※ この物語はこれまでの甘リアリシリーズの続きになります。くどいようですが、この物語はあくまでリアルに近いフィクションです。
紫の能力により、新婚旅行先の神戸と言う町にやってきた私とアリス。河童よりさらに高度に発達した機械文明を持つこの世界の地の色は銀色。窓から見た銀色の世界は、幻想郷の緑とはまた違う印象を私に与えた。
お菓子をご馳走になった私とアリスは、紫に連れられて紫の別荘から外に出てみた。少し歩くと、そこには今までかつて見た事の無い素晴らしい世界が広がっていた。
―それは、何処までも続く美しい青い海と広い空。
~文々。新聞夏の特別号へ寄稿された霧雨魔理沙のコラムより一部抜粋
Day1.~全てが未知なる外の世界~
見晴らしの良いバルコニーから望む青い海と空を見た私は言葉を失った。こんなに美しい物が幻想郷にあっただろうか?
かつて見た月の海は、静かで何もない寂しげな物だったが、今見ている海は大きな船が沢山航行しており、あまつさえ海の向こうに見える島と大きな橋で繋がっている圧巻の光景である。
「・・・これが、外の世界の海?」
「すごい・・・こんなの、始めてみるわ。」
普段、二人っきりで良いムードにならないと声が上ずらないアリスが、珍しく声を上ずらせている。しかし、私はその光景の余りの凄さに逆に言葉を失ってしまう。小町の持っている船より遠目で見ても遥かに大きい船がこれまた大きな橋の下を悠々と潜るその様は幻想郷では絶対にお目にかかれない。
「この海峡は洋上の交通の要所であると同時に、漁業も盛んな場所ですわ。」
「魚とかが一杯取れるの?」
「ええ、タコが有名ですわ。他にも鯛等も美味しいのよ。」
タコや鯛、幻想郷には海が無いので滅多にお目にかかる事が出来ない代物であり、紫が気まぐれに用意してくれたのを何度か食べた位しかない。
「あの淡路島とこの神戸を結ぶ明石海峡大橋は、世界で一番大きなつり橋ね。」
「よしんば私が世界二位だったとしたら?」
「・・・世界、一位ですわよ?」
「すげー!」
⑨のそしりを受けそうな位、はしゃいでるのは自覚してる。でも、アリスも私を止めようともしない。ただ、その目の前の光景を目を輝かせて眺めているだけ。その目に吸い込まれそうな位ときめいてしまったが、世界最大のつり橋を前にした私のテンションは既にクライマックス。
「あの橋の中には入れますわよ、近くにその橋の資料館もありますし、行ってみる?」
「「行く!!」」
「さすがは恋色魔法婦々ねぇ、案内してあげるから付いてきて。」
声を揃えて返事をした私達は紫に促されるまま、歩み始める。階段を少し降りて、外に出ればそこは幻想郷とは全く異なる世界が広がっている。今、私達が来ているような服に身を固めた人が何人か連れ添ってお喋りしながら往来を歩き、その往来と往来の間の道を緩やかなスピードで早苗の所で写真だけ見た事のある車が何台か列を作って走っている。
「外は幻想郷以上に暑いな・・・」
「ええ、帽子も調達しておいて良かったね。」
「なんつーか、その頭よりも地面からの熱が凄くってな。魔法も使えないから・・・きついんだぜ。」
幻想郷の人里より遥かに綺麗に整地された道を歩く私達に容赦無い熱気が襲いかかってくる。外の世界は私達の世界よりも技術が進んでいるから、夏でも涼しいのではと思っていたが、涼しいのは部屋の中だけ。八卦炉も魔法が使えないと言う事で、幻想郷にある新居に上海人形と共に魔法障壁で防犯対策が施された私達の部屋に保管しており、今、手元には無い。
アレがあれば、涼しい風を起こして一瞬で涼しくする事もできるんだが・・・
「大丈夫、魔理沙?」
「ああ、ありがとう。アリスの優しさが嬉しいぜ。お前も汗が酷いぞ。」
「やだ、ホント。幻想郷ではこんな事無かったのに。」
「これも外の世界ならではって事だな、ほれ、アリス。」
「ありがと、魔理沙。」
ハンカチで私の汗を拭ってくれるアリス。私もそっと、アリスの頬の汗を拭いてあげる。そんな調子で紫の後を付いて行くと、爽やかな風が吹き抜けて行くのが分かった。その風には微かな匂いがついている。
潮の香りである。
「塩っぽい匂いがする・・・」
「海に近づいた証拠ですわ、ほら、家から見た橋がこんなに近くに。」
「うわぁ、紅魔館・・・程じゃないけど、すごく大きいんだぜ!」
そんなに身長の高くない私にとって、目の前の橋の大きさはそれはもう圧倒的な大きさ。紅魔館も大概大きかったが、この橋はそれよりも更に長く、大きい。人里にあるようなつり橋なんかとは比較しようのない大きさだ。
「しかも、この上に今そこで走ってるような車が沢山・・・凄い。」
アリスも思いっきり首を上げてその橋を見上げている。好奇心に輝くアリスの目って初めてで、その目の輝きに思わずココロがドキッとする。しばらくその橋を見上げていると、紫が私達の肩をそっと叩いた。
「暫く見学してなさいな、その間に私、ちょっとやる事がありますので・・・」
「分かった、でも連絡は・・・」
「渡してある携帯電話を使いなさい。使い方はマニュアル読んで勉強してるわね?」
「ええ、開いて、ここの1番押したらいいのよね。二番は魔理沙、でいいかな。」
「結構、そしたら自動で私に繋がりますわ。最悪はスキマがありますが・・・・この世界ではおいそれと使えませんので。」
「分かった、これで連絡取るようにするから。」
「よろしく。」
足早に立ち去る紫を見送る私達、潮騒の音と船の汽笛を聞きながら普段は絶対にお目にかかれないものの雰囲気を味わう私達。見知らぬ世界に、愛する人と二人っきりでここに居る。
固く繋いだ手と薬指に収まった結婚指輪に視線をやると、いつもと変わらぬ輝きがそこにあった。
「行こうぜ、アリス。」
「ええ、魔理沙。行きましょう。」
二人なら怖いもの等あんまりない。不安な事もあるが、いつもの私達のように二人で乗り越えて行ける。
そんな事を考えながら私達は、そっと歩み始めた。
ミ☆
ミ☆
「・・・これが海上47m、普段空飛んでたらそんなに思わなかったけど、やっぱり高い。」
「あ、アリス・・・落ちても今は飛べないんだぜ・・・・・」
「情けない声を出さないでよ、大丈夫よ、私の腰にしがみ付いてるうちは。」
あれから覚悟を決めて橋の中・・・入口には舞子海上プロムナードと書いていた所に入った私達は、47m下にあると言う明石海峡を眼下に眺めていた。透明な板が床に張られているのに未だ気が付いていない魔理沙は、すっかり私の後ろで小さくなっている。
普段は目で追うにも難しいスピードで優雅に鋭敏に空を飛ぶ魔理沙のリアクションにしては、かなり可愛げがあるのだが。
「それに、よっと!」
「わわわわわっ、落ちる!!」
「ここはちゃんと床がある、ちゃーんと歩けるわよ。」
「ほ、本当だ・・・あぁ、怖かったんだぜー」
怖がる魔理沙を堪能する事が出来た私は、丸太橋を渡り終えそっと、魔理沙の手を引いて横に連れて行ってあげる。ふと見上げた視線の向こうには、幾重にも重なった格子状の橋げたの姿が。これが機械文明の象徴なのだろうか・・・重々しい雰囲気を醸し出すその光景には無機質さしか感じられない。
「幻想郷のつり橋では考えられないような構造だわ。」
「ああ、そもそも此処まで大きな橋が必要になるとすればは三途の川位なもんだ、あそこもこれ位の橋をかけたらいいんじゃないか?小町も楽になるだろうし。」
「言えてるかもしれないわねー」
三途の川にこれだけ大きな橋がかかっている光景を想像して、すこし頬が緩む。でも、三途の川って魂によって距離が変動する筈だから一定の大きさの橋ではちょっと無理があるなぁと思いながら、私は魔理沙と連れ添ってゆっくりと遊歩道を歩く。
固い感触が踏みしめた足から返ってくるのだが、幻想郷で慣れ親しんだ土のそれとは全く違う。固さしかないその床の感触はあんまり好きになれなかった。都会派を自称している割には、それはどうなのかとココロの中で苦笑する。
いや、都会派と言うのも自分の中の飾りの一つだから・・・全てを共有して生きている魔理沙の前で都会派を自称する事自体にも意味は無い。
本当に、この半年で私はすっかり変わってしまったなぁ。
そう思った私は、魔理沙の手を握りしめた。魔法使いになって色んな事への興味を失い、何もかもがつまらない光の無い世界に光をくれた人の手。お互いの全てをかけて、愛を分かち合える最高のパートナーの無垢で無邪気な真っすぐな瞳をそっと見る。
「どうしたんだ、アリス?」
「魔理沙の目、何時だって輝いてるなって。私の眼よりも・・・」
「そうか?お前の目も、きらきらしてて、どんなものよりも透き通った綺麗な目だぜ。」
弾ける笑顔の愛しの人にココロがキュンとする。私は素早く周囲に人が居ないかを確認して、そっと魔理沙の左手に抱きついた。照れくさそうにする魔理沙と共に、ゆっくりと歩んで、遊歩道の一番奥にある展望台のような場所へと辿りついた。
「ここが終点みたいだな・・・見ろよ、船があんなに近くを通ってるぜ。」
「ホントだ。近くで見ると、ホント、すごいね・・・」
「聖の所よりもまだ大きいのもあるぜ、空は・・・飛べたりするのかな?」
「どうかなぁ。あんなごってりした物が飛んだ日には、ゴリアテだって空を飛べるわ。」
「ゴリアテを飛ばすのは研究のテーマにしたいんだぜ。帰ったら頑張ってみようか。」
「そうね。やってみましょう。」
手を繋いだまま眼下に海を見る。この魔理沙となら、どんな事だって出来るような気がする。生命創造の呪文という魔法の中でも屈指の難しさを誇る呪文も、私達の愛の炎のように膨れ上がる魔力と私達の絆がそれを実現させたのだから。
「ここで魔法が使えないのが残念だぜ。こんな海の上を飛べたらさぞ、気持ちいいだろうなー」
「我慢なさい。パニックを起こしたら大変な事になるわ。」
「だよなぁ。くぅ~残念だぜー」
子供っぽさに溢れた笑み、これは最初に魔理沙を見た時から全く変わる事の無い私が一番好きな表情。魔理沙は加齢と共に、徐々に少女から大人の女性へと美しさを開花させていったが、その大人の美しさの中にも子供のような元気の良さをずっと持っている。
最終的には、私達の時間を合わせる・・・種族を合わせる事になるけど、私が人間に戻ったら、魔理沙と一緒に美しく老いていければ素敵だなって、ずっと思ってる。最期の時まで一緒にいて、沢山の家族に囲まれて幸せだったねって言いあえるような一生を送りたい。
今はまだ、種族は違うが目の前の愛する人と、その命を一緒に燃やして、此処に生きている。
潮騒のような魔理沙の鼓動、真夏の太陽のような魔理沙の温もりを感じていると、それを強く実感する。今、私は此処に生きているんだって。愛する人の傍で、愛されて生きているんだって。
「アリス?」
