「あ、お姉ちゃんだ」
「……奇遇ですね」
少しだけ、顔を背けながら私のお姉ちゃんがそう返事を返してくれた。最近はやたらと、外でも下でも私のお姉ちゃんに遇うことが多いような気がする。
私と違って、私のお姉ちゃんは少し出不精なところがあるから、外に出かけてくれている事は妹の私としても嬉しい。
「今日はどしたの、またお買いもの?」
「ま、まあそんなところです」
私のお姉ちゃんは少し顔を赤らめているようにも見える。急に外に出るようになって、日焼けでもしたのかなあ、と私は一人思った。
女の子は日焼けしてめくれた顔なんて他の人に、ましてや血を分けた実の姉妹に見せたくないかもしれない。それなら、私のお姉ちゃんを直視しながら話したいけれど我慢した方がい
いかなあ、なんて私らしくもない配慮もしてみたりしようかな。
「あなたはどうしてここに?」
「わたしー?、わたしは単にお出かけだよ。お散歩」
本当は、もっとちゃんとした理由があったけど私のお姉ちゃんには少し話せなかったから、言わないで置いた。
それに、ぶらぶらしてる方がなんだか私らしい気がするのも確かだ。
「っていうかさ、お姉ちゃん」
「何ですか?」
「なんで敬語なの?」
妹に対して敬語で話す姉って、珍しい気がしたのでそう訊いてみた。どこかしらの紅い吸血鬼の姉妹だって、妹の方は少し陰じゃあ呼び捨てだったかもしれないけど、面と向かって偉
そうにしてたのは姉の方だ。
私たちの種族、私は元っていう括りかもしれないけど、覚りの間じゃあそんな年功序列みたくきちんとするような決まりみたいなのは、無かったように思われる。
「……はぁ」
「なんで溜め息吐くかなあ」
「いや、姉は不出来な妹を持つと苦労するんですよ」
「――――あ、もしかして私?」
「何でちょっと溜めてから言ったんですか、もう」
そう言いながら少し笑う、私のお姉ちゃん。
久々に見た気がする、すこしはずんだ嬉しそうな顔につい見惚れてしまって、私は顔を俯かせてしまった。
「……でもまあ、確かにそうかもしれないわね」
「え、なにが?」
「敬語。最近は仕事が立て込んでて、癖になってたかもしれないから」
私のお姉ちゃんはいろいろと仕事をして、私たちを養ってくれている。前に「ちゅーかんかんりしょく」がどうとか言ってたけど私にはよくわからない。
でも、普段はあんまり言わない事だけれど、感謝は心の内でしているのだ。それが読まれることがないのは、とても助かっている。
「でも敬語じゃないと、それはそれで変な感じだけどね」
「んーん、全然変じゃないよー。わたしからすればそっちのが自然」
「そうかしら」
「そうだよ」
昔、私が眼を閉じた前後の頃に、私のお姉ちゃんは敬語を使うようになった。それがやっぱり私の影響なのかなあ、と思うと少し哀しい。
けれど、本当に私の心と繋がった瞳から涙が零れる事はない。誰にも覗かれないように、瞼は重く閉ざされているから。
例え、私のお姉ちゃんでも。私のお姉ちゃんだからこそ。
「うーん、でもね」
「……でも?」
「あなたは逆に敬語を覚えた方がいいわよ?」
「えー」
「いやいや、ほんとのはなし」
「でもなー、面倒だし。何より使わないよ。それにお仕事はお姉ちゃんがしてくれるし」
「そうやっていつまでも姉を頼りにしてると痛い目みるわよ?」
「それほんとな……」
頭に、鈍い痛みが走る。私が私で無くなる予兆だ。
「――ごめん、お姉ちゃん。私行かなきゃ」
「ん、行ってらっしゃい。夕飯までには」
「わかってる」
なんて言うけど、私がそれまでに戻ってきた試しはなかった。それでも、私のお姉ちゃんは笑って、きっと信じてくれる。
「じゃ、また、ね」
そう言い残して、私は世界の色に溶け込んだ。
無意識。まるで鏡のような世界。全部が私で、全部が私じゃない。
そこにゆらゆらと漂うだけで、何も考えられなくなって、なって…………。
再び目が覚めた時、私は見覚えのある場所にいた。
「あれ」
時間が分からない。一体どれだけ私は彷徨ったのだろう。
「……うむむ」
とりあえずは、この久々にやってきた私の部屋から出よう。扉以外何もないこの部屋から。
「「あ」」
扉を開けた廊下に、私のお姉ちゃんは居た。
「お姉ちゃん」
私はまた夕飯に間に合わなかったのかな、と思い少しだけ申し訳なかった。
「……あ、あのお姉ちゃん」
「おかえり」
だけど私のお姉ちゃんは、微笑んでくれた。
「夕食、まだですよ?」
「え……?」
私のお姉ちゃんはにこっ、と笑って右手を差し出してくれた。私もそこに手を置くために、自分の右手を差し出す。
二人の手はピッタリ繋がって、やっぱり私たちは似た物姉妹なのかなあ、なんて思いながら居間へと向かう。
ああ、幸せだなあ。
