自分が夢の中に居るのだと気づくのに時間は掛からなかった。
部屋を勝手に借りているサークル棟の一室で、私はメリーと向き合っている。夢の中ではあるのだけれども、正確な記憶力で再現された部室はリアルと殆ど変わらないように思われた。
夢を夢だと認識すると、途端にむなしくなってくる、つい先日から焦がれているある行動がここでは達成可能なのかもしれないけれど、それは全て夢という虚構の中の出来事に過ぎない。
そういうことで私は何も望まないことにした、目が覚めて残念がるよりは随分健全な行動だと思った。
ベッドの上で、目を覚ます。
見慣れた天井へ向かって両腕を伸ばし、大きく肩を廻しながら全身を伸ばした。
簡単に運動をしながら、夢の中で何もしなかったことを少し後悔する、現実では成し難いことなのだと理解しているはずなのに、空しさに取り付かれてチャンスを逃したような気分だった。
だけれども、空しいだけではないか、実際に。
今、私が抱えている問題について、理解をしておいてもらわなければならないだろう、何せこれが前提となっているわけで、これが示されなければお話はスタートしないというものだ。
ある日、それこそ神の声を聞いたように、私は私の中にある衝動に気がついた。
最初は微弱だったそれが、メリーに会うたびにだんだんと強いものへと変わっていくのがわかった。
口をふさぐように手を当てる。視線を集中させる、が自分自身のものにその魅力は感じられなかった。
隠し通せることも無いだろう、私は、メリーの指に舌を這わせたかった。もっと直接的に言うと指をぺろぺろしたかった。
今では会うたびに彼女の指に注目してしまう始末である、もちろんメリーには秘密である、下手に口に出したらチャンスはもちろんのこと、二人の友情すら終焉を迎えるかもしれない。
だから私は如何に自然に彼女の指を舐められるかということを四六時中考えていた。メリーの指ぺろぺろ計画と名づけたのだが未だ具体的な成果を上げてはいない。
だが、それも今日までである、大きな期待を秘めて、私の一日が始まった。
カフェテラスはだんだんと人が増えてくる時間帯にあって、まだその清閑さを失っていなかった。
食堂とは別に大学構内に存在するこの場所は、学生や職員に満足のゆくティータイムを提供するをスローガンに、コーヒーや紅茶の品揃えに力を入れ、それらと共に提供するお茶請けをも研究して、さらには熱心な店員教育により、一般的な飲食店よりも数段レベルの高い店として地元誌に紹介されるほどであった。その結果外側からやってくる客も居て、防犯上の観点から問題視されている……だがそれはまた別の話だ。
そんな店のテーブルに私たちは席を取り、お互いが好む飲み物を目の前においていた。私はカプチーノで彼女はセイロンティーだった。
後回しにしていた、私達の紹介をしなければならないと思う、まずは私から、大学の二回生であり物理学に専攻を置いている、人には言えない秘密の目を持っていて、その所為か夜空にロマンをおう夢見る美少女だ、成績は優秀であるし、頭も良い方だとおもう、時間にいささかルーズであると目前の相棒から指摘されているところがあるが、自分ではそこまで致命的だとは思っていない、社交性が無いわけではないのだけれど、友人を作るのはあまり得意ではなく、時折壁の影から変人との噂話が囁かれる、だがそれを許すぐらいに性格は温厚であり、小さなことは気にしないおおらかさを持っている、好きなことは不思議な事で、オカルト全盛のこの時代に生まれてよかったとも言える、それでも一般的なオカルトには興味が無かったのだけれど。
相棒のマエリベリー・ハーンについて喋ろう、発音するのが難しい名前を持つ彼女は、私と似たような秘密を抱えていた、大学の二回生であり精神学に専攻を置いている、彼女の場合夜空ではなくそこらへんにそのあたりに目を向ける美少女であった、名前から察せられるとおり日本人ではなく、綺麗な金髪と白い肌を持っている、私に劣るとはいえ成績も良く、私に劣るとはいえ聡明であって、私が遅刻すると秒単位で文句を言ってくるが、性格は控えめで温厚、目立つパーツを持ちながら、中身は別という少女だった、彼女もまた社交性に欠ける部分があるらしく、あまり友人の話は聞かない、私達が共に立ち上げたサークル秘封倶楽部においても新しい部員が入ってくることは無いという情況である、秘封倶楽部はオカルトサークルであったのだが、先刻に言ったとおり一般的なオカルトに興味は薄く、彼女の目にしか映らないあるものに関して調査をするのがその正体であった。
