○まえおき
・これは前の「球体関節人形」の続きのようなものとなっています。
・読んでなくとも普通に読めると思われますので、そんなに気にしないでください。
ゴォンゴォン、と重たい音が階段を滑るようにして階上の扉から響いてくる。
きっとお姉様だろう、それか咲夜だ。
バラバラ、お姉様の言う木端微塵になった人形は暗い部屋の中で、インテリアに成り果てていた。
そのインテリアの横にいる私は、もっとインテリアらしいのだろう。
人形はどちらなのかなんて、比べるまでもない。
じっとりとした視線を扉に向けていると、一条、光が射し込んできた。
薄く開いた扉から腕がにゅっ、と入ってきて手招きをした。
手招きする手のひらは、お姉様のとも咲夜のとも違う。
いぶかしみながら階段を上がる。
狭い踊り場に着くと、手招きしていた人物が私を呼んだ。
「妹様。」
私を手招きし、呼んだ人物は美鈴だった。
私に手のひらを上にし、差し伸べてくる。
「妹様、お外で遊びましょう。」
何故、美鈴がそう私を外へ誘うのかが分からなかった。
でも、そう誘う美鈴に義務っぽさも悪意も感じられなかった。
差し伸べられた手のひらを取ると、美鈴は大きく扉を開け放った。
久方ぶりに視神経に雪崩れ込む大量の光。
その輝きに思わず瞼を降ろしてしまう。
その光を背に負いながら立つ美鈴はさながらお伽噺の王子様だと思った。
私の手を握っているのと逆の手には、お姉様のスペアの日傘。
倉庫に長い間放置されていたのだろう、日傘はうっすら埃を被ってしまっている。
「今日、咲夜さんとお嬢様は人里に朝から買い物に行ったんです。パチュリー様と小悪魔はいつも通りですから、安心して下さい。」
帰宅が遅くなるでしょうしね、と悪戯っぽく美鈴は付け足した。
一応門番だから、屋敷から出た者の行方と予定くらいは把握しているらしい。
美鈴はそのまま私の手を引いて、歩き出した。
美鈴が私を外へ連れ出した理由としては、新しいスペルカードの実験らしかった。
私がそんな理由を鵜呑みにするとでも思ったのだろうか。
どれほど紅魔館の住人の中が良けれど、美鈴は使用人だ。
家主の妹を自らの実験に付き合わせるなんて真似は普通、行えない。
それを言うと美鈴は困った顔で笑いながら、
「妹様は賢いですね。私、妹様に嘘は吐けなさそうです。」
違う、そうじゃない。
賢いのではなく狡猾なのだ。
自分が傷付くのを防ぐための予防線を他人より多く張っているだけなのだ。
そして美鈴は、私以外にも嘘を吐けないだろう。
この門番は愚直なのだ。
それが彼女の長所であり、ある意味処世術とも言えた。
「最近、というかめっきり妹様と会う機会が減ってしまってたので、私の方がつい遊びたくなってしまって…。」
声の最後のあたりは、一際強く吹いた風によって曖昧になってしまった。
美鈴と遊べる、それだけで十分だった。
庭は美鈴の細やかな手入れのおかげか、昔に見た時よりずっと華やかになっていた。
私はその景観に目を細めた。
「それでも遊んで頂けますか?」
返事は是、当たり前じゃない。
しばらく、弾幕ごっこしたり新しいスペルカードを試したり、庭を散策したりして、時間を過ごした。
美鈴の弾幕は相変わらず綺麗だと思った。
色とりどりの水晶の欠片に似た弾幕の雨に嵐。
新しいスペルカードには、思わず見とれてしまい、一度被弾してしまったほど。
頭上から降り注ぐ水晶の五月雨。
弾幕の軌跡を考えることを放棄し、見とれた。
その瞬間に攻撃の手を止め、私に駆け寄ってくるあたりは美鈴らしい。
「楽しかったですか?」
もう直に日が落ち始める今の時刻。
庭に出しっぱなしになっている椅子に腰掛けた美鈴の膝に、私は乗っかっていた。
蒸れるため、今は帽子を外している。
