「永遠邸どこだよ、ってか迷いの竹林どっちだよ! チクショーメー!!」
幻部の沢。水に湿った土や岩の香りが清々しい。が、正直俺はそんなことを気にしている場合ではな
かった。あまり長文を書きたくないので簡単に説明すると、俺は幻想入りした人間なんだ。で、ルー
ミアに喰われそうになってたところをたまたま通りすがった天人に助けられて、それ以来俺は彼女の
執事として仕えてるんだが。そんな彼女が体調を崩した。彼女曰く生まれ持っての天人でもないし、
完全な天人でもない天人崩れ故に強力な細菌に感染するとか気が乱れるとかするとちょっと具合が悪
くなるのだとか。
ここまで語れば後は言うまでもあるまい。で、俺は永遠邸につくどころか迷いの竹林につく前に迷っ
てしまったわけだ。
「まいった……。恩返ししようだなんてこっそり出てきたのは間違いだったな。普通に衣玖さんに声を
かければよかった……」
さてどうするか。道に迷うのは妖精の仕業とも言う。だとしたら俺は既に妖の手の者に化かされてい
るんじゃなかろうか。
「そーかもねー」
不意に背後からかけられた声は、俺の疑問に対する答えだった。思念を読んだのか、さっきの俺の
セリフを聞いていたのか。どの道あまり好ましい事態とは言い難い。護身用として天子から授かった
脇差に手をかけ振り返る。抜き打ちにすべきか迷ったが、やはり相手が分からない以上は危険と判
断した。
「おまえ……ルーミアっ!」
金髪赤目の少女と、目が合った。幻想入りしたあの夜、俺を喰おうとした妖怪。説明なんていらんだ
ろうそうだろう。
「ふふ……だってあなた、美味しそうだったんだもの」
俺は脇差を抜き放ち、彼女の腹を精一杯斬りつけた。だが、あろうことかその刃は彼女の手にがっし
と掴まれ受け止められたのだ。敗北の予感に全身の血の気がさぁーっと引く。
「っ……天人の血で清められてるのか~」
が、ルーミアは刃からすぐに手を放した。彼女の白く小さな手には切り傷こそなかったが、刃を握りし
めていたその部分だけが真っ黒に焼け焦げていた。天人の血……? 天子の物だろうか。普通に考
えたらそうなるのだろうが、彼女がまさか俺のために自分の血を。
「愛されてるね、あなた。彼女、その刀で自分の手首切ってるよ。相当量の血で清めないと”今の私”
にダメージを与えるような武器は作れないもの。まぁ天人の肌に傷をつける武器ってだけで既にすご
い業物なんだけどさ」
じゃぁ、彼女の体調不良の原因は……。
「貧血だったのか……」
それはともあれ、とりあえず俺は今おかれたこの状況から逃げねばならない。普段のルーミアならば、
もしかするとこの刀があればなんとかなったのかもしれないが。そう言えば今日は7日だった。ルーミ
アの手の中に、闇が集まってゆく。ヤバイ、これはやばい。外の世界にいた時に聞いたことのある設
定……今の彼女はおそらく。
「そう、そして愛されている人間の肉は他にもまして美味しいの」
闇が一筋の形を成した。少女の身の丈を超える漆黒の大剣へと姿を変えて。こいつはいわゆるEx
ルーミア……等と言っている場合ではない。大剣に脇差では、いくら清められていようと間合い的に
勝負にならない。
「悪いね、けど私も食べなきゃ死ぬから」
ほんの、瞬きをするかしないかの間に俺の脇差は俺の手を離れて宙を舞っていた。そして大剣の
切っ先は喉元に。
「ひっ……」
俺は思わず後ずさるが、剣の切っ先はその動きにぴたりとくっついてきた。
「最後に言い残すことはある? 一応伝言ぐらい頼まれてあげるよ、食料君」
ぺろり、と舌舐めずりをする彼女。言い終えたら、その瞬間に殺される。けれども言わねばやはり殺さ
れる。もはやこれまで、ならば一番言いたかったことを叫んで果てるまで。
「て……てんこおおおぉぉ! あいしてるうううぅぅっ!!」
「馬鹿っ!! そんな情けない顔で何いってんの!!」
そんな声と共に天空から巨大な要石が降って来て地面を穿ち突き刺さる。ルーミアはその一瞬前に剣を
引きその場を飛びのいていた。あぁ、なんて自惚れた幻想だろうか。体調不良で寝込んでいた天子がわ
ざわざ俺を助けに来てくれるだなんて。
「私の執事に手を出すんじゃないわよっ!!」
緋想の剣が鞘走り、ルーミアの大剣を精一杯打ち払う。衝撃によてルーミアの小さな体は数メートル
吹き飛び、そして天子が振り抜いた剣を構え直して追撃を叩き込む。だがルーミアも然る者。剣を斜
に構えてそれを受け流し、柄で天子の顎を打ちすえた。ガツン、と鈍く嫌な音が俺の耳に生々しく伝
