暦の上では秋となっても、厳しい残暑が続く。
幻想郷でも、各地で猛暑日が続き、いつも騒がしい妖精達も、やや静かに感じる。
妖怪の山では河童の発明品や、高所であることから幾分か暑さは和らぐ。熱中症で倒れるのは河童くらいだ。
避暑も兼ねて山の神社へと参拝する人物も見かける。
それに対し、麓のほうに位置する博麗神社ではそれほど涼しいわけでもなく、いつものように巫女がだらけている。だが、今日に限ってはそれは暑いからではなく…
「はぁ~~~~、冷たくて気持ちいいわぁ~~。幸せ~~。」
「だろ? いやあ我ながらいいことを思いついたもんだな。チルノも良いんだが、あいつの場合冷えすぎちゃうんだが、こいつは程よくて最高だぜ。」
「むぅ~~~……。」
巫女は縁側で銀髪の少女を抱きしめていた。その隣には丸い物体を抱きしめた白黒の魔法使いも居た。どちらも幸せそうな、緩みきった表情で居るのだが、唯一迷惑そうな表情をしているのが一人。巫女に抱かれた銀髪の少女だ。
「あの~……そろそろ離してくれませんか…? 貴女達は気持ちいいのかもしれませんが、私はかなり暑いんですが…両方で二倍くらい。」
半人半霊である彼女の体温は低く、夏場など暑い日は体温が気温を下回ることがある。そこに目を付けた魔理沙に宴会の準備を口実に呼び出され、今に至る。半霊は冷たい上に弾力があり、クッションのような感覚だ。そして人側は柔らかな感触で抱き心地もさることながら、さらにはほっぺたをつつけば至高の感触が味わえる。涼みながら至高の感触を楽しめる。まさに楽園がそこには存在していた。
「ああ~もう一日中抱いて居たいわ~。」
「ほほう、そっちもかなり良いのか。霊夢、あとで交代してくれ。」
「いいわよ。そっちの霊側の感触も気になるしね。」
「あの…私の体なんで許可取るなら私に言ってくれませんか?」
「「だって断られるじゃん」じゃない」
「わかってるならそろそろやめて宴会の準備に戻りましょうよ…。休憩が長すぎますよ。」
「「やーだー。もうちょっとー。」」
「みょん……。」
ちなみにこの後、休憩が長引き過ぎた結果、慌てて宴会の準備に取りかかる。準備が終わる頃には霊夢も魔理沙も汗だくとなってしまったそうな。
当然だが、妖夢は片づけを手伝ってくれなかった。
◆
「ねぇ、パチェ? 私はいつまでこうしていればいいのかしら?」
「うるさいわね本に集中できないじゃない。私の気が済むまでよ」
紅魔館のテラス。
今ここでは館の主を抱きながら魔女が本を読むという、奇妙な状況ができていた。
湖の近くにある紅魔館では、気持ちの良い風が入ってくる。夜と湖、その両方に冷やされた空気は、昼間の暑さを忘れそうになるほどだ。
館の魔女はその上、さらなる涼を求めた結果が今の状態となる。
館の主はというと、魔女の膝の上で、落ち着かない様子でいる。
「それでパチェ。私はそんなに冷たくて気持ちいいのかしら?」
「ん~……冷たいといえば冷たいけど……ちょっと温いわね。」
「じゃあ退いてよ…私はどちらかといえば暑いのだけど?」
「嫌よ。それよりレミィもうちょっと冷たくならないかしら?」
「できるかっ!!」
今パチュリーは珍しいことに魔導書ではなく、娯楽小説を読んでいる。魔導書にあまり関心のないレミリアに対しての配慮だろう。しかし、レミリアとしては、
「字ばっかで面白味がないわね。もうちょっと漫画みたいにどどーんと勢いよく、かつ派手に進まないのかしら。」
「ワガママね。」
「今のお前に言われたくない。」
まったく、どっちがわがままなんだか。と、溜息混じりに言ってる間も、魔女は本から一切目を逸らさない。そろそろ個の状況に飽きてきたところで、背後から声がした。
「お嬢様、パチュリー様。紅茶をお持ちしました。」
「遅いぞ、咲……夜…?」
声に振り向いたレミリアの表情が硬直した。
それもそのはず。遅くなって申し訳ありません、と頭を下げる従者の胸元あたりからもう一つ、顔が飛び出ていたのだ。
何かを言おうと思うのだが、いきなりのことで反応に困る。ツッコミを入れるべきか、笑い飛ばすべきか、叱るべきか……迷っていると先にパチュリーが口を開いた。
「あら咲夜。いつから合体できるようになったのかしら? 顔が二つとは生意気ね。」
こいつにツッコミを期待した私が馬鹿だった。レミリアはそう思った。
「完璧なメイドは合体もできるのですよ。」
「……いちいちツッコミ入れるのも面倒だから無視するけど、咲夜はなんでフランを服の中に入れてるのかしら?」