美鈴の指が、私のサイドテールを鋤いていく。
美鈴の手は、私のそれより随分と大きい。
拳なんか、私の一回り二回りも大きい。
私の顔面をひっつかみ、握り潰すことなど容易いことは簡単に想像できた。
そうやってされても、死ぬことは難しいだろうということも。
不意に美鈴が私を抱き寄せる。
急だった所為か、ぽふり、美鈴の胸に顔は沈んでしまった。
柔らかく、温かなそこにずっと顔を埋めていたいような気持ちになる。
とくりとくり、規則的な心音が鼓膜に心地よく染みていく。
触れている部位から伝わる体温はいつもより焦れったい。
耳に何かが触れた。
横目でちら、と見ると美鈴が唇を寄せていた。
「内緒ですよ、内緒ですよ。」
そう囁いた唇は、頬へ額へ移っていき、軽く触れては離れていく。
首筋へ、私の唇の横へキスを終えると美鈴が困ったような顔をしながら笑っていた。
「内緒ですよ。」
正面からきちんと触れ合う唇。
触れた瞬間、目頭は熱を持つと滴を溢し始めた。
「内緒ですよ、内緒ですよ。」
美鈴の言葉とキスが降り注ぐ中、私はずっと泣いていた。
同時に、心の内で悲鳴のごとく叫んでいた。
吸血鬼じゃなかったらよかったのに!
吸血鬼じゃなかったならどれほど幸せだったか!
だって、そうでしょう?
日陰でキスなんて、悲しいことしなくていいじゃない。
太陽は無言のままに暮れ落ちていくばかり。
太陽も何も関係無いあの部屋で、私は何のために日々を過ごしているかわからなくなった。
ただ、夕日の赤に泣き腫らした瞳が隠されることを祈っている私がいることだけは紛れもない事実である。
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・これは前の「球体関節人形」の続きのようなものとなっています。
・読んでなくとも普通に読めると思われますので、そんなに気にしないでください。
ゴォンゴォン、と重たい音が階段を滑るようにして階上の扉から響いてくる。
きっとお姉様だろう、それか咲夜だ。
バラバラ、お姉様の言う木端微塵になった人形は暗い部屋の中で、インテリアに成り果てていた。
そのインテリアの横にいる私は、もっとインテリアらしいのだろう。
人形はどちらなのかなんて、比べるまでもない。
じっとりとした視線を扉に向けていると、一条、光が射し込んできた。
薄く開いた扉から腕がにゅっ、と入ってきて手招きをした。
手招きする手のひらは、お姉様のとも咲夜のとも違う。
いぶかしみながら階段を上がる。
狭い踊り場に着くと、手招きしていた人物が私を呼んだ。
「妹様。」
私を手招きし、呼んだ人物は美鈴だった。
私に手のひらを上にし、差し伸べてくる。
「妹様、お外で遊びましょう。」
何故、美鈴がそう私を外へ誘うのかが分からなかった。
でも、そう誘う美鈴に義務っぽさも悪意も感じられなかった。
差し伸べられた手のひらを取ると、美鈴は大きく扉を開け放った。
久方ぶりに視神経に雪崩れ込む大量の光。
その輝きに思わず瞼を降ろしてしまう。
その光を背に負いながら立つ美鈴はさながらお伽噺の王子様だと思った。
私の手を握っているのと逆の手には、お姉様のスペアの日傘。
倉庫に長い間放置されていたのだろう、日傘はうっすら埃を被ってしまっている。
「今日、咲夜さんとお嬢様は人里に朝から買い物に行ったんです。パチュリー様と小悪魔はいつも通りですから、安心して下さい。」
帰宅が遅くなるでしょうしね、と悪戯っぽく美鈴は付け足した。
一応門番だから、屋敷から出た者の行方と予定くらいは把握しているらしい。
美鈴はそのまま私の手を引いて、歩き出した。
美鈴が私を外へ連れ出した理由としては、新しいスペルカードの実験らしかった。
