日差しが穏やかになりつつあるその日
その日も博麗神社は平和だった
ちなみに博麗神社の平和とは「誰も来ない、異変が起きない、賽銭も無い」状態である。と言うのは里の慧音先生のもっぱらの弁である。
「誰も来ないっていいわね」
怠惰な、いや楽園の巫女、博麗霊夢はそう言いながら大きく腕を伸ばしてごろんと畳に横たわり午睡の体勢を取った、畳の香りはしないが日本の畳と言うのは人の心を落ち着ける働きがある。と言うのは紫のもっぱらの弁だ。
静寂が立ち込める境内
暖かい日差し
一杯の緑茶
普段宴会会場となって後片付けだの下準備だのの仕事に追われる霊夢は何もしない幸せを満喫していた。
因みに巫女としての仕事、つまりは修行だのそう言った事は殆どしていないので忙しいには含まれない
修行しなくとも結果さえ出せればいいのよ、今日のおやつは饅頭ねとは博麗の巫女直々のお言葉である。
霊夢はのびをしながらこれから来るであろう来客の事を考えていた
今日魔理沙は来なさそうだ、レミリアも、紫も、萃香も居ない、
しかし今日はあの人が来るだろう。
ざっ ざっ ざっ
その時静寂な空気に足音が響いた
静かな境内にその神社への階段を上がってゆく擦れるような足音は実によく響いた、
ここに魔理沙が居たならばここでレミリアか早苗かと言うだろうが、霊夢にはその来訪者を言い当てられる自信があった、所謂巫女の勘である。
「ほら、おいでなすった」
霊夢はそうぼそっと呟いたかと思うと入り口にごろん背を向けた。
来客に対しては失礼極まりない格好だが今から来るのは客は客でも来客では無く刺客なので問題は無いしそもそも霊夢が客人を出迎えた事など殆ど無いのでこれは何ら問題の無い体勢だった
ざっ ざっ ざりざり…ざり…ざりざり…
客人は階段を昇りきったようで庭の玉砂利を鳴らせながらも尚、霊夢の居る場所に近づいてきていた。
だがその歩みには先程までの確固とした意志は感じられず、多少の躊躇いを感じさせる妙にためらいがちな足音がする。
その音を聞きながら庭に背を向けて横たわる霊夢は口角がもち上げるのを感じていた。
ざり ざり ざり ざっ
こつ こつ こつ
とん とん とん
いよいよ神社に入ってきた客人は霊夢の居る部屋へとたどり着き、霊夢のすぐ後ろに立った、そして何か考え込んでいるような仕草を取った数瞬後すっ…と腰に手をやる。
なぜ背を向けた霊夢がそんな事が分かるかと言うとそれがその客が神社に来て霊夢と話すときに決まって行う仕草だからであった。
やや緊張した面持ちで腰に手をやる客人、そこには子細の間違いなく魂魄妖夢の持つ日本刀の入っている様な鞘が帯刀されていた。
否、「入っている様な」では無く実際に「入っている」のだ、客人は霊夢の背後で刀を構え今まさに刺客としての本分を全うしようとしていた。
刀を持ち、今でも切れる体勢に入った剣客と丸腰で寝転んだままの巫女
何も知らない者はどちらが勝つと言われれば迷わず剣客の方に金一両を差し出すだろう。
だがその剣客の目にはそういった結果がまるで見えていない様だった
緊張した面持ちに張りつめた姿勢、額にはうっすらと汗が滲んでいる、呼吸も荒い
その緊張を解きほぐそうとするがごとくここに来て初めて剣客は第一声となる声を上げた。
「今日こそ 博麗をいただきに来たぞ」
「あら、明羅さんいらっしゃい」
紫の髪に着物、刀、そして江戸時代に居そうな髪型に美男子として持て囃されて然るべき整った顔。
そう、彼こそ幻想郷を代表する(へたれ)武士、明羅である。
「私は女だ!それに武士と言う言葉の前に妙な言葉を付けるな!」
やや緊迫した面持ちのSAMURAI☆明羅は腰に帯刀していた剣を今にも抜かんとしていた。
二人が会いまみえているその距離は明羅が鯉口を切れば霊夢は死ぬであろう距離、明羅が刀を振るえば霊夢は絶命するであろうことは容易にわかる距離。
だが霊夢は何も無いかのようにごろりと起き上って明羅の方向き返り、正座した。
抜刀の体制を取る武士(もののふ)と邪気のない笑顔を向ける博麗の腋巫女
穏やかな昼下がりと夜雀の断末魔 魔女の阿鼻叫喚に泥棒の笑い声
隙間妖怪が式にちょっかいを出す声と九尾の妙に艶っぽい声
守矢の巫女の常識に捕われないことを体現するかのような風切り音と守矢の二柱の溜息
幻想郷は今日も実に平和であった
