肌を焦がす日光と蝉時雨が絶え間なく降り注ぐ真夏日。
人里の茶屋の屋外の席。
日除けに立てられた傘の下で両足をだらしなく投げ出して
カキ氷を傍らに置いて、幸運の素兎こと因幡てゐは片手で自分を仰ぎながらぼやく。
「こういうのを蝉時雨ってんだろうけどさぁ。」
匙で宙を掻きまわすようにして周りを指して続ける。
「時雨って程度じゃないねこれは。蝉の大雨だよ、蝉豪雨。」
「ねぇ?」と隣でカキ氷に夢中のチルノに同意を求める。
休み無くカキ氷を口に運んでいたチルノはてゐの呼びかけに
匙を動かす手を止めてゐの方に顔を向けると
うんうんと二度、頭を縦に振り再度カキ氷に意識を向ける。
チルノは半々に赤色と黄色をしたイチゴとレモンの相掛けを
てゐは緑の宇治抹茶に常備しているお手製の粉末青汁を
振り掛けた健康志向のカキ氷を食べている。
「夏は鳴くのが仕事だろうけど少しサボってもバチは当らないんじゃないかねぇ…」
「おまえもな。」と傘から上を覗き込むようにして太陽を睨んでてゐは言う。
言って、すぐに脱力に「お天道様に文句言ってもしょうがないか。」と匙を銜えて
ひとり呟いて溜息をつく。
「あー!溜息ついた!幸せが逃げるよ。」
カキ氷に専念していたチルノがてゐの溜息に反応して顔を向ける。
「てゐが自分で言ってたのにー。」
「大丈夫よ。溜息で逃がした幸せは近くの奴に分け与えられるようになってるの。
世の中上手く回るもんよ。ってかチルノもう食べちゃったの?」
てゐはでたらめなのか真実なのか解らない事を吹き込みながら
チルノの手元の空になった器に見て言う。
「てゐが遅いのよ。喋ってばっかりだもん。」
「あらら。溶ける前に食べちまうとしますか。」
てゐもおしゃべりを止めてカキ氷に専念する事にした。
「うっし、おばちゃん。ごちそうさん。」
「ごちそうさまー!」
てゐが食べ終わり茶店の奥に声をかけ続けてチルノも声をかける。
店の奥から「あいよー。」と声が返ってくる。
2人は代金を払わずに店を後にするが咎められる事は無い。
夏の暑い時期は井戸や川の水で冷やした飲み物や食べ物は
言うまでも無くよく売れる。
それ以上に氷の入った飲み物やカキ氷は飛ぶように売れる。
しかし幻想郷の夏場では氷の入手は困難である。
故にチルノの存在は場所を問わず有り難がられる。
なので夏場の茶店や飯屋などにチルノが訪れた時は
氷を出す代わりに品物の代金を無料にしているのだった。
儲け話は落ちてないかと人里をぶらついていたてゐだが
夏の暑さに上手く頭も回らない。
そんな時にチルノを見かけ事情を知っているてゐは
そのおこぼれを頂戴したのであった。
「いやー、これで夕方の涼しくなるまでなんとか持ちそうよ。」
「あたいのお陰よ!感謝しなさい!」
「神様仏様チルノ様でございます。」
てゐは「ははー。」と声をあげて上に挙げた両手ごとチルノに向かって
崇めるように頭を下げる。
「くるしゅうない!おもてをあげい!」
「お、難しい言葉知ってるじゃない。」
雑談をしながら里を歩く2人。
しばらく歩いていると反対側から奇妙な男が歩いてきた。
長身で着物を羽織り煙管を咥えた骸骨が里の道を闊歩していた。
そんな物が歩いていれば大騒ぎなろう物だが人通りの多い道でも
騒ぎ立てる者は無く、中には骸骨と挨拶を交わす人も居た。
男の名前は「荒屋 甲兵衛(あばらや こうべい)」。
妖怪が里を歩く事が一般的になる前から里に居を構え
大工の荒屋一家の棟梁をしている「がしゃどくろ」と言われる妖怪である。
一家の名前とは裏腹に丈夫な家を建てる為、里の評判も良く
里にある大半の建物は荒屋一家の手による物である。
「お?チル坊にてゐ。今日も暑いな。」
「とーりょーこんちわ!」
「おっす。暑いってその体で?」
「おうよ!まさに骨身に染みる暑さってか?」
2人とも顔見知りの様子で軽口を叩きカタカタと顎を鳴らしながら笑う。
「そうだ!チル坊ちっと頼まれてくれねぇか?
こうも暑いとウチのもんも流石に参っちまってよ。
なんかつめてぇもんでもと思ったんだがチル坊が居るんなら
氷で決まりだわな。」
「うん!いいよ!」
「御代は高いウサよ?」
「おめぇはなんもしねぇだろ。」
てゐの頭を軽く小突いて甲兵衛は言う。
「あいたっ!軽く叩いたつもりでも棟梁の拳固は痛いんだよ。
骨が直接当るからさ。」
「カカカ!だったら小突かれないようにするこった。」
てゐの抗議を流してチルノを自分の肩に乗せ歩きだす甲兵衛。
「そんで、今日は何処で家建ててんだい?」
頭をさすりながらてゐが聞く。
「今日は家じゃねぇ。ほら、今度里で夏祭があんだろ?
