甘いものが食べたい。
寺の経費と、それとは別の家計簿とをつけていたムラサは急に思った。ムラサは読み書きそろばんを満足に習ったことがない。できなくはないが数字の羅列を見ているだけで頭が痛くなってきて大変疲れる。しかし頭痛の原因はそれだけではなかった。
今月の寺の経費は弾幕ごっこの修理代がかさみ、紙や墨が満足に買えない。あと意外に高いのがお供え物。どうせ置いておくだけだし、さらにいえば後で食べてしまうのだから、ずっと飾っておける干物や干菓子を置けばいいとムラサは思うのだが。
きちんと数や種類が決まっているらしく、聖のお願いもあって本像前にはいつも瑞々しい青果が誇らしげに溢れている。しかも毎日取り替えるのだからもったいないなぁとしか思えない。
片面だけ鯛を食べる殿様にひっくり返した鯛をもいちど出すという昔話ではないが、なにかしら同じような方法で日持ちさせられないのか。もったいない。
そして普通の家計簿も火の車。二尾の赤猫も真っ青なくらいのやりくりをムラサは随分長いこと繰り返していたのだった。収入がないわけではない。しかし聖は優しすぎるのだ。設備を増やすだとか、言い方は悪いが檀家を増やすための施しとかなら分からなくもない。いや分かろうとするだろう。
みんな無駄使いが多いのだ。あれが欲しい、これが欲しいといえば聖はオーケーを出してしまう。そうしたらムラサも泣く泣く財布の紐をゆるめるしかないのだ。
これ以上経費からは一文たりとも減らしてはならない。しかし疲れた。どっと疲れた。甘いものが食べたくて仕方がない。ムラサは奥の手を使うことにした。
星の部屋にこっそり忍び込み、そっと戸を閉めた。宝塔が紫色の座布団の上に鎮座している。携帯しなくて良いのかという疑問はこの際放っておこう。宝塔には砂鉄こびりつく磁石のように、びっしりと小銭が張り付いていた。もはや星の能力は宝塔の能力なのではないかと疑うほどだ。
ムラサはそこから何枚かくすねてポケットに頂戴した。これで里で何か買おう。どうせ小銭がなくなって宝塔が剥き出しになったところには、また新たな小銭が張り付くだろうから問題ない。
逸る気持ちを抑え、来たときと同じようにそっと部屋から出る。あとは火元と戸締まりをしっかり確認してから人里へふわふわ飛んでいった。
和菓子というものは総じて美しい。四季の移り変わりを目で感じることができる。でもって甘い。洋菓子というものは総じてキラキラしている。卵やシロップでつや出しした表面など輝いて見える。でもって甘い。
お菓子屋の軒先で固まりながら考察すること数十分。何を買おうか悩む乙女の横顔は恋する表情に通じるものがある。ムラサは甘いものなら何でも好きだった。甘味に貴賤なし。どれも口中を楽しませるものに変わりはない。
勝手に買い食いしたとバレてはあまり良いことはない。さらに手持ちはあまりない。また食べ過ぎても夕飯が食べられなくなって一輪を悲しませる。手頃なサイズ、値段、満腹感。でもって甘いの。欲をいえば保存して今日以降も食べられるもの。これらを満たす素晴らしいものを多種多様な陳列品から選び出さねばならなかった。
「あ……、おじさんこれ下さい」
茶色の包みに入れてもらって意気揚々と命蓮寺へと帰る。途中いくつかのカップル共の痴話喧嘩に巻き込まれそうになったが華麗にスルーした。一輪が夕飯を作り始める前には何事もなかったかのようにシャンとしていなければならないからだ。