とうとうそんな膠着した状況に業を煮やしたのか明羅の方に動きが見れた
剣を握りしめるようなキシッと言う僅かな音を立て、自身も僅かに体勢を低くとる、足に体重を掛け今に切り込んでもおかしくない体制となる。
だが霊夢はにこにこと邪気のない笑みを崩すことなく明羅に笑いかけている。
明羅が発する汗の量は今に見えて増してきた、僅かに出ていた汗は今や水滴を形作るまでとなっていた。
すぅっ と息を大きく吸いこみふうっ とまた大きく息を吐く、それを何度も繰り返す。
明羅はタイミングを覗っているのだ、好機を、霊夢の意識の隙を。
すぅーっ はぁーっ すーっ はーっ
そして
「いざ」
僅かに体勢を低くしているのみだった明羅は今や全体重を右足に掛け前屈みとなった、右足を蹴りだし、刀を抜刀すれば速度の威力も加わり霊夢に一撃必殺の斬撃を喰らわせられるだろう。
数千回繰り返している動作だけに狂いも淀みも無い動作、呼吸、タイミング共に万全、完璧。
「覚悟」
そのまま明羅はちぃんと言う小気味よい音と共に抜刀し
「…やはり」
霊夢の札に阻まれた
どこから出したのかは定かでは無いが霊夢の手にある札 いや札によって発生した結界障壁によって明羅の斬撃の威力は完全に殺されていた。
恐るべきは霊夢がそんな札を用意していた事では無く、どこに仕舞っていたかでも無く、何の詠唱も仕草もしていない風だったことだ、相手に悟られずそんな事が出来るのは修行をしてもなかなかできない事だろうが生憎霊夢は博麗の巫女なので今更驚く事でもないだろう。とは彼女の親友を自称する霧雨魔理沙の説明だ。
ちなみに霊夢がそんな時札を入れておく所を親友(恐らく)である霧雨魔理沙に続けて聞いたところ「腋巫女ポケット…」など言う事をぼそっと呟いていた、その事について天狗は現在総力をあげてで調査している所だ。
明羅はすっと息を吐いたかと思うともはやどうにもならんと言った表情で困った様な清々しい様な悔しげな様な表情をした。
「やはり、勝てんな」
つ、とゆっくり剣を引いた明羅は鞘をちん、とならしやや悔しげに眼を閉じた後ふっと息を吐き
吐いて
「なーぜ勝てんのだぁー!」
爆発した
それは先程までの落ち着いた雰囲気全てを爆発させ粉みじんとせんとしている風な叫びだった。
それを見ながら霊夢は嬉しそうに眼を細めた
「ふふ、まだ私は負けませんよ。少なくとも明羅さんが弱いうちは。」
「むむっ、それは私に対する確かな挑戦状と受け取った!その勝負受けたぞ博麗!」
「あらあら、困ったわ」
大いに憤慨する明羅と相変らずの霊夢、これは大体週に一度博麗神社において見られるいつものやり取りだった。
霊夢を倒し、博麗をいただかんとする明羅とそれを軽くあしらう霊夢
二人にとってすると何時もの通りのやり取りだったがそれを見ている物はいつも誰でも何か一言猛烈に言いたげな顔をする、皆言いたい事と考えて居る事は同じだが言い出せない、恐らくわかっていないのはこの侍(にぶちん)のみだろう。
「・・・むぅ」
「なにかあったのかしら明羅さん?」
「うむ、何やらさっきから失礼極まりない声を発する者が居る気がしてな。」
「気のせいじゃない?」
「・・・腑に落ちんな」
そんな事に気を使っていないでもっと他に注意を払う事があるだろうと私は言いたい、猛烈に言いたい、あわよくば問い詰めてはっ倒したいと思う。だがそんな事をすれば霊夢は黙っておかないだろう。
「明羅さん、丁度お茶が入ったのよ。一緒にお茶でもしていかない?」
「む、ありがたい。ご一緒させてもらうぞ。」
ことりと緑茶の入った盆が卓に置かれると明羅は一礼してそれを手に取った。
すす・・・と静かな音を立てながら茶を啜り、茶菓子をゆっくりと食む明羅はまるで。
「本物のお侍さんみたいですね」
「私は侍だ!誇り高い武士だ!」
「でも弱いじゃないですか」
「うぐぅっ・・・」
何も言い返せない、と言う風に俯く明羅とそれを見ながら同じように茶を楽しむ霊夢。
それは戦う前から勝敗は既に決まったと同然な構図だった。
誇り高い(笑)侍 明羅はやや赤く染まった顔を覆い隠す様に茶を再び啜り始めた。
「明羅さんが此処に来はじめてからどれぐらい経ったかしら。」
二人きりのお茶会が一息ついたところで霊夢は明羅に問いかけた、ううむとしばらく考え込んだ後「覚えていないな」と答えた。