目が合った。優しさと強さを兼ね備えたその眼差しは、私のココロを照らす眩い光。その光に満たされた私は、ただ黙々と悠久の時を生きる七色の魔法使いから、世界一幸せな恋色の魔法使いになった。
私達二人だけが名乗る事の出来る、この二つ名を共有できる事が本当に嬉しい。不意にカラダが不意に動き、魔理沙の肩に頭を乗せて顔を寄せていた。そして、ココロの中に浮かんだ言葉を、そのまま一言一句噛みしめるように魔理沙に伝えた。
「好きな人とこうしていられるのって・・・幸せよ。」
「私も幸せだぜ。」
ぽつり呟いた言葉が二つ、ブォーという船からの音がかき消した。でもその言葉は私達の耳、そしてココロにはちゃんと響いてる。最近姿を見せるようになったお寺の山彦の声のように、反響して、何度も何度もココロに染み入る素敵な言葉。
「さ、そろそろ出ようぜ。」
「そうね、下の博物館にも行ってみなきゃね。」
「おぉ、アリスが自分から行動を提案してくるとは。嬉しいぜ。」
「まぁ、たまにはいいでしょ。」
「いつだって大歓迎だ、アリスなら。」
私達が連れ添って展望台を出ると、ラウンジみたいな場所があり数人の観光客と思しき人が寛いでいる。中央は売店になっているが、ランチタイムが近いので特に何かとは思わなかったが、沢山食べる魔理沙は売店の方をチラッと見ている。
「うーむ、飯の前に前菜を食べるか。」
「止めておきなさい、お昼も沢山食べるんでしょ?」
「外の世界で貴重な食事ではあるが、うーむ。」
まぁ、魔理沙は相当な大飯喰らいではある。ただ、それは、魔法を使った時に限られる物で、異変解決だとか、二人の魔力をリンクさせた後なんかは本当に良く食べる。私とは違って、あんまり極度に魔法を使うと体力も消費するので、この前の霊廟の異変の時にはかなり大きなお弁当を持参して戦いに挑んだ位なのだ。余談だが、食べた後のお弁当箱は魔理沙の人形が途中で持って帰ってきた、中の様子等のメモも入っている辺りに凄さも感じる。
「もっと凄いお店に連れてってくれるかも知れないわよ?紫の事だしねー」
「・・・むぅ。」
自分の身体の事は自分が良く分かっている。暫く悩んでから魔理沙は、踵を返してラウンジの向こう側に視線を送った。そこには何やら機械のような物が数点置いてあり、その中の一つに記念写真と言う文字が見える。
「せっかくだ、写真、取って行こうぜ。」
「そうねぇ。折角の思い出だし、賛成よ。」
「そうと決まれば、早速行くんだぜ。」
ラウンジにいたお客さんの視線は気になったが、魔理沙に手を引かれて私はその機械の元へと向かう。橋のイラストと海の光景が描かれたその箱状の機械は、人が二人位入るのには十分だがそれ以上はちょっと厳しそうな大きさだった。
「へぇ、これが俗に言うプリクラって機械?」
「うん、紫のマニュアルにもあったな。」
紫のマニュアルにも載っていたこのプリクラ。早苗にも見かけたら是非に!!と言っててた外の世界の写真撮影機である。文等が持っているカメラとは最早比べ物にならない凄さである。
「えーと、こっから入るのか?」
「暖簾みたいねー」
暖簾の向こうには狭い空間、数個のボタンと大きな画面があった。人もいないのにお金を入れてくれと言う声だけが聞こえてくる。これも機械の仕業なのだろうか。
「うぉ、すげーな。誰も居ないのに声がしたぞ。」
「機械から音がしてるみたいだわ、外の世界にはそう言う技術もあるのね。」
「ホント、外の世界はすげーぜ。」
十分に関心した魔理沙は、幻想郷でも使っているお洒落な財布を取り出してここに入る時に出したお金のお釣りをコインの投入口にそっと入れた。画面に映し出される表示に従ってポチポチっと操作する魔理沙。順応の早さは魔法だけにとどまらないようだ、そんな一面をもつ妻の頼もしい姿にはキュンと来る物がある。
「アリス、背景はどれにする?」
「この中から選ぶのね、んーとー」
見た瞬間にコレと思ったのは、さっき見て来た海と橋がセットになった背景だ。海のある町に行ったのだ、海にいった事を記憶に残さなきゃ人生損をするだろう・・・私が人生という言葉を使うのは語弊があるかも知れないが、大切な人と生きる時間はもしかしたら有限の物となる事もある。
無論、それが嫌な訳はない。愛する人と添い遂げ、有限の時を悔い無く生きて、しわくちゃのお婆ちゃんになっても・・・ずっと一緒に生きて、最期を看取ったり看取られたりして、やがては後に続く・・・・・という人としての生を全うする事は、魔理沙となら私は不死というメリットを棄ててでも喜んで受け入れるつもりだ。
ただ、捨食の呪文の解呪にはかなりのリスクを伴うため、研究は進んでいる物の、いざ実行すると言った時に魔理沙がうん、と言ってはくれないと思うけど。
―それも全てひっくるめて、私は魔理沙の妻になる決意をしたのだから。
そんな事を考えながら、私はそっと一つの背景を指差した。
「私、これがいいな!」
「おぉー、橋と海の奴だな。これはいい、早速セットするんだぜ。」
嬉しそうに機械を操作する魔理沙、すると背景が映し出され、いつもの服では無い早苗達と一緒に選んだ外の世界の服でお洒落をした私達の姿が映し出される。それだけ見れば、何も知らない人は、仲のいい女の子が二人並んでプリクラを取る何気ない光景に見えるかもしれない。
映し出された姿を見ながら、髪型やら身だしなみをお互いにチェックしていると、撮影の準備が整った旨を告げるアナウンスがあった、後は点滅しているボタンを押せば自動的に撮影が始まる事を教えてくれている。
「・・・じゃあ、アリス、折角の記念写真だしー」
その一言で魔理沙は、私に顔を寄せて来た、そしておでこの後に頬をくっつける。これは私だけが知っている魔理沙のおねだりのポーズだ。二人きりの時は、忙しくなければその求めに応じるのではあるが・・・ここは不特定多数の人が見ている可能性のある公共の場所。増して、同性愛があまり認知されていない世界においてそれを見られると言う事は・・・あんまり宜しくは無い。
「だ、ダメよ・・・・魔理沙、皆に見られてるかも。」
「大丈夫だ、周りには誰も居ないみたいだし・・・それに此処の入り口には幕も付いてる。それに、さっきいきなり抱きついてきたじゃんかよー」
「でもぉ・・・・あれは、誰も見て無かったから・・・」
言葉に困る。愛している気持ちには嘘は無いけど、やはり人の目は気にしてしまう。家とかでこういうムードになるのは良くある事で、そうなった時はちゃんとその時の気分に合わせて甘い一時を楽しむ事もあるが、流石に人の目がある所ではこんなに派手にイチャついたりはしない。結婚式の時は、一生に一度の晴れ舞台なのでそんなに意識しなかったのだが・・・
当の魔理沙はどこぞのさとりのような読心術でも使ったのだろうか、私の目を真っすぐに射抜いて、優しくこう言って来たのだった。
「人生一度の新婚旅行・・・だから、な、アリス。」
そうだ、今、この瞬間は一度しかないのだ。愛する人と生きる上でこの貴重な時間は一度しかやってこないし、そこでしか紡げない思い出も、沢山ある。最愛の人の言葉に心臓がドキドキ言っているのが耳の奥に伝わってきた、でもそのドキドキすら心地良い。このココロのときめきを与えてくれる人が、傍で優しく笑っていたから。
だから、私は・・・・小さく頭を縦に振った。
「・・・うん。」
「ありがとう、アリス。」
その一言で魔理沙は、撮影ボタンに左手をかける。私も、そっと左手を置いた。薬指に収まった指輪は、魔法を使えないので今は何の力も感じない。でも、魔理沙がくれた結婚指輪と私の愛と絆の指輪が一つになったそれは、いつだって9色の輝きを秘めている。
瞳を閉じて、そっと一緒にボタンを押しこむ。距離がどんどん近くなっていって・・・
やがて、ゼロになる。
「「・・・ん」」
唇と唇が触れたのと同時に、機械のシャッターが作動するのが分かった。
時間が止まったような感覚、愛する人と二人きりの世界で私は魔理沙を感じている。種族も違う、考え方も違う。でも私達は愛し合っている。偶然の連続の結果と言えばそれまでかもしれないけど、ココロを通わせたり魔力を通じ合わせたり・・・全てを知りあう事が出来た、私の最愛の人。
私達が離れたのは、写真が取り出し口に落ちて、ご利用ありがとうございましたと言う無機質な声を聞いてからだった。
「・・・好き。」
「・・・うん。」
先ほどの無機質な声とは違う温かく優しい声、力強さは無く年相応のか細い声は染み込むように、私の中に吸い込まれて行った。深呼吸を挟み、魔理沙がそっと屈んで写真を取り上げた。
「へへ・・・ばっちりだな。」
先ほどのキスを完全に捕えた機械から取り出した私達の写真は、魔理沙の指摘通りばっちりだった。しかし、これを見られるのは色々と問題があるのは間違いない。だから私は、いつも以上に素早く手を動かし、魔理沙からその写真を掠めとった。
「あ、こら、返せー。」
「これは私達だけの思い出にしましょ。帰ってから私達の部屋に飾るのがいいわね。」
「その点については同意するぞー、でもどうしてしまおうとするんだぜ?」
「恥ずかしいもん・・・見られるの」
「それも、そう・・・だな。」
頬を赤らめた私達は、写真を見られない様に物理的に封印する。帰ってから開けて、写真立てに飾ろうと、そうココロに決めた。
私達が、ここに来た事の思い出を永遠に残すために。
ミ☆
アリスに強引に写真をしまわれた私であったが、アリスが私達だけの思い出にしたいと言う申し出を受けたのでこれ以上は何も言わなかった。
二人だけの素敵な思い出って言うのは凄く憧れる。バレンタインデーの告白から続く付き合いから同棲生活、そして新婚生活を二人で過ごしてきたけど、それまでの期間も沢山の二人だけの思い出がある。
「じゃあ、今度は橋のデータについて色々見てみるか。」
「そうね、これだけ大きいと、その数字も何かすごそうね。」
「ゴリアテと背比べが出来るなぁ。」
そんな私達は、橋から出て近くにある橋の科学館に立ち寄った。入り口で料金を払った際に案内を貰ったのでそれに目を通す私。
「ほうほう、なんか30分位おきにからあそこで何かをやるみたいだな。」
「なら、他の場所をそれまでに回ってしまうのが上策かな。」
「そうだな、3つの立体映像とやらを順繰りに回しているみたいだし。」
ちらと時計を確認し、十分な時間がある事をチェックした私達は、まず橋のジオラマのあるブースへと向かう。視線の先には大きな橋の模型が見えるが、あれは風洞実験のために使用するものなんだって。文やはたて、早苗辺りに風を起こして貰った場合、あの橋は耐えられるのかとも思ったのだが・・・台風や地震でも特に影響は無かったとか書いてあるあたり、その設計の凄さにただただ驚愕した。
幻想郷では、強風等で橋が落ちるケースもあるっちゃあるので、この技術を持ち帰れば里の人が橋を直す時の事故で犠牲になる人を減らせるかもしれない。