中庭にふんわり降り立ち、周りに誰もいないか見渡す。さながらスパイのように前後左右の人影を確認してからこそそっと自室へ飛び込んだ。ムラサも何だかんだで聖にねだり買ってもらったものがある。ぼわぼわでいつまでも触っていたくなる心地のクッションだ。その薄ブルーの短い毛足のクッションに寝転がって大きな息を吐いた。もう計算はうんざりだ。
「誰か代わりにやってよね……ナズあたり算盤得意そうなのに」
茶色の包みをがさごそして取り出したるはちんまい瓶。その中には夢が詰まっていた。
「あー……でもそしたら私のお仕事なくなるかしら」
仰向けになり、瓶を日に透かしてみた。色とりどりの飴玉が誘惑するように輝いて瓶中を転がる。ムラサは飴玉を瓶に詰めてもらったのだった。
個数を指定して買えばそんなに高くない。瓶に入れていれば保存はきくし、ひとつひとつは小さいので食べきれる。見た目も美しく、特に転がっていく様はいつまでも見ていたくなるような光景だ。ゆっくりねぶれば長く楽しめるし、ボロボロこぼすこともない。もちろん寝そべって舐めることだって可能だ。でもって甘い。
女の子にとって甘いは正義である。おかしとは。体中の強張りが抜けてふにゃふにゃになるだけの魔力を秘めたる素晴らしいものだ。
「どの味にしよっかなー」
瓶を振って飴がぶつかる音を楽しむ。味を選ぶ楽しみだってある。ムラサの目には、その瓶は小宇宙のように映る。その小宇宙の中から最もふさわしい味を選び取るのだ。
「……まずは、レモンにしよう」
職務から解き放たれ、自室でだらだらと甘味を頬張るムラサはただの女の子だった。
すっぱ甘い飴玉が口中を転がる。歯に当たって、かこんかこん鳴る。世の中では。はじめての口づけというものはどうやらレモンの味がすると言われているらしい。ムラサは己の記憶を探った。味蕾は確実にすっぱ甘いという刺激を受け取って、同時に胸中は甘酸っぱい記憶が蘇っていた。
―――『む、むらさぁ……ね、キスしていい?』
そう尋ねられたときの照れた表情、上ずった声、やけに強く握られた両の手。落ち着かない自分の心、熱いまなざし、うるさい鼓動。それらの全てを今でも鮮明に思い出すことができる。近づいて感じた吐息、触れたくちびるの感触、柔らかさ、湿り気、ぬくもり。記憶の糸を手繰り寄せては恥ずかしくなる顔を隠すためにクッションに突っ伏す。そのままごろごろ転がった。
はじめての口づけはレモンなんかではなく。
とろけそうにあつく、ひたすらに甘かったことをはっきり覚えている。
「う、うわあぁあああ、やだ恥ずかしいぐっ、うう?」
レモン味の飴玉は臼歯に押しつぶされ粉々に砕け散ってしまった。あーぁ、勿体ない。ムラサは落胆しつつも飲み込んで次の味を選ぶことにした。
「ねぇ……さっきから何やってんの?」
呆れ声がして、顔を上げるとそこには。
「暑さで頭でもやられたの?」
はじめての口づけのお相手がいた。
ムラサは至極慌てた。いや、素面を顔面に貼りつけて「別に?」と返しても良かったのだ。そうできなかったのは、やはり惚れた弱みなのか。目の前の少女がいると、どうにも自分は自分でなくなるらしい。それとも。まったくの逆で彼女がいるから自分は自分になれるのか。教えてよ、ぬえ?
