妹を久しぶりに見に行ったら、暗く埃っぽい部屋の隅で壁にもたれて、何かをしていた。
目を凝らすと、妹は人形で一人遊びをしていた。
球体関節人形の関節を、白く細い指がいじくりまわす。
そして、独特の摩擦音を立てながら人形の右腕を外した。
関節ごとに丁寧に、ゆっくりとした動作で人形をばらしていく。
ばらしていくその時の、妹の目は暗闇と伏せられた長い睫毛によって見えない。
私は静かに引き返し、扉を閉めた。
我が妹ながら気味が悪い。
悪魔の妹はやはり悪魔、だが、私はあんな気味の悪い一人遊びはしない。
私は胸焼けすら起こしそうな気分の悪さから逃れようと、その場から足早に立ち去った。
その日の晩、咲夜に妹から人形を取り上げてあの、薄気味悪い遊びを止めさせるように言った。
しかしその翌日、咲夜は妹から人形を取り上げてはこなかった。
何故、と問うと妹は、
「他の玩具はいらないから、このお人形は取らないで。」
と言ったらしい。
悪趣味な奴め、と内心で毒づく。
あれほど今まで大量に物も妖精メイドも壊しておきながら、何を言い出すのだろう。
咲夜に非は無い。
「構わないわ。」
それだけ言って、咲夜を下がらせた。
私が明日、直々に言おう。
私に似て我が儘だから、きちんと言わないとわからないのだと思った。
次の日、私は妹の部屋の扉を二回、軽く叩いた。
厚く丈夫な金属製の扉は、鈍く低い音を廊下に響かせる。
返事は無い。
私はドアノブを引いた。
床に積もった埃が窓から射し込む陽光を不規則に反射し、宝石を見ているような視覚的錯覚を私にさせる。
扉を開けてすぐの階段を降り、妹のいる地下室へと足を運ぶ。
着いた地下室では、相変わらず妹が球体関節人形の関節を外しては組み立てて遊んでいた。
「フラン。」
「あら、お姉様。」
手を止め、私を見るために顔が上がる。
その顔は至って普通の表情をしていた。
「フラン、その気味の悪い遊びはもう止めなさい。」
「うん。そろそろね、止めるつもりだったの。」
なら渡しなさい、と手を伸ばすと妹は一人でに喋りだした。
「あのね、お姉様。私、今までいっぱい壊してきちゃったよね。」
「そうね。みんな木端微塵になってしまったわね。」
「一気に壊しちゃうと元には戻せない。けどね、ちゃんと丁寧に外していけば元に戻せる。」
「そう……。」
嫌な予感が背筋を寒気となって駆けていく。
「私それに気付けたの。だから、練習したのよ。私、ちゃんとできるようになったのよ。」
妹が私を見上げた。
私を見る目には、狂気が満ち満ちていた。
冷や汗が、背の窪みを滑り落ちる。
「ねぇ、お姉様。だから……、」
「咲夜!!」
私は無意識咲夜の名を叫んでいた。
すると、気付くと自室にいて、咲夜に抱えられていた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「え、ええ。ありがとう咲夜。」
私は明日、咲夜に時を停めてでも人形を取り上げるように言った。
あの遊びに、そんな意味があったなんて。
その後、咲夜の淹れたお茶を飲むと泥のように眠りについた。
地下室で、フランドールは泣いていた。
片手に組み上がった球体関節人形を持ちながら、膝を抱えて蹲っていた。
「どうして、最後までお話聞いてくれないの…。」
彼女はあの時、「外に出して。」と続けようとしていたのだ。
球体関節人形で知った、偽物ながらに身体の構造と耐えられる力の限界。
どうしたら壊れないか。
何度も何度も、人形の関節を外しながらな彼女は考えて、自身に力加減を覚えさせていた。
それも、無駄だったというわけだ。
人形を握る手が戦慄く。
力の込められた手の内で、人形は関節を互いに激しく擦り付けながら砕けた。
その不快な音は、彼女の鼓膜をしつこく震わせた。
狂気は、瞳から溢れて頬を伝い落ちる。
少女は膝を抱えて、目を閉じる。
脳裏には、陽の光の下、姉と揃いの日傘を差しながら弾幕の嵐の中にいる自分の姿を思い描いていた。
.
