黄金色の穂が風になびき、紅い枯葉が足元でかさりと静かな音を立てた。
「おかしいな、もう夕飯時なのに」
ぽつり、独り言をもらして歩く。
別居している式と、たまには夕飯をともにしようと先日誘ったのだが一向に現れないのだ。
早くしないと主人も起きてしまう
きっとあの人のことだから怒りはしないだろうが、私の従者としてのプライドというものがある。
多分、遊んでいて遅くなっているだけだろうから、遊び相手の多い場所に行くことにした。
「こらー! しんにゅ……ああ、なんだあなたでしたか」
「少し式を探しているんだ、通っていいかい?」
「勿論ですよ、どうぞ」
少し妖怪の山に入ったところで白狼天狗に呼び止められる
こんなやり取りは何度目だろうか
彼女とはなかなか縁がある、私が山に踏み入る時、巡回している白狼天狗は必ず彼女なのだから。
また忙しく走り出した彼女の尻尾を初めて見たのはいつのことだったか、きっと年百年も昔のことだろう。
私は、昔のことを思い出すことはあまり得意ではない。
どちらかというと現在から未来を予測するほうが得意だし、その方が合理的だと考える。
過去を思い起こすことは、仙人と不死のすることだ。
生憎、私は妖獣であり式神なのだから主人の言うことを聞いて、ある程度の計算が出来れば、主人の望まない限り記憶力は不要だろう。
鮮明に、全て覚えていることといえば、主人と初めて会った時の恐怖と式と初めて会った時の不思議な感覚だけ。
その他の日常はかすかに欠片が残っているだけだ
「あやや、珍しい方が」
感傷のようなものに浸っていると、聞こえてくる烏天狗の声。
人のゆったりしている時や急いでいる時にタイミングよくでてくるものだ
「何か天魔様か神社にでも用事が?」
「いや、式が見当たらないだけだ」
「そうでしたか、記事にはなりそうにありませんね、邪魔して申し訳ありません」
そういって、烏天狗は飛んでいく。
天狗とは、常に急いでいないといけないものなのか。
落ちてきた黒い羽を見やってそう思う。
そういえば、私の式もいつも忙しそうにしている。
まだ人型になれていないだけなのだろう、多分。
スピードは私より上だ、弾幕勝負でもそれを生かしているらしい。
しかし若干の要領の悪さが目に付くだろうか、いや、私だって初めから完璧ではなかったんだ、これからの成長に期待しようではないか。
式に初めて会った時は、弱って貧弱そうだと思っていたが、今では博麗の巫女と弾幕勝負でまともにやりあえるまでには成長した。
少しスピード頼りなところもあるがさほどは気にならないだろう。
ここまで式を育てたことを、主人は喜んでくれているだろうか。
完璧な主人にとっては、私の努力の成果はあまり喜ばしくないだろうか。
でもあの人ならきっと褒めてくれるだろう、昔なんかは、私の一挙手一投足にあんなに大はしゃぎしてくれたんだから。
まだ私が主人より頭一つ分ほど小さい頃の主人が、主人の主人に親馬鹿とまで言われていた時のことがおかしくて、少し笑うと、右斜め前の、大きな木の裏から式が俯きながら現れる。
気づくと日はとっぷり暮れていて、私の空は橙色に染まっていた。
「ごめんなさい、橙様、友達と遊んでいたら遅くなって……」
「いいんだよ、でも、藍様や紫様はきっとお腹をすかせてるだろうから、帰ったら一緒に謝ろう」
「はい!」
まだ私の胸までしかない、小さな体と同じくらいの長さの二本の尻尾を引きずって駆け寄ってくる私の可愛い式
そういえば、まだ私も主人達と別居していた大昔にも同じようなやり取りをした気がする。
私も昔、主人がしてくれたように、優しく小さな手を握り締めて歩き出す。
今なら、藍様があんなにおおげさに褒めてくれた意味も分かる気がした。
ところで、あとがきの冒頭と実際のPNが違うようですが…