「・・・この橋を小型化して作るとなると、河童でも厳しそうね。」
「あぁ、大量の鉄、それに書いてあるコンクリートとやらが必要だ。」
「こっちの世界の家の材料でもあるって書いてあるわね。」
「あぁ、私達の魔力と木からなるあの家とは全然違うよな。住み心地は最高だけど。」
「そうね。」
今の私達の新居も魔法で出来た触媒の木に私達の魔力で組み上げた素敵な物で、暑さや寒さをシャットアウトできる魔法がかかっている。紫の家にあったエアコンなる機械が無くても一応快適には過ごせるんだが・・・魔法が無いが故にこうした物質を作り上げた外の世界の技術力は本当に凄いと思う。
にとりなんかが来たら、目を輝かせてこの技術を学んで帰るんだろうな。私も魔法と言う学問を学んでいるのもあってか、探究心はある方だと自覚している。ただありすぎて、嫁さんにあらぬ迷惑をかけているかも知れないと思うと、少しココロが痛い。
なので、自覚して気を付けてはいる。慎ましい淑女の嗜みを学び、アリスの嫁さんとして恥ずかしくない様に。
「魔理沙、はしゃいじゃって・・・まるで子供みたい。」
「と、悪い。もう全てが初めて見る物ばかりだから、ついつい。」
「でも、とっても魔理沙らしいわ。ほら、魔理沙、あっちにケーブルの断面模型があるわ。行ってみましょ?」
「お、おう。」
私の手を引く楽しそうな笑顔のアリス、交際を始めてからアリスがこうやって自分から何かをする事が増えたように思う。魔法使いになって成長を止めているはずなのに、ココロはまったくそんな事は無い。楽しい事を楽しい、嬉しい事を嬉しいと素直に表現できる心境の変化は、もう人間と全く変わりない。
「凄いねー、魔法の森の木よりも太いんじゃないかしら。」
「三妖精の木の幹には及ばないと思うんだぜ、あれは相応にデカイ木だからな。」
手を広げて大きさを確認するアリスの目が輝いている。昔は・・・お互いを意識する前は絶対にそんな目をする事は無かった。どこか憂いのある、それでいて寂し気な目をする事が多かった。
ある日、寝床でアリスが私に囁くように言ってくれたセリフがココロの中に今でも残っている。傍にいつも魔理沙が居てくれるから、寂しくない。好きな人が起きたら目の前にいるのは・・・すごく嬉しいと。
そんなアリスを孤独の悲しみを味合わせたくない、ただその一心で私は捨食の魔法を完成に近付けている。と同時にアリスは共に有限の生を歩めるように捨食の魔法の解呪の研究に尽力している。
全ては共に生きるために。最愛の人と結ばれたこの素敵な時間を共有するために、私達は各々だけに依存する事無く、二人で生き方を選べるように。
ジオラマとアリスの横顔を見物しながら、館内散策を楽しんでいると場内のアナウンスが鳴った。
「お客様にお知らせいたします、間も無く3Dシアターにて・・・」
「お、そろそろ時間なんだぜ。あっという間だな。そろそろ移動するか。」
「うん、行きましょうか。」
そんなに広く無い館内なので時間もさしてかからずスクリーンの前に移動する私達。入る前に受け取った眼鏡を弄びながら私は、先に席に着いていたアリスに。
「眼鏡か・・・私、目は良いから付けた試しが無いんだが。」
「そういえば、あの永夜事変の時でも魔理沙良く弾の方向見てたよね。あの目に助けられた事・・・今でも覚えてる。」
「アリスが私のカバーに回った瞬間、上からリグルが不意討ちキックしてくるんだもんなぁ・・・あれは忘れられんよ。」
「あの時は、強がってしまったけど、言ってくれなかったら本当に蹴られてたかも。」
「まぁまぁ、いい思い出って事で良いじゃないか。」
「そうね。」
遅れて席に着いた私はそっとアリスの右手に左手を重ね合わせた。眼鏡の説明を聞きながら、右手に持っている眼鏡をかけているとこのスクリーンに映し出されている映像が飛びだして来る事を把握する。
「映像が飛びだして来るんだなー、成程。」
「激突とか、しないわよね・・・」
「アリスに激突する前に私が護るんだぜ。だからアリスは心配しなくてもいいぞ。」
「ありがと、魔理沙。」
アリスの右手が上になって私の左手を握りしめる。その手の温もりが私の中に染み入るようだ。やがて映像が流れ、眼鏡を着用するように促される。眼鏡を着用した私達は一度お互いの表情を見た。
「あら?魔理沙も中々似合ってるじゃない。」
「そうか?アリスだってかわいいぜ。」
「もぅ、魔理沙ったら・・・って、きゃあ」
「おおおお、映像が、こっちに迫ってくるんだぜ?」
大きな効果音と共に橋が迫ってくる。私はアリスを護るために身を寄せその橋の映像に手を伸ばしたが、実体は無かった。その事に安堵した私はすぐにアリスに。
「大丈夫、みたいだぜ。触ってみなよ。」
「あら、実体が無いわ。やっぱり説明通りこの眼鏡の仕業なのね。」
「これが外の世界の脅威のメカニズムってところか・・・」
「ほんと、幻想郷ではなかなかありえないものねー」
映し出される橋の情報や、海の事等を聞きながらしばし映像を見いる。眼鏡で隠れて分からなかったが、食い入るように見つめるアリスの眼差しはとっても明るかった。人付き合いは決して下手では無かったが、魔法に執着しやすかったため、魔法以外の色んな事に興味を持つようになった事は、私としてはとっても嬉しい。
二人で色んな物を見て、学び、そして感情を共有できる。それが本当に素晴らしい事である事を私は知っているから・・・アリスと感情を共有出来たら素敵だなーって思ってたから。
―ココロを通じ合わせられる事はとっても幸せな事だなって、私は思ってる。
そんな調子でお互いに皆の迷惑にならぬよう、小さな声で見た物に関する意見を交わしながら映像を見終わった私達は、シアターを出て寛げるスペースに腰かけて海を眺めていた。幻想郷でも見た事の無いような鳥が、悠々と青空を舞っており、穏やかな景色が広がっている。身を寄せ、鳥を目で追いながらしばしの休息を取る。
「いやぁ、色々と勉強になったんだぜ・・・それにアリスとの思い出の写真も取れたし。」
「紫には・・・見せないでね。」
「分かってる、私達だけの思い出だ。そろそろ紫に連絡しようか、お腹が空いたぜ。」
「分かったわ、それじゃあ早速・・・」
ぎこちない手つきで携帯を操作するアリスは、訝しげに携帯を耳に当てる。暫くの間を置いて、繋がったのかアリスが電話に向けて喋りはじめた。
―もしもしアリスです。
―そろそろ迎えに来て欲しいの、橋を満喫させて貰ったわ。
―で、何処で待ってればいいかな?
―分かった、二人で待ってるから。
私達も指輪の力で会話ができるのではあるが、この外の世界で魔法は使用禁止と固く言われているのでそれに従っている。遠く離れた人とこうやって気楽に会話出来るのは、ちょっとだけ羨ましいような気がした。
もし紅魔館に電話があれば、パチュリーの所に勉強に行く前にアポを取る事ができるだろうし、永遠亭に電話があれば、瞬時に往診の依頼も取り付けられるに違いない。
そんな事を考えていると、パタンと音を立ててアリスは携帯を閉じた。立ち上がって私に手を差し出して外を指さす。
「行きましょ、そこの道端で待ってなさいって紫が言ってたわ。」
「そうか、ありがとう。アリス。」
私達は連れ添って橋の科学館を後にした。凄まじい車の往来を見ていると、人里のようなのどかさは全く無い。慌ただしく道を走る車を見ていると、折角科学技術が発展したのにも関わらず時間に追われる暮らしをしているのかと言うような想像をしてしまう。
幻想郷では時間の流れが緩やかで、アリスと共に暮らしている時間は本当に素敵な物。のんびりと好きな事をして、言葉を交わして愛をはぐくんで行く。
「で、さっきは歩いて此処まで来たが此処で待てって言うのは・・・」
「あぁ、車で迎えに来るって言ってたわ。」
「紫もアレ、運転できるのか?」
「うん、みたいね。早苗が言うには免許が必要だって言ってたけど・・・紫、持ってるのかな。」
「持ってるから乗ってくるんじゃないか?この世界はルールを破るとすぐにお縄を頂戴されてしまうらしいし。」
「魔理沙も死ぬまで借りちゃダメよ?私、独りで幻想郷に帰りたくないわ。」
「分かってる。アリスを独りになんて絶対にしないぜ!」
アリスには私の味わった孤独の恐怖を絶対に与えたくない。だから私は、そう答える。一人ぼっちは一番苦しい事・・・最愛の人にはそんな苦しい想いをさせないと私は想いを打ち明けた日にココロに誓ったのだから。
いきなり一台の車がラッパのような音を鳴らすのが聞こえた。聞いてると気分が高揚してくるメルランのラッパよりイラッと来るような独特の音だ。その車は右の下の方を発酵させて私達の方へと寄って行く。その紫色の車は、太陽光の反射を受けて他のどの車よりも目立っていた。
「これってまさか・・・」
「ええ、もしかしなくても、ありうるわね。」
アリスと私はそれ以上の言葉を交わさなくてもだいたいどうなっているのか見当が付いた。そして紫の車は、私達の見当どうりに目の前に停止し、窓が開いた。
「はぁい、禁呪の詠唱組御一行様、お迎えに上がりましたわ~」
サングラスをかけた紫が窓から手招きをしている。自動車が運転できるとは恐れいったが、まぁありとあらゆる事をしでかす紫ならばそれ位の事は朝飯前なのかも知れない。
手招きする紫には胡散臭い笑みは無い、かけたサングラスが恐ろしく似合っており、妖怪である事を言わなければその辺にいる若者とまったく一緒の爽やかな面持ちだった。
「ここであんまり長くは止められないわ~早く乗って乗って。」
「だって、魔理沙。行きましょ?」
「そうだな、行こうぜ。アリス。」
私達は素敵な思い出を胸にし、橋を後にした。橋の展望台から愛する人と見た海は、とっても綺麗で雄大だった。月の海で見たような静かさや寂しさは微塵も無かった。
これから海水浴に行ったら、またその雄大さを感じる事になるのだろうと想いを馳せながら、誰も見ていない事を確認してアリスの手を取ってあげた。
伝わる温もりの間を、海の爽やかな風が通り抜けて行くのを感じ、愛する人と別の世界にいるんだなって思うとココロが静かに跳ねて踊る。
遠ざかる橋に見送られながら、私達は次の目的地へと向かった。
ミ☆
初めて自動車と言う物に乗った感想は、狭そうに見えて案外と広いと言う事。魔理沙と私は後ろの座席に座り、後ろから紫を見るような感じになっている。
「もういい時間ね、お腹、空いたでしょ?」
「おう、腹ペコなんだぜー。アリスは?」
「私だってお腹は空くわよ。」
「そうかそうか、どうせなら沢山食べたいぜー」
「ふむ・・・でしたら、丁度いいお店がありますわ。」
手慣れた感じで操作をする紫はどこかカッコよく見える。が、横に座っている嫁さん程ではない事は言っておく。人の為に勇気を振り絞って健気に頑張るその姿は、本当にカッコいいのだ。そんな魔理沙は、少し身体を前に乗り出して紫に尋ねる。
