宇佐美蓮子がカフェテラスに姿を現したのは約束の時間から8分遅れてのことだった。
「遅刻。わざとやってる?」
マエリベリー・ハーン、通称メリーは腕時計をいらだたしげに指でとんとんと叩きながら言った。すでに先に注文していたカップも空だ。
「そんなことよりメリー、私昨日面白い話を見つけたわ」
蓮子は楽しそうに言いながらメリーの正面の席に腰を下ろす。十分近くも遅れておきながら、その事実を「そんなこと」の一言で流す蓮子に少しカチンときたが、メリーの興味はすでに蓮子が持ってきた話題に引かれていた。仕方なくメリーはわざとらしく大きなため息を吐くだけで蓮子の話を促した。
「何?その話って」
注文を取りに来たウェイターに応えてから、蓮子は不敵に笑ってみせる。
「メリー、『チューニ病』って知ってる?」
「『チューニ病』?聞いたこと無いけど…病気の一種?」
いきなり呼び出すぐらいなのでてっきり秘封倶楽部関連の話と思ったのだが、とメリーは少し肩透かしを食らった気持ちになる。
そんなメリーはよそに、蓮子は話を続ける。
「そう、昔に流行った病気なんだけど、これがまた随分妙な病気なのよ」
蓮子がずいっと身を乗り出してくる。
「妙って…?」
蓮子の態度を見て、メリーは自分の認識の誤りに気づく。蓮子がここまで目を輝かせるのはオカルティックな話以外には無いだろう。
「当時はメリーや私みたいに、何か特別な能力がある人たちのことを総じて『チューニ病』って呼んだらしいわ」
「!」
メリーは驚いた。いまさら説明するまでも無く、蓮子とメリーにはそれぞれ人と違った体質とでも言うべき能力がある。現代でもきちんと認識されていないようなこのオカルティックな能力が、昔は病気としてとはいえ認識されていたというのだろうか?
「信じられないわ…どれぐらい昔のことなの?」
「ほんの一世代前ね」
はるか昔…祈祷師や呪い師なんかが闊歩していた時代ならばまだしも、一世代前ならもうすでに科学の時代だ。
「うーん、俄かには信じられない話よね。科学隆盛期に私たちの能力みたいなのが認識されていたなんて」
「逆に、隆盛期だったからこそ、とも言えるわ」
蓮子は意味深に言う。
「…って言うか、そんな話どこで見つけてきたのよ」
「その時代の本でねー」
言いながら蓮子はカバンから随分古そうな本を取り出す。
「いやー、この頃の記録って脆弱なデータベース上でやり取りされてたでしょ?だからあんまり後世に残ってないのよね。思えばもっと昔の時代の方が記録が残ってるっていうのも皮肉な話ね」
付箋の付いたページを捲り、メリーに示す。
「ほら。これ見て」
「えーっと…」
どうやら昔のネット上でのやり取りを纏めた本らしい。
そこには自身の特別な力について書き込んでいる人に対し、『チューニ病』ではないかと指摘するやり取りがあった。
「他にも似たようなやり取りがかなりの数あるわ。つまり、この時代『チューニ病』というのはかなり浸透していたものと思われるわね」
なるほど、蓮子の言うことは正しいらしい。
ふと、メリーは気になったことを言う。
「『中二病』って書くのね」
今までカタカナでイメージしていたが、まさか漢字だったとは。
「あぁ、それね」
蓮子は言いながら腕を組む。
「多分ネットスラングだと思うわ。つまり当て字。だっていくら考えても意味が解らないもの。『チューニ病』っていうのに無理やり漢字を当てたのか、もしくは別の漢字だったのを簡単な『中二』に変えたのか…あと何かの略とか」
メリーは笑う。
「そうね、中二じゃ精々中学二年生の省略ぐらいしか思いつかないわ」
「つまり中学二年生病?それどんな病気よ、限定的すぎでしょ。ないない」
蓮子も笑う。
「あと、気づいた事としては『チューニ病』にもいくつか種類があると考えられるってことね」
「種類?」
「ほらここ見て」
別のページを示しながら蓮子は言う。
「ここに『中二病乙』って書いてあるでしょ?」