そん時に盆踊りも一緒にやるってんでヤグラ建ててんだよ。」
「あ!あたいさ!おまつりでカキ氷のお店やるんだよ!」
「ほぉー。なら当日は顔出させて貰うとするか。」
「てゐもいっしょにやるんだよ。」
「なら代金を誤魔化されねぇように注意しねぇとな。」
「代金じゃなくて量を誤魔化してやるウサ。」
3人は夏祭りの話で盛り上がりながら里の中央にある広場へと歩いていった。
「大工だけあって器用なもんだねぇ…」
てゐは木彫りの兎を色々な角度から眺めて感嘆する。
「本物みたい!」
木彫りのカエルを手にチルノが言う。
甲兵衛とヤグラを作っている作業場まで行ったチルノは
拳大ほどの氷をヤカンと同じ数と大人の背丈程度の大きな氷を出し
作業をしていた大工達から喝采を浴びた。
大工達が氷を削ってカキ氷にしていく中
甲兵衛は手頃な大きさの木材を早業で削り、氷のお礼にと
カエルと兎の彫り物を2人に持たせた。
「さーてっと。これからどうするかねぇ。」
麻袋に紐をつけただけの簡単な鞄に兎の彫り物を仕舞い込み
てゐが言う。
「チルノも暇なら祭の屋台を出す場所の下見でもするかい?」
「いいよ。下見って何するの?」
「一緒に入れておいてやるよ。」とチルノからカエルの彫り物を預かって
袋に入れたてゐにチルノは返答し、聞き返す。
「んー。まぁ特に見ることもないし、本当に場所を見るだけだね。
確か商店通りの奥の方だったかね。」
当ても無く歩いていたが丁度、商店通りの中頃にいたので
2人はそのまま奥へと進んでいく。
その途中で2人はある光景に思わず足を止めた。
八百屋の前が緑の山で埋まっていた。
「すっごいねこりゃぁ…」
「これぜんぶキュウリ?」
緑の山の正体はとんでもない数のキュウリだった。
「あら、チルノちゃんいらっしゃい。キュウリ好きかい?
良かったら好きなだけ持っていってくれないかい?」
山の横からひょっこりと顔を覗かせて八百屋のおかみさんが言う。
「おかみさん。どうしたのコレ?
幾らなんでも多すぎない?」
「もうほんとに多すぎて困ってるのよぉ。てゐちゃんもどう?
持っていかない?」
「いやぁ…わたしたちが持っていった所で焼け石に水な気はするけどね…」
キュウリの山は遠慮無しに2人で抱える程に持っていっても
山の半分も減らないだろう程である。
「いやね。前に幽香さんから野菜に良い肥料っていうのを貰ったんだけど。
うちのとーちゃんがバカでねぇ。量を考えないでやっちまってさぁ…
枯れたりしなかったのは良いんだけれど。見ての通りなのよ。
豊作も豊作、大豊作よ。本当にもう!」
「へー。それでおっちゃんは?」
「台車にキュウリ乗せて里の中売り歩かせてるよ。
売れるまで帰ってくるなってケツひっぱたいてやったよ。」
「自業自得だろうけど暑い中ごくろうなこって。」
店の前のキュウリで全部では無いらしい。
てゐは試しに一本齧ってみる。
パキッと心地よい音がして歯ごたえもボリボリと心地よい。
味は普通のキュウリと変わらないどころか普通より美味しいくらいで
塩でもあればカキ氷を食べた後でなければ2~3本なら余裕で食べれただろう。
キュウリ自体は栄養面を無視すれば夏に打ってつけの食材だろうし
事実、話している間にも売れてはいるが量が量なので減っている気配がしない。
買物にくればよくおまけをしてくれる人当たりの良いおかみさんが困っているのだ。
解決できるものならしてあげたいと思い
てゐは顎に手をあて、ふむと考える。
そのまま店の前をうろうろし始めたかと思うと
少しの時間の後でうんうんと頷いておかみさんに話しかける。
「おかみさん。ちょっと試してみたい事があるんだけど。
上手くいけばこのキュウリの山が全部捌けるかも知れない。」
「へいらっしゃいらっしゃい!夏にピッタリの冷やしキュウリはいかがー!?」
「らっしゃいしゃい!すっごくつめたいよ!」
頭に白い捻りハチマキを巻いたてゐとチルノが威勢の良い声を出す。
てゐはタスキで背中に「冷やしキュウリ 八百屋でも売り出し中」と書かれた旗を背負い
チルノは首から紐でつるした木箱を両手で抱え里の大通りでキュウリを売り歩く。
「はいはい、こちらの奥さん3本お買い上げー!お兄さんは2本ね。毎度!」
「ひやひやでおいしいらっしゃい!」
チルノの持っている木箱の中には塩を擦り込んだキュウリが
細かく砕かれた氷と一緒に入っていた。
瞬く間にキュウリは売り切れ木箱は空になる。
「はいはーい!まだ欲しい人がいたら八百屋の方でも売ってるよー。」
最期に大きな声で宣伝をして自分達も八百屋へ戻っていく。
宣伝効果は抜群だったようで八百屋には人だかりが出来ており
キュウリの山も半分ほど減っていた。
「お!2人共ご苦労さん!悪かったなぁオレがバカやっちまったせいでよぉ。」
「あんたは口より手を動かしな!お客さん待ってるよ!2人共ありがとね。」
戻ってきた2人に八百屋夫婦は労いとお礼の言葉をかける。
「お礼と言っちゃあなんだけど当分の間、野菜が必要ならウチに来なさいな。
どれでもタダで持っていってもらってかまわないよ。」
「いやいや、ウチは大所帯だから遠慮しとくよ。
私自身はあんまり買出しにも来ないしね。」
「あたいも!」
「あらまぁ欲がないねぇ。でもお礼がなんにも無しじゃ悪いわよ。」
「気にしなくていいってば。」
てゐとおばちゃんが押し問答をし始めたので
チルノは手持ち無沙汰に店先を見回す。
「あっ!おばちゃん!あたいあれ欲しい!」
言ってチルノは大きなスイカを指差す。
「スイカかい?いいよいいよ。幾つでも持っていきな。」
「スイカかぁ。じゃあ私もスイカ1つ頂戴。」