「で、その店ってどんなのだ?」
「ふふ・・・幻想郷では絶対にあり得ないタイプのお店ですわ。貴女達は生もの大丈夫よね?」
「ああ、刺身は大好物だぜ。滅多に食えんが。」
「私も、あぁ・・・この前の霊夢が用意してきた鯛、美味しかったなぁ。」
「海の幸をたらふく食べられる所にお連れするわ・・・しかも、面白いお店よ。」
流れて行く美しい海岸線を二人で眺めていると車の動きが止まった、回転寿司と書かれたお店の沢山車が止まっている場所に素早く車を入れた紫は、私達に降りるように促した。
「ここですわ。」
「回転・・・寿司?なんだそりゃ?」
「お寿司が沢山くるくる回って出てくるのよ。」
何と、あの幻想郷では希少な寿司が大量に出てくるだけでは無く、紫や藍の式神や厄神の如く回転しながらやってくるのだと言う。あのお寿司が回転しながら弾幕のように飛んでくるとなれば、外の世界の人は食事も命がけなのかもしれない。
「な、なんですってー!!」
回転しながらやってくるお寿司を交わしながら食べる姿を想像した私はいつもでは考えられないようなリアクションを取ってしまう。だが、やはり変な勘違いをしていたと気が付いた紫は。
「何か変な想像してるみたいだけど、全然そんな事はありませんわ。ささ、中へ。」
「アリス、百聞は一見にしかずだぜ。」
「そ、そうね。じゃあ、行きましょうか。」
店の暖簾をくぐりドアを二個ほど潜った所で私は盛大な誤解をしていたことに気が付いた。広々とした店内はお客さんの喧騒で溢れており、見ればテーブルの上を寿司が回転しているではないか。
「あ・・・回転するって、そう言う意味なのね。」
「そう、あそこから自分の好きな物を好きなだけ食べる事の出来る仕組みになってますわ。」
「おおお!つまり食べ放題って訳だな!!」
「食べたお皿と料理の分は請求されますが・・・まぁ、二人の旅行だし。ここは私がサクッとご馳走して差し上げますわ。」
「やったぜ!!」
紫がご馳走してくれると聞いて、魔理沙は既にクライマックスである。しかし、幻想郷なら嬉しそうに飛び跳ねる所だが、今日は非常に大人しい。店の人の案内に従ってカウンター席に着く私と魔理沙。紫は窓の方に置いてあった容器に入ったお茶を注いで私達の前に差し出した。
「ささ、好きなのを食べてね。宴会で見た事のあるネタも多いとは思いますが。」
紫が口笛交じりに回っている寿司を取った。なるほど、こうするのかとすぐに理解した私は、流れてくるはまちに狙いを定めて取ろうとするが・・・
「私、コレな!」
「あ、ちょっと魔理沙!それ、私が取ろうと思ってたのに・・・」
やむを得ない事ではあるのだが上流に居る魔理沙の方が早く取れるのは致し方が無い事である。だが狙いを付けていた物を目前で取られたのは精神的に参る。だから私はお返しに何かを訴える時の眼差し攻撃を敢行する。
「・・・むぅ、アリスも狙ってたのか・・・・・ごめん、アリス。私は後のを貰うんだぜ。」
「待ちなさい、お寿司は二貫入ってますわ。分ければ・・・良いのです。」
「そうね、半分こしましょ。それでいい?」
「うん!名案だな。」
仲良く一つづつ、醤油を入れたお皿に仲良く付けて自分の口に運ぶ。これがもし自宅であれば、間違い無く食べさせあいっこする展開であるが、人目が気になるので自重。それに紫の横でそんな事したら、末代まで言われてしまいそうな気がするしね。
「美味しい・・・」
「おぉ、本当だ凄く美味しいんだぜ。」
口の中に広がるお寿司の味は幻想郷で食べたそれよりも美味しく感じた。ご飯も美味しいし、何よりネタにしっかり脂が乗っている。幻想郷ではかなり貴重な部類のレベルのお魚がこうして流れてくるとは、回転寿司、恐るべし。
「この回転寿司も一個百円と大変お手頃な値段になってますわ。」
「しかも安いんだ、外の世界って何でも安く買えるのね。」
「そんな事は無いですわ、安くしないと人が来ない現実がありましてね・・・」
「ふむ、お父様に習った事はあるが、安売りを皆でしてしまうと結局最終的に皆共倒れになりかねないから、安くするのは考え物だって言ってたな。」
「そうね、その辺は幻想郷でも変わりないわね。ただこの外の世界は・・・って、辛気臭くなるからこの辺で止めときましょ。」
紫はこの外の世界で何を見ているのかは分からない。ただ、これで外の世界の事情にも詳しい事が把握出来た。チャンスがあれば聞いてみたい所ではあるのだが、変に首を突っ込むのは何となく怖い気もするし、もし知っては行けない事をしって紫に目を付けられたら・・・・・それこそ嫁さんに迷惑をかけてしまう。
お寿司を何個か取っては食べを繰り返しながら、色々と考えるうちに目の前にお皿が溜まってきた。このお皿が邪魔になってはいけないと思った私は、流れてくるお寿司の皿の間に溜まったお皿を戻そうとしたが、その仕草に気が付いた紫に
「アリス、お皿を戻しちゃダメですわ!」
「えっ、あ・・・うん。」
紫に制止された私はレーンに置きかけたお皿を素早く自分の前に戻した。そして、苦笑いを浮かべる。魔理沙が私を覗き込んで笑いながら
「アリスの几帳面な性格がまさかこんな形で、ねぇ。」
「うぅ・・・知らなかったとはいえ恥ずかしいわ。じゃあ、食べたお皿はどうすれば・・・」
「ここに入れるみたいだぜ?5枚で一回なんかオマケがあるみたいだしなぁ。」
魔理沙は、お皿返却口と書いてある所を指差してから、幸せな表情でお寿司を一口で食べて嬉しそうに噛みしめる。
だが、暫くしてその愛らしい表情が歪んだ。
「どうしたの!?魔理沙。」
「ごめん・・・アリス、私・・・・・・」
目と鼻を押さえ、涙を必死に堪えているようだ。そこで私はすぐに納得した。かつて納豆にからしを入れてつーんと来ていたのを思い出す。魔理沙はこういうつーんと来る物がちょっと苦手なのだ。少量なら大丈夫なのだが、大量に入れるとこうなるのはよーく知っているのだ。
「あ、そっかそっか。魔理沙はわさびとかつーんと来るのはあんまり好きじゃないのよね。」
「へぇ、やはり嫁さんだからちゃんと好みは知っているのね。」
「ええ、今なら魔理沙の好きな物全部作る事、出来るわよ?」
「アリスの料理は最高なんだぜ。毎日が幸せになる素敵なご馳走なんだぜ。」
「おぉ、あついあつい。さび抜きの注文はこちらのコンソールから行うんですわよ。」
「そうか、ありがとな、紫。」
紫は別のコンソールで何かを注文し、それに倣って魔理沙はコンソールを触って何皿か気に行ったお寿司をさび抜きで注文した。私があげたマヨネーズ味のサラダとかを頼むのも忘れていない。そして私が取ったお寿司で美味しかった物をわさびを落として分けてあげると、魔理沙は本当に幸せそうな顔・・・周りのみんなも幸せにできる嬉しそうな顔をして頬張る。
「しあわせー」
「良かったね、魔理沙。」
屈託のない笑みは、何よりも輝いている。素直に感情をぶつけてくる魔理沙に最初は戸惑ったが、今ではその仕草の一つ一つが愛おしい。そんな魔理沙を横目に見ていると、紫の横に店の人が出来たてのうどんを置いて立ち去って行った。
「あ、いいなー紫」
「うどんもありますわ。他にも茶碗蒸し等も・・・」
「私、茶碗蒸しとエビ天貰おうかな?」
「あ、デザートもあるんだ、へぇ~」
コンソールの小さな画面を指で操作するとメニューの写真が次々と映し出される。うどんや天ぷらにデザート、何故かグラタンもあるようだ。お寿司だけでなく色々あるのは本当にありがたい。レーンを見れば定期的に回ってくるのも見えるが、見た感じけっこう美味しそうな印象を受ける。
「デザートは後回しにして、まずは滅多に食えない寿司を堪能しようぜ、アリス。」
「そうね、美味しい物が沢山流れているもん。食べなきゃ損よねー」
「若いって・・・いいですわねぇ。私も負けては居られませんわ。」
流れてくるだけでは足りず、流れてこないネタをコンソールで注文しながら私達は食べに食べた。食べる物はいずれも美味しくって、元来食事の必要無い魔法使いである事を忘れる位に感動していた。
それでも美味しい物は食べたいし、食べると身体のコンディションを良い状態に持って行ける。魔法使いと言えども、長命で魔法によって生きる以外は人間と基本的な所は全然変わらないのだ。別に・・・味覚を喪失した訳じゃないしね。
そして、うず高く積まれて行く皿をお皿の投入口に入れる。5枚に一枚くじがあるようだが、そんな事もそっちのけで魔理沙と色々交換しながらそれはもう食べに食べた。
「・・・・・貴女達、ホント、良く食べるわね。」
「えー、普通だぜ?」
「そうかな、いつもよりは食べた感じはするんだけど・・・」
ふとコンソールを見ると皿のカウンターは140を超えていた。紫も41皿にうどんとシューアイスを食べているが、私の方はというと48皿にデザートのカフェモカプリンとチーズケーキを食べているし、魔理沙に至っては52皿に茶碗蒸しと冷やしコーヒ善哉を平らげている。
そして上を見れば何個かくじに当たってゲットしたカプセルが転がっている。私はそれをお腹が一杯になった嬉しさを噛みしめながらゆっくりと立ち上がり回収した。
「あぁ、でももう食べられないんだぜー美味しかったんだぜー」
「そうね、私もお腹一杯・・・。こんなに食べたの、ホント久しぶりだわ。」
「お腹一杯になれたのでしたら嬉しい限り。連れて来て良かったわぁ。」
紫のホッとした表情。今日の紫は、どこか親近感を覚える。多分私達に合わせて行動してくれているからだとは思うが、大妖怪も外の世界では外見年齢相応の振る舞いを楽しんでいるように見える。
お茶を入れに行こうとした私達を制止してお茶を入れ直してくれた紫は、一つ満足そうな溜息をついて、話を切り出して来た。
「さて、午後からはどうなさいます?」
「そうだな・・・海に関係する場所に行きたいんだぜ。アリスは?」
「そうね、魚とかが見れる場所があれば良いんだけどー」
お寿司を食べたからではないが、海に住む生き物がどんなのなのか知りたくなった。川魚は幻想郷でも良く流通しており、食卓に並ぶ事もけっこうある。マスヤマメなんかは魔理沙も好物で良く食べるしね。
紫はお茶を一杯静かに飲んでから、暫く顎に指を当てて考える素振りをしてからポンと手を打った。
「・・・それなら丁度いい場所がございますわ。」
「本当?それは是非行ってみたいわね。」
「よし、アリスもそう言ってるし私も興味あるんだぜ。」
「けっこう、では、行きましょうか。そこのおあいそのボタンを押して下さる?」
「おう、ぽちっとな!」
おあいそのボタンを押して料金を精算してもらう私達。店員が暫くびっくりした様子でその皿のカウンター数を何度も計算し直していたが、食べすぎなのだろうか?