なるほど、とメリーは納得する。
「乙があるなら甲や丙もあって然りってことね」
「そ、私の見た限りじゃ乙型しか確認出来なかったけれどまず間違い無いと思うわ。具体的にどういう分類で何種類あるのかってのは読み解けなかったけどね」
蓮子は言いながら本をパタンとたたむ。
「問題なのは当時これほどに浸透していた『チューニ病』っていうのがどうして今には全く残っていないのかってことよ」
話を進めようとする蓮子を、メリーは手をかざして止める。
「いや、ちょっと待って。それよりもさっき出てた『チューニ病』の人たちは本当にそういう能力を持っていたのか疑問だわ。嘘って可能性だって十分あるじゃない」
というより、むしろ本当の可能性の方が低く思える。
「そこよ」
蓮子はぴん、と人差し指を立てる。
「何がそこなのかしら?」
「最初に言ったでしょ?科学隆盛期だからこそだって」
一瞬考えたメリーは、蓮子の言わんとするところを察する。
「なるほど、つまり『チューニ病』はオカルト排斥のための入れ子だったんじゃないかってこと?」
蓮子は気取った調子で『Yes』などと言う。
「私が思うに『チューニ病』に含まれるのは殆どが偽者だったんじゃないかしら。本物なんて極々一部。でも本物を偽者の中に放り込むことで本物まで偽者にしたんだわ。そんな偽者の病気が後世に残る訳もなく、現在にはその言葉は廃れてしまった」
「偽者の中に本物を…ね。ガラスのゴミ山の中に一欠けらダイヤが混じってたって本物は見つけられないってことね」
メリーの言葉に蓮子は目をキラリと光らせる。
「そう、その道の職人じゃなきゃ見極められないわよね。たとえば、私たちみたいな」
「……」
蓮子の言葉にメリーは眉を顰める。
「まさか…」
「そのまさか。『チューニ病』を調べていけば素敵な本物に出会えると思わない?」
こうなった蓮子を止める術をメリーは知らない。大きく息吐いて肩を竦めながら言う。
「解ったわよ」
「さすがメリーね、そうこなくちゃ!」
蓮子は楽しそうに笑った。
後日、本当の『中二病』の意味を知りへこみまくる蓮子を、メリーが必死でフォローする羽目になるのだが、それはまた別のお話。
《終わり》
「遅刻。わざとやってる?」
マエリベリー・ハーン、通称メリーは腕時計をいらだたしげに指でとんとんと叩きながら言った。すでに先に注文していたカップも空だ。
「そんなことよりメリー、私昨日面白い話を見つけたわ」
蓮子は楽しそうに言いながらメリーの正面の席に腰を下ろす。十分近くも遅れておきながら、その事実を「そんなこと」の一言で流す蓮子に少しカチンときたが、メリーの興味はすでに蓮子が持ってきた話題に引かれていた。仕方なくメリーはわざとらしく大きなため息を吐くだけで蓮子の話を促した。
「何?その話って」
注文を取りに来たウェイターに応えてから、蓮子は不敵に笑ってみせる。
「メリー、『チューニ病』って知ってる?」
「『チューニ病』?聞いたこと無いけど…病気の一種?」
いきなり呼び出すぐらいなのでてっきり秘封倶楽部関連の話と思ったのだが、とメリーは少し肩透かしを食らった気持ちになる。
そんなメリーはよそに、蓮子は話を続ける。
「そう、昔に流行った病気なんだけど、これがまた随分妙な病気なのよ」
蓮子がずいっと身を乗り出してくる。
「妙って…?」
蓮子の態度を見て、メリーは自分の認識の誤りに気づく。蓮子がここまで目を輝かせるのはオカルティックな話以外には無いだろう。
「当時はメリーや私みたいに、何か特別な能力がある人たちのことを総じて『チューニ病』って呼んだらしいわ」
「!」
メリーは驚いた。いまさら説明するまでも無く、蓮子とメリーにはそれぞれ人と違った体質とでも言うべき能力がある。現代でもきちんと認識されていないようなこのオカルティックな能力が、昔は病気としてとはいえ認識されていたというのだろうか?
