雲一つない夜空にきらきら瞬く満天の星々。
触れることの出来そうなほど、目の前にふわりと浮かぶ大きな満月。
そしてそれらの光を浴びて、ほんのり輝く満開の桜。
昼はにぎやかだった縁側に、この神社の巫女である私は一人静かに腰掛ける。
すでに桜は咲きはしたものの、まだまだ夜の空気は肌を刺す。
「・・・やっぱり寒いわねー・・・」
独り言のつもりだったのだが、それに応えるもう一人の声。
「・・・寒いから星と月は綺麗なのよ。月見と花見同時に楽しむのもいいじゃない。桜月夜ね。」
彼女は台所から出て来ては、遠く夜空を眺めている。
「わざわざ片づけを手伝ってもらって悪いわね、アリス。ありがと。昼はもう暖かいのにね。」
今日の昼はこの神社で花見がなされた。
とは言っても、それぞれの従者たちのもてなす至高VS究極の料理対決に舌鼓をうち桜を肴に飲んで騒ぐだけの、花見の名を借りた飲み会であるのだが。
「どういたしまして。今日は大変だったわね。」
「今日もね。魔理沙のやつ、あれほどチルノに酒を飲ませるなって言ったのに・・・」
おかげで酔ったチルノが辺り一面手当たり次第に冷気をばら撒いた。
日中ぽかぽか陽気のこの季節、たまったものではない。
「荒れたわね。それに、今日は私が言い出したから片づけくらいわね。」
「えっ?そうなの?てっきりまた酒が飲みたい魔理沙の発案だと思ってた。」
「そうね・・・私だってたまにはそういう気分になるわ。」
あなたも辛党だったの?という疑問を感じ取ったのだろうか、
「―――あ、お酒じゃないわよ、お花見の方。」
と彼女は付け加えた。
私はただそれにああと相槌をうっただけで何も言わずに、その後はしばらく二人で縁側で桜月夜を堪能した。
何も言葉を発さなくても、意思は共有出来そうだった。
ただ、並んで座っているだけで。
―――夜空の奥の星々と、ぽっかり浮いたお月様は、どこの世界でも見ることができるのだろうか。
遠くの遠くの世界ともこの空を共有しているのだろうか。―――
そんな風に遙か向こうに想いをはせていると、彼女は遠くを見つめたままで、ふと口を開いた。
「・・・ねえ霊夢。」
それはとても柔らかな口調で。
「・・・私のこと、好き?」
不意の一言に、その刹那呼吸すら止まってしまった。
自分の周りだけの時間が止まったかのように。
彼女は確かに、自分のことを好きかと聞いた。
―――い、いきなり何?す、好きかなんて・・・そんなこと、考えたこともないけど・・・
でも、彼女と一緒にいると安心するというか、ほっとするというか、なんというか・・・
そもそも好きって色々な好きがあるよね、えっと友人として、だよね。ど、どうして焦ってるのよ霊夢―――
わずか数秒、思考が行ったり来たりしたけれど、なんとか平静を装おうとしたまま何とか返す。
「・・・そ、そうね。好きよ。」
そんな心中を知ってか知らずか、彼女は普段通りの口調で少し笑って言った。
「ふふっ、本当かしら。テストしてみようかな。まず、目を閉じて。」
口を挟む余地がなかった。私は黙って目を閉じる。一体何が始まるのだろうか。
「私がいいって言うまでそのままよ。」
訳も分からずじっとしている。すると・・・
唇に、柔らかく、温かい、何かが触れた。
―――これって、もしかして―――
本当に触れているかもわからないほど、わずかに、ふんわりと、だけれどそれは確かに彼女のキスだった。
―――っー・・・―――
心臓が早くなっていくのがわかる。鼓動が音となって耳に飛び込んでくる。
そのキスは唐突だった。
けれど、私はそれを拒まなかった。
押しのけることもできた。
だけどしなかった。
頭で考えてそうしたのではなく、身体が自然とそれを受け入れた。
わずか十秒ほどの出来事。
その十秒は永遠のように感じられた。
ばくばく胸が波打って、体が熱くなっていく。
「―――もういいわよ。」
ゆっくりまぶたを開く。
金色の髪をなびかせて、彼女は桜に囲まれて月を眺めていた。
どんな表情をしているのだろう。
ここからではそれを知ることもかなわない。
だけれども、呼びかけようにも今の私は声さえ出せないほどに固まっていた。
「ありがとう、霊夢。・・・ねえ、明日、家に来てくれる?いつでもいいから―――」
それだけを言い残し、一度もこちらを振り向かず、すぐに彼女は空の向こうに行ってしまった。
私はまだ言葉を発せずにいた。
彼女が見えなくなってしばらくして、やっと身体が言うことを聞くようになってきた。
縁側に大の字に寝そべった。
ひんやり冷たい風に吹かれてもまだまだ火照ったままではあるが。
時間が経っても唇の感触と温度が忘れられない。
改めて考える。
そうか。
私は。
彼女が好きだったのか。
行き場のない感情のままに
「―――なんなのよ・・・もう・・・」
と空に投げかけるのが、精一杯だった。