まぁ、早苗もそれなりには食べるようだが魔力を使った後の私達には遠く及ばない事は知ってはいる。痩せの大食いと早苗には言われたけど、私が人間だった頃はもっと食べてた事を考慮すると・・・うーんと唸りたくもなる。
だが、魔理沙はいつもの爽やかな表情を向けて、私の背中をそっと押して来た。
「何難しい顔してんだ?行こうぜ、アリス。」
「え、あっ、うん。」
店を立ち去る私達はありがとうございましたーと言う爽やかな声に見送られた。また何処かでこんなお寿司を食べる機会があればいいなぁと願いつつ、魔理沙を伴って紫の車に乗った。
ミ☆
食事を終えお腹一杯大満足な私達は、紫の案内で魚がゆっくり見れる場所・・・水族館に来ていた。この水族館はこの辺りでは唯一の水族館で、非常に沢山の種類の魚や水生生物がいるとの事である。その紫は、また何か用事ができたと言ってまた何処かに去って行った。二人っきりにしてくれるのは嬉しいが、いったいどんな用事をしているのか
「大水槽にアマゾン館・・・近くに明日行く予定の海水浴場もあるのかー」
館内入り口で案内を貰った私は、回る経路を吟味してゆく。広いダンジョンのような場所を回るなら計画的に動かないと非効率的である事は、独身時代の宝探しで痛いほど理解している。
「あら、この生き物・・・イルカって言うのかな?すごく可愛いわ!!」
「アリスは可愛い物好きだもんなー。イルカは早い目に見行こうぜ。」
「あぁ、でもこのペンギンも可愛い!どっちを先に見ようか迷うわ~」
今日は宝物が傍に同行している素敵なシチュエーションだ、危険な罠も多分無いだろう。
あったら私がアリスを護ってあげるだけの話だ。
「うーん、どっちも可愛いな・・・だけど、ショーの時間は決まってるみたいだぜ?」
「成程、さっきの橋の科学館と一緒なのね。じゃあ、効率よく行きましょう。」
「まずは、じっくりこの本館から回って行こう。」
「うん、大水槽とかも見てみたいしね。」
子供等が結構来ているのか館内は結構にぎわっている。私はアリスの少し後ろから着いて行ってあげる。アリスの見たいように館内を回ってみよう、そう考えたからだ。
入口から入ってすぐの所に、それはもう巨大な水槽があって沢山の魚が悠然と泳いでいる姿が確認できた。年甲斐も無く走って近くに寄りたかったが、周囲の目もかなりあるのでここはぐっと我慢。
「・・・凄い。これが海の魚たち・・・」
「ほら、あそこ、群れ作ったりしてるぜ、おぉ、あんなにでっかい奴もいるんだな!」
「小さい魚も大きな魚も、懸命に泳いでいるのねー」
小さな魚の大きな群れに負けぬ大きな体躯の魚がぬぅっと姿を見せた。生まれてこの方ここまで大きな魚を見る事の無かった私にとって、感動と感激の連続であった。
「大きな化け物は何度でも見た事はあるが、やっぱりすげーよなぁ。」
「幻想郷にもいたりしてね。」
「あの湖にか?ありそうだが、いたらいたで、また大騒ぎになりそうだぜ。」
首長龍が居るんじゃないのか等と様々な憶測は立っているが、憶測の域を出ていないのでそう答える私。奥に水槽が沢山ある事に気が付いた私は、アリスにその事を教えて共に魚達の遊泳を堪能する。
生きざまを紹介する水槽に始まり、背骨が無い動物の水槽等、実にバラエティに富んだ構成になっている。中には冬の宴会で紫が持参したカニ等も見つける事が出来た。そして、先ほどの水槽の上部を回って、三階に上がった時の事である。
「げ、玄爺・・・?」
そこにはウミガメが泳ぐプールがあった。奥にはタッチプールと書かれた場所があるその場所で、大きな亀を見た私は思わず霊夢の所にいる玄爺の事をすぐに連想した。
「あら、凄く大きな亀さんね。」
「玄爺ほど老けちゃいないようだが・・・外の世界にもそんな亀が居たとは。」
「でも早苗の所でみたあのビルみたいに大きくて、回転しながら飛ぶあの亀は・・・?」
「ありゃ特撮とかいうお芝居だろ?幻想郷じゃまだしも、この世界でそんなもんが出るとは思えないぞ。」
「あら、魔理沙って意外とリアリストだったのね。」
「その辺だけはなー」
呑気に泳ぐ亀を暫く見て癒された私達は、その流れでタッチプールに向かったがヒトデ等の見た目の凄さにアリスだけでなく私も参ってしまったので触るのは断念した。
「なに、あのナマコって生き物・・・うねうねしてたわね。」
「あぁ・・・流石にアレは私の中でも許容できないんだぜぇ・・・・・」
ナマコという奇怪な生き物が生息している事を深くココロに刻み込んだ私達はそのままさかなライブ館を経由して世界の魚館へと向かう。どうやらここには、日本産の希少な生物が飼育されているとの事であるが・・・
「幻想郷には沢山いるよね。メダカとかって。」
「そうだな。やはりこの世界で幻想になる物が流れ着くと言う事か・・・朱鷺の料理が沢山あるのもこれで納得がいくな。」
「・・・そう考えると、少し悲しいね。」
「・・・うん。これだけ色んな物に満ちた楽しそうな世界なのに、そこから追い出される物があるのはね。」
水槽でゆらゆらと泳ぐメダカの群れを見ながらアリスとこんな話をする。希少になる・・・つまり幻想の物になると、私達の世界での数がそれだけ増えるのだ。朱鷺の群れが夕焼け空を舞い、メダカや日本在来種のザリガニが泳ぐ小さな里のせせらぎ・・・この世界はこうした利便性を得るために自然を対価にしたのだろうか。
町並みは確かに豪華だが、緑の少なさには少しだけ寂しさを覚えてはいた。色んな物があって、便利な世界なのにその理に合わないからと排除されて行った数々の概念・・・無論、魔法だってそうだ。私は人間だが、最愛の嫁はその排除された概念により生きる種族魔法使い。でも、日本人系の顔からはかなり離れているとは思うが、見た目は私と同年代の女性とまったく変わりは無い。
ふとそんな事を考えていたちょうどその時、イルカショーの開演準備のアナウンスが流れて来た。
「・・・行こうぜ、アリス。後10分で開演だってさ。」
「そうね。」
何とも言えない気持ちを秘めたまま再び外に出て、イルカプールへと向かう。前の方は濡れると書いてあったので、中列付近に並んで腰かける。美女がビショビショになっては大問題・・・っていうか、帰りの車の中を汚してしまう危険性がある。
腰かけて暫くすると、軽快な音楽と共に大きなプールに放たれた三頭のイルカが、仲良く並んで凄いスピードで泳いでいた。
「やーん、可愛い!一列に並んで泳いでるわぁ。」
可愛さを伝えるために振る舞うアリスの方が圧倒的に可愛いと思うのだが、イルカを見たアリスの表情が完全に蕩け切っている。いや、なんつーか、これは反則的に可愛い。笛の音と共に水中から頭を出して、飼育員と思しき人が餌を与えるのに、きちんと整列して待っているのも非常に可愛い。
「ほらほら、口開けておねだりしてるぞ。」
「二人っきりの時の魔理沙みたいで可愛い~」
「あ、こら、それは聞き捨てならねーぞ。アリスだって二人っきりの時はこんなんじゃないか~」
その愛嬌のある仕草に声のトーンも上がる。そして、食べたイルカが女性の飼育員の笛の合図で大きなジャンプを披露した。その高さたるや、相当な物で、普段私達が飛んでいる高度よりは低い物の近接弾幕戦でジャンプする位の高さはゆうに飛んでいるだろう。
「と、飛んだ・・・だと。」
「凄い、あんな事もできるのね!」
「外の世界の魚は・・・マジすげぇぜ。」
目の前で繰り広げられるイルカの水と空の舞。空を自由に飛ぶ亀は見た事あるが、流石にイルカのような魚が空を飛んでいるのは見た事が無い。そして、ふと私は閃いた、この前みたいに文が水上で悪戯をしてきたのに対抗するため、このイルカのジャンプを弾幕に応用できない物か、と。
マスタースパーク辺りで正面を凪ぎ、正面からの攻撃を警戒させておき、地上から上空に打ち上げるイルカ型の弾でトドメを指す。うん、星弾と組み合わせると非常に乙女チックな弾幕になりそうだ。
「なぁ、ああいうイルカみたいなのを出す魔法とかってどう思う?」
「アースライトレイみたいに後ろや下からあんなに可愛いイルカさんに失礼させちゃうの?」
「どうして分かったんだ?」
「分かるわよ、貴女の妻だもの。考えそうな事くらいはちゃんと理解しておかなきゃ。」
アリスは私の考えた魔法に対していつも的確で、頼もしいアドバイスをくれる。この前の霊廟の異変も、アリスによって攻撃方法の見直しを行う事により最深部にいた強敵を容易に撃破する事が出来た。独りで突っ走ってた頃は力押しばっかりで苦戦する事も多かったけど・・・こうやって支えてくれる人がいると言う事は、生きる上で本当に心強い。
アリスが何かを考えて話そうとしたが、その会話は思いもよらぬ理由で中断されてしまう。
「はい、そこの金髪の綺麗なお姉さん、ちょっといいですかー」
ステージに上がった女性の飼育員の指がこちらを捕えている。指さす方にいる金髪のお姉さんは私かアリスしかいない。となると・・・
「アリスじゃないのか?」
「魔理沙の事じゃないの?」
同時に言葉が出てしまった。私が説明するまでも無くアリスは綺麗だ、整った容姿にくりんとした目、お人形さんのような愛らしい顔。人形と決定的に違う点は、7色の虹のように変わるその表情ってところかな。泣いたり笑ったり、本人は凄く気にしていたようだが、魔法使いだけど人間のような色んな感情を持っている素敵なその顔は眺めているだけでドキドキするのだが、今はそんな事をしている暇は無い。
「どうする、私が立とうか?」
「そうね、とりあえずはそうしてみましょ。」
素早く相談して、すくっと立ち上がる私。すると二三歩歩いてから飼育員の女性はうーんと首をひねるリアクションをしてから。
「あぁ、済みません可愛いお姉さんじゃなくて、そっちの綺麗なお姉さんの方ねー」
何と、微妙な差異だが嫁さんを綺麗だと言ってくれた事が嬉しかった。私はアリスにウインクをし、こう語りかけた。
「アリスだってさ、私の読みが正しかったんだぜ。」
「あらあら。魔理沙だって綺麗なのにね。可愛いのは当たってるけど。」
「へへ、ありがとなぁ。ささアリス、立ってやんなよ。」
「うん。」
その言葉で立ち上がるアリス。まさかこんなショーでいきなり自分達を呼ばれるとは思っていなかったので、何をどうして良いのか分からない。こんな時はアリスの方が大人な対応をして、上手くやってくれる事をよく私は知っている。私もアリスのように、大人な対応を身につけようと、アリスから学んではいる。