だが、今回の話には全く関係ない部分なのだった、あしからず。
「……蓮子?」
「あ、ごめん。ぼうっとしてた」
勘のいい人なら気づいたであろうがこの蓮子というのが私の名前である、苗字は宇佐見、名前は蓮子。フルネームで宇佐見蓮子。ちなみに気づかなかった人はもう少し注意力をアップすることをオススメしたい。
呆けていたらメリーが何事か話しかけていたらしく、それを聞き逃してしまっていた、軽く謝ると彼女は頬を膨らまして不満をあらわにする、もっちりした頬が可愛い。
聞きなおすと週末に予定されている実地授業への不満だった、秋も深まってきて寒さが意識されるようになったこの時期に行くのはおかしいんじゃないかという訴え、そういえば彼女は寒さにあまり強くなかった。ついでに暑さにも強くなかった、温室育ちなのだ。そういうところはらしいのだけれど、文句を言っても仕方がない、もちろんそれはメリーもわかっているらしく、とりあえず愚痴を聞いてもらいたいという態度だった。
こういうところで下手に突っ込まないところが友情を長持ちさせる秘訣だ、私が逆に愚痴を聞いてもらうこともあるのだから。
ということで話に耳を傾け、適当に相槌を打ちながら、私の目は彼女の指に釘付けになっていた。
飴のように繊細な指はティーカップをはさむようにして持っていて、考えるときには指先をすり合わせる、その細かな仕草の一つ一つが優美であり、私を興奮させた。
あぁ、舐めたいなぁ。
それならやっぱり中指だろう、一番長い指だしゆっくりと楽しむことが出来る、関節に舌を這わせながら爪のほうへと抜ける、肌があわ立ってぞわぞわする、もう一度今度は手のひら側から舐めて、私は満足する。
……また現実から離れてしまっていた、妄想にふけりすぎるのは良くない。
考え方を変えれば魅力的過ぎる彼女の指が悪いのだが、責任を擦り付けるのは情けないことである、そういう輩には高尚な妄想にふける資格すらない。
妄想は妄想であるが故に個人で完結できる営みであり、意識上では他者を介入させることも自由ではあるのだが、最終的には自分の中に納まる形を取らなければならないのだ。
つまり他者に迷惑をかけてはいけない、ということである。もし、妄想を現実のものとするならば、相応の覚悟が必要だろう、私はその覚悟の上でもがいていたのであったが。
私が抱いている感情をメリーにぶつけたらどうなるだろう、彼女が戸惑うことは間違いない、優しい彼女のことだから何とか理解してくれようとはするかもしれないが、相棒が変態だったと知ったとしたら、いい気分でいられはしないだろう。私だってそうだ。
ドラマや映画などでは相手の秘密を(確かに私は彼女の秘密をいくつか知っている)使って脅すように要求を飲ませることも出来るのだが、それは友情をぶち壊す行為に他ならないし、何より良心が痛む。
だから私は合意を得られないことを前提に策を練っていた。
一番最初に考え付いたのがハプニングである、例えばメリーがたまたま指を切ってしまい、その治療のために舐めるという路線。しかし衛生上の問題があるし、何よりあの指に傷がつくのは避けたかった。
次に考えたのが代替品、彼女の指の変わりに自分の指を舐めてみた、何が悲しくてこんな行為に及んでいるのかと自己嫌悪に陥った。その次に精巧な模型で彼女の指を再現してみてはどうだろうかとおもった、これならいつでも手元においていられるわけだし、好きなときに楽しむことが出来る。だが精巧なものを作り出すのに掛かる費用を考え、その上で得られそうな満足度を考えて、これも却下されるに至った。
最後に、ご飯粒ついてるよ、えっ、あーん、パクッ。作戦を思いついた、われながら古典的で頭が痛くなりそうな作戦だった、頭痛薬を服用した。
だが、この策はきっちり練れば成功を収めるのではないかと判断できた。ご飯粒ではなく、ケーキのクリームなどはどうだろうか、それを上手いことほっぺにつけることが出来れば。
私の頬からクリームを掬い取った彼女の指を想像する。
固形物と液体の間に存在するクリームは、彼女の形のいい指の先にちょこんと鎮座し、私に掬い取られるのを待っている、白く粘性のあるクリームがトッピングされたメリーの指……おお凄まじいではないか!