「1つと言わず2つでも3つでも好きなだけ持っていきな。」
「1つでいいってば。今は忙しいみたいだし私たちもまだ
ぶらぶらするつもりだから帰りに取りに来るよ。」
これ以上お礼が増える前にチルノの手をひいて八百屋の前から
逃げるようにてゐは立ち去った。
「いた!チルノ!」
商店街の通りをてゐに手を引かれて引っ張られる形で走っていたチルノを
丁度、大通りと交差する辺りに差し掛かった所で呼び止める声がした。
「お、鈴仙。」
今日のこの時間は大通りで薬売りをしている筈の鈴仙・優曇華院・イナバが
走ってこちらに近づいてくる。
「てゐも!ちょっと手伝って!」
「おっとっと!急に何よ!」
「急患!熱中症で倒れた人がいるのよ!」
返答する間もなく手を引かれるチルノとてゐ。
大通り少し走ると人だかりが出来ているのが見えてきた。
「ちょっとどいてください!扇いでる人は続けて!」
人だかりを掻き分けると中心に倒れている男がいた。
「意識はまだあるわね?チルノ!この袋いっぱいに氷を!」
「らじゃ!」
鈴仙の差し出した布袋に小さな氷を詰めるチルノ。
「こっちの袋にも?」
「全部おねがい!」
脇に置いてあった同じ袋にも順に氷を詰めていく。
「てゐは首を冷やして!後はあなたとあなた!腋の下と太腿の付け根を!」
「がってん!」
てゐに氷袋を2つ渡すと周りに集まっていた野次馬を指名し手伝わせる。
「患者が寒いと言うまで冷やして!」
「薬師さま!粉薬溶かしてきました!」
「頭を起こして飲ませてあげてください!」
テキパキと指示を出しつつ自身も患者を扇ぐ鈴仙。
そのまま十と数分ほどすると男の呼吸も落ち着いてきた。
「とりあえずもの大丈夫みたいね。」
鈴仙は「ふぅ。」と一息つき「氷はもういいから扇ぎ続けてあげて。」と指示する。
「まだ急に動いてはダメです。先ほど渡した飲料を飲んで横になっててください。
他の方も申し訳ないですがもう少し扇ぎ続けてあげてください。」
周りの人は了解の返事をし休憩や交代をしながら扇ぎ続ける。
「もういいわよ。ありがとうチルノ。念のために少し氷を置いていってくれない?」
「いいよ。」
鈴仙が取り出した先ほどより大分、大きな袋に氷を入れるチルノ。
「あーあー!てゐには労いの言葉も無しウサか!」
「はいはい。ごくろうさまごくろうさま。帰る時に甘いものでも買っていってあげるわよ。」
「流石は鈴仙!分かってるじゃないの。」
あからさまな催促に溜息をつく鈴仙。
元々何かお礼をと思っていたが催促されて
心の中で買う物のランクを下げたのはてゐには言わないでおく。
お礼といえばチルノにも何かお礼をせねばなるまい。
「チルノ。氷とお手伝いのお礼。」
鈴仙はチルノに幾つかの薬包を渡す。
「何これ?おくすり?」
「半分正解。師匠の調合した汗をかいた時用の飲料の素。
[夏の脱水症状に!八意印の汗の素]って師匠は言ってたけど…。」
「まぁ名前はともかく甘くて美味しい飲み物の素よ。」と苦笑いしながら渡す鈴仙。
「普段はあんまり飲みすぎちゃダメよ?汗をかいた時用の物だからね。」
「分かった!ありがと!」
「こっちこそ助かったわ。私はまで患者さんを診ててあげないといけないし
薬売りの途中だからこれで。」
「ほいほい。がんばりなよ鈴仙。」
「てゐも少しは手伝いでもしなさいよ。」
「私は効率良く終わらせてるだけよ。残りは他のウサギがやってくれてるしね~。」
患者を扇ぎ続ける鈴仙にてゐは歩きながら背中越しに手を振り
チルノは宙に浮き後ろ向きに進みながら大きく手を振りその場を後にした。
「そろそろ涼しくなってきそうだねぇ。」
チルノとてゐは雑貨屋や駄菓子屋などをぶらつきつつ里の外れの方にある
川に足をつけ休んでいた。
「もうじきに飯時だけどチルノは夕飯はどうすんだい?」
「今日はれいむの所で冷たいうどん食べる!」
ざるうどんかころうどんの事だろう。
付いて行こうかとてゐは思うが鈴仙の土産があるので今日は永遠亭に帰るとする。
「もう少し日が傾いたら帰るとしますかね。」
聞いているか分からないが水面を足でバシャバシャしているチルノに
声をかけ川に足をつけたまま土手の草むらに後ろ向きに倒れこみ横になるてゐ。
と、逆さになった視界にこちらに飛んでくる影が見えた。
小さかった影はあっという間に近づいてきて2人の前に下りてきた。
「もみじだ!」
「こんばんわ。チルノと…因幡殿だったかな?」
そう声をかけてきたのは白狼天狗の犬走椛だった。
「ぁー。私の事はてゐでいいよ。かたっくるしいから敬称も無しでよろしく。」
てゐは椛の挨拶にそう返し「代わりに私も呼び捨てで呼ばせて貰うよ。」付け加える。
「うむ。此方としてもその方が楽でいい。私の事は椛と呼んでくれ。」
「もみじ今日はお仕事お休みなの?」
てゐと簡単な自己紹介を交わし終えた椛にそう問いかけるチルノ。
「いや。少し前に仕事を終えて今日はにとりと酒でも酌み交わそうと思ったんだが
肝心の酒が少なかったからな。」
と、片手に持っていた袋に入っている酒瓶を掲げて見せる。
「普段は山の酒ばかりだからたまには人里の酒も良いだろうと思ってな。
チルノも来るかい?良い鶏があるから今日は鶏すきでもと思っているが…」
「てゐも良かったらどうだ?」と2人に問い掛ける椛。
「折角だけど遠慮させてもらうよ。
チルノも巫女の所で夕飯食べる約束があるみたいだしね。」
「今日はれいむんとこでうどん食べるんだ!」
「そうか。残念だが先約があるのなら仕方ないな。」
2人の返事にどことなくそわそわした様子で椛は返す。
てゐが訝しげに思い問い掛けようとした所で椛が口を開く。
「話は変わるが今度、里で夏祭りがあるじゃないか?