立ち上がったアリスは、少し落ち着きが無かったけど私と視線を一瞬合わせて飼育員の女性の方を見る。
「はい、お名前をどうぞー」
「霧雨アリス=マーガトロイドです。」
「遠路はるばる外国から観光に来られたんですか?」
「そんな所でしょうかねぇ。」
少しだけはにかみながら返すアリス。出会った直後のツンとした感じからは微塵も想像できぬその表情は、私達が一緒に居る過程で二人で育んだ愛の形。質問に答えたアリスは
「あ、はーい、分かりました。そっちのアリスさんの方目がけて今からこのボールをキックしてもらいまーす。」
「「!?」」
何と下手な大玉並はあるあのボールを私達の方に撃ちこもうと言うのだ。ボールと分かっては居るのだが、弾幕少女の職業病と言った所か、飛んでくる物は反射的に避けてしまう癖がある。
「えぃっ!って・・・あぁっ!」
「危ない、アリス!!」
アリスが上体を逸らしてボールをキャッチしたが、ボールが予想以上に後ろに行ってしまったため、その身体が後ろに倒れてしまいそうになっていた。このままではアリスが危ない。そう考えた私は、もう人目なんか気にせずに迷わずにアリスを抱きとめにかかった。
幸い、反応も速かったようでアリスは私の腕の中にしっかりと抱きとめる事が出来た。
「・・・ナイスキャッチ、魔理沙。」
「あぁ、そっちもな、アリス。」
アリスは私よりは重い。だが、長年の独り暮らしで鍛えてあるし、これまで何度もお姫様抱っこはした事がある。ボールを抱えたアリスが頬を赤らめながらこちらを見ている。幻想郷ならもう迷わずキスになりそうな雰囲気ではあったが、流石の私も人前でそれをする勇気は無い。
「だ、大丈夫ですかー」
「はい、大丈夫ですぅ~」
「よかったですぅ、では、見事なキャッチを披露してくれた二人のお姉さんに拍手をお願いしまーす。」
拍手の嵐と視線がこちらに送られる。私にしてみれば妻の危機を救っただけなのではあるが、アリスの顔から湯気が出ている。私はアリスをそっと私の隣に座らせてあげると、アリスがもじもじしながら。
「ちょっと恥ずかしかったわ・・・」
「良いじゃないか、婦々である事はバレてないし。私達のチームワークを外の世界の人に見て貰えたんだぜ。」
「んもぅ、でも、ありがと・・・カッコよかった。」
「どう致しまして、だぜ。」
喝采が止んだ後も、ショーは大いに盛り上がり、最後のサヨナラをする時にイルカがプールの前に来て尾びれをふってご挨拶をすれば会場はもう割れんばかりの大拍手。私とアリスも惜しみない拍手をもってショーへの感謝の気持ちを示す。
「いやぁ、凄いんだぜ。幻想郷にもこんなのいないかなー」
「紅魔館の湖あたり探してみたら?もしかしたら居るかもしれないわね。イルカだけに。」
「アリス・・・冗談を言うとはなかなか恐れ入ったぜ。」
「嫁さんのモノマネなんだぜー。」
お客さんがまばらになったのを確認して、私達もゆっくりと席を立った。手は繋がなかったけど、身体は自然と近くに寄っている。
愛する人の微笑みに微笑みに答えてから、私達はイルカプールを後にした。
ミ☆
イルカショーを堪能し、閉館ギリギリまであちこち回り(余談だが、館内の人に注意されてしまった。)お土産も買った私達は水族館を後にした私達は再び紫の車で橋の近くまで戻ってきた。橋の近くにある大きな建物の中に、この世界の市場が(紫曰く、スーパーと言うらしいのだが。)があるのだ。
夕飯の時間帯が近いのもあって凄い人で溢れており、活気があるのはどの世界でも一緒なんだなと率直に感じた。
「見ろよアリス、お酒も豊富にあるんだぜー」
「そうね、今日呑むお酒も確保しとかなきゃね。あ、この缶々に入ってるのもお酒かなぁ?」
「みたいだな、中身はビールって書いてあるぜー。帰ってこいつで一杯・・・くぅう、たまらんなぁー」
「・・・魔理沙、おっさん化してるわよ。」
「あぁ、いかんいかん。つい本音が。」
ビールだけでなく日本酒、ワイン等も安く売られている。幻想郷でも手に入る品だが、外の世界のお酒も楽しんでみたい。ちらと見た紫も、様々な食材を吟味しながらストストっと籠に入れて行く。
形の良い野菜や果物、上が透明な何かで覆われた小さな箱に入れられた肉や魚。紙製の箱に入れられた牛乳やお酒、袋に入ったピザやパン、本当に何でもある。
幻想郷の住民がこれだけ揃った店を見れば間違いなく腰を抜かすだろう。それだけこの店の品ぞろえは豊富だ。
「今日はこの世界のスーパーで手に入るような物で出来る料理をご馳走させて頂きますわ。家庭料理はその世界の様子が垣間見えますのよー」
「そうだな、市場や商店を見ればその暮らしが見えるってパチュリーのとこで読んだ本にも書いてあったしな。」
「でも、これだけ食材があれば、洋食でも和食でも中華でもドンと来い、よね。気分に合わせて、好きな物をチョイスできそう。」
「そうね。今日は、和洋折衷でいきますわ。ふふ、貴女達の名前みたいねぇ。」
今日の水族館でも名前を呼ばれたけど・・・結婚して二カ月になるが、もう新しい名字にも慣れた。最愛の人の名前を貰って、名乗る時もそれを最初に言うのはくすぐったかったけど、誇りに思っている。まだまだ家族としては駆けだしだけど、妻を愛する気持ちだけは、誰にも負けない自負がある。
その点は魔理沙にも負けたくは無い。普段出さない本気を出している自分がそこに居る。本気を出して負けたら後が無いから本気を出さない自分の主義には反するけど、愛情に勝敗なんてないし、魔理沙の方が私の方を愛してくれてると分かれば私もそれに応じて愛を注ぐだけ。そんな関係がとても心地良い。
食材がたっぷり入ったカートを押して、レジと書いてある場所に並んだ私達。私達と歳が変わらないような女の子がお客さんの対応に追われている。働くのはどの世界でも共通なんだなぁ、と思いながらカートにはまっていた籠を清算台の上に置いた。
「他のお客様の邪魔になりますわ、ちょっと外で待っていて下さらない?」
「いいのか?荷物とか持たなくても。」
「ええ、今の貴女達は私のお客様よ。客人をもてなすのは淑女の嗜みですことよ。」
そして紫が携帯を取り出して一瞬だけ何かを確認してから素早くポケットに戻した。そして、私と魔理沙に。
「そこを出て右に曲がって、駅の切符売り場の横を抜ければ・・・良い夜景が見られますわ。暫く時間がかかります故、ゆっくりしていてね。」
「それは良いわね。早速行ってみましょう。」
「だな、じゃあ紫、そこで落ち合おうか。」
「よろしいですわ。」
紫がニッと笑う、くどいようだが胡散臭ささは無い。清算が開始され、ピッピッという小気味よい音が聞こえ始める。このままでは本当に邪魔になるだろう、私は魔理沙と連れだって店を後にする。紫の言ってくれた道を辿ると、そこには夕闇迫る中朝見た橋のケーブル部分が美しく7色に輝いている、とても幻想的な光景が広がっていた。
「おぉおお!!むちゃくちゃ綺麗だ!!」
「す、すごいわ・・・」
私は言葉を失った。夕闇迫る黒交じりの薄紫の空に輝く7色の光・・・そして輝く白い月。私達を表す色に紫色が交じった夜と夕方の境界を混ぜたような景色だ。これは、思い出に残しておかなくてはならない。私は魔理沙に、写真を取るように促した。
「魔理沙、あれ・・・写真に取っておこうか。」
「あぁ、私もそう思ってた所だぜ。今からすぐに準備する。」
「カメラ・・・無くしてないわよね?」
「大丈夫だ、問題無い。」
魔理沙はカメラをポケットから取り出した。これも紫から借りた物だが、文が持っているような物より遥かに小さくて、しかもフィルム要らずで沢山写真が取れるスグレものだ。
昨日旅の前だからと興奮して寝れなかったので、マニュアルを熟読したため使い方もばっちりだ。
「よっと、こいつでいいぜ。」
「ありがとう魔理沙。」
「折角だ、此処で記念写真を撮ろうじゃないか。」
「それは名案ね、でも・・・これ、自動撮影モードはあるみたいだけどー」
「手頃な置き場所が無いな。柵に置くのはちと危険だ。」
「うん、この高さから落としたら流石に・・・不味いわよね。」
眼下に広がる固そうな地面にこの高さからこのカメラを落としたらどうなるかは、何となく分かる。後で紫にこっぴどく叱られるだろう。紫のお説教は絶対に聞きたくないので私達は対策を考えた。
「そうだな、誰かに頼もうぜ。」
「紫を待つのは?」
「それでも良いけど、荷物が多くなったら大変かもしれないぜ。何、相手は人間だって言うじゃないか。ちょっと、話しかけてみようぜ。」
「うーん、上手く行くかしら?」
「行くさ、私とアリスだぜ。絶対上手く行くはずだ。」
そのセリフに勇気づけられた私と魔理沙は、写真を取って貰うために人を探した。忙しなく歩く人も多く、話すきっかけを掴みにくかった。暫く周りをきょろきょろとしていると、魔理沙が嬉しそうな顔をしてこっちに向かってくる。
「おーい、人が見つかったぞー」
流石はおしゃべり上手な魔理沙、改札口と書かれた方面から出て来た体躯の良い大男を連れて来た。大男は、魔理沙に誘導されて私達の前に立った。
「観光に来てるんだーへぇー」
「そうそう、だから・・・記念写真取って貰っていいかな?」
「あぁ、ええですよ。何処で取るん?」
「こっちこっち。」
魔理沙が紫から貸して貰ったカメラを取り出して大男に渡す。大男は、ふむと頷き、橋と私達が入るようにカメラアングルを調節してくれる。
「アリス、肩組もうぜ。」
「そうね、それ位だったら友達でもするよね。」
「私達婦々じゃないか。」
「外の世界的な定義で考えてみただけよ。」
「それはごもっともだぜ。」
そっと肩に手を回して、身を寄せる。多分一生で一度しかこんな所で写真を取る機会は無いだろう。今朝、魔理沙が言ってたように、たった一度だから後悔のないように・・・私は魔理沙の言葉を反芻し、魔理沙の手がしっかり私を掴んでいる事に喜びを覚える。
ロマンチックな雰囲気に浸る私に対して魔理沙は嬉しそうにはしゃいでいる
「一番良いのを頼むぜー」
「じゃあ、もう少し右に・・・」
何度か手と声で指示をくれた大男は構図が決まったのか、満足そうに頷いて合図と共にシャッターを切った。カメラを見て撮れている事を確認してくれた後、私達の方へと向かい。
「これでいいかな?」
「ばっちりです!」
