麗らかな秋晴れのある一日、森近霖之助は独立して以来初めて霧雨道具店に訪れた。
幾らか大きくなった魔理沙に挨拶をして、若干白髪の増えた親父とその妻と最近の事について雑談をする。
「……成る程、商売は上手く行ってないわけですか、流石は霖之助君と言ったところだ」
「誉められてない気がするんですが」
「えぇ誉めてませんとも」
他人が見れば悪口や皮肉に聞こえるだろうが、不思議なのはこの親父の口からはそんな雰囲気は出ていない、これが徳というものだと霖之助は平素言っていた。
「しかし親父さん、僕が出て言って数年なのにすっかり変わりましたね、里」
「そうでしょう、今まさに人里は日進月歩、日を増すごとに面白くなっていきます」
「なぁこーりん、わたし今てらこやに行ってるんだじぇ」
「寺子屋?親父さん、それはなんですか」
「あれ霖之助君まだお知りにならんでしたか、慧音さんが学問会を卒業した後建ちあげた教育施設ですよ」
霖之助は驚いた、学問会時代、彼女の英語は彼よりも成績が下だったが。まともだったのは文芸学や歴史。
そして若干寒気がしたのはひょっとしたらその二教科しか教えていないのではないかという予想。
「魔理沙、寺子屋じゃどんな勉強してるんだい?」
「えーと……れきしだろ、それにこくごとそろばん」
英語は見事にスルーか、と言う予想の的中に霖之助は魔理沙を膝に乗せて頭を撫でながら自分の頭が痛くなりそうな心持だった。
「そうだ霖之助君、店のレイアウトを変えてみたんですよ」
「ほうやっぱり、来た時になんか違うなぁなんて思ってたらやっぱりそうでしたか」
とその時だった、襖が勢い良く開かれ、僕は懐かしい顔をその目にする。
「やぁ慧音、久しぶり」
霖之助の同窓生、上白沢慧音だ。
慧音は暫し黙り込み、やがておかえり、と言った。霖之助も気恥ずかしげにただいまと呟く。
すると親父は座布団を一枚出し底を叩いて慧音に示した。
「やぁ慧音さん、座ったらどうです?おい、お茶もう一つ」
「いや、店主別に良い。ただ一つだけお願いと言うか我儘を聞いて欲しい」
「あぁ、構いませんよ」
すまない、とだけ呟いて慧音は霖之助の腕を掴んで歩き始めた。魔理沙は霖之助の膝から転げ落ちる形になったが、それよりも兄貴分である霖之助が突然自分の教師に連れて行かれた事の方が衝撃的だったようで、去りゆく霖之助の背中に
「けーねせんせー、こーりん何かしたのかー?」
と素っ頓狂な声を上げるだけだった。
この時はまだ霖之助と彼女の関係を知らなかったのだろう。
「………おとうさん、こーりんどこいったの?」
「ん?あぁ、慧音先生の家ですよ」
「えー、けーねせんせいのおうち?こーりんよっぽど悪いことしたんだな」
「まぁ、それに似たようなもんです、今日は帰ってこないでしょう」
親父のその一言に魔理沙はえらく理解したような顔で『こーりんはきっといたずらをしたに違いない』と頷いて霖之助の分の饅頭を頬張った。
里を霖之助と慧音が駆けてゆく。
慧音は行先を霖之助に告げぬまま彼の手を引きひたすら走って行った。
「慧音!何処行くんだ!」
彼の問いに答える気配は無く、ただただ引っ張るだけ。
走りに走って十数分、肩で息をする霖之助を引っ張り里外れにある平屋建ての一軒家の玄関を開ける。
「私の家だ」
「…………これを………見せたかっただけかい?」
「あぁ、取り敢えず入ってくれ」
中に入ってみると広くもなく狭くもない丁度の良い部屋。だが一人暮らしには少し広すぎやしないかと霖之助は言った。
「まぁこの後色々書物やらなんやらが増える予定だからもっと狭くなる」
その内足の踏み場も無くなるぞ、と慧音は笑いながら茶を出す。
