1
博麗霊夢が初春のある夜に一人で月見酒を決め込んだ。
酒の肴も用意して縁側に並べていく。
軽く焦げ目がつくくらい焼いた油揚げに生姜醤油を少々。
少し辛めにつくったきんぴら。
ねぎ味噌をぬって胡麻を少しふりかけた焼きおにぎり。
まだ夜風は肌寒い時期だから酒は熱燗にした。
そこでそういえばもらいものの漬物があったと思い出し台所に取りに戻る。
小鉢片手にいそいそと帰ってくると。
「ない!」
酒がなみなみと入っていたはずの徳利の中は空っぽだった。
犯人はどこのどいつだと辺りに目を走らせると意外にもあっさり見つかった。
思わず料理の皿の並んだ縁側に力無く倒れ込む。
「あーあ…もうどうしてくれるのよ…」
春の庭先では今が盛りの藤が芳しい日本酒の香りを振りまきながらふわふわと揺れていた。
2
霧雨魔理沙が釣りに出かけた。
適当に見つけた沼は澱んで魚がいるか怪しいものだったが構わず糸を垂れた。
そのまま釣竿を適度な形の岩に立てかけるとごろりと寝転がった。
釣糸は初めはぴくりとも動かなかったがしばらくしてゆっくりと引っ張られた。
ゆっくりと巻き上げると釣り糸に引っかかっていたのは魚ではなかった。
白い女の腕だった。
思わずため息をひとつ。
「すまんが私はお前を残していった恋人じゃないぜ」
そういうと恋人に捨てられた女の手はするりと釣り糸からすべり落ちて、
大人しく沼に沈んでそのまま浮かび上がらなかった。
「やれやれ今日は不漁だぜ」
実に散々な釣果である。
3
十六夜咲夜が夜の紅魔館を歩く。
紅魔館の主は夜の女王なのだから紅魔館は夜が最も忙しい。
早足に薔薇園を通り過ぎようとしたとき、見慣れぬ影に気づいた。
すぐに侵入者にナイフを向けるとその影はか細く悲鳴を上げた。
見るとその黒い影は本当に影そのものだった。
元は高貴な女性の影だったのかふわりとしたペチコートの影が揺れている。
「影なら大人しく地面に張り付いているべきじゃなくて?」
「その通りですが、実はある罪の罰を受けて彷徨う身なのです…」
影が己の身の上を語ろうと口を開いたがすでに咲夜はその場を去ろうとするところだった。
ただの影なら害はあるまい。
それより幼い主の朝食を用意するのが優先である。
「何て冷たい人なの!この人でなし!」
「ええ、私は悪魔の狗ですから」
さもありなん。
4
東風谷早苗が雨宿りをしている。
買い物からの帰り道。生憎傘は持っていなかった。
途中で小さな地蔵のお堂に逃げ込めただけでも幸運だったかもしれない。
人里で買ったぼたもちを小さな地蔵の前に供えて手を合わせる。
「お地蔵さま、お住まいをお借りして雨宿りをさせて頂きます」
しばらくして雨が上がった。
再度地蔵に手を合わせて礼を言うと帰り道を急ぐ。
しかし何故かいくら歩いてもお堂の前に何度も戻って来てしまう。
思わず立ち止まり考え込む。
狐狸の類に化かされたか。妖精たちの悪戯か。
しかしふとお堂を覗き込んでその疑問はすっかり晴れた。
「もう!何て図々しいお地蔵さまなんでしょう!」
地蔵の口のまわりにはべったりと餡子。
さあもう一つ、と言わんばかりに雨に濡れた地面に影を伸ばしていた。
5
だらだらとお茶をすすっていた博麗霊夢と霧雨魔理沙が顔を見合せた。
玄関先からごめんくださーいと声がしたからだ。
「客だぜ」
「あーでもあれはただの通りすがりね…」
「入れて欲しがってるみたいだぜ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべてみせると仏頂面が返される。
「うちに棲みつかれちゃたまんないわよ」
「そりゃそうだ!」
ひとしきり笑うとまた二人は怠惰にお茶をすする。
煎餅をぱきんと割る。
ごめんくださーいという声は何回か繰り返されてやがて聞こえなくなった。
また何処かへ行ってしまったのだろう。
ここは幻想郷。
不可思議なものが通りすぎていっても何も不思議ではない。
こういう事が日常茶飯事なんだろうなぁ
どれも三妖精なんかで出てきそうなシチュエーションです。
幻想と共存するってのはこんな生活なんだとまざまざと見せていただきました。