嬉しそうに跳ねる魔理沙だったが、その反動か何かはよく分からずじまいだが、鞄の上に乗っていた一冊の本が地面に落ちてしまった。
「!?」
「あぁ、ご、ごめんなさい!」
「わわっ、も、申し訳ない・・・」
落ちた本を慌てて拾う私、そしてそこに映っていた物を見てギョッとした。それは魔理沙も気が付いていたようで、私より先に口が開いていた。
「あの・・・その神社。」
魔理沙の問いに大男はそっと本を持ち直した、そしてタイトルを見せてくれる。
―消えた守矢神社・その謎に迫る―
「あぁ、ちょっと小説の題材に、と思ってね。」
その一言で私と魔理沙は顔を見合わせた。これは早苗の神社の事なのだろうかという疑問が頭に浮かぶ。だが、幻想郷の事を口外してはいけないのでこれ以上何を言っていいのか分からないのも事実。その事を覚られぬようにポーカーフェイス、魔理沙は小説の題材と聞いて感心している様子を見せているので、心配はいらない。
私が言葉に困っていると、大男はふむと一言間を置いて、鞄を担いだ。
「じゃあ俺はこれで。」
「忙しい中呼びとめてごめんなさい。急いでいたのでしょ?」
「いや、別に構へんからね。どうか、良い旅を!」
「ありがと、おじ・・・おにいさーん。」
その大きな巨体が一度だけぐらっと揺れた。見た目によらずコミカルな性格なようだ。大男は夕方の薄闇の向こうにゆっくりと消えてゆく。
丁度その時だった、白い袋をぶら下げて小走りでこちらに向かう紫の姿が見えたのは。私は手招きして此処に居る事を伝える。
「貴女達。夜景は如何でしたか?」
「ええ、とっても綺麗だったわ。」
「それはそれは・・・じゃあ、帰って晩餐会にしましょうか。」
「やった、お酒も飲みたいんだぜー」
「ホント、魔理沙ったら・・・子供みたいね。」
「あら、でもアリスの目もキラキラと子供みたいに輝いてますわよ?」
「そうかな?」
「ええ、とっても。」
紫の袋を何個か引き受けた私達は、来た道を戻って紫の別荘へと戻って行く。電気によって灯された灯りによって照らされた地面からみる夜の空にまたたく星は、幻想郷より少し見え辛かった。
ミ☆
「・・・名刺が落ちてたんだぜ、ほら。」
「何かアラビア系の人が頭に巻いてそうな名前ねぇ」
「多分本名じゃ無いわね。ペンネームか何かかしら。」
「小説書くって言ってたから多分それじゃないかな。」
帰ってから、美味しい様々なご馳走を平らげ紫を驚かせた私達はダイニングルームで寛いでいた。缶から注いだビールとおつまみをぽりぽりかじりながら、私とアリスはそっと身を寄せ合っている。紫はというと、客人に手伝わせるのは心苦しいと言って荒い物をしているため、ここには居ない。
とは言ったが、実際に荒い物をしているのはどうやら食洗器なる機械のようで、ゴウンゴウンという小さな音が時折キッチンから聞こえている。視線に気が付いた紫は、まるで母親のような優しい表情でこちらに向き直った。
「お二人さん、私の料理はいかがでしたか?」
「あぁ、食べに食べて呑みに呑んだんだぜー。外の世界の食い物もすっごく美味しいんだぜ・・・」
「私の料理の腕も中々でしょう?」
「ええ、もぅグータラ妖怪なんて二度と呼ばないわ。それにしても、外の世界は人里に行くような感覚で何でも買って、こうしてご飯にする事ができるのねー」
「高度に発展した市場社会ですのでねぇ。色んな物をこうして得る事は簡単になってきてますわ。」
「ふむふむ・・・その代償が、自然とか、私達が使う魔法と言った概念って所かな?」
その一言で紫は目を閉じて、静かに日本酒をグラスに注ぎ始めた。そしてそのままの面持ちで。
「そう、暮らしを良くするために科学に依った結果、自然は失われ、それに伴い私のような妖怪が起こす超状現象を科学的に解き明かし、答えを決めつけて行った結果・・・今幻想郷にある素敵な概念を否定していったのですわ。」
否定される事の恐怖は私もよく知っている。かつて、お父様に魔法を否定されて私と言う存在まで否定されかけ、辛い孤独な生活を強いられていたのを思い出した。
居場所の無い恐怖は、ココロを蝕み影を落とす。幸い、私はアリスという最愛の妻を得て、お父様とも徐々にかつての仲を取り戻しつつあるので、私は恵まれているのかも知れない。
「まぁ、私はこうしてこっちの世界に来てはこういう生活を楽しんでおりますが、それに馴染めなかった妖怪も多いのは・・・事実ですわね。」
「成程ね・・・」
そんな話を三人でする。紫は恐ろしく頭が切れるのもあって、この世界でも順応し、それなりの地位を得て楽しく生活している事を私達は知った。だが、愛しているのは幻想郷と言っているので、あくまでもこの世界に居るのは用事がある時だけという所も把握した。
境界を操る彼女にとっては、その位は簡単な事なのだろう。
そんな紫との団欒を楽しんでいたが夜も更けて来た所で、アリスが大きな欠伸をした。
「んー・・・魔法使いだけど、今日は眠いわ。一杯色んなの見て、疲れちゃった。」
「そうか、振り回したもんな。ゴメン・・・」
「良いのよ、とっても楽しかったから。魔理沙が気遣いしてくれてるのも一杯、伝わってきてたわよ・・・だから、ね。」
「アリス・・・ありがとう。」
そんな私達のやりとりを見た紫がすっと立ち上がって隙間を開いた。そして、私達に穏やかな表情で。
「今日は此処でゆっくりしていきなさい。お客様用の部屋にダブルベッドを用意してあるわ。私も一度幻想郷に帰るから、婦々水入らずで過ごせますわよ。」
「おぉ、ありがとう。好意に甘えさせてもらうんだぜ。」
至れり尽くせりの旅行である。本来であれば旅行は宿を取るがまた大変なのであるが、今回はその手間を省いてくれている。
・・・ただ、宿泊先が紫の家なので何か良からぬ仕掛けをされているのではないかと疑りたくもなったが、それを言っちゃあおしまいだ。もし良からぬ事をされたら、問答無用でマスパぶち込んでやる。紫はその私の心境を察しているのかいないのか、明日の予定について聞いてきた。
「明日はどうなさいますか?海に行くのでしたら、明日は絶好の日和ですわ。」
「だそうだ、アリス。どうする?」
「ん、そんなの決まってるわ。海に行きましょ、魔理沙。」
「そうですか、なら近くまで自動車で送ってあげるわね。」
「助かるわ、ありがとう、紫。」
「いいのですわ。貴女達に外の世界の事を知って頂こうと思ってます故に。」
ぱっと扇子を開き口元を隠すと、あの幻想郷で良く見る胡散臭い表情に戻る。さっきまでは見た目相応の若々しさを持った大人の女性な雰囲気とは大きな差がある。隙間をくぐろうとした紫は、一瞬だけ私達を見てから、胡散臭い笑みを浮かべる。
「そうだ・・・・・お盛んなのはよろしいのですが、寝不足ですと、溺れてしまう可能性も無くは無いですわねぇ・・・」
「「!?」」
「冗談ですわ、ではでは、残った御馳走を肴に霊夢を愛でてくるわ~」
「あぁ、そっちも仲良くなぁー」
「では、また早朝にお会いしましょう。浴室や・・・冷房を入れたままあられも無い姿を晒しますと体調を・・・・・・」
「それはいいから、早く霊夢の所に行ってあげなさい!」
「おぉ、くわばらくわばら~お風呂とかは使い方分かるわね?」
「ああ、ちゃんとマニュアル読んでるから、さっさと行ってやれ!」
「はいはーい。」
隙間の向こうへと消えて行く紫。こんな調子でからまれたら霊夢も敵わないだろう・・・でも、今日は此処で作ったご飯の残りがあるので、多分上機嫌になるだろうから幻想郷の平和は保たれるだろう。
幻想郷の皆はどうしてるのだろうか?気にはなるが、この世界の滞在期間も一週間とないので、あっという間の新婚旅行を楽しめばすぐに帰る事になる。だから、今は忘れて最愛の嫁との大切な時間を過ごそう、そう思った。
もう夜も遅い、時計の針は11時を回っている。煌々と灯る電気の灯りは時間を忘れさせる効果があるらしい、私はアリスにお風呂の方を親指で刺してウインクする。
「とりあえず、風呂・・・入ろうぜ。汗もたくさんかいたしなー」
「そうね、すぐ準備するわ。」
自分でやろうかと思ったのに、タオルとパジャマとか下着を用意するアリスの甲斐甲斐しさ。それだけでも私は嬉しくなる。でも・・・折角の新婚旅行だ、独りで入るのは非常に勿体なく思う。そう思った私は、そっとお風呂の支度を出すアリスの背中に抱きついた。
「魔理沙・・・いきなりどうしたの?」
「一緒に・・・入ろうぜ。」
トクントクンとリズムよく時を刻むアリスの心臓の鼓動が服越しでも伝わってくるみたいだ。暫くの沈黙の後、アリスの手がそっと私の右手に重なる。
「うん・・・いいよ。背中、流してあげるわ。」
「おぉ、本当か?」
「昼間のお礼よ。私をお姫様抱っこして助けてくれたの・・・嬉しかったよ」
「いやぁ、アレ位はどって事無いぜ・・・」
「すぐ準備するわ、少しだけ待っててね。」
「おう。」
返事の間も手早く動いて準備を済ませてくれたアリス、私は用意された物を一式持って先に脱衣所に入った。そして遅れて入ってきたアリスを迎え入れる。
「さぁ、外の世界のお風呂はどんなのかな?楽しみだぜ。」
「あちこち触らない様にね。マニュアルの通りだと火傷の危険性があるわ。」
「あぁ、そん時はアリスが手当てしてくれるだろうけど・・・そうならないようにちゃんとするからな。」
何かあった時に一番心配してくれるのはアリス。異変解決で怪我をして帰る度に泣きそうな顔をするアリスの表情を曇らせたくは無い。独身の頃は高所から落ちて腰を打ったらアリスに看取って貰えると言っていたが・・・交際、結婚を経て、そんな事をさせて、アリスに辛い思いをさせたくないと思うようになった。
「うん、じゃあ良し。さ、ゆっくり堪能しましょ。」
「ああ。」
私はアリスに返事をして、アリスの上着に手をかけた。アリスもそっと私の上着に手をかけてくる。頬を赤らめながら、お互いを見て、私達は入浴の為の身支度を始めた。
ミ☆
「・・・ん、アリス。気持ちいい・・・・・」
「あら、此処も固くなってる。」
「あぁっ!あ、ありす・・・・ここは、らめぇっ。」
「大丈夫よ、力を抜いて・・・身を、私に委ねるのよ。」
「んっ、ああっ・・・・・くふぅん。」
「うん、良い感じ。さぁ・・・行くわよ!」
「そ、それは・・・う、あ、あ、あ、あ、ああああっ!」
―背中流す時に肩揉みは反則なんだぜ!!