「何してたの?」
「あんたこそ」
「山の巫女んとこにお使い頼まれててね。今戻ったとこ。ついでに神様からお酒貰ってきたのよ!」
酒瓶ぶら下げどや顔で決めるぬえはちょっと滑稽だった。クッションに突っ伏しすぎたせいで額に赤いあとが残ったムラサもなかなかいい勝負ではあったが。
「あ!! それ飴買ったの!?」
「うげっ……!!」
「えー私にもちょうだいな。あといい加減そうやって隠れて買うのはやめた方がいいと思うけど?」
「だって怒られ、」
「るわけないじゃん。みんながどんだけ甘いか分かってないの?」
ムラサは今までにもこうやって内緒でおかしを買って見つかったことがある。しかし、ぬえが言うように怒られたことない一度もない。怒られないだろうと分かっていても、なかなか言い出せないのだ。だって「え、おやつ足りないかしら? 大変、明日から大量に買ってくること」とかになって余計に家計が火の車になるのは目に見えている。家計圧迫をしないためにわざわざ宝塔からひっぺがしているのに……。
「あ、そっか今度から星に言えばいいだけか。それにもっと弾幕ごっこする場所をきちんと指定しておけば修理代かさまないし」
「飴ちょうだいって。いちご欲しい、いちご」
ぬえはしゃがみこんで瓶をムラサから奪いとる。あっと短く不満の声が漏れた。
「いちご、いっこしか、ないね」
「だって私だけのために買ったんだもの」
「じゃあ一緒に食べたらいんだよ」
「……ばかでしょ」
「頭いいと思うけど?」
そう言うや否や、ぬえはピンクの飴玉ひとつぶ口に放り投げ、ムラサの肩を掴んだ。
「水蜜、べーってして」
「ん、え。べ、べーっ?」
「そう。キスするね」
唐突に触れる濡れた唇、甘い舌。ざらめの付いたいちごの飴玉は二人の間を行き来する。舌で押し込んで、ついでに甘い唾液も流し込んで。舌の上に受け取って転がす。ざらめが取れるたびに甘さは増す。いちごの甘ったるいにおいが鼻についた。
「んくぅ、ちゅう、ちゅちゅうううううう」
「はぁ、ちゅるるう、くちゅん、ちゅ、ちゅ……」
ぬえのざらりとした舌がムラサの口内にある飴をねぶる。互いの舌と舌で飴を挟んで両側から少しずつ溶かし舐める。かたまりが溶けていくたびに、理性もとろけだす。ムラサはすがるようにぬえに抱き着いていた。
どちらのものともつかない唾液と声が口から漏れ出す。ちょうど二人の間にあったクッションに垂れていった。薄ブルーが次第に濃い青へと変わっていく。主成分は飴玉だからどろりと粘着く液体が毛足に絡む。こいつらイチャつきやがって。爆発しろ。そんな呪いでもかけているようだった。
「んやぁ、っ……ふぅ、んん」
「―――ちゅ、っぱ。甘いね」
かつての恥ずかしがってキスの許可を求めるぬえはもういなかった。ギラついたまなざし、荒い呼吸。誘うように覗く赤い舌がちろりと口周りを舐めていた。強烈にいちごの味がして、だけどやっぱり、とろけそうにあつく、ひたすらに甘い。
「いちごが甘い、ざらめが甘い」
「えーそれだけ?」
「……ぬえとのキスが、あまい」
ムラサは、ぬゅふふと笑う声が耳元にして、気が付くと抱きすくめられていた。頭をよしよしと撫でられる。体は脱力していってぐにゃんと伸びた。
「毎日お仕事お疲れ様。水蜜はえらい、頑張ってる、よしよし」
「ぬえ……」
「まぁ甘いものの一つや二つも欲しくなるものよね」
「あんたが毎日ぎゅーってしてちゅーってしてくれたら買い食いやめるかも」
きょとん顔のぬえにムラサは迫る。早鐘が胸を打つ。
ぬえはムラサを撫でる手を止めない。