「取り敢えずその、なんだ……さっきはすまなんだ、いきなり引っ張って走り出してしまって」
「あぁ良いよそんなこと、慣れてる」
「でも気が逸るといつもこうだ、未だに直って無い」
「もう良いと言ったから良いよ」
「……そうか」
暫く雑談が続いた。霖之助の出て言った直後、授業はどうやって凌いでいたか、道具店はどうだったとかそんな他愛のない話をしている最中、慧音は突然下を向いて黙り込んだ。
「慧音?どうしたんだ」
心配して声を掛けるが慧音は俯いたまま首を横に振る。
大丈夫、とでも言いたいのだろうが小刻みに震える体を見て霖之助は何処か体が悪いのかと問うが、そうでもない。現にさっきまで元気に走り回っていたのだから。
「慧音、本当に大丈………夫…か?」
「だ……だいじょうぶ…だ」
赤く晴れた、とまでは行かないが慧音の顔は涙で濡れていた。なにか悪い事でも言ったかと問うと今度ははっきりと違うと口に出す。
「ただ…信じられないだけだ」
「信じられない?何が」
「お前とこうやって……楽しく話すのは久しぶりだから…………昔を思い出して、なんか込み上げてきちゃって」
楽しいなぁ、と言いながら慧音は涙を手で拭った。
「ごめんな……お前の前では泣かないって決めてたのに………」
「泣きたいときは泣けばいいさ、な?」
そして霖之助は慧音を優しく抱きしめ、赤子をあやすようにその頭を撫ぜる。
優しく優しく、何度も何度も、涙でぬれる慧音の顔を自らの胸に抱き寄せ銀色の髪の毛を撫でて。
「あぁよしよし、今日一日はずっと僕が一緒に居てあげるから、ね?」
「駄目だ、明日もだ」
「うん、分かったよ」
「夜の間に出て行くなんてするなよ」
「そんなことしないよ」
「ずっと昔にしたじゃないか」
「あぁ、それもそうだ。じゃあ今日明日はその罪滅ぼしをさせてくれないかな」
赦してやる、そう言って慧音は先程よりも強く霖之助を抱きしめた。
幾らか大きくなった魔理沙に挨拶をして、若干白髪の増えた親父とその妻と最近の事について雑談をする。
「……成る程、商売は上手く行ってないわけですか、流石は霖之助君と言ったところだ」
「誉められてない気がするんですが」
「えぇ誉めてませんとも」
他人が見れば悪口や皮肉に聞こえるだろうが、不思議なのはこの親父の口からはそんな雰囲気は出ていない、これが徳というものだと霖之助は平素言っていた。
「しかし親父さん、僕が出て言って数年なのにすっかり変わりましたね、里」
「そうでしょう、今まさに人里は日進月歩、日を増すごとに面白くなっていきます」
「なぁこーりん、わたし今てらこやに行ってるんだじぇ」
「寺子屋?親父さん、それはなんですか」
「あれ霖之助君まだお知りにならんでしたか、慧音さんが学問会を卒業した後建ちあげた教育施設ですよ」
霖之助は驚いた、学問会時代、彼女の英語は彼よりも成績が下だったが。まともだったのは文芸学や歴史。
そして若干寒気がしたのはひょっとしたらその二教科しか教えていないのではないかという予想。
「魔理沙、寺子屋じゃどんな勉強してるんだい?」
「えーと……れきしだろ、それにこくごとそろばん」
英語は見事にスルーか、と言う予想の的中に霖之助は魔理沙を膝に乗せて頭を撫でながら自分の頭が痛くなりそうな心持だった。
「そうだ霖之助君、店のレイアウトを変えてみたんですよ」
「ほうやっぱり、来た時になんか違うなぁなんて思ってたらやっぱりそうでしたか」
とその時だった、襖が勢い良く開かれ、僕は懐かしい顔をその目にする。
「やぁ慧音、久しぶり」
霖之助の同窓生、上白沢慧音だ。
慧音は暫し黙り込み、やがておかえり、と言った。霖之助も気恥ずかしげにただいまと呟く。
すると親父は座布団を一枚出し底を叩いて慧音に示した。