わってくる。そうして出来た隙に、ルーミアはその大剣を信じられない速度でねじ込んだ。だが逆手の
大剣は狙いを外し、天子の脇腹をかすって突き抜ける。こうなれば隙だらけ。天子はすかさずルーミ
アの腹にひざ蹴りを叩き込む。
「げほっ……ごぼっ!」
ルーミアは2,3歩よろけて咳き込んだ。明らかに普通の咳ではない。体内から何かがこみあげてきた
ような。咳に一瞬遅れて、彼女の口からは一筋の血がツーっと流れ落ちる。なんて威力だ。妖怪の少
女に血を吐かせるなんて。
「これは……幻じゃあない?」
俺はその決闘の音、血の匂いなどからそう判断した。と同時に、自分が情けなくなる。天子のために
地上に出かけたのに、まさかその天子本人に助けられてしまうだなんて。
「てりゃあぁっ!」
天子がルーミアを蹴り飛ばし、沢の向こう側の樫の老木に打ち付ける。大人でも抱えきれぬほどの
樫の木は、ルーミアに与えられた運動エネルギーを受け止めきることが出来ずに大音響とともに真っ
二つに折れ、砂塵と水煙を巻き上げて沢に倒れ込んだ。
砂塵の中、倒れた樫の枝を切り払いさらにルーミアに追撃を迫る天子。だが、俺は見た。ルーミア
が起き上って、その大剣を振りかぶり、迎撃の一手として天子に向かって投げつけるのを。
シュッ……ドスっ。剣が何かを貫き、岸のこちら側の木に突き立つ音。まさか……。嫌な予感。そし
て数瞬の沈黙を置いて、砂塵が完全に晴れる。
「残念、貴女が貫いたのはあれよ」
そこには、緋想の剣をルーミアの首筋に突き付けて勝ち誇った笑みを浮かべる天子の姿があった。
「そ、そーなのかー……」
木に突き立ったルーミアの剣に留めつけられていたのは、天子がいつもかぶっているあの帽子。
「今度彼に手を出してみなさい。その時は私が貴女を殺す以上するから」
天子はいつも見せないようなマジ顔でルーミアに凄んだ。さしものルーミアもこれには参ったのか。
「わ……悪かったわ。もう彼には手を出さないわよ」
美味しそうだったのに。ルーミアは不満そうに小さくこぼしたが、”だった”ということはひとまずは諦め
てくれたようである。
「じゃ、私他の獲物探しに行くから」
ルーミアはそういい残し、ふわふわとどこかへ飛び去ってしまった。
「この馬鹿っ!! 大馬鹿っ!!」
ばちーん!! 茫然として立ち尽くす俺の頬に強烈なビンタが炸裂した。その威力に一瞬意識がブ
ラックアウトしてしまい、気がついたら地面に倒れていた。まぁ、天人のビンタを受けて意識が飛
ばない人間などいないだろうが。
「どこの世界に、一人で勝手にお使いに行って体調不良の主人に助けてもらう執事がいるのよ、も
う! 心配させて……」
仰向けの視界に、天子の顔が映り込む。そして。
「生きてて良かった……」
ぎゅっ……。俺の体に手を廻し、彼女は俺を優しく抱きしめてくれたのだった。柔らかく、暖かい彼女
の体が俺の上に覆いかぶさり甘く心地のいい香りが俺を包む。そんな権利、俺にはないと知りつつも
つい手が出て彼女を抱きしめ返す。しなやかな彼女の髪、ほっそりとした体、平坦な胸。
暫くの間、俺と天子は黙って抱き合っていた。それがどれほどの時間だったかは分からないけれど。
もうずっとこのままでいいとさえ思えた。そんな沈黙を彼女が破る。
「あのさ、さっきのセリフなんだけど、もう一回言ってよ」
「え? あ……申し訳ありません、様をつけるのを忘れてましたね」
俺は、顔を覗き込んで尋ねる天子から目を逸らした。あんな状況とは言え執事が主人の名を呼び捨てで
愛を叫んでしまってはやはり問題だったろうか。
「いや、そうじゃなくて。うん、その件はゆるしたげるからさ……。その……ちゃんと、聞きたいのよ」
驚いて視線を戻せばそこには頬を紅潮させた彼女がいた。つられて俺までなんだか恥ずかしくなる。さっ
きは勢いがあったからまだ良かったのだが。けれどここで言わなければ執事以前に男として失格だろう。
俺はゆっくりと息を吸い込み。
「……えぇ、いいですよ。てんこあいしてる」
彼女の耳元に、小さく囁いた。
「……てんこじゃなくててんし、ね。けどありがとう。貴方はそうやって私を愛していてくれさえすれば
いいわ。そうすれば、私が貴方を護ってあげるから」
ぎゅ……。彼女は少し恥ずかしそうにそう言って、それからもう一度俺を抱きしめた。
内容については特に言う事はありません
欲望に超正直で良かったと思いますw
>>1
フヒヒサーセンwww
>>2
真っすぐなのは良いことだ
>>3
正直執事じゃなくても天子に護ってもらえればそれでいいです