「んー……。じゃあさ、どれも一緒にやったらいんだよ。ぎゅうも、ちゅうも、甘いものもね?」
「……ばかでしょ」
「頭いいと思うけど? ぬゅふふふ」
ムラサの胸のどきどきは鳴りやまない。むしろ悪化する一方だった。
「ううん。ばかよ。だってそれだけで我慢できるはずがないもの」
「み、なみつ……うああああああああ大好き、愛してるううううううううううう」
ぬえとムラサが幸せの鐘を鳴らす日はそう遠くないかもしれない。
バカップルさん、お幸せに。
寺の経費と、それとは別の家計簿とをつけていたムラサは急に思った。ムラサは読み書きそろばんを満足に習ったことがない。できなくはないが数字の羅列を見ているだけで頭が痛くなってきて大変疲れる。しかし頭痛の原因はそれだけではなかった。
今月の寺の経費は弾幕ごっこの修理代がかさみ、紙や墨が満足に買えない。あと意外に高いのがお供え物。どうせ置いておくだけだし、さらにいえば後で食べてしまうのだから、ずっと飾っておける干物や干菓子を置けばいいとムラサは思うのだが。
きちんと数や種類が決まっているらしく、聖のお願いもあって本像前にはいつも瑞々しい青果が誇らしげに溢れている。しかも毎日取り替えるのだからもったいないなぁとしか思えない。
片面だけ鯛を食べる殿様にひっくり返した鯛をもいちど出すという昔話ではないが、なにかしら同じような方法で日持ちさせられないのか。もったいない。
そして普通の家計簿も火の車。二尾の赤猫も真っ青なくらいのやりくりをムラサは随分長いこと繰り返していたのだった。収入がないわけではない。しかし聖は優しすぎるのだ。設備を増やすだとか、言い方は悪いが檀家を増やすための施しとかなら分からなくもない。いや分かろうとするだろう。
みんな無駄使いが多いのだ。あれが欲しい、これが欲しいといえば聖はオーケーを出してしまう。そうしたらムラサも泣く泣く財布の紐をゆるめるしかないのだ。
これ以上経費からは一文たりとも減らしてはならない。しかし疲れた。どっと疲れた。甘いものが食べたくて仕方がない。ムラサは奥の手を使うことにした。
星の部屋にこっそり忍び込み、そっと戸を閉めた。宝塔が紫色の座布団の上に鎮座している。携帯しなくて良いのかという疑問はこの際放っておこう。宝塔には砂鉄こびりつく磁石のように、びっしりと小銭が張り付いていた。もはや星の能力は宝塔の能力なのではないかと疑うほどだ。
ムラサはそこから何枚かくすねてポケットに頂戴した。これで里で何か買おう。どうせ小銭がなくなって宝塔が剥き出しになったところには、また新たな小銭が張り付くだろうから問題ない。
逸る気持ちを抑え、来たときと同じようにそっと部屋から出る。あとは火元と戸締まりをしっかり確認してから人里へふわふわ飛んでいった。
和菓子というものは総じて美しい。四季の移り変わりを目で感じることができる。でもって甘い。洋菓子というものは総じてキラキラしている。卵やシロップでつや出しした表面など輝いて見える。でもって甘い。
お菓子屋の軒先で固まりながら考察すること数十分。何を買おうか悩む乙女の横顔は恋する表情に通じるものがある。ムラサは甘いものなら何でも好きだった。甘味に貴賤なし。どれも口中を楽しませるものに変わりはない。
勝手に買い食いしたとバレてはあまり良いことはない。さらに手持ちはあまりない。また食べ過ぎても夕飯が食べられなくなって一輪を悲しませる。手頃なサイズ、値段、満腹感。でもって甘いの。欲をいえば保存して今日以降も食べられるもの。これらを満たす素晴らしいものを多種多様な陳列品から選び出さねばならなかった。