チルノ、もし良かったら、その…一緒に行かないか?」
言葉を聞き一人納得したてゐは自分の懐を探る。
「あたいかきごおり屋さんやるから忙しいのよ。」
「夏祭りでか?ならば私が手伝いを――」
「はいはーい。そこからは私が聞くよー。」
2人の間に割って入ったてゐは懐から取り出した帳面を椛に見せる。
「まずはこいつを見てちょーだいな、と。」
「これは…?」
帳面には区切られた時間と多くの人妖の名前が書かれていた。
「チルノの出店の手伝いの予約。もう空きはこの辺の時間しかないウサ。」
「こ、こんなに…。」
びっしり埋まったスケジュールを見て愕然とする椛。
「チルノと大妖精はほぼ常駐。私は勘定役だけど他の出店にも幾つか噛んでるから
常駐ではないけどちょくちょく顔出すかな?
後は鬼の萃香と勇儀が氷削るのに交代で常駐。で時間区切って2人づつぐらいで
手伝いの希望者を入れてる感じかな。」
「鬼の御二方も居られるとは…」
並んだ名前を眺めていた椛だがある一点で視線を止め眉をひそめる。
「射命丸…あいつも来るのか…」
「何処から聞きつけたのか知らないけど
文屋らしく、いの一番に聞きつけてきて名前入れてったよ。」
「仲でも悪いのかい?」というてゐの問いに「まぁ良くはない。」と返す椛。
そのまま帳面を見ていた椛がふと気づいててゐに問う。
時間と時間の間に○や△などの記号が幾つか書いてある。
「この丸とか三角とかはなんだ?」
「おっ!そこに気付いたのはあんたで3人目だね。」
パチパチと手を打ちニヤニヤしながらてゐが言う。
「聞かなかった連中には答えなかったけど
その帳面は出店のいわゆる営業時間。
でその丸やらははそれぞれの休憩時間のメモ書きさ。」
「という事は…。」
「そう!一番多い青色の丸があるだろ?そいつがチルノの休憩時間さ。
そいつに気付いたのは今の所、霊夢と咲夜とあんただけさね。」
「な、ならチルノ!休憩時間に私を出店でも回らないか?」
「いいよ!いっしょに夏をえんじょいしようぜ!」
「よっし!」と叫んでガッツポーズを取る椛。
「はいよー。じゃあここんとこの休憩時間に入れとくよー。
因みにチルノ。さっき台詞、誰に教えてもらった?」
「まりさのまね!」
懐から表紙に「裏」と書かれた別の帳簿を出し書き込んでいくてゐ。
「あいつは子供に良い影響あたえないなっ…と。
ほいよ。時間は自分で覚えておいてよ。」
「あたいこどもじゃないのにー。」
ポコポコと叩きながら抗議するチルノを無視して帳面を仕舞うてゐ。
「了解した。じゃあ2人とも、また夏祭りの日に。」
「あー。待った待った。」
てゐは飛び去ろうとした椛を呼び止め鞄から出した水筒を見せる。
「これ。魔法瓶とかいう外の世界の水筒でさ、これに氷入れとくと
半日くらいは溶かさずに持っていけるんだよ。冷やでやるんだろ?晩酌。
チルノに氷入れてもらいな。」
言いながらてゐは椛に水筒を渡す。
「いいのか?外の品なんて貴重じゃないのか?」
「いや。外の品って言ってもピンキリみたいで
これは香霖堂って所にいけば安く買えるよ。」
「はい。満タンよ!」
水筒いっぱいに氷を詰めて椛に渡すチルノ。
「ありがとう。ではまた。」
山へと飛んでいく途中で椛は振り返り
「お礼に今度食事でも奢るぞ!」と大きく手を振る。
チルノは大きく、てゐは小さくひらひらと
小さくなっていく影に手を振り返した。
「さってと!私たちも帰るかね。」
「うい!」
夕日を背にしてどちらからでもなく手を繋ぐ。
「おばちゃんにスイカ貰って帰らないないとなぁ。」
「あたい一番おっきいのにする!」
繋いだ手を振りながら八百屋の方へと歩いていく二人。
「ついでに天麩羅買って持っていきな。
天麩羅うどんになるからさ。私が奢ってやるよ。」
「わーい!ごちそうごちそう!」
同じぐらいの背丈の二人の筈なのに
地面に落とした影はまるで姉妹のように見えた。
人里の茶屋の屋外の席。
日除けに立てられた傘の下で両足をだらしなく投げ出して
カキ氷を傍らに置いて、幸運の素兎こと因幡てゐは片手で自分を仰ぎながらぼやく。
「こういうのを蝉時雨ってんだろうけどさぁ。」
匙で宙を掻きまわすようにして周りを指して続ける。