「……奇遇ですね」
少しだけ、顔を背けながら私のお姉ちゃんがそう返事を返してくれた。最近はやたらと、外でも下でも私のお姉ちゃんに遇うことが多いような気がする。
私と違って、私のお姉ちゃんは少し出不精なところがあるから、外に出かけてくれている事は妹の私としても嬉しい。
「今日はどしたの、またお買いもの?」
「ま、まあそんなところです」
私のお姉ちゃんは少し顔を赤らめているようにも見える。急に外に出るようになって、日焼けでもしたのかなあ、と私は一人思った。
女の子は日焼けしてめくれた顔なんて他の人に、ましてや血を分けた実の姉妹に見せたくないかもしれない。それなら、私のお姉ちゃんを直視しながら話したいけれど我慢した方がい
いかなあ、なんて私らしくもない配慮もしてみたりしようかな。
「あなたはどうしてここに?」
「わたしー?、わたしは単にお出かけだよ。お散歩」
本当は、もっとちゃんとした理由があったけど私のお姉ちゃんには少し話せなかったから、言わないで置いた。
それに、ぶらぶらしてる方がなんだか私らしい気がするのも確かだ。
「っていうかさ、お姉ちゃん」
「何ですか?」
「なんで敬語なの?」
妹に対して敬語で話す姉って、珍しい気がしたのでそう訊いてみた。どこかしらの紅い吸血鬼の姉妹だって、妹の方は少し陰じゃあ呼び捨てだったかもしれないけど、面と向かって偉
そうにしてたのは姉の方だ。
私たちの種族、私は元っていう括りかもしれないけど、覚りの間じゃあそんな年功序列みたくきちんとするような決まりみたいなのは、無かったように思われる。
「……はぁ」
「なんで溜め息吐くかなあ」
「いや、姉は不出来な妹を持つと苦労するんですよ」
「――――あ、もしかして私?」
「何でちょっと溜めてから言ったんですか、もう」
そう言いながら少し笑う、私のお姉ちゃん。
久々に見た気がする、すこしはずんだ嬉しそうな顔につい見惚れてしまって、私は顔を俯かせてしまった。
「……でもまあ、確かにそうかもしれないわね」
「え、なにが?」
「敬語。最近は仕事が立て込んでて、癖になってたかもしれないから」
私のお姉ちゃんはいろいろと仕事をして、私たちを養ってくれている。前に「ちゅーかんかんりしょく」がどうとか言ってたけど私にはよくわからない。
でも、普段はあんまり言わない事だけれど、感謝は心の内でしているのだ。それが読まれることがないのは、とても助かっている。
「でも敬語じゃないと、それはそれで変な感じだけどね」
「んーん、全然変じゃないよー。わたしからすればそっちのが自然」
「そうかしら」
「そうだよ」
昔、私が眼を閉じた前後の頃に、私のお姉ちゃんは敬語を使うようになった。それがやっぱり私の影響なのかなあ、と思うと少し哀しい。
けれど、本当に私の心と繋がった瞳から涙が零れる事はない。誰にも覗かれないように、瞼は重く閉ざされているから。
例え、私のお姉ちゃんでも。私のお姉ちゃんだからこそ。
「うーん、でもね」
「……でも?」
「あなたは逆に敬語を覚えた方がいいわよ?」
「えー」
「いやいや、ほんとのはなし」
「でもなー、面倒だし。何より使わないよ。それにお仕事はお姉ちゃんがしてくれるし」
「そうやっていつまでも姉を頼りにしてると痛い目みるわよ?」
「それほんとな……」
頭に、鈍い痛みが走る。私が私で無くなる予兆だ。
「――ごめん、お姉ちゃん。私行かなきゃ」
「ん、行ってらっしゃい。夕飯までには」
「わかってる」
なんて言うけど、私がそれまでに戻ってきた試しはなかった。それでも、私のお姉ちゃんは笑って、きっと信じてくれる。
「じゃ、また、ね」
そう言い残して、私は世界の色に溶け込んだ。
無意識。まるで鏡のような世界。全部が私で、全部が私じゃない。
そこにゆらゆらと漂うだけで、何も考えられなくなって、なって…………。
再び目が覚めた時、私は見覚えのある場所にいた。
「あれ」
時間が分からない。一体どれだけ私は彷徨ったのだろう。
「……うむむ」
とりあえずは、この久々にやってきた私の部屋から出よう。扉以外何もないこの部屋から。
「「あ」」
扉を開けた廊下に、私のお姉ちゃんは居た。
「お姉ちゃん」
私はまた夕飯に間に合わなかったのかな、と思い少しだけ申し訳なかった。
「……あ、あのお姉ちゃん」
「おかえり」
だけど私のお姉ちゃんは、微笑んでくれた。
「夕食、まだですよ?」
「え……?」
私のお姉ちゃんはにこっ、と笑って右手を差し出してくれた。私もそこに手を置くために、自分の右手を差し出す。
二人の手はピッタリ繋がって、やっぱり私たちは似た物姉妹なのかなあ、なんて思いながら居間へと向かう。
ああ、幸せだなあ。
和めて良いお話でした