太陽が地平線からぼんやりと顔を出してくる時間帯。私、蘇我屠自古は部屋で一人ある書物に目を通していた。
「ふむふむ、なるほど。」
手にしているのは『嫌いなあの子を死体にしちゃえ★』という名の本。顔は覆面で見えなかったものの頭にやけにでかい髪飾りを付けた通りすがりの仙人が、昨日渡してくれたものだ。正直頭の飾りで人物は特定できたが本人の名誉のために名は伏せておこう。というか、あれで分からないのは、あの仙人が大好きな部下ぐらいじゃなかろうか。まったくもって悲しい話である。だが、今はそんなことよりこの本に書かれている内容のほうが先だ。物部布都に復讐を果たさねばならぬ私にとって、この本に書かれている内容は非常に興味深い。
「ふふふ、待ってなさい布都。これで、あなたに復讐できる!」
本によって得た知識を試すべく、私は布都の寝室へと向かう。積年の恨み、今ここに晴らしてくれる!
布都の寝室の前に到着し、そっと扉を開く。本曰く、安眠状態にある間は人も妖怪も邪魔されたくない至福の時間。それをあえて起こそうというのだ。加えて嫌いな相手に目覚めのキッスの一つもされては朝から相手の気分は最悪になること間違いなしとのこと。ああ、なんと恐ろしい。
「ほら、起きなさい。布都。」
「……むぅ。」
布都の体を揺すりながら、夢の世界から引きずり起こす。ふふ、ここまでは本の通り。布都も嫌がっているようだ。
「何だ、屠自古。我はまだ眠いぞ。」
「いいからさっさと起きなさい。」
「嫌だ。まだ寝ておるわ。」
そう言って、ごろんと横を向き、また眠ろうとする布都。そんな布都の耳元にそっと唇を近付けながら囁く
「じゃあ、起きないならキスの一つでもしちゃおうかしら。」
「んな!?」
私の言葉を聞くと同時に、湯沸かし器のごとくあっという間に顔を真っ赤にして布都は跳ね起きた。よし、驚いてる驚いてる。
「な、何を言うとるのか!屠自古は!」
「あら、寝起きの接吻ぐらい普通じゃないかしら?」
「普通じゃないわ!この阿呆!もう、起きるから屠自古は出て行ってくれ…」
「なんで?」
「着替えるからに決まっておろう!」
そう言うや否や、布都に首根っこを掴まれ、ぽいと部屋の外に投げ出された。む、以外と力あるなあいつ。まあ、嫌がらせという意味では成功したのだ、出だしは順調。これからはさらに過酷な復讐が待っているのだ。布都めせいぜい今のうちに幸せを噛み締めるがいいわ!
え?布都が起きなかったらキスしていたかですって?……まあほっぺぐらいなら。
朝食を終え、各々が好きな時間を過ごしている中、私は布都への復讐の第二段階に移るべく、廟の布都の私室へと向かっていた。朝食の際は布都に子ども扱いすることで相手に精神的ダメージを狙うべく、「あーんで食べさせよう」作戦を実行したが、同伴していた太子様に止められたので断念せざるを得なかった。まあ、顔真っ赤にして涙目になりながらご飯を食べる布都など中々見られないので七割は成功したというところだろうか。それはともかく、右手に持った道具の威力を試すべく、私は布都の部屋の扉を開けた。
「布都、ちょっといい?」
「屠自古か。何の用だ。」
「耳掃除させて。」
「はあ?」
ぽかんと口を開けて何やら可哀想なものでも見るような目でこちらを見る布都。おのれ、失礼な奴め。今にその顔を屈辱に歪めてやる。
「ほら、こっち来て。」
「嫌だ。というか戸解仙の我に耳かきなど必要ないし。」
「えっと、スペルカードはどこに仕舞っていたかしら。」
「わー!する!耳かきしてください!」
「ふふん、素直でよろしい。」
「何なのだ、いったい……」
そう言うと、布都はやれやれといった感じでこちらに歩いてくる。右手には座布団を持って。
「ちょっと、何よそれ。」
「何って、座布団であろう?それ以外の何に見える。」
「何言ってんの、耳かきって言ったら膝枕でしょうが。現代じゃ常識よ、常識。」
「む、ほ、本当なのか?」
実際は口からでまかせだが、布都の素直な性格が幸いして、上手いこと騙されてくれた。ふふん、恨むなら自分の性格を恨むことね。
「し、しかしこの歳になって膝枕というのは……」
「何言ってんのよ。見た目10代もいって無いくせに。」
「し、失礼な!10代は行っておるわ!」
「それにしちゃ胸だってぺったんこじゃない。あ、そうか布団みたいな胸だから、名前が布都なのね。」
「う、うるさい!さっさと耳掃除をしろ!」
そういうと布都は座布団を投げ捨てて、霊体である私の腿の部分にどっかと頭を乗せてきた。耳の中というのは鼓膜なんかがあって本来非常にデリケートな場所。それを恨みある私に見せるとは。最早、布都の命は私の手の内に握られたも同然。くくく、せいぜい私の膝の上で命乞いでもするが良いわ。
「む、屠自古の膝は何やら暖かくて、もちもちしておるの。」
「……褒められてるのかしら、それ。」
そういいながら、布都の小さな耳の穴にそっと耳かきを差し込む。
「ん、ふ、ひゃあ!」
「ちょっと変な声出さないでよ!」
「と、屠自古のがう、上手いのだ!」
「もう、じっとしててもう少し奥に入れるから。」