「時雨って程度じゃないねこれは。蝉の大雨だよ、蝉豪雨。」
「ねぇ?」と隣でカキ氷に夢中のチルノに同意を求める。
休み無くカキ氷を口に運んでいたチルノはてゐの呼びかけに
匙を動かす手を止めてゐの方に顔を向けると
うんうんと二度、頭を縦に振り再度カキ氷に意識を向ける。
チルノは半々に赤色と黄色をしたイチゴとレモンの相掛けを
てゐは緑の宇治抹茶に常備しているお手製の粉末青汁を
振り掛けた健康志向のカキ氷を食べている。
「夏は鳴くのが仕事だろうけど少しサボってもバチは当らないんじゃないかねぇ…」
「おまえもな。」と傘から上を覗き込むようにして太陽を睨んでてゐは言う。
言って、すぐに脱力に「お天道様に文句言ってもしょうがないか。」と匙を銜えて
ひとり呟いて溜息をつく。
「あー!溜息ついた!幸せが逃げるよ。」
カキ氷に専念していたチルノがてゐの溜息に反応して顔を向ける。
「てゐが自分で言ってたのにー。」
「大丈夫よ。溜息で逃がした幸せは近くの奴に分け与えられるようになってるの。
世の中上手く回るもんよ。ってかチルノもう食べちゃったの?」
てゐはでたらめなのか真実なのか解らない事を吹き込みながら
チルノの手元の空になった器に見て言う。
「てゐが遅いのよ。喋ってばっかりだもん。」
「あらら。溶ける前に食べちまうとしますか。」
てゐもおしゃべりを止めてカキ氷に専念する事にした。
「うっし、おばちゃん。ごちそうさん。」
「ごちそうさまー!」
てゐが食べ終わり茶店の奥に声をかけ続けてチルノも声をかける。
店の奥から「あいよー。」と声が返ってくる。
2人は代金を払わずに店を後にするが咎められる事は無い。
夏の暑い時期は井戸や川の水で冷やした飲み物や食べ物は
言うまでも無くよく売れる。
それ以上に氷の入った飲み物やカキ氷は飛ぶように売れる。
しかし幻想郷の夏場では氷の入手は困難である。
故にチルノの存在は場所を問わず有り難がられる。
なので夏場の茶店や飯屋などにチルノが訪れた時は
氷を出す代わりに品物の代金を無料にしているのだった。
儲け話は落ちてないかと人里をぶらついていたてゐだが
夏の暑さに上手く頭も回らない。
そんな時にチルノを見かけ事情を知っているてゐは
そのおこぼれを頂戴したのであった。
「いやー、これで夕方の涼しくなるまでなんとか持ちそうよ。」
「あたいのお陰よ!感謝しなさい!」
「神様仏様チルノ様でございます。」
てゐは「ははー。」と声をあげて上に挙げた両手ごとチルノに向かって
崇めるように頭を下げる。
「くるしゅうない!おもてをあげい!」
「お、難しい言葉知ってるじゃない。」
雑談をしながら里を歩く2人。
しばらく歩いていると反対側から奇妙な男が歩いてきた。
長身で着物を羽織り煙管を咥えた骸骨が里の道を闊歩していた。
そんな物が歩いていれば大騒ぎなろう物だが人通りの多い道でも
騒ぎ立てる者は無く、中には骸骨と挨拶を交わす人も居た。
男の名前は「荒屋 甲兵衛(あばらや こうべい)」。
妖怪が里を歩く事が一般的になる前から里に居を構え
大工の荒屋一家の棟梁をしている「がしゃどくろ」と言われる妖怪である。
一家の名前とは裏腹に丈夫な家を建てる為、里の評判も良く
里にある大半の建物は荒屋一家の手による物である。
「お?チル坊にてゐ。今日も暑いな。」
「とーりょーこんちわ!」
「おっす。暑いってその体で?」
「おうよ!まさに骨身に染みる暑さってか?」
2人とも顔見知りの様子で軽口を叩きカタカタと顎を鳴らしながら笑う。
「そうだ!チル坊ちっと頼まれてくれねぇか?
こうも暑いとウチのもんも流石に参っちまってよ。
なんかつめてぇもんでもと思ったんだがチル坊が居るんなら
氷で決まりだわな。」
「うん!いいよ!」
「御代は高いウサよ?」
「おめぇはなんもしねぇだろ。」
てゐの頭を軽く小突いて甲兵衛は言う。
「あいたっ!軽く叩いたつもりでも棟梁の拳固は痛いんだよ。
骨が直接当るからさ。」
「カカカ!だったら小突かれないようにするこった。」
てゐの抗議を流してチルノを自分の肩に乗せ歩きだす甲兵衛。
「そんで、今日は何処で家建ててんだい?」
頭をさすりながらてゐが聞く。
「今日は家じゃねぇ。ほら、今度里で夏祭があんだろ?