私がそんな理由を鵜呑みにするとでも思ったのだろうか。
どれほど紅魔館の住人の中が良けれど、美鈴は使用人だ。
家主の妹を自らの実験に付き合わせるなんて真似は普通、行えない。
それを言うと美鈴は困った顔で笑いながら、
「妹様は賢いですね。私、妹様に嘘は吐けなさそうです。」
違う、そうじゃない。
賢いのではなく狡猾なのだ。
自分が傷付くのを防ぐための予防線を他人より多く張っているだけなのだ。
そして美鈴は、私以外にも嘘を吐けないだろう。
この門番は愚直なのだ。
それが彼女の長所であり、ある意味処世術とも言えた。
「最近、というかめっきり妹様と会う機会が減ってしまってたので、私の方がつい遊びたくなってしまって…。」
声の最後のあたりは、一際強く吹いた風によって曖昧になってしまった。
美鈴と遊べる、それだけで十分だった。
庭は美鈴の細やかな手入れのおかげか、昔に見た時よりずっと華やかになっていた。
私はその景観に目を細めた。
「それでも遊んで頂けますか?」
返事は是、当たり前じゃない。
しばらく、弾幕ごっこしたり新しいスペルカードを試したり、庭を散策したりして、時間を過ごした。
美鈴の弾幕は相変わらず綺麗だと思った。
色とりどりの水晶の欠片に似た弾幕の雨に嵐。
新しいスペルカードには、思わず見とれてしまい、一度被弾してしまったほど。
頭上から降り注ぐ水晶の五月雨。
弾幕の軌跡を考えることを放棄し、見とれた。
その瞬間に攻撃の手を止め、私に駆け寄ってくるあたりは美鈴らしい。
「楽しかったですか?」
もう直に日が落ち始める今の時刻。
庭に出しっぱなしになっている椅子に腰掛けた美鈴の膝に、私は乗っかっていた。
蒸れるため、今は帽子を外している。
美鈴の指が、私のサイドテールを鋤いていく。
美鈴の手は、私のそれより随分と大きい。
拳なんか、私の一回り二回りも大きい。
私の顔面をひっつかみ、握り潰すことなど容易いことは簡単に想像できた。
そうやってされても、死ぬことは難しいだろうということも。
不意に美鈴が私を抱き寄せる。
急だった所為か、ぽふり、美鈴の胸に顔は沈んでしまった。
柔らかく、温かなそこにずっと顔を埋めていたいような気持ちになる。
とくりとくり、規則的な心音が鼓膜に心地よく染みていく。
触れている部位から伝わる体温はいつもより焦れったい。
耳に何かが触れた。
横目でちら、と見ると美鈴が唇を寄せていた。
「内緒ですよ、内緒ですよ。」
そう囁いた唇は、頬へ額へ移っていき、軽く触れては離れていく。
首筋へ、私の唇の横へキスを終えると美鈴が困ったような顔をしながら笑っていた。
「内緒ですよ。」
正面からきちんと触れ合う唇。
触れた瞬間、目頭は熱を持つと滴を溢し始めた。
「内緒ですよ、内緒ですよ。」
美鈴の言葉とキスが降り注ぐ中、私はずっと泣いていた。
同時に、心の内で悲鳴のごとく叫んでいた。
吸血鬼じゃなかったらよかったのに!
吸血鬼じゃなかったならどれほど幸せだったか!
だって、そうでしょう?
日陰でキスなんて、悲しいことしなくていいじゃない。
太陽は無言のままに暮れ落ちていくばかり。
太陽も何も関係無いあの部屋で、私は何のために日々を過ごしているかわからなくなった。
ただ、夕日の赤に泣き腫らした瞳が隠されることを祈っている私がいることだけは紛れもない事実である。
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やっぱり悲しい…
ああ、誰でも良い、あの娘に笑顔をあげておくれ。
美鈴の幸せな困り笑顔を見たいものです
フランにとっての美鈴は、救いの道への小さなみちしるべなのかも知れませんね。