「やぁ慧音さん、座ったらどうです?おい、お茶もう一つ」
「いや、店主別に良い。ただ一つだけお願いと言うか我儘を聞いて欲しい」
「あぁ、構いませんよ」
すまない、とだけ呟いて慧音は霖之助の腕を掴んで歩き始めた。魔理沙は霖之助の膝から転げ落ちる形になったが、それよりも兄貴分である霖之助が突然自分の教師に連れて行かれた事の方が衝撃的だったようで、去りゆく霖之助の背中に
「けーねせんせー、こーりん何かしたのかー?」
と素っ頓狂な声を上げるだけだった。
この時はまだ霖之助と彼女の関係を知らなかったのだろう。
「………おとうさん、こーりんどこいったの?」
「ん?あぁ、慧音先生の家ですよ」
「えー、けーねせんせいのおうち?こーりんよっぽど悪いことしたんだな」
「まぁ、それに似たようなもんです、今日は帰ってこないでしょう」
親父のその一言に魔理沙はえらく理解したような顔で『こーりんはきっといたずらをしたに違いない』と頷いて霖之助の分の饅頭を頬張った。
里を霖之助と慧音が駆けてゆく。
慧音は行先を霖之助に告げぬまま彼の手を引きひたすら走って行った。
「慧音!何処行くんだ!」
彼の問いに答える気配は無く、ただただ引っ張るだけ。
走りに走って十数分、肩で息をする霖之助を引っ張り里外れにある平屋建ての一軒家の玄関を開ける。
「私の家だ」
「…………これを………見せたかっただけかい?」
「あぁ、取り敢えず入ってくれ」
中に入ってみると広くもなく狭くもない丁度の良い部屋。だが一人暮らしには少し広すぎやしないかと霖之助は言った。
「まぁこの後色々書物やらなんやらが増える予定だからもっと狭くなる」
その内足の踏み場も無くなるぞ、と慧音は笑いながら茶を出す。
「取り敢えずその、なんだ……さっきはすまなんだ、いきなり引っ張って走り出してしまって」
「あぁ良いよそんなこと、慣れてる」
「でも気が逸るといつもこうだ、未だに直って無い」
「もう良いと言ったから良いよ」
「……そうか」
暫く雑談が続いた。霖之助の出て言った直後、授業はどうやって凌いでいたか、道具店はどうだったとかそんな他愛のない話をしている最中、慧音は突然下を向いて黙り込んだ。
「慧音?どうしたんだ」
心配して声を掛けるが慧音は俯いたまま首を横に振る。
大丈夫、とでも言いたいのだろうが小刻みに震える体を見て霖之助は何処か体が悪いのかと問うが、そうでもない。現にさっきまで元気に走り回っていたのだから。
「慧音、本当に大丈………夫…か?」
「だ……だいじょうぶ…だ」
赤く晴れた、とまでは行かないが慧音の顔は涙で濡れていた。なにか悪い事でも言ったかと問うと今度ははっきりと違うと口に出す。
「ただ…信じられないだけだ」
「信じられない?何が」
「お前とこうやって……楽しく話すのは久しぶりだから…………昔を思い出して、なんか込み上げてきちゃって」
楽しいなぁ、と言いながら慧音は涙を手で拭った。
「ごめんな……お前の前では泣かないって決めてたのに………」
「泣きたいときは泣けばいいさ、な?」
そして霖之助は慧音を優しく抱きしめ、赤子をあやすようにその頭を撫ぜる。
優しく優しく、何度も何度も、涙でぬれる慧音の顔を自らの胸に抱き寄せ銀色の髪の毛を撫でて。
「あぁよしよし、今日一日はずっと僕が一緒に居てあげるから、ね?」
「駄目だ、明日もだ」
「うん、分かったよ」
「夜の間に出て行くなんてするなよ」
「そんなことしないよ」
「ずっと昔にしたじゃないか」
「あぁ、それもそうだ。じゃあ今日明日はその罪滅ぼしをさせてくれないかな」
赦してやる、そう言って慧音は先程よりも強く霖之助を抱きしめた。
さて、それじゃ向こうでこの後の話を待ってますねw