「まだ、入るのか!?」
耳掃除が終わって部屋から出たら、部屋の前で太子様が真っ赤になって固まってた。何故だ。
外が闇に包まれ、夜ももう大分良い時間帯になった頃。私は復讐の最終段階に移行すべく、布都の部屋の前までやって来ていた。
「布都ー、入るわよ。」
「また屠自古か。何の用だ。我はもう寝るぞ。」
「あ、良いわよ布団に入ってて。」
のそのそと布団から這いだそうとしてくる布都にそう言うと、私は布団をめくって布都の隣にもぞもぞと潜り込む。布団は二人で寝るにはちょっとばかり狭かったが、ぴったりとくっつけば寝れないことも無かった。
「じゃ、お休み。」
「あ、うむ。…………って何故じゃ!!」
「うるさい!」
「むぐ!?」
がばちょ、と私は布都の頭を自分の胸の間に抱き抱える。説明しよう!対象者をこちら側の胸に挟み込むことで、貴様は母親に甘えている乳臭い子ども同然だということを知らしめてあげることができるのだ。加えて、相手の胸が貧相で、こっちがボインな時は乳の大きさの差による絶望を叩きこめるのだ。ちなみに私は一般のサイズより若干大きい程度だけれど、布都が断崖絶壁なほどぺったんこだから問題無しである。
「と、屠自古!何をするのだ!離さんか!」
「うるさいわね。私、明日も早いからもう寝なさいよ。」
「いや、だって、柔らかいし、良い匂いするし……」
「じゃあ、良いじゃない。布都に損失は無いじゃない。」
あくまで狙うは精神的なダメージ。そのためならば多少の羞恥は我慢できる。正直、かなり恥ずかしいけどね。そんな考えを頭の中で考えているうちに私の胸の中に居る布都が小さな声でぼそりと呟く。
「……これではまるで、こ、恋人同士の様ではないか……」
「ちょっと!何言ってんのよ!」
「うひゃあ!?そ、そこまで怒らんでもよかろう。い、言ってみただけではないか。」
あ、ありえない。復讐するために今日一日作戦を、練りに練って布都へと復讐してきたというのに。布団をはねのけ、私が衝撃の事実に打ちひしがれている間に、勢いよく立ちあがったせいだろうか。懐からポロリと例の本がこぼれ落ち、その衝撃でブックカバーがわずかにずれる。もしやと思い、震える手でそのブックカバーを外し、元の本のタイトルを覗き込んで見る。
「『好きなあの娘とさらににゃんにゃんする108の方法』 著:霍青娥……」
ブックカバー自作かよ。いや、そもそも自筆かよ。というか、おかしいと思ったもん、本に明らかに修正液の跡あったし。あ、自費出版だこれ。
「…………」
「……その、何だ屠自古。……我は、えっとだな、屠自古のことき、嫌いでは無いぞ。むしろす、好きだぞ。」
そう言うと、布都は顔を真っ赤にしながら胸を張り、むふんと自慢げな表情をする。そのくせ、目の端にはうっすらと涙を浮かばせ、組んだ腕はぷるぷると震えており、いかにも緊張して震えてるけど、虚勢張ってますと言わんばかりであった。なんだこの可愛い生き物。
「ま、まあ何だ。この我に好かれたことを誇りに思うがよいぞ。屠自古。そもそも、我は」
「布都!」
「ひゃい!!」
がばりとその体を抱きしめそのまま覆いかぶさるように二人とも布団の上に倒れこむ。そうだ、復讐からは何も生まれないのだ。いつだって新たな世界を切り開いてきたのは愛なのだ。そして目の前にはこの私を愛してくれる者が一人。ならば、私もこの全身全霊をもって愛に応えるべきではないか。愛などいらぬ?知るかそんなもん、てめえは代わりに悲しみでも背負ってろ。
「布都、私もあなたが好きよ。」
「そ、そうか。そうかそうか。まあ、屠自古のことだからそうだろうとは思っておったがな。ふふん、そうか。屠自古も我が好きか。えへへ。」
嬉しそうにはにかむ布都を見ると、こっちもなんだか嬉しくなる。なるほどこれが愛し合っている証拠か。ならば、私の朝からの行動も、あながち無駄ではなかったのだろう。そんな思いを胸にしながら私はそっと自分の衣服を脱ぎ始める。
「……え?ちょっと、屠自古。何故脱ぐのだ。」
「何故って。夜中、同じ布団、恋人同士。これ以上他に何か理由がいるの?まあ、復讐してても最終的にナニしてたけど。」
「えと、ほら我ら恋人同士だし、もう復讐しあう関係ではないであろう?」
「馬鹿ね。恋人同士だから出来るんじゃない。」
「あれ、これ、もしかして逃げ場ない?」
「YES!」
脱兎のごとく起き上がりそのまま逃げだそうとした布都の背中に電撃一発。痺れた子兎はあっけなく畳の上に倒れこんだ。
「大丈夫、下半身ないけど、あなたを悦ばせてあげるから。」
「やーーーーーーーーーーーーー!」
ありがとう、通りすがりの邪仙様。おかげで今日の夜はにゃんにゃん出来そうです。
涙目布都ちゃんがかわいすぎて生きるのが辛い
あ、娘さんの名前はふじこちゃんですかそうですか。
太子いいもん聞けてよかったね
太子さまは、この夜に録音した音声を毎晩ヘッドホンから流してうわナニをする
そんなふうに考えていた時期が(ry
>最早布都の命は私の命の行方は私の手の内に握られたも同然
「私の命」が余分なのかな