息か、何だって言うんだ?
そう思い文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけると、衣玖が私の後ろを唐突に指差し口を開いた。
「あ、博麗の巫女」
「――っ!?」
思わず吐き出しかけていた言葉をすべえて飲み込み、慌てて後ろを振り返る。
するとそこには何も無い空間がだだっ広く広がっているだけで、霊夢どころか鳥すら飛んでいなかった。
「はっ!! い、衣玖あんただましたわね!?」
騙されたという事に気づき再び衣玖の方を向くと、真剣な顔をした衣玖と目があう。
「な、何よ」
「総領娘様、霊夢さんに会いたいのではないのですか?」
まっすぐな瞳が私を見つめ、その質問から逃さないという意思の強さを表している。
こういうとき、どんな冗談も逃げ文句も衣玖には通用しない。
「わ、わからないわ……」
「本当ですか?」
「わからないのよ。会いに行っても姿を見るとなんか、わからないけど、胸が苦しくなって、すごく寂しくてそれが嫌で……」
徐々に俯き声が小さくなっていってしまう。
まるで昔衣玖に悪戯がばれて、しかられている時のようだ。
すると、そっと俯き気味で衣玖のほうに向いていた頭が優しく撫でられる。
優しい手つきで、髪の毛をすくように。
気づけば心が落ち着き、上目遣いに衣玖を見上げていた。
いつかのようなやさしい微笑を浮かべた衣玖が見える。
「大丈夫ですよ、天子様。1度霊夢さんに会ってきてみてはどうですか? きっとうまくいきます」
「そう…ね……」
そう言いつつも、しばらく私はその優しい手に甘え、身を委ねるのであった。
☆★☆
雲を抜け、加速する。
目的地がすごい勢いで迫ってくる錯覚を感じる。
だがまだ早い、もっとぎりぎりまで引き寄せて――
空中でくるりと一回転し、空気を捕まえクッションのようにすると地面に綺麗に着地した。
場所は博麗神社の前。
大きな鳥居を見上げ、深く息を吸う。
覚悟を決め、呼吸を整えると私はそれをくぐり境内へと踏み込んだ。
それにしても、1度ぶち壊した神社に自分から訪れるなど正直な話ぶん殴ってくれといっているようなものだと思う。
別に悪いことをしにきているわけでもないのにコソコソと、それこそ物音一つ立てないように歩いてしまうのは気持ちの表れだろうか。
我ながら滑稽だ。もっと堂々と歩けばいい、天人なんだし私。
そう、天人と下々の人間。
確かに負けたし、弱みを見せたけどそれは変わっていない。
まだ立場的には私が上だ……!
「あんた何してんの?」
「ひょわあっ!!」
一人そんな事を考えながらガッツポーズを決めていると、真後ろから急に声をかけられ、思わず変な悲鳴を声を上げてしまう。
威厳とはなんだったのか。
後ろを振り返ると、そこには紙袋を抱えた霊夢が立っており、訝しげな目線でこちらを見ていた。
「あんた、いつだかの天人。ええと……天子だったかしら?」
「そ、そうよ」
名前なんて覚えてないんじゃないかという、そんな不安が実はあったのだが、霊夢が名前を呼んでくれたことによりそれは甘い何かへと変換されてしまった。
「なに? 遊びに来たの?」
「え!?」
物思いにふけっていたため、反応に遅れ中途半端な返事になってしまう。
ますます怪しいものを見るかのような視線を霊夢に向けられ、何だか心の底が冷え込んでゆくのがわかる。
「なによ煮え切らないわね。というか事前に言ってくれないと流石に困るわ」
紙袋を持ち直すと、私の横をすり抜けるように通り過ぎて行ってしまう。
追いかけようとして、でも体が動かず。
黙って背後で霊夢が離れていくのを感じる。
「でも、今日は暇だから良いわよ。晩御飯ご馳走してあげる」
「……え?」
てっきり追い返されるのだとばかり思っていた私はその言葉に思わず霊夢のほうを向いていた。
彼女は背中越しにこちらを見ていて、その顔は楽しげに笑っている。
「ほら、早く来なさいよ。最近寒いから風引くわよ」
ぶっきらぼうに言うと、霊夢は一人先に歩き出してしまう。
私は慌ててその背中を追って駆け出すと、神社の中へ上がり込んだ。
☆★☆
居間で霊夢が戻ってくるのを待つ。
少し先で霊夢が料理している気配が伝わってくるため、先ほどから変に緊張してしまいそわそわと落ち着かない。
何度も時計を確認したり、外を眺めてみたり、何か手伝えないかと霊夢の元へ行こうとしては何も出来ないことを思い出し席に戻る。
そんな事を1時間ほどしていると、大きな鍋を抱えた霊夢が居間に戻って来た。
「できたわよ」
「……これはなに?」
「え? 何っておでんだけど」
テーブルに置かれた鍋の中には見たことも無いような物が沢山詰まっている。
どれもつゆの色に染まり綺麗な狐色一色だ。
「おでん?」
「知らない?」
「知らないわ、天界には食べ物という食べ物は無いから」
首を傾げる私に霊夢は信じられないと目で語っている。
そんなに地上ではよく知れた食べ物なのだろうか?