「信じられないわ…どれぐらい昔のことなの?」
「ほんの一世代前ね」
はるか昔…祈祷師や呪い師なんかが闊歩していた時代ならばまだしも、一世代前ならもうすでに科学の時代だ。
「うーん、俄かには信じられない話よね。科学隆盛期に私たちの能力みたいなのが認識されていたなんて」
「逆に、隆盛期だったからこそ、とも言えるわ」
蓮子は意味深に言う。
「…って言うか、そんな話どこで見つけてきたのよ」
「その時代の本でねー」
言いながら蓮子はカバンから随分古そうな本を取り出す。
「いやー、この頃の記録って脆弱なデータベース上でやり取りされてたでしょ?だからあんまり後世に残ってないのよね。思えばもっと昔の時代の方が記録が残ってるっていうのも皮肉な話ね」
付箋の付いたページを捲り、メリーに示す。
「ほら。これ見て」
「えーっと…」
どうやら昔のネット上でのやり取りを纏めた本らしい。
そこには自身の特別な力について書き込んでいる人に対し、『チューニ病』ではないかと指摘するやり取りがあった。
「他にも似たようなやり取りがかなりの数あるわ。つまり、この時代『チューニ病』というのはかなり浸透していたものと思われるわね」
なるほど、蓮子の言うことは正しいらしい。
ふと、メリーは気になったことを言う。
「『中二病』って書くのね」
今までカタカナでイメージしていたが、まさか漢字だったとは。
「あぁ、それね」
蓮子は言いながら腕を組む。
「多分ネットスラングだと思うわ。つまり当て字。だっていくら考えても意味が解らないもの。『チューニ病』っていうのに無理やり漢字を当てたのか、もしくは別の漢字だったのを簡単な『中二』に変えたのか…あと何かの略とか」
メリーは笑う。
「そうね、中二じゃ精々中学二年生の省略ぐらいしか思いつかないわ」
「つまり中学二年生病?それどんな病気よ、限定的すぎでしょ。ないない」
蓮子も笑う。
「あと、気づいた事としては『チューニ病』にもいくつか種類があると考えられるってことね」
「種類?」
「ほらここ見て」
別のページを示しながら蓮子は言う。
「ここに『中二病乙』って書いてあるでしょ?」
なるほど、とメリーは納得する。
「乙があるなら甲や丙もあって然りってことね」
「そ、私の見た限りじゃ乙型しか確認出来なかったけれどまず間違い無いと思うわ。具体的にどういう分類で何種類あるのかってのは読み解けなかったけどね」
蓮子は言いながら本をパタンとたたむ。
「問題なのは当時これほどに浸透していた『チューニ病』っていうのがどうして今には全く残っていないのかってことよ」
話を進めようとする蓮子を、メリーは手をかざして止める。
「いや、ちょっと待って。それよりもさっき出てた『チューニ病』の人たちは本当にそういう能力を持っていたのか疑問だわ。嘘って可能性だって十分あるじゃない」
というより、むしろ本当の可能性の方が低く思える。
「そこよ」
蓮子はぴん、と人差し指を立てる。
「何がそこなのかしら?」
「最初に言ったでしょ?科学隆盛期だからこそだって」
一瞬考えたメリーは、蓮子の言わんとするところを察する。
「なるほど、つまり『チューニ病』はオカルト排斥のための入れ子だったんじゃないかってこと?」
蓮子は気取った調子で『Yes』などと言う。
「私が思うに『チューニ病』に含まれるのは殆どが偽者だったんじゃないかしら。本物なんて極々一部。でも本物を偽者の中に放り込むことで本物まで偽者にしたんだわ。そんな偽者の病気が後世に残る訳もなく、現在にはその言葉は廃れてしまった」
「偽者の中に本物を…ね。ガラスのゴミ山の中に一欠けらダイヤが混じってたって本物は見つけられないってことね」
メリーの言葉に蓮子は目をキラリと光らせる。
「そう、その道の職人じゃなきゃ見極められないわよね。たとえば、私たちみたいな」
「……」
蓮子の言葉にメリーは眉を顰める。
「まさか…」
「そのまさか。『チューニ病』を調べていけば素敵な本物に出会えると思わない?」
こうなった蓮子を止める術をメリーは知らない。大きく息吐いて肩を竦めながら言う。
「解ったわよ」
「さすがメリーね、そうこなくちゃ!」
蓮子は楽しそうに笑った。
後日、本当の『中二病』の意味を知りへこみまくる蓮子を、メリーが必死でフォローする羽目になるのだが、それはまた別のお話。
《終わり》
名無しの頃からあなたの作品を楽しませてもらいました。
最後の投稿から四年、まさかあなたの名前と作品を目にすることが出きるとは思いませんでした。
中二病について真剣に考える二人が愉快です。
懐かしすぎて笑いながら涙が出てました。
おかえりなさい。
遥か未来ではそんな間違いがあっても仕方ないのかもなー
実際だと「中二病」は将来どうなっているんでしょうねぇ……
とても面白かったです。メリーも大変だなw
貴方の過去作品は知りませんが、昔の作家さんが帰ってきてくれることは嬉しいですね。
まさか四年も前(だったのか…)の十作ぐらいしか投稿していない自分を覚えて下さっている方がいらっしゃるとは…今日出先で台風に眼鏡を吹っ飛ばされたのがチャラになるぐらい本気で嬉しいです!過度に面白い作品は出来ないと思いますが、ご期待に背かないようにがんばります。
>>2
いやぁ、中二病って言葉は意外と未来まで使われそうな気がします。過労死みたいに海外でも通用するようになるとか(海外に中二病に相当する言葉があるのかは知りませんが)
>>3
過去作品も是非読んでネ!…と言えるような代物ではありませんが、気が向いたら読んでみて下さい。ただネタの鮮度は保障しかねます
なんて妄想が広がりんぐなお話でしたw
蓮子ちゃんドンマイ!
という中二設定が秘封の世界には実在していたんだよ!