そん時に盆踊りも一緒にやるってんでヤグラ建ててんだよ。」
「あ!あたいさ!おまつりでカキ氷のお店やるんだよ!」
「ほぉー。なら当日は顔出させて貰うとするか。」
「てゐもいっしょにやるんだよ。」
「なら代金を誤魔化されねぇように注意しねぇとな。」
「代金じゃなくて量を誤魔化してやるウサ。」
3人は夏祭りの話で盛り上がりながら里の中央にある広場へと歩いていった。
「大工だけあって器用なもんだねぇ…」
てゐは木彫りの兎を色々な角度から眺めて感嘆する。
「本物みたい!」
木彫りのカエルを手にチルノが言う。
甲兵衛とヤグラを作っている作業場まで行ったチルノは
拳大ほどの氷をヤカンと同じ数と大人の背丈程度の大きな氷を出し
作業をしていた大工達から喝采を浴びた。
大工達が氷を削ってカキ氷にしていく中
甲兵衛は手頃な大きさの木材を早業で削り、氷のお礼にと
カエルと兎の彫り物を2人に持たせた。
「さーてっと。これからどうするかねぇ。」
麻袋に紐をつけただけの簡単な鞄に兎の彫り物を仕舞い込み
てゐが言う。
「チルノも暇なら祭の屋台を出す場所の下見でもするかい?」
「いいよ。下見って何するの?」
「一緒に入れておいてやるよ。」とチルノからカエルの彫り物を預かって
袋に入れたてゐにチルノは返答し、聞き返す。
「んー。まぁ特に見ることもないし、本当に場所を見るだけだね。
確か商店通りの奥の方だったかね。」
当ても無く歩いていたが丁度、商店通りの中頃にいたので
2人はそのまま奥へと進んでいく。
その途中で2人はある光景に思わず足を止めた。
八百屋の前が緑の山で埋まっていた。
「すっごいねこりゃぁ…」
「これぜんぶキュウリ?」
緑の山の正体はとんでもない数のキュウリだった。
「あら、チルノちゃんいらっしゃい。キュウリ好きかい?
良かったら好きなだけ持っていってくれないかい?」
山の横からひょっこりと顔を覗かせて八百屋のおかみさんが言う。
「おかみさん。どうしたのコレ?
幾らなんでも多すぎない?」
「もうほんとに多すぎて困ってるのよぉ。てゐちゃんもどう?
持っていかない?」
「いやぁ…わたしたちが持っていった所で焼け石に水な気はするけどね…」
キュウリの山は遠慮無しに2人で抱える程に持っていっても
山の半分も減らないだろう程である。
「いやね。前に幽香さんから野菜に良い肥料っていうのを貰ったんだけど。
うちのとーちゃんがバカでねぇ。量を考えないでやっちまってさぁ…
枯れたりしなかったのは良いんだけれど。見ての通りなのよ。
豊作も豊作、大豊作よ。本当にもう!」
「へー。それでおっちゃんは?」
「台車にキュウリ乗せて里の中売り歩かせてるよ。
売れるまで帰ってくるなってケツひっぱたいてやったよ。」
「自業自得だろうけど暑い中ごくろうなこって。」
店の前のキュウリで全部では無いらしい。
てゐは試しに一本齧ってみる。
パキッと心地よい音がして歯ごたえもボリボリと心地よい。
味は普通のキュウリと変わらないどころか普通より美味しいくらいで
塩でもあればカキ氷を食べた後でなければ2~3本なら余裕で食べれただろう。
キュウリ自体は栄養面を無視すれば夏に打ってつけの食材だろうし
事実、話している間にも売れてはいるが量が量なので減っている気配がしない。
買物にくればよくおまけをしてくれる人当たりの良いおかみさんが困っているのだ。
解決できるものならしてあげたいと思い
てゐは顎に手をあて、ふむと考える。
そのまま店の前をうろうろし始めたかと思うと
少しの時間の後でうんうんと頷いておかみさんに話しかける。
「おかみさん。ちょっと試してみたい事があるんだけど。
上手くいけばこのキュウリの山が全部捌けるかも知れない。」
「へいらっしゃいらっしゃい!夏にピッタリの冷やしキュウリはいかがー!?」
「らっしゃいしゃい!すっごくつめたいよ!」
頭に白い捻りハチマキを巻いたてゐとチルノが威勢の良い声を出す。
てゐはタスキで背中に「冷やしキュウリ 八百屋でも売り出し中」と書かれた旗を背負い
チルノは首から紐でつるした木箱を両手で抱え里の大通りでキュウリを売り歩く。
「はいはい、こちらの奥さん3本お買い上げー!お兄さんは2本ね。毎度!」
「ひやひやでおいしいらっしゃい!」
チルノの持っている木箱の中には塩を擦り込んだキュウリが
細かく砕かれた氷と一緒に入っていた。
瞬く間にキュウリは売り切れ木箱は空になる。
「はいはーい!まだ欲しい人がいたら八百屋の方でも売ってるよー。」
最期に大きな声で宣伝をして自分達も八百屋へ戻っていく。
宣伝効果は抜群だったようで八百屋には人だかりが出来ており
キュウリの山も半分ほど減っていた。
「お!2人共ご苦労さん!悪かったなぁオレがバカやっちまったせいでよぉ。」
「あんたは口より手を動かしな!お客さん待ってるよ!2人共ありがとね。」
戻ってきた2人に八百屋夫婦は労いとお礼の言葉をかける。
「お礼と言っちゃあなんだけど当分の間、野菜が必要ならウチに来なさいな。
どれでもタダで持っていってもらってかまわないよ。」
「いやいや、ウチは大所帯だから遠慮しとくよ。
私自身はあんまり買出しにも来ないしね。」
「あたいも!」
「あらまぁ欲がないねぇ。でもお礼がなんにも無しじゃ悪いわよ。」
「気にしなくていいってば。」
てゐとおばちゃんが押し問答をし始めたので
チルノは手持ち無沙汰に店先を見回す。
「あっ!おばちゃん!あたいあれ欲しい!」
言ってチルノは大きなスイカを指差す。
「スイカかい?いいよいいよ。幾つでも持っていきな。」
「スイカかぁ。じゃあ私もスイカ1つ頂戴。」