目を凝らすと、妹は人形で一人遊びをしていた。
球体関節人形の関節を、白く細い指がいじくりまわす。
そして、独特の摩擦音を立てながら人形の右腕を外した。
関節ごとに丁寧に、ゆっくりとした動作で人形をばらしていく。
ばらしていくその時の、妹の目は暗闇と伏せられた長い睫毛によって見えない。
私は静かに引き返し、扉を閉めた。
我が妹ながら気味が悪い。
悪魔の妹はやはり悪魔、だが、私はあんな気味の悪い一人遊びはしない。
私は胸焼けすら起こしそうな気分の悪さから逃れようと、その場から足早に立ち去った。
その日の晩、咲夜に妹から人形を取り上げてあの、薄気味悪い遊びを止めさせるように言った。
しかしその翌日、咲夜は妹から人形を取り上げてはこなかった。
何故、と問うと妹は、
「他の玩具はいらないから、このお人形は取らないで。」
と言ったらしい。
悪趣味な奴め、と内心で毒づく。
あれほど今まで大量に物も妖精メイドも壊しておきながら、何を言い出すのだろう。
咲夜に非は無い。
「構わないわ。」
それだけ言って、咲夜を下がらせた。
私が明日、直々に言おう。
私に似て我が儘だから、きちんと言わないとわからないのだと思った。
次の日、私は妹の部屋の扉を二回、軽く叩いた。
厚く丈夫な金属製の扉は、鈍く低い音を廊下に響かせる。
返事は無い。
私はドアノブを引いた。
床に積もった埃が窓から射し込む陽光を不規則に反射し、宝石を見ているような視覚的錯覚を私にさせる。
扉を開けてすぐの階段を降り、妹のいる地下室へと足を運ぶ。
着いた地下室では、相変わらず妹が球体関節人形の関節を外しては組み立てて遊んでいた。
「フラン。」
「あら、お姉様。」
手を止め、私を見るために顔が上がる。
その顔は至って普通の表情をしていた。
「フラン、その気味の悪い遊びはもう止めなさい。」
「うん。そろそろね、止めるつもりだったの。」
なら渡しなさい、と手を伸ばすと妹は一人でに喋りだした。
「あのね、お姉様。私、今までいっぱい壊してきちゃったよね。」
「そうね。みんな木端微塵になってしまったわね。」
「一気に壊しちゃうと元には戻せない。けどね、ちゃんと丁寧に外していけば元に戻せる。」
「そう……。」
嫌な予感が背筋を寒気となって駆けていく。
「私それに気付けたの。だから、練習したのよ。私、ちゃんとできるようになったのよ。」
妹が私を見上げた。
私を見る目には、狂気が満ち満ちていた。
冷や汗が、背の窪みを滑り落ちる。
「ねぇ、お姉様。だから……、」
「咲夜!!」
私は無意識咲夜の名を叫んでいた。
すると、気付くと自室にいて、咲夜に抱えられていた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「え、ええ。ありがとう咲夜。」
私は明日、咲夜に時を停めてでも人形を取り上げるように言った。
あの遊びに、そんな意味があったなんて。
その後、咲夜の淹れたお茶を飲むと泥のように眠りについた。
地下室で、フランドールは泣いていた。
片手に組み上がった球体関節人形を持ちながら、膝を抱えて蹲っていた。
「どうして、最後までお話聞いてくれないの…。」
彼女はあの時、「外に出して。」と続けようとしていたのだ。
球体関節人形で知った、偽物ながらに身体の構造と耐えられる力の限界。
どうしたら壊れないか。
何度も何度も、人形の関節を外しながらな彼女は考えて、自身に力加減を覚えさせていた。
それも、無駄だったというわけだ。
人形を握る手が戦慄く。
力の込められた手の内で、人形は関節を互いに激しく擦り付けながら砕けた。
その不快な音は、彼女の鼓膜をしつこく震わせた。
狂気は、瞳から溢れて頬を伝い落ちる。
少女は膝を抱えて、目を閉じる。
脳裏には、陽の光の下、姉と揃いの日傘を差しながら弾幕の嵐の中にいる自分の姿を思い描いていた。
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妹様の静かな狂気がいい感じに不気味でした
耽美的で、人形のような少女達をすぐさま連想させたのは
タイトルだけではなく、どこか詩的な言葉選びのせいでしょうね。
このフランを撫でてあげたい…
続きとか、救いとか、希望