「藍、あれ持ってきて」
「はい」
「あとあれも」
「はい」
「ちょっと」
「はいはい」
「ついでにあの……」
「わかりました」
紫様の屋敷を訪ねると、いつもこんなやり取りが見られる。
もちろん私にはお二人が何を指してあれこれ言ってるのかなんてさっぱりわからない。
いつか私にもわかる時が来るのかなぁ。
……いいや、藍様の式として、絶対に理解出来るようになってみせる!
そう決意したのはどれくらい前のことだったか。
ある日、三人で囲う食卓でのことだった。
「藍、それ取ってちょうだい」
「どれですか?」
「それよ、それ」
「これですか?」
「違ーう、そっちよそっち」
「あぁ、これですか」
目玉焼きにかける、醤油。
藍様が作ってくれたご飯を頬張っていた私は、二重の驚きに目を見開いた。
一つは、藍様が紫様の欲しているものを読み取れなかったこと。
そしてもう一つは、私には最初から紫様の「それ」が何の事だかわかっていたこと。
もちろん、何となく「これじゃないかな」程度に思っただけだけれど。
「もう、こんなこともすぐにわからないで。いったい何年私の式をやっているのかしら?」
「お言葉ですが、紫様の考えや言動は突拍子も無いことばかりで、何年一緒にいても理解出来るものではありません。それにいつもは塩じゃないですか」
「今日は醤油の気分だったの。そこを察するのがあなたの役目でしょう?」
「いくらなんでも主語を省かれた上に二言三言で済まされては無理ですよ。私はさとり妖怪じゃないんですからね。というか、式にそんな義務はありません」
そっか。藍様でもわからないことがあるんだ。
お互いにぶすっとした表情で言い合うお二人に、なんだか親近感が湧いてくる。
だって、いつも高いところで交わされる会話に、私は届かない。どれだけ背伸びしてみても、八雲は本当に高すぎて、全然……。
だけど、ようやく私も――!
「ところで藍、例の件だけど」
「それなら既に手は打っておきました」
「そう、ありがとう」
「しかし一つ気掛かりが」
「大丈夫よ。そっちには話をつけたから」
「流石ですね」
私も……私だって……。
「もちろん向こうも」
「そうですね。ではやはり」
「えぇ、予想通りだったわ」
「ではそのように」
私だって…………うわあぁぁあああんっ!!
「!? どどどどうしたんだ、橙ッ」
「な、何か嫌いなものでもあったの?」
「え? あ、そうか、えと、これか、これが苦手だったのか?」
突然泣き出した私に慌てふためくお二人。
必死に慰めようとして掛けてくれる言葉は、悲しい程に見当違いだった。
違います。違うんです。私がただ未熟者なだけなんです。一向に歩み寄れない私自身が悪いんです。
そう言葉にしたいけれど、嗚咽が邪魔してまともな声が出せない。
だから必死に念じてみるけど、やっぱり全然伝わらない。今はまだ、心の距離が遠いから。
溢れる涙は、目をギュッと閉じて無理矢理押し留める。
漏れる嗚咽は、息を止めて黙らせる。
これ以上心配されるのは、悔しいからだ。私はお二人とは違うのだと思い知らされて。
だから私はもう泣かない。泣いて俯くより、上を向いて走ろう。
雲を追いかけて、手を伸ばすんだ。
いつか私も、同じ雲になる為に。
相手の気持ちを察するのは本当に難しいですよね
リーと言えばロン
モッと言えばチョギ
以心伝心な二人の姿に不思議な感動を覚えました。頑張れ橙!
しかしさとり様…w
しかしさとり様が……