「まぁいいわ。美味しいわよ」
「流石に香りでわかるわよ。それじゃあいただきます」
作ってくれた霊夢に感謝を述べて箸を伸ばす。
よく煮込まれた野菜はどれも柔らかく、強くつかむと煮崩れしてしまう。
「あ~……ちょっと貸して見なさい」
見かねたのか、私から取り皿を奪うとそれに鍋からすべての物を一つずつ取ってくれた。
「あ、ありがとう」
「いいのよ。初めて食べるなら、形も綺麗で食べてもらいたいもの」
自分の分も取りながら霊夢はにこやかにそう言う。
そのセリフに思わずにやけてしまい、慌てて顔を俯かせる。
こちらを見ていないため霊夢が気づくことは無いだろうが、それでも俯かずにはいられない。
改めてお皿に目線をやると、ざっと十種類程度の物が並べられている。
どれも湯気を立て美味しそうだが、一口では食べえられそうも無いサイズだ。
ここは箸で小さく割ってから食べるのが得策だろう。
そうすれば熱いものを口いっぱいに含んで火傷する事も無いだろうし、一石二鳥だ。
そう考え、とりあえず一番手前にある物を小さく割ってから口にいれる。
「あつっっ!!」
「そんなの見ればわかるでしょ……」
呆れたように霊夢に言われてしまい恥ずかしいことこの上ない。
かなり小さめに切ったというのにここまで熱いのか。おでん恐るべし。
しかし、そんな困難にぶち当たりながらも箸はよく動き、あっという間に鍋の中は空っぽになってしまった。
「ご馳走様、美味しかったわ」
「お粗末さまでした。気に入ってくれたようで何よりよ」
食事を終えた私達は縁側に座り込みお茶を楽しんでいた。
すっかり涼しくなってしまった地上の風は肌寒くすらあったが、おでんで温まった体には気になるようなものでもない。
二人並び座りながら、夜空を眺めているとなんとも不思議な気分になる。
今朝までは、こんな事有り得ないと思っていたのに。
負かされた相手と会って、食事をして。
実を言えば、会っても楽しめないのではないかと思っていた。
簡単な話だ、私にだってプライドがある。
負けた相手に泣きつき、相手をしてもらう。
それに抵抗があるのではないかと思ったのだ。
何より相手が私を見下し、馬鹿にしてくれば間違いなく私はその喧嘩を買ったであろう。
借金しても買う。なぜなら私だからだ。
そんな理由もあり、優しく私を抱きしめてくれた霊夢を遠ざけていたのかもしれない。
「どうかしたの? 私の方をじっと見て」
「え? あ、な、なんでもない!」
知らず知らずに霊夢のほうを見つめてしまっていたようだ。
怖かったのだろか?
私に優しくしてくれた彼女が、実はただ単に同情だけで一時優しくしてくれたのではないかということが。
いや、それだけじゃない。
それだけでは納得のいかないこのどきどきとした気持ち。
霊夢の隣に居るだけなのに落ち着かないこの感じ。
どうしてだろう、気づけば彼女の顔を見ている。
彼女の声を聞くとキュッとする。
彼女の顔を見るとホッとする。
彼女に声をかけられるとドキッとする。
そして笑いかけられると――
ああ、そうか。
そうなのか、衣玖め、なんだ、あいつ気づいてるなら教えてくれても良いじゃないか。
「うっ。流石に寒いわね」
寒そうに霊夢が身震いする。
私はそんな霊夢の後ろに回りこむと、そっと彼女を抱きしめた。
「え? な、なに……?」
首筋に顔をうずめると、さらさらの彼女の髪が頬に触れる。
優しい香りを漂わせるそれの匂いを胸いっぱいに吸い込むと頭がしびれたようにジンとした。
「あったかい、でしょ?」
覚悟を決めて言葉を発したつもりだが、それはここまででしかなかった。
でも、まぁいいだろう。
まだまだ時間は、沢山残されているのだから。
そう――
私はあの時恋に落ちていたのだ。
おでんも暖かければ話も暖かい。身も心もほかほかやね。
毎度いつもコメントありがとう御座います!
ほっともっと。ぎっゅともっと。貴女のぬくもりを……
みたいな感じですねw
ただ、この二人が経営するお弁当屋さんというのもみてみたい気はしますがね!
>>2さん
寒くなったり暖かくなったり、お陰で桜が咲いたり……
不思議で体調の崩しやすい季節になっておりますね…
風邪を引かないようお気をつけください。
そういえばおでんを昨日食べたのですがやはりおいしいですね。
まぁ、香りはバイト先で散々堪能できるのですが……w
コメントありがとう御座いましたっ!!