―ごめん、ついつい。
魔理沙の背中を洗っている時に、肩こりに気が付いた私はマッサージを施したのだが、魔理沙がくすぐったそうにしているので、ここで断念。肩を二三回叩いてから背中にお湯をかけてあげた。その小さな背中で、色んな物を背負おうとする魔理沙。珠のような肌を滑る水滴が、床に落ちて爆ぜる。
結婚した事による不安とかをちゃんと洗い流してあげたいなぁと常々思う。ちゃんと私、奥さんできてるのかなぁ・・・
「サンキューアリス、気持ちよかったんだぜ。肩揉み」
「どう致しまして。あ、後ちょっと実験も兼ねてやってみたい事があるんだけど・・・いい?」
「いいけど・・・何するんだ?」
魔理沙の問いに答えず、私は今日イルカショーで私を助けてくれた細くてすらっとした腕を優しく撫でる。そして、私は魔力を練り、ヒーリングの術式を組み上げる。
お風呂場という二人っきりに慣れる場所であれば、別に魔法を使っても支障は無い。それに・・・外の世界では魔法が使えないと聞いていたが、それが本当に使えないのか、使えるのに使えない・・・言わば使ってはいけない状態なのか確かめてみたかったのだ。
魔力が掌から放出され、魔理沙の腕にヒーリングがかかるのがはっきりと分かる。どうやら使えるようだ・・・これなら・・・・・
「アリスのヒーリング、お母様みたいだ・・・優しくって、元気になる。」
「そう?そう言ってくれると嬉しいわ。」
「それに・・・魔法、使えるのは使えるんだな。ただ、外で使ったら大騒ぎになるだけの話と言う事か・・・・」
「そういう事になるわね。」
ヒーリングの魔法の効果が消失し、その事に気が付いた魔理沙が口笛を吹きながらストレッチをする、その仕草がとっても可愛い。無駄のないすらりとした細腕を撫でてから、私は魔理沙の背中に抱きついた。
「わっ、アリス!何をするんだ。」
「私を助けてくれたご褒美よ。」
「ご褒美って、一緒に入ってくれただけでも既にご褒美なんだが・・・・・」
「一緒に入るのはお礼、これは私からのご褒美・・・OK?」
「お、ぉう。」
私と魔理沙の間に何も遮る物は無い状態でその小さな背中に全てを預ける。洗いたての魔理沙の髪から漂う外の世界のシャンプーの匂い、そして背中から伝わる魔理沙の鼓動と体温がとても心地良い。
「アリス・・・前向いていい?」
「ん、良いわよ。おいで。」
「うん。」
承諾の意思表示を示すと私の腕の中で魔理沙が振り返ってきた。そして、私の後ろに手を回す。私達はカラダとカラダというモノで私達は区切られてはいる、でも、こうやって抱き合うと、愛する人との境界線が消滅して、全てを共有し訳与えられるような感じになって、ココロが幸せに満たされる。
これが真に愛し合った人同士が辿りつける境地なのかなって思うと嬉しい。目の前の人と、ココロを通じ合わせて色んな物を共有できること・・・生きていること。
愛に包まれて命を燃やしている事への喜びを感じながら、私達は静かな抱擁を交わした。
「じゃあ、最後に浸かって上がりましょうか。」
「うん。」
甘いムードになった所で抱きついたままの状態で浴槽に足を付けた所で離れ向かい合った状態で浸かる。十分な大きさのあるこのお風呂は快適そのもの。流石に温泉では無かったが、それでもお風呂の温度を自動調節してくれる機能のお蔭で熱くも無く温くもない極楽の温度でゆったりとくつろげる。
「・・・なぁ、アリス・・・今、幸せ?」
不意に魔理沙が私の方を見て質問をしてきた。上気してきたのか、既にドキドキの余りなのかは分からないけど、頬を赤らめている。でも、表情は不安そう。
質問の内容の答えはもう既に分かり切っているし、そう答える事に何のためらいもない。ただ、不安そうな魔理沙の不安を払ってあげたい。
だから私は、魔理沙の方へと寄りかかってにっこりとほほ笑んで、答えを返す。
「私、世界中で一番幸せよ、魔理沙。」
魔理沙がその一言でポロリと涙を流す。魔理沙は、自分が私を振り回しすぎてるんじゃないかって、すっごく心配してる。昔では考えられなかったけど、私に想いを打ち明けた時から、今に至るまでずっと方法は様々であれ、私を気遣うようになってくれた。
私としてはその優しさだけでも嬉しい、魔理沙が私の事を本当に大切にしてくれているのだと言う事が本当によく分かるから。
私は魔理沙の涙をそっと、指でぬぐってあげた。
「・・・ありがと、アリス。」
「私もよ、ありがとう、魔理沙。」
パチャンとお湯が跳ねて、私達の距離がゼロになる。触れる唇とココロの暖かさに、私の涙腺まで緩んでしまう。流した涙も一つになって、ポタポタとお湯と同化していく。
しあわせっていうたった4文字で表現されるこの嬉しさとか、喜びとか愛しさを含んだ感情を共有できる事が、私達が起こした奇跡。
唇を放す。でもお互いのココロは繋がったままだ、このままの甘い雰囲気を二人で暫く見つめ合いながら静かに共有する。お互いの涙が引くまで、静かに静かに、分かち合う。
「・・・愛してる、アリス。」
「・・・愛してる、魔理沙。」
最後に一度だけキスをする、そしてそのまま見つめ合う。全てを分かち合った仲だからこそ分かる、無言の意思疎通。ココロとココロのコミュニケーション。
キャッチボールのような感情のやりとりを繰り返して、私達はまた少し愛を深めて行くのだ。
そんな調子で暫くお湯の温もりと魔理沙の温もりを満喫していたが、あんまり長湯するのも身体に悪い。ここじゃなくても語れる場所はある。だから私は、魔理沙に提案をする。
「そろそろ、上がろうか?」
「ああ、そうだな。このままこうしてもいたいけど、のぼせたら大変だもんな。」
「そうね。」
お互いに頷き、手を取り合って浴槽から出て脱衣所に入った私達は幻想郷に居る時のように互いに協力して身支度をする、まぁ・・・身体だけ拭いたら寝床に直行・・・・・なんて事もまぁまぁそれなりの割合であるが、今日は人様の家でお泊りである。その辺の礼儀はちゃんと私達もわきまえている。八卦炉が無いのでドライヤーを使ったりと言った差異はあるものの、身支度は滞りなく終わり、私達は抱き合いながら紫の用意してくれた寝室へと向かう。
寝室は6畳位の部屋で、ダブルベッドが置いてありその周りに箪笥とか本棚が置かれている。本棚の中には早苗の所で読んだ漫画もいくつか含まれていたが、殆どがマネジメントとかM&Aとか投資信託などといった日本語なのによく分からない言葉で書かれているのに気が付いた。
既にお疲れの私達はその本に手を伸ばす事無く、そのままベッドにダイブした。
「あぁ、ふかふかで気持ちいいんだぜ・・・」
「うん、幻想郷のベッド・・・お義父様の所から頂いた物にも負けて無いわね。」
「お父様の道具は幻想郷一なんだぜ・・・・・」
紫がセットしてくれたのか、最適な温度に保たれた部屋は身を寄せ合っても汗をかく事は無い。薄手のお揃いのパジャマを拵えたのも良かったのだと思う。肩を掴んで、視線を合わせて、そっと触れるだけのキスを何度か交わして、お互いの愛情を伝えあう。心地良いベッドのフカフカに抱かれて、徐々にまどろみに意識が浸食されていくのを感じ始めた時、同じく蕩け切った魔理沙が小さな声で私に。
「ささ、明日も早いし、寝ましょ、アリス。」
本来の自分、女の子の自分を見せて来た。外の世界でも、私を護るために頑張ってくれたこの頼もしい妻の本当の姿。私は、そんな魔理沙の頭を撫でながら返事をする。
「うん、寝ましょ。明日も早いからね。」
「じゃあ、アリス・・・お休み。」
「お休み、魔理沙・・・良い夢を。」
「うん、アリスも・・・良い夢を見てね。」
「ありがとう、魔理沙。」
「こちらこそ、ありがとね、アリス・・・」
二人っきりの寝床で、そっと熱い口づけを交わす。色んな気持ちが魔理沙と交換されて行くようなそんな感じがする。口づけの後は、しっかりお互いの身体を抱きしめて、お互いが此処に居る事をちゃんと確認する。
外の世界のシャンプーの素敵な香りが漂う魔理沙の美しい金髪を掬うと、私の髪も魔理沙によって掬われる。
心地良い感覚につつまれて、頬が緩んだ。そしてそのままお互いの鼓動を子守歌代わりにして、そっと目を閉じる私達。
―夢の中で、魔理沙と一緒にあの水族館にいた魚達と一緒に泳げたら良いなって思いながら、私達は連れ添って夢の世界へと旅に出た。
明日は二人で海に向かう・・・その期待に胸を膨らませながら・・・・・
To be continued…
よく食べる女の子っていいですよね
それにしても見てるこちらが恥ずかしくなるくらいのラブラブっぷりだww
洗い物
これから、如何なるか楽しみです
次回も期待してますね!
まったく気がつかなかったぞ。
暇を持てあm(ry
見るだけ見るだけ声掛けたりしないしてはいけない少女達のキャッキャウフフをただひたすら見守りたい!