くすんだ紅色をした天井のそこかしこに浮かび上がる茶色やら黒色やらの斑点を、ただただ意味もなく眺めてた。
身体を起こす気力も湧かないから、毎日毎日、ぼんやりと。そうしてる内に、ドクロみたいな形のシミも、特に例えようもない普通のシミも、それに混じって馬鹿みたいにつっ走る世界の綻びも、眼に焼き付いて離れなくなっちゃった。
しょうがないよね。新しいもんはなんもない。眼に映るもんはなんもかんも見たことある。知らないもんなんて、見たいとも思わないけど。
カビくっさいベッドの上に寝っ転がって、けったいなアホ面かまして。そりゃ大層みっともないカッコなんだろうね、私。
まぁ、いいか。どうせ誰も、私のことなんて見てないし、気にも留めちゃいない。アイツも、アイツも、アイツも。それでいい。それがいい。嬉しい限り。
495年も生きれば、悲劇のヒロイン気取るのにも飽きてくる。今となっては、好き好んで引き篭もってるんだから。
だって、アイツらの顔なんて、見ちゃいられない。ツギハギだらけで、今にもブッ壊れそうな面しやがって。そのクセ、ひどく楽しそうに笑う。ゆっくり流れる時の一つ一つを、大切に集めているみたいに。
私とは違う。決定的に。キレイな世界を見て、キレイな感情を持ち寄って、みんなでキラキラわいわいやってりゃいいんでないかと存じております、ハイ。
そこに私は居なくていい。居たくない。その光景が、軽く吹きゃ飛ぶような砂上の楼閣にも劣る幻影に過ぎないなんて、誰が思うよ。私が思うよ。だから私は居なくていい。それでみんな幸せ。よかったね。
私には、ここが似合い。誰の手も入らない、蜘蛛の巣まみれの埃まみれ。薄っ暗くてじめじめした昼も夜もない地下室で、モヤシみたいにひょろひょろしんなりしてればいいんです。
あれ?
私って、実はモヤシの妖怪なんじゃないの?
モヤシの妖怪。新しいね、コレね。
一袋8円で腹を満たす程度の能力。
んなワケないだろ。バカか。
私なんて、奪うかブッ壊すかしか能のない、生産性のカケラも持ち合わせていないクズですよ。モヤシ様の根元にも及びませんわ、ホント。
しかもね、私のエサったら人間ですよ、人間。
花火みたいに短い日々を一所懸命に泣いて、笑って、生き抜いて、そうやって培った輝きを、持ちきれないくらいの愛と一緒に次代にさし渡す。そんな人間様ですよ。で、それを横から掠め取っては無為に消費してんのが私ですよ。
いや、もうマジで。
知らなきゃよかった。
人間っていうのがあんなにも眩しくて、儚くて、カッコ良いもんなんてさ。
ただの真っ赤な液体だってんなら、私だって躊躇なく飲み干せますよ。私ってホント穀潰し、なんて思いながらも、そりゃもうごっくんごっくんと。
でも、知っちゃったらもうダメでしょ。
部屋ん中にいつの間にか放り込まれてるご飯をさ、口に運ぶその度にさ。
瞼の裏に浮かんで来るのよ。黒白泥棒やら、紅白巫女やらの顔がさ。こんな私なんかに、物怖じしないで不敵に笑いながら付き合ってくれたアイツらの顔がさ。
無理。あるのかどうかも分かんない胃腸がひっくり返ります。でも、そうしちゃったら誰かの命が無駄になるし、結局お腹は空いたままだしで、ゲェゲェ言って涙流しながら飲み込む。毎食。
知らなきゃよかったなあ。ホント。
あれ?
知らなきゃよかったって、知らなかったら人間が何人死のうと関係ないやってこと? そうだよね。さっき自分でそう考えてたもんね。
「っはは……」
そりゃ思わず笑いも漏れますわ。
私は人間の為にこんなに頑張ってます、みたいな顔してさ。でも、それも自分本位で自己中心的な、独り善がりの自己満足に過ぎない。悪魔のクセに免罪符が欲しかっただけだ、私は。
本当に、生きてる価値がない。
「死ぬか」
歪に尖った爪の先っちょで、左手首を搔っ捌いた。
切断面からは白い腱がちらっと見えて、そう時間も経たない内に真っ赤な血が湧きだしてくる。それはすぐ手首の穴に収まりきらなくなって、ボタボタボタボタとシーツを汚す。ああ、早く死なないかな、私。
分かってるよ。
吸血鬼はこんなんじゃ死ねないってことくらい。
本当に死のうと思えば死ねるよ、多分。キュッとして、ドカーン。それで終わり。でもしない。何故か。
死ぬのが怖いから。何もできないクセして、死ぬのは怖い。一丁前に。たった一人ぼっちの世界でも、それにしがみつく。不満をだらだら零しながら。
じゃあなんで手首を切ったのか。決まってる。自分を演出するため。
悲劇のヒロイン気取るのに飽きた、なんて、ただの誤魔化し。結局は、可哀想な自分に酔っているだけなんだ、私は。だって、気持ちいいんだもん。
ほら、私はこんなに可哀想ですよ、だから見て、私を憐れんで。誰も見ちゃいないのに、そうやって現実から目を反らして、頑張ってるつもりになって。
それを、何万回と繰り返してる。過ごした日の数だけ、ひょっとしたらそれより多く。こんな身体じゃなかったら、私の左手首は傷だらけのボロボロなんでしょうね、きっと。
だって、そうしないとやってられない。悪いのは自分だって言い聞かせて、心地良いドン底に浸ってないと、何もかもブッ壊してしまいそうだから。
だから、いつもと同じように、私は今日も。
「早く死にたいなあ」
本当は死ぬ気もないのに、そう呟いた。
ええ、そりゃあもう世の中の植物や動物の命を掻っ攫いながら今日も無意味に生きていますよ...orz
生きてるだけで丸儲けだ、生きてりゃ分かる時が来る。無駄な事何て一つも無いって。