「1つと言わず2つでも3つでも好きなだけ持っていきな。」
「1つでいいってば。今は忙しいみたいだし私たちもまだ
ぶらぶらするつもりだから帰りに取りに来るよ。」
これ以上お礼が増える前にチルノの手をひいて八百屋の前から
逃げるようにてゐは立ち去った。
「いた!チルノ!」
商店街の通りをてゐに手を引かれて引っ張られる形で走っていたチルノを
丁度、大通りと交差する辺りに差し掛かった所で呼び止める声がした。
「お、鈴仙。」
今日のこの時間は大通りで薬売りをしている筈の鈴仙・優曇華院・イナバが
走ってこちらに近づいてくる。
「てゐも!ちょっと手伝って!」
「おっとっと!急に何よ!」
「急患!熱中症で倒れた人がいるのよ!」
返答する間もなく手を引かれるチルノとてゐ。
大通り少し走ると人だかりが出来ているのが見えてきた。
「ちょっとどいてください!扇いでる人は続けて!」
人だかりを掻き分けると中心に倒れている男がいた。
「意識はまだあるわね?チルノ!この袋いっぱいに氷を!」
「らじゃ!」
鈴仙の差し出した布袋に小さな氷を詰めるチルノ。
「こっちの袋にも?」
「全部おねがい!」
脇に置いてあった同じ袋にも順に氷を詰めていく。
「てゐは首を冷やして!後はあなたとあなた!腋の下と太腿の付け根を!」
「がってん!」
てゐに氷袋を2つ渡すと周りに集まっていた野次馬を指名し手伝わせる。
「患者が寒いと言うまで冷やして!」
「薬師さま!粉薬溶かしてきました!」
「頭を起こして飲ませてあげてください!」
テキパキと指示を出しつつ自身も患者を扇ぐ鈴仙。
そのまま十と数分ほどすると男の呼吸も落ち着いてきた。
「とりあえずもの大丈夫みたいね。」
鈴仙は「ふぅ。」と一息つき「氷はもういいから扇ぎ続けてあげて。」と指示する。
「まだ急に動いてはダメです。先ほど渡した飲料を飲んで横になっててください。
他の方も申し訳ないですがもう少し扇ぎ続けてあげてください。」
周りの人は了解の返事をし休憩や交代をしながら扇ぎ続ける。
「もういいわよ。ありがとうチルノ。念のために少し氷を置いていってくれない?」
「いいよ。」
鈴仙が取り出した先ほどより大分、大きな袋に氷を入れるチルノ。
「あーあー!てゐには労いの言葉も無しウサか!」
「はいはい。ごくろうさまごくろうさま。帰る時に甘いものでも買っていってあげるわよ。」
「流石は鈴仙!分かってるじゃないの。」
あからさまな催促に溜息をつく鈴仙。
元々何かお礼をと思っていたが催促されて
心の中で買う物のランクを下げたのはてゐには言わないでおく。
お礼といえばチルノにも何かお礼をせねばなるまい。
「チルノ。氷とお手伝いのお礼。」
鈴仙はチルノに幾つかの薬包を渡す。
「何これ?おくすり?」
「半分正解。師匠の調合した汗をかいた時用の飲料の素。
[夏の脱水症状に!八意印の汗の素]って師匠は言ってたけど…。」
「まぁ名前はともかく甘くて美味しい飲み物の素よ。」と苦笑いしながら渡す鈴仙。
「普段はあんまり飲みすぎちゃダメよ?汗をかいた時用の物だからね。」
「分かった!ありがと!」
「こっちこそ助かったわ。私はまで患者さんを診ててあげないといけないし
薬売りの途中だからこれで。」
「ほいほい。がんばりなよ鈴仙。」
「てゐも少しは手伝いでもしなさいよ。」
「私は効率良く終わらせてるだけよ。残りは他のウサギがやってくれてるしね~。」
患者を扇ぎ続ける鈴仙にてゐは歩きながら背中越しに手を振り
チルノは宙に浮き後ろ向きに進みながら大きく手を振りその場を後にした。
「そろそろ涼しくなってきそうだねぇ。」
チルノとてゐは雑貨屋や駄菓子屋などをぶらつきつつ里の外れの方にある
川に足をつけ休んでいた。
「もうじきに飯時だけどチルノは夕飯はどうすんだい?」
「今日はれいむの所で冷たいうどん食べる!」
ざるうどんかころうどんの事だろう。
付いて行こうかとてゐは思うが鈴仙の土産があるので今日は永遠亭に帰るとする。
「もう少し日が傾いたら帰るとしますかね。」
聞いているか分からないが水面を足でバシャバシャしているチルノに
声をかけ川に足をつけたまま土手の草むらに後ろ向きに倒れこみ横になるてゐ。
と、逆さになった視界にこちらに飛んでくる影が見えた。
小さかった影はあっという間に近づいてきて2人の前に下りてきた。
「もみじだ!」
「こんばんわ。チルノと…因幡殿だったかな?」
そう声をかけてきたのは白狼天狗の犬走椛だった。
「ぁー。私の事はてゐでいいよ。かたっくるしいから敬称も無しでよろしく。」
てゐは椛の挨拶にそう返し「代わりに私も呼び捨てで呼ばせて貰うよ。」付け加える。
「うむ。此方としてもその方が楽でいい。私の事は椛と呼んでくれ。」
「もみじ今日はお仕事お休みなの?」
てゐと簡単な自己紹介を交わし終えた椛にそう問いかけるチルノ。
「いや。少し前に仕事を終えて今日はにとりと酒でも酌み交わそうと思ったんだが
肝心の酒が少なかったからな。」
と、片手に持っていた袋に入っている酒瓶を掲げて見せる。
「普段は山の酒ばかりだからたまには人里の酒も良いだろうと思ってな。
チルノも来るかい?良い鶏があるから今日は鶏すきでもと思っているが…」
「てゐも良かったらどうだ?」と2人に問い掛ける椛。
「折角だけど遠慮させてもらうよ。
チルノも巫女の所で夕飯食べる約束があるみたいだしね。」
「今日はれいむんとこでうどん食べるんだ!」
「そうか。残念だが先約があるのなら仕方ないな。」
2人の返事にどことなくそわそわした様子で椛は返す。
てゐが訝しげに思い問い掛けようとした所で椛が口を開く。
「話は変わるが今度、里で夏祭りがあるじゃないか?