私は興奮のあまり部屋で飛び跳ねた。
行使する策が決まったので、私は綿密にリハーサルを重ねた、クリームを付着させる位置、ごく自然に付着させる動作、さりげなく取ってもらうための表情……。考査前よりも念入りに思考を重ね、万全を期した。
そしてその策は今このカフェテラスで成就しようとしている、店員がケーキを運んでくる、私はメリーと会話を交わし、これまでの総決算をここで出すのだと集中した。
二人しかいない部室の空気は酷く重かった。
もちろんそれは物理的なものではない、下手に動いてしまったら何かが壊れてしまいそうな危うさ、ガラス細工を扱うような慎重さを求められているような空気だった。
いや、もしかしたらこれは私の体感かもしれない。だが、メリーを伺うと、やはりこの空気の重さは二人の共通見解らしい。
聞こえないように、小さくため息をついた。私の手には何枚かの紙が握られており、それはメリーから先ほど渡されたものだった。
いつになく緊張した面持ちの彼女は、私にこの紙束を渡すと、対面の椅子に座ってうつむいてしまった、私はいまいち状況が飲み込めなかったが、その紙面に書かれた文字を追っていくにつれて、これが彼女が書いたものだと理解できてきた。
そのうえで、内容を読み込んでいくにつれて、彼女の様子について得心できてきた。
つまりは、彼女は私と彼女自身を登場人物として、ちょっと恥ずかしいお話を書いていたのであった、作中で私はメリーの指にどうしようもない魅力を感じ、葛藤を経てその欲望を満たそうとしていた。
彼女はそれをありありと描き、その上で私にその文章を渡すことにした、ここにも中々大きい葛藤があったのではないかと推測される、作中でも語っているとおり、自身の変態を相棒に知られるというのはかなりキツいことではなかろうか。
そう考えた上で、私はどういう行動に出れば良いのかを考えることにした。
これを渡されたということはメリーは私に、作中のような行為を期待していると見るべきだろう、一緒に活動をしてきて彼女のそういう様子に気づかなかったのが情けない。
とはいえ、ここで自然にぺろぺろできるほど私も子供ではない、断るという選択肢は無いにしても、しっかり検証するに越したことは無い。
もう一度文章に目を落とす、私は彼女の指を舐めたいと思っているらしいのだが、これをそのまま受け取ってもいいものだろうか、彼女は本当に舐められたいのだろうか。
自然に読み解けばそう考えざるを得ないのだが、この舐めたい視点が妙に多い、もしかしたら彼女は自身が舐める側に廻ることが恥ずかしいので、私を代替として起用したのではないだろうか、それならば私がなすべきことは、むしろクリームを指に乗せることではないだろうか?
考えれば考えるほど彼女の真意が見えなくなっていった、提出された情報だけでは答えにたどり着くことが出来ないと私は判断する。だけれど彼女の決意に答えるため、私も葛藤を超えてみることにした。
カバンの中からダブルクリップでとじられた紙束を取りだす、それをメリーの前に静かにおいた。
それは私が書いた漫画だった、私達二人をキャラクターにした、結構恥ずかしい内容のお話だった。
ギロチンさんはね、あれだね、ヤバいね、うん
この上なく自然に、変態な二人の姿がストンと私の胸の中で落ち着いていましたw
いい感じの雰囲気でした
蓮メリ早くペロペロしてろ