「あ……、おじさんこれ下さい」
茶色の包みに入れてもらって意気揚々と命蓮寺へと帰る。途中いくつかのカップル共の痴話喧嘩に巻き込まれそうになったが華麗にスルーした。一輪が夕飯を作り始める前には何事もなかったかのようにシャンとしていなければならないからだ。
中庭にふんわり降り立ち、周りに誰もいないか見渡す。さながらスパイのように前後左右の人影を確認してからこそそっと自室へ飛び込んだ。ムラサも何だかんだで聖にねだり買ってもらったものがある。ぼわぼわでいつまでも触っていたくなる心地のクッションだ。その薄ブルーの短い毛足のクッションに寝転がって大きな息を吐いた。もう計算はうんざりだ。
「誰か代わりにやってよね……ナズあたり算盤得意そうなのに」
茶色の包みをがさごそして取り出したるはちんまい瓶。その中には夢が詰まっていた。
「あー……でもそしたら私のお仕事なくなるかしら」
仰向けになり、瓶を日に透かしてみた。色とりどりの飴玉が誘惑するように輝いて瓶中を転がる。ムラサは飴玉を瓶に詰めてもらったのだった。
個数を指定して買えばそんなに高くない。瓶に入れていれば保存はきくし、ひとつひとつは小さいので食べきれる。見た目も美しく、特に転がっていく様はいつまでも見ていたくなるような光景だ。ゆっくりねぶれば長く楽しめるし、ボロボロこぼすこともない。もちろん寝そべって舐めることだって可能だ。でもって甘い。
女の子にとって甘いは正義である。おかしとは。体中の強張りが抜けてふにゃふにゃになるだけの魔力を秘めたる素晴らしいものだ。
「どの味にしよっかなー」
瓶を振って飴がぶつかる音を楽しむ。味を選ぶ楽しみだってある。ムラサの目には、その瓶は小宇宙のように映る。その小宇宙の中から最もふさわしい味を選び取るのだ。
「……まずは、レモンにしよう」
職務から解き放たれ、自室でだらだらと甘味を頬張るムラサはただの女の子だった。
すっぱ甘い飴玉が口中を転がる。歯に当たって、かこんかこん鳴る。世の中では。はじめての口づけというものはどうやらレモンの味がすると言われているらしい。ムラサは己の記憶を探った。味蕾は確実にすっぱ甘いという刺激を受け取って、同時に胸中は甘酸っぱい記憶が蘇っていた。
―――『む、むらさぁ……ね、キスしていい?』
そう尋ねられたときの照れた表情、上ずった声、やけに強く握られた両の手。落ち着かない自分の心、熱いまなざし、うるさい鼓動。それらの全てを今でも鮮明に思い出すことができる。近づいて感じた吐息、触れたくちびるの感触、柔らかさ、湿り気、ぬくもり。記憶の糸を手繰り寄せては恥ずかしくなる顔を隠すためにクッションに突っ伏す。そのままごろごろ転がった。
はじめての口づけはレモンなんかではなく。
とろけそうにあつく、ひたすらに甘かったことをはっきり覚えている。
「う、うわあぁあああ、やだ恥ずかしいぐっ、うう?」
レモン味の飴玉は臼歯に押しつぶされ粉々に砕け散ってしまった。あーぁ、勿体ない。ムラサは落胆しつつも飲み込んで次の味を選ぶことにした。
「ねぇ……さっきから何やってんの?」
呆れ声がして、顔を上げるとそこには。
「暑さで頭でもやられたの?」
はじめての口づけのお相手がいた。
ムラサは至極慌てた。いや、素面を顔面に貼りつけて「別に?」と返しても良かったのだ。そうできなかったのは、やはり惚れた弱みなのか。目の前の少女がいると、どうにも自分は自分でなくなるらしい。それとも。まったくの逆で彼女がいるから自分は自分になれるのか。教えてよ、ぬえ?