昔、同じ野望を抱いていた明羅が博麗を前にこてんぱんのけちょんけちょんにやられ、土に埋められかけてから暫く経った後、博麗神社の前に再び明羅が現れた。
「今度と言う今度は博麗をいただきに来た」といきり立つ明羅をまずは軽くけちょんけちょんにした霊夢は「明羅さん、お茶にしましょう?」と明羅を自ら誘い二人で一緒に茶を啜った。
そんな事があってから週に一度明羅が博麗神社に刺客としてやってきた後、霊夢が明羅を捌き、二人で茶を啜る事が今まで続いている。一週間の間も開けずにもはや習慣と化したこの光景、冒頭に述べた通り見た物は皆等しく何か言いたげな顔をする。
「なぜ私は勝てないのだろう」
「明羅さんが弱いからですよ」
「うっ・・・そうではなくだな、どうしたらお前の様に強くなれると言うのだ。」
「さあ?でも私は明羅さんに対して普段出す力のほんの一部しか使ってませんよ?」
「なん・・・だと・・・」
唖然とする明羅を尻目に霊夢は再び茶の残りを啜った。
湯呑が空になったのを確認すると流し目に明羅の方を見る。
「それに明羅さん、いつも真剣の方を使ってませんよね。」
「・・・悪いか」
そう、明羅はいつも霊夢と対峙する時には真剣では無く峰打ちにしようとする。
先程の斬撃もそうだった。
明羅は決して霊夢に真剣を向けようとはしない。
「ひょっとして明羅さん、峰打ち以外しないの?」
「修行の時は真剣を使う事もあるし大抵の勝負は真剣だ。」
それを聞いた霊夢は「ふーん…へぇ…」と暫く考え込んでから急に笑顔で明羅に向き直った。
「ひょっとして私が傷つかないようにしてくれたとか?」
それを聞いた明羅は暫く時が止まっていた
呼吸 脈拍 心臓 生命活動全てが停滞していた
手に持っていた湯呑を取り落すことが無い所から見ると筋肉、神経の活動すらもそのまま止まっている様だった。
そして一分ほどそのまま吸血鬼のスタンドのお世話になってから急にひゅーひゅーと激しく荒々しい呼吸を始め。
「なにを・・・」
手をわなわなと震わせてから
「ななな、何を言っておるのだぁーっ!」
再び爆発した
その現場にもし映画監督が居合わせたなら『JAPANESE SAMURAI ~明羅、二度目の爆発~』と誰がどこから見ても「微妙ですね」と苦笑いしか浮かべられないようなタイトルを思いつくであろうことは間違いないほど見事な爆発だった。
「いやいやいやいや、良いか博麗?私がなぜお前を傷つかぬよう努力せねばならんのだ!?私はあくまで博麗を奪いに来たのであってお前を奪いに来た訳では無いのであって決してそのような事はだな、ええと、そう!あってはならぬのだ!そうだそうだ私はあくまでその目的のために来ているのであって決してお前を共に茶を飲みたいだとは思って…いや断じて…そう…いやしかし…ええい!思っていない!思っていないぞ!分かったか博麗、私は、私は…お前の刺客なのだ!あくまでも!」
一気にそう言い切りぜいぜいと肩で息を吐く明羅に霊夢はただ一言、簡潔な感想を述べた。
「まあ、頑張ってくださいね?」
その言葉にがっくりと項垂れる明羅、これは今日三度目の敗北であった。
「今度こそは博麗をいただきに行くからな!覚悟をしておくがいい!」
「はいはい、期待してますよ明羅さん。」
夕暮れの中、明羅は神社を後にしようとしていた
彼がどこに行くのかはいずことも知れず、修行か鍛錬か休息かすらも分からない。
だが一つだけはっきりとしている事は彼がまた朝方にここに来る事だけであった。
なぜ彼が朝方に来るのかは誰も知らない、彼は朝に来て、夕に去るのである。
「もし私が隙をつかれても明羅さんに一本取られたら・・・」
「むぅ、何だ博麗?」
「その時は博麗をあげましょう、もし明羅さんがそこまで強くなったならもう迷うことは無いでしょう。」
「・・・修行あるのみだな」
くいっと霊夢に背を向けて階段を降りはじめる明羅。
夕日に向かって孤高のサムライが一人
階段を降り切った時、最後に彼は霊夢に向かってこう叫んだ
「私は女だと言っておろうがーっ!」
.
後、明羅さんも
それだけでも、十分に楽しめましたけどww
歯がゆいなぁ。
楽しめましたけどもw 霊夢さん余裕持ちすぎですw
やはり霊夢はどこか飄々としてるのに限る。とまでは言わないが。
旧作をやったことない身としては情報が不足しているが、面白かったです。
旧作もいいキャラ揃ってますよね