チルノ、もし良かったら、その…一緒に行かないか?」
言葉を聞き一人納得したてゐは自分の懐を探る。
「あたいかきごおり屋さんやるから忙しいのよ。」
「夏祭りでか?ならば私が手伝いを――」
「はいはーい。そこからは私が聞くよー。」
2人の間に割って入ったてゐは懐から取り出した帳面を椛に見せる。
「まずはこいつを見てちょーだいな、と。」
「これは…?」
帳面には区切られた時間と多くの人妖の名前が書かれていた。
「チルノの出店の手伝いの予約。もう空きはこの辺の時間しかないウサ。」
「こ、こんなに…。」
びっしり埋まったスケジュールを見て愕然とする椛。
「チルノと大妖精はほぼ常駐。私は勘定役だけど他の出店にも幾つか噛んでるから
常駐ではないけどちょくちょく顔出すかな?
後は鬼の萃香と勇儀が氷削るのに交代で常駐。で時間区切って2人づつぐらいで
手伝いの希望者を入れてる感じかな。」
「鬼の御二方も居られるとは…」
並んだ名前を眺めていた椛だがある一点で視線を止め眉をひそめる。
「射命丸…あいつも来るのか…」
「何処から聞きつけたのか知らないけど
文屋らしく、いの一番に聞きつけてきて名前入れてったよ。」
「仲でも悪いのかい?」というてゐの問いに「まぁ良くはない。」と返す椛。
そのまま帳面を見ていた椛がふと気づいててゐに問う。
時間と時間の間に○や△などの記号が幾つか書いてある。
「この丸とか三角とかはなんだ?」
「おっ!そこに気付いたのはあんたで3人目だね。」
パチパチと手を打ちニヤニヤしながらてゐが言う。
「聞かなかった連中には答えなかったけど
その帳面は出店のいわゆる営業時間。
でその丸やらははそれぞれの休憩時間のメモ書きさ。」
「という事は…。」
「そう!一番多い青色の丸があるだろ?そいつがチルノの休憩時間さ。
そいつに気付いたのは今の所、霊夢と咲夜とあんただけさね。」
「な、ならチルノ!休憩時間に私を出店でも回らないか?」
「いいよ!いっしょに夏をえんじょいしようぜ!」
「よっし!」と叫んでガッツポーズを取る椛。
「はいよー。じゃあここんとこの休憩時間に入れとくよー。
因みにチルノ。さっき台詞、誰に教えてもらった?」
「まりさのまね!」
懐から表紙に「裏」と書かれた別の帳簿を出し書き込んでいくてゐ。
「あいつは子供に良い影響あたえないなっ…と。
ほいよ。時間は自分で覚えておいてよ。」
「あたいこどもじゃないのにー。」
ポコポコと叩きながら抗議するチルノを無視して帳面を仕舞うてゐ。
「了解した。じゃあ2人とも、また夏祭りの日に。」
「あー。待った待った。」
てゐは飛び去ろうとした椛を呼び止め鞄から出した水筒を見せる。
「これ。魔法瓶とかいう外の世界の水筒でさ、これに氷入れとくと
半日くらいは溶かさずに持っていけるんだよ。冷やでやるんだろ?晩酌。
チルノに氷入れてもらいな。」
言いながらてゐは椛に水筒を渡す。
「いいのか?外の品なんて貴重じゃないのか?」
「いや。外の品って言ってもピンキリみたいで
これは香霖堂って所にいけば安く買えるよ。」
「はい。満タンよ!」
水筒いっぱいに氷を詰めて椛に渡すチルノ。
「ありがとう。ではまた。」
山へと飛んでいく途中で椛は振り返り
「お礼に今度食事でも奢るぞ!」と大きく手を振る。
チルノは大きく、てゐは小さくひらひらと
小さくなっていく影に手を振り返した。
「さってと!私たちも帰るかね。」
「うい!」
夕日を背にしてどちらからでもなく手を繋ぐ。
「おばちゃんにスイカ貰って帰らないないとなぁ。」
「あたい一番おっきいのにする!」
繋いだ手を振りながら八百屋の方へと歩いていく二人。
「ついでに天麩羅買って持っていきな。
天麩羅うどんになるからさ。私が奢ってやるよ。」
「わーい!ごちそうごちそう!」
同じぐらいの背丈の二人の筈なのに
地面に落とした影はまるで姉妹のように見えた。
とても面白かったです
夏祭りのお話も読んでみたくなりました。
イロイロな話に発展していけるストーリー構成も素晴らしい。
棟梁のところで手伝いをしていたにとりんが休憩時間に大量のキュウリを満喫してたのは別の話、みたいなことがあればいいな。