「何してたの?」
「あんたこそ」
「山の巫女んとこにお使い頼まれててね。今戻ったとこ。ついでに神様からお酒貰ってきたのよ!」
酒瓶ぶら下げどや顔で決めるぬえはちょっと滑稽だった。クッションに突っ伏しすぎたせいで額に赤いあとが残ったムラサもなかなかいい勝負ではあったが。
「あ!! それ飴買ったの!?」
「うげっ……!!」
「えー私にもちょうだいな。あといい加減そうやって隠れて買うのはやめた方がいいと思うけど?」
「だって怒られ、」
「るわけないじゃん。みんながどんだけ甘いか分かってないの?」
ムラサは今までにもこうやって内緒でおかしを買って見つかったことがある。しかし、ぬえが言うように怒られたことない一度もない。怒られないだろうと分かっていても、なかなか言い出せないのだ。だって「え、おやつ足りないかしら? 大変、明日から大量に買ってくること」とかになって余計に家計が火の車になるのは目に見えている。家計圧迫をしないためにわざわざ宝塔からひっぺがしているのに……。
「あ、そっか今度から星に言えばいいだけか。それにもっと弾幕ごっこする場所をきちんと指定しておけば修理代かさまないし」
「飴ちょうだいって。いちご欲しい、いちご」
ぬえはしゃがみこんで瓶をムラサから奪いとる。あっと短く不満の声が漏れた。
「いちご、いっこしか、ないね」
「だって私だけのために買ったんだもの」
「じゃあ一緒に食べたらいんだよ」
「……ばかでしょ」
「頭いいと思うけど?」
そう言うや否や、ぬえはピンクの飴玉ひとつぶ口に放り投げ、ムラサの肩を掴んだ。
「水蜜、べーってして」
「ん、え。べ、べーっ?」
「そう。キスするね」
唐突に触れる濡れた唇、甘い舌。ざらめの付いたいちごの飴玉は二人の間を行き来する。舌で押し込んで、ついでに甘い唾液も流し込んで。舌の上に受け取って転がす。ざらめが取れるたびに甘さは増す。いちごの甘ったるいにおいが鼻についた。
「んくぅ、ちゅう、ちゅちゅうううううう」
「はぁ、ちゅるるう、くちゅん、ちゅ、ちゅ……」
ぬえのざらりとした舌がムラサの口内にある飴をねぶる。互いの舌と舌で飴を挟んで両側から少しずつ溶かし舐める。かたまりが溶けていくたびに、理性もとろけだす。ムラサはすがるようにぬえに抱き着いていた。
どちらのものともつかない唾液と声が口から漏れ出す。ちょうど二人の間にあったクッションに垂れていった。薄ブルーが次第に濃い青へと変わっていく。主成分は飴玉だからどろりと粘着く液体が毛足に絡む。こいつらイチャつきやがって。爆発しろ。そんな呪いでもかけているようだった。
「んやぁ、っ……ふぅ、んん」
「―――ちゅ、っぱ。甘いね」
かつての恥ずかしがってキスの許可を求めるぬえはもういなかった。ギラついたまなざし、荒い呼吸。誘うように覗く赤い舌がちろりと口周りを舐めていた。強烈にいちごの味がして、だけどやっぱり、とろけそうにあつく、ひたすらに甘い。
「いちごが甘い、ざらめが甘い」
「えーそれだけ?」
「……ぬえとのキスが、あまい」
ムラサは、ぬゅふふと笑う声が耳元にして、気が付くと抱きすくめられていた。頭をよしよしと撫でられる。体は脱力していってぐにゃんと伸びた。
「毎日お仕事お疲れ様。水蜜はえらい、頑張ってる、よしよし」
「ぬえ……」
「まぁ甘いものの一つや二つも欲しくなるものよね」
「あんたが毎日ぎゅーってしてちゅーってしてくれたら買い食いやめるかも」
きょとん顔のぬえにムラサは迫る。早鐘が胸を打つ。
ぬえはムラサを撫でる手を止めない。
「んー……。じゃあさ、どれも一緒にやったらいんだよ。ぎゅうも、ちゅうも、甘いものもね?」
「……ばかでしょ」
「頭いいと思うけど? ぬゅふふふ」
ムラサの胸のどきどきは鳴りやまない。むしろ悪化する一方だった。
「ううん。ばかよ。だってそれだけで我慢できるはずがないもの」
「み、なみつ……うああああああああ大好き、愛してるううううううううううう」
ぬえとムラサが幸せの鐘を鳴らす日はそう遠くないかもしれない。
バカップルさん、お幸せに。
そしていいぞもっとやれ
本当に飴玉すらここまできらきら美味しそうに書けるのはあなただけです!
しかし糖尿病にする気ですか
サクマドロップ買ってきます
でもって甘い
道中の、カップル共の痴話喧嘩は誰と誰だろうと妄想が膨らみますね
しかし可愛いな二人とも。
末永く爆発しろ!
最高です