「これはパチュリー様にちょっと教わりまして。こうすると冷たくて気持ちいいのですよ。妹様も快諾してくださいました。」
「見える景色が違ってなかなか新鮮よ? お姉様もやってみたら?」
「いや、遠慮しとく。」
「そうね。レミィを持って歩いたら私が倒れるわ。」
ツッコミを入れる気力すら無くなってきた。
しかしふと疑問に思う。あんなことをして服が伸びてしまわないのだろうかと。そう思いながら咲夜を見ていると、視線に気付いたようで、
「ああ、お嬢様。ご安心ください。この服は特別製ですから。背中にも入れる余裕はありますよ。さあどうぞ。」
初めからそれを目的にしていたとしか思えない用意周到さ。さすがは自称完璧。
「そういう意味で見てたんじゃないんだけどっ。」
「咲夜。相手が貴女とはいえこれを渡すつもりはないわ。これは私の物よ。」
「お前は何故張り合っているんだ。それと何気に私を物扱いしてない?」
「では、ここは一つ勝負といきますか? パチュリー様とはいえ、手加減はしませんよ。もちろん、負けたらそれは渡してもらいます。」
「いい度胸ね。後悔しても知らないわよ。」
「おいこら。私に許可なしで勝手に決めるんじゃない。あと咲夜お前も主人を物扱いするなっ!」
「ねえお姉様。どっちが勝つか賭けない?」
「人の話を聞けぇぇえぇええぇぇぇ!!」
◆
昼間の紅魔館。
門番とはいえ、丸一日日なたにいると流石に倒れてしまう。だから木陰から門を見張るのが最近の仕事スタイルである。実際は庭園の世話も兼ねているので、一日中門番をしているわけではないのだが、できれば涼しいところで仕事したいもの。
門番とはずっと見張りのようで、人が来なければ暇のように思えるが、そうでもない。
湖は妖精達の遊び場の一つだ。それを見ているだけで飽きない。それどころか、遊びで勝負をしかけてくる者もいるので、暇つぶしには事欠かない。
しかし、今日は暑いからか、それほど活発に動く者は少なかった。
「いつもほどじゃないけど、それでも元気よねぇ。妖精って。」
誰に聞かせるわけでもなく、呟く。
「ま、一番元気なのは疲れて寝ちゃってるけどね。」
彼女の隣にはチルノが穏やかな寝息を立てていた。先ほどまで元気よく飛び回っていたのだが、暑さも相まって、ダウンしてしまった。
とりあえずこの辺りで一番涼しい木陰に運んでみたら、心地良さそうな顔で寝入ってしまった。見れば他の妖精も、木陰で休憩を始める者や、その中で別の遊びを始める者も出てきている。いつも元気な妖精も、流石にこの暑さは堪えたのだろう。
「いやー、それにしても涼しいわねー。快適快適。」
寝ているチルノから発せられる冷気が心地よい。思わぬ副産物だ。
「サボりかしら美鈴?」
背後からかかった声に振り向く。日傘を持った咲夜とレミリアが門から出てくるところだった。
「おや、お嬢様、咲夜さん。お出かけですか?」
「ええ、今日は冥界で宴会があるのよ。」
暑い日でも幽霊だらけな冥界は非常に涼しい。よく宴会が開かれる博麗神社よりも、涼しく快適な場所でやりたいと言うことだろう。もっとも、博麗の巫女が準備をめんどくさがった。という理由もあるかもしれないが。
「私は留守番ですか…。お嬢様達だけずるいですよ~。」
「貴女にはパチュリー様のことを頼みたいのよ。」
「はて? パチュリー様がどうかされたのですか?」
「あ~…あいつったら昨日夜風に当たりすぎたらしくてねぇ…体調崩して寝込んでるのよ。だから面倒見てやって頂戴。使い魔の子とメイド達だけじゃどうにも頼りなくてねぇ…。」
確かに、悪戯好きな彼女らのことだ。一応看病はするだろうが、顔に落書きくらいは確実にあるだろう。ちょっと見てみたい、と思ってしまったが、顔を振って邪念を吹き飛ばす。
「そういうことですか。わかりました。お任せください。あ、それと気になったんですけど咲夜さん。」
「なにかしら?」
「何故、胸に妹様の顔があるのですか。」
「それは、かっこいいからよ。」
「どちらかと言えば『可愛い』だと思いますが。」
「それもそうね。」
フランドールは昨日からこの体勢が気に入ったらしい。
咲夜としてもそこそこ冷たくて気に入ってるようだ。若干動きづらいのが玉にキズだが。
「お嬢様。」
「嫌よ。」
「大丈夫です。背中のスペースはお嬢様の体格にピッタリ合わせてあります。」
「嫌。」
「ケチ。」
最近だと、芳香辺りも冷たくて良さそうですが、堅そうな……。
半霊かわいいよね半霊